記憶が戻ったとは言えど、僕と瑞星は結局のところ幼馴染以前にクラスメイトである。
小学生の頃はそりゃまあ夏祭りは毎年二人で行ったり、よく放課後に互いの家で遊んだり、なんやかんやと一緒にいた時間も長かったわけだけども、中学進学を期に僕たちは袂を分かった。理由はここで述べる必要すらないくらい当たり前の話で、僕も瑞星も思春期だった。男女で2人っきりでいると周囲の目が気になって、気恥ずかしくて、僕たちは言葉も交わさずお互い自然とフェードアウトしたという、年齢を考えれば当然の関係性の自然解消である。
そして中学時代という成長期一つ分の時間を瀬亜と離れて過ごし、今。
やっぱり僕にとっての瑞星瀬亜はボーイッシュな女子生徒であった。
当然っちゃ当然のことで、瑞星瀬亜の美青年っぷりはここ最近は顕著なものである。顔立ちや雰囲気が中世的に成長しているっていうものあるけども、それ以上に、制服では女性用スカートを履かずに男子用ズボンを選択しているところも、身の回りに使う道具でもオシャレさよりも機能性を優先して無骨なデザインの物に囲まれているところも、須らく男性的という他あるまい。ぱっと見で男女どちらかと問われれば男子的な印象を抱いてしまうのも致し方の無い事実だ。
もちろん僕自身は男と思っているわけではないので、もう少し正確な表現を考えると、おおよそイケメン女子という言葉が瀬亜にはぴたりと当て嵌まる。美しくカッコいい、でも相好を崩す姿は女子らしい柔らかさを覚えて可愛らしい、みたいな。
───と、長々と描写を重ねてみたけども、そんな誰よりもカッコイイ女子その人、瑞星瀬亜が、女子用制服を着用してきた、なんて事件が起きれば教室内が驚天動地に包まれるのも当然の話だった。
因みに言うまでもないが、言及せねば唐突感のある展開と感じる皆もいると思うから敢えて言及すれば、クラスメイト達も全員瀬亜のことを思い出している。
人気者、復活。
「おはよう、栄太」
瑞星はクラスメイトから様々な驚きの声で持って話かけられる中、それに対して失礼に当たらない程度に短く返事をしつつ、何なら女子用制服を着ている理由は聞かれても全く述べず、最短距離で僕の元までやってきた。
お陰様で瑞星だけでなく僕にまで注目が集まる始末。
肩身が狭くなってこの上ない。
「おはよう瑞星。なあ、クラス内で注目を浴びちまってるから、早速今教室内の皆が気になっているだろう主点を聞いておきたいんだが、どうしたんだその恰好。随分と似合っているじゃないか。てっきり瑞星は女子用制服なんて防御力が低くて機能性に乏しいから使わない主義だと思っていたんだけども」
瑞星は自覚があることを伝えるように肩を竦める。
「まあね。でも主義を別に変えたわけじゃないよ。私だって女子なんだから女子用制服を着る権利はあるんだし」
「まあ、そりゃそうだが」
その主義を曲げるに値すると思ったその理由について、クラス中の関心が集まっているんだけどな。
「てか、瑞星って呼ぶの止めてよ。幼馴染でしょ私たち」
「いやそうだけども」
左右に視線を振る。
飛び込んでる好奇の目、目、目。
人気の少ない海岸ならいいけどな?
そして心の中だけならいいけどな?
