イナズマイレブンGO 紅蓮の翼   作:シキDX

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第二十話 逃げない理由

 白恋中との激闘から一夜明け、雷門中には勝利の余韻が残っていた。

 錦先輩の豪快な笑い声と、輝の初得点の話題。俺もキーパーとしてゴールを守り抜いた感触が、まだ掌に残っている。

 その直後、部室の重い扉が開いた。入ってきたのは、円堂監督と鬼道コーチ。

 だが、二人の表情は昨日の勝利を祝うようなものではなかった。

 

「みんな、集まってくれ。大事な話がある」

 

 円堂監督の低く、静かな声に、部室の温度がスッと下がる。

 

「俺は……今日限りで雷門の監督を退任する」

 

「……えっ?」

 

 天馬の声が裏返った。誰もが自分の耳を疑い、顔を見合わせる。

 

「監督、何を言ってるんですか! 昨日の今日ですよ!? これからもっともっと革命を……!」

 

「理由は言えない。だが、これは決まったことだ」

 

 円堂監督は、一度だけ俺たちを真っ直ぐに見つめた。その瞳には、隠しきれない無念さと、何かを託すような強い光が宿っていた。

 

「次期監督には、鬼道を任命した。これからは、鬼道の指示に従ってくれ。……以上だ」

 

 それだけ言い残すと、円堂監督は背を向け、驚きで固まる俺たちの間を抜けて部室を出ていこうとする。

 

「監督! 待ってください!」

 

 天馬が慌てて後を追うが、扉は無情にも閉ざされた。

 残された俺たちは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 沈黙の中、鬼道新監督が冷徹なまでに落ち着いた足取りで前へ出た。

 

「監督……円堂監督は、また戻ってきますよね?」

 

 霧野先輩が震える声で尋ねる。誰もがその答えを待った。

 しかし、鬼道監督はゴーグルの奥の瞳を見せることなく、短くこう告げただけだった。

 

「……全員、ピッチへ出ろ。練習を始める」

 

「質問に答えてください! 監督は……!」

 

「練習だ。……行け」

 

 冷たい突き放すような言葉。

 昨日までの熱い結束は何だったのか。俺たちの目指す「革命」の道標だった男は、理由も告げずに去り、代わって現れたのは鉄の規律を纏った氷の指揮官であった。

 

 *

 

 ミーティング室に充満するのは、重油のように粘りつく沈黙だった。

 ホワイトボードに残された円堂監督の筆跡が、今はもう手の届かない場所にあることを突きつけてくる。

 

「……いないものは、しょうがない」

 

 その静寂をナイフのように切り裂いたのは、腕を組んで壁に寄りかかっていた剣城だった。その突き放したような冷たい物言いに、真っ先に反応したのは天城先輩だった。

 

「なんだとド!」

 

「悲しめば帰ってくるとでも?」

 

「やめろ!2人とも!」

 

 険悪な雰囲気になり始めた2人を三国先輩は制止しようとする。

 険悪な火花が散る中、その重苦しい空気を無理やりこじ開けるように、大きな笑い声が響いた。

 

「おうおう、なんじゃこの雰囲気は?もっと楽しくやるぜよ。のう神童!」

 

 錦先輩だ。彼は椅子をガラリと引くと、神童キャプテンの隣にドカリと座り、屈託のない笑顔で語りかけた。

 

「なんじゃ一年経ってもウジウジは治っとらんのか」

 

 錦先輩は俺たちを励まそうとしているのか明るくしているが今はまだ、あまりにも早すぎた。尊敬する師を失った直後のイレブンにとって、その底抜けの明るさは、かえって無神経なものに映ってしまう。

 

「いった〜〜!!?」

 

「鈍感!成長していないのは錦お前だよ」

 

 錦先輩の知己であり、サッカー部マネージャーの瀬戸水鳥が、鋭い一撃と共にその足を踏み抜いた。

 水鳥に睨まれ、錦先輩は縮こまる。その周辺だけは一瞬、いつもの喧騒が戻ったかのように見えた。だが、その輪を少しでも外れれば、そこには依然として深い霧のような沈鬱な空気が淀んでいる。

 俺は、黙って下を向く天馬や神童先輩の横顔を見て、拳を握りしめた。

 鬼道監督の沈黙。円堂監督の不在。

 バラバラになったピースを繋ぎ合わせる術を、俺たちはまだ持っていなかった。

 

