世界系ヒロインたちに巻き込まれて   作:金木桂

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閑話1

 

 瑞星瀬亜が人々の記憶から消え去って7日後。

 はたまた人々の記憶に再び根差して5日後。

 

 僕の中では瑞星がこれまで通り生活出来るのか、友人とも家族ともちょっと気まずくなるんじゃないのか、なんて一筋の懸念を勝手に抱いていたのだけども、意外にも瑞星は今まで通りの生活を送っていた。

 友人たちからの謝罪を受け入れ(忘れていたことすらも忘れていたらしい、やはり歴史を改竄する能力という見立ての方が正しそうだ)、瑞星は再び充実した学生生活を謳歌している。

 

 ただ、一点、その服装を除いて。

 瑞星はあれから女子用の服を頻繁に着用するようになっていた。具体的には月曜、水曜、金曜は女子用制服を着こんでは可憐な姿を惜しげも無く披露し、火曜、木曜はこれまで通り男子制服で着こんで貴公子っぷりを披露する。貴公子といっても心なしか今まで以上に女子っぽいというか、色っぽく見えてしまうのは僕の両目が斜視と偏見で歪んでしまったのか。これでも小中とインドア生活を続けた割に視力1.2を維持していることが人生の3大自慢の1つだったりするんだけども、寧ろ、だからこそ瑞星瑞星という幼馴染の変化にいち早く気付いてしまったのかもしれない。

 

 一点と言ったが、前言撤回。

 もう一つ見逃せない変化がある。

 それは瑞星が矢鱈と距離を詰めてくるようになった。

 まあそれ自体は幼馴染だからそんな不思議なことではない、なにせ僕たちは幼稚園からの幼馴染で中学入学までは放課後に良く遊んだ竹馬の友でもあるのだから大したことでもないだろう───なんて思っていた時代も僕にもあった。具体的には今日まではそう思ってた。

 

「ねえ、放課後って暇? 暇だよね? 暇じゃなかったら暇な日を当てるまで1日ずつ後ろにずらして聞いてくから」

 

 昼休み。

 今日は女子制服を着用している瑞星は、毎日のことのように僕の席へと来ると早速とばかりに口火を切る。

 

「すげぇ面倒臭いメンヘラみたいな聞き方だな……別にいいけどよ」

 

 部活も今日は無いしな、と心の中で零す。

 こんな所で初出情報を出すのもなんだが、僕は図書部という図書館準備室を根城にする部活に所属していたりする。新入生勧誘期間中に拉致されたともいう。活動日が週一で大した活動もしてないため、崇高な理念も読書精神の無い僕でも何とか継続的に顔を出すことに成功している。

 

 閑話休題。

 

 とにかく、本日は暇だった。

 我ながら嘘の予定で塗り固めることすら難しく思えるくらい、青一面の大空の如く、僕には予定が無かった。

 

「メンヘラって酷くないかな? ただ私は栄太と今日遊べなかったらシャーペンの芯先で腕を切ったり、薬に見せかけたラムネ菓子を用量度外視で大量に服用したり、毎朝7時に淋しくなって電話しちゃうかもしれないけど、全然メンヘラじゃないよ」

「SNSによくいる病み垢のカマチョ投稿かよ」

 

 一番最後はただのモーニングコールだし。個人的には有難いけども。

 

 瑞星は僕の机に腰を掛けながら、こちらを見下ろす。なんだか甘く良い匂いが香ってきて、落ち着かない気分になる。

 ……僕、本当にコイツと幼馴染なんだよな?

 記憶にはあっても夢現の感じが拭えない。

 瑞星には絶対に言えないけども。

 

「まあ僕が暇なのは殆ど毎日のことだからいーけどさ、お前こそ毎日僕なんか誘って大丈夫なのか? 友達いるじゃんお前」

 

 教室内には瑞星の友人たちもいるため声を潜めながら言えば、瑞星は僕に対して微笑を差し向けた。

 

「だって幼馴染といる方が楽しいもん。私の今のノリ、教室の人には理解されないと思うしさ」

「まあ……反応には困るだろうな」

 

