日曜昼、僕たちは自宅へ戻るべく帰路に就いていた。
僕らの間に会話は無い。
瑞星は完全に意気消沈した面持ちで、時折足取りが左右に乱れている。
無理もない……なんて知った口で言える立場でもないけども。
一昨日まで普通に過ごしてきた家族から忘れ去られ、赤の他人として家庭から排斥され、挙句の果ては死んだ娘を騙る不届き者として怨恨すら感じる瞳を差し向けられた。
お前は他人だとは明言されはしなかったものの、事実上そんな言葉を投げかけられた瑞星がポジティブでいれる訳もなく、痛いほどの沈黙が僕と瑞星の間には流れていた。
自然と僕も何も言わないままで、空を見上げる。相変わらず鉛色の雲がびっしりと空に敷き詰まっていて、6月の顔色を継続させていた。雨が降っていないだけマシかもしれない。
瑞星の母親は瑞星瀬亜とのこれまでの生活を全て忘れていた。
昨日、瑞星本人から聞いた言葉と違わないかそれよりも酷い状況なのを、僕もいい加減思い知った。無意識に案外大したことはないんじゃないか、家族なんだから普通に思い出すだろうという甘い幻想を砕かれてしまったのだから、瑞星には申し訳ないことをしてしまった。
だが瑞星の母親と話して一つ分かった。
瑞星の母親は娘の記憶を無くす───というよりも、正確には、彼女の中では生まれる前に娘が死んだことになっていた。現実を誤認しているというか、矛盾を埋めるために誤認しているというか。
さながら瑞星を忘れるためにそんな設定が虚構から生えてきたみたいな話だった。
その証左として、瑞星の母親は娘を名乗る瑞星を決して認めなかった。胡乱げに見て、不快そうに眉根を吊り上げ、最後には門戸を閉ざした。
それが見たくない現実に対する防衛機制による反発であればまだ良かった。
彼女はもう自分の中で、娘の不慮の死を消化しきってしまっている。それも彼女の認識では相当前……恐らく15年前に。
彼女は今後も瑞星瀬亜を認めようとしないだろう。
ならば、瑞星の父親は?
もっと理性的に、合理的に話し合えはしないだろうか?
「次は瑞星の父親に話してみないか。また話が変わってくるかもしれない」
かもしれない、という語尾が全てだった。
不確実は元々だったけども、相手を父親に変えたところで、母親の話を聞く限りは無意味とまでは言わなくとも期待薄なのは間違いないように思えた。
明言すれば、瑞星の身に起こっていることは超常現象だ。物的証拠には手を付けず、人々の強固な誤認識のみで瑞星の存在が白く塗られている。消し去られている。
相手を変えたとしても、きっとそれは変わらない。この程度の小細工が通用するならば、戸籍謄本を見せた時点で多少の付け入る隙があったはずで。
だから、この提案は殆ど瑞星を慰めるだけの、形だけの希望を見せてせめて最低な気分を少し最低くらいに和らげたいという欺瞞だった。
だからこそ、それを理解して言葉にした僕の気分は最低だった。
「私さ、弱虫なんだ」
僕の言葉に反応をしたというよりは、独り言のように瑞星は呟く。
「お母さんと話してる時……私、何も言えなかった。目すら直視できなかった。否定も反駁も訴求も、何も出来なくて、何も何も」
「瑞星、それは仕方ないんだ。ああなって冷静でいれる方が難しいのは分かっていたことだし、それを補う意味でも僕が連れ添ったんだから、何も気にする必要はない」
「気にするよ。自分のことなんだから気にしないわけがない。それに私って昔からそうなんだ。昔から逃げ腰で、怖いことに立ち向かう勇気を持てなくて……こんな状況になっても手を拱く自分が私は嫌いだ」
瑞星は拳を握る。
思えば瑞星が実家のインターホンを鳴らすのにかかった時間は約15分。
最初こそ僕だって瑞星の覚悟が定まるのを待っていた。結果の成否に関わらずシビアなネゴシエーションが予想される中で、覚悟が無いまま親と相対させるのはあまりにも酷だと思ったからだ。
でも10分しても瑞星は鳴らさなかった。スマホを度々見ながら、家のポストや2階の窓、玄関前の小さな花壇を周期的に視線を巡らせていたのを気づいて、現実逃避をしていると僕は確信をした。だから僕が鳴らした。結果は大方の予想通り、上手く行かなかったけれども。
瑞星瀬亜は見た目こそ悩み一つない麗人という感じだが、それ以前に、一人の高校一年生だ。僕は見た目に騙されていた。いや、騙されていたとまるで瑞星に責任転嫁するのは違う。
僕が見ていた瑞星瀬亜は自分勝手な虚像だった。
