月山国光との試合を翌日に控えた夕暮れ。雷門中のミーティング室には、張り詰めた緊張感が漂っていた。
「――発表する。明日のスタメンだ!」
監督が一人ずつ名前を読み上げていく。天馬、信助、神童キャプテン、剣城、そして俺。
名前を呼ばれるたびに、部員たちの表情が引き締まる。そして、ディフェンスラインの最後に読み上げられた名前は――。
「……狩屋。以上だ」
一瞬、室内の空気が凍りついた。
そこに、霧野先輩の名前はなかった。
「……えっ」
天馬が思わず声を漏らす。神童キャプテンも驚愕の表情で監督を見つめた。
誰よりも衝撃を受けていたのは、霧野先輩本人だった。彼は一歩前へ出ようとし、その唇は激しい抗議の言葉を紡ごうとしていた。しかしその言葉を飲み込む。
彼は隣でニヤリと不気味に笑ったマサキを、そして俺の方を一度だけ見た。
(吉良が言っていた「あいつを信じてやってくれ」という言葉……。そして、あいつの過去……)
先輩は深く息を吐き出し、抗議の言葉を飲み込んだ。
「……分かりました。明日は、ベンチから相手の動きを見極めます」
「霧野先輩……」
俺は胸が締め付けられるような思いだった。先輩は納得したわけじゃない。俺の言葉を信じて、ピッチに立つマサキの「本質」を見極めようとしてくれているんだ。
*
ホーリーロード本戦、第一回戦。
華やかな開幕セレモニーが終わり、俺たちはついに試合会場へと足を踏み入れた。会場の名は「サイクロンスタジアム」。その名の通り、壁面や天井には、空調用とは思えないほど巨大な扇風機がいくつも設置されていた。
「なんだ、あの扇風機……。嫌な予感がするな」
俺が呟くと、信助も不安げに上を見上げた。
「うん……風でボールの軌道が変わっちゃうのかな?」
スタジアムの異様な光景に戸惑う俺たちの前に、対戦相手である月山国光の選手たちが現れた。そして、その中心に立つ人物を見て、チーム全員に衝撃が走った。
「……南沢先輩!?」
そこにいたのは、つい先日、雷門を去ったはずの南沢篤志だった。月山国光のユニフォームに身を包んだ彼は、驚く俺たちを見下ろすように、冷ややかな笑みを浮かべた。
「驚いたか。俺は月山国光に転校したんだ。雷門を叩き潰して、お前たちに『現実』を教えてやるためにね」
「南沢さん、どうして……。一緒にフィフスセクターと戦おうって決めたじゃないですか!」
天馬が叫ぶが、南沢先輩は鼻で笑って一蹴した。
「……フン、お前らがやってる事がどんなにダサくて意味のない事かわからせてやるよ」
南沢先輩が去っていく。かつての仲間が、今は最大の敵として立ちふさがる――その事実は、俺たちの心に重くのしかかった。
*
ピーーーッ!
運命の笛が鳴り、雷門のキックオフで試合が始まった。ボールを保持した倉間先輩が、前線の剣城へと繋ごうと駆け上がる。だが、目の前の光景に倉間先輩は足を止めた。
「……あいつら、何を考えてやがる」
月山国光のキャプテン兵頭の鋭い号令が飛ぶ。
「皆の者! 壱の構え!」
敵のディフェンダーたちは中央の守備を完全に放棄し、蜘蛛の子を散らすようにサイドへと散っていった。
「ゴール前がガラ空きだぜ! 誘ってるのか? ……上等だ!」
倉間が冷たく言い放ち一気に中央を突き進む。先制点の絶好のチャンス。だが、俺は背筋に走る言いようのない寒気を感じていた。
「そろそろだな……構えよっ!」
月山国光の選手たちが一斉にその場に膝を落とし、重心を低く構える。その直後、スタジアムを揺るがす轟音が響き渡った。壁面に設置された巨大扇風機が、牙を剥いた獣のように唸りを上げて回転を始めたのだ。
「うわっ、なんだこの風……ぐわぁっ!?」
人工的な突風はスタジアムの中でぶつかり合い、巨大な「竜巻」へと姿を変えた。
「う、うわぁぁぁぁぁッ!!」
なす術もなく、倉間先輩の体が宙に舞い上がった。凄まじい風圧に揉まれ、空高く放り出された体は、無情にも重力に従って地面へと叩きつけられる。
「倉間先輩!!」
俺と天馬が駆け寄る。幸い、受け身を取ったのか大きな怪我はなかったが、倉間先輩は苦しげに顔を歪めていた。
「ハァ……ハァ……。ふざけやがって、あいつら……正気かよ」
