イナズマイレブンGO 紅蓮の翼   作:シキDX

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第四十四話 乱世の覇王 織田信長

 稲妻町に展示されていた信長ゆかりの名刀を無事に確保し、俺たちは再びTMキャラバンへと集結した。

 

「みんな、アーティファクトの準備はいいな? 目指すは戦国時代だ!」

 

 ワンダバの威勢のいい声と共にキャラバンが浮上し、次元の壁を突き破ってワームホールへと飛び込む。激しい時空のうねりを駆け抜けること数分、視界がパッと開けた。

 と、そこに現れたのは、現代のコンクリートジャングルとは全く違う、荒々しくも生命力に満ちた時代を感じさせる巨大な城郭だった。

 キャラバンを着陸させ、小高い丘から眼下に広がる城下町を眺める。木造の家々がひしめき、遠くからでも活気のある羽振りのいい声が風に乗って聞こえてきた。

 

「すっごい……! 本当に昔の日本に来ちゃったんだね!」

 

 信助が目を輝かせ、ピョンピョンと跳ねながら提案する。

 

 

「ねえ!早く町の方に行こうよ!」

 

「ああ! 行こうぜ!」

 

「どんなところか、ちょっとワクワクするね」

 

 天馬と俺がすかさず同意するが、一歩引いていた剣城が異議を唱えた。

 

「下手にうろつくとまずいんじゃないか?」

 

 確かにジャージ姿で街を歩くの普通に怪しまれてしまうだろう。

 

「ならば!!ワンダバスイッチ!オン!」

 

 ワンダバが懐から取り出した怪しげなスイッチをポチッと押した瞬間、俺たちの着ている雷門ジャージが眩しく発光した。

 

「うわっ!? なんだこれ!」

 

 みるみるうちに服の形状が変化していき、光が収まったとき、俺たちは全員すっかり着物姿に変わっていた。

 

「わあ、すごい!!」

 

 天馬が自分の袖を振って大喜びする。だが、着慣れない和装に身を包んだ神童先輩と剣城は、お互いの格好を見比べて怪訝そうに眉をひそめた。

 

「微妙に江戸時代と混同している気もするが…」

 

 鋭いツッコミを入れる剣城を無視して、ワンダバ自身もおもむろに旅装束のような三度笠と合羽を身に纏い、ポーズを決めてみせた。

 

「大丈夫だ!気にするな!」

 

「まぁ、確かにこれなら町に馴染めそうね」

 

 紫が自分の紫色の小袖の裾を整えながら、少し感心したように呟く。すると、フェイが真面目な顔でキャラバンを指差した。

 

「とりあえずキャラバンを隠さないとまずいよ」

 

「おっと確かにそうだ!ワンダバスイッチオン!!」

 

 ワンダバがまたボタンを押すと、キャラバンの外壁が歪み、光学迷彩のように景色に溶け込んで完全に姿を消した。これなら誰にも見つかる心配はない。

 

「よし、準備万端だね! 行こう、みんな!」

 

 天馬の明るい掛け声に導かれ、俺たちは草木をかき分けながら、織田信長が統べる活気溢れる城下町へと一歩を踏み出した。

 

 

 長屋が連なり、砂埃の舞う街道を忙しなく人々が行き交う——。

 一歩足を踏み入れた城下町は、まさに戦国時代そのものだった。

 

「ここが昔の日本か」

 

「本当に僕たち戦国時代に来ちゃったんだね!」

 

 キョロキョロと辺りを見回しながら、純粋な感嘆の声を上げる。

 そんな賑やかな様子を横目に、着物姿でもどこか隙のない佇まいの剣城が、フェイに向かって声をかける。

 

「で、どうすれば信長に会えるんだ」

 

 すると、フェイは少し考えてから、みんなを見渡して笑顔で提案した。

 

「よし、それじゃあ分かれて行動開始だ! 」

 

「じゃあ、ここからはそれぞれで情報を集めてみようか」

 

