イナズマイレブンGO 紅蓮の翼   作:シキDX

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第二十九話 VS幻影学園

 幻影学園戦、前日。

 雷門中のグラウンドには、昨日までの沈鬱な空気など微塵も感じさせない、凄まじい熱気が渦巻いていた。

 

「うおおおおっ!!」

 

 地響きのような声と共に、天城先輩の巨体が揺れた。

 その力強いチャージに、軽快なドリブルで攻め上がっていた狩屋が、ボールを奪われる。

 

「うわあぁっ!?」

 

 芝生に転がった狩屋が目を丸くする。ボールはしっかりと、天城先輩の足元に収まっていた。

 

「天城先輩! 凄い!」

 

「ああ。いつもの……いや、いつも以上のキレだ!」

 

 車田先輩や信助たちが歓声を上げる。昨日、鬼道監督から帰宅を命じられ、肩を落として去っていった姿はもうどこにもない。そこには、迷いを断ち切った「雷門の壁」が立っていた。

 俺は、少し離れたところで嬉しそうにその光景を見守っている影山に目を向けた。昨日の今日で、ここまで急激に立ち直るのは不自然だ。影山のあの「何かを知っている」ような顔……練習の合間に、影山に近づいて小声で尋ねた。

 

「なあ影山。天城先輩のあれ……何かあったのか?」

 

 影山は一瞬驚いたように瞬きをしたが、すぐに人差し指を口に当てて、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「それはちょっと……秘密かな」

 

「秘密かよ。……まあ、いいけどな。天城先輩が戻ってきたなら、俺たちのディフェンスラインは鉄壁だ」

 

 俺が鼻を鳴らすと、影山は俺を品定めするように見つめ返した。

 

「コウくんこそ、昨日よりずっとキレが増した気がします。……何か掴んだんですか?」

 

 影山の鋭い指摘に、俺は左腕のリストバンドを無意識に撫でた。

 昨夜、河原で見たあの流星。ヒロトおじさんとリュウジおじさんに叩き込まれた特訓。

 

「……ああ。はっきりした目標ができたからな」

 

 俺の言葉に、影山は深く頷いた。

 迷いを抜けた盾。そして、闇を裂くために磨かれた矛。

 それぞれの「答え」を携え、雷門イレブンは練習を再開した。

 

 *

 

 ホーリーロード準決勝の舞台、ピンボールスタジアム。

 ネオンが派手に明滅するその場所は、サッカー場というよりは巨大なゲーム盤のようだった。

 

 整列した両チームの中央で、天城先輩と真帆路が言葉もなく、ただ激しく視線をぶつけ合わせている。沈黙の中に混ざる、火花が散るような緊張感。

 

「……行くぞ、みんな!」

 

 ピーーーッ!

 

 試合開始の笛と同時に、雷門の猛攻が始まった。神童先輩が電光石火の動きでボールを奪い、天馬へ。そこから剣城への必勝ラインが繋がろうとした、その時だ。

 

「えっ……!?」

 

 地響きと共に、天馬の目の前から巨大な「ジェットバンパー」がせり出した。天馬が放ったパスは無慈悲に跳ね返され、異常な加速を伴って天馬を直撃する。

 

「うわあぁっ!」

 

 予想外の衝撃に吹き飛ばされる天馬。ボールはそのままサイドラインを割った。幻影学園のスローインで再開されるが、神童先輩がすぐさま奪い返す。

 

「高く上げろ!」

 

 神童先輩が倉間先輩へ浮き球を送るが、ギミックを熟知している幻影学園のディフェンダーにカットされてしまう。追いすがる倉間先輩だったが、再び足元から飛び出したバンパーに激突し、無残にピッチへ転がった。

 

「させるかよ――『バーンドロウV4』」

 

 俺は一瞬の隙を突き、必殺技を発動。相手の懐から強引にボールを毟り取ると、そのままゴールへと突き進んだ。

 

 (今だ……昨夜の感覚を呼び覚ませ!)