 *

 

 円堂監督が去り、鬼道新監督の下での初練習。俺たちがピッチで目にしたのは、ボールが一つも用意されていない、異様な光景だった。

 

「まずは腕立て。それからスクワット、腹筋、ダッシュ。全ていいと言うまで繰り返せ。始め!」

 

 鬼道監督の冷徹な声が響く。これまでの「サッカーを楽しもう」という円堂監督のスタイルとは正反対の、機械的で過酷な基礎練習。

 一時間、二時間と時間が過ぎるにつれ、部員たちの間に戸惑いと不満が、毒霧のように広がっていく。

 特に、信助への扱いは苛烈だった。

 

「次はジャンプだ。西園、お前は倍の高さを飛べ」

 

「えっどうして僕だけ!」

 

 ジャンプ力には自信がある信助だったが、理由も説明されず、自分だけさらに高い負荷を強要されることに、その表情は少しずつ歪んでいった。

 

 *

 

 完全に日が沈み、スタジアムの照明だけが虚しくピッチを照らす頃、ようやく鬼道監督から終了の合図が出た。

 

「……今日はここまでだ。解散」

 

 その言葉が終わるや否や、全員が糸の切れた人形のようにグラウンドへ倒れ込んだ。立っている者は一人もいない。荒い呼吸の音だけが、夜の静寂に響いていた。

 

「……さっきのジャンプ、どうして僕だけ倍の高さにされたんだろう」

 

 そんな中、肩で息をしながら立ち上がろうとした信助に、マサキが這い寄るようにして声をかけた。

 

「……監督、信助君にサッカー部やめて欲しいんじゃない?」

 

 悪魔のようなマサキの囁き。信助の瞳が大きく揺れた。

 

「おい、マサキ! 余計なこと言うんじゃねぇ!」

 

 俺は重い体を叩き起こして注意したが、極限まで追い詰められていた信助には、その一言が致命傷だった。

 

「……えっ!?そ、そんな」

 

 プツン、と緊張の糸が切れた音がした。信助の顔から血の気が失せ、そのまま膝から崩れ落ちる。

 

「信助!?」

 

「信助!しっかりして!」

 

 俺と天馬は、意識を失いかけた信助を急いで担ぎ上げ、保健室へと走り出した。

 

 *

 

 保健室の白いカーテンが、夜風に揺れていた。

 ベッドに横たわる信助の顔は青白く、天馬と葵、そして俺が心配そうにそれを見守る。

 

「……信助君、大丈夫? 少しは落ち着いた?」

 

 葵が差し出した水を、信助は拒むように顔を背けた。

 

「……僕もう練習に出ない」

 

 その言葉に、天馬が慌てて身を乗り出した。

 

「……でもさ、鬼道監督のサッカーはまだ始まったばかりじゃない。監督には考えがあるんじゃないかな?サッカーのことはサッカーが教えてくれる。鬼道監督が考えていることもきっと。だから続けてみようよ」

 

「……イヤだ!!僕は一生懸命練習してた。でも鬼道監督は……!」

 

 信助が、これまで見せたことのないような激しい剣幕で叫んだ。その瞳には、こらえきれない涙が溢れている。

 

「……信助は鬼道監督に認められたいからサッカーするの?」

 

「……天馬はいいよ。化身使えるし鬼道監督から嫌がらせされてない。天馬に僕の気持ちわかるわけない!」

 

 親友からの思わぬ拒絶に、天馬が言葉を失う。

 俺は一歩前に出て、静かに信助の目を見据えた。

 

「……信助。化身がないからって、マサキや霧野先輩が諦めてるか? あの二人だって、必死に食らいついてるだろ」

 

「二人とは違うよ……! 二人は僕みたいに、理不尽にメニューを倍にされたりしてない。僕だけなんだ。嫌われてるのは、僕だけなんだよ……!」

 

「違う、逆だ」

 

 俺は、あえて厳しい声で言い放った。

 

「期待されてるんだよ。鬼道監督は、お前にそれだけのポテンシャルがあるって確信してるから負荷を上げてるんだ」

 

「そんなの……ただの慰めだよ……」

 