月山国光の選手たちは、涼しい顔で再びポジションに戻っていく。この常軌を逸した「仕掛け」こそが、サイクロンスタジアムの真の姿。
そして、倉間先輩が落としたボールを、月山国光の選手が無慈悲に拾い上げる。彼らは竜巻が発生する「安全地帯」を熟知しているかのように、雷門のディフェンス陣を嘲笑いながら最短距離のセンターラインを突き進んできた。
「来るぞ、迎え撃て!」
神童先輩が声を上げるが、その目前に突如として三つの巨大な竜巻が立ち昇った。
「うわっ! 目が開けられない!」
「どこだ……どこにいった!?」
砂埃と猛烈な風が雷門ディフェンスの視界を完全に遮断する。その隙を見逃さず、彼らは攻撃フォーメーション『炎の陣』を展開。
必死に食らいつこうとした速水先輩と浜野先輩だったが、竜巻の牙に捕まり、木の葉のように舞い上げられてしまった。
風が凪いだ瞬間、雷門のゴール前には三人のFWが走り込んでいた。電光石火のパス回し。ボールはエース、一文字斬斗へと渡る。
シュートモーションの直前、一筋の影が飛び込んだ。マサキだ。
「『ハンターズネット』!!」
空間に張り巡らされた紫の光の糸が、一文字を跳ね返しボールを奪取する。
「よし、ナイスだマサキ!」
俺の声も聞かず、マサキは奪ったボールを保持したまま、一人で前線へと駆け出した。
マサキの動きは雷門のフォーメーションを完全に無視した独りよがりなものだった。ディフェンスラインに巨大な穴が空いているのも構わず、彼はただ「自分一人で」状況を打開しようと突っ込んでいく。
「マサキ、落ち着け! 俺にパスを回せ、中盤で立て直すんだ!」
俺が併走しながら必死に要求するが、マサキは俺をチラリとも見ない。
「俺一人で十分なんだよ、こんな奴ら!!」
マサキの頑なな拒絶。だが、その過信こそが月山国光の狙いだった。
一瞬の隙。先ほどボールを奪われた一文字が、背後から音もなく忍び寄り、マサキの足元から鮮やかにボールを奪い返した。
「なっ……!?」
一文字から放たれたパスは、流れるような軌道を描き、ペナルティエリア外で待ち構えていた南沢先輩の足元へピタリと収まった。
「お前にこれが止められるか!『ソニックショット』!!」
南沢先輩の鋭いキックが空気を切り裂く。風の勢いを味方につけ、音速の如きスピードでゴールへと突き刺さる強烈なシュート。誰もが息を呑んだその時、ゴールマウスに立つ三国先輩の瞳が鋭く光った。
「――雷門のゴールは、安々と割らせないッ!!」
三国先輩が地面に両手を叩きつける。凄まじい大地のエネルギーが隆起し、巨大な岩石の壁がゴールを覆い尽くした。
「『フェンス・オブ・ガイア』!!」
南沢先輩の必殺シュートと、三国の岩壁が真っ向から激突する。火花が散り、ボールは跳ね返されてしまう。
「三国先輩ナイスキーパー!!」
天馬が歓声を上げ、俺も思わず拳を突き出す。
「……チッ。相変わらずしぶとい奴だ」
南沢先輩が忌々しそうに顔を歪める。だが、危機を脱したはずの雷門の空気は、依然として重いままだった。
「行くぞ、みんな!!」
三国先輩から放たれたボールを天馬が受け、得意のドリブルで月山国光の左サイドを一気に駆け上がる。だが、敵の選手たちはまたしても守備を放棄し、天馬の進路をあえて空けるようにサイドへと退いた。
そして、天馬の目前で巨大な風の渦が牙を剥く。
「天馬、止まれ! 巻き込まれるぞ!!」
俺の声が響く中、天馬は止まるどころか、むしろ加速した。その瞳には、逆境を楽しむような強い光が宿っている。
「いく手を阻む向かい風も、乗ってしまえば追い風になる!! 『そよ風ステップV2』!!」
天馬は竜巻の荒れ狂う風そのものをステップの踏み台にし、まるで重力から解き放たれたかのように渦の中心を鮮やかに突き抜けた。
「倉間先輩!!」
天馬から放たれたラストパスが、絶好のタイミングで中央の倉間先輩へ渡る。
「今度こそ……ぶち抜いてやるぜ! 『サイドワインダー』!!」
地を這い、うねりながらゴールへと迫る蛇の弾丸。だが、ゴールマウスの前に立つ兵頭の口角が、不敵に吊り上がった。
「我が力を見よ!! 『巨神ギガンテス』!!」