 

 俺は右足に全ての意識を集中し、高く跳躍しようとした。だが、踏み込みのタイミングがズレた。

 

「……くっ、『流星ブレード』!!」

 

 無理やり放った未完成の閃光。威力は半減し、弾道も本来の鋭さを欠いていた。それでもゴールを襲うには十分な威力だったが、ゴールの目前で地面から巨大な「フリッパー」がせり上がる。

 

「なっ……!?」

 

 俺のシュートは弾き返され、そのまま相手チームのカウンターへと繋がってしまった。ボールは、幻影学園の絶対的エース、真帆路の元へ。

 立ちはだかる天城先輩を、真帆路が冷たく見下ろす。激しい競り合い。テクニックでは真帆路に分があったが、過去の因縁ゆえか、その刹那、真帆路に一瞬の「隙」が生まれる。

 

「隙ありっ!」

 

 死角から滑り込んだのは狩屋だった。鋭いスライディングがボールを完璧に捉え、真帆路から主導権を奪い去る。

 度ボールを取り返したものの、幻影学園の猛攻は止まらなかった。彼らはこの「ピンボールスタジアム」そのものを自分たちの手足のように操っている。

 ピッチ上に埋め込まれた「加速体」の上をボールが通過するたび、パスの速度は異常なまでに跳ね上がった。

 

「速すぎる……! どこに飛んでくるか予測できない!」

 

 そんな中、至近距離から放たれた強烈なシュートを、三国先輩が決死のダイブで抑え込む。

 だが、安堵の時間は一瞬だった。

 その後も、雷門は文字通り「翻弄」されていた。せり出すバンパーによってパスコースを限定され、追い込んだと思った瞬間には加速パネルで逃げられる。まるで迷路の中に閉じ込められたネズミのような気分だ。

 

「……どんなディフェンスも俺の必殺シュートは止められない!」

 

 再びボールは、真帆路の元へ。

 真帆路は不気味なオーラを纏い、天城先輩の正面でシュートの体勢に入った。

 

「喰らえ。……『マボロシショット』!!」

 

 放たれたシュートは、凄まじい音を立ててゴールへ突き進む。その射線上には、覚悟を決めた天城先輩が立ちはだかっていた。

 

「行かせないド! 『ビバ!万里の長城』!!」

 

 天城先輩の背後に巨大な石壁が出現し、スタジアムにそびえ立つ。

 だが、次の瞬間――俺たちは自分の目を疑った。

 

「なっ……!?」

 

 真帆路のシュートは、衝突の衝撃音さえ立てず、霧のようにその巨大な壁を「透過」したのだ。

 

「そんな……壁をすり抜けた!?」

 

 動揺が走る中、ボールはそのままゴールマウスへ。待ち構えていた三国先輩が必殺技を繰り出す。

 

「『無頼ハンド』!!」

 

 しかし、非情な現実は続く。

 三国先輩の放ったオーラの手さえも、ボールは物質としての実体を持たないかのようにすり抜け、静かに、そして鋭くゴールネットに突き刺さった。

 

 ピーーーッ

 

 幻影学園、先制。

 スタジアムに静寂が訪れ、直後に地響きのような大歓声が沸き起こる。

 

 *

 

 前半戦、残り時間はあとわずか。

 依然として幻影学園のギミック攻撃は続くが、雷門イレブンもただ翻弄されているだけではなかった。

 

「……そこだッ!」

 

 神童先輩が、バンパーの跳ね返り軌道を完全に読み切り、空中でボールをカット。ギミックのセンサーに反応させない極短のパスワークで敵陣を切り裂いていく。前を塞ぐディフェンダーも、天馬の『そよかぜステップV4』が鮮やかに吹き飛ばした。

 

「倉間先輩!!」

 

 天馬からのパスを受けた倉間先輩が、迷わず右足を振り抜く。

 

「『サイドワインダー』!!」

 

 蛇のようにうねる弾道がゴールを襲うが――

 

「『かげつかみ』!!」

 