「信助、よく聞け。ここで逃げたら、お前には『逃げ癖』がつく。一度背中を向けちまえば、これから先、もっと苦しいことがあった時、お前はまた同じように逃げ出す。そんな奴に、仲間の後ろを守るディフェンスなんて、本当に任せられるのか?」

 

 俺の言葉に、信助が息を呑んだ。

 俺たちの命運を預ける守備の要。一歩引けば失点という極限のプレッシャーの中で戦うディフェンダーが、己の心の弱さに負けていいはずがない。

 信助は布団を握りしめ、震えながら俯いた。

 天馬が優しく信助の肩に手を置く。

 

「……信助。俺は信じてるよ」

 

 静まり返った保健室。

 信助が明日、再びピッチに姿を現すのか、ここで終わってしまうのか。

 

 *

 

 翌日の放課後。部員たちの視線が入り口に集まる中、信助は少し腫らした目のまま、しっかりと自分の足でピッチに現れた。

 

「信助!」

 

「……天馬、コウ。昨日はごめん。僕……やっぱり逃げたくない。もう一度、やってみるよ」

 

 その言葉を聞いて、俺と天馬は顔を見合わせて笑った。

 練習内容は、昨日以上に過酷だった。説明のないまま繰り返される高強度のフィジカルトレーニング。信助は唇を噛み締めながら、倍の高さのハードルを何度も、何度も跳び続けた。鬼道監督はその様子を無言で見つめ、一切の妥協を許さなかった。

 

 *

 

 ようやく地獄のようなメニューが終わり、体力の限界を迎えた俺たちは、気分転換を兼ねて『雷雷軒』の暖簾をくぐった。

 

「いらっしゃい!」

 

 独特な髪型の雷雷軒の店長が中華鍋を振りながら、威勢よく迎えてくれる。

 カウンター席に座った俺の隣で、紫が聞いてきた。

 

「コウ、今日もラーメン?」

 

「いや、今日はガッツリ飯物の気分だな。……おじさん、俺、炒飯で!」

 

「じゃあ、私も同じので」

 

 紫が少しだけ微笑む。

 

「……おじさんじゃなくて、お兄さんな」

 

 全員の注文が通り、厨房から小気味よい鍋の音が響き始めた。

 そこへ、部室以上に沈んだ足取りで天城先輩と輝が入ってきた。

 

「あ、天城先輩! 輝君も!」

 

 天馬が声をかけるが、天城先輩はカウンターに突っ伏すように座り、深いため息を漏らした。

 

「やってられないド……。ボールを一回も触らせないなんて、嫌がらせにも程があるド。もう、こんな部活なら……転校した方がマシだド……」

 

「天城先輩、そんな……!」

 

 輝が困惑した顔をする。新入部員の彼にとっても、今の雷門の状況はあまりに不可解で、そして重すぎた。

 カツン、と店長さんがお玉を置き、湯気の向こうから鋭い眼光を天城先輩に向けた。

 

「……嫌なら、闘えばいい」

 

 その低く、重みのある言葉に、店内の喧騒が止まった。

 

 天城先輩がハッとしたように顔を上げた。

 円堂監督と一緒に、俺たちは革命を誓った。負ければ廃部という崖っぷちの中、ボロボロになりながら白恋中を倒した。その記憶が、天城先輩の脳裏に蘇る。

 

「……確かに、ここで鬼道監督から逃げたらフィフスセクターとも戦えない。振り出しに戻っちまうド」

 

 天城先輩の瞳に、再び小さな、だが確かな火が灯った。

 紫も、安堵したように炒飯を頬張る。

 

「お待たせ。特製炒飯だ。しっかり食って、明日も闘ってこい」

 

 目の前に置かれた炒飯は、驚くほど熱く、そして黄金色に輝いていた。

 俺たちは無言で、だが貪り食うように匙を動かした。

 鬼道監督の真意はまだ分からない。でも、俺たちがやるべきことは、ただ一つだ。

 

 

 翌日の放課後。部室前の広場でストレッチをする俺たちの体には、昨日までのような淀んだ空気はなかった。

 俺たちは「闘う」と決めた。店長の炒飯に込められた熱いエールが、今も腹の底で燃えている。

 そこへ、例の冷徹な足取りで鬼道監督が姿を現した。

 

「そろっているな。今日からは個別メニューを練習してもらう」

 

