イナズマイレブンGO 紅蓮の翼   作:シキDX

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第三十四話 VSドラゴンリンク

 消えた黒裂たちの安否を案じ、問いかける天馬。だが、キャプテンマークを巻いた男——千宮路大和は、その問いを冷笑で切り捨てた。

 

「敗者に用はない。僕たちのチーム名は『ドラゴンリンク』。フィフスセクターが到達した、管理サッカーの最終解答だ」

 

「……そんな。全力で戦うって……!」

 

 戸惑い、視線を彷徨わせる天馬。その肩を錦先輩が強く掴んだ。

 

「天馬!今は目の前の敵を倒すことだけを考えるぜよ!」

 

 錦先輩の叱咤にハッとする天馬。そうだ、相手はあの強豪・聖堂山をハーフタイムで力ずくで引きずり下ろし、この土壇場で投入された「最強」の刺客。無理の通らない強権を発動してまで雷門にぶつけてきた、不気味なほどの自信に満ちた集団なのだ。

 その時だった。スタジアムの貴賓席から、一人の男がゆっくりと姿を現した。

 白のスーツに身を包んだ、威厳に満ちた紳士。その顔を見た瞬間、俺と天馬の脳裏に、あの日の記憶が鮮烈に蘇った。

 

「……あの時の、白いおっさん……!?」

 

 かつて俺たちが河川敷でサッカーに興じていた時、共にボールを蹴った紳士。彼こそがフィフスセクターの頂点、千宮路大吾だった。

 彼は静かに、自らの過去を語り始めた。

 

「私はかつて、たった一つのサッカーボールを盗んだ罪で、サッカーをする未来を永遠に閉ざされた。……持てる者だけが享受し、持たざる者が切り捨てられる。そんな不平等な世界を、私は許さない」

 

 彼の言葉には、憎しみを超えた執念が宿っていた。

 

「だからこそ、私はフィフスセクターを作った。勝敗も、得点も、全てを管理することで、誰もが平等にサッカーに関われる世界を作るために。それが私の正義だ」

 

「……そんなの、本当のサッカーじゃない!」

 

 天馬が叫ぶ。管理され、あらかじめ決められた筋書きの上で踊らされるスポーツに、何の価値があるというのか。

だが、千宮路大吾は揺るがない。

 

「自由という名の混乱が、どれほど多くの弱者を傷つけてきたか……。お前たち雷門に、その責任が取れるのか?」

 

 突きつけられたのは、聖帝イシドシュウジとはまた違う、重く歪んだ「理想」の重圧。

 空高くそびえるスタジアムで、俺たちの「自由」と、彼らの「管理」が、ついに真っ向から衝突しようとしていた。

 

 *

 

 後半戦開始の笛が鳴り響く。だが、ドラゴンリンクのキックオフは異様なものだった。

 フォワードの選手は攻め上がるどころか、誰もいない地点へと無造作にボールを蹴り出したのだ。

 

「……ミスキック? いや、違うな」

 

 ボールを回収した霧野先輩が眉をひそめる。ドラゴンリンクの奴らは、攻撃の権利を自ら放棄し、不気味なほど静かに自陣を固め始めた。罠の匂いがプンプンするが、攻めないわけにはいかない。

 

「行くぞ! 浜野、錦!」

 

 霧野先輩からのパスを受けた浜野先輩がサイドを駆け上がり、センターの錦先輩へ繋ぐ。錦先輩が縦に鋭く切れ込んだ、その瞬間だった。

 ドラゴンリンクのFW四人が一斉に背中から禍々しいオーラを噴出させた。

 

「なっ……何じゃありゃあ!?」

 

 錦先輩が絶句する。現れたのは、四体の同一の化身――『精鋭兵ポーン』。

 一人でも脅威となる化身が、同時に四体。それが連携して襲いかかってきたのだ。

 一瞬でボールを奪われ、怒涛の化身シュートが雷門ゴールを強襲する。

 

「なめるなッ! 『無頼ハンド』!!」

 

 三国先輩が渾身の力で一体目のシュートを叩き落とす。だが、ドラゴンリンクの攻撃は止まらない。こぼれ球を拾った二体目が間髪入れずに二弾目を放つ。

 再び必殺技で応戦する三国先輩だったが、ついに巨大な魔手が砕け散った。

 

「ぐわぁぁッ!」

 