 天馬の掛け声と共に、俺たちはそれぞれの方向へと散っていった。

 

 

「うーん……やっぱり、そう簡単には見つからないか」

 

 俺は頭を掻きながら、天馬、信助、葵、そして紫と共に歩いていた。城下町の中心部で聞き込みをしてみたものの、誰もが雲の上の存在である信長様の動向など知る由もなく、気づけば俺たちは町の賑わいから外れた寂しい郊外まで来てしまっていた。

 

 先頭を歩く紫は、周囲を警戒しながら自身の腕時計型デバイスを見つめている。

 

「なぁ紫、そっちの調子はどうなんだ?」

 

 俺が覗き込むと、紫は画面に表示される複雑な波形を睨みながら、小さくため息をついた。

 

「これは周囲のエネルギーを感知する『オーラレーダー』よ。……でも、ダメね。そもそも織田信長本人のオーラの固有波形がデータとして登録されていないから、どれが彼のものか絞り込みようがないわ」

 

「そっか、さすがに現物を一度見ないと、レーダーも使えないわけか……」

 

 そんな技術的な会話を交わしていると、ふと前方を見ていた天馬が声を上げた。

 

「あ、みんな、見て!この時代の人もサッカーやってるんだ!」

 

 天馬が指差した先は、草の生い茂るちょっとした開けた空き地だった。そこでは、粗末な着物を着た5人の子供たちが、何やら丸い物体を一生懸命に蹴り合って走り回っていた。

 天馬を先頭に、俺たちは吸い寄せられるように子供たちの元へと駆け寄った。

 

「ねえ!それってサッカー?」

 

 目を輝かせて身を乗り出す天馬。しかし、ボールを止めた子供たちは、お互いに顔を見合わせて首を傾げた。

 

「さっかあ……? なんだそれ」

 

「この時代の日本にサッカーなんて近代スポーツがあるわけないでしょ」

 

 後ろから追いついた紫が、呆れたようにツッコむ。

 すると、中心になってボールを抱えていた一人の少年が、自慢げに胸を張って言った。

 

「これは俺たちが考えた遊びさ。よその国には蹴鞠っていう似たような遊びがあるらしいけどな。その玉も俺たちで作ったんだぜ!」

 

「へー!そうなんだ!」

 

 天馬は子供たちの創意工夫に純粋に感心し、その手作りのボールを愛おしそうに見つめた。

 

「おい太助! 早く続きやろうぜ!」

 

 後ろの仲間たちから催促の声が上がる。ボールを持った少年——太助は、ニカッと無邪気に笑った。

 

「やりたいんなら混ぜてやるけど……どうだ?」

 

「やる! やりたいっ!!」

 

「僕も混ぜて!」

 

「俺もいくぜ!」

 

 天馬と信助、そして俺は、ボールを前にして身体がウズウズしていたこともあり、二つ返事で飛びついた。

 

「俺は天馬!」

 

「僕は信助!」

 

「俺はコウだ、よろしくな!」

 

 一人ずつ元気よく自己紹介をすると、少年も「俺は太助だ! 」と応え、さっそく空き地の中心へと走っていく。

 

「ちょっと!!」

 

 慌てて止めようとする葵の声は、すでにボールを追いかけ始めた3人の耳には届いていなかった。

 葵ががっくりと肩を落とすと、隣にいた紫がクスクスと楽しげに笑いながら、木陰の涼しい場所に腰を下ろした。

 

「ふふ、諦めなさい葵。サッカー……あの子たちにとっては『玉蹴り』ね、あれを前にしたあの3人に何を言っても無駄よ。ここは大人しく、気楽に待ちましょう?」

 

「もう……」

 

 葵はため息をつきつつも、楽しそうに泥にまみれて戦国の子供たちとボールを追いかけ始めた俺たちの姿を、温かい目で見守り始めるのだった。

 

 *

 

