イナズマイレブンGO 紅蓮の翼   作:シキDX

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第四十八話 VS今川軍

 いよいよ「うつけ祭り」の当日がやって来た。

 城下は数多くの夜店が立ち並び、着飾った見物客が行き交うお祭り騒ぎの熱気に包まれている。どこを歩いても、広場に設けられた特設グラウンドで行われるという「織田と今川の蹴鞠戦」の話題でもちきりだった。歴史の命運を賭けた戦いが、今まさに始まろうとしている。

 砂煙が舞うグラウンドの中央で、俺たち雷門イレブンと今川方のプロトコル・オメガが真っ向から対峙する。

 相手の先頭に立つベータは、上品ぶった仕草で口元を手で隠しながら、クスクスと小馬鹿にするような笑みを浮かべてきた。

 

「あ〜ら、ちゃんと来てくれたのね。そのことは褒めてあげますわ。でも……よりにもよってそんな子達を連れてきちゃうなんて」

 

 見下すように言い放つベータ。その言葉に、五日間の猛特訓を乗り越えて自信をつけた太助達が、カッと頭に血を上らせて一歩前に出た。

 

「この前の俺たちと思ったら大間違い!」

 

「舐めてたら痛い目見るぞ!」

 

 だが、その反発を耳にした瞬間、ベータの表情から一切の笑顔が消え失せる。

 

「舐めんじゃねえ!!」

 

 地を這うような、凄まじい威圧感を孕んだ一喝。あまりの豹変振りと殺気に、さっきまで張り切っていた太助たちは「ひぃっ……!」と息を呑み、一瞬でしゅんとなって気圧されてしまった。

 ベータは冷酷な引きつった笑みを浮かべ、俺たち全員を睨みつける。

 

「今度も一撃で潰してやらあ!2度とサッカー出来なくしてやる!!」

 

 その凶悪な宣言に俺は奥歯を噛み締めると、天馬がベータの前に立ちはだかるようにして、真っ直ぐに言い返した。

 

「させるもんか!サッカーは守ってみせる!!」

 

 両チームの間にパチパチと激しい火花が散り、一触即発の睨み合いが続く。その時、周囲を埋め尽くしていた観衆から、地鳴りのような凄まじい大歓声が沸き起こった。

 

「おおおっ……!」

 

 皆の目線の先——威風堂々とした兵士たちを従え、漆黒の駿馬に跨った織田信長が姿を現した。織田と今川の代理戦争たるこの蹴鞠戦を、自らの目で見届けるために臨席したのだ。

 馬上で手綱を引いた信長は、グラウンドの俺たちを見下ろし、覇王の威厳を放ちながら声を響かせた。

 

「とくと見せてもらうぞ。蹴鞠戦とやらを」

 

 その言葉を聞いて、我が物顔で監督の座に就いていた藤吉郎さんが、すかさず信長の前へ飛び出して大袈裟に地面に平伏した。

 

「信長様!必ずや勝利に導いてみせます!」

 

「うむ、楽しみにしておるぞ」

 

 信長が不敵に薄く笑う。

 だが、スタジアムの興奮はそれだけでは終わらなかった。今度は信長とはちょうど真逆の方向から、大勢の兵士たちに担がれた、ひときわ豪華絢爛で巨大な御輿がズンズンと進んできたのだ。

 

 輿の周囲を囲む幟には、はっきりと今川家の家紋が染め抜かれている。その輿に乗る人物が誰なのかは、一目瞭然だった。

 御輿の帳が開いた瞬間、中に座る人物を見た俺たちは、目が点になった。

 馬上で圧倒的な男らしさと雄々しさを放つ信長とは対照的に、そこにいた今川義元は、顔に真っ白な白粉を塗り、眉を丸く描いた、いささか貴族然としたお公家様のような出で立ちだったのだ。

 

(歴史の教科書って案外当てになんねえんだな……)

 

 初めて見る本物の義元の姿に、俺も天馬たちも緊張感が一気に削がれ、いささか肩透かしを食ったような印象を受けてしまう。

 しかし、当の本人はそんな俺たちの視線などどこ吹く風で、扇子をパタパタと仰ぎながら、ねっとりとした笑みを信長へ向けた。

 

「ほっほっほっ、楽しみにいるでおじゃるぞ。我が今川軍が見事勝鬨を上げ、信長殿が麻呂にひれ伏す様をの」

 

 信長の鋭い眼光と、義元の不気味な高笑いが、うつけ祭りの特設会場で真っ向から激突していた。

 

 *

 

 特訓を経て、雷門のスターティングメンバーには戦国時代の助っ人五人のうち、「一夜城」を会得した太助、獅子丸、五郎太の三人がディフェンスラインに名を連ねていた。現代と戦国の混成チームこの急造の布陣で、未来の脅威に立ち向かう。

 やがて、うつけ祭りの会場に試合開始を告げる法螺貝の音が、ブォォォーッと厳かに鳴り響いた。

 

 チーム雷門——もとい織田軍のキックオフ。

 フォワードの剣城が鋭い出足でボールをキープし、果敢に前線へと切れ込んでいく。その目の前を塞ぐように、プロトコル・オメガ2.0のエイナムが立ちはだかった。

 

「行かせるか!」

 

「ふん……!」

 

 剣城は動じず、並走していたフェイへ素早く横パス。エイナムの意識がフェイに向いた一瞬の隙を突き、リターンパスを呼び込むワンツーパスで見事に向こう側のスペースへと抜き去ってみせた。

 

「よし、先制のチャンスだ!」

 

 しかし相手も甘くはなかった。行く手を阻むメダムが、冷酷な目を光らせて行く手を阻む。

 

「『ディフェンスコマンド06(マグネットドロー)』!!」

 