 それでも三国先輩は諦めない。技が破られても、泥臭く素手でボールを押し返す。バランスを崩しながらも三弾目を防ごうとするその窮地、狩屋が飛び込んだ。

 

「『ハンターズネット』!!」

 

 クモの巣状の糸がシュートを減速させる。そのわずかな時間が、三国先輩を再び立ち上がらせた。執念のパンチングでなんとかゴールを死守する。

だが、地獄は終わっていなかった。四体目の化身使いが、浮いたボールを容赦なく叩きつける。

 

「……まだだ……まだ終わらせないッ!!」

 

 もはや必殺技を出す精神力も、踏ん張る体力も残っていない。三国先輩はただ「ゴールを割らせない」というその一念だけで、自らの肉体を弾丸のようなシュートの軌道へと投げ出した。

 鈍い衝撃音と共に、三国先輩の身体がゴールポストへ激しく叩きつけられる。

 四連続の化身シュート。それを全てその身で受け止めた三国先輩の手には、しっかりとボールが握られていた。……だが、その代償はあまりに大きかった。

 

「三国先輩!!」

 

 駆け寄る俺たちの声に、先輩は応えない。頭を強く打ち付けた衝撃で、意識を失っていた。

 

「……よく守った。あとは任せろ、三国」

 

 円堂監督が静かに、だが熱い怒りを瞳に宿して担架を見送る。

 

「信助、行けるか」

 

「……はい! 先輩の守ったゴール、僕が絶対に守り抜きます!」

 

 控えのGK・信助が、震える拳を握りしめてピッチへと向かう。

 だが、ドラゴンリンクの圧倒的な物量を前に、雷門イレブンには隠しきれない動揺が広がっていた。この嫌な空気を切り裂いたのは、新キャプテンの叫びだった。

 

「みんな、聞いてくれ! 相手のFWに化身を出させる隙を与えないために、全員でラインを押し上げて戦おう。敵陣に深く切り込んで、向こうの土俵で勝負するんだ!」

 

 天馬の提案は、文字通りの「背水の陣」だった。

 

「……無茶だ、天馬。ラインを上げれば、一度抜かれただけでゴール前はガラ空きになるぞ」

 

 剣城が鋭く指摘し、霧野先輩や狩屋もリスクの大きさに眉をひそめる。言葉に詰まる天馬。だが、その背中を俺が強く叩いた。

 

「いいじゃねーか。守ってやられるのを待つより、雷門らしく攻めようぜ! 抜かれたら、俺たちDF陣が死ぬ気で戻ってカバーしてやる!」

 

「そうだド。後ろのことは俺たちに任せて、天馬は前だけ見て走ればいいんだド!」

 

 俺と天城先輩の言葉に、錦先輩も「暴れてやるぜよ!」と拳を突き出す。不安は消えない。けれど、天馬の無謀なまでの前向きさが、確実にチームの心に火を灯していった。

 

 試合再開。ドラゴンリンクのパスワークを、霧野先輩が捨て身のディフェンスで阻止しにかかる。だが、敵MFの後藤は化身を使わずとも、驚異的な身体能力で霧野先輩を抜き去った。

 

 俺は抜かれた後のわずかな隙を見逃さず、回り込んでボールをクリアする。こぼれ球を速水先輩が拾い、一転して雷門の反撃が始まった。浜野先輩、剣城と繋ぎ、ボールは再び天馬へ。

 

「行ける……!『そよかぜステップV4』!!」

 

 天馬が敵DFを鮮やかに吹き飛ばし、敵陣深くへ侵入する。

 

「現れろ! 『魔神ペガサスアーク』!!」

 

 天馬の化身が吠え、必殺の『ジャスティスウィング』が放たれた。同点弾になる――誰もがそう確信した瞬間だった。

 ドラゴンリンクの守護神、千宮路大和が不敵に口角を上げた。

 

「……現れろ、『賢王キングバーン』!!」

 

 巨大な玉座に座した王の化身が降臨する。

 

「『キングファイア』!!」

 

 キングバーンによって放たれた劫火は、天馬のシュートを文字通り消し炭にしてしまった。

 

「キーパーまで化身使いなのか……!?」

 

 絶望する天馬に、千宮路大和は冷酷な真実を突きつける。

 

「驚くのはまだ早い。……ドラゴンリンクに『例外』は存在しない。イレブン全員が、化身使いだ」

 