 最初はただの蹴鞠の真似事だった。けれど、俺たち雷門の3人が混ざり、子供たちにポジショニングやパスの出し方を教えていくうちに、空き地の玉蹴りはいつの間にか本格的なパスサッカーへと変貌を遂げていた。

 

「天馬!」

 

 太助が手作りのボールを器用に蹴り出す。だが、まだ慣れない足元から放たれたパスは大きく逸れ、近くを流れる川原の草むらへと転がっていった。

 

「あ、ごめん!」

 

「気にすんな!」

 

 太助の仲間の一人が元気に草むらへと走っていく。

 しかし、なかなか戻ってこない。不審に思った天馬が「ちょっと様子を見てくる」と草むらへ向かった。俺と紫、信助、葵もその後を追う。

草むらの先で、天馬の足が止まった。

 

「……っ!? なんだよ、あれ……!」

 

 最悪な光景だった。太助の仲間の一人が、簀巻きにされ、見慣れない粗末な服を着たガラの悪い大人2人に担ぎ上げられていたのだ。

 

「人さらいだ!!」

 

 太助が叫ぶ。

 

「待てっ! その子を放せ!」

 

 走りながら、天馬はその場に落ちていた手作りのボールを鋭い眼光で捉えた。一瞬の踏み込み。天馬の足から放たれた布製のボールは、凄まじい弾道を描いて人さらいの男たちへ一直線に飛んでいく!

 

「ぶふっ!?」

 

「ぎゃあ!?」

 

 狙い過たず、ボールは人さらい2人の頭へ交互に強烈なクリーンヒットを見舞った。男たちはその場に倒れ、簀巻きにされていた子供が地面に転がる。太助たちが大急ぎで仲間を救出した。

 

「やい!大人を怒らせたらどうなるか教えてやるよ!」

 

 しかし、相手は凶悪な無頼漢だ。頭を押さえながら立ち上がった男たちは、懐からギラリと光る懐刀を抜き放った。

 

「お前らまとめて連れて行ったっていいんだぜ」

 

 刃物を前に、太助たちが恐怖で身をすくめる。俺も身構え、セカンドステージチルドレンの力を使ってでも捻じ伏せようと拳を握りしめた、その時だった。

 

「お役人さーん! こっちです!!」

 

 どこか軽薄で、けれどよく通る大声が川原に響き渡った。

 

 

「何っ!?ずらかるぞ!」

 

 刃物を持った男たちは、捕まっては敵わないとばかりに慌てて蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

 嵐のような危機が去り、全員が安堵の息を漏らす。すると、草むらから「お前達無茶だぞ!」と、一人の男がひょっこりと姿を現した。

 どうやらお役人さんというのは嘘のようで男の他にも来る気配はない。

 

「助かりました。ありがとうございました!」

 

「なーに!いいってことよ。あいつらは白鹿組じゃ。子供をさらって他所の国に売り飛ばしてるという噂も聞く。気をつけろよ。」

 

「ひどい!なんでそんなことを…」

 

「今はどこの国も戦で人手不足じゃからのう。子供を兵士に育て上げようとしとるんじゃろう。」

 

 警察組織なんてまともに機能していない戦国時代。人身売買が日常のすぐ隣で行われているという現実に、俺と紫は肌が粟立つような恐怖と胸糞悪さを感じていた。未来の管理された世界とは違い、ここは命の軽い本物の乱世なのだ。

 

「天馬!何があったんだ!」

 

 そこへ、遠くから別の聞き込みを終えた神童先輩と剣城が、ただならぬ気配を察知して駆けつけてきた。

 

「人さらいにあったんです。危ないところをこの人に助けてもらったんです。え~と…」

 

「ワシは木下藤吉郎じゃ!」

 

 その名が耳に飛び込んできた瞬間、俺たちの脳裏に現代の歴史の授業がフラッシュバックした。

 

「木下……藤吉郎って……」

 

 俺が呆然と呟くと、隣にいた紫が信じられないものを見るように目を見開き、その綺麗な声を裏返らせた。

 