 メダムが飛び上がると、その足元から強力な磁場のようなエネルギーが放出された。まるで剣城の足元からボールを吸い取るように、磁石の如き力で強引にボールを奪い取られてしまう。

 

「くっ……!」

 

 ボールを奪ったメダムは、そのまま間髪入れずに前線へとロングフィードを放り込んだ。空中を鋭く切り裂くボールを見上げて、前線に位置していたベータが、ふっと口元を歪める。

 彼女はまたもカワイコちゃんの殻を脱ぎ捨て、凶悪な表情と怒声で、グラウンドの部下たちに向けて吼えた。

 

「決めるぞお前ら!」

 

 その号令一閃、フォワードのドリムが突進してくる。

 

「させるか!」

 

 ディフェンスラインの太助、獅子丸、五郎太の三人が、特訓の成果を見せるべく前に出た。

 合体技を発動しようとしたその瞬間、ドリムから放たれる気迫に、獅子丸と五郎太が一瞬だけ「ひっ……!」と気後れして身体を竦めてしまった。

 ほんのわずかな呼吸のズレ。その隙をプロトコル・オメガが見逃すはずもなく、太助たちの「一夜城」が組み上がる前に、ドリムの強烈なボディコンタクトによって軽く一蹴され、突破を許してしまった。

 だが、三人はただでは転ばなかった。以前の白鹿組の時のように無様に吹き飛ばされることなく、泥にまみれながらもグッと足を踏ん張り、その場に倒れずに踏みとどまったのだ。

 ベンチから見守る藤吉郎さんも、その粘り腰とガッツを見て「ほう……」と満足げに深く深く頷いていた。

 しかし、ピッチ上の情勢が雷門——織田軍のピンチであることに変わりはない。

 突破したドリムからクオース、そしてさらに右サイドのエイナムへと、目にも留まらぬ高速のパスワークでボールが渡る。完全にディフェンスラインを崩され、ゴール前でフリーでボールを受けたエイナムが、右足を振り抜こうとした。

 

「させるかよっ!!」

 

 シュートモーションに入ったエイナムの死角から、俺は猛スピードで滑り込んだ。芝生を大きく削りながら放った決死のスライディングが、エイナムが蹴り出す直前のボールを間一髪で捉える。

 ボールはゴールラインを大きく割ってタッチアウトとなった。

「危ない……っ! ナイスクリアだよ、コウ!」

 

 信助が胸をなでおろし、俺はユニフォームの泥を払いながら立ち上がる。

 

 ボールがラインを割り、試合にわずかなインターバルが生じたその隙に、太助はすぐさま獅子丸と五郎太の元へと駆け寄って声をかけた。

 

「みんな大丈夫?」

 

「ああ、でも俺たちやれると思ったのに…」

 

「力の差がありすぎる…」

 

 二人の顔は青ざめ、肩が小刻みに震えていた。五日間の特訓で得たはずの自信が、プロトコル・オメガの圧倒的な実力差を前にして、早くも萎縮し、崩れかけてしまっている。

 

「くじけちゃダメだって!あんなに練習したんだ!」

 

 太助は必死になって一人で仲間たちを鼓舞しようと言葉を尽くした。だが、一度恐怖によって失われてしまった自信と連帯感は、そう簡単には回復しなかった。獅子丸たちはおろおろと視線を彷徨わせるばかりだ。

 太助たちのディフェンスラインに生じた不穏な空気——。

 ピッチの脇で腕を組んで佇む藤吉郎さんも、その様子をじっと見つめながら、苦い顔を浮かべて沈黙を守っていた。

 

 

 一度植え付けられた恐怖の枷は、そう簡単には外れなかった。

 その後も、獅子丸と五郎太の二人はプロトコル・オメガの圧倒的なプレッシャーに完全に呑まれてしまい、特訓で培った本来の力をまったく出せない状態に陥っていた。

 自陣深くでルーズボールを拾った獅子丸だったが、おっかなびっくりのぎこちないドリブルでは、相手からボールをキープすることなどできるはずもない。

 

 レイザが嘲笑を浮かべながら軽々と間合いを詰め、造作もなくボールを奪い取ってしまう。そのまま素早いショートパスが前線のベータへと渡った。

 ベータの前を塞ぐ位置にいたのは五郎太だ。しかし、迎え撃とうと身構える五郎太に対し、ベータは冷酷極まりない瞳で一瞥をくれ、短く言い放った。

 

「——どけ!」

 

「ひっ……!?」

 

 その凄まじい声に足がすくみ、五郎太は金縛りにあったように動けなくなってしまった。ベータは何の苦もなく五郎太の横をすり抜け、一瞬でペナルティエリア手前へと侵入してくる。

 

 

「これ以上、好き勝手やらせるかよっ!」

 

 俺が必死のダッシュでベータの前に回り込み、自らの化身の力を呼び覚まそうとする。

 

「来いっ!『聖焔のフェニックス』」

 

 背後に立ち上る炎の翼。このまま化身アームドを完了させてベータを止めにかかろうとした、まさにその刹那だった。

「遅いっ!『虚空の女神アテナ』!!」

 

 ベータは俺がアームドするほんのわずかな隙すら与えなかった。激しい風が巻き起こり、彼女の背後に冷徹な戦女神の姿——化身『虚空の女神アテナ』が顕現する。

 

「『シュートコマンドK02(アテナアサルト)』!!」

 

 間髪入れずに放たれた、化身のエネルギーを宿した強烈なシュート。アームドの途中で無防備だった俺の身体は、迫り来るボールの凄まじい衝撃波に巻き込まれ、防御の手を繰り出す間もなく派手に後方へと吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐわああああっ!?」

 

「コウっ!?『護星神タイタニ——

 