 その言葉と共に、フィールド上に次々と禍々しいオーラが噴き上がった。

 

『番人の塔ルーク』

 

『魔女クイーンレディア』

 

『魔宰相ビショップ』

 

『鉄騎兵ナイト』

 

 ピッチを埋め尽くす十一体の化身。チェスの駒を模したその軍団は、まさに雷門を殲滅するためだけに作られた、完成された盤面だった。

 

「……っ!」

 

 あまりの光景に足がすくむ天馬。千宮路大和はその隙を見逃さず、天馬の顔面目がけて剛球を蹴り込んだ。

 

「天馬、危ねぇ!!」

 

 俺の叫びも間に合わない。至近距離からの強襲。だが、天馬の盾となったのは、意外な人物だった。

 

「……ぐああぁッ!!」

 

 身を挺してボールを跳ね返したのは、倉間先輩だった。かつて天馬と激しく衝突していたあの先輩が、後輩を守るためにボロボロになって倒れ込む。

 

「……先輩! どうして……!」

 

「……喋んな……。キャプテン……だろ……前を、見ろ……ッ」

 

 卑劣にも、ドラゴンリンクは倒れた倉間先輩を無視して攻撃を続行した。化身の力を乗せたシュートを、パス代わりに雷門の選手たちへ叩きつける。これはサッカーじゃない。ただの暴力だ。

 流れ弾のような強烈なシュートが次々と味方を襲う。そして、最後の一撃がFWの聖城から放たれた。

 

「……信助!!」

 

「守ってみせる……! 『護星神タイタニアス』!!」

 

 信助が必死の覚悟で化身を出す。

 

「『マジン・ザ・ハンド』!!」

 

 だが、何人ものシュートを繋ぎ、破壊力を増幅させてきたドラゴンリンクの猛攻は、小さな守護神の壁をも容易く突き破った。

 

 ピッ、ピーーッ!!

 

 2対3

 

 *

 

 負傷退場した倉間先輩に代わり、影山がピッチに走る。

 状況は最悪だ。十一人の化身使いという「盤上の要塞」を前に、一点のリードを許している。いつもは不敵な狩屋ですら、目の前の異常な光景に戦意を削られかけていた。重苦しい沈黙の中、イレブンの視線は自然と一人の男に集まる。

 

 この閉塞感を打ち破る指示を出せるのは、キャプテンである天馬しかいない。

 

「……みんな、バラバラに戦っちゃダメだ。相手が化身で来るなら、こっちも化身で対抗しよう! !」

 

 天馬が必死にひねり出した策。化身を持たない選手たちはその無謀さに息を呑んだが、天馬は化身使いである剣城、錦先輩、信助、そして俺に向かって真っ直ぐに訴えかけた。

 

「他に手はないか……分かった、乗るぜ天馬!」

 

 俺の言葉に、剣城たちも覚悟を決めて頷く。代案なき強行突破。雷門の運命を賭けた反撃が始まった。

 リスタート直後、ドラゴンリンクの伍代が化身の力で輝から強引にボールを奪う。凄まじいプレッシャー。後藤が化身を出したまま、重戦車のようなドリブルで突進してくる。

 

「今だ、剣城!」

 

 天馬の合図で、剣城が吠える。

 

「現れろ! 『剣聖ランスロット』!!」

 

 ランスロットの剣が、後藤のポーンを真っ向から粉砕した。化身対決の勝利。だが、休む暇はない。こぼれ球を拾った五味が『魔宰相ビショップ』を顕現させ、地を這うような進撃を開始する。

 

「させるかよぉッ!!」

 

 俺は化身をぶつける。俺の『聖焔のフェニックス』の闘志がビショップの進撃を力ずくで食い止めた。

 

「やった……! いける、この作戦なら戦える!」

 

 天馬の顔に喜びが走る。俺からパスを受けた剣城が、そのまま敵陣へと攻め込んだ。

 

「『ロストエンジェル』!!」

 

 闇の剣がゴールを急襲する。しかし、千宮路大和の『賢王キングバーン』は動じない。『キングファイア』の圧倒的な火力により、剣城の最高火力のシュートさえも、文字通り消し炭に変えられてしまった。

 

「フン……これでも喰らえッ!」

 

