激闘の決勝戦から一夜明けた、穏やかな夕暮れ。
俺と狩屋(狩屋はあまり乗り気ではなかった)は、ホーリーロード優勝の祝勝会を開くため、雷門の一年生メンバーを「お日さま園」へと招待した。
天馬が目を輝かせ、剣城、信助、影山、そしてマネージャーの葵と紫を引き連れて玄関に到着する。そこには、園の代表である瞳子さんが、慈愛に満ちた笑みを浮かべて待っていた。
「いらっしゃい、皆。昨日の試合、本当に素晴らしかったわ」
「瞳子さん、お招きありがとうございます! これ、秋姉が焼いてくれたお祝いのケーキです!」
天馬が嬉しそうに差し出した箱を、瞳子さんは「まあ、秋さんから。ありがとう、大切にいただくわね」と受け取った。
中に入ると、廊下の向こうから「わあぁぁっ!」と元気な足音が響いてくる。
「あ! テレビに出てた人たちだ!」
「キャプテンの松風天馬くんだよね! 逆転シュート、すっごくかっこよかった!」
園の子供たちが次々と駆け寄ってきて、天馬たちは一気に囲まれてしまった。
「あはは、ありがとう! みんなもサッカー好きなの?」
天馬が子供たちと同じ目線で笑い合う様子を見て、俺と狩屋は顔を見合わせて小さく笑った。
賑やかな廊下を抜け、広々とした居間に到着すると、そこには懐かしい顔ぶれが勢揃いしていた。
「主役たちの登場かな」
穏やかに微笑むヒロトおじさんと、隣で「お疲れさん、みんな!」と手を振るリュウジおじさん。さらに、
「遅いぜ! 腹が減って倒れるところだったぞ!」と豪快に笑う晴矢おじさんに、「……相変わらず騒がしいな、お前は」とクールに毒づく風介おじさんまで。
「ヒロトさんにリュウジさん……それに、晴矢さんと風介さんも!」
信助たちが驚きの声を上げる。
「今日は俺たちが腕によりをかけて……と言いたいところだが、主に買い出しを頑張った豪華メニューだ。遠慮なく食えよ!」
晴矢おじさんが指差すテーブルの上には、山盛りのご馳走が並んでいた。
全員が席につき、コップにジュースが注がれる。
「それじゃあ……雷門中のホーリーロード優勝と、新しいサッカーの夜明けを祝して――」
ヒロトおじさんの音頭に合わせて、全員が声を揃えた。
「「「「乾杯!!!」」」」
カチン、とグラスの触れ合う軽快な音が居間に響き渡る。
昨日までの張り詰めた緊張感はどこへやら、温かい料理の匂いと笑い声に包まれて、俺たちの祝勝会が賑やかに幕を開けた。
*
祝勝会は最高潮の盛り上がりを見せていた。
「ねえねえ、あの時どんな気持ちだったの?」「あの回転するシュート、どうやるの!?」と、キラキラした瞳で詰め寄る子供たちに、天馬や信助、影山は嬉しそうに語っている。一方で、いつもの感じを保とうとするも、無邪気な子供たちの勢いにタジタジになっている剣城の姿が新鮮で、俺はそれを見ながら思わず吹き出してしまった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜も更けてくる。
「……さて、そろそろお開きかしら。でも、もうこんな時間ね」
時計を見上げた瞳子さんが、穏やかな提案をしてくれた。
「今日はみんな、ここに泊まっていきなさい。空き部屋は十分にあるわ」
「えっ、いいんですか!?」
「でも、急だと親に怒られちゃうかも……」
戸惑う天馬たちに、瞳子さんは「大丈夫、私からご両親には連絡を入れておくわ。葵さんも紫さんも、ね」と微笑む。
すると、それまで静かにジュースを飲んでいた紫が、ふと顔を上げて淡々と言った。
「……私は、親いないから。連絡しなくて大丈夫よ」
その場に少しだけ、しんとした沈黙が流れた。天馬たちがどう言葉を返すべきか迷う中、瞳子さんは驚く風でもなく、ただ優しく紫の目を見つめて歩み寄った。
「そう……無理に話さなくていいわ。でもね、紫さん。ここにいる間は、あなたもこの子たちと同じ『家族』だと思って過ごしてくれていいのよ」