こんな教室内で名前呼びになったら、あいつら何かあったなって思われちゃうだろ。クラスメイト相手にそんな羞恥を晒したくないんだよ。
「今さら他人行儀とかさ。私との仲じゃん」
「いやいや幼馴染だろ、ただの」
「名前で呼ぶには十分な理由じゃない?」
「思春期の男女が名前呼びをし合っていたら変に勘繰られるだろ、そして周りから言われるんだぜ。瑞星と左藤ってお互い下の名前で呼び合ってるけど、ぷぷぷっ、恋人なの~? ってな」
「栄太の周囲って小学生男子しかいないの?」
「ほっといてくれ」
そもそも男友達がいないという事実はここでは隠蔽しておく。
「それにさ、私たちなんだかんだ幼稚園来の付き合いだよ? 名前呼びなんてフツーだってフツー」
口を尖らせながらぶーぶー言う瑞星。
言われてみればそうかもしれないな。
平和な暮らしをマニュフェストに掲げている僕は断固拒否するけど。
僕が態度を揺るがすつもりがないことを知ったのか「ふーん」とか言いながら瑞星は自分のスカートを指で摘む。
「それで、これはどうかな?」
「ん?」
「どうかなって聞いてるんだけど?」
そのままスカートの裾をぴらりと小さく捲る。
どうかなって言われてもだな……。
僕は瀬亜の姿を観察してみる。
男子制服から女子制服になったと言葉にすればそれだけだが、よく見ればやはり目が奪われそうになる。例えばいつもは灰色の長ズボンで隠れている生足が、スカートから出ているというその事実だけで明け透けて目に映る印象がかなり変わる。
今までも女子生徒という認識はあったけど、そうは言ってもやはり宝塚系というか、性別を超越してカッコイイ眉目秀麗だなと認めざるを得ない、容姿の圧倒力があった。
だが今の瑞星は完全に女子生徒だ。カッコイイ美少女。
すべやかで白く綺麗な大腿部が露出した点も大きいけど、淡い臙脂色に白のラインが入ったスカートのひらひらも見逃せない。スカートにより可憐さが加わった瑞星はこれまで見てきた瑞星とは全く違う、もはや瑞星瀬亜2.0と言っていいほど、女子として洗練された眩い魅力を放っている。
開けっ広げに褒め称えたら僕は変態と思われそうなので、
「いいんじゃねーの。流石の見た目だ、似合ってるぞ」
と短く褒めるに留めた。
我ながら至ってシンプルかつ自然な誉め言葉だろう。これくらいであれば、どうこう噂されることも無いはずだ。
そんなことを考えていれば、瑞星は不満げに子供っぽく頬を膨らませる。
なんで?
「ちーがーうーよー。もっとあるでしょ! ほら、可愛いとか、えっちだとか!」
「可愛いはまだしもえっちだとは言わねえよ! 朝の教室内でセクハラとか僕の評判が地の底でくたばっちまうだろうが!」
「スカート捲りしたらどんな反応するんだろうなって? いや困るよ、ほら、みんな見てるし……此処じゃ、ね?」
「まるで僕をスカート捲りをされた女子の表情を楽しむ変態みたいに言うのは止めろ! 此処でも何処でもやらねえよ!」
教室内でもこのノリ続けるのかよこいつ!
予想通り教室内がざわめいちゃってるし、左藤って地味な奴だけどめっちゃ変態じゃん、みたいな噂まで建てられてるし、どうしてくれるんだ僕の学生生活!
瑞星はこの二往復のやり取りに満足したようにふっと息を抜くと、何とも言えない満ち足りた表情で笑みを浮かべる。
「でも、可愛いはともかく、なんだ」
「そりゃ……否定出来ない事実、だしな?」
ツッコミのために無意識にした発言だったが、かなり本心からの発言でもあったので、本人に拾われると僕も照れ臭くなって歯切れが悪くなってしまう。
だって瑞星、実際に可愛いし。女子としてもレベルが高い。今の瑞星であればキュート属性で学内トップだって狙えるレベルだと個人的には思う。古風に言えば学園のマドンナとか、そういうのも多分狙える。知らんけど。
でも、改めて発言を掘り上げて日の目に晒されると僕としても困ってしまう。
まるで僕が瀬亜に好意を持っていて口にした、みたいな切り取り方をされると僕もたじろいでしまう。
───が。
これまでの彼女いない歴イコール年齢の人生経験から、本気じゃないなとは思う。つまりはいつも通りの冗談交じりの漫談だ。僕が本気になって受け答えすればするほど瑞星が上機嫌になるのも、揶揄って楽しんでいるだけなんだろう。どうも瑞星には勘弁願いたいことに僕を変態に見立てて遊ぶ嗜虐嗜好があるようだし。
ふふんと、瑞星は機嫌良く鼻を鳴らす。
「可愛いんだ、私。栄太から見て可愛く見えるんだ、私」
「……そう何度も言ってくれるなよ。なんだ。何万欲しいんだ」
「買収じゃないよ」
ん?
いつもなら「そんな守銭奴じゃないよ!?」とか「じゃあ100万円、即金で。無理ならトイチだからね」とか、諧謔を弄する感じで乗ってくれるはずなのに。
僕が唖然と口を開けて間抜けな面を晒していると、瑞星は周囲を確認して僕の耳たぶに桜色の唇を近づけると───。
「これを着てきた理由はさ───栄太に可愛いって言われたかった。たったそれだけの、大きな理由だよ」
そう小さく囁かれたと気づいたときには、既に瑞星は顔を引いていた。
思わず僕はまじまじと見てしまう。近くで見ているから分かったけども、瑞星の頬が薄っすらと赤い。
……そんなことよりも、僕に可愛いって言われたかったって?
