月山国光との激闘から一夜明け、俺たちは天馬が住むアパート「木枯らし荘」に集まっていた。
一階の食堂には、天馬、信助、葵、紫が既に揃い、秋姉さんが作ってくれたケーキの匂いが食欲をそそる。
「あぁ~、美味しそう! 秋姉の料理、最高だよね!」
「天馬、まだみんな揃ってないんだから我慢してよ」
信助とはしゃぐ天馬を葵がたしなめる。そんな賑やかな光景を、紫は少し離れた場所で眺めている。
俺はジュースの入ったグラスを二つ持ち、彼女の隣へ歩み寄った。
「紫、ボーッとしてどうした? 」
声をかけると、紫は少し肩を跳ねさせ、いつものように手元のメモ帳に視線を落とした。
「……別に。私はこういう場所では、一人のほうが落ち着くのよ。データの整理も捗るし」
相変わらず素っ気ない。でも、その耳がわずかに赤くなっているのを俺は見逃さなかった。俺は少しだけ身を乗り出して、彼女の顔を覗き込む。
「……もしかして紫、こういう『みんなで集まってお祝い』みたいなの、初めてか?」
図星だったのか、紫はあからさまに視線を逸らした。
「そんなこと……ないもん。ただ、少し効率が悪いだけよ。食事と会話を並行して行うのは情報処理の観点から言えば……」
言い訳を並べようとする彼女の目がメチャクチャ泳いでいる。彼女の過去は何も知らないがこういう時くらいはハメを外した方がいいと思うけどな。
「いいから。今日は細かい事なんて忘れろって」
俺は彼女の前にグラスを差し出す。
「せっかく勝ったんだ。もっと気楽に楽しもうぜ。お前のアドバイスがなきゃあの試合は勝てたからどうか分からない。……これは、お前のための祝勝会でもあるんだからな」
「……コウ」
紫は眼鏡の奥の瞳を揺らし、グラスをそっと手にとった。
「まあ、主役の一人がまだ来てねぇんだけど」
俺は玄関の方をチラリと見た。そう、マサキだ。誘った時は「えー、そういうの面倒くさいし」なんて透かした態度をとっていたが、まさか本当にバックれるつもりじゃないだろうな。
その時だ。ドタドタと騒がしい足音と共に、玄関の扉が勢いよく開いた。
「……だーかーらー! 放せって言ってんだろ!!」
聞こえてきたのは、マサキの悲鳴に近い怒鳴り声。
現れたのは、顔を真っ赤にして暴れるマサキと、その両脇をガッチリと固めている久しぶりに見たおじさんたちだった。
「おーおー、威勢がいいねぇマサキ」
「騒ぐな、見苦しいぞ」
「ああっ! 晴矢おじさんに風介おじさん!?」
俺は思わず立ち上がった。お日さま園にたまに遊びに来る、かつての韓国代表としてイナズマジャパンに立ちはだかった2人。マサキにとっては頭の上がらない、兄貴分たちだ。
「よぉ、コウ! 元気にしてたか!園に寄ったらよ、こいつが1人で寂しそうにしてたから瞳子姉さんに事情を聞いて、引きずり出してきてやったぜ!」
晴矢さんがニカッと笑い、マサキの頭をグリグリと拳でこねる。
「……最悪だ……」
ぐったりと項垂れるマサキ。どうやら園でこの二人に捕まり、逃げ場を失ってここまで連行されてきたらしい。
「2人ともどうせならこのまま祝勝会に参加するか?パーティーは人が多い方が楽しいと思うし」
俺は2人を祝勝会に誘おうとするが
「悪いな、俺たちはこいつを届けに来ただけだ。これから園で瞳子姉さんと予定があってよ」
晴矢さんはそう言うと風介さんがマサキを一瞥してから俺の方を向く。
「……コウ、それにマサキ。昨日の試合、悪くない動きだった。特にあの『メテオグリッター』、未完成なりの熱量は感じられたぞ」
「ふん、お前は相変わらず評価が厳しいねぇ。コウ! お前のあの強引なプレイ、俺は嫌いじゃねぇぜ! 次もあの調子で派手に暴れてこい!」
晴矢さんがガシガシと俺の頭を撫で回す。その豪快な笑い声に、木枯らし荘の空気が一気に明るくなった気がした。
「あはは、ありがとう! 次も絶対勝つよ」
俺が笑って答えると、隣で天馬たちと共に話を聞いていたいた信助が、ふと俺と晴矢さんの顔を交互に見比べた。
「……ねぇ、そういえばさ。コウと晴矢さんって、なんだか雰囲気が似てるよね? 髪の色とか、その……熱い感じとか!」
信助の素朴な疑問に、一瞬だけ場の空気が静かになった。
「え、俺と晴矢おじさんが?」