 ゴール前で待ち構えていた信助が、飛び上がって自身の化身を纏おうとする。だが、地を這う弾丸のようなベータのシュートスピードは、信助の変身よりも遥かに速かった。アームドが間に合わない絶望的なタイミング。

 ネットが引きちぎれんばかりに激しく揺れ、冷たい金属音が響き渡る。

 前半早々、プロトコル・オメガ2.0に先制の1点を奪われ、雷門イレブンはあまりの実力差に愕然と立ち尽くすしかなかった。

 

 

 先制を許したあとも、プロトコル・オメガ2.0の猛攻は止まらなかった。

 恐怖心が拭えない獅子丸と五郎太はうまく立ち回れず、太助が一人で果敢にボールを奪おうと突進するものの、プロトコル・オメガ2.0の洗練されたテクニックの前に簡単にいなされ、抜かれてしまう。

 ディフェンスラインの三人が機能しない分、そのしわ寄せがカバーに入る俺や剣城、神童先輩たちにダイレクトに跳ね返ってくるのは自明の理だった。

 

「くっ、カバーに入るぞ!」

 

 普段の倍以上の距離を猛ダッシュで走り回り、身体を投げ出して敵の進路を塞ぐ。泥を噛み、強烈なタックルを受け流しながら必死にゴールを死守するが、前半の終盤を迎える頃には、俺たちの疲労はもはや隠しきれないものになりつつあった。

 そして、これ以上の失点は防ぎきったものの、圧倒的に押された状態で、ようやく前半戦終了を告げる法螺貝の音がブォォォーッと響き渡った。

 

「ごめん、天馬……俺たち足引っ張っちゃって」

 

 ベンチに戻るなり、太助が拳を握りしめて自分たちの不甲斐なさを激しく詫びてきた。獅子丸と五郎太も、申し訳なさそうに視線を落として肩をすぼめている。

 

「気にすんなよ、太助。まだ1点差だ。後半でいくらでもひっくり返せる」

 

 俺はあえて大雑把に自分のユニフォームの泥を払い、疲れを微塵も感じさせないような笑顔を作って見せた。神童先輩やフェイたちも笑顔で頷き、彼らの焦りや懸念を全力で払拭しようと言葉をかける。

 重苦しい空気が漂う中、後半戦が始まる前に、監督である藤吉郎さんが一同を前にして不敵に腕を組んだ。

 

 

「良いか。ここからの作戦を伝える……攻めるな」

 

「「「……えっ!?」」」

 

 全員の目が点になった。

 1点のビハインドがあるこの状況、当然ながら後半戦に求められるのは、怒涛の攻勢を仕掛けて同点、そして逆転のゴールをもぎ取ること。それはサッカーの常識だ。だが、藤吉郎さんから下された指示は、その常識とはまったく真逆のものだった。

 その言葉を聞いて、ベンチの隅でくすぶっていたワンダバが、ここぞとばかりに飛び上がって激怒した。

 

「これだからトーシロは!この状況が見てわからんのか!」

 

「まあ聞け」

 

 もちろん、彼にだってそれくらいの戦況は百も承知だった。

 

「全く攻めないということじゃない。敵に攻めさせ隙を作らせるんじゃ。そのためには太助、獅子丸、五郎太!お前たちが鍵じゃ」

 

「えっ……俺たちが……?」

 

 名指しされた三人が、ビクッと肩を揺らす。

 

「でも、俺、自信ない……」

 

 項垂れる三人。そんな彼らの折れかけた心に、誰よりも熱い火を灯したのは、キャプテンの天馬だった。

 

「諦めちゃダメだ!」

 

 天馬の鋭い叱咤の言葉が、ベンチに響き渡る。

 

「太助たちはまだ全力を出し切っていない。なのに、ここで諦めてしまったら絶対後悔するよ!」

 

「後悔……」

 

「思い出してよ!これまで頑張ってきたことを!みんなあんなに頑張ったじゃないか!」

 

 天馬の真っ直ぐな言葉は、太助たちの胸の奥深くに深く、激しく突き刺さった。

 強敵という圧倒的な暴風の前に、一度はかき消えかけていた彼らの『やる気』と『自信』の炎が、天馬の熱量によって再びパチパチと音を立てて燃え上がり始める。

 天馬は太助の泥だらけの肩をガシッと力強く掴み、一切の曇りのない、あの笑顔のまま見つめた。

 

「自分の力を信じるんだ!信じて全力を出せば、きっとなんとかなる!」

 

「なんとかなる……」

 

 真っ直ぐな、魔法のようなその言葉。天馬にそう言われると、本当にどんな奇跡だって起こせるような気がしてくるから不思議だ。太助たちの瞳の奥に、怯えではない、闘争心という名の強い光がハッキリと宿り始めた。

 

「分かった、俺たちやってみるよ。全力、見せてやる!」

 

 獅子丸と五郎太も、力強く拳を握りしめて顔を上げる。

 闘争心を取り戻した彼らの顔を見て、藤吉郎さんは満足そうにニヤリと笑うと、今一度、戦術の盤面を広げて作戦の詳細を説明し始めた。

 

 *

 

 そして後半戦開始。今川軍のキックオフ。

 左サイドを爆発的なスピードで駆け上がるレイザは、マークについた錦先輩を華麗なステップでかわして一気に前進する。

 

「止めなきゃっ!!」

 

 ディフェンスラインから猛然と飛び出したのは、獅子丸だった。レイザの前に果敢に立ちふさがる。結果としては、レイザの鋭い切り返しに簡単にかわされてしまった。だが、その姿を見た天馬の顔がパッと輝く。

 

「いいぞ!その調子!」

 

 簡単にかわされた獅子丸を、天馬は全力で褒めた。なぜなら、自分から強敵に向かって足を一歩踏み出したという事実そのものが、敵に対する恐怖の呪縛から完全に解け始めているという最高の証拠だったからだ。

