イナズマイレブンGO 紅蓮の翼   作:シキDX

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第四十七話 戦国の世に結んだ絆

 華やかな桜吹雪の舞う宴の場は、一瞬にして静まり返り、捕らえられた俺たちを裁くお白洲の場へと変貌してしまった。

 周囲を鋭い槍を構えた何十人もの織田兵に取り囲まれ、俺たちは床に膝を突かされて厳重な審問にかけられていた。

 

「貴様ら、やはり今川の手のものだったのか。わしを暗殺しに参ったか」

 

 やぐらの上の高台から、信長が冷徹極まりない声を響かせる。身動き一つできない緊迫した沈黙が流れる中、信長はさらに目を細めた。

 

「……言い訳もできぬか」

 

「違います! 暗殺なんて、そんなんじゃありません!!」

 

 天馬がたまらず必死に声を張り上げた。だが、信長はそれを冷たくあしらう。

 

「ほう……では、何故宴に忍び込んだ。一度目は花火職人を装い我に近づき、二度目は踊り子を装い宴に忍び込む。これでも他意は無いと申すか」

 

「そ、それは……」

 

 天馬は言葉に詰まった。本当のことを言えば『あなたのオーラを銃で吸い取るためです』となる。そんな怪しい言い訳が通じるはずもない。

 

「答えられぬということは、やはり……」

 

 信長が処刑を断じようとした、まさにその瞬間だった。

 

「信長様!!」

 

 神童先輩が突然立ち上がった。そして、信長の鋭い眼光を真っ向から見据えて言い放ったのだ。

 

「俺たちは、時を越えてやってきました!」

 

 その言葉に、さすがの信長も一瞬だけ眉を動かした。

 

「時を越えて……だと?」

 

「はい! ずっと、ずっと先の未来から! この時代よりも、もっと先の世から来たのです!」

 

 淀みなく言い切った神童先輩。だが、そんな荒唐無稽な話を、この時代の常識人が信じるはずもなかった。信長の傍らに控える家臣の一人が、激怒して刀の柄に手をかける。

 

「たわけがっ! もう少しマシな言い訳をするんだな! 親方様、こんな奴ら詮議をするまでもございません! 全員まとめて即刻死罪に致しましょう!」

 

 死罪、という容赦のない単語に、俺たちの間にも凄まじい緊張と驚愕の色が走る。

 だが、織田信長という男は、凡百の人間とは器が違った。彼はむしろ、その釈明の突飛さを楽しむように薄く笑ったのだ。

 

「まあ待て。面白いではないか」

 

 手で家臣を制した信長は、神童先輩を見下ろした。

 

「貴様!今の説明では納得できぬ。先の世とはどういうことか、もっと分かるように説明せよ」

 

「分かるように……ですか」

 

 さらなる詳細を求められ、神童先輩は一瞬だけ思考を巡らせた後、真っ直ぐに答えた。

 

「先の世とは、今から数百年もの時が流れ、今よりずっと進歩した日本のことです。俺たちは船で海を渡るように、時の流れを渡ってこの時代に来たのです」

 

「そんなことができるわけがなかろう!」

 

 再び声を荒らげる家臣を、信長はまたも手で制する。その目は、神童先輩の言葉の裏にある『真実』を見定めているようだった。

 

「……それで、どうなっておる? 未来の日本は」

 

 神童先輩は少しだけ寂しげに、しかし誇りを持って答えた。

「戦がなく、豊かで、平和な世です」

 

「ほう……」

 

 信長は空を見上げ「日本は、良くなっておるのだな」と呟く。そして、鋭い視線を再び俺たちへと戻した。

 

「では貴様らが未来から来たということは、これから起こることも分かるというのか?」

 

「この時代の、大きな出来事なら……」

 

「ならば聞く。儂は……織田信長は、天下を取れるのか?」

 

 核心をついた恐ろしい問いに、俺たち雷門一同は思わず息を呑み、沈黙した。

 歴史の授業を真面目に受けていれば、誰もが知っている史実。ここで「天下を取れます!」と嘘をついてごまかせばバレてしまう可能性がある。逆に、否定すれば天下獲りを目指す覇王の逆鱗に触れ、即座に首を刎ねられかねない。どちらを答えても角が立つ、まさに命がけの質問だった。

