竜として異世界に転ず 作:暁悠
一方、トリステスは。
(あの人……もしかしなくても、この娘の話に出てきた〝優しい魔物〟なのかしら?)
それは、当たっていた。
(どうして、私を逃がしてくれたのでしょう……? いや、それを考えるのは野暮ね。今はただ、生き残る事を考えていればいいわ)
トリステスは前向きだった。
あんな境遇の下に生まれたフィエットを、きちんと育てていたのだから、その前向きさはアヴラージュも──龍我も、見習っていた。
(グレーの髪に、青い瞳の──)
そこまで、考えた時。
「きっ、貴様! 止まれェ!」
「きゃっ!?」
傭兵と思われる男が、大剣を振りかぶって、トリステスに襲いかかる。
(ここまでなの!? せっかく逃がしてもらったのに、ここで終わりなの!?)
そんな事って──と、トリステスは絶望する。
今のトリステスは、フィエットの亡骸を抱いたまま走っている。当然、そんな大剣を避けられるわけもない。
──しかし、今日の運命ばかりは、トリステスの味方になった。
「おっと、危ない!」
「え……?」
「何ッ!?」
トリステスの眼前まで迫った大剣が、トリステスの肩をえぐる──事は、なかった。
トリステスの前には、一人の青年が立っている。
「あっ、貴方が……!?」
「ゴメンゴメン、危機一髪だったね」
「貴様ッ、何者だッ!?」
傭兵の男が、ルディアに向かって怒鳴る。
それに対して、ルディアは──
「それを、君に教える必要があるのかな?」
そう言葉を紡いで、威圧する。
男が一瞬、怯んだ。
その隙を突いて、ルディアは摩訶不思議なエネルギーが込められた拳で男の腹を殴りつける。すると、殴られた部分が綺麗にえぐれた。
「──え? え、これ……ギッ──」
ギィヤァアアアアァ──────ッ!! ──という悲鳴が、その場に響き渡った。
「アハハハっ! いい悲鳴だ。もっと聞かせておくれ?」
「ヒッ、ヒィ!? くっ、来るな! こっちに来るんじゃない!」
「そんな寂しい事言わないでくれよ〜」
そんな会話を繰り広げながらも、ルディアと男の距離はどんどんと縮まって……。
「ね?」
ルディアの人差し指が、男の顎に触れる。
すると──魂が抜けたように、男が気絶した。
「さ、行こうか。待たせてしまったね」
意識を切り替えたルディアは、トリステスを案内しようとする。それに対するトリステスは、半ば恐怖にも近い感情を抱いていた。
(こ、この方は一体何者なのかしら……? いいえ、考えても、不幸になるだけですわね……)
早々に考える事を諦めて、ルディアに従う事にしたのだった。
◆◆◆
俺は丁寧に、一人ずつ焼き殺していく。
即死はさせない。少しずつ焼いて、苦痛を味わわせてから殺す。
俺の周囲には、幾人もの人間がのたうち回りながら悲鳴を上げていた。
「熱い! 熱いいいい!!」
「たっ、助けてくれェ────ッ!!」
「死にたくないっ! 死にたくないいいいいっ!!」
まさに阿鼻叫喚。
最高に愉快な気分になりながら、俺はあのクソ野郎のところに向かう。
………
……
…
無事に、あのクソ野郎のところについた。
なんとアイツ、まだ焼けていない家に隠れていやがったのだ。
まったく、なんてヤツだ。どうせ死ぬのだから、外で大人しく待っていればよかったものを。
「見つけたぞ」
「ヒッ、ヒィッ!? やっ、やめろ! やめてくれェ!」
「誰がやめるかっての」
本当、人を笑わせるのが上手い奴だ。
同時に、苛つかせるのも上手いがな。
「いいのかよ? 外で、お前の配下達も焼けてるぜ」
「そっ、そんな事、どうでもいい! ただ、ただワシだけが助かればいいのだァ──ッ!! だからどうか、ワシだけでもお助けください! ワシならば、都でも顔が利く! 生かしておいて、損はないと思いますがなァ……?」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、俺にそう言ってきた。
別に、そんなのキョーミないんだけどなあ。
俺がコイツを焼き殺す理由なんて、一つしかないのだ。
「あのなぁ。俺は、そんな事キョーミねーんだよ。俺がテメエを焼き殺す理由は、たった一つ。たった一つの
それを言うと、野郎の顔が恐怖に歪んだ。
俺はそれを見て、自然と笑みが漏れる。同時に、怒りも沸々と湧いてきた。
体が熱い。
本当に燃えているようだ。
そういえば、後ろ髪がチリチリと音を立てている。視界に映る髪も、白ではなく燃え
「き、貴様……その姿は……?」
「あ、やっぱ変わってんだ? ま、ドーでもいいけど」
本当にどうでもいい。
でも……なんだろうか、より円滑に、〝炎系〟の魔法を発動出来るようになってる気がする……? まあ、気のせいか。
じゃ、あとは簡単だ。
「それじゃあ、死ね──」
「い、イヤだッ! ワシは死にたく──」
何か言いかけたが、もう遅い。
この場所は、ちょうどこの村の中心地だったのだ。存外、驚くほどやりやすい。
「アアアアァァァァァァァァ────────ッ!!」
野郎の絶叫が響き渡る。
そう、それは、本日二度目の
野郎も含めて、この村全体が悲鳴と絶叫の
──聞こえているか、フィエット?