 邪悪な笑みを浮かべた千宮路が、砲弾のようなキックでボールを蹴り出す。伍代が受け、至近距離から化身シュートを放つが、今度は信助が踏みとどまった。

 

「『マジン・ザ・ハンド』!!」

 

 信助の執念がシュートを弾き飛ばす。前線に送られたボールは、合川のナイトと錦先輩のムサシによる激しい化身のぶつかり合いへと発展した。

 一進一退の攻防。だが、確実に「何か」が削られていた。

 再びドラゴンリンクの化身シュートが襲いくる。俺は化身を出したまま強引に身体を割り込ませたが、ボールを跳ね返すのが精一杯で、サイドラインを割らせるのが限界だった。

 

「……はぁ……はぁ……っ」

 

 膝に手がつく。見れば、錦先輩も剣城も、そして信助も、化身の出し過ぎで肩で息をしていた。当然、全線に顔を出している天馬もボロボロだ。

 

「……天馬。この作戦、長くは持たないぞ」

 

 剣城が苦渋に満ちた声で不安をぶつける。化身を出し続けることによる精神エネルギーの枯渇。だが、天馬は笑顔で首を振った。

 

「大丈夫だよ剣城! 疲れているのは向こうも同じはずだ。攻め続けているドラゴンリンクの方が、先に疲れが出てくるよ。……絶対に、なんとかなるさ!」

 

 どこか楽観的に感じる天馬の言葉。剣城は言い知れぬ不安を抱きながらも、キャプテンの意志を尊重し、重い足取りでポジションに戻った。

 だが、俺の右足は、不気味なほど冷え切っていくスタジアムの空気を感じ取っていた。ドラゴンリンクの奴らは、本当に「疲れて」などいるのだろうか……。

 

 *

 

天馬の「楽観」は、残酷な現実によって打ち砕かれた。

 一人、また一人と、雷門の主力たちが膝をつく。化身を出し続けた代償はあまりに大きく、剣城も錦先輩も、もはやオーラを練り直す気力すら残っていなかった。

 

「くっ……!」

 

 剣城が苦渋に満ちた表情で倒れ込む。対するドラゴンリンクは、まるで行軍を続ける機械のように、一切の疲労を見せず前進を再開した。

 御戸が放った重いシュート。天馬が必死に『魔神ペガサスアーク』で食い止めるが、そのこぼれ球は無慈悲にも合川の足元へ。

 

「『アトランティスウォール』!!」

 

 天城先輩が巨大な城壁を築くが、化身の重圧に耐えきれず粉々に砕け散る。

 

「……させねぇってんだよッ!」

 

 俺は最後の力を振り絞り、消えかかった聖焔のフェニックスの炎を纏ってボールに飛び込んだ。だが、極限まで疲弊した足は思うように動かず、まともに芯を捉えられない。蹴り出したボールは虚しくゴールポストを叩き、跳ね返った。

 

「終わりだ、雷門」

 

 五味が追い打ちのシュートを放つ。そこへ、霧野先輩が文字通り肉体一つで割り込んだ。

 

「ぐ……うおぉぉぉッ!!」

 

 化身シュートの衝撃が先輩の身体を直撃する。凄まじい威力に押されながらも、先輩の両足は深く芝を削り、泥だらけになりながら踏ん張る。

 

「狩屋⁉︎」

 

「俺だってやる時はやるんですよ!」

 

 狩屋も泥臭く背中を支え、二人で弾丸のようなボールを跳ね返した。執念でゴールだけは割らせない。だが、その代償として、雷門の選手たちは一人、また一人とピッチに崩れ落ちていった。

 

「……あ、あぁ……」

 

 天馬が息を呑む。気づけば、周囲は満身創痍の仲間たちで埋め尽くされていた。

 

「キャプテン、指示を……!」

 

 影山が涙声で叫ぶ。だが、自分の作戦が仲間をこれほどまでに追い詰めてしまった事実に、天馬は言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

「……これが、お前たちの言う『自由なサッカー』の結果か。滑稽だな」

 

 嘲笑と共に歩み寄ってきたのは、自陣を空にしてまで前線へ上がってきた千宮路大和だった。

 

「父の理想の前に、跪け」

 

 千宮路の背後に、再び圧倒的な威容を誇る『賢王キングバーン』が君臨する。

 天馬は震える腕で『魔神ペガサスアーク』を呼び戻すが、もはやその輪郭は薄く、力も残っていない。

 

