翌日、瑞星と僕はちゃんと登校をした。
予想通りと言うべきかクラス内はざわめいたし、教師からも「その……彼女は誰だ? クラス……いや学内でも見かけたことのない顔だが」と怪訝な顔をされたが、最終的には学生証や学籍番号などを照合してもらって何とか陣屋高校の生徒であると認めてもらうことが出来た。
瑞星は当然教室内では浮くことになった。
瑞星自身が今まで友人だったクラスメイトを避けているのも一因だったが、それ以上にその佇まいから誰もが興味を持っても話しかけように話しかけられない、そんな心情が見て取れる。
まあ否応ないな。
瑞星は一度話せば気さくで良い奴なんだけど、初見で見ると凍土の女王みたいな、氷の棘で外殻を覆いつくしているような、なんとも触れがたい存在に見えるのだ。
近づいたら氷点下の美貌に威圧されそうな。
無表情の瞬間とかケッコー怖いし。
そんな感じだから瑞星が積極的にクラスメイトに絡みにいかなければ膠着状態に陥るのは目に見えていた訳だ。
ここまでは予想通り。
予想通りだったんだけどな。
「栄太、昼ごはん一緒に食べない?」
昼休み開始直後、瑞星はスタスタと僕の席まで来てはそんな誘いを持ち掛けてきた。
なんでこいつは普通に僕に話しかけてくるんだよ。
無気力系なろう主人公宜しく、僕が静かな隠匿生活をこよなく愛しているのを知っているくせに。
おかげで教室内が「え、左藤ってこの美少女と知り合いなのか!?」とか、クラシックなラブコメみたいな噂話が立ち上ってひそひそされ始めちゃってるじゃねえか。
溜息を一度。
ここで無視したほうがより目立つと予想して僕は顔を上げる。
「いいけど、別のところに行こうぜ」
「そうだね。ここは人目に付きすぎる」
「それはそうだけど言い方な! ただ飯食うだけだから!」
まるで隠れてイチャイチャしようとしてるバカップルみたいな言葉に聞こえるからなそれ!
絶対分かってて言ってるだろ!
「……ん? そんな強調して言うことじゃなくない?」
「あ、ああ。分かってればいいけどさ」
僕の一気呵成としたツッコミにキョトンと目を丸めた瑞星。
……忘れてた。こいつ、こう見えてちょっと天然の毛が入ってるんだった。
僕への悪戯とか抜きに言っただけか。
分かりにくいんだよな一々。
僕と瑞星はクラスメイト達の視線を引き連れながら教室から出ると、人気の少ない特別棟へと向かう。
陣屋高校は主に3つほど建物がある。
教室がある本棟、主に文化部系の根城の部室等、教科毎の教室が点在する特別棟だ。
その中でも特別棟は授業以外で基本的に用が無い場所なので、昼休みの間は殆ど人の出入りが無い。こうして密談をするには最適というわけだ。
「で、友人とは話さないのか?」
校内で最も人通りの少ないと僕の中で確立したマイゾーンこと、特別棟3階踊り場まで来ると、僕は朝から気になっていたことを口にする。
「まあね。だって表面上の友達とはいえ、他人みたいな空気感で話されたら流石に傷つくし」
「そっか」
まあそういうもんか。
僕は友達と言う友達が校内に一人しかいないけど───そいつから忘れられたら確かに同じことを考えるかもしれない。
だってどう話せばいいか分からないから。
相手にとっては他人だけども、自分からすれば勝手知ったる知人。
その親愛度格差を直視するのは残酷なまでにストレスだ。
「それにしてもここは何だか落ち着くね」
「そうか? 連れてきた僕が言うのもなんだけど、ジメジメして居心地悪い場所だと思うけども」
「じゃあ場所じゃないのかな」
……?
何が言いたいんだろうと思いつつ僕は窓の外を眺める。
梅雨前線は既に去ったかの如く本日も微晴れ。暗雲が空全体の4割程度を覆っているものの、今日も雨は降らなないらしい。
総じていい天気だ───もちろん流れ星は見えないけども。
仄かな明点がゆっくりと移動しているが、あれは飛行機か人工衛星だろうか。
「どうしたもんかなあ」
「どうしたの?」
「いや、こっちの話」
本当は瑞星の話だったが、率直に言えば空気がしんみりしてしまうかと危惧した僕は適当にはぐらかす。
だって、ずっとこのままやっていくのは無理だろう。
初日だから何とかなってるけど、いずれこんな生活も無理が来る。
担任が瑞星を認知していないのはまだ良い。友人だってまた作ればどうにかなる。
だが親が瑞星を認知していないのは、どうしようもなく人生の詰みポイントに成り得る。
流れ星に願いを、か。
昼間に出ている流れ星。
肉眼で視認すら難しい昼間の流れ星。
明るい点がゆるやかに雲の際から飛び出して青空を移動する。
……ん?