まるで、そんなの、言葉にするのも野暮なのは理解した上でそれでも状況を把握するべき敢えて言葉にするとすれば、もしかして瑞星は───。
「放課後ね! 一緒に帰るから先に帰らないように!」
頭の中で結論を出すか迷っていれば、瑞星が僕にそう言って天真爛漫にウインクを一度ぱちりとすると、自席へ戻っていく。一方で僕はポカンとするばかり。
……なんか、青春だ。
僕が知らない鮮明な青春だ。
こういう終わり方も悪くない───のかもしれない。
と、ここで終わればキリが良いのだが、エピローグはまだ続くのである。
「左藤さん、お待ちしておりました」
放課後。
下校路を瑞星としょうもない会話をしながら移動時間を潰し、鶴井公園の手前にあるT字路で別れ、家に辿り着いたところだった。
正確には辿り着くまであと5歩という場所まで来たところだった。
僕の家の両開きの門扉の前で、体育座りで僕へと声をかける銀髪少女がそこには居た。
何故か居た。
どうしてか居た。
頭を掻いた。
「……なんで僕の家知ってんだエリーお前」
「そりゃエリーは左藤さんのシンパですからね。家の場所から帰宅時刻まで存じ上げてますとも」
「シンパって言うかストーカーじゃねえか」
「失礼ですね、サーチ To ストークなんてしていませんよ」
そんなストーキングの不定形みたく言われても。
つか中学1年でよく知ってるな不定形なんて。
どうでもいいけど。
エリーは体育座りを辞めて立ち上がり、きびきびと付いた汚れを払う。本日もエリーは放課後らしく中学の制服姿だ。ただこの辺の学区の中学じゃない気がするんだよな……少なくとも今年の3月まで通っていた僕の母校ではないだろう。柄もモノクロながらブレザーの襟が丸っこく、一歩間違えればダサく見えるスカートのチェック柄も現代風というか、感覚もアトランダムな感じで暗めの白やら赤やらが引かれていて、僕の言語センスでは表現が難しいけどもとてもオシャレに見える。端的に良いとこの私立中学っぽい。
しかし、エリーが立つと身長差で僕を見上げる構図になる。
なんか存在しない兄心を燻ぶられている気がした。
「ええと、それでなんで僕んちにいるんだ? お菓子いるか?」
「なんでと問われればお話をしにという答えになります。あと変に子ども扱いは辞めてください」
「高校生から見りゃ中学一年生なんざ子供にしか見えないからな。そうだ、10円ガムをやろう」
「要りません!」
そっか、要らないか……。
偶然にも丁度持っていたんだけどなお菓子……。
ズボンのポケットから徐に取り出した飴を再び戻す。
それにしても、なんでだろうか。
今日のエリーは妹に見えてしまって甘やかしたくなる今日この頃。
瑞星の一件が片付き余裕ができたからだろうか。
或いはエリーが中学の制服を着ているからだろうか。
ともすると、制服が妹の色付けをするのだとしたら、姉に制服を着せれば妹に見えるってことか?
……無いな。
キツい。
無理すぎる。
身内贔屓をしても、身内引いきで大幅マイナス。想像するんじゃなかった。
「左藤さん、話したいことが少しあるのでお時間ちょっとだけ貰えます?」
「ああ勿論。僕とエリーの仲だしな」
「頼む側で言うのもなんですが、エリーたちってそんな深い仲じゃないと思いますよ」
「そんな悲しいこと言うなよマイリトルシスター」
「そんな安い呼ばれ方をされる覚えはないです!」
「まあそう言うなよマイリトルシスター。既に一期一会を三度も繰り返した仲じゃないかマイリトルシスター」
「語尾なんですかそれ!? いちいち言うの長くないですか!?」
うん、僕も長いと思った。
キャラ崩壊も甚だしいし。
もうやらないことにする。
「ともあれ、話が長引くならウチで話すか?」
「いえ、今日のところは大した話じゃないので軒先で結構です。それでですね、今日は左藤さんにお願いがあるのです」
「お願い? 悪いが僕は今月は厳しいからチョコモナカジャンボくらいしか買えないぞ?」
「いい加減にお菓子から離れてください!? 両頬にお菓子の食べ滓が付いたファンアートとか送られてきたらどう責任を取るつもりですか!?」
前提として描かれる想定なのかファンアート。
驚くほどに自己評価が高いぞこの銀髪少女。