 相手が出した影の手によりシュートは阻まれ、惜しくも同点弾とはならなかった。しかし、この反撃が雷門の士気を一気に引き上げた。

 その直後の守備、特に天城先輩の気迫は凄まじかった。

 

「抜かせないド!!」

 

 泥臭く、しかし必死に食らいつく天城先輩の姿に、真帆路の表情にわずかな焦燥が混じる。天城先輩がパスミスをしても、「次は必ず繋げるド!」と前向きに叫ぶその声が、真帆路の心を揺さぶっていた。

 

「何なんだお前は……!」

 

 天城先輩のことばかりに意識を削られた真帆路は、味方からの決定的なパスを見落とすという、彼らしくないミスを犯してしまう。

 だが、それでも直ぐに建て直す。

 混戦の中から再び真帆路がボールを奪い返し、ゴール前で天城先輩と対峙する。

 

「……無駄だと言っている。俺のシュートを止めることは、誰にも不可能だ!」

 

「サッカーに『不可能』なんて言葉はないド!!」

 

 放たれる二度目の『マボロシショット』。

 天城先輩は再び『ビバ!万里の長城』を展開する。咆哮と共にそびえ立つ石壁。だが、ボールは、やはり何事もなかったかのようにその壁を透過した。

 

「……はああっ!!」

 

 三国先輩も、もはや技ではなく素手で食らいつく。しかし、ボールは非情にもその指先をすり抜け、静かにゴールネットを揺らした。

 

 ピーーーッ、ピーーーッ!!

 

 前半終了。スコアは0-2。

 雷門は、文字通り「手も足も出ない」まま、二点のリードを許してベンチへと引き上げていった。

 

 *

 

 ハーフタイムのベンチ。荒い息をつきながら、狩屋が忌々しそうにフィールドを睨みつけた。

 

「チッ……あんなデタラメなギミック、やってらんないね」

 

「全くだ。突破しようにも、足元からバンパーだのフリッパーだの……狙い通りにボールを運ぶことさえままならねぇ」

 

 俺も同意するが、打開策は見つからない。昨夜の特訓の成果を出そうにも、地上戦ではこのスタジアムそのものが敵だ。

 

「……そんなに地上の仕掛けが鬱陶しいなら、無視すればいいじゃない」

 

 不意に、後ろで控えていた紫が冷淡な声で言った。

 

「無視? 無理だろ、そんなん。真帆路の『マボロシショット』みたいに、ボールを透過させろってのか?」

 

「そこまで高度な技術はあなたには求めていないわ。もっと物理的な話よ。……このスタジアムのギミックはすべて『地面』にある。なら、かなりの高さからゴールを直接狙ってシュートすれば、ギミックを完全に無視して入るはずよ」

 

「……空中か!」

 

 俺はハッとした。確かに、上空にバンパーはない。一気に空からボールを叩き込めばいいんだ。

 

「それなら、『メテオドロップ』で行ける……!」

 

 脳裏に、かつて信助のジャンプ力を利用して放った連携技が浮かぶ。だが、すぐ横から狩屋に冷静なツッコミを入れられた。

 

「いや、無理でしょ。信助くん、今はスタメンじゃないし。誰が俺たちを飛ばすんだよ」

 

 信助は遠くから「ごめん……」と申し訳なさそうにしている。

 

「うっ……まあそれは俺がやる。俺の代わりはーー」

 

 俺は少し考え、ベンチの端を見た。

 

「あいつに任せるか」

 

 *

 

 運命の後半戦、キックオフの笛がピンボールスタジアムに鳴り響く。

 二点のビハインド。絶望的な状況に見えるが、俺たちの目には迷いはなかった。

 

「行くぞ、天馬!」

 

 神童先輩からのパスを受けた天馬が、地上のバンパーを華麗なステップで回避し、前線の剣城へとボールを繋ぐ。作戦通り、俺と狩屋は全速力でその両サイドを駆け上がった。

 

「剣城やるぞ! 作戦通りだ!」

 

「……今回だけだからな」

 

