竜として異世界に転ず 作:暁悠
──アヴラージュ。それが、俺の名前。
フィエットの体から、光り輝く、小さな何かが抜け出た。
「……きゅい」
──声は出なかった。
俺はどこか名残惜しく思って、神秘的に光り輝くそれをパクリと食べてしまった。
自分でも、なんでこんな事をしたのかわからなかった。
──優しいんだね、ドラゴンちゃんは。
別にそんな事ないよ。
君との別れが惜しく思っただけでね。
──あたしの事、そんなふうに思ってくれてたんだね?
ああ。
この世界に来て、初めて出会った人間だったしな。
──この世界?
ああ。
実は俺、転生してきたっぽいんだよね。元は人間でさ。
──そっか。通りで、人間らしいと思った。魔物にしては、感情豊かすぎるもん!
そんなもんなのかな?
──そうだよ。
……約束は果たすよ、絶対。
──……あたしの事、虐めた奴らを……村の奴らを、全員ぶっ殺すって?
ああ。
絶対、俺の手で葬り去ってやるさ。
この、〝未来への希望に満ちた、勇気ある者〟──〝アヴラージュ〟の名に誓って!!
──嬉しいなあ。野蛮な事はニガテだけど……任せちゃおっかな。
……任せてくれよ。大船に乗ったつもりでな。
それを最後に、彼女の声は聞こえなくなった。
同時に、変化が起きる。
「────きゅい」
俺の体を、虹色の繭が包む。
その中で、俺の肉体が劇的な変化を開始した。
繭はどんどんどんどん体積を増し、十メートルを少し超えたかなというところで、体積の増大はピタリと止まった。
今度は、どんどんと縮んでいく。
それは、人間大のサイズへと。
収縮が終わると、次は虹色の繭を吸収し始めた。それすらも糧にして、殻を食い破っていく。
──そして、俺の進化──『
俺の姿形は、人間と同様のものへと変化している。
透き通る純白の長髪に、血よりも深い深紅の瞳を持つ、美しい人間の姿。どこかフィエットを反転させたような、そんな色。
「さて、あの娘が言ってた〝村〟の位置情報だけど、もう調べ終わってるよ」
俺の隣に立つのは、いかにも好青年といった感じの青年だ。
「……ルディアか?」
「うん! どうだい? この姿、結構イカしてるだろ?」
「……ああ」
「それで、どうするのかな?」
「決まってるだろ。そりゃあ」
──皆殺しだ。
なんだか愉快な気持ちになる。
今から、無慈悲な大量殺戮を行おうとしているというのに、ルディアの表情は、無邪気そのものだ。
コイツに慈悲や慈愛の心はないのかと疑いたくなる。
──まあ、それもどうでもいいか。
今宵は宴だ。
たった一人の少女を追悼するためだけの、盛大な祭り──。
◇◇◇
「貴様ァ────ッ!! 貴様はァ、何者だァ!!」
偉そうなオッサンが、俺に向かってそう叫ぶ。
「何者だ、って?」
「その手に抱いているモノだ! それは、悪魔の末裔の
……何を言ってるんだ、このオッサンは。
「悪魔の末裔だと? 目ェ腐ってんのか。こんなに綺麗で儚くて、美しいのに……コイツが、悪魔の末裔だとか、そんなモンなわけねーだろうが!!」
つい怒りに任せて、叫んでしまった。
「黙れェ────イッ!! ソイツは悪魔の末裔なのだッ!! その証拠に──見てみろ!!」
「ああん?」
「その美しさだ! 貴様が語った、その美しさこそが他ならぬ証拠よ」
「なんだと?」
本当に何を言ってやがるんだよ、このオッサンは?
美しさが、この儚い美しさが、悪魔の末裔である証拠だと?
ふざけんな。
「その美しさだよ。まさに人外の美。もはや、人類の域を超えている。そんな存在を生かしておいて、ワシの邪魔になってもらっては困るからな」
……何だと?
