大幅に遅れてしまいました申し訳ない
TMキャラバンの車内。天馬はたまらずアルノ博士に詰め寄った。
「博士! 円堂監督はどうなったんですか!? 無事なんですか!?」
博士は悲痛な面持ちで、目を伏せた。
「……封印され、圧縮された次元の狭間……。そこでは動くことも、話すことも、指一本動かすことすら叶わぬ状態にされているはずじゃ」
その言葉に、天馬は絶句した。信助も「歴史を元に戻すどころか、監督まで……」と震え、俺も自分の拳を見つめて唇を噛んだ。
「……俺が、あんな無茶をしなければ……」
「落ち込んでいる暇はないぞ!」
ワンダバの鋭い声が響いた。
「今はこれからどうするかを考える時だ。みんなが無事なら、反撃のチャンスは必ず来る! ……それに、いつまでも悔やんでいるお前たちを見て、円堂が喜ぶはずがないだろう!」
その言葉に、錦先輩が豪快に笑って応えた。
「……このクマの言う通りじゃき! クヨクヨ落ち込むのはワシの性に合わん。何より雷門魂に反するぜよ!」
「誰がクマだ!」とワンダバが吠えるが、重苦しい空気が少しだけ動いた。
「奪われたのなら、取り返せばいい」
剣城も静かに、だが熱い意志を瞳に宿して俺たちを見た。
「俺たちはそうやって、自分たちのサッカーを取り戻してきたはずだ」
天馬が力強く顔を上げる。
「……そうだね。取り戻そう、みんなで! 円堂監督を……そして俺たちのサッカーを!」
俺も「ああ!」と応じる。神童先輩、錦先輩、信助、マネージャーたちも頷く。だが――
「……やるなら、あなたたちだけでやってください。俺はもう協力しませんから」
速水先輩の冷めた声に空気が凍りついた。
「何を言って……」
神童先輩が驚愕する中、天城先輩も首を振った。
「そもそも、なんでサッカーなんかしてたんだド……時間の無駄だド」
そう言い残し、二人は他のメンバーを引き連れてキャラバンから降りていってしまった。
「なっ……待てくれよ、みんな!!」
俺が呼び止めるが、彼らは一度も振り返らなかった。突然の変化に愕然とする俺たちの横で、ワンダバが何かに気づいたように叫んだ。
「そうか! あれは『マインドコントロール波』だったのか!」
ワンダバの説明によれば、ベータが放ったあの黄色い光線には、人間の精神を書き換え、考え方を変えてしまう効果があったのだという。
「じゃあ、みんなサッカーへの熱い気持ちを失ってしまったんですか!?」
葵の問いに、紫が厳しい表情で補足した。
「そんな生易しいものじゃないわ。……おそらく今、彼らは心からサッカーを嫌いになってしまっているはずよ」
「そんなことで、俺たちの想いが変えられるものか!」
神童先輩が反論するが、アルノ博士は静かに首を振った。
「敵の強さに圧倒され、絶望の淵に落とされれば、人は脆くなる。その隙を突かれたのじゃ。……お主たちが無事だったのは、化身使いとしての心の強さが障壁となり、光線を跳ね返したからじゃろう。だが、彼らはダイレクトに浴びてしまった」
天馬が拳を握りしめる。
「……なんで。なんで、サッカーを嫌いにならなきゃいけないんだよ!サッカーは何も悪くないのに!」
「博士よぉ、なんとかみんなを元に戻せんがかのう?」
錦先輩が食い下がるが、博士の答えは厳しかった。
「マインドコントロールは一種の催眠術だ。プロトコル・オメガを倒せば解く方法も見つかるかもしれんが……時間が経てば、サッカーが嫌いだという気持ちを本人の心そのものが『真実』として受け入れてしまうかもしれん」
タイムリミットが迫っている。信助が不安げに天馬を見つめた。
「天馬、どうすれば……」
天馬は少しの間目を閉じ、そして、迷いのない瞳を開いた。
「……奴らを倒せるチームを作るしかない」
「天馬……?」
「俺たちの監督、仲間、サッカーを取り戻すにはそれしかないよ! 今より強くなって、化身アームドの力も手に入れて、必ずプロトコル・オメガを倒してみせる!!」
「だがどうやって?」
剣城の問いに、天馬は真っ直ぐに応えた。
「――特訓しかないよ!」
その言葉は、あまりにもシンプルで、けれど今の俺たちにとって唯一の光だった。
*
特訓場所を求めて、俺たちはいつもの雷門中サッカー棟へと向かった。
