イナズマイレブンGO 紅蓮の翼   作:シキDX

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第四十一話 覇者の聖典

 急ぎ雷門中へ戻った俺たちを待っていたのは、鉄柵に囲まれ工事の準備が始まっていたサッカー棟だった。

 

「ここは野球部の練習場になるそうだ……」

 

 神童先輩が苦渋に満ちた声で告げる。思い出の詰まったサッカー棟が消えていくのを、俺たちはただ見ていることしかできなかった。

 そして、俺たちは鉄塔広場に集まった。

 

「このままじゃ、本当にサッカーが忘れられて歴史の修復が難しくなる。早くプロトコル・オメガ2.0を倒さないと!」

 

 フェイが珍しく感情を露わにし、拳を叩きつける。

 サッカー禁止令を撤回させ、死んだことにされている円堂監督を取り戻す。そのためにはプロトコル・オメガ2.0を叩き潰すしかない。だが、対抗手段である「化身アームド」を使えるのは、現状では天馬と紫だけだ。

 

「大っぴらに特訓もできんしのう」

 

「それに人数も足りないし」

 

 錦先輩と信助が溜息をつく。俺たちプレイヤーは現在8人。フェイのデュプリを合わせれば試合にはなるが、フェイへの負担は計り知れない。

 

「——そうだ! 『覇者の聖典』を使えば!」

 

 沈黙を破ったのはワンダバの叫びだった。

 フェイと紫がハッとした顔をする。ワンダバの説明によれば、それは200年後の未来にあるサッカー記念博物館に所蔵されている、「最強のサッカーチームを作る秘密」が記された伝説の書物だという。

 

「でも、そんなに凄い書物なら、とっくにエルドラドの人達がそれを使って最強のチームを作ってるんじゃない?」

 

「それはな『覇者の聖典』は暗号化されていて誰にも読めないのじゃ!」

 

 葵の至極真っ当な疑問に答えたのは、またしても神出鬼没に現れたアルノ博士だった。

 

「説明しよう!『覇者の聖典』は未来のサッカー界に伝説のプレイヤーとして伝えられる『マスターD』によって記されたとされている。その内容が独占されればサッカー界のバランスが崩れる……それを危惧したマスターDが施した防護策が暗号化というわけじゃな」

 

 博士はそれだけ言うと、またしても煙のように姿を消した。

 

「エルドラドに読めないなら、俺たちにも読めないんじゃ……」

 

 弱気になる信助に、ワンダバが熱く語りかける。

 

「読めるかどうかは手に入れてから悩めばいい! 今行かなければ、歴史が修正され、200年後の未来から聖典そのものが消えてしまうかもしれんのだぞ!」

 

 その言葉が、俺たちの心に再び火をつけた。

 部室を守れなかった悔しさを、未来を切り拓くエネルギーに変える。

 

「行こう、『覇者の聖典』を手に入れるんだ!」

 

 天馬の号令と共に、俺たちは再びTMキャラバンへと乗り込んだ。

 目指すは200年後の未来。

 

 *

 

 200年後の未来世界。TMキャラバンは高度に発達した都市の片隅、静まり返った巨大な建物の影に着陸した。目の前にそびえ立つのは「サッカー記念博物館」だ。

 今回の作戦は二手に分かれる。キャラバンに残ったワンダバと紫がセキュリティシステムにハッキングを仕掛け、マネージャー達を除いた7人が内部へ潜入。貴重な「覇者の聖典」が眠る第3展示室を目指す。

 

「……ワンダバ、紫。頼んだぜ」

 

 心の中でそう念じ、フェイが操作する入口のハッチをくぐり抜けた。

 博物館の内部は、静寂そのものだった。

 長い階段を下り、ハシゴを降り、フェイの手元の端末に表示されるマップを頼りに進んでいく。ワンダバと紫のバックアップがあるとはいえ、いつ警備ロボットに見つかるかわからない。心臓の鼓動が耳の奥で激しく鳴る。

 だが、目的の第3展示室を目前にして、行く手を阻む鋼鉄の扉が現れた。

 

「……おかしいな。僕の端末からの操作が効かない!」

 

 フェイが焦ったようにパッドを叩くが、扉はびくともしない。ハッキングが及ばない、独立した強固なセキュリティエリアのようだ。

 

「くっ……ワンダバ、他の道は──」

 

『フェイ、もう一度試してみて。……たぶん、これでいけるはずよ』

 

 半信半疑でフェイが再びコードを入力すると、重々しい音を立てて扉が左右に開いた。

 

「なんで!? ワンダバでも無理だったのに!」

 

 驚く俺に、紫は通信越しにふふっと笑った。

 