 と、小声で理解を示してみる。

 実際、瑞星との会話は大分MPを使う。マジックポイントではなく漫談ポイントだが。お蔭で日々ジョークの引き出しを開けては取り出して消えていく。きっと僕が面白い返しをできなくなった、その時が瑞星との関係の切れ目なのかもしれない。

 金の切れ目ではなく冗談の切れ目が縁の切れ目か。

 なんか会話にストイック過ぎる気がする。

 思ってみれば日常会話のテンポが良くたって何の得にもならないのに。

 お笑い芸人でも普段はもうちょっとルーズに会話してるだろ、たぶん。

 

「ま、プラスアルファで、私のこと理解してくるのは栄太だけだからね」

「そう言ってくれるのは嬉しいけども、普通に重いんだよ。僕はお前と違って非力なんだよ」

「私をゴリラみたいに言わないで?」

 

 などと、女子的には恥ずかしい事実であるのか大きく謙遜。

 しかし瑞星が入学直後の体育の体力テストで握力70kgを記録したその勇姿を、僕は当分忘れないだろう。クラス内で男女合わせても1位だったこと言うまでもない。

 

 直近の過去を懐かしんでいれば、瑞星はずいっと僕に顔を近づける。

 

「それはいいや、それより、お前って言い方気に食わないんだけどなあ」

「ならそうだな。二人称単数の呼び方なら他にも貴方とか貴殿とかお前様とか色々あるが、どれが良いんだよ。幼馴染特権としてお望みの呼び方をしてやろう」

 

 少し間を置いて「お前様ってなに? そんな呼び方あるの?」と瑞星は言った。

 僕は「500歳くらいの吸血鬼系女児が主に使う二人称だ、何か江戸時代以前の上品さがあっていいだろう?」と嘯いた。

 僕の言葉を咀嚼しようとして結局首を傾げる辺り、どうも感性が合わないようだった。あと物語シリーズもこの分だと追っていないらしい。瑞星が登録しているサブスクでも視聴可能なので、後で全話分の動画サイトのリンクを送ってやろうと心に決めて。

 

「いや、そうじゃなくて! お前じゃなくて私は瑞星瀬亜なんだけど!」

 

 気を取り戻したように僕へと反駁する。

 うん。

 

「一応知ってるが」

「一応ってなにさ!」

「概ね知ってるが」

「副詞の程度にツッコんでるわけじゃないからね!?」

 

 一応、概ねでは満足できないのかと思ったけど違うのか。

 いやはや、しかし、「一応ってなにさ!」って言葉は絶対に一応という副詞にツッコんでいるように見えるんだけども、そこは照れ隠しってことだろうか。でも流石に完全に知ってるとは言えないんだけどな。僕は瑞星とは昔の幼馴染でしかなく、関係性を取り戻したのは最近のことでもあるし。

 確信犯的にそんなことを考えていれば、瑞星は僕へとジト目で言う。

 

「ポンコツナスビで分からず屋で屁理屈家で馬耳東風」

「話の矛先が見えないから否定すべきかどうか悩ましいところだけども……どうした急に?」

「ポンポコピーのパッパラパーの超プータローは意固地でいけないよね、まだ高校生なのに頭でっかちすぎ」

「僕の名前なのかそれは!? 前の台詞から続いていたのか!?」

 

 もしかして「寿限無寿限無五劫のすりきれ」から始まる落語に出てくる108文字の名前を文字って揶揄してんのか!?

 だとしたら分かりづらいし罵倒にしても長すぎる!

 あと流石の僕でもそこまで言われるほどじゃないだろと思うんだが!

 

「で、パッパラパーは私の名前をもっと言うべきだと思うんだよね」

「勝手に名付けて勝手に略った渾名を付けるんじゃねえ!」

「パッパラパーと呼ばれなくなければ私の名前を呼んで?」

 

 思わず顔を見る。

 うわぁ、結構本気で呼んできそうな面だ。

 人を揶揄う、小悪魔的な表情に見える。

 僕が『瀬亜』と口にしなければ、今後の人生ずっと僕のことをパッパラパーと呼んできそうな圧すら覚える。

 

 パッパラパーかぁ……。

 流石に嫌だな……。

 