「サッカー棟が立ち入り禁止になってる……」
天馬の視線の先、サッカー棟の前には無機質な文字で『サッカー禁止』と書かれた看板が置かれていた。
これも俺たちが歴史を変えられず「サッカー禁止令」がなくなっていないからだろう。
「あなたたち、ここで何をしてるの?」
声をかけてきたのは、音無先生だった。数少ない理解者である彼女の登場にホッとしたのも束の間、彼女の口から語られた言葉は、俺たちの心臓を凍りつかせた。
「こんなことになってしまって亡くなった円堂監督も悲しんでいるでしょうね……」
「え……? 監督が、死んだ……?」
天馬が絶句する。春奈先生の話では、葬式も執り行われ、俺たちも参列したことになっているらしい。だが、もちろん俺たちにそんな記憶はない。
「こんなの嘘です!円堂監督は生きているんです!」
天馬の必死の訴えと、俺たちの真剣な眼差しに、音無先生は戸惑いながらも俺たちの言葉を信じてくれた。
フェイがその状況を冷静に分析する。
「円堂監督がエルドラドの手に落ち、この時代から消えてしまった矛盾を、時間の流れが強制的に『修正』しようとしたんだ。つじつまを合わせるために、監督は事故で亡くなったことにされてしまった……」
このまま放置すれば、円堂監督の死が「真実の歴史」として確定してしまう。そうなれば、二度と助け出すことはできないらしい。
「もう一度過去に戻って、やり直せばいいんじゃないかな?」
信助の提案を、紫が首を振って遮った。
「ダメよ。一度改変され、収斂し始めた歴史を再び変えるのは、最初よりずっと困難なの。……監督を救うには、プロトコル・オメガ2.0を直接叩いて、監督を奪い返すしかないわ」
そのためには、化身アームドの習得が不可欠だ。ワンダバが厳しく告げる。
「共鳴現象という『借り物の力』ではなく、己の魂を研ぎ澄ませ、自力でアームドを成し遂げるのだ。……それができなければ、奴らには一生勝てん!」
自身の力を高めるための特訓。しかし、現実は非情だった。
河川敷、公園……どこへ向かっても、そこには『サッカー禁止』の看板が立ち、グラウンドは閉鎖されていた。文字通り、日本中からサッカーが消されようとしていたのだ。
「どこへ行ってもダメだ……特訓する場所すらないなんて」
信助が弱音を吐き、天馬も二の句が継げなくなる。手詰まりの絶望が漂い始めたその時、音無先生の携帯が震えた。
「……豪炎寺さんからメール?」
かつてフィフスセクターの聖帝として対峙し、そして誰よりもサッカーを愛する男だ。
*
稲妻町を一望できる高台。そこに豪炎寺さんは静かに立っていた。
その鋭い視線がフェイとワンダバに向けられた瞬間、フェイが慌ててワンダバを隠し、さらに春奈先生がフェイを庇うように前に出る。未来人の存在を隠そうとしたのだ。
だが、豪炎寺さんは動じることなく口を開いた。
「ここに来てもらったのは他でもない。……円堂を、円堂を助ける手助けをしたい。これ以上、エルドラドによる、歴史介入を許すわけには行かない!」
「エルドラドを知っているんですか……!?」
フェイが驚愕の声を上げる。豪炎寺さんはフェイたちのこと、そしてTMキャラバンの存在までも既に把握していた。彼が歴史改変の影響を受けずにいられた理由――それは、その腕に巻かれた、鈍く光るブレスレットだった。
「それはタイムブレスレット!?」
天馬が叫ぶと、どこからともなくアルノ博士が現れ、解説を挟む。
「タイムブレスレット……時空を超える力を持ち、タイムパラドックスの影響を無効化する希少なデバイスじゃな。どうしてそれを?」
「……『支援者X』と名乗る者から、メッセージと共に送られてきた」
豪炎寺さんの口から語られたのは、フィフスセクター時代の驚くべき裏側だった。
かつて千宮路大悟は、その支援者Xから莫大な援助を受け、『セカンドステージチルドレン』と呼ばれる新世代の力を持つ子供たちの発掘を進めていたという。
「……天馬、そしてコウ。お前たちはその候補であり、特にコウ、お前は既にその力に覚醒している」
「……」
力については紫から聞いてはいたが、かつてのフィフスセクターが自分たちの力に目星をつけていた事実に、俺は背筋が凍るような気がした。