「木下藤吉郎って……まさか、のちの『豊臣秀吉』!? 日本を天下統一した、あの歴史上の超大物!?」

 

「「「ええええええ〜〜〜〜っっっ!!!???」」」

 

 天馬、信助、葵、そして俺の叫び声が川原にこだまする。神童先輩と剣城までもが「彼が、あの秀吉の若き日の姿……!」と絶句していた。

 当の藤吉郎本人は、未来の自分の大出世名など知る由もないため、目を丸くしてパチパチと瞬きをしながら、完全に困惑の表情を浮かべていた。

 

 *

 

 白鹿組の騒動が落ち着いた後、俺たちは大通りで合流した他の仲間たちも交え、川原の木陰で藤吉郎さんに自分たちの事情を全て打ち明けることにした。

 未来から来たこと、サッカーという素晴らしいスポーツがあること、そして歴史を守るために織田信長公の力を必要としていること……。夕暮れの涼しい風が吹く中、かなり時間をかけて説明すると、藤吉郎さんは顎に手を当てて「うーむ」と唸った。

 

「よくわからんけど……なんとなくわかったわ」

 

「すみません。ややこしくて」

 

「なに、気にするな!」

 

 多少の戸惑いを見せつつも、藤吉郎さんは豪快に笑って俺たちの言葉を受け入れてくれた。その器の大きさに、神童先輩や紫も驚きを隠せない様子だった。

 ひとしきり笑った後、藤吉郎さんはふと表情を和らげ、隣に座る天馬の顔を覗き込んだ。

 

「お前たちがそこまでして取り戻そうとしている『サッカー』ってやつは……そんなに楽しいもんなのか?」

 

「はい! 楽しいです!」

 

 天馬は迷うことなく、満面の笑みで即答した。

 

「そうか……好きなもんのそばにいるのは大事なこっちゃ!頑張らんとな。わしも今、好きなもののそばに行くために頑張ってるところじゃ。」

 

 その言葉を聞いて、神童先輩が不思議そうに尋ねた。

 

「藤吉郎さんの好きなものってなんなんですか?」

 

「わしの好きなもの。それは、織田信長様じゃ!」

 

 俺たちの間に緊張が走る。藤吉郎さんは少年のように目を輝かせながら、熱っぽくその想いを語り始めた。

 

「信長様は一度お見かけしたことがあるんじゃが、それはもうこの世のものとは思えないほどの覇気を持ったお方じゃった。信長様は世の常識や仕組みを覆し、必ず天下を取られるお方じゃ!わしはそんなの信長様にお仕えし、偉くなるんじゃ!」

 

 のちの天下人が、その夢の原点を語る姿。

 未来を知っている俺たちだからこそ、彼の言葉がただの夢物語ではなく、本当に歴史を動かす大志なのだと分かった。藤吉郎さんの溢れんばかりのバイタリティに、俺も、そして隣の紫も、思わず惹き込まれるように見入っていた。

 

 *

 

 夜の帳が下り、藤吉郎さんや太助たちと別れた俺たちは、それぞれ聞き込みを終えた他の仲間たちと合流した。今夜の宿は、ワンダバがどこからか見つけてきた町外れの古寺だ。

 長いこと人の手が加わっていないらしく、床は埃っぽくて荒れていたけれど、夜露と寒さを防ぐことができるだけでも今の俺たちにとっては上々の宿と言えた。

 月明かりが差し込む堂内に集まり、この日の反省会が始まる。

 しかしどうやらあまり情報は集まっていないようだ。

 

「そういえば今日、木下藤吉郎って人に会いましたよ。フェイは知ってる?」

 

「うん。後に豊臣秀吉となる人だよね。」

 

「豊臣秀吉といえば信長ですら達成できんかった天下統一を果たした男じゃろう!このさい信長じゃのうて秀吉でもいいんじゃ…」

 

「馬鹿モン!!」

 