 誰もが冷や汗を流す中、神童先輩は静かに、しかし迷いのない声で告げた。

 

「……残念ながら信長様は、天下を獲ることはできません」

 

 正直に史実通り「天下を獲れない」と答えた神童先輩に、俺たちは大いに驚愕した。ともに詮議を受けていた藤吉郎さんも、「そんな……信長様が、天下を取れないなんて……」とショックを受けて呟いている。

 家臣の反応は、想像通り最悪なものだった。

 

「この不届き者がァァーッ!!」

 

 今にも切りかからんばかりに刀を抜きかけた家臣。だが、当の本尊である信長は、至って冷静にうっすらと笑みすら浮かべてみせた。

 

「そうか。……それは残念であるな」

 

 あまりに予想外な、拍子抜けするほどの穏やかな信長の反応に、葵が「え? どういうこと……?」と戸惑い、俺も「もしかして、助かったのか……俺たち?」と小さく呟いた。

 その奇妙な静寂を破るように、突然、入り口付近の人混みがガヤガヤと騒ぎ始めた。

 

「どけ! どかぬか!」

 

 数人の男女が人混みを力任せにかき分け、審問の場の中心へと堂々と躍り出てきた。

 

「我らは今川義元様の家臣! 織田信長殿へ、決闘を申し込みに参った!」

 

 その男たちが掲げていたのは、敵対する今川の幟。だが、その着物の下に覗く冷徹な雰囲気と見覚えのある顔つきに、俺はすぐに気がついた。

 

(あいつら……今川の家臣に変装した、プロトコル・オメガだ!)

 

 レイザが、わざとらしく仰々しい書状を広げ読み上げ始めた。

 

「信長殿、麿は今、蹴鞠戦という球蹴りで勝負をする遊戯にすっかりはまっておじゃる。ここは一つ、織田と今川、蹴鞠戦で白黒つけてみないでおじゃるか? 戦にしか能がない脳筋の信長殿には、少々無理な相談でおじゃるかのう?」

 

 あからさまな挑発に、織田の家臣が激昂する。

 

「ぶ、無礼な! 構わぬ、曲者どもを切り捨てよ!!」

 

 一斉に兵士たちがレイザたちを取り囲み、首元に刀を突きつける。だが、プロトコル・オメガの面々は、その冷たい表情を一切崩さない。未来のテクノロジーを持つ彼らにとって、戦国時代の刀など脅威でも何でもないのだろう。

 

「信長様!!」

 

 その時、神童先輩が再び声を張り上げた。

 

「その勝負、俺たちにやらせてください! 蹴鞠戦なら、俺たちが最も得意とするものです!」

 

「そうです! 指揮は、この私めにお任せを!」

 

 すかさず藤吉郎さんも前に飛び出し、必死に地面に頭をこすりつけた。

 

「必ずや勝って、今川を打ち取ってご覧に入れまする!」

 

 信長は、じっと藤吉郎さんの顔を見つめ、ふっと息を吐いた。

 

「よかろう。……貴様、名は?」

 

「木下、木下藤吉郎にございまする!」

 

 すると、今川の家臣に扮するプロトコル・オメガのリーダー格、エイナムが冷酷に告げた。

 

「試合は一週間後、七日の後だ」

 

「うつけ祭りの日か!」

 

 藤吉郎さんがハッとして叫ぶ。天馬が「うつけ祭り……?」と疑問を口にすると、すかさずワンダバが小声で解説を入れた。

 

「信長が年に一度開く、騒ぎのあまり怪我人まで出るという祭りだ。奴ら、そのお祭りの騒ぎに乗じて、我々を叩き潰すつもりだろう」

 

「その時代にある事件や人物を利用した方が、タイムパラドックスによる歴史のルート変更が起きにくいんだ」

 

 フェイが悔しそうに付け加える。

 

「楽しみにしているぞ」

 

