秘密の部屋での決起から数日。先輩たちは、まだフィフスセクターの重圧に縛られ、練習には顔を出すものの、どこか動きに迷いが消えていなかった。
だが、あれから神童先輩だけは変わった。
俺たちの特訓にも付き合ってくれるようになったのだ。その背中は、かつてビデオで見た「神のタクト」を振るうキャプテンの威厳を取り戻しつつあった。
そして、ついにやってきたホーリーロード地区予選一回戦、当日。
フィールドに立つ雷門イレブンの空気は、あまりにも冷え切っていた。
先輩達は最初から、戦うことを放棄していた。
そして、何より深刻なのはキャプテンだった。
フィフスセクターという巨大な影に逆らうことへの恐怖が、彼の自由を奪っていた。
ピーーーッ!!
ホイッスルが鳴り、天河原中のボールでキックオフされた。
「……やってやる。指示なんて知るか!」
俺は思考を遮断し、弾丸のように飛び出した。
「ハッ、無駄だよ!」
余裕でパスを回そうとする天河原中のMFの前に、俺は一瞬で潜り込む。
「させるかよ……! 『バーンドロウ』!!」
炎を纏い力強く地を蹴り瞬時にボールを奪い取ると、スタジアムがどよめいた。
「行くぞ、天馬ッ!」
俺は天馬に向かってパスを出そうとした。だが、その直後――。
「ぐわぁっ!?」
横から突っ込んできた天河原中の選手が、ボールではなく俺の軸足を強烈に蹴り上げた。反則スレスレ、いや完全にアウトなラフプレー。だが、審判の笛は鳴らない。
「あはは! 抵抗するから痛い目に遭うんだよ、雷門!」
嘲笑いながらボールを奪い返される。
「コウ! ……負けるもんか!」
こぼれたボールを天馬が必死に拾い上げる。天馬は懸命にドリブルで駆け上がるが、天河原中の二人がかりのタックルによって、無残にピッチへ叩きつけられた。
「天馬!」
俺は倒れた天馬を助け起こす。
俺たちは、圧倒的な暴力と、仲間の「諦め」という壁に、無残に押し潰されようとしていた。
だが、何度叩きつけられても、俺と天馬は立ち上がった。泥に汚れ、天河原中のラフプレーで足が悲鳴を上げても、視線だけはゴールを、そしてボールを追い続ける。
「天馬、まだだ! まだ終わらせねぇぞ!」
「うん……! 僕たちのサッカーを、こんなところで終わらせたくない!」
ボロボロになりながらも必死に食らいつく俺たちの姿。それは、ピッチ中央で固まっていた神童先輩の心を、激しく揺さぶっていた。先輩の耳には、観客の嘲笑でも理事長の脅しでもなく、ただひたむきな後輩たちの息遣いだけが届いていた。
(……僕は、何を恐れていたんだ。あの子たちが、あんなに真っ直ぐ前を見ているのに……!)
天河原中の選手が、倒れた俺を嘲笑いながらパスを回そうとした、その時だった。
「オレは……オレは……。ぐっ!三国さんすみません……!」
雷光のような速さで神童先輩が飛び出した。迷いを断ち切ったそのスライディングは、正確に、そして力強くボールを奪い取る。
「オレはフィフスセクターの指示には従わない!雷門のキャプテンとしてみんなに言っておく。この試合……オレたち雷門中が勝つ!」
その瞬間、空気が変わった。先輩の指先から、光の線が伸びる。
「『神のタクト』!!」
先輩が力強くタクトを振るう動作をすると、俺たちの体が吸い込まれるように動き出した。先輩の意志が、パスコースを、走るべき場所を指し示している。
右から左へ。天河原中の守備網が、美しい音色を奏でるように切り裂かれていく。
神童先輩が右足を振り抜く。重厚な旋律を纏った衝撃波が、ボールを包み込む。
「『フォルテシモ』――ッ!!」
放たれたシュートは、天河原中のゴールキーパーの手を弾き飛ばし、豪快にゴールネットを揺らした。
神童先輩のゴールで、スタジアムの空気は一変した。
だが、それは歓喜だけではない。フィフスセクターの秩序を汚された、シードの怒りが爆発する合図でもあった。
「……では俺たちも本気を出すとしようか。勝利を目指して!!」
隼総の背後から、噴き出すような黒いプレッシャーが渦を巻いた。
