関東予選の熱狂から数日。稲妻町の空は、勝利を祝うような快晴に包まれていた。
今日から、雷門中に一人の転入生がやってくる。俺にとっては、気心の知れた、けれど一筋縄ではいかない「弟分」だ。
「……ふわぁ。朝から元気だね。俺はまだ眠いんだけど」
隣で大きなあくびをしながら歩くのは、狩屋マサキ。お日さま園で共に育った、腐れ縁の一年生だ。
「当たり前だろ。今日からお前も雷門イレブンの一員なんだ。気合入れろよ、マサキ」
「はいはい。……でも、俺みたいなのが馴染めるかなぁ?」
ニヤニヤと猫をかぶった笑顔を作るマサキ。こいつの二面性を知っている俺は、呆れて肩をすくめた。その時だった。
「――二人とも、準備はいいかしら?」
雷門への坂道の手前、影から凛とした声が響く。そこに立っていたのは、吉良瞳子さんだった。
「あ、瞳子さん。わざわざ見送りに?」
瞳子さんはマサキの髪を優しく撫でた後、彼が先に歩き出したのを見計らって、俺の隣で足を止めた。そして、俺にだけ聞こえるような小さな声で囁いた。
「……コウ。マサキのことを、お願いね」
俺は立ち止まり、瞳子さんの真剣な眼差しを受け止めた。
「あの子、まだ人を信じることを怖がっているの。……どうか、あの子を支えてあげて」
俺は力強く頷き、前を歩くマサキの背中を見つめた。
「任せてくれ。マサキは俺の大事な家族だからな。……ておい、マサキ! 置いていくなよ!」
*
職員室へと向かうマサキと別れ教室に入ると、天馬と信助が身を乗り出して何やら盛り上がっていた。
「ねえ、聞いた? 今日の転入生、すっごくサッカーが上手いらしいよ!」
「うん! 守備のスペシャリストだって噂だよ。雷門が強くなったから、転校してくる人も増えたのかな?」
二人の会話を聞きながら、俺は苦笑いして席に着く。
「二人とも、その転入生なら俺、よく知ってるぞ。実は……」
俺がマサキのことを教えようとしたその時、ガラッと教室のドアが開いた。
「みんな席に着けー。今日は転入生を紹介するぞ」
担任の言葉に導かれるように、一人の少年が教室に入ってきた。朝、一緒に登校したはずなのに、その表情はまるで別人のように爽やかで、どこか儚げな美少年のオーラを纏っている。
「……狩屋マサキです。よろしく」
「狩屋くんはサッカーをやっているそうだ。松風、西園、吉良お前たち仲良くしてやれよ」
深々と頭を下げるマサキに、クラスのみんなは好意的に迎える。天馬と信助にいたっては、目を輝かせて驚いていた。
「紹介するよ。こいつは狩屋マサキ。俺と同じ施設……『お日さま園』で育った、俺の弟分みたいな奴なんだ」
「ええっ! コウ君の知り合いだったの!?」
天馬と信助が驚いて声を上げる。するとマサキは、それを肯定するように軽く頷く。あまり喋ろうとしないのは初対面の2人を見定めているのだろう。
(……相変わらずだな、マサキ)
流れのままに、放課後の部活見学が決まった。
天馬と信助は新しい仲間の加入を心から喜んでいるが、俺は瞳子さんから託された言葉を思い出していた。あいつのあの「仮面」は、誰かに裏切られるのを恐れるための防壁だ。
「(……まずは雷門のみんなに馴染めるかどうか、だな)」
*
サッカー部の部室前、天馬たちに連れられてやってきたマサキを、先輩たちは「活きのいい一年生が来た!」と快く迎え入れた。
「それじゃ、今日の練習はまず入部テストからっすか?」
浜野先輩が狩屋にテストについて教えようとするが、それを遮ったのは円堂監督だった。監督はじっとマサキの目を見つめ、ただ一言、問いかける。
「狩屋。お前、サッカーは好きか?」
一瞬、マサキの瞳が揺れた。マサキは監督の真っ直ぐな視線から何かを察したのか、即座に「ハイ」と答えた。
「よし、合格だ。サッカーが好きなら、今日からお前も雷門の仲間だ!」
「ええっ、それだけでいいんですか!?」
「テストは必要ない。サッカーをやりたい奴が入るのがサッカー部だ」