 エイナムが不敵に微笑んだ瞬間、プロトコル・オメガの面々の身体がブレ、光の粒子となってその場から忽然と消え去った。さらに、今まで周囲を取り囲んでいたはずの織田の役人の一人に変装していたベータも、いつの間にかその場から煙のように姿を消していた。

 

 *

 

 目まぐるしく状況が動いた忙しい一日もようやく暮れ、尾張の国に静かな夜が訪れる。

 今川方のプロトコル・オメガと「蹴鞠戦」で戦う許可を信長公から得たことで、俺たち雷門イレブンはひとまず罪を不問とされ、いつもの古寺に戻って遅めの夕食時を迎えていた。

 土間の大鍋に用意されたのは、豆腐屋の娘であるお勝さんが特製で作ってくれた、出来立ての湯豆腐。立ち上る真っ白な湯気と大豆の優しい香りに、信助が「わあ、美味しそうっ!」と歓声を上げる。

 

「お勝さん、ありがとうございます」

 

 神童先輩が丁寧に感謝を述べたが、お勝さんは「いえ……」と小さく俯き、先輩と目を合わせようとはしなかった。

 

(審問での、あの会話。俺たちが『数百年後の未来から来た』っていう神童先輩の発言、やっぱりまだ飲み込めていないんだろうな……)

 

 どこかぎこちなく気まずい雰囲気が二人の間に流れるが、そんなお勝さんの複雑な心境をまったく知る由もない天馬たちは、「おいしい!」「お豆腐が甘いよ!」と無邪気に湯豆腐の美味しさに舌鼓を打っていた。

 そんな中、ハフハフと豆腐を頬張りながら、錦先輩と水鳥先輩が昼間の件を思い出したように神童先輩へ視線を向けた。

 

「それにしても天下を取れないと言ったときはビックリしたぜよ」

 

「まさか正直に言っちまうとはな」

 

 二人の驚きの言葉に、神童先輩は箸を置き、真面目な表情で答えた。

 

「小手先の手が通じるような相手ではないからな」

 

「お、信長の理解が深まってきたんじゃないか?これなら次は成功ぜよ!」

 

 錦先輩がガハハと太鼓判を押すが、神童先輩は寂しげに首を振る。

 

「いや、知れば知るほど自分との器の大きさの違いを痛感する」

 

 先輩が再び自身の手に目を落とした、その時。それまで静かに話を聞いていた太助が、不意に身を乗り出して尋ねてきた。

 

「そういえば天馬たちが先の世から来たって本当なの?あの役人も白鹿組の時にいた時の奴だし、今川の家臣たちも関係あるの?」

 

 太助の純粋な問いに、一同の手がピタリと止まる。戦国時代の一般人である彼らに、これ以上の真実を正直に話すべきか……みんなが少し悩んで顔を見合わせた。

 だが、紫が静かに湯茶をすすりながら口を開いた。

 

「……ここまで事情を知られているなら、もう隠す必要はないわ。ちゃんと話した方がいい」

 

「そうだね」

 

 フェイも覚悟を決めたように頷く。

 

「プロトコル・オメガとの試合は白鹿組との試合よりも激しいものになるだろうし」

 

「だったら、俺から話すよ」

 

 天馬が真っ直ぐな目で太助を見据えた。

 

「あ……あの、私、お豆腐をとってきますね……」

 

 その瞬間、お勝さんが耐えきれなくなったように小さく声を上げ、気まずそうにその場を離れてパタパタと台所へ去っていった。やはり、神童先輩たちが自分とは全く違う遥か遠い世界の人間だという現実に向き合うのが、まだ怖いのかもしれない。

 お勝さんの後ろ姿を見送ったあと、天馬は太助に向き直り、一語一語を噛み締めるように伝えた。

 

「太助。俺たちが先の世から来たって話は、本当なんだ。それも……今から何百年も先の世からなんだ」

 

「何百年も……っ!?」

 

 太助がひっくり返りそうなほど目を丸くする。天馬は微笑んだ。

 

「俺たちの時代には、『サッカー』はみんなに夢をくれる。でも、そのサッカーを世界から、みんなの歴史から奪おうとする奴らが現れた。それが……今川の家臣を名乗って現れた、あいつらなんだよ」