「出でよ! 『鳥人ファルコ』!」
スタジアムを震わせる叫びと共に、隼総の背後に巨大な翼を持つ魔人が姿を現した。
「化身……!? なんだよ、あの化け物は!」
俺は圧倒的な威圧感に、思わず足が止まる。
「これが我が化身『鳥人ファルコ』!思い知らせてやるぜ!シードの使う化身の恐ろしさを!!」
隼総が空中高く舞い上がり、化身と共にシュートを放つ。
「『ファルコウィング』――ッ!!」
放たれたシュートは、もはやボールではなく、光る隕石のようだった。
「させるかよっ!!」
俺は反射的に、シュートコースへ飛び込んで化身のシュートを止めようとする。だが、拮抗する暇さえなかった。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」
触れた瞬間に衝撃波が全身を貫き、俺の体は木の葉のように吹き飛ばされ、激しくピッチに叩きつけられた。
「コウ!!」
信助の叫びが聞こえるが、シュートはそのまま加速し、三国先輩の元へ。
「うおぉぉぉ!!」
三国先輩も必死に両手を伸ばした。しかし、化身の力はあまりにも絶大だった。シュートは無慈悲にゴールネットを突き刺さる。
止めるどころか、軌道を変えることすらできなかった。
「……これが、化身の力か……」
*
嵐のような前半戦が終了し、俺たちはベンチへと戻った。
スコアは1対1。数字上は同点だが、スタジアムを支配しているのは天河原中の圧倒的なプレッシャーと、隼総の「化身」に対する拭いきれない恐怖だった。
「皆さん後半も頑張りましょう!そうすれば勝てますよ!」
天馬が声を張り上げ、沈まり返った室内の空気を変えようとする。だが、吹き飛ばされた俺の体の痛みや、シュートを止められなかった三国先輩の震える手を見て、他の先輩たちはうつむいたままだ。
そこへ、冷たい風を運ぶようにベンチ外から剣城が姿を現した。
「勝てる?天河原は化身使いがいる。神童と違って自分の化身をコントロールできるヤツがな。クク」
剣城の冷徹な一言が、突き刺さるように響く。
その言葉に、最も深く傷ついたのは神童先輩だった。
「…ダメなのか……やっぱり俺たちは……」
神童先輩の瞳から光が消え、再びネガティブな闇に飲まれようとしていた。
「お前達みたいなザコが歯向かっても何も変えられない。雷門の敗北は決まってる事なんだよ」
「そんなこと誰が決めたんだ?」
円堂監督が剣城の言葉に口を挟む。
「誰だろうが試合の前に勝負の結果を決めるなんで許されない。勝負の行方を決めていいのは勝利の女神ただ1人だ。だか、本気で勝利を求めないやつに勝利の女神は決して微笑まない」
監督はいつもの温かな笑顔を捨て、鬼気迫る表情で部員たちを睨み据えていた。
「お前達は勝敗まで操作された今のサッカーで満足なのか?どんなシュートでも止めてみせる。どんな相手もドリブルで抜いて見せる。誰よりも強いシュートを打ってみせる。そして、勝ってみせる!それがサッカープレイヤーみんなが思っている思いだ自分の心に聞いてみろ『本当のサッカー』てのがなんなのかを!」
監督の言葉に三国先輩の表情が変わる。
「俺は……俺は……」
*
後半戦が始まっても、天河原中の容赦ない攻勢は続いていた。泥まみれになり、相手の激しいタックルにさらされても、天馬、信助、そして俺は必死に食らいつく。
「まだだ……! ここで終わらせてたまるか!」
俺は痛む足を引きずりながらルーズボールに飛び込むが、一歩早く隼総にボールをさらわれてしまう。
「冗談じゃないぜ!お前らには負けてもらわないと困るんだよ!」
隼総が再び咆哮する。その背後に、再びあの巨大な凶鳥が姿を現した。
「出でよ!『鳥人ファルコ』!!」
スタジアムを圧する風。隼総が天高く舞い上がる。
「『ファルコウィング』――ッ!!」
化身シュートが、再び雷門のゴールを襲う。
「今度こそ……っ!!」
俺は無我夢中でシュートコースへ飛び出した。その瞬間、視界が白く染まり、体の奥底から得体の知れない熱気が噴き出した。
(……熱い。なんだ、これ……!?)