──聞こえたよ。ありがとう、ドラゴンちゃんっ!
──そんな声が、聞こえたような気がした。それが幻聴だろうが何だろうが、俺は満足感を覚える。
君が喜んでくれたなら、良かった──と、俺に優しくしてくれたあの娘に想いを馳せる。
──と、同時に。
凄まじい喪失感が、俺を襲った。
「────っくぅ……」
嗚咽を漏らして、地に膝をつく。
「どうしたんだい? 今更、罪悪感にでも苛まれたのかい?」
俺の隣から、そんな声が聞こえた。
俺は急いで、声の方向を見る。
そこに立っていたのは、他でもないルディア。
「は、はあ? そ、そんなわけないじゃねーか。……でも」
「でも?」
「でも……こんな、事、しても……喪失感は、埋まらない、んだなって……今更……今更、馬鹿らしく、なってきて……。あの娘が、あの娘が喜んでくれるとしても……戻って、来ない、んだって……」
その事を、悔いて、悔いて、悔いて……。虚しい想いを抱えると同時に、前世での行為を後悔もした。
俺は、二人を逃がすために、ただ咄嗟に、必死に、あの行動を起こした。
けれど……俺が死んで、あの二人は……どう、思っちまったんだろう。
美羽も母さんも、絶対、泣くじゃん。それに、多分、あのクズが捕まっても……今の俺と、同じ気持ちになってんじゃねえか……?
一気に、後悔に苛まれる。
なんであんな事、しちまったんだろう……?
俺、俺は……なんの、ために……。
「仕方ないじゃないか」
「……え?」
「仕方ないって言ったんだよ」
一体……何を言ってるんだ、コイツは……?
仕方ない……? 仕方ないってどういう事だ……?
「この世は弱肉強食、喰うか喰われるか。これが、永劫不滅の真理なんだよ。あの娘の事は不幸だとしか言いようがないけど、それは自然の摂理の通りなんだ」
──は?
「テメエッ!」
激情に任せて、俺はルディアの服の胸ぐらを掴む。
「なんだい? ボクは事実しか言っちゃいないけど?」
「お前……お前、本気で言ってんのか?」
「ああ。それにだね、キミが行った事も正しい事なのさ」
「……は?」
「キミは、怒りに身を任せてあの村の奴らを皆殺しにした。しかし、それがどうしたというんだい? 言っただろう? この世は所詮、弱肉強食。キミはアイツらより強いんだから、キミを怒らせたアイツらが悪いんじゃないか」
理解が追いつかなかった。
何を言っているのか、本当に理解出来ない。
「あの娘が喜ぶ、喜ばない……戻って来る、来ないなんて、些細な問題だろう? それに、奪われたのはキミが弱かったからだ」
「え?」
「だって、この世は弱肉強食なんだよ? 何かを奪われたのだとしたら、その原因はその人が〝弱い〟からだ」
なんて暴論だよ──と、鼻で笑ってやりたかった。そんなの、理屈がオカシ過ぎる──と。
しかし俺は……納得してしまった。
確かに、俺は弱かった。
まだ幼い竜で。
戦闘能力も、精々中級の魔物を相手に立ち回れる程度で。
奪われた理由が俺にある……俺の〝弱さ〟にあると言われても、否定出来なかった。
「……ルディア」
俺は、ルディアの胸ぐらを離す。
そして、縋り付くように喋りかける。
「なんだい?」
「お前……この世界は喰うか喰われるかだって……そう言ったよな」
「ああ。それが、どうしたんだい?」
「だったら……」
俺の決意は、決まった。
──決まって、しまった。
「だったら?」
「だったら俺が……俺が、喰ってやるよ。もう、二度と、何も奪わせない。奪われるくらいなら……俺が、奪い尽くしてやる」
これは、決別だ。
甘くて、弱かった自分への決別。
「……へえ」
そうこなくっちゃ──と、ルディアが
「じゃ、洞窟行こうか」
「え? ああ、トリステスさんか。了解」
そう言って、俺は、俺の生まれた場所──〝