何事も恙無く笑顔で何とかしてしまう、そんな瑞星瀬亜はこの世の何処にもいない。
「逃げ腰が悪いとは思わないけどな、僕は」
「なんで?」
咄嗟に出た言葉に食い入るような返事が来たので、僕は少し悩んで答える。
「逃げるってのも一つの正解だからだ。出てきた問題を全て一薙にするのが良いって訳じゃないはずだろ。怖く感じるのも怯えるのも物事を真剣に捉えている証だと僕は思う」
「でも逃げちゃいけない場面で逃げたら駄目じゃん。私ダメダメじゃん」
「そんときは……僕が無理矢理引き止めて背を押してやる」
俯いていた瑞星の目が緩やかに僕へと向いた。少し臭い言い方だったかもしれないと後悔するも、瑞星の表情を見てあとには引けないと僕は悟る。代わりに腕を上げて力瘤を作った。
「覚悟しろよ、ガンガン背中を押すからな。僕はホーム上から突き落とす勢いで押すし、富士山の山頂からでも押すぞ」
「……栄太が押してくれるんだ」
「押すつっても力任せに前を向かせるだけだからな。僕はそれ以上何にもしないし、千辛万苦な現実に立ち向かうのは瑞星だ」
「それでも、栄太がいれてくれるなら違うよ」
勢いで臭いセリフを誤魔化そうとしたものの、瑞星が想像以上に感慨深く呟くもんだから妙にこそばゆい。
「まあ、なんつーか、今は僕しかいないからな」
後ろ髪を掻きながら答える。
結果、中途半端にカッコつける微妙な感じになってしまった。
いやな。
本来、背を押す役割を果たせる友人など瑞星には沢山いるんだろうけども、何の因果か僕しか瑞星を覚えていない。であれば僕がその役回りを全うする他あるまい。
瑞星は胸の前で思い悩むような様相で手を組んで、指を解いた。顔を上げる。
「じゃあさ……なんだけど……私の告白を一つ聞いてもらっても良い?」
「ああ、勿論だ」
「ありがと……。たださ、この期に及んでって自分でも思うんだけど、いざ話そうとしたら怖気づきそうだから……覚悟を決めたら話すよ。大丈夫、今日中に決心するから」
今日中に、ね。
疑るわけじゃないけども、僕に切り出そうとしている話は文脈の流れ的にも瑞星の中で相当大きな秘密のように思える。それを今日中に、などと自ら背水の陣を敷くように期限を切って、僕に曝け出そうとするのは余りにも性急な気がする。
「無理しなくていいんだからな?」
「本当に大丈夫。自分の中で踏ん切りをつけるだけだから」
僕の甘言は宜なく断わられた。
まあ、瑞星も先程よりはだいぶ震えが収まっているし、少々強引とは言え前向きになること自体は悪い傾向じゃない。見ている限りは空元気って訳でもなさそうだし……信じるしかないか。瑞星の決意を。
それに、別にタイムリミットがあるわけじゃないんだ。仮に瑞星が口火を切れず臆したとしても待つ時間はまだまだ沢山ある。先程背中を押すとか言っていた奴が何を言ってるんだと思われるかもしれないが、僕は他人に甘い方なのだ。
僕は最大限瑞星を尊重して頷いた。
貴重な日曜日の半分はそんな一幕を経て終わり、瑞星が作り上げたチャーハン(これもまたぶつ切りの野菜と肉を炒め、中華チューブと塩コショウで味を整えた豪快な男料理だった。もしかしたら得意料理までボーイッシュなのかもしれない)で腹ごしらえを済ませると、午後は一人暮らしをする姉の部屋に行ってきた。
掃除が目的だった。
大学近くで一人暮らしをする姉の部屋は定期的にゴミ屋敷と化す。一応、家族としてこれ以上身内の恥を晒さないべく姉の弁護をしておけば、姉の住居はテレビで取り上げられるような玄関に堆積したゴミ山を攀じ登らないと帰宅できないほどに汚れているわけではない。それと比べればまだ可愛い……可愛くは無いな。それでもまだマシと言えよう。姉の部屋は、床がゴミと生活用品の残骸によって見えなくなるだけで済んでいるというか、ギリギリ友達を呼べないレベルの汚部屋という評価に落ち着く程度の散らかり具合であって、異臭騒ぎやゴキブリパニック騒動でご近所の迷惑にはまだなっていない。
そんな汚部屋の主こと姉が、この汚部屋でなに不自由なく四年間の大学生活を謳歌してくれるのであれば、話はそれで終わりだったんだけども。
言わずもがな、僕の姉は弟遣いが荒い。
姉が一人暮らしを始めて2年あまり、僕は姉のワンルームが汚れるたびに姉に脅されて掃除している。
より詳らかに説明をすれば、僕が実家で事実上の悠々自適な一人暮らしをしているのを人質に取っては「え? まあ私もねえ~別にこの部屋とか引き払っていいし~ぶっちゃけ一人暮らし怠いから実家に帰りたいんだよね~」と脅迫してくるのだ。
