竜として異世界に転ず   作:暁悠

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第5話 レクイエム-後編

 一方、トリステスは。

 

(あの人……もしかしなくても、この娘の話に出てきた〝優しい魔物〟なのかしら?)

 

 それは、当たっていた。

 

(どうして、私を逃がしてくれたのでしょう……? いや、それを考えるのは野暮ね。今はただ、生き残る事を考えていればいいわ)

 

 トリステスは前向きだった。

 あんな境遇の下に生まれたフィエットを、きちんと育てていたのだから、その前向きさはアヴラージュも──龍我も、見習っていた。

 

(グレーの髪に、青い瞳の──)

 

 そこまで、考えた時。

 

「きっ、貴様! 止まれェ!」

「きゃっ!?」

 

 傭兵と思われる男が、大剣を振りかぶって、トリステスに襲いかかる。

 

(ここまでなの!? せっかく逃がしてもらったのに、ここで終わりなの!?)

 

 そんな事って──と、トリステスは絶望する。

 今のトリステスは、フィエットの亡骸を抱いたまま走っている。当然、そんな大剣を避けられるわけもない。

──しかし、今日の運命ばかりは、トリステスの味方になった。

 

「おっと、危ない!」

「え……?」

「何ッ!?」

 

 トリステスの眼前まで迫った大剣が、トリステスの肩をえぐる──事は、なかった。

 トリステスの前には、一人の青年が立っている。

 灰色(グレー)の短髪に、どこまでも深い青色の瞳を持つ好青年──ルディアだ。

 

「あっ、貴方が……!?」

「ゴメンゴメン、危機一髪だったね」

「貴様ッ、何者だッ!?」

 

 傭兵の男が、ルディアに向かって怒鳴る。

 それに対して、ルディアは──

 

「それを、君に教える必要があるのかな?」

 

 そう言葉を紡いで、威圧する。

 男が一瞬、怯んだ。

 その隙を突いて、ルディアは摩訶不思議なエネルギーが込められた拳で男の腹を殴りつける。すると、殴られた部分が綺麗にえぐれた。

 

「──え? え、これ……ギッ──」

 

 ギィヤァアアアアァ──────ッ!! ──という悲鳴が、その場に響き渡った。

 

「アハハハっ! いい悲鳴だ。もっと聞かせておくれ?」

「ヒッ、ヒィ!? くっ、来るな! こっちに来るんじゃない!」

「そんな寂しい事言わないでくれよ〜」

 

 そんな会話を繰り広げながらも、ルディアと男の距離はどんどんと縮まって……。

 

「ね?」

 

 ルディアの人差し指が、男の顎に触れる。

 すると──魂が抜けたように、男が気絶した。

 

「さ、行こうか。待たせてしまったね」

 

 意識を切り替えたルディアは、トリステスを案内しようとする。それに対するトリステスは、半ば恐怖にも近い感情を抱いていた。

 

(こ、この方は一体何者なのかしら……? いいえ、考えても、不幸になるだけですわね……)

 

 早々に考える事を諦めて、ルディアに従う事にしたのだった。

 

   ◆◆◆

 

 俺は丁寧に、一人ずつ焼き殺していく。

 即死はさせない。少しずつ焼いて、苦痛を味わわせてから殺す。

 俺の周囲には、幾人もの人間がのたうち回りながら悲鳴を上げていた。

 

「熱い! 熱いいいい!!」

「たっ、助けてくれェ────ッ!!」

「死にたくないっ! 死にたくないいいいいっ!!」

 

 まさに阿鼻叫喚。

 最高に愉快な気分になりながら、俺はあのクソ野郎のところに向かう。

 

 ………

 ……

 …

 

 無事に、あのクソ野郎のところについた。

 なんとアイツ、まだ焼けていない家に隠れていやがったのだ。

 まったく、なんてヤツだ。どうせ死ぬのだから、外で大人しく待っていればよかったものを。

 

「見つけたぞ」

「ヒッ、ヒィッ!? やっ、やめろ! やめてくれェ!」

「誰がやめるかっての」

 

 本当、人を笑わせるのが上手い奴だ。

 同時に、苛つかせるのも上手いがな。

 

「いいのかよ? 外で、お前の配下達も焼けてるぜ」

「そっ、そんな事、どうでもいい! ただ、ただワシだけが助かればいいのだァ──ッ!! だからどうか、ワシだけでもお助けください! ワシならば、都でも顔が利く! 生かしておいて、損はないと思いますがなァ……?」

 

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、俺にそう言ってきた。

 別に、そんなのキョーミないんだけどなあ。

 俺がコイツを焼き殺す理由なんて、一つしかないのだ。

 

「あのなぁ。俺は、そんな事キョーミねーんだよ。俺がテメエを焼き殺す理由は、たった一つ。たった一つの単純(シンプル)なモンだよ。テメエらが、フィエットを虐げ、迫害した。それだけだ」

 

 それを言うと、野郎の顔が恐怖に歪んだ。

 俺はそれを見て、自然と笑みが漏れる。同時に、怒りも沸々と湧いてきた。

 

 体が熱い。

 本当に燃えているようだ。

 そういえば、後ろ髪がチリチリと音を立てている。視界に映る髪も、白ではなく燃え(たぎ)る炎のような紅蓮の色に変わっている。

 