 剣城はぶっきらぼうに答えたが、その瞳には俺たちへの信頼が宿っていた。

 本来、信助の超人的なジャンプ力が必要な『メテオドロップ』。それをこの即席の三人陣容で再現する――地上のギミックをすべて無効化する「空からの強襲」だ。

 

「狩屋、来いッ!!」

 

 俺は走りながら剣城を肩に乗せた狩屋の足元へ滑り込むように入り込み、渾身の力で狩屋を上空へと蹴り上げた。

 俺の脚力、そして狩屋自身の跳躍が重なり、狩屋の体はギミックの届かない高空へと舞い上がる。

 剣城は空中にある狩屋の背中を「踏み台」として力強く蹴り、天高くまで到達する。

 

「なっ……あんな高さまで!?」

 

 真帆路が驚愕して空を仰ぐ。

 最高到達点。剣城の体が鮮やかに反転し、オーバーヘッドシュートが放たれた。

 

 「『メテオドロップ』!!」

 

 空中で加速したボールは、地上のバンパーもフリッパーも、加速パネルさえも一切介在させない「直線」を描き、幻影学園のゴールへ突き刺さる。

 

「……やった! 決まったぞ!!」

 

 着地した狩屋が天馬と手を取り合って喜び、俺も剣城と視線を交わしてハイタッチをする。

 

 *

 

 一点差。追い上げられた幻影学園は、余裕をかなぐり捨てた。安全圏となる三点目を奪うべく、彼らのプレーは更に激しくなる。

 しかし、神童キャプテンの読みは冴え渡っていた。

 

「反撃の手を止めるな! ここが正念場だ!」

 

 地上のバンパーをあえて踏んで加速し、相手のパスコースを強引に遮断。こぼれ球を拾った浜野先輩へと素早く繋ぐ。

 

「おっけー、このまま前線に――っ!?」

 

 直後、激しい音がスタジアムに響いた。

 幻影の選手による、反則ギリギリの殺人的なスライディング。ボールではなく浜野先輩の足を刈り取るようなその一撃に、浜野先輩は空中でバランスを崩し、硬いピッチに激しく叩きつけられた。

 

「浜野先輩!!」

 

「あだだっ……」

 

 ボールは大きくクリアされたが、浜野先輩は顔を歪めて足を抑え、立ち上がることができない。

 どよめくスタジアムの中、真帆路は倒れ込む浜野先輩に一瞥もくれず、ただ一人、天城先輩の前に歩み寄った。

 

「……見たか、天城。これが現実だ」

 

 その瞳には、かつての友に対する慈しみなど微塵もない。凍りついたような冷徹な意志だけが宿っていた。

 

「次は、お前のその想いごと消し去ってやる。覚悟しろ」

 

 それは、決別を超えた明確な「宣戦布告」だった。

 

「……真帆路」

 

 天城先輩は、痛みに耐える浜野先輩を介抱しながら、真帆路の背中を睨みつけた。

 試合は雷門のスローインで再開。天馬が神童先輩へボールを投じるが、幻影学園のプレスは前半以上に鋭く、神童先輩がトラップした瞬間に二人がかりでボールを強奪されてしまう。

 ギミックを利用した高速パス回し。ボールは瞬く間に前線へ運ばれ、真帆路の元へ。

 

「来い……『幻影のダラマンガラス』!!」

 

 現れたのは妖艶なる魔女のような化身が顕現する。

 

 錦先輩が叫ぶ。

 

「黙って見てるわけにはいかんぜよ! 『戦国武神ムサシ』!!」

 

 二本の刀を構えた武者の化身が現れ、ダラマンガラスの前に立ちはだかる。化身同士の激突。だが、ダラマンガラスは冷ややかに杖を振るった。

 

「『ダンシングゴースト』!!」

 

 ダラマンガラスが杖から霊力を放出しムサシは霊力により縛り上げられ霧散する。

 

「化身が……!?」

 

 錦先輩が膝をつく。突破した真帆路は、そのままゴール前へ。

 

「邪魔だ、天城!」

 

「させないド!! 『ビバ!万里の長城』!!」

 