見える。
流れ星じゃないが、人工衛星はギリギリ見える。
人工衛星のソーラーパネルが太陽光を反射して、光が地表まで届いているのだ。
前のめりそうになりそうな心持ちを堪えて、僕は考えてみる。
一つの仮説について。
瑞星は中学二年の時、日中に願い事をして姉の記憶を一部取り戻している。
しかしその時、願ったその寸前、流れ星が現れるなんてやっぱり考えにくい。
だからそう───瑞星は昼間の空に浮かんでいる何かを流れ星と誤認したんじゃないだろうか?
今みたいに人工衛星か、飛行機か、正体は定かではないけども。
天文学的確率を縫って流れ星が流れたという説よりもそちらの方がまだ納得がいく。
───要するに、プラシーボ効果。
そういうことなんじゃないか?
きっと順序が違うのだ。
最初に願いが叶ったのも。
流れ星に願ったから叶ったんじゃない。
流れ星があったから瑞星は願って、それが瑞星自身の能力で叶ったんじゃないか。
だから───。
本当は流れ星なんて無くとも願い事は叶う。
流れ星が無いと叶わないと、自分自身の能力を誤解しているだけで。
つまり、これは。
そう。
これは願いとかそんなあやふやなものじゃなくて───信じ難いことに超能力ってやつだ。
横目で瑞星の姿を見れば、静かに道中のコンビニで購入したチョコクロワッサンを食べているところだった。
本人に伝えて再チャレンジしてもらうか?
昨日みたいに、ともすれば、昨日以上に全身全霊で願えば。
昼は記憶を思い出させ。
夜は記憶を忘れさせる。
そんな芸当が自由自在に出来るかもしれない。
いや───それも良くないか。
プラシーボ効果。
ただの思い込み。
しかし、この手の思い込みっていうのは厄介な気がする。
本人が自覚しようが無意識に自らを律してしまう。流れ星で願いが叶うのはまだ理屈で片付くけども、ただ念じるだけで超能力が発動するのは理屈に合わない、みたいな。
だってフツーに信じられるか?
記憶消去と記憶復活の超能力を持っているなんて言われてさ。
実際、昨日はその可能性を試してみて、発動しなかったんだ。瑞星はこれを自分の力と思っていない。スーパーネイチャーとか、大自然の神秘か何かとしか思ってないはずだ。
自分が特別で選ばれた存在だなんて───思えるべくもない。
コンビニで買った惣菜パンを食べながら考える。
必要なのは最早流れ星じゃない。
欲しいのは見せかけの流れ星。
何でもいい。
空高くで光って素早く動くものなら。
「───あ、そうか」
「栄太?」
「いや、なんでもない」
思わず声に出てしまったのを取り繕いつつ、僕は何でも無いと首を振った。
僕は思い付きのまま、姉に連絡を取った。
そうして僕は瑞星にバレないよう画策を練り、実行に移したのは翌日の夕方のことだった。
僕は気分転換に散歩をしようなどと嘯いて瑞星を海辺に連れてきては、海岸線をなぞるように歩いていた。
いい具合に茜色が馴染んだ空一面は、あと1時間もしないうちに夜の帳が降りることを明々と示している。
「海は広いね。私の懐くらい広いかも」
両腕を広げて潮風を全身で浴びる瑞星。
その辺に中世の画家でも居たらすぐさま宗教画の題材にでもされそうなくらい、絵になる光景に僕は目をそらす。
「太平洋くらい広いのかよ。何やっても許しそうだなそりゃ」
「さすがに適当言った。ホントは琵琶湖くらい……いや十和田湖……いや本渓湖くらいかも」
「世界で一番小さい湖じゃねえか」
本渓湖は世界最小の湖畔で、大きさはおおよそ8畳ほど。下手な水溜りよりも小さい。湖の定義が気になる今日この頃。
「栄太が散歩に誘うなんてね」
「なんだよその生暖かい目は」
「昔は家に引き籠ってずっとゲームとかアニメとかに夢中だったのに人って変わるんだなって」
「お前は僕の母親か。つか本当に僕のこと知ってるんだな」
「私もずっと隣にいたからね。1pだけは絶対に譲らなかった」
「お前もじゃねえか」
ちゃっかり1pを奪い取ろうとしてるし。
……さて、そろそろ時間だな。
僕はこの日のために購入した腕時計(と言っても100円ショップど550円税で購入した激安品だ。値段相応に見た目もショボいので今後付けることはないだろう)へと仕切りに目を配る。
場所も予め予定していた辺りまで来た。
ここなら見えるはずだ。
タイミングを伺っている間にも、一歩前を歩いていた瑞星が振り向く。潮風で髪がふわりと揺れた。
「ねえ、今度海行かない?」
「今来てるだろ、海」
「じゃなくて、海に入ろうって意味だって! 夏だし海だぜ、みたいなノリだよ」
「生憎僕んちには存在しないノリだな。クソ暑い中、鉄板みたく熱された砂粒を踏みしめながら土砂交じりの塩水に入って何が楽しいんだか」