 

 レイザは詰めてきた天馬を横目に、中央のドリムへ素早くパスを送る。

 その前に立ちはだかっていたのは、五郎太だ。前半ではベータの一言にすら激しく怯え、足がすくんで何もできなかった彼だった。だが、今の彼の瞳に怯えの色はなかった。

 

「うおおおおおーーーっ!!」

 

 五郎太は意を決して、雄叫びを上げながらドリムに向かって泥臭く突進していく。ここでもフェイントで軽くかわされてはしまったが、太助たち五人の中でも一番気弱だった彼が、敵の手前で逃げずに立ち向かった。それは素晴らしいまでの気持ちの切り替えだった。

 

「いいディフェンスだぞ!五郎太!」

 

 今度はすれ違いざまに、俺がその行動力を力強く褒めちぎる。その言葉に、五郎太の顔パッと明るくなる。

 この瞬間を境に、戦国の少年たちはこれまでにないほど積極的に、そして生き生きとピッチを動き回り始めた。恐怖心を自らの力で克己したことで、五日間の猛特訓で培った本来の動きが、ついにこのうつけ祭りの大舞台で解放されたのだ。

 そして、ドリブルで中央を力任せに突き進んでくるクオースの前に、今度は仁王立ちする人影があった。太助だ。

 

「天馬達は俺たちを信じてくれてる。ここで頑張らなくてどうするんだよ!絶対に止める!」

 

 敢然とクオースに立ち向かった太助は、タイミングを極限まで見定め、鋭いスライディングタックルを繰り出した。バシィィィンッ! と、綺麗にボールだけを捉える小気味よい音がグラウンドに響き渡る。

 ルーズボールはサイドラインを割った。しかしそれは、太助たちこの時代の少年が、プロトコル・オメガたちを相手に初めて実力で互角に渡り合った、記念すべき最高のプレイだった。

 

「すっげえ……! 太助が止めたぞ!」

 

 太助と同じ条件で、泥まみれになりながらこれまで特訓してきた獅子丸や五郎太たちも、その光景を目の当たりにして全身に電流が走ったような衝撃を受ける。

 一人のひたむきなプレーが波及し、全員に新たな自信を呼び覚ます。太助の諦めない背中は、結果的に助っ人五人全員を、名実ともに本物の「サッカープレイヤー」としてこのフィールドに同時に現出させたのだ。

 一方、自分たちの実力に絶対の自信を持つベータは、この一変した雷門の雰囲気を鼻で笑い、まったく意に介さない。

 だが、試合自体は太助たちの劇的なレベルアップによって、プロトコル・オメガを相手にほぼ互角の様相を呈し始めていた。ベンチで腕を組み、その確かな手応えを感じ取った藤吉郎さんは、ついに不敵な笑みを浮かべて前線へと鋭い声を飛ばした。

 

「作戦決行じゃ—!!」

 

 その指示に合わせ、織田軍たる雷門イレブンは、一斉にジリジリと敵選手から不自然に距離を取り、自陣深くまで引き始め、スペースを開けた。

 それを見たベータは、一瞬だけペロッと舌を出し、嘲りの表情を浮かべてクスクスと笑った。

 

「あら〜パスカットでも狙うおつもり?浅知恵ですわね~」

 

 ベータからレイザへ、レイザからネイラへと、雷門が引いたことで空いたスペースへ素早くパスが通っていく。完全にフリーになったネイラが、ゴール前で不気味に微笑み、右足を鋭く振り抜いた。

 

「『シュートコマンド08(ラブアロー)』」

 

 ピンク色の強烈な光の矢のようなシュートがゴールへと襲いかかる。だが、そのゴール前には、藤吉郎の作戦通り、最初から獲物を待ち受けるようにして太助、獅子丸、五郎太の3人がガッチリと残っていた。

 

「いくぞ!!」

 

「「おう!」」

 

 三人が同時に地を蹴り、完璧なタイミングで呼吸を合わせた。

 

「「「『一夜城』!!」」」

 

 刹那、グラウンドの砂煙を突き破り、眩い閃光とともに巨大で堅牢な城壁がズズズズッ! と凄まじい地鳴りを立てて組み上がった。ネイラの放ったシュートはその強固な大城壁に真っ向から激突し、激しい火花を散らしたあと、勢いを完全に失って真上へと力強く弾き返された。

 まさか戦国時代の素人どもにシュートを完璧に防がれるとは夢にも思わず、ベータが驚愕で目を見開く。

 

「止めたよ!みんな!!」

 

 実戦で初めて披露し、完璧にゴールを守り抜いた。またも得た特訓の成果によって、太助たちの自信は、今や「俺たちはやれる」という絶対の『確信』へと昇華した。

 

「藤原さん、頼むっ!!」

 

 太助がこぼれ球を拾い、素早く中盤の紫へとボールを送る。

 

「ええ、よく守ってくれたわ。……ここから一気に畳みかける!」

 

 紫は凛とした声を響かせ、攻守の切り替えがまだ完全に行われていない、プロトコル・オメガの一瞬の致命的な隙を見逃さなかった。

 

「ここね——『氷の矢』!!」

 

 鋭く正確無比なキックで、最前線の剣城へ向けて大きくロングパスをフィードする。

 ベータがその最悪の事態に気づいたときには、もはや全てが手遅れだった。前がかりになっていたプロトコル・オメガのディフェンスは完全に崩壊している。

 

「必ず決める!『剣聖ランスロット』!!」

 

 空中から落ちてくる紫からのパスを、剣城が完璧なトラップで収める。その背後に、猛々しい騎士のが顕現した。

 

「アームド!!」

 

 眩い光とともに、剣聖ランスロットの鎧を全身に纏った剣城が、そのまま一気に右足を鋭く振り抜いた。

 

「はあああっ!!」

 

「『キーパーコマンド03(ドーンシャウト)』」

 

 アームド状態から放たれた、超強力なボレーシュート。相手キーパーのザノウは、顔を歪めながら必死に『ドーンシャウト』を繰り出して止めようとするが、覚醒した雷門と戦国イレブンの絆が乗ったシュートの威力は、その防壁を容易く粉砕した。

 激しい爆風とともに、ボールはネットを突き破らんばかりに突き刺さった。

 雷門、ついに同点!!