 天城先輩が咆哮と共に巨大な壁を展開する。だが、ダラマンガラスの力を纏った真帆路のシュートは、万里の長城さえも粉砕した。

 

「うわあぁぁッ!!」

 

 砕け散る壁。弾き飛ばされる天城先輩。ボールはゴールへと迫る。

 

「――やらせねぇよ、来いっ!『聖焔のフェニックス』!!」

 

 背後に、炎を纏った巨大な不死鳥が顕現する。

 

「おおぉぉぉッ!!」

 

 迫り来る真帆路のシュートに対し、炎を纏った右足を振り抜いた。

 真帆路のシュートは俺の脚によって弾かれ、大きくクリアされた。

 そして、試合は一時中断され負傷した浜野先輩が水鳥先輩と倉間先輩によって運ばれていく。どうやら立つことすらままならないようだ。

 浜野先輩と倉間先輩に変わり青山先輩と影山がピッチに立つ。その瞳には、ベンチで静かに闘志を燃やしていた者特有の、鋭く澄んだ光が宿っていた。

 

 ピーッ!

 

 試合再開。即座に真帆路がボールをキープし、再び攻め上がってくる。だが、神童キャプテンがその進路を塞ぐ。

 真帆路は神童先輩を警戒し、自ら突破するのではなく、スタジアムのギミックを介したパスを選択した。バンパーに当てて軌道を変え、死角から味方に繋ごうとする。

 だが、そこに割って入ったのは、投入されたばかりの青山先輩だった。

 

「――もらった!」

 

 青山先輩はバンパーの跳ね返り地点に完璧なタイミングで走り込み、ボールをインターセプト。しかし前方には幻影の選手が立ち塞がる。

 

「『プレストターン』!!」

 

 青山先輩は幻影の選手を「プレストターン」で鮮やかに抜き去ると、再び神童先輩へ。そこから右サイドを全速力で駆け上がっていた影山へ、一筋の光のようなパスが通った。

 

「影山、行けッ!!」

 

 ゴール前、影山がボールを呼び込む。

 幻影のキーパーは、シュートコース上のフリッパーを見て、余裕の嘲笑を浮かべていた。

 

「『エクステンドゾーン』!!」

 

 影山が右足を振り抜く。

 それは、地を這うような加速から一転、空間をねじ曲げるような紫の衝撃波へと変わった。

 放たれたシュートは、センサーがバンパーを作動させるよりも速く、コンマ数秒の隙間を光速で突き抜けた。キーパーが反応する間もなく、ボールはネットに突き刺さる。

 

 ピーーーッ!!

 

 スタジアムが歓声に包まれる。2点差をひっくり返し、ついに雷門が追いついた。

 

 *

 

 同点に追いつかれた幻影学園は、たまらずゴールキーパーを交代させた。新しくゴール前に立った箱野は、不敵な笑みを浮かべて雷門を睨みつける。

 試合再開。

 勝ち越しを狙う幻影学園に対し、天馬はフィールドを駆けながら、足元のバンパーの噴出口をじっと見つめた。

 天馬は敵選手を追い抜く瞬間、あえてせり出したばかりのバンパー目掛けて体を投げ出した。その強烈なバネ仕掛けの反動を全身で受け止め、弾丸のような加速で敵の懐に飛び込む。

 

「……取ったぁ!!」

 

 ギミックを「障害」ではなく「ブースト」に変えた天馬の執念。奪い取ったボールは、ゴール正面の絶好の位置にいた神童先輩へと託された。

 

「『奏者マエストロ』!!」

 

 神童先輩が化身を顕現させると、相手キーパーの箱野も即座に反応した。

 

「出ろ、『勝負士ダイスマン』!!」

 

 顕現したのは巨大なサイコロを操るギャンブラーの化身。

 

「『ハーモニクス』!!」

 

 放たれる神童先輩の化身必殺技に対しダイスマンは不敵にサイコロを振った。

 

「『ラッキーダイス』!!」

 

