歴史を守り抜き、歓喜に沸く俺たちのすぐ側で、プロトコル・オメガのリーダー・ベータはグラウンドに膝をついたまま呆然とゴールネットを見つめていた。そのプライドは完全に打ち砕かれ、怒りや悔しさすら通り越して虚脱しているようだった。
そんな彼女の前に、フェイが静かに歩み寄る。
「さあ、みんなを元に戻してもらうぞ!」
フェイの毅然とした言葉に、ベータはちっと舌を鳴らし、ひどくむくれながらも、これ以上の抵抗や見苦しい抗弁をすることは一切なかった。彼女は何もない空間から、「スフィアデバイス」を取り出す。
デバイスのボタンが押されると、かつて雷門の仲間たちがマインドコントロールされた際に見せていたものと同じ、光の粒子がデバイスに吸い込まれていった。
「全部戻しました~これでいいでしょ?」
ここにはいないため、現代に残してきた車田先輩たちの様子を直接確認することはできない。だが、彼女の様子からして、どうやら約束通り洗脳は解除されたようだった。
安堵の空気が流れる中、神童先輩がハッとした表情で一歩前に出る。
「円堂監督も返せ!」
先輩の必死の訴えに、ベータはふっと冷たい笑みを浮かべて首を振った。
「ここには居ないわ。別のところに移したの。調べてみれば?」
ベータは嘘をついている風でもなく、手元の「スフィアデバイス」を、すぐ近くにいた紫へとあっさりと放り投げた。紫さんはそれを受け取ると、自身の腕時計型をかざして瞬時に内部をスキャンしていく。
「確かに、ベータの言う通りだわ。解析したけれど、円堂監督はこの中にはいない……」
不穏な事実を前に俺たちが息を呑んだ、その時だった。
突如としてうつけ祭りのスタジアム上空が激しく歪み、凄まじい風を巻き起こしながら、プロトコル・オメガの移動手段である巨大なUFOが姿を現した。
そして、その底部のハッチから光とともに降り立ってきた人物の姿を見た瞬間、ベータの顔に明確な動揺が走った。
「情けないなベータ。それでもエルドラドに選ばれた管理者かい?」
「ガンマ……」
「プロトコル・オメガ2.0もここまでだね。行こうか、マスターがお待ちだよ」
その言葉を最後に、ガンマはベータたちを従え、光の粒子とともにUFOへと吸い込まれていった。未来へと去っていく機体を見上げながら、俺たちは洗脳が解けた喜びを噛み締めつつも、次に現れた新たなる敵「ガンマ」の不気味な存在感に、再び身を引き締めるのだった。
*
蹴鞠戦で織田軍の役どころを務め、見事にプロトコル・オメガ2.0を破って勝利を収めた俺たちは、信長の居城である名古屋城へと招待されていた。
「此度の戦、見事であった」
大広間の上座から、信長の快活な声が響き渡る。その言葉を聞いた藤吉郎さんは、これ以上ないほど深く平伏し、嬉しそうに声を上ずらせた。
「はは〜っ!!」
周囲に控える信長公の臣下たちも、口々に笑い声を上げながら場を盛り上げる。
「それにしても、今川義元のあの悔しそうな顔ときたら」
「胸のあたりがスゥーっとし申した!」
あの敗戦の直後、今川義元は怒りのあまり「次は本当の戦で信長を叩き潰してやる!」と息巻きながら引き上げていったのだが、あまりに興奮しすぎていたせいで、義元を乗せた豪華な御輿が帰りの道中であぜ道に足を踏み外し、そのまま派手に落下したというのだ。そのことを思い出し、大広間はドッと大きな笑い声に包まれた。
そして、目の前に並べられたのは、質素ながらもこの戦国時代においては相当に豪勢な料理達。特訓と激闘で腹をすかせていた俺たちは、美味そうに舌鼓を打ちながら料理を口に運んでいく。
そんな中、信長の鋭い視線が、静かに膳に向き合っていた神童先輩へと注がれた。
「神童拓人!貴様には我が力を分け与えたのだ。蹴鞠戦、いや貴様達の時代ではサッカーと呼ぶのだったな。心して精進せよ!」
「はい!信長様から受けた御恩、忘れません」
神童先輩は居住まいを正して深く一礼した。何といっても、自身の魂とも言える力を貸し出しているのだ。信長にとっても、神童先輩のこれからの戦いは他人事とは思えないのだろう。
すると、信長はふっと表情を和らげ、かつて城内での裁きの場で交わしたある対話を再び引き合いに出した。
「うむ、時に神童お主は儂には天下は取れんと言ったな」
その言葉に、大広間の空気が一瞬にして凍りつく。しかし、信長の瞳に怒りの色はなかった。
「親方様はこの者の言うことは信じるのですか?」
「おそらくこの者たちの言っていることは全て事実であろう。もしあの時言い逃れるつもりであれば、儂が天下を取れるというはずだ。この者の目は恐れを抱きながらも真実を伝えようとしていた。それにしてもこの信長に天下は取れぬと言い切るとは、大胆不敵な男よ」