兵頭の背後から、スタジアムを圧するほどの巨大な重圧が噴き出した。岩石のような肉体を持つ巨大な化身が姿を現し、天を衝くような咆哮を上げる。
「『ギガンティックボム』!!」
巨神が振り下ろした巨大な拳が、倉間先輩のシュートを文字通り粉々に粉砕した。ガッチリと、絶望的なまでの力の差を見せつけてボールを押さえ込む兵頭。
「……化身、だと……?」
倉間先輩が呆然と立ち尽くす。月山国光の強さは、風のタクティクスだけじゃなかった。ゴールには、化身使いの鉄壁が鎮座していた。
兵頭の号令と共に、彼が放ったボールは激しく回転する竜巻の中へと吸い込まれた。普通ならどこへ飛ぶか分からないはずのボールだが、月山国光の選手たちはまるで風の道が見えているかのように、一糸乱れぬ動きでその落下地点へと走り込む。
「くっ、どこに落ちるか読めない……!」
「ボールを追うな! 相手の動きをマークしろ!!」
神童キャプテンが叫び、必殺タクティクス『神のタクト』を発動させる。指揮棒を振るうような指先から光のラインが伸び、俺たちに的確な指示が飛ぶ。だが、その指示通りに動こうとした瞬間、再び巨大な風の壁が俺たちの行く手を阻んだ。
「あぁっ! 風に押し戻される……!」
「神のタクト」の連携すら引き裂くサイクロンスタジアムの暴力。その混乱を突いて、風の向こう側から現れたのは、南沢先輩だった。
竜巻を追い風にして加速した南沢先輩が、雷門のゴール前に辿り着く。その目の前には、ゴールを守る三国先輩。
「『ソニックショット』!!」
超高速の弾丸が放たれる。だが、そのシュートの真の恐怖は速度だけではなかった。ゴール直前で発生していた竜巻の縁を掠めた瞬間、気流の変化によってボールの軌道が急激に、そして鋭角に変化したのだ。
「なっ……曲がった!?」
三国先輩が反応し、パンチングで止めようとする。しかし、風の力で捻じ曲げられたシュートはゴールネットへと突き刺さった。
ピーーーッ!!
無情なホイッスルの音。先制点は月山国光。
そして、0ー1のまま前半終了終了のホイッスルが鳴り響いた。
*
雷門イレブンは重い足取りでベンチへと引き上げた、サイクロンスタジアムの竜巻と、兵頭の化身。そして南沢先輩の冷徹な一撃に、チームの士気は沈みかけていた。
「……はい、コウ。しっかり水分を摂って」
「おっ!サンキュー」
紫からボトルを受け取ると、彼女は低い声で告げた。
「後半の鍵は、霧野君と狩屋君……この二人の連携に全てが掛かっているわ。この『不協和音』を解消できない限りこの試合は勝てないわよ」
二人の仲にかかっている。紫の言葉に、俺は一人で悩んだ。
霧野先輩の疑念を晴らすには、マサキが口先ではなく、そのプレーで「雷門の勝利」への執念を見せるしかない。
「……霧野先輩」
俺は、じっとマサキを見つめる先輩に声をかけた。
「俺、マサキの『サッカーへの熱』を先輩に見せます。あいつが、本当にサッカーを愛してるってこと……証明してみせますから」
「……そうか」
先輩は一瞬驚いたように俺を見た後、静かに頷いた。
俺は、うつむいて芝生を蹴っているマサキの元へ歩み寄った。
「マサキ……お前、この試合勝ちたいか?」
「……当たり前だろ。負けるのなんてごめんだ」
顔を上げたマサキの瞳には、悔しさと、自分への苛立ちが混じっていた。
「なら、賭けようぜ。……マサキ、お前『メテオグリッター』覚えてるか?」
「っ……!? なんで今さらそんなの……」
マサキが目を見開く。それは、数年前、お日さま園のグラウンドで俺とマサキが泥だらけになって考えた、未完成の合体技だ。
「あれ、一度も成功したことないだろ! それに、もし成功したとしても、あの化身を破れるわけない!」
「やってみなきゃわかんねぇだろ!今の俺たちなら、あの頃見えなかった光が掴めるはずだ」
俺の真っ直ぐすぎる視線に、マサキは呆れたように肩をすくめた。
「……はぁ。もう、コウは一度言い出したら止まらないんだから」
マサキは仮面を脱ぎ捨て、不敵なハンターの笑みを俺に向けた。
「いいよ、やってやる。その代わり、失敗しても俺のせいにしないでよね」
「応! さあ、行くぞ。嵐をぶっ飛ばしてやる!」
そして、後半開始の笛が鳴り響く。
*
ピーーーッ!