「消えろ!!」

 

 キングバーンの業火を纏ったシュートが放たれた。化身同士の衝突――だが、結果は明白だった。天馬は影山と共に木の葉のように吹き飛ばされ、あとに残った浜野先輩と速水先輩も、シュートの余波だけで紙切れのように蹴散らされる。

 

「……僕が……僕が止めるんだ!!」

 

 ゴールマウスを守る最後の砦、信助が『護星神タイタニアス』を発動させる。しかし、限界を超えた精神力は、もはや化身の姿を繋ぎ止めることさえ許さなかった。

 霧のように消えていくタイタニアス。その横を、死神の鎌のようなシュートが容赦なく通り抜けた。

 無情にも揺れるゴールネット。

 

 2対4

 

 アマノミカドスタジアムの頂に、雷門の絶望がこだました。

 

 

 *

 

 ピッチに崩れ落ちた仲間たちの姿。自分の作戦が招いた惨状に、天馬は膝をつき、四つん這いになって悔し涙を流していた。

 

「……天馬、しっかりしろ……っ」

 

 俺も声をかけようとするがうまく言葉がまとまらない。ドラゴンリンクの圧倒的な力の前に、俺たちの「自由」は完全に圧殺されたかのように見えた。

 

 その時だ。絶望に沈むスタジアムの喧騒を突き抜けて、聞き慣れた、けれど誰よりも凛とした声が響いた。

 

「……天馬!松風天馬!!」

 

 天馬が弾かれたように顔を上げる。観客席の最前列、そこには松葉杖をつき、痛々しい姿ながらも、鋭い眼差しを失っていない神童先輩が立っていた。

 

「神童……先輩……」

 

 天馬は情けなさに顔を伏せる。キャプテンの座を託されながら、チームを壊滅させてしまった。合わせる顔がない。そんな天馬の胸を、神童先輩は遠くから指差した。

 

「お前ならできる。……忘れるな、お前の最大の武器は、その胸にある『サッカーが大好きだ』という純粋な気持ちだということを!」

 

 その言葉に呼応するように、ベンチからもう一人の絶対的な指導者が歩み寄る。円堂監督だ。

 タイムアウトが取られ、マネージャーたちが負傷した選手たちの手当てに走り回る。円堂監督は、苦痛に顔を歪める仲間たちの姿を天馬に示し、静かに、だが重く問いかけた。

 

「天馬。……これがお前のやりたかったサッカーか?」

 

「っ……!」

 

 天馬が息を呑む。俺もその言葉に、冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。

 勝つために、相手の化身を力でねじ伏せる。それはいつの間にか、俺たちが最も嫌っていた「管理サッカー」と同じ、力による支配の論理に陥っていたのではないか。

 天馬がやりたかったのは、こんな苦しいサッカーじゃない。希望に溢れ、ボールを追いかけるだけで笑顔がこぼれる……あの「本当のサッカー」のはずだ。

 天馬はゆっくりと立ち上がり、ボロボロになった仲間たちに向かって深く頭を下げた。

 

「……みんな、ごめん! 俺、間違ってた。本当のサッカーを取り戻すには、俺たちが『いつも通り』のサッカーを楽しまなきゃいけなかったんだ」

 

「……『いつも通り』、か」

 

 担架の横で手当てを受けていた倉間先輩が、皮肉っぽく、けれどどこか嬉しそうにその言葉を繰り返した。

 

「……おいお前ら、キャプテンがああ言ってるんだ。異論はねえよな?」

 

「当たり前だド!」

 

 天城先輩、錦先輩、そして剣城までもが、ボロボロの身体を引きずって立ち上がる。一人じゃない。全員の瞳に、義務ではない「意志」の火が灯った。

 その瞬間、フィールドの空気が一変した。

 アマノミカドスタジアムの冷たい高空に、温かく、けれど誰にも止められない一陣の「風」が吹き抜ける。

 

 *

 

 覚悟を決めた雷門の反撃が始まった。剣城が鋭いドリブルで中央を突破しようとするが、立ちはだかる二体の化身の暴力的なプレッシャーに弾き飛ばされる。

 

「……させるかッ!!」

 

 空中で体勢を崩しながらも、剣城は執念のスライディングパスを繰り出した。泥臭く繋がれたボールを天馬が受ける。襲いかかる化身の腕を、一陣の風のような身のこなしで次々と回避していく天馬。だが、ドラゴンリンクの包囲網は厚い。死角から飛び出した別の化身に、ついにボールを奪われてしまった。

 ボールは護巻へ。背後に浮かぶ『魔女クイーンレディア』が、冷酷な処刑の宣告を下す。

 

「『チェックメイト』!!」

 

 放たれた必殺シュート『チェックメイト』。

 紫色の不吉な輝きを放つ弾丸が信助を襲う。そこへ、満身創痍の狩屋、霧野先輩、天城先輩が文字通り肉壁となって割り込んだ!