「あー、言われてみると……。二人とも考えるより先に体が動くタイプだしな」
風介おじさんがクスクスと笑い、天馬も「確かに! 兄弟って言われても信じちゃうかも」と身を乗り出す。
俺はお日さま園で育った。親の顔は知らない。だから、そんな風に言われるのは少し不思議な気分だった。
「いや、俺に血縁者はいないはず。ずっと園育ちだし」
俺がそう言うと、晴矢さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべて、俺の肩に腕を回した。
「ははっ! 血がつながってようがいまいが、似てるってんなら光栄じゃないか。案外、巡り巡って遠い親戚だったりしてな!」
「……もしそうだとしたら、コウの将来のうるささが懸念されるな」
マサキがボソッと毒を吐き、晴矢おじさんに睨まれる。
「ほら、早く行かないと瞳子姉さんに絞られるぞ!」
マサキが必死に誤魔化そうと二人を追い出そうとする。
「わーってるよ! じゃあなコウ、マサキ! 負けたら承知しねぇぞ!」
嵐のような二人が去っていき、再び木枯らし荘に静粛が戻ってきた。
「……親戚、か」
俺は晴矢さんの去っていった扉を見つめ、少しだけ温かい気持ちになった。お日さま園のみんなは家族のようなものだけど、「似ている」と言われるのは、自分のルーツに触れたような、不思議な安心感があったんだ。
「さあ、みんな! 料理が冷めちゃう前に食べよう!」
秋姉さんの声で、本格的な祝勝会が始まった。
天馬たちはケーキを頬張りながら、今日の試合の興奮を昨日のことのように熱心に語り合っている。そんな様子を、マサキは少し離れた席から「よくそんなに喋ることがあるなぁ」といささか呆れ顔で眺めていた。
話題が、今日ディフェンスで奮闘した信助の話に及んだ時のことだ。
「……僕、ディフェンダーなのに、まだ自分のディフェンス技を持ってないんだよね。やっぱり、それじゃダメかな……」
信助が少し自信なさげに俯く。すると、それまで黙っていたマサキがニヤリと笑って口を開いた。
「どうせなら、2人技作ったらどうよ?」
「2人技?」
「天馬君が信介君を蹴りあげる、とかさ。」
「それ、いいかも!」
天馬が目を輝かせて身を乗り出す。まだ想像しかしていないが皆んなで技を決めようということになり皆んなでアイデアを出し合う。様々な意見が出るがどうもしっくり来ない……。そこで天馬はまだ何もアイデアを出さない狩屋に直接聞いてみる。
「狩屋はどう思う?」
「オレ!?・・・んー、ドカーンって飛ぶから、『ドカーンジャンプ』とか!」
「「「だっさ〜〜!!」」」
一瞬の静寂の後、食堂中に爆笑が渦巻いた。マサキは赤面しながら必死に言い返す。
「おっ、お前らが言えって言ったから言ったんだろ!!」
「ド、ドカーンジャンプって……安直すぎるよ!」
マサキがわざとらしく頬を膨らませる。俺も笑いながら、ふと隣で黙々とケーキを食べていた紫を振り返った。
「紫ならどうだ? もっとかっこいい名前とか……」
紫は瞳を鋭く光らせると、フォークを置いて真顔で答えた。
「そうね……『スカイラブハリケ⚫︎ン』なんてどうかしら」
「……えっ?」
今度は笑いではなく、なんとも言えない微妙な空気が流れた。天馬たちは首をかしげている。
その空気を感じ取ったのか、紫はさらに真剣な表情で椅子から立ち上がった。
「……反応が悪いわね。もう一度言うわ『スカ――」
「あ、あーーー!! 紫、わかった!わかったから一旦ストップ!!」
「そうだよ、何故かは分からないけど多分……なんか違うと思う!」
信助も必死に手を振って止めに入る。
納得がいかない様子で頬を膨らませる紫だったが、俺と信助のあまりの必死さに、しぶしぶ席に座り直した。
「はあ……もう『ドカーンジャンプ』で良くね?」
「いや!掘り返すなよ!コウ!」
マサキが本気で顔を赤くして怒る姿に、天馬や信助もつられて笑い出し、ようやくいつもの賑やかな食卓に戻った。
結局、その後も新しい技の名前は決まらず、夜は更けていった。
*
祝勝会の翌日。雷門中のミーティング室は、次の試合へ向けた熱気と、どこかリラックスした空気が入り混じっていた。