月山国光のキックオフで運命の後半戦が始まった。
兵頭の号令と共に、敵イレブンは竜巻の壁を盾にして姿を隠しながら攻め上がってくる。雷門の選手たちは、竜巻の切れ目から突如として現れる相手に翻弄され、反応がどうしてもワンテンポ遅れてしまう。
だが俺はその「嵐」に向かって真っ直ぐに駆け出した。
「邪魔なものは全部、力でねじ伏せるまでだ!!」
俺の背後から噴き出す紅蓮のオーラ。
「『バーンドロウV2』!!」
灼熱のパワーを全身に溜め、俺は正面から竜巻へと突っ込んだ。荒れ狂う暴風を熱量で強引に相殺し、驚愕する敵選手からボールを奪い取る。
「今だ、マサキッ!!」
「わかってるよ、コウ!!」
いつもの猫被りをかなぐり捨てたマサキが、俺の目前で手を地面につく。
「『ハンターズネット』!!」
放たれた紫のネットが、トランポリンのように俺を包み込み、猛烈な勢いで空へと弾き飛ばした。雷門の誰よりも高く、サイクロンスタジアムの天井付近まで到達する。
「いくぞ……これが俺たちの、新しい力だぁぁッ!!」
オーバーヘッドの体勢から、俺は渾身の力でボールを蹴り抜いた。
「『メテオグリッター』!!」
ボールは巨大な火の玉となり、尾を引く流星となってゴールへ一直線に向かう。
だが、その目前に巨大な竜巻が発生し、流星を飲み込んだ。
兵頭が勝ち誇ったように笑う。だが、その直後、竜巻の色がどす黒い赤へと染まった。
「……何っ!?」
シュートに纏う炎が、竜巻の酸素を取り込んでさらに激しく燃え上がったのだ。風によって威力を削がれるどころか、竜巻そのものを火炎放射器のように利用し、超巨大な炎の塊となって兵頭を急襲する!
「くっ、バカな! 『巨神ギガンテス』!!」
想定外の事態に、兵頭は化身必殺技を出す余裕すら奪われた。化身を出した状態のまま、力任せのノーマルキャッチで止めようとする。
凄まじい爆発音がスタジアムを揺らした。
炎の流星は、巨神の腕を焼き尽くし、そのまま兵頭ごとゴールネットへと突き刺さった。
ピーーーッ!!
1-1。同点。
スタジアムが静まり返った後、雷門のベンチから、そしてスタンドから地鳴りのような歓声が上がった。
「決まった……本当に成功したよ」
着地した俺の隣で、マサキが信じられないものを見たように自分の手を見つめている。
「言っただろ、やってみなきゃわかんねぇってな!」
俺はマサキの肩を強く叩いた。その様子を後ろで見ていた霧野先輩が、ふっと口角を上げる。
*
同点に追いつかれた月山国光の空気が一変した。
先ほどまでスタジアムを荒らし回っていた巨大な扇風機の音が止まり、竜巻が霧散していく。だが、それは平和が戻ったことを意味してはいなかった。
月山国光は風という不確定要素を捨て、自分たちの肉体と走力による超高速の陣形変化『タクティクスサイクル』を発動させた。
「なっ……速すぎる!!」
中盤でカットに向かった天馬と信助が、目まぐるしく入れ替わる敵の陣形から放たれる衝撃波に吹き飛ばされる。それはまるで、ピッチ上に巨大な歯車が出現したかのような、完璧に計算されたパスワークだった。
「『ハンターズネット』!!」
マサキが必死に網を広げ、突破を図る一文字を待ち受ける。だが、ネットごと衝撃波で吹き飛ばされる。
「……っ!? なんで……」
マサキの焦燥をあざ笑うかのように、月山国光の攻撃陣はさらに加速する。車道先輩のパワーも、俺の必死のチェックも、彼らの「サイクル」の中では単なる障害物に過ぎなかった。
「雷門見ろ!これこそが月山国光のサッカーだ!」
南沢先輩の声が響く。
全ての防衛ラインがズタズタに引き裂かれ、ボールはゴール前の密集地帯へ。
「喰らえ!! 『ロケットヘッド』!!」
2人の連係から放たれた弾丸のようなヘディングシュート。三国先輩が反応するよりも速く、ボールはゴールネットに突き刺さり、スタジアムの空気を沈黙させた。
ピーーーッ!!