 

 天馬の言葉に、フェイや剣城も真剣に頷く。

 

「あいつらを倒してサッカーを守るためには、俺たちはもっと、もっと強くならなきゃいけない。だから俺たちはこの時代に来て織田信長のパワーを分けてもらおうとしてるんだ」

 

 天馬の熱い説明をじっと聞いていた太助は、しばらくポカンと口を開けていたが、やがてその顔に凄まじい興奮の色を浮かべた。

 

「すごーい!天馬たちって本当に先の世から来たんだ!俺、先の世から来た人なんて初めて見たよ!」

 

「そりゃいたら怖いだろ」

 

 太助のあまりに斜め上な感動っぷりに、俺が思わずツッコミを入れると、古寺の中にどっと笑い声が起きた。

 しかし、太助の表情はすぐにキリッと引き締まり、男らしい真剣な顔つきになる。

 

「よし!分かった!俺にも手伝わせてよ!サッカーの大切さは俺にも分かる。あんな奴らに取られてたまるか!」

 

「太助……!」

 

 戦国の友からの心強い言葉に、天馬は顔を輝かせ、隣のフェイを振り返った。

 

「フェイ、いいよね!」

 

「もちろんだよ!」

 

 お勝さんの切ない恋心を乗せた夜風が古寺を吹き抜ける中、現代のサッカープレイヤーと戦国時代の少年たちは、一週間後の決戦に向けて、固い約束の握手を交わすのだった。

 

 

 大ピンチを切り抜け、太助たちの頼もしい協力も得た翌日。

 突き抜けるような青空の下、一週間後に迫ったプロトコル・オメガとの決戦に向けて、各自の猛特訓が開始されようとしていた。

 

「よし!うつけ祭りの決戦に向けて、特訓を開始する!太助、ビシバシしごいてやるからな!覚悟しろ!」

 

「お願いします!」

 

 ピッチの中央でワンダバが異様なほどに鼻息を荒くして張り切っていた。

 普段なら円堂監督や他の面々に割り込まれ、ろくに指揮を執らせてもらえないワンダバである。監督として久々に、誰からも一切邪魔されずに自分の指示でチームを動かせるこの状況に、完全に浮かれまくっているのだ。

 

「おーーーい! みんな、待たせたなァ!」

 

 ワンダバが至福の独裁タイムに浸ろうとしたまさにその瞬間、境内をぶち破るような大声と共に、ひょっこりと藤吉郎さんが姿を現した。

 しかも、その背後には見慣れた顔ぶれが揃っている。

 

「あれ? 獅子丸たちじゃん!」

 

 俺が声を上げると、藤吉郎さんはニカッと笑って胸を叩いた。

 

「サッカーは11人でやるもんじゃろ。連れてきてやったぞ」

 

「おお、さすが藤吉郎さん! 気が利くなぁ!」

 

 俺たちが大喜びする中、一人だけ「わ、私の見せ場が……」と頭を抱えてプルプルと震えるワンダバ。

 しかし、藤吉郎さんの用事はそれだけではなかった。彼は急にふっといつものお調子者の笑みを消し、ドスの利いた真面目な口調に変えると、天馬や神童先輩の前にずいと一歩踏み出してきた。

 

「それと、信長様が天下を取れんなどとわしは信じておらんからな!」

 

 信長命の彼らしい、熱く、そしてどこか執念すら感じる怒りの発露。

 

「信長様が天下を取らんのなら誰が取るというのじゃ。今川か?武田か?ほら、答えられまい。」

 

 藤吉郎さんからそう詰め寄られた瞬間、俺たちの間に何とも言えない奇妙な沈黙が流れた。

 天馬も、神童先輩も、剣城も、そして俺も紫も、全員が完全に口を半分開けたまま、キョトンとした顔で藤吉郎さんを凝視してしまう。

 未来の天下人であり、後に太閤とまで呼ばれる豊臣秀吉こと『木下藤吉郎』本人から、「信長様じゃなきゃ誰が天下を獲るんだ」とド直球の質問を受ける。これ以上の歴史のいたずら、歴史の皮肉が他にあるだろうか。