「……家族……」
紫はその言葉を、まるで見慣れない異国の言葉を反芻するように小さく呟いた。
「……ありがとうございます。……ちょっと、風に当たってきます」
どこか落ち着かない様子で、紫はぺこりと一礼すると、足早に居間を出ていってしまった。
(……紫、あいつ……)
俺が心配になって出口を見つめていると、瞳子さんと目が合った。彼女はすべてを見通しているような深い眼差しで、俺に小さく頷く。
「……行ってあげなさい。今の彼女に必要なのは、きっと私たち大人じゃないわ」
「……分かった。すぐ戻る!」
俺は瞳子さんに促されるように、紫の後を追って夜の廊下へと飛び出した。
*
の静まり返った「お日さま園」の庭。
少し離れた芝生の上に、紫が一人で座っているのが見えた。近づこうとした俺の足が止まったのは、かすかに、けれど震えるようなすすり泣きの音が聞こえてきたからだ。
「……そこにいるんでしょ、コウ」
不意に声をかけられ、俺は肩を跳ねさせた。紫は顔を伏せたまま、どこか力ない声で続ける。
「覗き見なんて、悪趣味ね」
「べ、別に覗き見なんて……。瞳子さんに、行ってやれって言われたんだよ」
俺がバツが悪そうに答えると、紫は小さく鼻をすすって顔を上げた。
「……別にいいわ、それぐらい。ねえ、ちょっと私の話、聞いてもらえるかしら」
促されるまま、俺は紫の隣に腰を下ろした。昼間の熱気が嘘のように、夜風が冷たく頬を撫でる。
「さっき、親はいないって言ったけど……だいぶ前に死んじゃったの」
紫は遠くの街明かりを見つめながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「パパは会ったこともないから知らない。でも、ママは幼い私を女手一つで育ててくれた。……でもね、とある理由で、私たち家族は迫害されたの。ママは私を必死に守ろうとしてくれた。けど、それに耐えきれなくなって……自分から……」
そこから先の言葉は、夜の闇に吸い込まれて消えた。
あまりに重い告白に、俺は言葉に詰まった。かけるべき言葉が見つからない。そんな俺の様子を察したのか、紫は無理に作ったような笑みを浮かべてこちらを振り向いた。
「……心配しないで。もうこの問題は、解決してるから」
解決してる。そう言えるようになるまで、こいつはどれだけの夜を一人で過ごしてきたんだろうか。
俺は少し考えて、自分の不器用な言葉を探した。
「……俺、親のこと知らねぇからさ」
「えっ……」
「偉そうなことは言えねぇけど……」
俺は視線を上げ、自分を育ててくれたこの「お日さま園」の校舎を見上げた。
「もし、お日さま園のみんなと会えなくなったらって考えたら……多分、俺も耐えられねぇ」
紫が息を呑むのがわかった。俺はそのまま、まっすぐに彼女の目を見て続けた。
「だからさ……一人で抱え込むなよ」
「コウ……」
「……いつでも頼れ」
不器用で、気の利いた慰めなんて一つも言えていない自覚はあった。それでも、俺の精一杯の言葉だった。
紫は驚いたように目を見開いた後、ふっと力を抜いて微笑んだ。今度は、さっきの無理な笑顔じゃない、少しだけ柔らかな表情だった。
「……そう。なら、少しだけ一緒にいてほしいわ」
「ああ。……いくらでも付き合ってやるよ」
俺たちはそれからしばらく、何も言わずに並んで座っていた。
遠くで天馬たちの笑い声が聞こえる居間の明かりと、頭上に広がる満天の星空。
少しだけ縮まった二人の距離を、静かな夜風が優しく包み込んでいた。
これにてホーリーロード編完結です!!
ホーリーロード編までの設定集とか欲しいですか?
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いらない