1-2。再び突き放される雷門。
地面に手をつき、肩で息をするマサキ。自分たちの新必殺技で掴みかけた流れが、一瞬で、より残酷な絶望に塗り替えられた。
雷門のキックオフになるがその後も相手の必殺タクティクスに苦戦させられる。
そして、ボールがラインを割り、プレーが止まったその瞬間、ベンチから霧野先輩がフィールドに駆け戻ってきた。
「狩屋、俺の指示通りにやるんだ」
戻るなり飛んできた先輩の言葉に、マサキは鼻で笑ってそっぽを向く。
「俺が先輩の指示を受けると思いますか?」
いつもの反抗的な態度。だが、霧野先輩の目は揺るがなかった。
「受けるさ。お前が本当に勝ちたいと思っているならな。お前なら攻略できると信じている」
マサキが息を呑む。先輩が信じると言い、その「本気」を認めたからだ。
「狩屋!頼むぞ!」
天馬の言葉が、マサキの頑なな心の壁に小さな亀裂を入れた。
「なんだよ……勝手にプレッシャーかけてんじゃねえよ」
雷門のスローインで試合が再開された。しかし、神童キャプテンからパスを受けた速水先輩が、月山国光の執拗なプレスに遭い、あっさりとボールを奪われてしまう。
三たび展開される、『タクティクスサイクル』。
超高速で回転する菱形の陣形。だが、そのサイクルが形を変え、一直線の突撃形態に移行しようとした刹那、霧野先輩の鋭い声が響いた。
「来たぞ!狩屋突っ込め!」
「いただきだ!」
マサキは顔をしかめながらも、驚くべき反射神経で先輩の指示通りのコースへ突入した。その動きは、まさに獲物を追い詰めるハンターそのもの。ターゲットの甲斐は動揺し、苦し紛れに南沢先輩へパスを出す。
それを読んでマサキのカバーに走り込んでいた霧野先輩が、南沢先輩の手前で鮮やかにパスをカットした。
雷門のディフェンスラインをズタズタにしてきた必殺タクティクスが、二人の「協力プレー」によって、ついに攻略された瞬間だった。
「行くぞ、天馬!!」
霧野先輩から放たれたロングパスが、前線の天馬へ届く。
「『魔神ペガサス』!!」
天馬の背後から、風を纏う魔神が姿を現す。
天馬は化身の力を右足に集め、渾身の力でシュートを放った。
兵頭も再び『巨神ギガンテス』を召喚し、化身必殺技で迎え撃つ。しかし、天馬のシュートは、巨神の腕を強引に弾き飛ばし、ゴールネットを揺らした!!
ピーーーッ!!
2-2。ついに、ついに同点に追いついた!