 

「うおおおぉぉッ!!」

 

「止まれぇぇッ!!」

 

 三人の必死のブロック。だが、化身の放つ破壊衝動に力負けし、悲鳴と共に吹き飛ばされてしまう。

 

「……まだだ! 終わらせねぇ!!」

 

 俺は弾き飛ばされた先輩たちの隙間を縫うように跳躍した。右足に溜まった全ての熱を一点に集約し、叫ぶ。

 

「『流星ブレードV2』!!!」

 

 至近距離からのカウンターシュート。紫の闇を打ち消すような一筋の光が、チェックメイトを真っ向から跳ね返した。

 自陣ゴール付近から放たれたその一撃は、カウンターの勢いを乗せて敵陣へと突き進む。だが、鉄壁のドラゴンリンク。道中で敵ディフェンス陣の必死のブロックに遭い、威力は徐々に減衰していく。

 

(……届け……届けぇッ!!)

 

 祈るような俺の視線の先、二つの影が猛然とゴール前へ駆け込んだ。

 

「天馬!!」

 

「行くよ剣城!!」

 

 二人は示し合わせたように同時に踏み込み、炎を纏って空中で激しく回転を始める。

 

「「『ファイアートルネードDD』!!!」」

 

 紅蓮の炎が、真っ黒に染まったスタジアムの空を焼き尽くす。

 

「笑わせるな! 『キングファイア』!!」

 

 千宮路大和が全力で迎え撃つ。王の炎と、サッカーを愛する者たちの炎が正面から衝突し、スタジアムが真っ白な光に包まれた。

 一瞬の静寂。

 ……そして、爆音と共にキングバーンの守りが粉々に砕け散った。

 みんなの、神童先輩の、そして俺たちの「サッカーへの想い」が詰まった炎の弾丸が、千宮路の手を弾き飛ばしてゴールネットに突き刺さる!

 

 ピーーーッ!!

 

 3対4。

 

「……入った……。入ったぞ、天馬!!」

 

 俺は倒れ込んだまま、拳を突き上げた。膝をついた千宮路大和の顔に、初めて「焦り」の色が浮かんでいた。

 

 *

 

 限界まで走り抜いた浜野先輩と速水先輩に代わり、ベンチから一乃先輩と青山先輩がピッチに飛び出す。かつて一度はサッカーを諦め、けれど天馬たちの姿に心を動かされて戻ってきた二人の瞳には、静かな、けれど熱い闘志が宿っていた。

 試合再開。化身を纏い、力で押し通ろうとする伍代が突進してくる。だが、その足元に鋭い影が滑り込んだ。

 

「……逃がすかよ!『ハンターズネット』!!」

 

 狩屋の執念が編み上げたクモの巣が、化身の巨体を絡め取る。パワーに頼り切った伍代の動きが止まった一瞬の隙を突き、狩屋は鮮やかにボールを奪取した。

 

「天馬、行けッ!!」

 

 パスを受けた天馬の前を、化身を顕現させた聖城が塞ぐ。だが、今の天馬に迷いはない。

 

「『そよかぜステップS』!!」

 

 化身の重圧を、一陣の突風が軽々と跳ね返した。吹き飛ばされる聖城を尻目に、天馬は前線の一乃先輩へとボールを託す。

 

「青山、行くぞ!!」

 

「ああ、一乃!」

 

 立ちはだかるのは『番人の塔ルーク』を従えた郷石。化身の盾で道を閉ざそうとする鉄壁の守備に対し、二人の息が完璧に重なる。

 

「「『ブリタニアクロス』!!!」」

 

 眩い光の十字架がピッチを駆け抜け、絶対的な防御を誇るはずの化身を正面から撃破した。

 

「な……馬鹿な!? ただの必殺技が、我らの化身を凌駕するだと……!?」

 