「……瀬亜」

「うん、なに栄太」

「やっぱり瑞星呼びでいいか? 普通にハズい」

「うーん、まあパッパラパーだからしょうがないのかなぁ、パッパラパーだしね」

「それは僕の名前として言ってるのか、原義のパッパラパーとして言ってるのかどっちなんだ……?」

「パッパ・ラ・パーは意気地無しだしね」

「区切って人名みたいにするな!」

 

 世界中どこを見ても無いだろそんな名前。

 いや、分からないけど。

 

「なんでそんなに名前呼びに抵抗感を覚えるかなあ昔は瀬亜って呼んでくれたのに」

 

 と、瑞星は僕に見せつけるように溜息を吐いてはやれやれとばかりに肩を竦める。

 

「昔とは違うんだよ。確かにお前と僕は幼馴染だった過去があって、親しい関係性にあることも認める。でもそれは小学生時代の話じゃないか。まだ僕にも瑞星にも性別の自意識無かったというか、男と女という性別の違いが醸し出す繊細な空気感を理解していなかったガキの頃の話なんだ。そりゃ今とは違うだろ」

 

 呆れられても困ると僕も負けじと言い返した。

 小学生の時は確かに名前呼びだったし、あんまり男女の違いも意識せずに二人で遊んでいた仲良しこよしの幼馴染だった記憶はある。

 ただ───瑞星には歴史改竄能力がある。

 正確にはあるらしい。

 少なくとも僕には先週の一件で僕は瑞星の能力をそう認識したし、エリーも世界を上書きする能力だとか言っていた。続く言葉で核戦争だとか物騒な話も持ち出していたけども、それはさておき。

 

 僕のこの記憶さえも、瑞星による捏造の可能性は───否定できない。

 強くそう確認している訳でもないが───無視はできない。

 

 勿論、それを本人に直接問いかけることはしないだろう。

 瑞星は自分の能力を理解していない。

 相変わらず流れ星に願えば叶うってことと、『夜に願えば他人から記憶を消すことが出来る』『昼に願えば他人の記憶を復活させることが出来る』、それだけの力しかないと認知しているはずだ。

 ……全然だけって感じじゃないけどな。これだけで無限に悪さとか働けそうだし。

 兎にも角にも、僕が瑞星に能力のことを教えることも無い。

 瑞星が能力を自覚したとき何を考えるか怖いっていうのもあるけども、それ以上にまた一人で勝手に抱えて失踪とかしそうだし、コイツはその貴公子っぽい見た目以上に繊細でメンタルも強くはない。

 

 自然に本当の能力について自覚してしまったら……まあ、その時はその時だ。

 

 思考がつい飛躍してしまったけども、八艘飛びに跳梁跋扈って感じになってしまったけども、話題を戻せば瑞星はどうも僕に名前呼びされたいらしい。

 それは……目立つよなあ。

 今こうして話しているだけでも瑞星に関心を持つクラスメイト達から「なんであんな冴えない奴が……」みたいな邪の込められた目で見られているというのに。

 加えて男子高校生にもなって女子を名前で呼ぶのはそりゃ……気恥ずかしいだろ。

 お前みたいにクラスの中心人物でもないんだからな、俺は。

 名前呼びなんて今じゃ誰にもしてない、姉相手だってしたことないんだからな。

 

 瑞星は尚も不満を訴えかけるみたいにブスリとした表情で口を開く。

 

「……記憶思い出した瞬間は瀬亜って言ってくれたのに」

「そりゃその時は唐突に色々思い出して、僕も混乱してたしな。つい昔の名前で呼んじまっただけだよ」

「頭を殴ればもう一回混乱してくれる?」

「物理的な衝撃でそうなるわけじゃねえからな! そのポーズ辞めろ!」

 

 シュッシュッと僕に猫パンチするみたいな仕草で拳を繰り出す瑞星。

 それだけなら可愛く見えるけど、忘れてはならないのが瑞星の謎の腕力ゴリラ設定。

 もし瑞星が本気を出して僕に拳を繰り出そうものなら、僕は教室の端から端までぶっ飛ばされるだろう。もうスマブラにでも参戦しちまえ。

 