 うつけ祭りのグラウンドが、地鳴りのような大歓声でひっくり返る。

 

「太助!獅子丸!五郎太!お前達の敵を恐れない気持ちと絶対守るという強い思いがなければ敵を欺き戦局を一変させることはできなかったんじゃ!」

 

「藤吉郎さん……」

 

「お前達が一つになって決めた得点じゃ!よくやったぞ!」

 

 彼のその言葉は、太助たちの胸に、確固たる自信として深く深く刻み付けられた。

 

「俺たちみんなが決めた得点!」

 

 藤吉郎に言われて、自分たちが成し遂げたことの偉大さにようやく思いが至った太助たちは、お互いの顔を見合わせ、言葉にならないほどの心の底からの喜びを爆発させてハイタッチを交わした。

 大歓声が響き渡るピッチの中央で、太助は天馬と、そして俺の顔を真っ直ぐに見つめて、弾けるような最高の笑顔を咲かせた。

 

「天馬、コウ……! サッカーって、めちゃくちゃ楽しいなっ!!」

 

 そのピュアで熱い言葉に、俺と天馬は顔を見合わせ、これ以上ないほど強く頷き返すのだった。

 

 *

 

 試合再開。同点に追いついた勢いのまま、ピッチの主導権は完全に俺たち雷門のペースへと傾いていた。

「サッカーが楽しい」という、根源的で一番大切な気持ちを思い出した太助たちの動きは、もはや天馬たちの足手まといなどでは決してない。むしろ、ここぞという決定的な場面で発動される合体必殺技『一夜城』のガードは完璧であり、プロトコル・オメガの攻撃をことごとくシャットアウトしていた。

 中盤でルーズボールを拾った神童先輩が、鋭いドリブルで敵陣へと切れ込んでいく。その瞳には、並々ならぬ強い決意が宿っていた。

 

 

「この流れ。必ず決めて見せる!『奏者マエストロ』!アームド!!」

 

 先輩はすべてのエネルギーを集中し、化身の力を己の肉体へと引き戻す「化身アームド」を試みた。

 

 しかし、あと一歩のところで光の粒子が拒絶するように霧散してしまう。またしても、アームドは失敗に終わった。

 

「そんな……」

 

 激しい焦燥感から神童先輩が一瞬だけ気落ちした、その瞬間だった。プロトコル・オメガはその隙を見逃さず、無情にも先輩の足元からボールを鋭く奪い去っていった。

 

「よーし、てめえら、後はこの俺に任せろっ!!」

 

 ベータが前線で恐ろしい形相になり、その身体から禍々しい紫色の光を放ち始めた。彼女から溢れ出した狂暴なエネルギーは、まるで触手のようにピッチ上の仲間たちへと分け与えられていく。

 紫の光をその身に宿したプロトコル・オメガの残り十人の選手たちは、一瞬にして禍々しいパワーアップを果たした。

 

「そこをのけぇぇぇ!!」

 

 エイナムが凄まじい突進を見せる。カバーに入った剣城とフェイの二人が、まるで腐った木切れでも倒されるかのように、一瞬で派手に弾き飛ばされてしまった。

 

「うわああああっ!?」

 

 さらにパスを受けたレイザが前進する。阻止しようと天馬と錦先輩が同時に挟み込みに行くが、レイザがドンッ! と地面をひと踏みしただけで、その足元から発生した凄まじい衝撃波によって二人まとめて宙へと吹き飛ばされてしまった。

 

「くそっ!このままじゃまたあのときみたいに……」

 

 俺が奥歯を噛み締める間にも、空中でパスを受けたドリムが地面に着地する。ただその着地の衝撃だけで、必死に詰め寄ろうとした神童先輩までもがゴロゴロと地面を転がった。

 

 完全に雷門のディフェンス陣を肉体力だけで粉砕し、恐ろしい形相のベータがゴール前へと迫る。

 

「やらせるかよ! いくぞ、みんな!」

 

「「「『一夜城』!!」」」

 

 太助の叫びとともに、獅子丸と五郎太が懸命に前に出る。これまで鉄壁を誇っていた、彼らの魂の防壁『一夜城』で迎え撃とうとした。しかし——

 

「来いっ!『虚空の女神アテナ』——アームド!!」

 

 ベータの背後に『虚空の女神アテナ』が顕現し、瞬時に鎧となり彼女の身体へとアームドされる。

 

「『シュートコマンド07(ダブルショット)』!!」

 

 凄まじい爆風を巻き起こし、太助たちの『一夜城』は持ち堪えることもできずに、粉々に砕け散ってしまった。

 

「うわああああっ!!」

 

 吹き飛ばされる三人。ボールはなおも牙を剥いてゴールへと突き進む。

 

(このままじゃ……絶対にやられる……!)