 千宮路大和が戦慄し、声を荒らげる。信じられないといった表情の彼の元へ、一乃先輩からのパスを受けた錦先輩が、静かに、けれど鋭い殺気を纏って迫る。

 

「……これが、わしたちの積み上げてきた『技』ぜよ!」

 

 錦先輩が腰を落とし、目にも止まらぬ速さで足を振り抜く。

 

「『伝来宝刀』!!!」

 

 一閃。

 真空を切り裂くようなシュートが、千宮路の『賢王キングバーン』へ真っ向から突き刺さる。

 これまでの力任せな攻防ではない。仲間との絆、そして磨き上げた純粋な技術が、千宮路の化身を圧倒した。

 キングバーンのが霧散し、千宮路の横をボールが猛烈な勢いで通り抜ける。

 

 ピーーーッ!!

 

 4対4。

 

 ついに、ついに雷門が同点に追いついた!

 

「……やった……! ついに並んだぞ!!」

 

 俺は叫び、一乃先輩と青山の元へ駆け寄る。

 スタジアムを支配していた「管理」の重圧は、今や見る影もない。そこにあるのは、自分たちのサッカーを信じ抜き、奇跡を手繰り寄せたイレブンの輝きだけだった。

 

 *

 

 自身の化身『賢王キングバーン』までもが、ただの「技」である『伝来宝刀』に打ち破られた。その衝撃に、千宮路大和は激しくゴールポストを叩き、悔しさを露わにする。

 

「……認めん、認めんぞ! 管理なきサッカーに、これほどの力が宿るはずがないッ!!」

 

 だが、スタジアムを吹き抜ける革命の風は、もう誰にも止められなかった。

 試合終了まで残りわずか。ボールを奪取した天馬から、鋭いパスが俺の元へ届く。

 

「コウ、最後だ! 行こう!!」

 

「ああッ!! 霧野先輩、狩屋!全員で攻めるぞ!!」

 

 俺、霧野先輩、狩屋の三人が、爆発的なスピードで前線へと駆け上がる。立ち塞がるドラゴンリンクの化身たち。だが、俺たちの瞳に迷いはない。千宮路大和を真っ直ぐに見据え、俺は吠えた。

 

「お前の言う管理サッカーじゃ俺たちに勝てねえよ!最後の1秒まで全力で楽しむそれが――

 

 

 

「「「俺たちのサッカーだ!!」」」

 

 三人が一点で交差する。

 

「「「『ザ・フェニックス』!!!」」」

 

 業火の不死鳥が、スタジアムのを照らし出す。だが、これはまだ序章に過ぎない。俺の合図と共に、後方から二つの影が天を突くように跳躍した。

 

「剣城!!」

 

「天馬!!」

 

 不死鳥の核へと飛び込んだ二人が、空中で激しく回転を始める。

 

「「『ファイアートルネードDD』!!!」」

 

 紅蓮の炎が不死鳥の炎を纏い、スタジアムを覆うほど巨大な「火の鳥」へと姿を変える。

 

「……させるかぁぁッ!! 『キングファイア』!!!」

 

 千宮路も最後の力を振り絞り、王の炎を突き出した。だが、拮抗する暇さえなかった。みんなの、全サッカー少年の、そして未来を信じる者たちの想いを乗せた炎の翼は、キングバーンの防壁を紙切れのように焼き尽くし、ゴールネットを激しく揺らした。

 逆転。

 信じがたいものを見たかのように目を見開く千宮路。呆然と自らの手を見つめていた彼は、やがて、憑き物が落ちたような穏やかな笑顔を浮かべた。管理では決して生み出せない、魂を震わせる熱量。その正体を、彼は今、確かに悟ったのだ。

 

 ピ、ピ、ピーーーッ!!!

 

 試合終了。

 

 5対4。雷門、奇跡の逆転勝利。

 

「やった……やったぞぉぉぉぉッ!!!」

 

 俺は叫びながら、天馬に、剣城に、そしてボロボロになりながら戦い抜いた仲間たちに飛びついた。

 アマノミカドスタジアムの頂上で、今、新しいサッカーの歴史が幕を開けた。俺たちの革命は、最高の結果と共に、日本中の空へと響き渡ったんだ。




次回に間話を挟んでホーリーロード編完結です

ホーリーロード編までの設定集とか欲しいですか?

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