これがブラフならどれだけいいか。
家事が一切合切出来ない姉にとって一人暮らしと言うのは大した魅力がない営みなのである。おかげで僕は自身の一人暮らしを死守するために、部屋が散らばるたびに家政婦として出動して姉の部屋を片し、その部屋で姉は再び一人暮らしを始める。僕は一人暮らしを継続出来て姉は部屋が綺麗になる。
「Win-Winだよねえ~私たちの姉弟関係」
「
と、おためごかしにも程がある発言に青筋を立てて思わず悪態を吐くのもいつものことであった。
姉の部屋の掃除が終わって帰宅する頃にはすっかり夕暮れが暗く深まり、時刻は午後6時を回った。雲の隙間からは西日が差して、今夜は星も見えない暗天になるだろうなと思いつつ最寄駅から家前での道のりを歩いている最中、僕は裏路地を使うことに決めて曲がり角で車道を外れて小路を進む。車道沿いはコンビニがあるから買い物がある時の帰宅ルートはこちらだが、今日みたいに早く帰りたい日は大抵この細道を選ぶのである。
ただ本当に狭路で、すれ違うのすらギリギリの昭和然とした道なので、僕は自然と早足になる。逢魔が時という時間帯もあって、いや逢魔が時って概念自体は迷信でしかないけど、それでも街灯も存在せず、夕陽すらも家々の影に阻まれ届かず、暗く閉ざされたこの小路は非常に不気味なのだ。
距離にして200m程度。
人類最速が走れば20秒かからず駆け抜けてしまう僅かな距離だからか、昼間だろうとこの小路を利用する人は少ない。地元住民の僕でも対向者と身体を引きながらすれ違った回数は10回も無かったはずだ。
だから小路の少し先で、体育座りをして座り込む少女の姿を見て僕は珍しいなと思った。
少女は長い銀色の髪をしていて、白いワンピースを纏っている。頭にはつばの広いキャペリンを被っていて、サイズが合っていないようですっぽりと顔を覆われてしまっている。だから表情は見えない。小柄だし小学生……年を少し高めに見積もっても中学生くらいだろうか。
それにしても、この辺であまり見たことが無い可愛い子だ。
可愛い、なんて言葉を使ってしまった以上、一応言っておくけども今のは「この地域の女子小学生を容姿年齢性別好きな食べ物から初恋の相手まで完全網羅している僕ですら知らない子だ」と言う意味では決してない事は明記しておく。そしてこれが伏線になることもない。無いったら無いのである
……って弁明すればするほどロリコン嫌疑がより深まる気がするな。
ロリコンじゃないのに。
可愛い見た目だから率直にそう表記しただけなのに。
とかこの話を広げ過ぎると更に墓穴でもない墓穴を掘ってしまいそうな気がするので、ここら辺で話を僕は戻して、目の前で相変わらず屈んでいる少女に目を向けた。
さっきこの辺で見た覚えがないと考えたのは、単純に妖精みたいな髪だと思ったからだった。暗がりの中でも僅かな光源できらりと煌めく、綺麗な銀髪はあまりにも見覚えない。
ましてや隘路で座り込んでいるとなれば、僕の人生でも二度とない光景である。
珍しい……というよりも、大丈夫だろうか。
逢魔が時、市道から二本は反れた人気の無い小路。
こんな場所で、もし仮に悪い人に見つかったら良くないことをされちゃうかもしれない。
控えめに言って悪戯されちゃうかもしれない。
更に言えば人身売買目的で誘拐されちゃうかも。
いやこの平和な日本で人身売買を危惧するのは杞憂かもしれないけども。
しかし、目の前の銀髪少女が醸し出す儚く幻想的なオーラを見ていると、その綺麗な西洋人形みたいな白い肌の四肢や微かに見える小顔(年齢的に当然だけど)を見ていると、非現実的とも思える犯罪に巻き込まれてしまう懸念すらしてしまう。
観察しながら歩いている間にも僕と銀髪少女の距離は縮まっていた。
当然のことながら進行方向右手で座り込みを続ける銀髪少女へ、僕が話しかける義理も理由も無い。寧ろ話しかけるという選択肢を選んだ場合、僕は当然の如くロリコンの不審者という扱いを受け、地域の小学校では「下校途中の女子小学生に冴えない男子高校生が声をかける事案が発生しました」と僕の存在が変態として広められ、SNS社会によって僕の名前や住所が特定されてロリコン高校生として最後には両手にお縄。女子小学生に声を掛けて捕まったとなれば刑務所でも僕は他の受刑者からもいびられるだろう。
な、なんて最悪すぎる未来なんだ!