部員たちが昨日の試合の反省や新しい連携について話し合っている中、神童キャプテンがふと入り口の扉に目を止めた。
「……誰だ?」
扉の隙間から、こちらを窺うような視線。音無先生が優しく声をかけると、おずおずと入ってきたのは、どこか幼さの残る、純粋そうな瞳をした少年だった。
「覗くつもりはなかったんです……ただ僕もサッカーがしたくて。お願いします僕をサッカー部に入れてください!」
「……キミ、名前は?」
深々と頭を下げる少年に音無先生は笑顔で名前を聞いた。
「僕は……影山輝っていいます!」
その瞬間、ミーティング室の奥にいた円堂監督、鬼道コーチ、そして音無先生の三人が凍りついたように目を見開いた。
「影山……と言ったのか?」
円堂監督の低い、だが確かな緊張を孕んだ声が響く。
輝は震える拳を握りしめ、覚悟を決めたようにその素性を明かした。
かつて雷門を、そしてサッカー界そのものを恐怖で支配しようとした男――帝国学園の元総帥、影山零冶。彼はその甥なのだという。
「影山……零冶?」
天馬や俺たちは顔を見合わせた。俺たちの世代にとって、 遠い過去の闇でしかない。だが、指導陣の顔色を見れば、それがどれほど重い名前かは一目で分かった。
「でも僕ずっと雷門に憧れてて、どうしても雷門サッカー部でサッカーしたいって思ってたんです!……はあ、やっぱり駄目ですよね。お騒がせしました……」
輝は力なく笑い、そのまま部屋を去ろうとした。その背中は、背負う必要のない「血の宿命」に押し潰されそうに見えた。
「おい、待て。サッカー部、入部希望なんだろ?」
その歩みを止めたのは、円堂監督の力強い声だった。
監督は輝の前に歩み寄ると、かつてマサキに問いかけた時と同じ、真っ直ぐな瞳で聞いた。
「影山輝……。お前は、サッカーが好きか?」
「……えっ?」
輝は一瞬戸惑い、迷った。だが、心の奥底にある熱い想いが、嘘を吐くことを拒んだ。
「……はい! 」
その言葉を聞いた瞬間、円堂監督の顔にいつもの太陽のような笑顔が浮かんだ。
「だったら迷うことはない!」
さらに、鬼道コーチが静かに言葉を添える。
「影山零冶の犯した罪は許されるものではない。だが、あの男が誰よりもサッカーを愛していた。あの人の行きつけなかったところまで、お前が行ってみせるんだ」
鬼道コーチは輝に以外にも激励の言葉を伝える。
こうして雷門サッカー部にまた1人、新たな部員が増えることに。
そして、皆が輝の境遇を受け入れ、和やかなムードが広がる中、それまで腕を組んで黙っていた剣城が冷徹な声を投げかけた。
「お前、どれくらいサッカーができるんだ」
その一言で、場の空気が「入部の挨拶」から「戦力としての査定」へと切り替わる。輝は緊張で背筋を伸ばし、正直に答えた。
「えっと……ボールを蹴り始めて、まだ2か月です!」
「「……2か月!?」」
俺と天馬の声が重なった。ミーティング室には、なんとも言えない微妙な沈黙が流れる。ホーリーロードの真っ只中、しかも一戦ごとに命懸けの戦いをしている今の雷門にとって、サッカー歴2か月の素人を受け入れる余裕など、普通に考えればない。
だが、輝はそんな空気を感じてか感じずか、真っ直ぐな瞳をキラキラと輝かせて続けた。
「あっ、でも!ドリブルで駆け抜けたり、カッコよくシュートを決める選手になりたいです!」
そのあまりにも無邪気で純粋な「意志」に、俺と天馬は思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
「輝君。これから一緒に頑張ろうね!」
「ああ! サッカーの実力なんて関係ねぇよ。マサキだって、昨日あんなに活躍したんだ。熱意さえあれば、俺たちがいくらでも引っ張ってってやるぜ!」
「いや俺別に初心者じゃない……って聞いてないし」
俺が輝の肩をガシガシと叩くと、彼は嬉しそうに「はいっ!」と元気よく返事をした。
その後すぐに雷門イレブンはグラウンドでの全体練習を開始した。
輝は先輩たちに混じって必死にドリブル練習に励むが、足元がおぼつかず、ボールがどこかへ飛んでいってはそれを追いかけるの繰り返しだ。
どうやら本当にサッカー経験はないようで狩屋の分かりやすい嘘のアドバイスを鵜呑みにしてボールを見たままドリブルしゴールポストにぶつかってしまう。