「んで、話を巻き戻させてもらうけどよ、僕なんか誘って何をするつもりなんだ?」

「なんかじゃないよ。栄太だから誘ったんだよ」

「そういうの良いから」

「……なんか栄太がヒモ屑男に見えてきたんだけど」

 

 なんでだよ。

 

「ほら、この前海岸行ったときに、夏は海行こうって言ったじゃん」

「あー、言ってたな」

「だから水着とか買いたくて」

「うん?」

「え?」

 

 僕が首を傾げると瑞星も首を傾げた。

 そういうミラーリングとか今いいから。

 

「これは純粋な疑問として聞くけども、それこそ何で僕誘うんだよ。絶対僕じゃないだろ。今この会話を遠巻きでちらちら見てくる友人たちに頼めばいいだろうが」

「えーっ。折角勇気を出して誘った幼馴染に対する言葉としては辛辣じゃない? そんなんじゃモテないよ?」

「女子中学一年生にはモテてるからいいんだよ」

「……………え!?」

「水着を買うんなら僕じゃなくて同性相手と行ってこいって」

「何も無かったように話を続けられても今の発言は見逃せないんだけど!?」

 

 言わずもがな件の女子中学生とはエリーのことである。

 サブカルにも詳しく物怖じもしないから割と僕と気が合う銀髪少女である。

 多分瑞星とも気が合う気はするけども、今のところは紹介する予定は無いので、僕は少し考えて結論を出した。

 

「前言撤回。僕はモテない」

「堂々と言った!? いやいや騙されないし、よくそれで無かったことに出来ると思うね!? え、誰なの女子中学生って!?」

「妹だ」

「いないじゃん妹!」

 

 そうだった。

 エリーは妹じゃなくて妹みたいな存在だった。

 いや妹みたいな存在でもないな。

 ただの未来予知が出来る女子中学生だった。

 ……全然ただの女子中学生でもないな。

 良く考えれば名前から通っている学校から住んでる地域まで全然知らないし、かなりミステリアスガールだ。話していると全くそんな感じはしないけども。

 

「そんな気にされてもな。女子中学生という存在は全世界に何百万人といるわけで、その内の一人と親しいからって何かあるわけでもねえっての」

「なんか話を壮大にして誤魔化そうとしてるし……まあ栄太が女子中学生と何かあるわけないか」

「おう、そうだそうだ」

「なんか都合が良い言葉を言って乗っかられた感じがするけど……いいや」

 

 納得行かなそうな面持ちで旋毛あたりを揉むように解す瑞星。

 

「私的には他より栄太が一番気兼ねなく誘える相手だから栄太が良いんだよ」

「僕がねえ」

 

 色々あったとはいえ、幼馴染って一点のみでそこまで言われるもんだろうか。

 

「それに二人っきりで海に行くって約束したじゃん? だから最大限海を楽しむためには水着も栄太に選んでもらうのが良いと思うんだ」

「二人っきりなんて言葉もなければ、海に行く約束も交わしたつもりも無かったけどな」

「細かいことはいいの! とにかくそういうことだから放課後だからね! 勝手に帰らないでね!」

 

 プンプンしながら瑞星は僕の席から腰を下ろして、自分の席へと戻っていった。

 直後に昼の終了を告げる鐘の音が校舎内に鳴り響く。

 抜け目なく優等生だな、アイツ………。

 

 

 

 

 

 授業を2つ消化して、時間的には2時間ほど経過しているはずだが、モノローグ的には2、3行ほどの余白を埋める程度には中身のない時間を過ごし、放課後。

 僕が粛々と帰宅準備をしていれば、瑞星は僕を逃すまいという勢いで即座にやって来た。

 

「じゃ、行こっか」

 

 その言葉に頷けば、僕はなんと3駅隣にある4路線が乗り入れるターミナル駅まで連行された。

 確かに高校付近には商業施設といえば地元の商店街くらいで女子高生的にはあまりにも背伸びしたファッションになってしまうから、10歳どころか50歳は背伸びしたファッションになってしまうから、若者ブランドの蔓延る大きな街に行くのは必然だったのかもしれないが。

