木戸川清修との激闘から数日。勝利の余韻も冷めやらぬ中、俺はいつものように早朝の河川敷で汗を流していた。
天馬は珍しく寝坊で欠席。ピッチには、信助と俺、そしていつものように手帳を手に俺たちの動きを冷徹に記録する紫の姿があった。
「ここ最近調子いいわね……監督のメニューが効いてるのかしら」
紫が怪訝そうに呟く。俺自身、最近は体が妙に軽いと感じていた。どんなに激しい練習をしても、翌日には力が底から湧き上がってくるような、不思議な感覚。
「不知火、ちょっといいか」
練習の合間、鬼道監督に呼ばれて俺はベンチへと向かった。監督の手には、数枚の資料が握られている。
「……これを読め」
手渡されたのは、俺のバイタルデータとパフォーマンスの比較資料だった。先日の木戸川清修戦と現在とデータが記されている。グラフの曲線は、後半になるにつれて異常なまでの右肩上がりを見せていた。
「ここ数日での身体能力の向上速度が、通常の成長曲線を逸脱している。データではお前の本来のポテンシャルを上回っていた。……何か心当たりはあるか?」
鋭いゴーグルの奥の瞳が俺を射抜く。だが、俺は戸惑いながら首を振るしかなかった。
「いや……特に何も。ただ、最近は練習すればするほど、体が軽くなっていくような気がして……」
「そうか……なら今は様子見するしかないな」
紫の不安げな同期。俺が自分の体に感じている違和感に、監督も確信に近い何かを感じているようだった。
その重苦しい対話を切り裂くように、聞き慣れた、だが不愉快な足音が近づいてきた。
「おやおや、朝早くから熱心なことですなぁ、鬼道監督」
現れたのは、慇懃無礼な笑みを浮かべた金山理事長と、その後ろで卑屈そうに揉み手をする冬海校長だった。
「理事長……。練習中に何の御用ですか」
鬼道監督の声が一段と低くなる。
「いやぁ、少々お耳に入れたいことがありましてね」
理事長はニヤリと不気味に笑う。理事長がやって来た事に気づいたみんなも続々と集まって来た。
「あ、あわわわっ! 遅れましたぁーっ!」
そこへ、寝癖を盛大に立たせた天馬が猛ダッシュで駆け込んできた。
「天馬、遅いド! 今、理事長たちが来て大変なんだド!」
天城先輩の声に天馬が足を止めると、金山理事長が冷ややかな視線を向け、本題を切り出した。
「いいタイミングだ。鬼道監督と君たちには今日この瞬間から強化合宿を兼ねた遠征に出てもらいます」
「待ってください!今はホーリーロードの真っ最中なんですよ。なんでここで遠征なんですか!」
鬼道監督が鋭く拒絶するが、冬海校長がその間を割って入る。
「これはフィフスセクターからの直々の指示です。あなた達が刃向かうからですよ」
その言葉に、ピッチ上の部員たちの間に動揺が走る。
「嫌がらせってわけか……」
三国先輩が眉をひそめ、他のみんなも納得いかないようだ。
「行き先はどこだ」と問う鬼道監督に対し、理事長はただ不敵に笑うだけだった。
「行けばわかりますよ。……それとも、知りたくはないのですか? 元監督の円堂守くんが、今どこで何をしているのか」
「円堂監督!?」
天馬が身を乗り出す。円堂監督は雷門を去って以来、行方が分からなくなっていたのだ。
神童先輩は冷静に聞き返す
「そこで円堂監督がいるという事ですか?」
「円堂監督は今、私たちの手伝いをしてくれていますよ。いわば、フィフスセクターの協力者としてね」
「そんなバカな……!!」
神童が激昂し、俺と天馬も「ありえない!」「嘘だ!」と反発する。鬼道監督も話を打ち切ろうとした、その時だった。
「行ってみませんか?鬼道監督!」
神童が力強い声で監督を制した。
「……円堂監督は何か奴らの企みに気づいて行動に出たんじゃないですか?だとしたら俺は黙っていられません!」
神童の瞳には、かつての師への揺るぎない信頼と、真実を求める覚悟が宿っていた。
鬼道監督はしばらく沈黙を守っていたが、やがて神童の覚悟を汲み取るように頷いた。
「よし分かった」
*
雷門に留守番として倉間先輩、速水先輩、浜野先輩の3人を残し雷門イレブンを乗せたフィフスセクターの専用バスは、街の喧騒を離れ、人影のない山道へと差し掛かっていた。
車内では、最初は円堂監督の噂や合宿先への不安で騒がしかったメンバーたちも、いつの間にか静まり返っていた。俺はふと、耐えがたいほどの強烈な眠気が意識を支配し始めていることに気づく。
「……なんだ、急に……身体が重い……」
隣の席を見ると、天馬が既にガクンと首を落として眠りに落ちている。前方の神童キャプテンも、最後尾の鬼道監督さえも、不自然なほど深く眠り込んでいた。
(おかしい……みんな、寝てる……?)
朦朧とする意識の中で、俺は視線を前方へ向けた。バックミラー越しに見えた運転手の姿に、背筋が凍りつく。その顔には、異様な威圧感を放つ軍用のガスマスクが装着されていたのだ。
「っ……空調から、何か……」
俺が声を上げようとした瞬間、意識の断崖から突き落とされるように視界が暗転した。
*
静寂に包まれた車内。
全員が死んだように眠る中、ただ一人、背筋を伸ばして窓の外を眺めている影があった。
紫だ――
彼女は眠るコウの横顔を、ほんの一瞬だけ見つめた。
「……早すぎるわ」
彼女は眠るコウの肩をそっと支え、頭が窓にぶつからないように位置を直してやった。その表情には、眠気も、そして運転手の異常な姿に対する驚きすらも微塵もなかった。
彼女は腕時計を弄ると光に包まれてその姿を消した。
ホーリーロード編までの設定集とか欲しいですか?
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いる
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いらない