まあそれくらい自信過剰じゃないと、自らを『エリー・アリス・スミス』と自称もしないだろうということか。個人的にはこの名前もあんまりセンスないなーとか思っちまうけども。まあ中学一年生のネーミングセンスにそこまで求めるのも酷な話とも言えよう。
それにしても責任と言われてしまった。
責任。嫌な言葉だ。
それが嫌だからクラスでも一切要職に就かずのらりくらりの昼行灯でいるのに。
「責任と言ってもなぁ、僕が出来るのは精々告白してお付き合いを重ねて結婚することくらいだけど」
「そこまでのものは求めてませんしボケをボケで返さないでください! テンポが悪くなります!」
「…………まあ、そんな枕話は置いておいて、本題に入ろうぜ」
「待ってください、今の意味深な間は何ですか? まさか本気で言った訳ないですよね?」
「ははは、ボケでボケを潰すとはやるじゃんエリー」
「今のは普通に身の危険を感じただけです!?」
思わず丁丁発止とした漫談の流れで告白どころかプロポーズまでしてしまった。
身を引いて僕から後退るエリーに、悪い悪い冗談だ、と真実を教えてやる。
エリーはそれでも胡乱げな瞳で僕を見続ける。
流石になあ……健全な男子高校生として、僕だって中学一年生相手に本気にはなれないって。
ただただ女子中学生一年生を手玉に取って誂うのが愉快でならないだけで。
それはそれで普通にマズい気がするぞ僕。
まるで気になる女子にちょっかいを掛ける男子小学生みたいじゃないか。
「兎にも角にも、二も三も無く、左藤さんにお話があるんです」
「距離を離したまま言われるのが大分傷付くが……おう」
「実はエリー、未来予知が出来るんです」
「……はあ」
軽い世間話みたいな。
明日も真夏日で暑いですね、みたいな口調で言われても。
「金稼ぎたい放題じゃん、勝ちまくりモテまくりって感じじゃん」
「左藤さんの家を知ったのも、瑞星さんの行方も知っていたのも、全てこの能力によるものなんです」
「…………なるほど?」
僕が叩いた軽口を完全に無視してエリーは言う。確かに我ながらひどい言葉だと思うのでスルーされて助かった感は否めない。
しかし、真剣な話として未来予知が出来るなど主張するのもまた酷い絵空物語に見える。未来なんざ人類90億……それ以外の生命やら無機物有機物全ての存在がグシャッと一つに絡まりあって構成される、この世界じゃ最も不確かな概念だというのに。それを予知だなんて。
未来予知……未来予知ねえ。
「そうなんです、と言っても望んだ時間場所を予知できるほど便利なもんじゃないですけど。だから一攫千金には使えません」
「ふーん。まあ一旦そのトンデモ能力については飲み込んでやるよ。だが気になるのは、この前瑞星を追いかけるよう僕に言ったよな。目を離すなって。アレは何だったんだ?」
エリーは無い胸を張った。
有る胸は良く見れば服の皺だった。
僕の勝手なる憐れみの眼差しに気づかないまま、エリーは声を張って言う。
「何を言いましょう! あの瞬間、あの放浪を止めなければ世界は崩壊していたのです!」
していたのです。
なんて言われてもなあ……。
まあ子供の言うことだ、マトモに受け取る必要もあるまいて。
渋面で頷いていれば不服そうにエリーはぴょんぴょん飛び跳ねる。仕草が幼い。
「信じてませんね! 本当にヤバかったんですよ! ヤバ谷園のヤムチャ漬けって感じだったんですからね!」
「絶妙に古いネタの上に更に乗っかったヤムチャ漬けってなんだよ?」
「ヤムチャをホルマリンで煮付けたものです」
「怖えーよ!」
発想がサイコパス!
お茶漬けと同じ語感だからって気軽に出していいワードじゃねえだろ!
僕の反応が余程愉快だったのか、エリーは満足そうに頷くと、コホンと息をついた。
「私は知っているのです左藤さん。瑞星さんは記憶改竄能力を持っています」
「お前……」
「おおっと、何で知ってるんだ、とかはナシですよ。これでも本気で予知能力者をやらせて頂いているので」
予知能力。
未来を見透す能力。
嘘や冗談や中二病でなく、本気でそうなのか───。
「あそこで左藤さんが止めなかった場合、瑞星さんの行く先は先ず東京でした」
「……いや近いな。大仰しく言った割にここから1時間じゃん」
特定を避けるためにボカすが、この作品の舞台は湘南と三浦半島の狭間辺りである。初出情報。
「東京をより詳らかに言えばトー横でした」
「トー横ってインじゃない方の?」
「はい、新宿にある方の」
なるほど……?