 でも僕の物語、というよりも瑞星瀬亜の物語をここまで追ってくれた皆は分かる通り、僕は金欠なのである。

 結構高性能なドローンを姉からの借金で買ってしまい、財布から紙幣が一網打尽と駆逐されて素寒貧なのだ。

 

 故に何とか薄ら笑いを浮かべながらも、瑞星と他愛も無ければ自愛も無い雑談に興じながら普段は来ないような複合大型商業施設へと足を踏み入れる。

 瑞星はどうもこの施設へ何度か来た経験があるらしく、迷いの無い足取りでエスカレーターを2回ほど乗り継ぐと、あらかさまに男子禁制と言わんばかりに鮮やかなビキニ姿のマネキンが店頭に置かれた店舗へと辿り着く。

 

「こことかいいんじゃない?」

「そうだな。じゃ、ここで僕は気長に待ってるから」

「一緒に来た意味無いじゃん!」

 

 何でそんな発想になるの!? という顔で店に入ろうとした瑞星は振り返る。

 いや……すげぇ入りづらいし女性客しかいないから嫌なんだけど。

 

「一緒に来た意味はあるだろ、ほら、ここに来るまでの道中の与太話が楽しかっただろ?」

「もしも進撃の巨人の世界に転生したらって馬鹿話は確かに楽しかったけど、それは目的じゃないからね?」

 

 因みにその雑談は最終的に、調査兵団にも巨人にも関わらず一市民として地鳴らしから逃げて身を潜めるという、面白くもない庶民すぎる結論に帰結した。ハードコアすぎるんだよな世界観が。

 

「ほら、一緒に行こうよ! 大丈夫だって、さも彼氏です〜みたいな顔をしてれば店員さんもS級猥褻指名犯とは思わないって!」

「そんなエロ同人でしか見なそうな肩書き持ってねえよ!」

 

 何とか反抗を試みるが、貧弱もやしの僕が謎に力の強い瑞星に敵うはずもなく、腕を力付くで組まれて敢え無く女性用水着専門店に入店させられる僕の姿がそこにはあった。

 悲しくなった。

 生まれ変わったらますらをぶりの似合うダンディーな男になりたい。

 

 強制入店させられた途端、女性客たちからの敵意同然の冷たい視線が突き刺さるが、隣の瑞星を見ると、フレンチのコースを頼んだのに前菜でイカゲソが出てきたみたいな、面妙な面持ちになりながらも僕から視線を切った。

 分かってる分かってる。

 釣り合ってないってことを言いたいんだろ。

 瑞星の様子は女子制服を着ていることもあり当然美少女なのだが、その横に立つこの僕、左藤栄太は一般的男子高校生を自負する平均的な人間だ。到底瑞星みたいな世界ランクの高そうな女子高生とは比肩するべくもない。

 

 瑞星はそんな店内の様子など気にもせず、水着コーナーで下着を吟味している。今見ているのはワンピース型の水着だった。布地が多いと水に浸かったとき動くのが大変そうだけど、意外とそうでもないのだろうか。

 瑞星はその中からシンプルな一着を取り上げて自分の胸元に当てる。

 

「ちょっと幼いかなあ。栄太はどう思う?」

「いいんじゃないか」

 

 とはいえ、瑞星よりエリーの方がこういうのは似合いそうだけども。

 胸も小さく幼いし。

 それより瑞星が着るなら───。

 

 アレだな。

 セパレート型のビキニ。

 順当に黒なら大人の妖艶さも相俟って瑞星の容姿を引き立てるだろうし、盲点を突いて白なら意外性を孕んだ穢れを知らない清楚感が浮き立ってそれも然り。斜め上から有彩色、特にパステルカラー、ピンクとか薄い緑色なんか着せれば、見た目とは違う奔放な内面性を具現化させていて良いし、逆に暗色系の赤なんて着せれば今度はより深度の高いインドアな性格を浮き彫りにしてそれもそれで良い。

 ……つまり色は何でも似合うのでは?

 ブルベだのイエベだの関係なく、コイツに似合わない色とかないのでは?