 とにかく、一瞬でその場の空気を自分のものにしてしまう吸引力は、さすが歴史に名を残す男だ。藤吉郎さんはすぐに元のカラッとした笑顔に戻ると、パッと大きく両手を叩いて叫んだ。

 

「それじゃあ……練習を始めるぞ!!」

 

「「「はい!!」」」

 

 

 *

 

 藤吉郎さんの指導のもと、古寺の裏手に作られた急造のサッカーグラウンドでは、連日熱い特訓が繰り広げられていた。

 天馬や剣城、フェイたちはそれぞれが己の乗り越えるべき課題に挑みながらも、まだサッカーを始めて間もない太助たち五人に、基本のパスやトラップを熱心に教えていく。

 日中は共に泥にまみれて特訓に励み、心地よい汗を流す。そして夜になれば、みんなで一つの鍋を囲み、お勝さんが作ってくれた温かい湯豆腐を笑顔でつつく——。

 この生活のサイクルを繰り返すうち、現代と戦国という時間の壁を越えて、互いの心に強力な仲間意識が芽生えていった。まさに「同じ釜の飯を食う」という言葉通り、彼らの間には強固な連帯感が生まれつつあった。

 サッカーというスポーツは、他のどんな競技以上に団結心と連帯感が重視される。

 寝食を共にし、同じ目標へ向かって走る生活を送る中で、チームの連動性は急速に跳ね上がっていった。パスの呼吸がピタリと合い、ぎこちなかったドリブルが滑らかに続く。太助たちはもはや「素人の数合わせ」ではなく、チームの重要なピースとして機能し始めていた。その上達への自信がさらにプレーに磨きをかけ、相乗効果でチーム全体の底力がグンと引き上げられていく。

 

「皆んなどんどん上手くなって行きますね」

 

「ああ、これならいけるな!」

 

 ピッチの脇で、葵と水鳥先輩が確かな手応えを感じて顔をほころばせる。

 だが、ワンダバを蹴落としてすっかり監督の座に収まった藤吉郎さんだけは、腕を組んだまま、どこか難しい顔をして太助たちのプレーを見つめていた。彼の鋭い鑑識眼には、まだ何か「物足りない要素」が映っているようだった。

 

 

 特訓五日目の終了直前。

 激しいミニゲームの最中、ディフェンスに入っていた太助は、フェイの鋭いフェイントに翻弄されて一瞬でボールを奪われてしまった。そのままシュートに持ち込まれ、信助の決死のナイスセーブによってなんとか失点は免れたものの、太助の顔は悔しさで歪んでいた。

 

「よし、今日の練習はここまでじゃ!」

 

 藤吉郎さんから練習終了の宣告が下され、皆んなが次々と引き上げていく中、太助だけがただ一人、グラウンドの真ん中にポツンと立ち尽くしていた。

 やがて完全に日が落ち、周囲が夕闇に包まれても、太助は一人でボールを蹴り続けていた。ぽつり、ぽつりと不器用に向き合うリフティング。サッカーが好きで、もっともっと上手くなりたいという彼の気持ちは、間違いなく本物だった。

 

「練習か!だったら付き合うよ」

 

「一人で居残り練習なんて、熱心だな」

 

 ふいに声をかけたのは、太助が一人で残っていることに気づいていた天馬と俺だった。二人の姿を見た太助は、ハッとして足を止める。

 

「天馬……コウ……。お前ら、戻ったんじゃ……」

 

「太助が頑張ってるんだ、俺たちに付き合わせてよ! ほら、オフェンスのコツ、もっと教えてあげるから!」

 

「俺はディフェンスのしごき担当な。ほら、行くぞ太助!」

 

「……! おう、頼む!」

 

 そこから、三人だけの熱い居残り特訓が始まった。天馬の鋭いドリブルを太助が必死に追いかけ、俺のタイトなマークを太助がガッツでこじ開けようとぶつかってくる。天馬と俺の容赦のない厳しい指導にも、太助は何度も泥にまみれながら、大粒の汗を流して立ち向かっていった。