驚く部員たちを余所に、監督はハハハと笑って練習開始を告げた。相変わらず、監督の柔軟な考えには驚かされる。
*
始まった練習は、二人一組で攻撃と防御に分かれる実戦形式。マサキはいきなり、霧野先輩と組んでディフェンスを任されることになった。
対するは神童先輩と天馬の強力なコンビだ。
「行くよ、狩屋君!」
天馬がマッハのスピードで切り込んでくる。並の一年生なら置き去りにされる場面だが、マサキは驚異的な反射神経で天馬のコースを塞いだ。
(……やるな、マサキ。園にいた時よりさらにキレが増してる)
俺が感心したのも束の間だった。マサキの口角が、俺にしか見えない角度で吊り上がる。
ドンッ! と鈍い衝撃音が響いた。
マサキは審判の死角を突くような強引なショルダーチャージを天馬に見舞い、強引にボールを奪い去ったのだ。
「あっ……!」
地面に転がる天馬。だが、次の瞬間には、マサキは天使のような顔で天馬に手を貸していた。
「すみません、必死すぎてつい力が入っちゃって……」
「ううん、今のディフェンス凄かったよ! 狩屋君、いいガッツだね!」
天馬だけでなく、神童先輩までもが「一年生でこれほどとはな」とマサキを称賛する。だが、ただ一人、そのプレーを間近で見ていた霧野先輩だけは、鋭い視線をマサキに向けた。
「狩屋。今のプレー、少し強引すぎないか? 練習でああいう当たり方は危険だぞ」
霧野先輩の至極真っ当な指摘。しかし、マサキは一瞬だけ、ゾッとするような冷たい敵意をその瞳に宿した。
「……そうですか? 気をつけますね、霧野先輩」
霧野先輩が去った後、マサキは俺の隣を通る際に「……うるさい先輩だね、あいつ」と低く吐き捨てた。
「おいマサキ、霧野先輩はお前を心配して言ってるんだぞ」
「ふーん、コウもあっちの味方なんだ」
マサキの言葉にトゲが混ざる。瞳子さんから託された「マサキの心を支えてあげて」という言葉が、ずっしりと重くのしかかる。
そして、練習が佳境に入ったその時、グラウンドに一人の男が姿を現した。ゴーグル越しに鋭い視線を送るその人物に、神童先輩や剣城の表情が引き締まる。
「……鬼道有人」
かつての伝説の一人であり、帝国学園を率いていた男。彼はレジスタンスの指示を受け、今日から雷門のコーチを務めることになったという。円堂監督と並び立つその姿は、あまりにも威圧的で、同時に頼もしかった。
だが、鬼道コーチの口から語られた言葉は、俺たちにさらなる緊張を強いるものだった。
「ホーリーロード本戦、初戦の相手が決まった。……月山国光だ」
「月山国光……あの強豪校か!」
神童先輩が息を呑む。初戦から全国上位のチームをぶつけてくるという、フィフスセクターによる露骨な「雷門潰し」。
「……望むところだ。そんな見え透いた嫌がらせ、叩き潰して先に進むだけだ!」
俺が拳を握りしめると、天馬も「そうだね、僕たちのサッカーを見せつければいいんだ!」と力強く頷いた。チーム全体が、逆境をバネに戦意を燃え上がらせる。
*
翌日。突き抜けるような秋晴れの下、河川敷のグラウンドには爽やかな風が吹き抜けていた。
今日の相手は、木暮さんの提案で急遽決まった「秋空チャレンジャーズ」。本戦を前に、もう一度サッカーの原点に立ち返るための練習試合だ。
試合開始前、円堂監督がイレブンを前にして、白い歯を見せて笑った。
「いいか皆んな。今日は思いっきりボールを追いかけてこい!」
その言葉に、天馬たちが「はいっ!」と元気よく応える中、マサキが隣でボソッと呟いた。
「へぇ、好きにやっていいんだ……」
マサキの口元に、獲物を狙うハンターのような不敵な笑みが浮かぶ。が、その「毒」を敏感に察知した霧野先輩が、鋭い声で釘を刺した。
「狩屋。強引なプレーは相手に付け入る隙を与える。試合に出るなら気をつけろ」
「……」
狩屋は不機嫌そうに霧野を睨みつけていたがまさかこの試合で何がするつもりか?