 

「ふーん、そういうのが良いんだあ」

 

 僕の視線の先にセパレート型ビキニが並んでいることに気付いたのか、ニヤリと口弧を歪ます。

 

「私にどれ着てほしいのかなぁ? 赤? 白? 青?」

「なんでフランス国旗の色になったんだよ」

「あ、差別だ。選ばれなかったオランドとかロシアとかネパールへの差別だ」

「確かに青白赤の配色の国旗は沢山あるし配慮が足りなかったのも百歩譲って認めるけども、これだけで差別っていうのは早計だろ。僕はフランスもオランダもロシアもネパールも平等に愛してるぜ」

「じゃあそんな栄太に問題ね。ネパールの首都は?」

「……ウガンダ」

「バカじゃないの?」

 

 メチャメチャ馬鹿にされた。

 普通に悔しい。

 フランスとかオランダじゃなくてネパールを出題してくる辺り性根が腐ってやがる。

 

「じゃあ瑞星は分かるのかよ? 分かんないんだろ? 所詮僕の底の浅さを露呈させる為だけに設定した問題であってどうせ何も考えずに───」

「カトマンズだよ。栄太には分かんないと思うけどね」

「か、加藤萬子?」

「なにその麻雀好きそうな芸能人みたいな名称。パッパラパーじゃん」

 

 クソ、より馬鹿にされた。

 たまに忘れかけるけども一応優等生設定だったなコイツ。何処だよカトマンズって。ネパールの首都か。

 

「栄太の中身の無い博愛主義に付き合っててもキリがないから一旦置いておくけどさ、どれが似合うと思う?」

「ああ……そうだな」

 

 遂には言外に面白くないと言及されて、置かれてしまった。

 まあ僕が悪いのは確かだ。

 青白赤を国旗に据える国なんかオランダとフランスとタイくらいしかパッと出てこねえし。

 

 気を取り直して(これを換言すると、先程までの不甲斐ない会話を誤魔化すかのように、となる)、僕は真剣に女性用水着に視線を向けてみる。

 しかし悩み甲斐が無いやつだよな。

 脳内で着せ替え人形の如く色々と妄想してみるが、容姿端麗でボーイッシュという時点でどれを着せようが似合ってしまう。恐らくギャップだろう。普段は美少女の中に美青年っぽさを秘めいている所を、嫌でも流線的で柔らかそうな肌を晒さざるを得ない女性用水着を装着することにより、白はより輝度を増して光り輝き、黒はより深淵かつ妖艶に魅力を深める、みたいな。

 何が言いたいかといえば、要するに、僕が選ぶも選ばぬも関係なく、目の前に置かれているのが女性用水着である以上、瑞星が着た水着こそ最適解と思えてしまってしまう僕がいる。

 

 結論、こう述べるしかない。

 

「まあ好きなのでいいんじゃないか?」

「ええー! 私、栄太に選んでほしいのに」

「神様の言うとおり、よし、中段右から3番目のやつな」

「私に興味なさすぎじゃない? ……もしかして私の身体飽きちゃった?」

「よし、ちゃんと選んでやるからそういう発言は慎もうな」

 

 冗談でもそういう冗談は今はマズい。

 お陰様で周囲の女性客並びに店員から凄い目で見られてしまってる。

 はあ……。

 彼女たちの目からすれば僕はクズかカスか女ったらしにでも見えちゃっているんだろうな。

 しかし、純粋無垢なる疑問として、本当に僕がそんなにもモテるフォルムに見えるのだろうか?

 二股三股当たり前、愛人にセフレに何でもござれ、みたいな女のみならず男(と書いて童貞と読むのは言うまでもない)から見ても敵意を抱かれる、そんな人間に見えるだろうか?