 

 俺は最悪の未来を幻視し、体が勝手に動いていた。意を決して右腕のリストバンドを取る。体内に封印していた、「力」を一気に解放した。

 

「来てくれっ……! 『獄炎鳥ダークフェニックス』!!」

 

 スタジアム全体の空気が一瞬で干からびるほどの、漆黒の業火がピッチに燃え上がる。俺の背後に現れた黒き不死鳥の化身が、ベータのアームドシュートを真っ向から迎え撃ち、その強烈な威力を難なくその漆黒の翼で受け止めてみせた。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ……!」

 

 シュートは止めた。だが、同時に俺のスタミナは限界をごっそり削り取られ、眩暈に襲われる。前半からの激しい疲労も重なり、足元がふらつく。

 

(くそっ……もう、ダークフェニックスは出せない……!)

 

「錦先輩、頼むっ!!」

 

「任せるぜよ!!」

 

 俺は近くの錦先輩へとパスを出した。ボールは中盤を回り、再び神童先輩の元へと繋がれる。

 

「おおおーっ!」

 

 必死の形相でボールをキープし、前進する神童先輩。だが、目の前にはプロトコル・オメガのディフェンス陣が壁のように立ちはだかり、完全にシュートコースを塞がれてしまっていた。

 

「こっちだ!!」

 

 右サイドを猛スピードで駆け抜けながら、剣城がフリーで声をかける。しかし、焦燥感に完全に支配されていた神童先輩は、その頼もしい声に応じようとはしなかった。

 

「化身アームドッ!!」

 

 強引にごり押そうとして、先輩は再びアームドを敢行する。だが、想いとは裏腹にその試みは三度目の失敗に終わり、無防備になったところを労せずして相手のオルカにボールを奪われてしまった。

 

「べータ!」

 

 オルカの鋭い目に、すでにフリーで雷門のゴール前に走り込んでいるベータの姿が映る。オルカは当然の如く、ベータに向けて正確無比なロングパスを蹴り上げた。

 これがベータに通れば、俺が動けない今の状況、致命的な失点につながることは火を見るより明らかだった。

 

「いかせるかっ!!」

 

 そのパスコースに、猛烈な形相で割り込んできた影があった。太助だ!

 太助はベータの目の前で高く飛び上がると、プロトコル・オメガの強烈なパスを、なんと自らの「顔面」でまともに受けて遮断したのだ。

 

「ぶふっ!?」

 

 身体を張った捨て身の顔面ディフェンス。太助は執念でその致命的なパスをカットしてみせた。ボールはそのままピッチ外へと転がり出て、試合は一時中断となる。

 

「ハァ、ハァ……止めた、ぞ……!」

 

 泥だらけの顔で笑う太助。危機をしのいで一同がホッとしたのも束の間、予想外の人物が現れる。

 グラウンドに、信じられないほどの重々しい足音が響く。

 見上げれば、やぐらの上の特設席からわざわざ降りて、こちらへと歩を進めてくる。

 織田信長だ——

その顔は、これまで浮かべていた余裕の笑みなど完全に消え失せ、周囲の兵士たちが恐怖で震え上がるほどの、凄まじい「鬼の形相」そのものだった。

 信長は一歩一歩、確実な足取りで雷門のベンチへと迫り来ると、腰に帯びていた愛刀を、抜刀せぬままグラウンドの土へと力任せにドスンッ!! と叩き付けた。

 

「神童拓人!此れへ参れ!!!」

 

 覇王の放つ圧倒的な威圧感と、地鳴りのような低い声が、うつけ祭りの全観衆の声を一瞬で奪い去る。神童先輩は、呼吸をすることさえ忘れたように、ただその鋭い眼光に射抜かれて硬直していた。

 

 

「神童!! 貴様の戦ぶりはなんじゃ!!」

 

 グラウンドに突き立てられた愛刀の前に、信長の怒号が雷鳴の如く轟いた。その凄まじい剣幕に、横で成り行きを見守っていた藤吉郎さんすら、思わずヒッと小さく悲鳴を上げて腰を引いてしまうほど苛烈なものだった。

 

「我が方が押されておるのは貴様のせいじゃ!!このまま軍勢の足を引っ張るなら、控えに下がるが良い!!」

 

 覇王からの容赦のない、そしてあまりにも的を射た辛辣な叱責。さしもの神童先輩も、己の焦りが招いた失態を突きつけられ、何も言い返せずにただうつむくしかなかった。

 見かねた藤吉郎さんが弁護しようと前に出た、その時だった。

 

「お待ちください、信長様!」

 

 物凄い勢いで人混みをかき分け、グラウンドに駆け込んできた影があった。お勝さんだ。彼女は藤吉郎さんの弁を強引に遮るようにして、神童先輩の前に割り込んだ。

 お勝さんの、神童先輩を救いたいという必死な想いは、藤吉郎さんのそれよりもずっと大きく、そして純粋だった。完全に弁明の場をお勝さんに奪われる形となったが、藤吉郎さんもその気迫に気圧されて口を閉ざす。

 

「お願いでございます、拓人様に試合を続けさせてあげてください」

 

 お勝さんは冷たい土の上に勢いよく両膝を突き、額が地面に擦り切れんばかりに深く、深く頭を下げた。

 それを見た織田の臣下が、無礼千万とばかりに激怒して声を荒げる。

 

「娘、無礼であるぞ!!」

 

「拓人様はっ……!!」

 

 お勝さんは咎める声をかき消すように、さらに声を張り上げた。涙を浮かべながらも、その瞳は信長を真っ直ぐに見据えている。

 

「一生懸命サッカーの修練に励んでおいでです。勝つために、昼も夜も。だから、拓人様に試合を続けさせて上げてくださいませ!!」

 

「お勝さん……」

 

 身分違いの娘からの、命がけの直訴。張り詰めた沈黙が流れる中、織田信長という男は、やはり凡百の器ではなかった。激怒するどころか、お勝さんのひたむきな覚悟を面白がるように、フッと口元をニヤリと歪めて笑ったのだ。

 

「案ずるな、娘」

 