豪炎寺さんによれば、一ヶ月前、支援者Xから『このブレスレットを常に身につけろ。それがサッカーを救うことになる』というメッセージが届いたのだという。そのおかげで、彼はプロトコル・オメガとの戦いの一部始終を、映像媒体を通じて見ることができたのだ。
「200年後の未来でも希少なブレスレットを贈れる者……。支援者Xとやらは、我々と同じ未来人であることは間違いなかろうな」
アルノ博士の言葉に、一同に緊張が走る。味方なのか、それとも別の目的があるのか。だが、豪炎寺さんは迷いを断ち切るように言った。
「今はプロトコル・オメガを倒し、円堂を救い出すことが先決だ。天馬……特訓する場所を探しているんだろう?」
天馬が驚いて顔を上げる。豪炎寺さんは、今の日本で唯一、サッカーの特訓が許される場所を知っていた。
「その場所の名は、『ゴッドエデン』」
かつてシードを育成し、雷門とゼロが激闘を繰り広げた因縁の島。
歴史から消されようとしているサッカーを、再び自分たちの手で掴み取るための戦い。その再出発の地として、これ以上相応しい場所はなかった。
*
TMキャラバンがゴッドエデンスタジアムに着陸した。かつてフィフスセクターとの最終決戦を繰り広げたその場所は、今は静まり返っている。
「あった! サッカーボールだ!」
信助と錦先輩が、備え付けのボールを見つけ出し、歓声を上げる。天馬の表情にも、ようやく明るさが戻った。
「よし、特訓開始だ!」
マネージャーたちが給水の準備を始めるのを横目に、天馬は改めてアルノ博士に化身アームドの具体的な方法を尋ねた。だが、博士は「ふーむ」と勿体ぶった末に、「結局のところ、わからん!」と無責任に言い放った。
「見学の用は果たした。あとはお主ら次第じゃな」
そう言い残すと、博士は霧が消えるように忽然とその場から姿を消した。相変わらず、食えない爺さんだ。
「……仕方ないわね。私から教えられることを教えるわ」
紫が前に出る。既にアームドを使いこなす彼女に、一同の視線が集中した。
「化身アームドは、化身とプレイヤーが完全に一体化することで、その能力を限界まで引き出す技術よ。コツは、化身の『声』を聞くこと。自分と化身が一つの存在になるように、強くイメージするの」
だが、その感覚的な説明に、天馬たちは首を傾げるばかりだ。
「とにかく、やってみるしかない! 『魔神ペガサスアーク』!!」
天馬が走り出し、化身を召喚する。フェイの「心を聞け!」という指示に従い、全神経を集中させる天馬。しかし、光の粒子が身体を包む寸前で、力は無残に霧散した。
「……やっぱりダメだ」
錦先輩が「もっと分かりやすく説明してくれんか」とぼやくが、紫は「感覚的なものだから、言葉で伝えるのは難しいわ」と苦笑いする。
そんな中、俺は紫の提案で、アームドの前に『セカンドステージチルドレン』の力に身体を慣らす特訓を始めた。
意を決してリストバンドを外す。直後、内側から噴き出す禍々しいエネルギー。
「ぐ……っ、来てくれ、『獄炎鳥ダークフェニックス』!!」
背後に顕現した黒き鳥は、主である俺の制止すら振り切って暴れようとする。それを必死に抑え込もうとするが、いつものようにに鼻血が流れ、意識が遠のいていく。
「コウ、そこまでよ!」
紫が即座にリストバンドを付け直すと、暴力的な力はようやく収まった。
「……本当に、こんな力……使いこなせるようになるのか?」
膝をつき、荒い息を吐く俺に、紫は静かに告げた。
「いつか、必ず慣れるわ。信じなさい」
その時だった。ピッチの中央に、異質なオーラを纏った五人の人影が現れた。
「……プロトコル・オメガ2.0か!?」
「ではない」
俺が身構えると、中心に立つ少年、エイナムが冷たく否定した。
「我らアルファに従う、チームA5。この島で化身アームドを身に付けようとしているらしいが…笑わせる。その前に仲間と同じようにしてやる」
おそらくマインドコントロールのことであろう。エイナムは俺たちの特訓を鼻で笑いそう宣言した。
「受けて立つ! 俺たちが勝ったらみんなを元に戻してもらうぞ」
「いいだろう」
天馬の叫びに、エイナムは不敵に頷いた。
フェイが声を潜めて俺たちに告げる。