そこで霧野先輩が丁寧に教えるとなんとすぐにドリブルを難なくこなすようになってしまった。
見違えるような天才的な身のこなし。それには、悪戯を仕掛けたマサキも、見限っていた剣城も、そして直接教えた霧野先輩ですら、開いた口が塞がらない様子で立ち尽くしていた。
「お前飲み込み早いな」
「えへへ、霧野先輩の教え方が上手だったからです!」
無邪気に笑う輝。だがその足元にあるボールは、まるで長年の相棒のようにピタリと静止していた。雷門に、とんでもない怪物がやってきた。俺は確かな鳥肌を感じていた。
*
翌日の放課後。雷門サッカー部の部室には、どこか落ち着かない空気が流れていた。
モニターの前に立った紫が、眼鏡の端を指で押し上げ、淡々と次のデータを提示する。
「……ホーリーロード二回戦の対戦相手が確定したわ。次の相手は、北海道の名門――白恋中よ」
「白恋中! フェアプレーで有名なチームですよね!」
天馬が嬉しそうに声を上げる。だが、その言葉を遮るようにマサキが鼻で笑った。
「それいつの話だよ。どんな名門も、今じゃ“フィフスセクター”の息がかかってるっての」
「ま、そうだよな」
浜野先輩も珍しくシリアスな顔で、波に漂うような気楽さを捨てて同意する。
期待から一転、部室に暗い陰が落ちようとした時だった。メンバー表のモニターをじっと見つめていた神童キャプテンが、コーチの欄を指差した。
「……いや、まだ希望はあるかもしれない」
その指の先にあった名前を見て、天馬と俺は身を乗り出した。
「コーチ、吹雪士郎……?」
「ああ。円堂監督や鬼道コーチと一緒に戦った、親友だ」
神童の言葉に、部員たちの間にどよめきが広がる。あの吹雪士郎が指導しているのなら、管理サッカーに魂を売るとは考えにくい。もしかすると今度の試合は純粋にサッカーを楽しめるかも……。
*
白恋中との決戦を控え、雷門の練習はいつになく熱を帯びていた。輝はまだ戦術に組み込むのは早いとの判断で、ベンチから精一杯の応援の声を上げている。
そんな中、倉間先輩の放った鋭いシュートがわずかにゴールを逸れ、外へと飛び出した。
「危ないっ!」
誰かが叫んだその瞬間、場外にいた一人の人物が、向かってくるボールを吸い付くような胸トラップで完璧に止めてみせた。無駄のない、あまりに優雅なその動き。
「吹雪?吹雪じゃないか!」
「久しぶりだね、みんな」
円堂監督の声に、俺たちは一斉に動きを止めた。白恋中のコーチであり、伝説のストライカー、吹雪士郎。本人がなぜ、今ここにいるのか。
俺たちが緊張する中鬼道コーチが鋭く問いかける。
「心配していたぞ。白恋中のコーチを外され、行方が分からなくなったと聞いていたからな。何があったんだ?」
「白恋中は・・・白恋中は、フィフスセクターの手に堕ちた」
吹雪さんの告白に、俺たちは言葉を失った。白恋中までもが、管理サッカーの思想に塗り替えられてしまったなんて。
「お願いだ、雷門中のみんな!白恋中を、フィフスセクターから解放してほしい!君たちの力が必要なんだ……革命の風を起こしている君たちの力が!!」
かつての伝説が、後輩である俺たちに深く頭を下げた。
「やりましょう!監督!俺たちが勝って白恋中からフイフフスセクターを追い出すんです!」
天馬が力強く答える。だが、吹雪さんの懸念は消えなかった。
「ありがとう。……でも、今のままの君たちでは勝つのは難しい。白恋には、鉄壁の必殺タクティクス『絶対障壁』がある」
「絶対障壁」。吹雪さんの分析によれば、その守りは文字通り鉄壁であり、アルティメットサンダーでも突破できないと言う。
「中央に戦力を極端に集中させ、攻撃を無効化する布陣ね。……でも、鬼道コーチ、これなら……」
紫が視線を鬼道コーチに向ける。コーチは不敵に頷いた。
「ああ。中央が厚いということは、サイドに必ず『穴』ができる。その隙を突いて両サイドを同時に切り裂き、中央の守備が分散した瞬間に決定機を作るしかない」
「それをやるには、絶対障壁を振り切る圧倒的なスピードと、ゴールをこじ開ける決定力を持った選手が二人必要だ。……神童、心当たりは?」
鬼道コーチの問いに、倉間先輩が迷わず答えた。