 放たれた六つのサイコロがピッチを転がり、止まった目はすべて――「6」。

 まばゆい閃光がスタジアムを包んだかと思うと、必勝と思われた神童先輩のシュートは、吸い込まれるように箱野の手の中に収まっていた。

 箱野は休む間もなく前線へ豪快なパントキックを放つ。落下地点にいた天馬がトラップしようとするが、巧妙なバックスピンがかかったボールは天馬の頭上を越え、後方にいた真帆路の足元へとピタリと吸い付いた。

 

「天城。お前の『不可能はない』という言葉、ここで完全に葬ってやる」

 

 真帆路が三度目の必殺シュートを見せる。

 

「『マボロシショット』!!」

 

「止めるド! 今度こそ……! 『ビバ!万里の長城』!!」

 

 天城先輩が魂を込めて壁を築く。しかし、ボールは無情にも石壁をすり抜け、続く三国先輩の『無頼ハンド』さえも透過して、ネットを揺らした。

 

 ピーーーッ!!

 

 2対3。

 再び突き放される雷門。天城先輩はその場に膝をつき、激しく肩を落とした。

 

「……見たか。何度やっても同じだ。お前に俺のシュートは止められない」

 

 勝ち誇る真帆路の言葉が、天城先輩の心を深く抉る。自信が、希望が、砂のように指の間からこぼれ落ちていく。

 だが、その背中に明るい声が飛んだ。

 

「天城先輩! 勝ちましょう、この試合!」

 

 駆け寄ったのは影山だった。彼は真っ直ぐに天城先輩の目を見つめ、一点の曇りもない笑顔で力強く励ます。

 

「……影山」

 

 その言葉に、天城先輩の胸の奥で消えかかっていた火が、再び猛烈に燃え上がった。

 

「……そうだド。ここで諦めるわけにはいかないんだド!!」

 

 気力を振り絞り、天城先輩は影山に向かって力強く頷いた。その瞳に宿る光は、先ほどよりも鋭く、そして熱く輝きを取り戻していた。

 

 *

 

 一点を追う苦しい展開。だが、影山に鼓舞された天城先輩の気迫が、チーム全体に火をつけていた。

 天馬がギミックの隙間を縫うような超絶ドリブルで真帆路を抜き去り、前線の神童先輩へ。そこから素早く右サイドの影山へとボールが渡る。

 

「また来るぞ、囲めッ!!」

 

 先ほどの一撃を警戒した幻影学園のディフェンス陣が、三人がかりで影山に殺到する。シュートを打たせまいとする敵。焦ったかのように見えた影山だったが、その瞳は冷徹なまでに冷静だった。

 

「……計算通りです!」

 

 影山が放ったのはシュートではない。あえてゴール前のフリッパー目がけて蹴り込んだ、鋭いパス。

 跳ね返ったボールは、影山に引き付けられてがら空きになった中央へ。そこに走り込んでいたのは、錦先輩だった。

 

「いただくぜよ!!」

 

 キーパーの箱野が化身を出そうと構えるより速く、錦先輩の足元で鋭い閃光が走る。

 

「『伝来宝刀』!!」

 

 居合抜きのような一閃。無防備なゴールマウスに突き刺さった打球は、箱野の手が届く前にネットを激しく揺らした。

 

 ピーーーッ!!

 

 3-3!

 ついに、三度目の同点。スタジアムのボルテージは最高潮に達する。

 歓喜に沸く雷門ベンチ。その喧騒の中、三国先輩が意を決した表情で鬼道監督の元へ歩み寄り話しかけた。

 鬼道監督はゴーグルの奥の鋭い瞳で三国を見つめ、短く、だが力強く頷いた。

 

「わかった。……西園信助!」

 

 呼ばれた信助が驚いて飛び上がる。

 

「は、はいっ!」

 

「キーパーとしてピッチに入れ。三国に代わって、ゴールを守れ」

 

 その言葉は、雷門の空気を凍りつかせた。

 

「ええっ!? 信助が、キーパー!?」

 