 堂内に、ピシャリと激しい駄目出しの声が響き渡った。驚いて声のした方を見ると、葵の巾着袋の裾から、琥珀色に輝くクロノ・ストーン状態の大介さんがフワリと宙に浮かび上がっていた。ちゃっかりそこに収まっていたらしい。

 

『お前たちわかっとらんのう。チーム個人能力ではなく、選手同士の能力が共鳴しあい、高め合ってこそ最高のパフォーマンスが発揮されるものなのじゃ!!個人の力が優れているだけでは意味がない!11人全員の相性が大事なのじゃ。だから儂のいう組み合わせじゃないと絶対、ダメじゃ!!』

 

「わかったぜよ……」

 

『そして信長の力を受け取るのは神童拓人、お前じゃ!』

 

「お、俺ですか!?」

 

 突然指名された神童先輩が、驚愕に目を見開いて声を裏返らせた。

 どういう原理かは分からないが、石になってからの大介さんは、俺たちの秘められた能力や資質が手に取るように分かるようになったらしい。

 

 静まり返る古寺の中、俺は一歩前に出て、神童先輩の肩をポンと叩いた。

 

「神童先輩なら適任だな。チームを引っ張るゲームメーカーは、やっぱり先輩だよ」

 

 俺の言葉に、隣の紫も静かに頷いた。

 

「そうね。あなたの冷静な判断力と、内に秘めた熱さがあれば、信長のオーラとも必ず共鳴できるはずよ」

 

「コウ……紫……」

 

 仲間の信頼の言葉を受け、神童先輩の瞳の奥に宿っていた迷いが、静かに、しかし確固たる決意の炎へと変わっていく。先輩は拳を強く握りしめ、まっすぐに大介さんを見据えた。

 

「…分かりました。やってみます!」

 

 目標は定まった。あとは明日、何としても織田信長本人への接触を図るだけだ。

 

 翌朝、俺たちは古寺を出て、再び信長の手がかりを得るために城下町へと向かった。

 通りを歩いていると、前方から「あ! おーい、みんな!」と聞き覚えのある声が響く。昨日一緒に玉蹴りをした太助だった。その隣には、一人のしとやかな少女が立っている。

 

「お勝さん!」

 

 どうやら少女は神童先輩の知り合いのようだ。

 

「よ、天馬。姉ちゃんがお弁当作ってきたぜ!」

 

「二人は姉弟なんだね」

 

 丁寧に頭を下げるお勝さん。聞けば、昨日の聞き込み中に神童先輩が偶然出会い、濡れた服を乾かしてもらったもらったらしい。お勝さんは少し頬を染めながら、神童先輩に手作りのお弁当を差し出した。

 

「人探し、頑張ってくださいね」

 

「ありがとう」

 

 お弁当を受け取る神童先輩も、どこか照れくさそうに微笑んでいる。二人の間に流れるちょっといい雰囲気に、俺と天馬はニヤニヤしながら目配せを交わした。

 その時、お勝さんがハッと何かの気配を感じて振り返った。

 遠くから蹄の音が響き渡る。街道の向こうから、大きく「信長」の文字が入った幟を掲げた一団が、馬に乗ってこちらへと向かってきていた。

 その中心、立派な黒馬に跨る一人の男の姿に、俺たちの身体が強張った。

 鋭い眼光、整えられた髭、そして周囲を圧倒する凄まじいプレッシャー。彼こそが、俺たちが探し続けていた尾張の主——織田信長その人だった。

 

「拓人様!」

 

 お勝さんの焦った声に促され、周囲の農民たちと一緒になって、俺たちも大急ぎで道端に平伏した。農民たちは皆、その地で収穫したばかりの農産物や団子などを、敬意を込めて道に捧げている。

 信長は馬を止めると、一人の農婦が差し出したおはぎに目を留めた。大きな手でおはぎを掴み、躊躇なく口へと運ぶ。

 

「うまい。貴様、面を上げよ。このもち米は良い物だ。今後共精進せよ!