「感じ悪ー。モテないよ」
「モテるとかモテないとか、そういう近眼的な要素で態度を決める程度の低い人間になりたくないんだ」
「偏屈人間だ」
「正直人間と言ってくれ」
僕ほどアイデンティティに固執している奴もそれほどいないからな。多分。
瑞星にバレないよう秒針が長針を追い越すのを見やりながら、そろそろだなと思って、僕は視界の端を確認する。
そして、光った。
夕焼け空に浮かぶ明らかな光点が、宙を流れる。
僕はすかさず───手筈通りに。
人差し指でその光源を指し示し、大袈裟に瑞星へ叫ぶ。
「瑞星! 流れ星!」
「え!?」
「早く! 消えちまうぞ!」
「え!? うん!」
大仰に急かし立てる。
正直、こんなもんは子供騙しである。
冷静になればすぐに気付くだろう。
空に浮かぶのが流れ星じゃなくて、ただLEDライトで自立発光したドローンでしかないことなど。
夕陽の逆光で見辛いが、良く見れば機体もプロペラも見えるのだから。
それでもこの一瞬。
たった一瞬でも瑞星を騙すことが出来ればそれでいいのだ。
瑞星は僕の示した方向を僅かに確認した後に、言葉が惜しいとばかりに目を瞑った。
昨日までは口にしていたが、本来は言葉にする必要もないらしい。
考えてみればたった数秒の流れ星相手に、言葉を並べる時間など本来は無い。
……いや、それ以前に流れ星など制約でしかないのだから、言霊である必要すら無いのだろう。
言わずとも、念じれば叶う。
瑞星は無言で願い続ける素振りでじっと動かない。既にドローンは過ぎ去り、流れ星を装うために光は消え、海岸線の端へと過ぎ去っていく。
刹那。
───!!
──────ああ!
立ち眩みがして足元が覚束なくなって、思わずコケそうになるけども、そんな些事よりも。
なんてことだ。
思い出しちまった。
瑞星と仲睦まじく過ごした小学生時代も。
思春期で距離が空いてしまったのも。
イジメられていた、あるいはイジメられ掛けた記憶も。
人生の帳尻が合う。
何で気づかなかったんだろう。
チグハグだ。
今までの記憶は全て、凹凸を気にせず組み上げられた不細工なパズルみたいだった。
記憶喪失というより、改竄されていたみたいな。
ではなく───
正真正銘の───僕の幼馴染。
「───僕はお前のこと、名前で呼んでいたんだな」
愕然としながら漏れた言葉に、瀬亜は弾かれたように目を開いた。
「思い出した……の?」
「みたいだな……信じられないことに」
「ってことは私の知ってる栄太なんだよね……?」
「お前の中にいる僕がどんな奴だかよく知らないけど、記憶が戻ったという点においてはその通りだろうな……って触るな顔を」
「だって実感したくって……」
言いながら目の端には涙が滲んでいた。
細指でそれを拭いながら、瀬亜は薄青とした双眸で僕を見た。
「栄太の記憶が戻って、本当に良かった……!」
「そりゃ何よりだけど、家族にも連絡してみた方がいいんじゃないか?」
「そうだね……そうする!」
瀬亜は制服ポケットからスマホを取り出すと家族へと電話を掛け始めた。
恐らく家族の記憶も既に戻っていて、以前のような他人行儀な言葉を差し向けられないはず。
僕は家族と話す瀬亜を横目で確認しつつ、浅くため息を吐いた。
事の次第は単純だった。
昨日、ドローンを使って流れ星と誤認させる作戦を思いついた僕は姉に借金して1台7万円のドローン(どのくらいのスペックが必要か分からなかったので)を家電量販店で購入。本日購入したドローンを姉が操作して、流れ星を演出してみせたわけだ。
この件で姉に借りを作ってしまったのが非常に痛いが、無い脛は齧れない。
ともかく、一件落着したと言っても良いだろう。
これでめでたしめでたし。
───で、良いのだろうか。
「あーうん。今は栄太と海にいてね……まだそんなんじゃないってお母さん!」
母親と無事話しを続ける瀬亜を盗み見る。
僕の記憶も、どうやら家族の記憶も元通りらしいが───そもそも元通りっていうのはどの時点のことを言うんだ?
僕は一昨日までずっと、記憶を忘れていることを忘れていた。
覚えてすらいなかった。
ぽっかりと空いた部分には辻褄合わせとばかりに不格好な記憶へと差し替わっていた。
その違和感にすら気づかなかった。
記憶消去も、記憶回復も、どちら瀬亜の能力を正確に表した単語じゃない。
これは───そう。
言うなれば───記憶改竄に近しい。
瀬亜は自由自在に他人の記憶を操作できる。
人間の身には余りにも大きすぎる能力。
確信はないけど証拠はある。
物的証拠はないけど記憶はある。
こんな大きな能力を持つ瀬亜が今後も普通の生活を続けられるのか、僕には分からなかった。