 天馬が叫び、ピッチ上のイレブンも絶句する。ゴールマウスに立ったことは一度もないのだ。

 

「これはこの試合に必ず勝つ為、そして未来に繋げるための交代だ」

 

 鬼道監督の言葉を聞いた俺と天馬は顔を見合わせ、直後に満面の笑みを浮かべた。

 

「信助、お前のジャンプ力なら、どんな高いシュートだって届くぞ!」

 

「うん! 信助なら絶対に守れるよ!」

 

 しかし2人とは反対に信助はまだ、自分が置かれた状況を理解できずに呆然と立ち尽くしていた。

 

「信助!お前ならできる!」

 

 ピッチを去る三国先輩が、信助の肩を力強く叩いた。その目は、自分の後継者として信助を完全に信頼している、先輩の目だった。

 天馬に背中を押され、信助はようやく駆け出した。着慣れないゴールキーパーのユニフォーム。グローブの感触。ゴールラインの前に立ったとき、急にその場所が広大な荒野のように感じられたに違いない。

 

「それにしてもさ、監督も思い切ったことするよな」

 

 狩屋の口から漏れたその言葉は、誰もが心の中に抱き、けれど信助を傷つけまいと飲み込んでいた「本音」だった。一瞬、周囲の空気が凍りつく。信助の肩が、びくっと震えた。

 

「……やっぱりそうだよね」

 

 みるみるうちに弱気になる信助。そんな親友の前に、俺は真っ先に立ちふさがった。

 

「何言ってんだよ、信助!お前のあのジャンプ力、このスタジアムの誰よりも『高い』んだぞ!」

 

「そうだ信助。お前の跳躍力はディフェンス陣にとっても大きな武器になる。自信を持て」

 

 霧野先輩が優しく、けれど凛とした声で後に続く。

 

「心配いらないド!信助!一緒に幻影学園を止めるド!!」

 

 天城先輩がその大きな手で信助の頭をわしわしと撫でた。

 俺たちディフェンス陣に囲まれ、温かい言葉を浴びせられた信助は、何度も瞬きを繰り返したあと、意を決してゴール前で構えた。

 試合は幻影学園のキックオフで再開された。同点に追いつかれた焦りからか、彼らはギミックを介さず最短距離でシュートを叩き込みに来る。信助にとって、真の正念場が訪れた。

 

「来たっ!」

 

 正面から放たれた鋭い弾道。信助は反射的に飛び出し、手ではなく「頭」でボールを枠外へ弾き出した。

 

「やった! 止めたよ!」

 

 喜ぶ信助だったが、キャッチしていないためプレーは途切れない。こぼれ球を拾った札野が即座に追い打ちのシュートを放つ。信助はまたも横っ飛びし、必死のヘディングでこれを防ぐ。

 だが、幻影の猛攻は止まらない。三度目のこぼれ球を拾った敵選手が、加速体パネルを利用して高速のシュートを放つ。カバーに入った俺の足元でバンパーに邪魔され届かない!

 

「しまっ……!」

 

「ボクが止めるんだぁぁッ!!」

 

 信助は吹っ切れたように地を蹴った。『ぶっとびジャンプ』の要領で跳ね上がると、空中で放った強烈なキックが、ゴールライン寸前でボールを叩き落とした。

 だが、着地の衝撃で倒れ込む信助。そこへ小鳩が容赦なく走り込む。絶体絶命のピンチ――それを救ったのは、意外な男だった。

 死角から飛び出した狩屋が、間一髪でボールを大きくクリアした。信助に皮肉をぶつけていたはずの彼が、誰よりも早くカバーに入っていたのだ。

 

「……あ、ありがとう」

 

「それより信助くん。……一応言っておくけど、キーパーって『手』を使っていいよ?」

 

「えっ……あ! そ、そうだったぁぁ!」

 

 ディフェンダー時代の癖で、無意識に足と頭だけで処理していた信助は、顔を真っ赤にして慌てふためいた。その様子に狩屋は呆れたように肩をすくめたが、口角を少しだけ上げた。

 