俺の背後に、一瞬だけ揺らめく影のようなオーラが立ち昇る。それは、今まで感じたことのないほど強大なエネルギーだった。
「うおぉぉぉぉッ!!」
化身のシュートに激突する。一瞬だけ、シュートが止まったように見えた。だが、今の俺ではその力を完全に制御しきれない。
「ぐあぁぁっ!!」
拮抗は一瞬。再び俺の体は弾き飛ばされ、地面を転がった。
「コウ!! ……ダメだ、まだ届かない……!」
天馬が絶望に顔を歪める。だが、シュートの勢いはわずかに落ちていた。そこへ、神童先輩が飛び込んでくる!
「俺の化身で止めてみせる!」
先輩の背後からも、激しい音のうねりと共に巨大なオーラが噴き出した。四本の腕を持つ指揮者のような姿が形を成そうとする。
神童先輩は未完成ながらも化身の力をぶつけ、シュートの威力を削り取っていく。
それでもシュートは止まらず、ゴールへと突き進む。
「やはりダメなのか……」
「……!うおおおおおっ!雷門のゴールは守ってみせる!!」
三国先輩が吠える。その両手に、これまでにないほど激しい炎が宿った。
「『バーニングキャッチ』――ッ!!」
激突。爆炎と光が交差し、スタジアムが震える。
煙が晴れた先には、両手でしっかりとボールを抱え込み、仁王立ちする三国先輩の姿があった。
「俺も自分のサッカーをやる。見たくなったんだ……勝利の女神が微笑むところを」
三国先輩がガッチリと掴んだボールは、力強いスローで俺の元へと届けられた。
「不知火! 行けぇッ!!」
「応っ!!」
俺は走り出す。だが、先ほどのオーラ発動の反動か、足に鉛のような重さを感じていた。そこへ、天河原中のディフェンダーたちが、俺を潰そうと左右から殺到する。
「一人で何ができる! 囲めッ!!」
(……クソッ、囲まれた……!)
突破口が見えない。その時、横から凄まじいスピードで走り込んでくる影があった。
「コウ、こっちだ!」
「信助!」
俺は囲まれる直前、信助の足元へ鋭いパスを送る。信助は小柄な体を活かした素早いターンで敵を翻弄し、すぐさま俺へボールを戻した。
「サンキュー信助! ……道は開けたぜ!」
俺は信助とのワンツーで敵の包囲網を鮮やかに突破し、前方の天馬へとロングパスを出す。
「天馬、頼んだぞ!」
「任せて、コウ! ……『そよかぜステップ』!!」
天馬は文字通り風を纏い、襲いかかる敵を軽やかなステップで次々と抜き去っていく。その流れるようなプレイは、スタジアム中の観客を魅了し始めていた。
天馬のラストパスが、中央の神童先輩の足元へピタリと収まった。
先輩が顔を上げた瞬間、スタジアムの空気が激しく振動する。先ほどまでの不完全なオーラではない。神聖で、かつ圧倒的な化身がその背後に完全に降臨した。
「これがオレの化身……『奏者マエストロ』だ!」
四本の腕を持つ指揮者が虚空を薙ぐ。その威圧感に、天河原中のイレブンは金縛りにあったように動けない。
「本当のサッカーを……オレたちのサッカーを取り戻すんだ!」
マエストロがボールを包み込んで青いエネルギーを注ぎ込み、神童が蹴り上げる。
「『ハーモニクス』――ッ!!」
幾重にも重なる美しい旋律が衝撃波となり、ゴールへ突き進む。天河原中のゴールキーパーは反応することさえできず、ボールはネットを揺らすどころか、突き破る勢いで突き刺さった。
ピーーー、ピーーー、ピーーーーーッ!!
スタジアムに、試合終了を告げる長いホイッスルが鳴り響いた。
スコアは2対1。雷門中、大逆転の勝利で試合は幕を閉じた。
ホーリーロード編までの設定集とか欲しいですか?
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いる
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いらない