想像もつかんけどな、瀬亜がトーヨコキッズになるだなんて。
解釈違いっちゃ解釈違いだけども、しかし誰からも忘れられて破れかぶれになれば、そういう世界線もあるのかもしれない。
「そこで瑞星さんは男装ホストとしてスカウトされて忽ちトップになります」
「スゲーな。いや本当になれそうなのがそれまたスゲーけど」
「順調にホスト生活を送る間にも瑞星さんは良縁にも恵まれました。ガチ恋客と恋人関係になったのです」
「そらまた若干きな臭さがあるっつーか、よくネットで見る夜職の闇臭さがあるっつーか……ん? ガチ恋客? 待て待て、男装ホストってのになったんだよな。その客っていうのは……」
「お察しの通り、言ってしまえば百合ってやつですね!」
「はあ……はあ!?」
「瑞星瀬亜さんは百合だったのです!」
そんなわけあるか!?
……とも強く言えないか。
僕も最近の瑞星をよくは知らない。ついノリとか雰囲気とか感動の再会からずっと照れ臭くも辛くも名前呼びになっちゃう時もあるが、というかそういう時は大抵瑞星からそう呼ぶよう強いられた時だが、さておき中学時代の瀬亜に関してはプライベートは何も分からないのだ。特に恋愛嗜好なんて分かるべくもない。
百合か……。
似合うっちゃ似合うな……。
王子様っぽもんなアイツ……。
「しかし、その交際も上手く行きませんでした。なんとなんと、恋人が浮気していたのです!」
「なんか昼ドラ染みてきたな」
「ええまあ。それで怒った瑞星さんは遂に覚醒して能力を自由自在に操れるようになったのです。それが、記憶改竄。世界を上書きする能力。言うなればリアルハッキングです。世界を瑞星さんの思うが儘、どうにでも出来てしまう恐ろしい力なんです。それを濫用しました、するとどうでしょう、国際情勢って簡単に変わってしまうもんなんですよね。勿論そこに至るまでにも色々と大なり中なり小なりの物事は幾つも挟まっていますけども、結果だけを言えば、核戦争が起きて地球上の6割が人類生存不能領域になっちゃいました」
エリーは真面目ぶった口ぶりでとんでもない大風呂敷を広げて来た。
話が壮大過ぎて僕の平凡な想像力じゃ及びもつかないけども、エリーの淡々とした口ぶりは余りにもその光景を見てきたような物言いだ。
核戦争。資料の上からでしかなぞったことのない言葉。
僕みたいな平和な現代日本で暮らす人間からすればあまりにも想像が難しい。
「そんなわけで、左藤さんは世界平和のための重要パーソンだったわけです。そのお手伝いの為にエリーはここにいます」
「なんつーか……ホラ話にしか聞こえないっつーか……スケールがデカすぎるだろ。信じられん」
「そこはほら、可愛いエリーを信じてくださいとしか。或いは瑞星さんの能力を知るエリーを信じてくださいとしか」
「はあ……まぁ正直半信半疑だけどな」
口ではそう言ってはみたが、本当は半信の更に半信って感じだ。
未来予知もそうだし、それ以上に、世界がそんな簡単に一人の幼馴染の手によって荒廃すると言われても納得が難しいところがある。
感情的にも、理性的にも。
まあ、エリーも僕が絶対的に信じてくれると思って話した訳でもないだろう。
あくまで続きの話の下敷きとして、前座的に話したに過ぎない。
前座にしては胃もたれの酷い内容だったけどな。
で、肝心要なのは。
「何で僕にそんな話をしたんだ? その話が仮にホントなら、もうその未来は無いんだろう」
今の話は瑞星瀬亜が誰の記憶からも忘れ去られたままの世界線の話であって。
もう回避された未来に過ぎない。
エリーは僕を見上げた。
さっきまでの無邪気さを潜め、真摯な面持ちで僕を見つめる。
「お察しの通り、エリーがこの事をお伝えるのは他でもない、他人に頼めない、お願いがあるからです」
どうも期待されてしまっているようだ。困ったことに小市民でしかない僕には、出来ることなんて然程多くないんだけどな。寧ろ出来ないことの方が圧倒的過多でさえある。
……まあ知らない仲ではないしな。
知った仲でもないけど。
袖振り合うも多生の縁ってやつか。
多少の恩も情もあることだし、一人の高校生がやれる範囲の事柄なら手伝ってやろうじゃないか。
僕は先を促すよう小さく頷くと、エリーは小さな瞳を大きく開いて口を動かした。
「左藤さん───エリーと一緒に世界を救ってくれませんか?」
………うん。
余裕でキャパオーバーです。
ここまでご読了ありがとうございました。
誤字訂正もありがとうございます。
続き考えてはいるものの、ひとまずは区切りです。
幕間を投稿する予定ですが、まだ書いてないので少々お待ちください。