「ま、今のセーブ自体はナイスでしたけどね」

 

「信助、いけるよ! 君なら雷門のゴールを守れる!」

 

 天馬の声に背中を押され、信助は力強く立ち上がった。

 

「うん……ボクが、雷門のゴールを絶対に守ってみせる!」

 

 信助の覚悟が、ついに完成した。今度は、雷門が牙を剥く番だ。

 ボールを受けた神童先輩の指先が、指揮者のように空を舞う。

 

「『神のタクト』!!」

 

 タクトの導きに従い、青山先輩が疾風のごとく敵陣を裂く。その流れは天馬を呼び込み、最短ルートで剣城へと託された。

 

「『剣聖ランスロット』!!」

 

 剣城の背後に、重装甲の騎士が顕現する。対するキーパー箱野も、今度は遅れまいと化身を呼び出した。

 

「『勝負士ダイスマン』!!」

 

 今日二度目の、化身同士の正面衝突。ランスロットは剣を高く掲げ、ボールに向かって一気に突き出した。

 

「『ロストエンジェル』!!」

 

「『ラッキーダイス』!!」

 

 箱野が祈るようにダイスを振る。だが、ピッチを転がったサイコロの目はバラバラだった。奇跡は二度続かない。それが勝負の鉄則だ。

 ランスロットの放った剣閃は、ダイスマンを一刀両断に切り裂いた。

 

 ピーーーッ!!

 

 4-3!

 ついに、ついに雷門が逆転。スタジアムが、雷門イレブンの執念に震えた。

 

 *

 

 試合終了のホイッスルが目前に迫る中、スタジアムの熱気は飽和状態に達していた。一点を追う幻影学園は、すべての望みを託すように真帆路にパスを集める。

 天馬の必死のディフェンスを強引に振り切り、真帆路が突き進む。その行く手を阻むのは、やはり雷門の壁・天城先輩だった。二人はボールを挟み、ミシミシと音が鳴るほどの激しい力比べを展開する。

 

「何故、フィフスセクターに刃向かう!逆らえばサッカーができなくなるんだぞ!」

 

「フィフスセクターに逆らわなくてもサッカーはできるド!昔のお前はそんなヤツじゃなかった!俺の為に刃向かってくれたド!……そのおかげで今の俺がいるんだド!!」

 

その言葉に、真帆路の動きが止まった。

 

「……聞いたのか?」

 

 驚愕に揺れる真帆路の隙を逃さず、天城先輩の執念が勝った。弾き飛ばされる真帆路。だが、彼はすぐさま立ち上がり、鬼気迫る形相で再びボールを奪い返した。

 

「止めてみろ!! 『マボロシショット』!!」

 

 放たれた最後の一撃。だが、今の天城先輩は、仲間を信じ、自分を信じる勇気を得た「雷門のディフェンダー」だ。

 

「うぉぉぉッ!!」

 

 天城先輩の咆哮と共に、ピッチから伝説の大陸を彷彿とさせる巨大な城壁がせり上がった。

 

「『アトランティスウォール』!!」

 

 これまであらゆる壁をすり抜けてきた「マボロシ」が、その圧倒的な質量を持つ城壁に正面から激突する。実体を晒したボールは、巨大な壁にねじ伏せられるようにその場に転がった。

 

「なっ……止められた……だと……?」

 

 不敗のシュートを破られ、呆然と立ち尽くす真帆路。

 そこで、天城先輩が子供のような笑顔を見せた。

 

「止めたド……止めたド、真帆路!!」

 

 純粋に、ただ無邪気に喜ぶかつての親友の姿。それを見た瞬間、鉄の仮面のような無表情が、ゆっくりと崩れていく。

 笑わなかったストライカーが、ついに心の底から笑った。

 その瞬間、スタジアムに試合終了を告げる長い笛の音が響き渡った。

 

 ピーーーッ、ピーーーッ、ピーーーッ!!

 

 4-3。

 激闘の果て、試合を制したのは雷門だった。

ホーリーロード編までの設定集とか欲しいですか?

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