コイツ、コイツは……私利私欲のために、フィエットを──
「殺した……ってのか……?」
信じられなくて、バカ正直に聞き直してしまった。
「そうとも! 何が起こるかわからぬ餓鬼など、生かしておく価値などないのだッ! 邪魔にしかならぬのだからな。それよりも、ワシが生きていた方が世界にとって得というもの──ヒッ!?」
このクソジジイの喉元に、俺の爪が迫る。
フィエットの亡骸は、もうルディアに任せてあった。
「……その汚い口を閉じろ、クズジジイが」
「なっ、何だ貴様っ!? こ、このワシが誰か知って──」
「知らねェよ。知らねェけど、ムカつく奴なのはわかる。見た感じ、アイツを迫害した主犯はオマエだろ?」
本っ当に心の底から苛ついたので、脅しておいた。
「ヒッ、ヒィッ!? う、撃て! 撃てェ────イッ!!」
クソジジイが怒号を飛ばすと同時に、四方から魔法が飛んできた。
一つは
全部下級の元素魔法か。避ける必要もないな。
別に心配なんてしていないのか、ルディアも静観決め込んでいる。
「なっ……!?」
「こんなチャチな魔法、効くと思ったかよ? ザンネンだったな」
全て着弾したが、俺の体には傷一つない。
当たり前だ。人間の姿とはいえ、俺の中身は〝竜〟なのだから。
「今度はコッチの番だ」
対して。俺が放ったのは、最上位の精霊魔法である〝
それを、俺を魔法で狙った奴らだけを焼くように指向性を与えて発動する。
こういう時、ルディアから魔法を習っておいて良かったと思う。
「ギィヤァ────ッ!!」
「あっ、あつっ、熱い! 熱いいいいいいいいいい!!」
「も、燃える!! お、俺の体が燃えるゥ────っ!!」
「助けてェ! 助けてくれェ!!」
阿鼻叫喚という言葉が似合うような光景だな。
──実に愉快だ。
「……イライラするし、この村の奴らも共犯だよな」
イライラする気持ちをどうにか抑えようとして、髪の毛をかき上げ、後ろに流す。我ながら様になっている動作だとは思うが、この際そんな事はどうでもいい。
今は、あの娘のために──
って、あれ? そういえば、フィエットの両親って……?
「おい、ジジイ」
「ヒッ!? な、なんじゃ……!?」
「あの娘の両親は?」
「な、なんじゃと……?」
「あの娘の両親は、って聞いてンだよ。はよ答えろ」
「ヒッ、ヒィ!? あ、あそこ! あそこじゃ!!」
そう言って老人が指差したのは、一つのボロ屋だ。
あんなボロ屋に……?
「ルディア。一応、俺が行ってくる」
「わかった。それじゃあ、コッチの監視は任せてね」
そう言って、俺はルディアからフィエットの遺体を預かる。
丁寧に、丁寧に……少しでも手先を間違えれば、ボロボロと崩れ去ってしまいそうなそれを優しく抱いて、俺は指差されたボロ屋に向かう。
ガラガラと音を立てて、ボロ屋の扉が開く。
鍵はかかっていたが、そんな事関係ない。とっくにブッ壊している。
「ひっ!?」
「あ」
人がいた。
特別フィエットと似ているわけではないが、美しい人だ。つまり、この人がフィエットの……?
「……あの」
「はい?」
「その、その娘は……」
「……フィエットさんの、お母さん?」
「……はい。もしかして、私は……守れなかったのですか」
そうか。
フィエットを逃がしたのはこの人か。
「……はい。申し訳ありません」
「な、なぜ貴方が謝るのです?」
「俺こそ……俺の方こそ、力があるのに……あるというのに、守れなかった」
そこまで言って、フィエットのお母さん──トリステスさんが、目を見開いた。
何かを察した様子だが……まあ、大体は俺も察せられる。
だって、そうだろ? フィエットが、俺の事を話さない筈がないもの。多分フィエットは、トリステスさんと一緒にこの場所に閉じ込められていた。
あのクズジジイの事だ。フィエットを産んだこの人も、大罪人かのように扱っていたに違いない。まあ、それは推測の域を出ないので、断定するのは良くないが……。
この人の状況からして、間違いないだろう。
「……まさか」
「はは、ただの戯言ですよ。……この娘を、お願いします」
そう言って、一方的に、身勝手に、フィエットの遺体を彼女に任せる。
「警備は手薄ですから、早くこの村から逃げて。村の入口に、
ルディア、雑用に使っちまう事、憎まないでくれよ。
「あ、貴方は……?」
「俺にはまだ、やる事がある」
俺の心の奥は、実に穏やかだ。
この人と……フィエットの事を想うからだろうか?
「洞窟に案内されると思いますが、危険はソイツが排除してくれるから、大丈夫だと思いますよ」
笑いながら、そう告げる。
「……わかりました。私、この娘と一緒に、待っていますから。その人と。ですから……」
「……! わかりましたよ。絶対、帰ります」
帰ります……なんていうのは、ちょっと違うかもしれない。
でも、トリステスさんの表情が少し晴れた。だから、これで良かったのだと、そう思う。
「さあ、逃げてください」
「はいっ!」
トリステスさんは、フィエットの亡骸を抱いているにも関わらず、力強く走っていった。
数分して、ルディアから『思念通信』が送られてくる。
『合流したよ、彼女と』
『ああ。俺達のあの洞窟まで案内してくれ』
『あそこでいいのかい?』
『それ以外ないだろ、俺達が招待出来る場所なんて』
『確かにね』
少し笑って、ルディアは俺との『思念通信』を終わった。
「……さて、クズ共」
──全員、地獄に送ってやる。
追悼の祭りはまだ、始まったばかりだ。