竜として異世界に転ず 作:暁悠
フィエットと暮らし始めて数カ月が経った。
自分でも、本当に穏やかな日々を歩んだと思う。
フィエットは本当に優しい娘だ。まあ、俺みたいな得体の知れない魔物の世話をしてくれる辺でもう察せられるけどな。
まあ、何にせよ、俺にとっては大助かり。
──このまま、平和に暮らしていくと思っていた。
しかし、ある日。
「お、おい! やっと、やっとだ。やっと……見つけちまったぞ、オイ!」
中年といった感じの男が、俺達が暮らす洞窟に入ってきた。
この洞窟は珍しい鉱石なんかも沢山あるようだったので、それ狙いで入ったところ、フィエットを見つけた……といった感じだろうか。
もしかすると、フィエットの親とかかもしれない。
「おい、帰るぞ」
やっぱりだ。多分、かなりフィエットを心配しているかも。
「い、いやだ……帰りたくない……」
フィエットは、少し駄々をこねていた。
うーん、どうしたものか?
俺としても、このままフィエットと平和に暮らしていたいが……帰るべき場所があるなら、帰った方がいいのだ。
だってそこにはきっと、フィエットを待っている人がいるから。
「きゅい、きゅい。きゅい?」
きっと、心配してる。帰ろう?
俺はそう思いながら、フィエットに声をかけた。
すると──果てしなく、フィエットの顔に曇り空が浮かぶ。
一緒に暮らしていた時はずっと晴れていて、雲一つなかったのに。いま、たったいま、曇った。
──そこで、本当ならそこで、察するべきだったのに。
──俺は、どこまでも、残酷だった。
「きゅいっ、きゅいっ!」
帰った方が、親御さんも喜ぶよ!
その声が、最期の一押しとなる。
「…………………………うん」
か細い、本当にか細い声で呟いたフィエットは、その男に手を引かれ、洞窟の外に出ていった。
家出の最中……とかだったのだろうか?
そりゃあ、親御さんは心配するよな。俺だって何回か家出した事があるが、怒られるよりも心配された覚えがある。
《………………》
なんだよ、なんか言いたい事でもあんのか?
《…………いや、特には……ない、よ》
何だよ、いつも以上に深刻に考えてそうだな? 確かにあの娘は傷つくかもしれないけどさ、やっぱり、親の庇護下以上に安心出来る居場所も少ないもんだぜ?
《……そう、かなあ》
そういうもんなんだって。俺もずっとこの洞窟に引きこもってるわけにはいかないし、いつかの旅路で出会ったりするかもな。
《……そうだと、いいな》
だよな。
──俺は、笑いながら応える。自分が、どれだけ残酷な事をしたのかも知らずに──。
◇◇◇
今度はちゃんと親に許可を取ってから、会いに来てくれると嬉しいよな。
《そうだね。その時は、ちゃんと歓迎しようよ》
当たり前だろ? 親御さん含め、大歓迎だよ! ま、魔物だなんだって誤解されたら終わりだろうけどな。
《アハハっ、そうだね!》
そんな、呑気な事を考えていた。
「きゅい〜〜」
そして、今日も今日とて精霊を食べまくっている。
《それ、本当に美味しいの?》
うん。赤いやつは甘くて美味しいんだよね。
《……引くなあ、その食生活》
ええっ!? だ、だったらお前も食べてみりゃいいだろ!!
《僕に出来ると思う?》
い、いや……そこはなんとかかんとか……。
ルディアは現在、俺に宿った状態だというのだ。取り憑いた状態……とも言えるかもしれない。
なので、物理的干渉は不可能に近いらしく……。色々と大変そうだなと、そう思った次第だった。
◇◇◇
そうだなあ、外に出てみるかな。
《急だね。それは、どうして?》
暇だからだよ。それ以外に理由なんて必要か?
《ま、確かにそうだね》
というわけで、洞窟の外に出てきた!