「……奴らはエルドラドの正式な命令で来たわけじゃなさそうだ。なら、絶好の実戦相手として利用させてもらおう。試合中にアームドを習得するチャンスだ」
特訓としての実戦。フェイ、紫、そして先ほどの力の反動で疲弊している俺を除いた、天馬、剣城、神童、信助、錦の五人が、チームA5との変則マッチに挑むことになった。
*
試合はチームA5のキックオフで始まった。
先陣を切るエイナムに剣城が真っ向から挑むが、エイナムは常軌を逸した身体能力でそれを翻弄し、一瞬で抜き去っていく。
「ふん、この島での戦いはパラレルワールドによる共鳴現象は起きない。よって化身アームドが起きることもない」
エイナムは勝ち誇ったように叫ぶが、それこそが俺たちの狙いだ。共鳴に頼らず、自力でアームドを掴む。だが、理屈が分かっていても実力の差は残酷だった。
「『
エイナムが放ったプラズマの球体が、カバーに入った神童先輩、錦先輩、そして天馬をまとめてなぎ倒し、ゴールへと襲いかかる。
「『護星神タイタニアス』!!——『マジン・ザ・ハンド』!!」
しかし、その巨大な掌すらプラズマの衝撃に粉砕され、ボールは無慈悲にネットを揺らした。
「お前たちとの戦いでリーダーのアルファは去った。その怒りを知るがいい。」
二点先取で勝利が決まるこの変則マッチ。雷門は一瞬で崖っぷちに立たされた。
キックオフ直後、錦先輩が意地を見せて前線へ斬り込む。
「今度こそ……アームドぜよ!!」
背後に武神を背負い、叫ぶ錦先輩。だが、その光はまたしても身を包む直前で弾け飛んだ。
錦先輩はすぐさま必殺技『武神連斬』に切り替え、天馬がさらに『マッハウィンド』でシュートチェインを仕掛ける。
しかし、敵キーパー・ザノウは不敵に笑う。
「『
ザノウは咆哮でそのシュートをいとも容易く叩き落とした。
驚愕する天馬たちに、チームA5の暴虐が続く。
ザノウの強肩から放たれたボールを、巨漢のガウラがヘディングで地面に叩きつける。その衝撃波だけで天馬たちは吹き飛ばされた。剣城がなんとか立ち直して向かっていくが——
「『
高速回転がかかったボールの強烈なアッパーで剣城は空中に弾かれる。
ボールは再びエイナムの足元へ。
「『
アームドすら必要ないと言わんばかりの猛攻。天馬と信助が死に物狂いで化身を出し、二人がかりで止めようとするが、その身体ごとエイナムのシュートに蹴散らされた。
絶体絶命。誰もが失点を覚悟したその時だった。
漆黒のオーラがピッチを包み、巨大な剣が空間を裂いて現れた。
「……何ッ!?」
エイナムが目を見開く。シュートを正面から受け止めたのは、——『暗黒神ダークエクソダス』。
「あの化身は……シュウ!」
ベンチにいた俺は思わず立ち上がった。
ダークエクソダスはその巨剣を振り下ろし、止めたボールをチームA5に向けて強烈に撃ち返す。爆風がピッチを抉り、スタジアムの柱に深い亀裂を刻むほどの衝撃。砂煙が舞い上がり、視界が真っ白に染まり俺たちの意識はそこで途切れてしまった。
*
まどろみの中から意識が浮上する。目を開けると、そこには抜けるような青空と、木々のさざめきがあった。
「……ここは?」
慌てて起き上がると、そこは深い森の奥にある遺跡のような広場だった。横を見れば、天馬や信助、紫たちも次々と身を起こしている。全員無事なようだ。
「あ、あれ! 懐かしいな」
天馬と信助が指差したのは、頭にサッカーボールを乗せた、この島の守り神の石像だった。かつて幾度となく目にした光景。
「……!」
フェイが鋭く左方の茂みを見据えた。皆が息を呑んで視線を向けると、そこには黒い装束を身に纏い、涼やかな微笑を浮かべた少年が静かに佇んでいた。
「やあ」
「シュウ!やっぱりシュウだったんだね!久しぶり、さっきはありがとう!」
天馬が弾けるような笑顔で駆け寄る。かつての強敵であり、今はかけがえのない親友。「エンシャントダーク」のキャプテン、シュウとの再会だった。
「間に合ってよかったよ。またサッカーが大変なことになってるね。だから、じっとしていられなくてさ」
シュウは穏やかに言った。神童先輩が「君は……サッカー禁止令の影響を受けていないのか?」と驚いて尋ねると、彼はさも当然のことのように、ただ優しく微笑んだ。彼にとって、島の外の変化などどこ吹く風なのかもしれない