 

 いいや、そんな訳が無いだろうが───僕はそう強く反駁した。

 心の中で。

 だってアウェー過ぎて怖いんだもん。

 饅頭くらい怖い。

 女性用水着も怖くなってきた。

 

 僕は敵地に成り果てた店内で救いを求めるように左見右見する。

 

 セパレート型以外にも色々と売っているようで、レオタードなんかも置かれているがこれが女性用水着として一般的なのか僕には判断が付かない。ただ変に着目してもまた瑞星から変態紳士と不当な誹りを受けそうなのでチラリと一瞥程度に留めて、目の前のラインナップに目を落とす。

 敢えて言うなら、そうだな。

 

「この水色のやつとかどうだ? 着心地よさそうだぜ」

 

 指で指し示してみる。

 僕が提示したものはビキニではあるものの、布地は多く、胸元から背中にかけても紐じゃなくてちゃんと布地で繋がっていて、スポーティー感の強いデザインをしていた。分かりやすく言えばビーチバレーとかしている人が着ていそうな、機能性と防御力の高いやつだ。

 あまり考えず選んでみたけどが、瑞星が「ふーん……?」と言いながら僕の選んだ水着を手に取って確かめている間にも、意外にもこれは良い選択をしたんじゃないかと思えてきた。瑞星は元よりボーイッシュな格好を好んでいる。

 スカートよりもジーパンを好み。

 ワンピースよりもパーカーを着用し。

 サンリオよりもドラクエグッズを身に着ける。

 最近こそ女子っぽい恰好もするけども、その嗜好傾向は変わっていないはずだ。

 

 ふんふんと少し機嫌よさそうに鼻を鳴らすと、瑞星は僕へと視線を寄こしてくる。

 

「思ったよりもセンス良いじゃん栄太。もっとえっちな水着選んでくると思ったんだけど、まさか私好みなのチョイスした?」

「まあ、不肖ながら僕はお前の幼馴染だからな。お前が好きそうなのは何となく分かる」

「でも、栄太の好きな水着でよかったんだよ? 紐水着選んだらどうしよって私これでも緊張したんだからさ」

「選ばねえよ、ってか無いだろそんなの」

「あったら見たかった?」

 

 瑞星が手慣れた様子でウインクを飛ばしてくる。

 全く、僕の理性をナメてもらっちゃ困る。

 ここは示しを付けるべく口火を切らざるを得ない場面だ。

 

「バーカ僕が大切な大切な幼馴染にそんな俗的で人格排泄的極まりない破廉恥な格好をさせたい訳がないし寧ろその指摘は古来より連綿と受け継がれてきた高潔たる日本男児の一人である僕に対する侮辱だ」

「な、なんかごめん」

 

 一息で言い切った甲斐もあって瑞星は僕への瑕疵を認めてくれたようだった。

 よかったよかった、僕の名誉はこれで守られたわけだ。

 

 ……ぶっちゃけ話。

 そりゃ見たいだろ。

 瑞星の紐水着とか超見てみたい。

 でもそんな事を言った日には黒歴史確定なので、顔にも態度にもおくびにも出さないけども。

 

「じゃあこれにするね」

「おう、僕は今度こそ店外で待ってるわ」

「えっ、後は買うだけなのに一人にするの」

 

 問答無用で外に出た。

 大きく深呼吸。

 あー肩身が狭かった。

 

 エスカレーター手前のシングルソファーで寛いでいれば、そう時間を置かず右手に袋を引っさげた瑞星が、呆れたような瞳を浮かべながらやってくる。

 

「酷いよね栄太って」

「何がだよ」

「一人でさっさと店から出てっちゃうんだもん」

「瑞星がちゃんと水着を買ってこれると信頼したから故の行動と言ってくれ」

「初めてのおつかいだと思われてる?」

 

 初めてのドナドナだとは思ってる。

 とんでもない敵地だったぜ、女性用水着専門店は。

 

「じゃ、帰るか」

「……うん」

「何でちょっと不満そうなんだ」

「いやだって……まあ何でもないけどさ!」

「何でキレてる風なの?」

「キレてはない! 栄太がもしスマホだったらSIM差しても一生電波拾わなそうだなあって思っただけ!」

 

 意味が分からん。

 空気が読めない的な意味合いなんだろうか?