「き、貴様……その姿は……?」

「あ、やっぱ変わってんだ? ま、ドーでもいいけど」

 

 本当にどうでもいい。

 でも……なんだろうか、より円滑に、〝炎系〟の魔法を発動出来るようになってる気がする……? まあ、気のせいか。

 じゃ、あとは簡単だ。

 

「それじゃあ、死ね──」

「い、イヤだッ! ワシは死にたく──」

 

 何か言いかけたが、もう遅い。

 この場所は、ちょうどこの村の中心地だったのだ。存外、驚くほどやりやすい。

 

「アアアアァァァァァァァァ────────ッ!!」

 

 野郎の絶叫が響き渡る。

 そう、それは、本日二度目の獄炎霊熱覇(インフェルノフレイム)

 野郎も含めて、この村全体が悲鳴と絶叫の協奏曲(コンチェルト)を奏でている。

 

──聞こえているか、フィエット?

 

 此岸(おれ)から彼岸(きみ)への、せめてもの……ささやかな、鎮魂歌(レクイエム)だ。

 

──聞こえたよ。ありがとう、ドラゴンちゃんっ!

 

──そんな声が、聞こえたような気がした。それが幻聴だろうが何だろうが、俺は満足感を覚える。

 君が喜んでくれたなら、良かった──と、俺に優しくしてくれたあの娘に想いを馳せる。

──と、同時に。

 凄まじい喪失感が、俺を襲った。

 

「────っくぅ……」

 

 嗚咽を漏らして、地に膝をつく。

 

「どうしたんだい? 今更、罪悪感にでも苛まれたのかい?」

 

 俺の隣から、そんな声が聞こえた。

 俺は急いで、声の方向を見る。

 そこに立っていたのは、他でもないルディア。

 

「は、はあ? そ、そんなわけないじゃねーか。……でも」

「でも?」

「でも……こんな、事、しても……喪失感は、埋まらない、んだなって……今更……今更、馬鹿らしく、なってきて……。あの娘が、あの娘が喜んでくれるとしても……戻って、来ない、んだって……」

 

 その事を、悔いて、悔いて、悔いて……。虚しい想いを抱えると同時に、前世での行為を後悔もした。

 俺は、二人を逃がすために、ただ咄嗟に、必死に、あの行動を起こした。

 けれど……俺が死んで、あの二人は……どう、思っちまったんだろう。

 美羽も母さんも、絶対、泣くじゃん。それに、多分、あのクズが捕まっても……今の俺と、同じ気持ちになってんじゃねえか……?

 一気に、後悔に苛まれる。

 なんであんな事、しちまったんだろう……?

 俺、俺は……なんの、ために……。

 

「仕方ないじゃないか」

「……え?」

「仕方ないって言ったんだよ」

 

 一体……何を言ってるんだ、コイツは……?

 仕方ない……? 仕方ないってどういう事だ……?

 

「この世は弱肉強食、喰うか喰われるか。これが、永劫不滅の真理なんだよ。あの娘の事は不幸だとしか言いようがないけど、それは自然の摂理の通りなんだ」

 

 ──は?

 

「テメエッ!」

 

 激情に任せて、俺はルディアの服の胸ぐらを掴む。

 

「なんだい? ボクは事実しか言っちゃいないけど?」

「お前……お前、本気で言ってんのか?」

「ああ。それにだね、キミが行った事も正しい事なのさ」

「……は?」

「キミは、怒りに身を任せてあの村の奴らを皆殺しにした。しかし、それがどうしたというんだい? 言っただろう? この世は所詮、弱肉強食。キミはアイツらより強いんだから、キミを怒らせたアイツらが悪いんじゃないか」

 

 理解が追いつかなかった。

 何を言っているのか、本当に理解出来ない。

 

「あの娘が喜ぶ、喜ばない……戻って来る、来ないなんて、些細な問題だろう? それに、奪われたのはキミが弱かったからだ」

「え?」

「だって、この世は弱肉強食なんだよ? 何かを奪われたのだとしたら、その原因はその人が〝弱い〟からだ」

 

 なんて暴論だよ──と、鼻で笑ってやりたかった。そんなの、理屈がオカシ過ぎる──と。

 しかし俺は……納得してしまった。

 確かに、俺は弱かった。

 まだ幼い竜で。

 戦闘能力も、精々中級の魔物を相手に立ち回れる程度で。

 奪われた理由が俺にある……俺の〝弱さ〟にあると言われても、否定出来なかった。

 

「……ルディア」

 

 俺は、ルディアの胸ぐらを離す。

 そして、縋り付くように喋りかける。

 

「なんだい?」

「お前……この世界は喰うか喰われるかだって……そう言ったよな」

「ああ。それが、どうしたんだい?」

「だったら……」

 

 俺の決意は、決まった。

──決まって、しまった。

 

「だったら?」

「だったら俺が……俺が、喰ってやるよ。もう、二度と、何も奪わせない。奪われるくらいなら……俺が、奪い尽くしてやる」

 

 これは、決別だ。

 甘くて、弱かった自分への決別。

 

「……へえ」

 

 そうこなくっちゃ──と、ルディアが(わら)う。

 

「じゃ、洞窟行こうか」

「え? ああ、トリステスさんか。了解」

 

 そう言って、俺は、俺の生まれた場所──〝精霊洞窟(エレメントケイブ)〟に向けて飛翔する。

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