「よろしく、フェイ・ルーンだ!」
「うん、よろしく。」
初対面のフェイが歩み寄り、握手を求める。シュウはその手をごく自然に握り返した。続いてワンダバが紹介されるが、シュウは不思議そうに小首を傾げる。
「……可愛いクマだね」
「クマではない!!」
ワンダバがいつものように憤慨するのを、紫が「まあまあ」と苦笑いでなだめる。
「シュウ、あの後ずっとこの島にいたの?」
天馬の問いに、シュウは一瞬だけ戸惑うような色を見せたが、すぐに「……うん、そうだね」と短く答えた。その言葉には、彼だけが知る深い時の重みが込められているようだった。シュウは昔話に耽るつもりはないようだった。
「天馬。君たちが今、何を目指しているか分かっているよ。……『化身アームド』。それを会得するために、僕が力になる」
「えっ、シュウもアームドを知ってるの!?」
驚く天馬に、シュウは理由を明かすことなく、ただ静かに肯定した。未来の技術であるはずのアームドを、何故この時代の彼が知っているのか。謎は深まるばかりだが、今の俺たちにとってこれ以上の味方はいない。
「よし、早速特訓だ!」
意気込む天馬だったが、それを遮ったのは葵たちの厳しい声だった。
「ちょっと待った!!さっきのでみんなボロボロじゃない。今日はしっかり休んで傷を治すこと。マネージャーからの命令です!」
夕闇が遺跡を包み始める。コウはリストバンドの巻かれた手首をさすりながら、シュウの横顔を見つめた。
*
一夜明け、再び姿を現したシュウに連れられ、俺たちは滝の流れる渓流地へとやってきた。
「どんな地獄の特訓が始まるんだ……」と身構えていた天馬や信助は、さらさらと流れる水の音に、拍子抜けしたような表情を見せる。
「いいかい、みんな。まずは目をつぶって、僕の真似をして」
シュウの静かな声が響く。目をつぶるだけでアームドができるなんて、俄かには信じられない。俺が戸惑っていると、フェイが「シュウを信じよう」と皆を促した。
「心を静かにして、自分の守りたいものを思うんだ。そして、もっと強くなりたいと願う……。その想いの強さが、化身と自分を引き寄せ、一つにする」
シュウの指示に従い、俺はそっと瞼を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、マインドコントロールでサッカーを嫌いになってしまった仲間たちの顔、そして光の中に消えた円堂監督の姿。
「……感じて。今吹いているこの風を。風を纏うように、化身を身に纏うイメージを持つんだ」
その言葉と同時に、この島特有の温かく、優しい風が俺たちの身体を包み込んだ。
不思議な感覚だった。自分の境界線が曖昧になり、背後に眠る化身の鼓動が、自分の心臓の音と重なっていくような——。
「今なら、いけるかもしれない」
確かな手応えを胸に、俺たちは感覚が消えないうちに特訓を続けようとグラウンドへ走り出した。
だが、その時。
穏やかだった風が突如として狂い、激しく吹きすさんだ。
「……っ!」
フェイとシュウが同時に身構えた。森の奥から猛烈な勢いで蹴り込まれたサッカーボールを、二人は阿吽の呼吸で蹴り返す。
「見つけた。まだ終わってないんだよねえサッカーバトル」
「さっきの化身はお前だな……次は邪魔をするなよ」
砂煙の中から現れたのは、チームA5だった。
「天馬、コウ。彼らともう一度戦うんだ。さっきの感覚を忘れないで」
「わかった。……やってやる、ぶっつけ本番だ!」
*
舞台は屋外のグラウンドへと移った。エイナムが突きつけたのは、一点先取で勝敗が決まる過酷なサドンデスルール。一瞬の油断も許されないこの状況、守備と中盤の安定を期して、錦先輩に代わり俺がピッチに立った。
「守りきって、今度こそ掴んでやる!」
ホイッスルと共にチームA5が攻め上がる。エイナムの鋭いドリブルに対し、俺は迷わず肉薄した。
「逃がさねえ……『イグナイトスティール』!!」
爆炎と共にボールを奪取。そのまま、シュウに教わった「風を纏うイメージ」を全神経に叩き込む。
「アームド……ッ!!」
しかし、粒子が身体に触れる直前で、力は激しい拒絶反応のように霧散した。