*
月山国光のボールで試合が再開されたが、その動きには先ほどまでの精緻な連携はなかった。絶対の自信を持っていた兵頭の化身と必殺タクティクスを次々と破られたことで、彼らの精神的な支柱が揺らいでいたのだ。
だが、その沈滞した空気の中諦めずに攻める者がいた。
南沢先輩だ。剥き出しの執念を瞳に宿し、彼は味方から強引にボールを奪うと、たった一人で雷門の陣内へ突っ込んできた。
霧野先輩が『ザ・ミスト』を展開し、深い霧でボールを奪う。だが、南沢先輩は霧の中から突き出された霧野先輩の足を、泥臭いスライディングタックルで跳ね除け、再びボールを自らの元へ手繰り寄せた。
「……っ、あの南沢が、あんな泥臭いプレーを!?」
霧野先輩が驚愕の声を上げる。かつてのスマートな南沢先輩からは考えられない、必死すぎるその姿。それが、消沈していた月山国光のイレブンに火をつけた。
南沢先輩はさらに加速し、ゴール前でシュートの体勢に入る。
「『ソニックショット』!!」
執念が乗り移った猛烈なシュート。だが、俺はその弾道の前に身体を投げ出した。
「行かせるかぁぁッ!! 『フレアドライブ』!!」
俺の脚から吹き出した紅蓮の炎が、ソニックショットを真っ向から押し戻す。火花を散らして跳ね返ったボールが月山国光のゴールへと逆流した。しかし、そこには再び『巨神ギガンテス』を召喚した兵頭が、不動の構えで立ちはだかっていた。
「ぬおぉぉぉッ!!」
兵頭は化身の巨大な手で、俺のカウンターシュートをねじ伏せるようにして掴み取った。
「南沢よ!お主のおかげで目が覚めた。我らも一緒に戦うぞ!この試合、必ず勝つ!」
兵頭の檄がスタジアムに響き渡る。その瞬間、月山国光メンバー全員の瞳に、再び鋭い光が戻った。一人の「個」の執念が、チーム全体の「心」に燎原の火のごとく燃え広がったのだ。
*
時計の針は残りわずか。
ピッチ上は、一歩も引けない両校の意地がぶつかり合い、一進一退の激しい攻防が続いていた。
だが、その均衡を破ったのはマサキだった。
南沢先輩の足元からこぼれたボールに、マサキが迷いなくスライディングで飛び込む。
鮮やかにボールを奪取したマサキは、そのまま前線へと駆け出した。
襲いかかる敵選手たちを、まるで重力がないかのようなアクロバティックな身のこなしで次々とかわしていく。そのキレの鋭さに、スタジアムからはどよめきが起きた。
しかし、その目前に壁が立ちふさがる。
南沢先輩が二人の選手を従え、完璧な包囲網でマサキを待ち受けていた。さしものマサキも、この三人掛かりのプレッシャーを一人で突破するのは困難だ。
「……くっ、ここまで来て……!」
マサキの足が止まりかけた、その時だった。
「狩屋、こっちだ! 出せ!!」
横から響いたのは、霧野先輩の声だった。
マサキは一瞬だけ、いつものように不満げな顔を歪めたが、次の瞬間には吸い込まれるような正確なパスを霧野先輩へと送っていた。
パスを受けた霧野先輩は、フィールド全体を見渡す的確な視野で、逆サイドへロングパスを放つ。その先にいたのは、雷門の絶対的ストライカーだった。
「――仕留める」
ボールを受け取った剣城の背後に、漆黒の騎士が降臨する。
「『剣聖ランスロット』!!」
ランスロットの剣と共に剣城の右足から放たれた衝撃波がゴールを襲う。
「『ロストエンジェル』!!」
兵頭も死に物狂いで巨神を出し、必殺技で迎え撃つ。だが、ディフェンスラインの「絆」から繋がれたその一撃は、巨神の防御を粉々に打ち砕き、ゴールネットを激しく揺さぶった!!
ピー、ピー、ピーーーーッ!!
試合終了。3-2。
雷門中、激闘の末に月山国光を下し、一回戦突破!!
泥だらけのユニフォームと、心地よい疲労感。勝った実感がじわじわと胸に広がっていく。そんな俺たちの前に、一人の影が歩み寄ってきた。
月山国光のユニフォームを纏った、南沢先輩だった。
「南沢さん……」
天馬が少し緊張した面持ちでその名前を呼ぶ。俺も、かつての先輩の瞳をじっと見つめた。そこには、試合前の刺々しさはもうなかった。
「ようやくわかったよ。お前達がやろうとしてたことが。……本当のサッカーか。今頃気づくなんてな」
南沢先輩はそう言うと、少しだけ自嘲気味に笑った。でも、その表情はどこか晴れやかだった。
「次も頑張れよ……。天馬!コウ!」
「えっ! はいっ!」
「勿論だ!南沢先輩!」
南沢先輩は短く頷くと、翻って月山国光のメンバーの元へと戻っていった。その背中は、フィフスセクターの支配から解き放たれ、一人のサッカープレイヤーとしての誇りに満ちているように見えた。
新必殺技:『メテオグリッター』
属性:火
使用者:不知火恒陽、狩屋マサキ
詳細:ハンターズネットをトランポリンのように使い天高く飛び上がりオーバーヘッドでシュート。炎を纏ったボールが流星のように光り輝きゴールへと向かう技。ロングシュート技
ホーリーロード編までの設定集とか欲しいですか?
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いる
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いらない