「……天馬、剣城。この二人しかいねぇだろ」
足の速さ、そして化身という爆発的な力。
天馬と剣城に、白恋解放の運命が託された。
*
吹雪さんから授けられた「サイド突破」の戦術を形にするため、円堂監督の指導のもと猛特訓が開始された。
フィールドには剣城と天馬の二人を除いた雷門メンバーが並び、白恋中の「絶対障壁」を再現して立ちはだかる。
「行くぞ!」
「うん、剣城!」
二人は凄まじいスピードで走り出し、両サイドから高速のワンツーパスを繰り返して仮想障壁を揺さぶりにかかる。中央に構える車田先輩や倉間先輩たちの注意がサイドに逸れたその瞬間、剣城が中央へ切り込もうとした。
だが、そこに俺が立ち塞がる。
「甘いぜ、剣城! 突破のルートは読み切ってる!」
「……チッ!」
俺のプレッシャーに一瞬焦りを見せた剣城は、強引に天馬へパスを飛ばした。しかし、そのパスは俺の背後で完璧なカバーリングを見せていた信助によってカットされる。
「そうはさせないよ! 」
二人の連携が噛み合わない。気流が乱れるように、パスのタイミングがわずかにズレてしまうんだ。
「もう一度だ! 止まるな、もっとスピードを上げろ!」
円堂監督の檄が飛ぶ。
二人は再び挑戦した。今度は先ほどよりも鋭い加速。俺や神童キャプテンのマークをワンツーで振り切り、ついに「絶対障壁」を突破してみせる。最後に天馬が完璧なラストパスを剣城へ送った。
「……ハァッ!」
剣城がシュートを放つ。重低音を響かせてゴールへ迫る弾丸。だが、ゴールマウスに立つ三国先輩は、落ち着いた動作でその軌道を見切っていた。
激しい音を立てて弾き飛ばされるボール。難なく防がれたその結果に、天馬は膝をついて肩で息を吐いた。
「惜しい……! あと少しだったのに……」
悔しさを滲ませる天馬。しかし、ベンチで見守っていた吹雪さんが、静かに、だが厳しく二人に歩み寄った。
「天馬君、剣城君。君たちは、障壁を突破することに必死になりすぎて、シュートに全く力がこもっていない」
吹雪さんの鋭い指摘に、二人が息を呑む。
俺は再び「絶対障壁」のポジションに戻り、二人を睨み据えた。負けてたまるか。白恋中を、そして吹雪さんの想いを救うのは、俺たちなんだ。
*
特訓の合間の休憩時間。息を切らして芝生に座り込む俺たちの元へ、マネージャーの山菜が一通の手紙を持ってやってきた。
「錦からか!」
神童キャプテンが顔を上げ、懐かしそうに封筒を受け取る。錦龍馬。昨年、さらなる高みを目指してイタリアへサッカー留学に旅立った、雷門の元エースストライカーだ。
先輩が持つ一枚の写真には、まだ幼さの残る二軍時代の神童キャプテン、霧野先輩、そして豪快に笑う錦先輩が写っていた。
「あはは、本当だ! この人が、イタリアで頑張ってる錦先輩かぁ……」
天馬と輝が、まだ見ぬ偉大な先輩の姿に目を輝かせて写真を覗き込む。
「自分のこと、『雷門の点取り屋』って言ってたっけ」
「そう言えば足も速かったよな」
「着いて行くのに苦労したど~」
「ボールキープも上手かったですよ~。奪ったボールは決して渡しませんでしたから」
車田先輩や浜野先輩たちが、次々と錦先輩の思い出話を語り始める。豪快で、誰よりも真っ直ぐで、チームの誰もがその背中を慕っていた。そんな温かい記憶が、張り詰めていたミーティング室の空気を少しだけ和らげていく。
「そうだよなぁ。錦がいればこのタクティクスもあっさり完成してたかもなー、なんて」
その言葉が出た瞬間、神童キャプテンの瞳が鋭く光った。
「……錦はいない。ここにいるのは、俺たちだ」
神童キャプテンは写真を封筒にしまい、力強く立ち上がった。
「……練習再開だ! 天馬、剣城、行くぞ!」
「……はいッ!!」
キャプテンの厳しい、だが愛のある叱咤に、天馬と剣城の表情が再び引き締まる。
夕暮れが迫るグラウンドに、再び激しい激突の音が響き始めた。
ホーリーロード編までの設定集とか欲しいですか?
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いる
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いらない