 まあ確かに読めない空気を無理に読もうとしないって意味では僕は古の略語で言うところのKYに該当するんだろうけどさ。

 その話が出てきた文脈が僕には分からない。

 作者の気持ちを読み解くのは結構得意な方なんだけど、女心と秋の空というか、ここ最近の瑞星の言動はまるで僕に恋する乙女みたいで、ガードを解くと一瞬で僕が勘違いして告白して振られる顛末になりそうだなとか具体的な懸念が頭を過って昼も眠れない。夜は眠れる。あと授業中も眠れる。過眠症か僕は。

 

「本当にありがとうって思ってるんだ」

 

 帰路の道中、瑞星が言う。

 夕暮れ空が薄く瑞星の柔肌を照らして、背後には影法師が二つ伸びている。

 

「感謝されるようなことしたっけか?」

「とぼけても無駄だし。私のこと助けてくれた……世界中が敵でも栄太だけは味方でいてくれた」

「そんな大層な状況じゃなかったと思うけどな」

 

 別に敵に回ったわけじゃない。

 誰もが───瑞星を忘れただけだ。

 

「それでもだよ。少なくともお母さんから二度もさ、他人どころか犯罪者みたいに言われて、それで世界が敵に見えないほど私は楽観主義でもなければ強くないんだよ?」

「……そうだったな」

 

 以前も似た会話をしたけど、今なら思い出せる。

 小学生時代の瑞星瀬亜はもっと小っちゃくて、腰が引けていて、僕がいなければ常に一人で読書をしているような少女だった。

 クラスの輪にも入らず、親しい間柄も僕以外に作らず、オランダとのみ貿易を交わす江戸時代の日本みたいな見事な鎖国っぷりだったことを覚えてる。

 まあ同じことは僕にも言えるんだけども。

 つまり僕と瑞星は幼馴染でありつつ鎖国同盟でもあった。

 同盟関係にある以上、助け船を出すのは当然だ。

 過去の僕と瑞星はそんな感じで、共生関係にあったのである。

 

 一度の疎遠を経て、高校生になった今もそれが続いているかどうかを問われると流石に違うよなとは思ってしまう自分もいるけども、まあでも、あの時鶴井公園で身体が動いたのは他でもない、過去に刻み込まれた共生関係に突き動かされたのかもしれない。

 有意識では覚えて無くとも無意識化では覚えている。

 そんな気もする。

 

「だから───ありがとう。私を助けてくれて。」

「助かったのは偶然、流れ星があの瞬間流れたからだぜ」

「あの日砂浜に連れて行ってくれなかったら多分見れなかった。私を居候させてくれなかったら機会すら訪れなかった。栄太の家に居候していた時───寂しくなかった。だからこれはそういうお礼」

 

 日差しが白雪を茜に染める。

 瑞星は本当に僕のことを良く知っているようだ。

 理解しているからこそ、西日を背に受けて、頬に桜を咲かせて、キリっと凝視する。

 あのな。

 僕はこうやって真正面から感謝されると、世界全てがデレてしまったと錯覚しそうになるくらいには大変弱い。

 そういう自覚はあるんだよ。

 

「あーーーー分かったって! 身に覚えはないけども受け取っておくからこっち見んな恥ずかしい!」

「……酷くない? お礼言ってるだけなのに」

「うるせぇ! シリアスに言われても僕からすれば取扱注意ってか、どういう反応すりゃいいか分からないんだよ! つかそういう僕の弱みを知ってそういうことしてんだろ!?」

 

 大声を上げて有耶無耶にしようと僕は歩くペースを上げた。

 当然瑞星もすぐさま着いてくる。

 

「全く、二度と助けねえからな。もうほっとく。絶対にほっとく。窮地に追い込まれても無視する」

「とか言ってさ、助けてくれるんでしょ。このツンデレめ」

「その評価は全く嬉しくねえよ!」

 

 男のツンデレとか需要皆無。

 供給も皆無。

 

 ……ま、これくらいが僕たちの今の距離感ってやつかもしれないな。

 近すぎもせず、遠すぎもせず。

 友人と大親友の中間点くらいでふらふらしながら一定の閾値内で関係が収まっている。

 正しく、幼馴染って距離感だ。

 

「ははは……まだ、言えないかー……私……」

「ん?」

「なんでもないよーパッパラパー」

「いい加減それ辞めてくんね?」

「いいじゃん。親愛の証」

「そんな親愛捨ててやる」

 

 これは7月初旬の。

 改めて幼馴染としての距離感を再計測した1日の話である。

 

 




事実上は閑話2みたいなところはある
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