 信長は優しく、しかし威厳に満ちた声でそうお勝さんに告げると、再び鋭い視線を神童先輩へと戻した。

 

「神童、お前はなぜ動く必要のないところで動く?貴様は動きすぎじゃ。静と動の使い分けこそ戦術の極意!!」

 

「静と動…」

 

 神童先輩がハッとして顔を上げる。

 

「貴様の役目は攻めと守りの間で用兵の要を担うことではないのか?」

 

 信長の言葉を聞いた俺達の脳裏に、大介さんの言葉が不意に、しかし鮮烈に思い起こされた

 

『人を見抜き大局を見抜く、静と動を併せ持つ真実のゲームメーカー!!』

 

 信長が今まさに目の前で見せた圧倒的な大局観と、自分に欠けていた本質。それこそが、探し求めていた最強の力を呼び覚ます鍵だったのだ。

 神童先輩の瞳から、それまでの焦燥と迷いが完全に消え失せた。先輩は信長からの言葉を、己の魂に刻むべき最高の金言として厳かに受け止め、地面に深く片膝を突いた。

 

「お言葉、しかと承りました。」

 

 *

 

 お勝さんの命がけの直訴、そして信長公の容赦なき、されど真理を突いた金言。すべてをその胸に刻み込み、神童先輩が再びピッチへと足を踏み入れる。

 そして、運命の試合が再開された。

 ホイッスルが鳴り響くと同時に、天馬、剣城、錦先輩、フェイ、そして紫の攻撃陣五人が、一斉に怒涛の勢いで敵陣へと攻め上がっていく。だが、その猛攻の輪の中に、キャプテンであるはずの神童先輩の姿だけがなかった。先輩はただ一人、自陣の後方でじっと佇み、試合の様子を静かに見つめている。

 この一見不可解な行動——それこそが、試合が始まる前に藤吉郎さんから授けられていた「神童は、ボールに触れてはならん」という奇策の全貌だった。

 前半に言い放った「攻めるな」に次ぐ、あまりにも意表を突く指示。ワンダバならずとも首を傾げたくなる命令だが、藤吉郎さんにはすべてが見えていたのだ。神童先輩が信長公の圧倒的なオーラを受け継ぐ器にならなければ、この戦いに勝ったとしても未来は救えない。だからこその「ボールに触れるな」という指示。そこには、「時が来るまで……」という重要な注釈がつけられていた。

 

 後方で完全に試合から孤立し、参加する素振りすら見せない神童先輩の様子を見て、前線のベータは勝ち誇ったような笑みを浮かべてほくそ笑む。

 

「ふんっ!諦めたか」

 

「今じゃ!炎のごとく攻め込め!」

 

 ベンチから藤吉郎さんが織田軍の前衛にさらなる攻勢をかけるよう指示を出す。

 

「お前ら、ぶっつぶせ!」

 

 ベータもまた、邪悪な本性を剥き出しにして自軍の後衛に強固な防衛線を敷くよう命令を下した。

 激突する両チームの戦術。パワーアップしたプロトコル・オメガの猛攻を、一進一退の互角の様相を呈し始める。

 その激しい攻防の間、神童先輩はただ一人、完全に戦場の只中から乖離したかのように、静かに呼吸を整えていた。敵の意識が激しいボールの奪い合いに集中し、後方に佇む先輩を気にかける者は、もはや誰もいなかった。

 これこそが、藤吉郎さんの言っていた「最高のタイミング」だった。

 敵の注目を集めないよう細心の注意を払いながら、神童先輩の身体がバッと地を蹴った。『静』から『動』への転換。

 フィールドの中央では、ボールをキープしつつも、完全に四方を敵選手に囲まれて身動きが取れなくなっていた天馬たちの姿があった。だが、神童先輩と同時に藤吉郎さんからこの作戦の全貌を授けられていたフェイは、先輩が動き出したその刹那のタイミングを、完璧に理解していた。

 

「そこだっ!」

 

 フェイは敵のわずかな隙間を縫うようにして、誰もいない、ぽっかりと空いた予測不能な空間へと、極上の鋭いパスを蹴り出した。

 そこへ、誰にも気づかれないように影のように静かに走り込んでいた神童先輩が、ピタリと流れるようなモーションで合流する。

 ノーマークだった神童先輩の出現に、プロトコル・オメガのウォードが慌ててそちらへ進路を変え、猛スピードで走り寄ってきた。

 だが、今の神童先輩は先ほどまでの焦れる先輩ではない。信長公の教えにどこまでも忠実に、突進してくるウォードの直前で、今度は『動』から『静』へと、ピタッとスイッチを切り替えた。

 激しいダッシュから、一瞬にして完全なる静寂のトラップ&キープ。その急激なスイッチの切り替えに、勢い任せに突っ込んできたウォードの身体はまったくついていくことができなかった。

 あとに残る障害は、ゴールキーパーのザノウただ一人。

 神童先輩はここで再び、スイッチを爆発的な『動』へと切り替えた。これまでの迷いも、焦りも、すべてを己の力へと変える、この試合における三度目の正直。

 

「『奏者マエストロ』——アームド!!」

 

 背後に顕現する巨大な指揮者。信長公の教えによって「器」を完成させた神童先輩の肉体へ、マエストロの眩い光の鎧が、吸い込まれるようにして完全に融合していく。

 その光の向こうから現れたのは、美しくも力強い化身の鎧をその身に纏った、神童拓人の堂々たる姿だった。ついに、ついに化身アームドに成功したのだ!

「おおおおおっ!! 纏った、神童先輩がアームドしたぞっ!!」

 俺が歓喜の声を上げる。だが、神童先輩は成功に喜ぶわずかな間すら惜しむように、鋭い視線をゴールへと定めていた。同点ゴールを狙い、アームドの推進力で一気に宙へと高く飛び上がる!