とは言っても、何をしようか? 別に何かしたくて出てきたわけではないので、暇なのには変わりないのだ。
……魔獣でも狩るかね。
森に入ってみると、早速
巨大な牙を持つ、トラのような魔物──
「グガァ───ッ!!」
「きゅいッ!」
早速、戦闘開始。
サーベルタイガーの強みは、主に三つ。
一、その巨躯。体が大きいというのは、大きな
二、巨大な牙。コイツの特徴とも言えるものだが、これが本当に恐ろしい。全力で噛み砕こうとしたならば、巨岩すらも砕けそうな勢いで硬く、強い。咬合力もえげつない。
三、巨体に見合わない速さ。コイツ、本当に案外早いのだ。直線上での最大瞬間速度なら、自動車並みである。
以上の点が、コイツの強み。
対して、俺は?
俺には、必勝の策があった。
「グガァァ────ッ!!」
サーベルタイガーが襲いかかってくる。
しかし、問題はない。
「きゅいぃぃーーーーっ!!」
俺が放ったのは『
この世界にはスキルや魔法と呼ばれるものもあるが、その解説は後回し。今は、コイツの対処が先だ。
『
ま、今回は怯ませる程度でもかなりの効果を得られるのだよね。
「グガァウッ!?」
「きゅいっ!」
今だ!
俺は、隙を突いてサーベルタイガーの首に噛みつく。
「グガッ、グルルルルル」
当然だが、サーベルタイガーはのたうち回って俺を跳ね飛ばそうとする。ま、効かないんだけどね。
そして、俺が行うのは──
「きゅ──いーーーーーっ!」
「ガァアアアアアア────ッ!?」
傷口から、サーベルタイガーの内部に『
これが、俺の必勝の策。めちゃくちゃグロいが、勝つためなので仕方ないと割り切った。
まあ、食糧には困っていないので、狩ったところでどうなるのか……という感じだが。
とりあえず、エネルギー補給にはなるので、その場で食らっておいた。筋肉から内蔵まで全て食べて、骨は埋める。
毛皮は毛布の足しにしようか。
《もう沢山あるでしょ》
いやいや、備えあれば憂いなしって言葉があってだね……。
《フーン、よくわからないけど》
グロいモノも見て気分が下がってしまった……。もう洞窟に戻って、精霊でも食べよう。その方が満腹感も得られる。
◇◇◇
俺の心を埋め尽くす、焦燥感。
あの時と同じだ。
何かを失おうとしている時に感じる、果てしない不安。
今、俺の眼前で横たわる少女は──
「きゅいっ、きゅいっ!!」
フィエット、フィエット!!
フィエットだ。
あの美しかった
「…………………………どら……ごん……ちゃ」
「きゅ、きゅいっ!? きゅいい!?」
何がどうしたってんだ!? 何が起こったんだよ!?
「………………あ、たし」
か細い声。今にもいなくなってしまいそうな、そんな声。
「…………あ、たしぃ……!」
そんな声ながら、力強くなっていく。
「……あたし──」
──にくい。
「きゅい……?」
え……?
「にくい……あい、つら……憎いよ……」
呪詛だ。その娘が吐いたのは、呪詛だ。
小さな口から漏れた、舌っ足らずな呪詛。
「でも…………きみを……まきこみたく、ない」
それでも、そこには優しさがあった。
「き、みは……じゆう、に……」
「──わかったよ」
──声が、出ていた。
「おまえを苦しめた奴ら、全員ブッ殺してやる! だから、だから……死なないで……くれ」
願いだった。
フィエットには死んで欲しくないと、心の底から願っていた。
「きみは……やさしい……。そう、だ…………きみ、の……名前、は──」
──アヴラージュ。
《…………〝未来への希望に満ちた、勇気ある者〟……ねえ……》
涙は流れなかった。
どうしようもなく悲しくて、絶望しているのに。
今すぐにでも泣き喚きたいのに。
涙は、流れてくれない。
どうやら俺は、心まで魔物になってしまったのかもしれない。