 夜も更け、空一面に満天の星空が広がった頃。

 クタクタに疲れた三人は、グラウンドの隅の草むらにドサリと仰向けに寝転がった。

 

「やっぱり、すげぇな、お前らは……」

 

 虫の音が響く静寂の中、太助が星空を見上げながら、ぽつりと溢した。天馬と俺の圧倒的な実力を肌で知ったことで、自分の無力さに少し腐ってしまったようだ。

 だが、天馬はすぐに上半身を起こし、優しい笑顔を太助に向けた。

 

「でも随分動きは良くなったね」

 

「まだまだダメだよあんなんじゃ。もっともっと上手くならなくちゃ。皆の足を引張ったりしたら…」

 

 焦りと不安に押しつぶされそうになる戦国の少年の背中。

 天馬はそんな太助の目をまっすぐに見つめ、確信を込めてこう言った。

 

「大丈夫さ太助なら。だって太助の蹴るボール、笑ってるから!」

 

「ボールが……笑ってる?」

 

 突飛な天馬の表現に、太助は呆気にとられて目を丸くする。天馬の「サッカー馬鹿」特有の感覚に、俺は思わず苦笑いしながらも、天馬の言葉の真意を補うように続けた。

 

「天馬の言う通りだ。太助、お前サッカー好きだろ?」

 

「うん! それは好き!」

 

 太助の即答を聞いて、天馬は嬉しそうにニカッと笑った。

 

「だったら大丈夫さ! サッカーを大好きでいれば、サッカーはきっと、その気持ちに応えてくれる!」

 

「そうだ! サッカーは努力する奴を絶対に裏切らない。ここまで必死に走ってきたんだ、もっと胸を張っていけよ、太助!」

 

 俺と天馬が並んで親指を立て、声を揃えて笑う。

 

「「なんとかなるさ!」」

 

 その言葉は、不思議なほど太助の心の奥底にスッと染み渡っていったようだった。不安に強ばっていた太助の顔からふっと力が抜け、彼は夜空を見つめ直すと、力強く、そして嬉しそうに頷いた。

 

「なんとかなるか……うん!なんとかなるよね!」

 

 星空の下、しっかりと結ばれた三人の絆。

 迫り来る決戦の日は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 *

 

 そして翌日、決戦の日をいよいよ明日に控えた運命の特訓最終日。

 グラウンドに集まった俺たちの前で、監督の藤吉郎さんは太助、獅子丸、五郎太の三人を指差し、とんでもない「むちゃぶり」を言い放った。

 

「よいかお前たち! 明日の本番までに、三人で『合体必殺技』を身につけるんじゃ!」

 

「「「合体必殺技!?」」」

 

 太助たちが驚く中、錦先輩が「試合は明日ぜよ!」と難色を示す。だが、藤吉郎さんはその鋭い目をギラリと光らせて一喝した。

 

「それがどうした! 戦に必要とあらば、一晩で城でも作ってみせる! それくらいの気概が無くてあいつらに勝てるものか!あの不気味な今川の奴らには絶対に勝てん!」

 

 藤吉郎さんは腕を組み、太助たちのこれまでの頑張りを見つめながら言葉を続ける。

 

「あ確かにお前たちは今日までに随分と腕を上げた。白鹿組と戦った時とは雲泥の差じゃ。……それでもな、今川のあやつらの猛攻を食い止めるには、今のままではまだ足りんのじゃ!」

 

 太助たちの急成長を認めつつも、敵の戦闘力を冷静に分析し、現状のディフェンスでは防ぎきれないと断言する藤吉郎さん。その圧倒的な説得力に誰もが言葉を失う中、彼はニヤリと不敵に笑って言い放った。

 

「敵の攻撃を完全に阻む、一夜で作り上げる強固な城……名づけて、『一夜城』じゃ!!」

 

「「「い、一夜城……!?」」」

 

 その単語が飛び出した瞬間、俺や天馬、神童先輩たちの間に、昨日とは違う意味で凄まじい衝撃が走った。

 あまりの歴史の先走りに、ツッコミを入れたらタイムパラドックスが起きかねない。俺たちはただ、引きつった笑いを浮かべて黙っているしかなかった。

 しかし、そんな未来の事情を知る由もない太助は、藤吉郎さんの熱い期待を真っ向から受け止め、拳を強く握りしめた。

 