 

「行くぞ!はああああああ!!」

 

 空中で美しく身体を反転させ、渾身の力で放たれた化身アームドシュート。空間が激しく歪むほどのエネルギーを宿した弾丸が、一直線に今川のゴールへと突き刺さる。

 

 

「 『キーパーコマンド03(ドーンシャウト)』!!」

 

 

 迎え撃つキーパーのザノウが、大気を震わせる絶叫の防壁を繰り出して止めにかかる。しかし、静と動の極意を極め、完璧なアームドを果たした神童先輩のシュートの威力は、ザノウの咆哮を木っ端微塵に粉砕した。

 凄まじい衝撃音とともにネットが激しく波打ち、ボールは冷酷にゴールへと突き刺さった。

 雷門、ついに2対1! 逆転!!

 覇王の言葉をその身で証明してみせた、神童拓人の魂の一撃が、ついに最強のプロトコル・オメガからリードを奪い取ったのだ!

 

 *

 

 試合時間も残りわずか。砂煙が舞うグラウンドでは、織田軍と今川軍が、激しい火花を散らして睨み合っていた。

 スコアは2対1。歴史の改変はおろか、格下と見下していた中学生相手にまさかのリードを許し、ここまで思い通りに試合が運ばないベータのフラストレーションは完全に頂点に達していた。

 

「奴らを徹底的に叩き潰す!!」

 

 邪悪な咆哮を轟かせ、最後の総攻撃を仕掛けてくるプロトコル・オメガ。剣城のプレッシャーを強引にかわしたエイナムが、前線のレイザへ鋭いラストパスを送る。

 

「させるかよっ!!」

 

 一瞬の隙、俺は残った力を振り絞ってその死角から猛然と滑り込んだ。

 

「『イグナイトスティール』!!」

 

 激しい炎の衝撃波とともに地を滑り、レイザの足元から鮮やかにボールを奪い取る。

 

「神童先輩!!」

 

 泥まみれになりながら執念で繋いだボールが、ピッチの中央、文字通り「要」の位置に君臨する神童先輩の足元へとピタリと収まった。

 ——その瞬間を、ベンチで固唾を呑んで待っていたワンダバが見逃すはずはなかった。

 

「よし、今だ!神童!!」

 

 ワンダバは両手に抱えたミキシマックスガンの銃口を素早く突き出す。一方の銃口を織田信長へ、そしてもう一方の銃口をピッチの神童先輩へと正確にロックオンし、一気にトリガーを引き絞った。

 

 まばゆい光の奔流が信長を包み込み、その圧倒的な覇王のオーラが吸い出されていく。そしてもう一条の激しい光の弾丸が、神童先輩の胸の奥深くへと撃ち込まれた。

 眩い光がピッチ全体を真っ白に染め上げる。

 

「おおおお——!!!」

 

 光の渦の中で、神童先輩の髪が激しく逆立ち、信長公を彷彿とさせる気高き威厳に満ちたオーラが全身から爆発的に立ち上る。

 

「ミキシマックス!コンプリ——ト!!!」

 

 その光景を真っ向から見届けていた信長は、己の魂を完全に宿して一変した神童先輩の姿を見つめ、不敵にニヤリと口元を歪めた。

 

「ほう……良い面構えになったではないか」

 

 覚醒した神童先輩が、ボールとともに滑るように前進を開始する。

 焦ったプロトコル・オメガの選手たちが一斉に牙を剥いて襲いかかってくるが、絶大なる覇王のオーラをその身に宿した今の神童先輩にとってもはやものの数ではなかった。

 

「なっ……速すぎる!?」

 

 静と動の極意を極めた神童先輩は、目にも留まらぬ信じられないステップを切り、鋭く襲いかかる敵のディフェンダーをまるで残像を見せるかのように一瞬で三人抜き。

 パワーアップしたはずの敵陣を、無人の野を行くが如く圧倒的なスピードで疾駆していく。

 神童先輩はゴール前で大きくボールを空中へと蹴り上げた。

 

「『刹那ブースト』!!」

 

 神童先輩が宙へと跳躍する。空中で鋭く蹴り放ったボールに対し、超人的な身のこなしで瞬時に反対側へと回り込み、さらにそれを強烈に蹴りつける。

 右へ、左へ、空中を縦横無尽に飛び交いながら、加速動作を三度に渡って超高速で繰り返し、ボールに絶対的な破壊力の勢いをつけて一気に撃ち抜いた。

 閃光を纏った弾丸が、空間を切り裂いてゴールへと肉薄する。

 キーパーのザノウが必殺技を放とうと身構えるが、その前に狂気じみた形相のベータが強引にその間へと割り込んだ。

 

「お前の相手は俺だ——!!!」

 

ベータは『虚空の女神アテナ』をアームドし、その全身の力を爆発させて神童先輩の『刹那ブースト』を真っ向から蹴り返そうと足を突き出す。

 だが——悲しいかな、覇王のオーラと融合し、完璧な静動を極めた神童先輩の放った一撃は、化身アームドしたベータの全力ですら、到底対抗できるような代物ではなかった。

 ベータはボールの凄まじい衝撃波に完全に呑み込まれ、そのまま後方で身構えていたキーパーのザノウごと、二人がかりで豪快にゴール裏のネットへと文字通り力任せに押し込まれてしまった。

 これ以上ない派手な爆音とともに、今川のゴールネットが引きちぎれんばかりに大きく膨れ上がる。

 スコアは3対1。決定的な、ダメ押しの追加点!

 それと同時に、グラウンド全体に試合終了を告げる重厚な法螺貝の音が、ブォォォーーーッ、ブォォォーーーッと、高らかに鳴り響いた。

 

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