 

 強面の顔が一転して喜色に染まり、信長は豪快に笑った。褒められた農婦は「はい!」と、平伏したまま喜んでいる。この一幕だけで、領民たちが信長に対して恐怖だけでなく、絶対的な尊敬と愛着を抱いていることがよく分かった。

 だが、その張り詰めた緊張感の中で、信長の意外な一面を見た信助が、思わず「ぷっ……」と小さく吹き出してしまった。

 

「——誰だ」

 

 地を這うような低い声。信長が黒馬をこちらへと歩ませ、俺たちの真ん前で止まった。上空から見下ろす覇王の視線が、俺たちの衣服へと注がれる。

 

「なんだ貴様たちは。貴様達この国のものではないようだな」

 

 衣装を変えても。佇まいの違和感を一目で見抜く洞察力。天馬が冷や汗を流しながら返答に詰まっていると、信長はさらに目を細めた。

 

「まさか……今川の手の者ではあるまいな?」

 

 一触即発の空気が流れる。誰もが息を呑む中、神童先輩が覚悟を決めて一歩前に出た。地面に膝をついたまま、まっすぐに信長を見据える。

 

「そんなことはありません!私たちはただの旅人です!」

 

 信長は、神童先輩の全てを透視するかのような鋭い眼光で見つめ返した。沈黙が永遠のようにも感じられた後、信長はふっと鼻で笑った。

 

「我ながら愚問であったな。自ら敵だと名乗る間者などおらんか。……まあ良い、今日のところは信じよう。その目、曇ってはいないようだしな」

 

 その直後だった。ヒヒーーーンッ!! と、街道の奥から激しいいななきが響いた。見ると、馬が完全に狂乱し、周囲の護衛を振り切って俺たちの方へと猛スピードで暴走してくる!

 

「危ない!!」

 

 天馬が叫ぶ。だが、信長は慌てる護衛を手で制し、自ら暴れ馬の前へと歩み出た。

 

「——ハァッ!!」

 

 信長が気合一閃、凄まじい怒号を放つ。その瞬間、彼の身体から視覚化するほどの強大なオーラが爆発的に膨れ上がった。その圧倒的な威圧感に気圧されたのか、狂わんばかりに暴れていた馬が、信長の目の前でピタリと動きを止め、恐怖に震えるようにして大人しくその場にへたり込んでしまったのだ。

 

「暴れ馬ごとき、この織田信長の前では造作もないわ!」

 

「す、すげぇ……。気合だけで馬を止めちまった……」

 

 俺が唖然としていると、我に返ったワンダバが目を輝かせた。

 

「は!今だ!」

 

 ワンダバは懐からこっそりとミキシマックスガンを抜き出し、信長に向けて引き金を引いた。

 放たれた光の奔流。だが、信長の身体に接触した瞬間、その光は無残にも弾き飛ばされてしまった。

 

「なぬ!?」

 

「ん?貴様、なんだそれは?鉄砲のように見えるが」

 

 信長の鋭い視線がワンダバの手元へ注がれる。鉄砲に酷似したガンの形状に、信長は目ざとく不審の目を向けた

 絶体絶命。ワンダバは冷や汗を滝のように流しながら、フル回転で頭を働かせ、平伏し大声を張り上げた。

 

「こ、これは、花火鉄砲というもので、是非信長様に見てもらおうと思いまして!」

 

「ほう、それは面白いな。祭りでの余興、楽しみにしておるぞ」

 

 口から出まかせの嘘だったが、幸運なことにこの時期は本当にお祭りが近かった。信長はワンダバの必死の弁明をしばらく黙って見下ろしていたが、やがて満足げに頷いた。

信長は一行を怪しい旅の花火職人一行と得心し、機嫌よく馬首を巡らせて去っていった。

 

「ふぅ……死ぬかと思ったぜよ……」

 