『ほぼ勘だけどね。ここのセキュリティを作った人は、よほどのサッカー好きだったみたい。セキュリティコードが、サッカーに関連したものだったの。数字の並びを見てピンときたわ』

 

 展示室に入ると、そこには歴代の名チームのユニフォームが並び、その最奥に、一冊の書物——「覇者の聖典」が鎮座していた。

 だが、その手前には無数の赤いレーザーセンサーが、網の目のように張り巡らされている。

 

「もう少しだ……よし!」

 

 フェイが操作し、聖典のカバーが消えた。しかし、肝心の赤い光条は激しく明滅を繰り返している。

 

「センサーは別なのか!なんだよこれ全然ダメだ……」

 

 焦燥が広がる中、天馬だけは静かに、その赤い光の動きを凝視していた。

 

「……俺が取りに行く!」

 

「おい、天馬!?」

 

 制止する声を置き去りに、天馬が光の檻の中へと飛び込んだ。

 右へ左へ、時には不自然なほど身を捻りながら。天馬はまるでピッチで激しいディフェンスを抜き去るかのような反射神経で、一本のセンサーにも触れることなく、ついに「覇者の聖典」をその手に掴み取った。

 

「よしっ!」

 

 再びセンサーを潜り抜ける天馬。だが、あと一歩というところで足をもつれさせ、派手に転倒してしまった。

 

「危ないっ!!」

 

 天馬の手から放り出された聖典が、一本のセンサーに向かって飛んでいく。

 その瞬間、身体が反射的に動いた。

 

「させねぇ!!」

 

 限界まで研ぎ澄まされた集中力。俺は空中で聖典をがっしりと受け止めると、そのままセンサーを髪の毛一本の差でかわし、滑り込むように安全圏へと着地した。

 

「ふぅ、セーフ……」

 

「ナイス、コウ! 急いで戻ろう!」

 

 警報が鳴り響く館内を駆け抜け、俺たちは何とかTMキャラバンへと逃げ帰った。

 手元には、サッカーの未来を握る伝説の書。

 激しい息を切らしながら、俺たちは確かな勝利の感触を噛み締めていた。

 

 

 未来から持ち帰った『覇者の聖典』を囲み、俺たちは天馬の部屋で頭を抱えていた。

 

「……これ、本当に字なのかな?」

 

 信助が弱音を吐くのも無理はない。ノートに並んでいるのは、奇怪な記号の羅列だった。

 

「そもそも、この『マスターD』って誰なんだろうな」

 

 俺の疑問に、茜先輩がノートをじっと見つめて答える。

 

「ノート自体は現代のもの……書かれたのも、この時代に近い気がする」

 

「なら、そのマスターDって人を探して直接聞けばいいぜよ!」

 

 錦先輩の名案は、「誰か分かんないって言ってんでしょ!」という水鳥さんのツッコミであっさり撃沈した。

 そこへ、「差し入れ持ってきたわよ」と秋さんと音無先生が入ってきた。

 机の上のノートを覗き込んだ二人は、同時に息を呑んだ。

 

「……あ!これって」

 

「あっ!この字……円堂監督が昔持ってたノートと同じ字だわ」

 

 音無先生たちの話によれば、それは円堂監督の祖父・円堂大介さんが、孫のために書き残したノートの筆跡と同じだというのだ。

 

「じゃあ……マスターDの『D』は、『Daisuke』のD……!?」

 

 驚愕する俺たちに、秋さんが苦笑しながら衝撃の事実を付け加えた。

 

「懐かしいわ……この文字。これが読めるのは円堂くんだけだったのよ」

 

「それじゃあ円堂監督に読んでもらえば!」

 

 信助が明るく言うが、フェイとワンダバは静かに首を振った。

 

「ダメだ。円堂守は今、あらゆる時間軸においてエルドラドの厳重な監視下に置かれている。接触するのはほぼ不可能だ」

 

「……でも、書いた本人ならどうかしら?」

 

 紫が提案する。音無先生は「大介さんはもう亡くなっているわ」と悲しそうに言うが、俺たちには『タイムジャンプ』がある。生きていた時代の彼に会いに行けばいいんだ。

 剣城が天馬の持つノートを指差した。

 

「幸い、アーティファクトならここにある。このノートそのものが、大介さんに繋がる鍵になるはずだ」

 

 方針が決まれば行動は早い。俺たちは急いで準備を整え、TMキャラバンへと乗り込んだ。

 扉が閉まろうとしたその時——。

 

「待ってくれ。俺も同行させてもらおう」

 

 現れたのは、鬼道さんだった。

 

「鬼道さん!?」

 