「……わかった。藤吉郎さんの言う通りだ。やってやる、必ずその技を会得してみせる!」

 

 だが、現実は甘くなかった。

 太陽が深く西に傾き、あたり一面が真っ赤な夕焼けに染まる頃になっても、必死の特訓は繰り返されていたが、「一夜城」は未だ完成の兆しを見せていなかった。

 

「いくよ、みんな!」

 

 仮想・プロトコル・オメガのシューターとして、フェイが鋭いミドルシュートを放つ。強力なシュートが、三人の後ろにあるゴール目掛けて凄まじい速度で襲いかかった。

 

「いくぞ! せーのっ……『一夜城』———っ!!」

 

 太助たちの掛け声が虚しく響く。タイミングが合わず、技が発動する前にフェイのシュートの衝撃波が炸裂し、三人まとめて派手に後方へと吹き飛ばされてしまった。

 

「うわああああっ!」

 

 泥まみれになって地面を転がる三人。「一夜城」はまたしても失敗だった。

 すでに身体は限界を超え、疲労困憊で息を荒くする獅子丸と五郎太。太助は激しい悔しさから、「くそっ……! なんでできないんだ!」と地面を拳で何度も叩きつけた。あまりの痛みに、もう立ち上がる気力さえ失いかけた、その時。

 太助の目の前の地面に、一つの影が落ちた。

 見上げると、そこには天馬が立っていた。天馬は何も語らず、ただ泥だらけの太助を、いつものあの真っ直ぐで温かい笑顔で見つめていた。

 

「天馬……」

 

 言葉はなくても、その無言の笑顔には『太助くんなら大丈夫、サッカーを信じて!』という、どんな声援よりも強い励ましのメッセージが詰まっていた。

 昨日の星空の下での約束が、太助の脳裏に蘇る。太助の顔にも、自然とふっと不屈の笑みが浮かんだ。

 

 天馬から引き継いだその笑顔のまま、太助はガバッと力強く立ち上がった。そして、まだ倒れ伏している仲間に向けて叫んだ。

 

「獅子丸! 五郎太! もう一度だ! 次は俺が正面でボールを受ける、二人は俺を支えてくれ!」

 

 太助の放ったその強い光と笑顔は、弱気になっていた獅子丸と五郎太の心に、再び立ち上がる勇気の火を灯した。

 

「……おう! やってやろうじゃねぇか!」

 

「太助、絶対に止めるぞ!」

 

 藤吉郎さんや俺たち雷門メンバー全員が固唾をのんで見守る中、泣いても笑ってもこれが最後の挑戦。

 

「ラスト、いくよ!!」

 

 フェイが今日一番の強烈なシュートを放つ。赤黒い夕闇を切り裂くように飛んでくるボールに対し、三人が目配せを交わし、同時に地を蹴った。

 

「今だっ!!」

 

「「「『一夜城』———っっ!!!」」」

 

 刹那、グラウンドに眩い閃光が走った。

 バチバチと激しい火花を散らしたあと、見事に勢いを失って真上に弾き返された。

 

 直後、静寂に包まれるグラウンド。

 

「や、やった……?」

 

 五郎太が恐る恐る目を開けると、そこには完璧にゴールを守りきったボールが転がっていた。

 

「やったぁぁぁ——!! 完成したぞ!!」

 

 天馬が真っ先に飛び出し、太助たちに抱きつく。

 

「本当に一晩で城を作っちゃったよ!」

 

 俺も信助たちと一緒にピッチへ駆け込み、泥だらけの三人をもみくちゃにして祝福した。即席のチームメイト全員が我がことのように喜び、古寺の境内は大きな歓声に包まれた。

 むちゃぶりを跳ね返し、戦国の少年たちが掴み取った奇跡の力。最強の盾を手に入れた雷門イレブンは、いよいよ明日、歴史の命運を賭けたプロトコル・オメガとの決戦の舞台——『うつけ祭り』へと挑む!

 

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