俺は不安になりながらも自身のポジションへと向かった。
*
河川敷に響く乾いたキック音。練習試合とはいえ、秋空チャレンジャーズの守備は硬い。
倉間先輩が放った渾身の『サイドワインダー』がゴールを襲うが、そこへかつての伝説の一人、木暮さんが不敵な笑みを浮かべて立ちはだかった。
「『旋風陣』!!」
鋭い回転から生み出された突風がボールを軽々と叩き落とす。「どんなもんだい!」と胸を張る木暮さんに、倉間先輩も「チッ、さすがに元日本代表か……」と舌打ちを漏らした。
一進一退の攻防が続く中、火種は再びディフェンスラインで弾けた。
霧野先輩が相手選手と激しく競り合っている隙間に、マサキが強引に割り込む。
「遅いですよ」
マサキは霧野先輩を突き飛ばすような勢いでボールを奪取。プレー自体は見事だったが、あまりに自分勝手な動きに霧野先輩が声を荒らげる。
「おい、何をしている。お前のポジションがガラ空きになっているじゃないか」
だが、マサキは謝るどころか、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて近づいた。
「あ、すいません。でも雷門の弱点は霧野さんだってさっき皆さんが話していたので」
「……何だと!?……試合中に余計なことは考えるな。行くぞ!」
霧野先輩の表情が強張る。マサキは追い打ちをかけるように、わざとらしくため息をついた。
「余計なお世話だったみたいですね」
そして、直後のプレー、霧野先輩は鬼気迫る動きを見せた。敵選手を華麗なマルセイユ・ルーレットで抜き去り、一気に前線へ駆け上がる。完璧な突破。フォローなど必要ない場面だ。
だが、その横から猛スピードで突っ込んでくる影があった。マサキだ。
(……マサキ、お前……まだやるつもりか!?)
マサキが霧野先輩に「激突」しようとする寸前、俺は全速力でその間に割り込み、マサキの体を力任せに押し止めた。
「そこまでだ、マサキッ!!」
「……あいたっ。何すんのさ」
衝突は免れたものの、マサキは悪びれもせず、土をパンパンと払う。
「何すんのはこっちのセリフだ! 今のは完全にわざとだろ。いい加減にしろ、味方を狙ってどうすんだ!」
「……うるさいな。コウには関係ないだろ」
マサキと口論しているその隙を、秋空チャレンジャーズは見逃さなかった。一瞬の隙を突かれ、ボールは相手側へ。
「あっ、まずい!」
「……見てろよ」
マサキが不敵に笑い、矢のような速さで戻っていく。相手選手がシュート体勢に入る直前、彼は地面を強く蹴り上げ、両手からクモの糸のような紫のエネルギーを放出した。
「『ハンターズネット』!!」
空間に張り巡らされた網が獲物を捕らえるようにボールを包み込み、その勢いを完全に殺して奪い去った。鮮やかな、そして狡猾な必殺技。
目立てたことに満足そうな表情を浮かべるマサキ。だが、フィールド全体の連携はまだバラバラのままだ。
時計の針が残りわずかを刻む。同点のまま終わるわけにはいかない。
「コウ、信助、最後の一撃だ!」
天馬が叫びながら中央を突破。俺はその声に呼応し、迷いを振り切るように信助と共に前線へと駆け上がった。
(化身の慣らしで試させてもらうぜ!)
天馬から放たれた極上のパスが、俺の足元へ吸い込まれる。
「応えろ……『聖焔のフェニックス』!!」
俺の背後から、スタジアムの空気を焦がすような紅蓮の翼が噴き出した。『聖焔のフェニックス』がその雄姿を現し、フィールド全体を圧倒的な光で包み込む。
「これで……終わりだぁぁッ!!」
化身の力を全身に纏い、俺は空中で炎の弾丸を蹴り抜いた。
ドォォォォォンッ!!
木暮さんの『旋風陣』すら焼き尽くす勢いで、ボールは一直線にゴールネットを揺らした。
ピ、ピ、ピーーーッ!!