「豪炎寺から話は聞いている。円堂を……あいつを救い出すためなら、俺も力を貸そう」

 

 かつての伝説の司令塔が加わったことで、車内の士気は一気に跳ね上がった。

 

 *

 

 TMキャラバンを降りた瞬間、肌を刺すような強烈な日差しと、潮騒の香りが俺たちを包み込んだ。

 視界に飛び込んできたのは、南国の青い空に映える白亜の病院。その中庭では、現地の子供たちが歓声を上げながらサッカーボールを追いかけていた。

 

「……みんな、サッカーしてる」

 

 天馬がポツリと呟いた。

 「サッカー禁止令」が存在しない、当たり前の日常。ボール一つで誰もが笑顔になれる、その光景を久しぶりに目の当たりにして、俺たちの胸には熱いものがこみ上げてきた。

 

「……ああ。やっぱり、これを取り戻さなきゃいけないんだな」

 

 俺が隣で頷くと、天馬も強く拳を握りしめた。

 

「むう、それにしても暑いぜよ……」

 

 錦先輩がジャージの襟をパタパタと仰ぎながら汗を拭う。

 

「当たり前だ! ここは常夏の国、トンガットル共和国なのだからな!」

 

 どこから取り出したのか、真っ黒なサングラスをかけたワンダバが胸を張って答える。どうやらここが、円堂大介さんが身を隠しながら入院していた地であることは間違いなさそうだ。

 病院の受付で確認すると、大介さんは確かにこの施設に入院しているという。

 

「よし! すぐに病室へ向かおうぜよ!」

 

 鼻息荒く歩き出そうとする錦先輩だったが、それを葵が慌てて呼び止めた。

 

「待ってください!大介さんは病気で入院しているんです。大勢で押しかけたら、安静の邪魔になっちゃいます」

 

「……葵の言う通りだ。ここは俺が行こう」

 

 静かに名乗りを上げたのは、鬼道さんだった。

 生前の大介さんと面識があり、かつてその魂に触れたことがあるのは、このメンバーの中では彼一人だ。天馬も「自分も行きたい」と言うが、神童先輩が「任せるのが最善だ」と優しく諭した。

 

「……わかりました。これをお願いします」

 

 天馬は、大切に抱えていた『覇者の聖典』を鬼道さんへと託した。

 

「ああ。必ず、解読の鍵を掴んでくる」

 

 鬼道さんは聖典を抱え、迷いのない足取りで病院の奥へと消えていった。

 

 

 病室から戻ってきた鬼道さんの足取りは重く、その厳しい表情がすべてを物語っていた。俺たちは固唾を呑んで、中庭の木陰に集まった。

 

「……内容は教えてもらえなかった。サッカーにおける強さとは結果にすぎず、過程こそが大事だと。円堂のことも信じてもらえなかった。」

 

 鬼道さんの言葉に、天馬の顔が曇る。

 

「そんな……」

 

 唯一の希望だった『覇者の聖典』。著者に拒絶されては、ただの難解な落書きでしかない。俺たちは言葉を失い、南国の眩しい太陽の下で立ち尽くした。

 

「すべては解読にあると思っていたのに……これじゃデッドエンドぜよ……」

 

「ここまで来て教えてもらえないとは思わなかったぜよ。」

 

 錦先輩が項垂れる。手詰まりの絶望感が漂い始めたその時だった。

 

「——ふふっ。お困りのようですね?」

 

 鈴を転がすような、けれど背筋が凍るほど冷たい声。振り返ると、何もない虚空から歪みが生じ、そこからベータが優雅に姿を現した。

 

「追ってきたのか!しかし。何故ここが……」

 

 神童先輩が叫び、俺も即座に身構える。

 

「さあ、なぜでしょう?……ところで、その『覇者の聖典』、返してもらえます?」

 

「渡さない!」

 

 信助が聖典を抱えて一歩引くが、ベータは淡々と続ける。

 

「……そう言うと思ってました。なら、力ずくで奪っちゃいますから」

 

 ベータは冷酷な笑みを浮かべ、指をパチンと鳴らした。

 

「それじゃ、グラウンドでお待ちしてますね」

 

 霧のように消えていくベータ。

 俺たちは顔を見合わせた。大介さんの協力は得られず、戦力も整っていない。だが、戦わなければ道は開けない。

 

「……行こう、みんな!」

 

 天馬の号令に、俺たちは戦意を奮い立たせてグラウンドへと駆け出した。

 しかし、その喧騒の中、一人だけ別の動きをする影があった。

 

「みんな……今チームのために私ができることは——」

 

 葵だけはグラウンドとは逆の方向——大介さんのいる病室へと、迷いのない足取りで引き返していった。

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