「クソっ……まだ足りないのか……!?」
隙ができた俺にガウラが、ショルダータックルで強引に吹き飛ばす。暴力的なパスが前線へ送られるが、それを神童先輩が鋭い読みでカットした。
「やらせるか! 『オリンポスハーモニー』!!」
流麗なステップでクオースを抜き去る神童先輩。その勢いのまま彼もアームドを試みるが、やはり成功には至らない。
「アームドに気を取られすぎるな! 失点すれば終わりだぞ!」
剣城の叱咤が飛ぶ。アームドは必須、だが意識しすぎて動きが硬くなれば奴らの思うツボだ。重苦しい閉塞感が漂ったその時、ベンチのワンダバが叫んだ。
「天馬! ミキシマックスだ!!」
「えー!お、俺!?」
ワンダバが構えたミキシマックスガンから、シュウと天馬を繋ぐ眩いエネルギーが放出される。
「うわあっ!?」
光が収まったそこには、髪がシュウのような漆黒へと変化した天馬が立っていた。
「ミキシマックス、コンプリート!!」
内側から溢れる膨大なオーラに戸惑いながらも、天馬は目にも止まらぬ速さでレイザからボールを奪い取った。チームA5の三人がかりのブロックさえ、技を出すまでもなく紙細工のように突き破っていく。
ゴール前、天馬はあえてミキシマックスを解除した。借り物の姿ではなく、今の感覚を「自分の力」として定着させるために。
「アームド!!」
シュウの静かな祈りと、天馬の燃えるような意志が完全に共鳴した。
眩い光と共に、魔神ペガサスアークの翼が天馬の背に、鎧となってその身に宿る。
「やった……!」
俺が息を呑む中、アームド状態の天馬が宙を舞い、渾身のシュートを叩き込む。ザノウの『ドーンシャウト』を真っ向から粉砕し、ボールはゴールネットを突き破らんばかりに突き刺さった。
*
サドンデスでの勝利。その歓喜に沸くピッチで、天馬は仲間たちに揉みくちゃにされていた。
「やったな、天馬! ついにアームドを成功させたんだな!」
俺が駆け寄って肩を叩くと、天馬は少し照れくさそうに、けれど誇らしげに笑った。
一方、敗北を喫したエイナムたちは信じられないといった様子で立ち尽くしていたが、やがて屈辱を飲み込むようにUFO型の小型機へと乗り込み、捨て台詞を残してゴッドエデンの空へと消えていった。
「ありがとう!シュウ!」
天馬の感謝の言葉に、シュウは首を振って微笑む。
「僕は背中を押しただけだよ。これで君はまた一つ強くなった!これからの戦いで大きな戦力になるね。」
「うん!次はみんなの番です!」
勝利の余韻に浸っていたいところだったが、現実はそれを許さない。葵の携帯に、学校に残っていた春奈先生から震える声で連絡が入った。
「みんな、大変よ! サッカー禁止令の影響で、サッカー棟が取り壊されることになっちゃったの!」
「なんだって!? サッカー棟が……!」
天馬の顔から血の気が引く。それを聞いたシュウは、静かに、けれど力強く天馬を促した。
「天馬、すぐに行くんだ。君には守らなければならない場所があるんだろう?」
天馬はシュウの手を取り、必死に訴えた。
「シュウ!一緒に来てくれないか?俺たちのチームに入って一緒にサッカーを守ってほしい。」
だが、シュウはその手を優しく、けれど断固として離した。
「…ごめん。僕は行けない。僕はこの島を守らないといけないんだ。それは、とても大事なことなんだ。」
天馬は、それ以上無理強いすることはできなかった。
「……分かった。」
「ごめんね、天馬。特訓したければいつでもここに来ればいい。そのときは協力するよ」
「うん!」
夕暮れに染まる遺跡を後に、俺たちは再びTMキャラバンへと乗り込んだ。
窓の外、小さくなっていくシュウの姿を見送る天馬を横目に俺はふと隣に座る紫の顔を見た。
「……? 紫、なんか機嫌いいな。どうしたんだ?」
いつもどこか冷めた雰囲気のある彼女が、今は珍しく満足げに口角を上げている。
「ふふ、いいことを知ったのよ。まさか『ミキシマックス』にああいう使い方があるなんてね」
「ああいう使い方?」
「ええ、そうよ」
彼女の不敵な微笑みに、俺は言いようのない予感を感じていた。
雷門へと戻るキャラバンのエンジン音が、次なる激闘の幕開けを告げる鼓動のように聞こえていた。
序盤は説明が多いから大変……