試合終了。1-0。雷門の辛勝だ。
仲間たちが歓声を上げながら駆け寄ってくる中、俺は荒い息を吐きながらマサキの方を見た。彼は、俺の化身の余韻を眩しそうに見つめた後、すぐにいつもの冷めた表情に戻って踵を返した。
*
練習試合の帰り道、街灯が灯り始めた河川敷の土手。
一人で歩いていると、背後から声をかけられた。振り返ると、そこには険しい表情をした霧野先輩が立っていた。
「不知火、少し話せるか」
並んで歩き出すが、先輩の纏う空気は重い。しばらくの沈黙の後、彼は意を決したように口を開いた。
「……狩屋のことだ。あいつ、本当は『シード』なんじゃないのか?」
「えっ!? そんなこと……」
「あいつのプレースタイルはあまりに攻撃的で、狡猾だ。それに、さっきの俺への態度は明らかにチームの和を乱そうとしている。フィフスセクターが送り込んできた刺客だと考えれば、合点がいくんだ」
霧野先輩の疑念は、副キャプテンとして、そして一人のディフェンダーとして、チームを守ろうとするがゆえの切実なものだった。だが、俺は首を横に振った。
「……マサキはシードなんかじゃない。あいつがああなったのには、理由がある」
俺は立ち止まり、瞳子さんから託された想い、そしてお日さま園で共に過ごした日々を思い返しながら、マサキの過去を話し始めた。
「……数年前、あいつの父親の会社が詐欺に遭って倒産したんだ。家族はバラバラになって、マサキは親元で暮らせなくなって、施設……お日さま園に預けられた」
霧野先輩が息を呑むのが分かった。
「信じていた大人たちに裏切られて、突然居場所を失った。……あいつが捻くれたのは、そうやって人を信じられなくなることで、自分を守ろうとしているからなんだ。だから、霧野先輩……あいつを信じてやってくれないか。あいつ、本当は誰よりも寂しいだけなんだよ」
夕闇の中、俺は真っ直ぐに先輩を見つめた。
だが、霧野先輩は視線を落とし、固く拳を握りしめたまま、静かに言葉を返した。
「……事情は分かった。だが、だからといって今のあいつを素直に受け入れることはできない。サッカーは一人でやるものじゃないんだ。……あいつが俺を、そしてこのチームを拒絶している以上、俺もあいつを完全に信じることはできない」
先輩の声には、同情だけでは拭い去れない、積み上げられた信頼への強いこだわりがあった。
「すまない、不知火。……今は、これしか言えない」
背を向けて去っていく霧野先輩の背中は、いつになく孤独に見えた。
「……余計なお世話なんだよ、コウ」
霧野先輩が去った直後、土手の影からマサキがひょっこりと姿を現した。先に帰ったと思っていたのに、まさか全部聞いていたなんて。
「マサキ……お前、いたのか」
「あんな同情を誘うような話してさ。僕が可哀想な奴だって言いふらして、それで満足? 」
マサキの瞳には、隠しておきたかった傷口を無理やりこじ開けられたような、鋭い拒絶の色が宿っていた。
「満足なわけないだろ。ただ、霧野先輩はお前のことを真剣に考えてる。このままじゃ、お前と先輩の関係だけじゃなく、チーム全体が悪い方にしかいかないと思ったから話したんだ。……違うか?」
俺が真っ直ぐに見据えると、マサキは一瞬だけ言葉に詰まったように視線を泳がせた。けれど、すぐにいつもの憎まれ口を叩く。
「……そういうところが余計なんだよ」
そう言って背を向けるマサキ。けれど、その肩はどこか小さく震えているように見えた。俺はため息をつきながら、彼の隣に並んで歩き出す。
「……ま、お前に嫌われるのは今に始まったことじゃないけどさ。ほら、早く帰るぞ。瞳子さんに怒られたくないだろ?」
「……わかってるよ」
いつもの調子に戻ったマサキを見て、少しだけ胸のつかえが取れた気がした。けれど、隣を歩くマサキの横顔には、まだ「人を信じること」への深い怯えが張り付いている。
ホーリーロード編までの設定集とか欲しいですか?
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いる
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いらない