竜として異世界に転ず   作:暁悠

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第4話 レクイエム-中編

──アヴラージュ。それが、俺の名前。

 

 フィエットの体から、光り輝く、小さな何かが抜け出た。

 

「……きゅい」

 

──声は出なかった。

 俺はどこか名残惜しく思って、神秘的に光り輝くそれをパクリと食べてしまった。

 自分でも、なんでこんな事をしたのかわからなかった。

 

──優しいんだね、ドラゴンちゃんは。

 

 別にそんな事ないよ。

 君との別れが惜しく思っただけでね。

 

──あたしの事、そんなふうに思ってくれてたんだね?

 

 ああ。

 この世界に来て、初めて出会った人間だったしな。

 

──この世界?

 

 ああ。

 実は俺、転生してきたっぽいんだよね。元は人間でさ。

 

──そっか。通りで、人間らしいと思った。魔物にしては、感情豊かすぎるもん!

 

 そんなもんなのかな?

 

──そうだよ。

 

 ……約束は果たすよ、絶対。

 

──……あたしの事、虐めた奴らを……村の奴らを、全員ぶっ殺すって?

 

 ああ。

 絶対、俺の手で葬り去ってやるさ。

 この、〝未来への希望に満ちた、勇気ある者〟──〝アヴラージュ〟の名に誓って!!

 

──嬉しいなあ。野蛮な事はニガテだけど……任せちゃおっかな。

 

 ……任せてくれよ。大船に乗ったつもりでな。

 

 それを最後に、彼女の声は聞こえなくなった。

 同時に、変化が起きる。

 

「────きゅい」

 

 俺の体を、虹色の繭が包む。

 その中で、俺の肉体が劇的な変化を開始した。

 繭はどんどんどんどん体積を増し、十メートルを少し超えたかなというところで、体積の増大はピタリと止まった。

 今度は、どんどんと縮んでいく。

 それは、人間大のサイズへと。

 収縮が終わると、次は虹色の繭を吸収し始めた。それすらも糧にして、殻を食い破っていく。

──そして、俺の進化──『深化(シンカ)』とも呼べる現象が、止まった。

 俺の姿形は、人間と同様のものへと変化している。

 透き通る純白の長髪に、血よりも深い深紅の瞳を持つ、美しい人間の姿。どこかフィエットを反転させたような、そんな色。

 

「さて、あの娘が言ってた〝村〟の位置情報だけど、もう調べ終わってるよ」

 

 俺の隣に立つのは、いかにも好青年といった感じの青年だ。

 灰色(グレー)の髪色に、どこまでも深い青色の瞳を持つ、どこかフザケた口調で話す青年。

 

「……ルディアか?」

「うん! どうだい? この姿、結構イカしてるだろ?」

「……ああ」

「それで、どうするのかな?」

「決まってるだろ。そりゃあ」

 

──皆殺しだ。

 

 なんだか愉快な気持ちになる。

 今から、無慈悲な大量殺戮を行おうとしているというのに、ルディアの表情は、無邪気そのものだ。

 コイツに慈悲や慈愛の心はないのかと疑いたくなる。

 

──まあ、それもどうでもいいか。

 

 今宵は宴だ。

 たった一人の少女を追悼するためだけの、盛大な祭り──。

 

   ◇◇◇

 

「貴様ァ────ッ!! 貴様はァ、何者だァ!!」

 

 偉そうなオッサンが、俺に向かってそう叫ぶ。

 

「何者だ、って?」

「その手に抱いているモノだ! それは、悪魔の末裔の(むくろ)だろうがッ! 貴様が、なぜそれを持っている!?」

 

 ……何を言ってるんだ、このオッサンは。

 

「悪魔の末裔だと? 目ェ腐ってんのか。こんなに綺麗で儚くて、美しいのに……コイツが、悪魔の末裔だとか、そんなモンなわけねーだろうが!!」

 

 つい怒りに任せて、叫んでしまった。

 

「黙れェ────イッ!! ソイツは悪魔の末裔なのだッ!! その証拠に──見てみろ!!」

「ああん?」

「その美しさだ! 貴様が語った、その美しさこそが他ならぬ証拠よ」

「なんだと?」

 

 本当に何を言ってやがるんだよ、このオッサンは?

 美しさが、この儚い美しさが、悪魔の末裔である証拠だと?

 ふざけんな。

 

「その美しさだよ。まさに人外の美。もはや、人類の域を超えている。そんな存在を生かしておいて、ワシの邪魔になってもらっては困るからな」

 

 ……何だと?

 コイツ、コイツは……私利私欲のために、フィエットを──

 

「殺した……ってのか……?」

 

 信じられなくて、バカ正直に聞き直してしまった。

 

「そうとも! 何が起こるかわからぬ餓鬼など、生かしておく価値などないのだッ! 邪魔にしかならぬのだからな。それよりも、ワシが生きていた方が世界にとって得というもの──ヒッ!?」

 

 このクソジジイの喉元に、俺の爪が迫る。

 フィエットの亡骸は、もうルディアに任せてあった。

 

「……その汚い口を閉じろ、クズジジイが」

「なっ、何だ貴様っ!? こ、このワシが誰か知って──」

「知らねェよ。知らねェけど、ムカつく奴なのはわかる。見た感じ、アイツを迫害した主犯はオマエだろ?」

 

 本っ当に心の底から苛ついたので、脅しておいた。

 

「ヒッ、ヒィッ!? う、撃て! 撃てェ────イッ!!」

 