捕まるどころか捕まった後すら未来が暗い!
僕は一考して、銀髪少女に話しかけないことに決めた。
話しかけないことで銀髪少女が誘拐に遭ったりしても悪く思わないでほしい。最近の僕は瑞星の一件で良い奴だと皆から思われているかもしれないけども、等身大の僕はもっとこうクールで、他者は他者、自分は自分と割り切って考えることが出来る孤独主義者なのだ。冷たい合理主義者なのだ。
……さてと、誰にするでもない言い訳はこれくらいにして、と。
この小路は反対方向に歩く二人がすれ違った時、どちらかが避けようとしなければ通ることすら出来ないくらい狭い道だ。手を広げればすぐに左右の両壁に手が付くくらいには。
銀髪少女は右の石壁を背にして座っている。だから僕は左へと事前に寄った。すれ違う時は一瞬は蟹歩きになる必要はあるだろうが、そこまで支障なく通りすがることは可能だろう。
そう考えたときだった。
あと3mで銀髪少女と同じ横軸に並ぶ瞬間だった。
「待っていました」
鈴が鳴るような、でも落ち着いている少女の声。
一瞬遅れて、銀髪少女から話しかけられたと気付いた。
僕と銀髪少女しかいないのだから、銀髪少女が口を開くのならその相手は僕以外に他ならない。
それに……待っていました、だって?
僕の願望由来の聞き違えじゃないはずだ。
いや、別に願望でも何でもないけどな?
こんな小っちゃい女の子とお近づきになりたいだなんて犯罪チックなことは一切、神に誓って考えてないけどな?
くそ……我ながら否定すれば否定するほど怪しく聞こえるデフレスパイラル過ぎる。僕は本当にロリコンじゃないのに。
見下ろすと、丁度銀髪少女が地面に接していたワンピースの布地を手で払っていた。
そのまま僕の正面に立つ。
「本当に待っていたんですよ」
疑っている訳でもないのに強調を意味する形容詞が付いた。
いや。
本当に疑ってはいないけども、何故声を掛けられたのか、何故僕の前を通せんぼするみたいに仁王立ちで立ち塞がったのか。
僅かな混乱を感じつつも、僕は目の前の少女を見遣る。
幼いながら怜悧な相貌。
ライムイエローの双眸。
……ええと、どこかで会ったことでもあっただろうか?