 錦先輩がへなへなと地面に頽れる。

 オーラを強制的に吸い出すことは不可能なほどの絶対的な精神力。俺たちはそれを身をもって知ることになった。

 

 

 再び場所を川原に移し、俺たちはなぜミキシマックスが失敗に終わったのかを話し合おうとしていた。ワンダバがガンの出力を確認し、フェイが腕を組んで考え込んでいた、その時だ。

 

「それは器の問題じゃな」

 

 またしても、どこからともなく突飛な声が響き、アルノ博士がひょっこりと姿を現した。相変わらずの神出鬼没ぶりに俺と天馬が驚く中、博士は神童先輩の前に指を突きつけて解説を始める。

 

「信長のオーラに比して、今の神童拓人の器は小さすぎて入りきらないのじゃ。つまり、織田信長という男は、それだけ規格外にデカい男だということじゃな」

 

博士の言葉を要約すると、ミキシマックスには双方のオーラの『同調』が絶対条件だが、今の神童先輩と信長の間にはそれがない。さらに、受ける側の神童先輩自身に、その強大なオーラを受け止めるだけの心の強さや絶対的なキャパシティが足りていないというのだ。

 

「けど、ワンダバが採取してきた恐竜のオーラとはミキシマックスできたよ?」

 

 天馬が食い下がったが、アルノ博士は首を横に振った。

 

「それはつまり、恐竜よりも織田信長の力の方が大きいということじゃ。ミキシマックスガンのメモリに収まりきらんほどにの。だから、この場での信長のオーラを直接注ぎ込むしかないというわけじゃ」

 

「信長のオーラを受け取るにはどうすればいいんですか?」

 

「器の許容量を増やす。つまり、特訓しかないの!」

 

 神童先輩は自身の拳を見つめ、静かに息を吐き出した。その表情には焦りではなく、ただひたすらに前を見据える確固たる闘志が宿っていた。

 

「…分かりました。必ず信長のオーラを受け取ってみせます!」

 

「よくぞ言った!後はどうすれば信長に会えるかだが……」

 

 その時。「拓人様!!」と、川原の土手を走ってこちらへ向かってくる人影があった。太助の姉のお勝さんだ。

 

「お勝さん? どうしたんですか、そんなに慌てて」

 

 神童先輩が駆け寄ると、お勝さんは弾む息を整えながら、信じられないような朗報を口にした。

 

「もう一度会えるかもしれません!信長様に!」

 

「えっ!会えるって!?」

 

 お勝さん曰く近々、信長様が催される『花見の宴』に給仕の働き手として選ばれたらしい。

 

「それだーー!!」

 

 ワンダバがガタッと立ち上がり、宴の席でのミキシマックス作戦を組み立てようと一同を呼び寄せた。しかし、作戦会議の途中、遠くから別の、今度は悲痛な叫び声が響き渡った。

 

「勝!太助がいなくなっちまった!」

 

「太助が!?」

 

「ああ。男達にさらわれたのを見た人たちがいるらしい」

 

「な、なんだって!?」

 

 天馬の顔色が変わる。昨日あれだけの騒ぎを起こしたのだ、相手が同じ『白鹿組』の無頼漢どもであることは疑いようがなかった。昨日の仕返しを兼ねて、太助を人さらいにかけたのかもしれない。

 

「クソッ、あの野郎ども、懲りずにまた誘拐しやがったのか!」

 

 俺が怒りで拳を握りしめると、剣城も「すぐに助けに向かうぞ」と鋭い視線を向けた。だが、広大な尾張の土地で、白鹿組が一体どこを根城にしているのか、俺たちには皆目見当がつかない。

 一同が焦りで足止めを食らう中、神童先輩がパッと顔を上げ、冷静な口調で提案した。

 

「藤吉郎さんに来てもらおう。何か知っているかも知れない」

 

「そうか!藤吉郎さんなら!」

 

 天馬が同意する。俺たちはすぐさま手分けして藤吉郎さんを捜索し、太助を救い出すための情報を得るべく動き出した。

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