 クソジジイが怒号を飛ばすと同時に、四方から魔法が飛んできた。

 一つは炎熱球(ファイア)だな。もう一つは水撃砲(ウォーター)。あとは風刃(ウィンド)砂岩弾(ストーン)……。

 全部下級の元素魔法か。避ける必要もないな。

 別に心配なんてしていないのか、ルディアも静観決め込んでいる。

 

「なっ……!?」

「こんなチャチな魔法、効くと思ったかよ? ザンネンだったな」

 

 全て着弾したが、俺の体には傷一つない。

 当たり前だ。人間の姿とはいえ、俺の中身は〝竜〟なのだから。

 

「今度はコッチの番だ」

 

 対して。俺が放ったのは、最上位の精霊魔法である〝獄炎霊熱覇(インフェルノフレイム)〟だ。

 それを、俺を魔法で狙った奴らだけを焼くように指向性を与えて発動する。

 こういう時、ルディアから魔法を習っておいて良かったと思う。

 

「ギィヤァ────ッ!!」

「あっ、あつっ、熱い! 熱いいいいいいいいいい!!」

「も、燃える!! お、俺の体が燃えるゥ────っ!!」

「助けてェ! 助けてくれェ!!」

 

 阿鼻叫喚という言葉が似合うような光景だな。

──実に愉快だ。

 

「……イライラするし、この村の奴らも共犯だよな」

 

 イライラする気持ちをどうにか抑えようとして、髪の毛をかき上げ、後ろに流す。我ながら様になっている動作だとは思うが、この際そんな事はどうでもいい。

 今は、あの娘のために──

 って、あれ? そういえば、フィエットの両親って……?

 

「おい、ジジイ」

「ヒッ!? な、なんじゃ……!?」

「あの娘の両親は?」

「な、なんじゃと……?」

「あの娘の両親は、って聞いてンだよ。はよ答えろ」

「ヒッ、ヒィ!? あ、あそこ! あそこじゃ!!」

 

 そう言って老人が指差したのは、一つのボロ屋だ。

 あんなボロ屋に……?

 

「ルディア。一応、俺が行ってくる」

「わかった。それじゃあ、コッチの監視は任せてね」

 

 そう言って、俺はルディアからフィエットの遺体を預かる。

 丁寧に、丁寧に……少しでも手先を間違えれば、ボロボロと崩れ去ってしまいそうなそれを優しく抱いて、俺は指差されたボロ屋に向かう。

 

 ガラガラと音を立てて、ボロ屋の扉が開く。

 鍵はかかっていたが、そんな事関係ない。とっくにブッ壊している。

 

「ひっ!?」

「あ」

 

 人がいた。

 特別フィエットと似ているわけではないが、美しい人だ。つまり、この人がフィエットの……?

 

「……あの」

「はい?」

「その、その娘は……」

「……フィエットさんの、お母さん?」

「……はい。もしかして、私は……守れなかったのですか」

 

 そうか。

 フィエットを逃がしたのはこの人か。

 

「……はい。申し訳ありません」

「な、なぜ貴方が謝るのです?」

「俺こそ……俺の方こそ、力があるのに……あるというのに、守れなかった」

 

 そこまで言って、フィエットのお母さん──トリステスさんが、目を見開いた。

 何かを察した様子だが……まあ、大体は俺も察せられる。

 だって、そうだろ? フィエットが、俺の事を話さない筈がないもの。多分フィエットは、トリステスさんと一緒にこの場所に閉じ込められていた。

 あのクズジジイの事だ。フィエットを産んだこの人も、大罪人かのように扱っていたに違いない。まあ、それは推測の域を出ないので、断定するのは良くないが……。

 この人の状況からして、間違いないだろう。

 

「……まさか」

「はは、ただの戯言ですよ。……この娘を、お願いします」

 

 そう言って、一方的に、身勝手に、フィエットの遺体を彼女に任せる。

 

「警備は手薄ですから、早くこの村から逃げて。村の入口に、灰色(グレー)の髪に青色の瞳を持つ人がいるから、その人を頼ってください」

 

 ルディア、雑用に使っちまう事、憎まないでくれよ。

 

「あ、貴方は……?」

「俺にはまだ、やる事がある」

 

 俺の心の奥は、実に穏やかだ。先刻(さっき)まで、あんなに激怒していたというのに。

 この人と……フィエットの事を想うからだろうか?

 

「洞窟に案内されると思いますが、危険はソイツが排除してくれるから、大丈夫だと思いますよ」

 

 笑いながら、そう告げる。

 

「……わかりました。私、この娘と一緒に、待っていますから。その人と。ですから……」

「……! わかりましたよ。絶対、帰ります」

 

 帰ります……なんていうのは、ちょっと違うかもしれない。

 でも、トリステスさんの表情が少し晴れた。だから、これで良かったのだと、そう思う。

 

「さあ、逃げてください」

「はいっ!」

 

 トリステスさんは、フィエットの亡骸を抱いているにも関わらず、力強く走っていった。

 数分して、ルディアから『思念通信』が送られてくる。

 

『合流したよ、彼女と』

『ああ。俺達のあの洞窟まで案内してくれ』

『あそこでいいのかい?』

『それ以外ないだろ、俺達が招待出来る場所なんて』

『確かにね』

 

 少し笑って、ルディアは俺との『思念通信』を終わった。

 

「……さて、クズ共」

 

──全員、地獄に送ってやる。

 

 追悼の祭りはまだ、始まったばかりだ。

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