だとすれば流石に覚えているよな。
だって銀髪だぞ銀髪。
それに美少女。
僕は頭を擦りながら何度も頭の中を確かめてみるが、やっぱり駄目だった。
「ええと、何の用かな?」
銀髪少女は僕の言葉に首を振る。
「その前に一つ教えてください」
「え?」
「名前、なんていうんですか?」
銀髪少女は僕の話を無視して名前を聞いてきた。話題転換が唐突過ぎる。
「左藤栄太だけど」
「分かりました。エリーはエリーです」
「エリー……」
偽名とは……断じることは出来ないか。
見るからに北欧っぽい出で立ちだし。
「あ、お察しの通り偽名ですが気にしないでください」
「やっぱり偽名かよ!」
「だって左藤さんが猟奇殺人犯だった場合、本名を名乗ってしまったらエリーは心臓麻痺で死んでしまいます」
「デスノートなんて持ってねえからな! それはフィクションの話だ!」
「でもエリーには見えます。左藤さんの背後に浮かぶ死神の姿が……!」
「だとしたらキラはお前だエリー!」
「なんですと!?」
いきなり何を言うかと思ったけども、結構ノリが良いな。見た目よりも取っ付きやすい性格と見た。
「思いつきました。エリー・アリス・スミス。それがエリーの名前です」
「思いつきましたって言っちゃってるし。全部ファーストネームに聞こえるけども、ファミリーネームはどれになるんだ?」
「エリーに決まってるじゃないですか。初対面の人に名前を呼ばせるなんて、はしたないことはしたくないです」
どうも身持ちが固いらしい。
それ自体は良いことだと思うけど、でも、エリーがファーストネームはセンスが無いと思うぞ僕は。
『エリー・アリス・スミス』ならスミスがファミリーネームだろうに。
まあいいけども。
「じゃあエリー、改めて聞くけど何の用なんだ。待っていましたってことは僕に用件があるんだろ?」
「ええ。普通の理解力があれば再確認は不要だと思いますが?」
「……。」
なんかめっちゃ煽られた。
しかもめちゃめちゃドヤ顔で。
しかし自分でも不思議なくらいに、あまりその煽りに気にならなかった。
エリーが僕より一回りは下の容姿をしているというのもある。けどもそれ以上に、エリーの言葉の節々にオタク要素が散りばめられていて、ちょっと痛々しい。
だから見ていると一周回って微笑ましい気持ちになる。
まるで───中二病を患っていた過去の自分を思い出すみたいで。
「何でそんな生温かい目で見るんですか」
「いや、若いのは良いなあ~って思って。いつか藻掻き苦しむだろうけども。過去の自分を殺してやりたいと呪う羽目になるだろうけども、僕は応援してるからなエリー」
「突然不吉なことを言い出すのはやめてください!? 女子中学生として訴えますよ!」
「女子中学生と言う最強属性を持ち出すのは卑怯だぞエリー!」
「(無言で懐からスマホを取り出す。)」
「すまなかった。警察は勘弁してほしい」
「違いますよ───PTAにです」
まずい、本格的に僕の名前が地域誌の不審者速報に掲載されてしまう。
「謝るからそれも勘弁してほしい。僕は小学校を騒然とさせる変質者デビューはしたくないんだ。土下座したって良いぞ」
「土下座は要りませんが、つかぬことをお聞きして良いですか左藤さん」
「つかぬことと言わず何でも聞いてくれ」
「何で小学校なんですか?」
「だってエリーって小学生じゃないのか?」
「違います! エリーは中学一年生です!」
中学一年生だったのか。
それにしては随分と背丈は小さいし顔の輪郭も幼い……胸はまだ成長の余地ありってことで感じだけども。ふむふむ。確かによく見れば女子中学生って感じの大きさかもしれない。
「あの、何を見ているんですか?」
「白いワンピースって汚れやすそうだなってさ」
「……まあ、確かに汚れますけど」
微妙な顔をして僕を訝しむエリー。
女子中学生の胸を凝視していたなんてとてもじゃないけど言えない。
……あれ、僕、まるでマジモンのロリコンみたいなことをしていないか?
こっそりと様子を伺うふりをしてエリーの胸元を目測して、バレそうになったからって惨めに言い訳なんかしちゃってるいんだけども僕。
いやいや、普通の男子高校生なら異性の胸の大きさは気になるはずだし、そもそもこれはエリーが事実を述べているかどうかを確認するための重要な立証行為であって決して下心に突き動かされたものじゃない。即ち僕は悪い事なんてしていない。客観的にはマズいと言われるような行為なのは反省すべき点だったとしても、僕は極めて純粋たる興味本位でエリーが本当に女子中学生に値する身体付きだったか確かめていただけなのだ!
……何故だろう。
なんだかさもしい気分になった。
コホン、と神妙な面持ちでエリーが息をつく。
「水色髪のショートカットの女性から目を離さないでください」
水色髪……もしかして瑞星のことか?
でも、何でエリーが瑞星のことを知っているんだ?
いやそう言う訳でもないのか。
知っているならば姿だけで示さずにちゃんと名前で言うはずだろうし、たぶんエリー自身も瑞星とは面識はないはず。
……ん?
「てか、瑞星のことを知ってるのか? アイツは……誰から忘れ去られてしまっているはずなのに」
「いえ、知りはしませんよ。他人ですから。ともかく忠言はしましたから、これでエリーは失礼します」
「忠言……」
エリーはくるりと僕に背を向けて、僕が来た方向へと歩き始めた。そのまま本当に去ってしまった。
忠言って……随分と中学一年生っぽくない語彙を使う。恐らく漫画の影響なんだろうな。凄い好きみたいだし。
瑞星から目を離すな……ね。
そんなこと、エリーから言われるまでもない。
今の瑞星を支えられるのは、何の因果かは分からないけども、僕だけなのだ。