 配られた紙には、これまで以上に過酷な内容が記されていた。

 そして、地獄のような特訓が始まる。限界まで自分を追い込み、吐き気と戦いながら、俺たちは必死に課題をこなしていく。夕暮れが迫り、空が赤く染まる頃には、次々と「クリア」の声が上がっていった。

 最後に残ったのは、信助だった。

 自分の背丈ほどもある重いゴムロープを引く過酷な課題。何度も足がもつれ、地面に膝をつく。だが、そのたびに天馬や俺たちの声援が、信助の小さな体を突き動かした。

 

「負けるな、信助! お前なら跳べる!」

 

「うおおおおぉぉぉっ!!」

 

 最後の一回。信助が限界を超えた力でロープを伸ばしきった瞬間、ストップウォッチの音が鳴り響いた。

 約束は果たされた。

 荒い息を吐きながら倒れ込む俺たちの前で、鬼道監督が静かに立ち尽くしている。

 その時、手元の用紙をじっと見つめていた剣城が、低く呟いた。

 

「これは……そういうことか。この個別メニューはオレたちができるギリギリのメニュー量だ」

 

 神童も気づいた。

 

「……!確かにそうだ。だがこんなメニューを作れるということは……」

 

「監督は全員の能力をわかっている……。ムチャを言っているようだが、それぞれの最大の力を引き出そうとしているんだ」

 

「何ていう人だ……」

 

 剣城と神童の2人が鬼道監督の真意に気付き感嘆の声をあげていると鬼道監督が口を開いた。

 

「雷門の強さはそれぞれが必殺技や得意なプレイを持っていること。そして弱さは『基礎能力』だ。体力、バランス、フットワークなど選手によっては平均以下のレベルにある」

 

 冷徹に思えたメニューの裏に隠されていたのは、帝国学園を総帥として導いた鬼道有人の、非情なまでの合理的、かつ深い配慮だった。

 

「疑ってすみませんでした!改めてよろしくお願いします。鬼道監督!」

 

 神童先輩が頭を下げる。俺も、鬼道監督の背中にこれまでにない頼もしさを感じていた。

 

 *

 

 練習の片付けを終え、夕闇が迫る校門を出たところで、俺は三国先輩に呼び止められた。

 

「不知火、ちょっといいか。一緒に帰らないか?」

 

 並んで歩く河川敷の道。オレンジ色の夕日が、俺たちの長い影をアスファルトに落としている。

 

「……円堂監督がいなくなって、鬼道監督の下で新しい練習が始まった。それはいいんだ。チームも前を向き始めたしな」

 

 三国先輩は、自分のグローブをはめた手をじっと見つめながら、ぽつりと呟いた。

 

「でも、俺……まだ悩んでるんだ。この状況で、最上級生として、そしてキーパーとして、みんなのために何ができるんだろうってな」

 

 その言葉には、白恋中戦で負傷し、ゴールを俺に託さざるを得なかった悔しさと、精神的支柱を失った不安が混じっていた。

 俺は少し考えた後、三国先輩の顔を真っ直ぐに見た。

 

「三国先輩。それなら、円堂監督がかつて使っていた、伝説の技に挑戦してみるのはどうだ?」

 

「伝説の技……?」

 

「『ゴッドハンド』! あの技を三国先輩が習得して、ゴールを守る姿を見せれば……きっとチームのみんなも、円堂監督の魂がまだここにあるって、元気づけられるはず!」

 

 俺の提案に、三国先輩は一瞬目を見開いた。

 

「ゴッドハンド……。あの、円堂監督の代名詞か。ははっ、そいつはかなりの無茶振りだな……」

 

 三国先輩は苦笑いしたが、すぐにその瞳に力強い光が戻った。

 

「……だが、やる価値はある。いや、やるべきだ! 不知火、付き合ってくれるか?」

 

「もちろん!」

 

 俺たちはそのまま、夕暮れの河川敷の練習場へと駆け下りた。

 

「行くぞ、三国先輩! 」

 

「ああ、来い、コウ! 俺たちのゴールは、俺が守り抜いてみせる!」

 

 静かな河川敷に、ボールを蹴る音と、気迫に満ちた叫び声が響き始めた。

ホーリーロード編までの設定集とか欲しいですか?

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