天下人を目指し、天下統一を己の至上の夢とする織田信長という男にとって、「天下が取れない」という未来の宣告は、一番耳にしたくない、残酷極まりない言葉に違いない。だが、彼は話す人物の器を見抜き、それが真実を告げていると認めれば、その運命すらも厳然と受け入れる。この底知れない器の大きさこそが、織田信長という人間の偉大さに通低しているのだと、俺は肌で感じていた。
だが……やはり、天下への未練がないと言えば嘘になるのだろう。信長は、どこか遠くを見つめるような目で、神童先輩にもう一つの、そして最も重い質問を投げかけた。
「……歴史は変えられるのか?」
静まり返る大広間。それは、あまりにも切なく、そして厳しい問いかけだった。
未来からの干渉がない限り、歴史というものは変えられない。もし一時的に多少の流れが変わったと思われても、歴史の持つ強大な自己修復力の範囲内であれば、やがては元の鞘へと引き戻されてしまう。それが時間というものの冷酷なルールだ。
神童先輩は、真っ直ぐに信長を見つめ返した。その嘘のつけない性格ゆえに、先輩は静かに首を振って正直に答えた。
「俺には……分かりません」
「分からぬか……」
「申し訳ありません」
その言葉を聞いた瞬間、信長公の顔に、隠しきれない明らかな落胆の色がふっと浮かんだ。覇王とて、一人の人間なのだ。
「天下は儂の夢…儂はその夢を失う事になるのか」
だが、そこからだった。神童先輩は、何の確証もない優しい嘘を、その口から紡ぎ出したのだ。
「ですが、信長様は歴史を大きく動かした…いや、動かすお方です。俺たちの時代に生きる日本人なら誰もが信長様の名と成されることを知っているほどに。信長様なら、人の運命すらも変えてしまわれるのかもしれません」
「儂にはあるか?運命を変える力が」
「はい。俺たちのような未熟者でも運命に立ち向かう力があるのです。信長様にも必ずあります」
根拠など何もない、ただの希望的観測。だけど、その言葉には、信長公という英雄への心からの敬意が込められていた。
「ふっ……天下の夢しばし見るとしよう!貴様達の決して最後まで諦めぬ姿、しかと見せてもらった!」
そう言って、雷門イレブンを心から褒め称える信長の姿。そして、その覇王の心を動かし、チームを勝利へと導いた神童先輩の凛とした佇まい。
その光景はまさに、大介さんが語った究極のイレブンが第一の力——人を見抜き大局を見抜く、静と動を合わせ持つ『真実のゲームメーカー』そのものを表していた。
*
そして激闘の夜が明け、俺たちと太助たちとの、本当の別れの時がやってきた。
朝靄の煙る古寺の境内で、太助の目には大粒の涙が浮かんでいた。それはもちろん、短い間ながらも寝食を共にし、泥にまみれて戦った仲間との惜別の涙。だがそれ以上に、俺たちと出会い、共にサッカーが出来たということに対する、心の底からの深い感謝の涙だった。
「お別れだね」
「俺、天馬達とサッカー出来て良かった」
太助は袖で何度も涙を拭いながら、突然、思いがけない決意を口にして天馬たちを驚かせた。
「俺、旅に出る!」
「えっ!旅に!?」
太助は照れくさそうに、しかしどこか晴れやかな笑顔で続けた。
「俺、この国には知らない世界がいっぱいある。俺、尾張国しか知らないから、そんな知らない世界をいっぱい見て歩きたいって思ったんだ。天馬たちのおかげでこの世界にはドキドキすることがいっぱいあるって知った。いろいろ見て帰ってきてそれでも豆腐屋を継ぎたいと思ったら世界一の豆腐屋になれる気がするんだ!」
「太助……」
恐怖を乗り越え、未来の超人と渡り合った少年は、もう狭い村の中に閉じこもる器ではなくなっていた。その前向きな瞳を見て、俺も胸が熱くなるのを禁じ得なかった。
そろそろ未来へ出発する時間になった頃、神童先輩が少し遅れて、ピンク色の風呂敷に包まれた小さな弁当箱を大切そうに抱えて戻ってきた。何も言わなかったけれど、それが誰からの贈り物なのか、その場にいる全員が察していた。お勝さんだ。最後の手料理を、そっと先輩に手渡したのだろう。
「よし、全員乗り込んだな! 現代へ帰還するぞ!」
ワンダバの威勢の良い号令とともに、タイムジャンプのエンジンが駆動する。様々な、あまりにも濃密な思い出をこの戦国の地に残し、インズマTMキャラバンはゆっくりと浮上を開始した。
「本当にありがとう!また会おうね!みんなバイバイ!」
「次会ったらまたサッカーしようぜー!!」
キィィィンと高い駆動音を響かせ、上空で一瞬にして光の中に消え去ったキャラバン。
それを見送る太助と、お勝さんの姿が窓の外に小さく見えていた。ただ、お勝さんはその場に崩れ落ちるようにして激しく泣きじゃくっており、彼女の瞳に、去りゆく神童先輩の最後の姿が本当に見えていたかどうかは定かではない。そんな悲しむ姉の着物の裾を、太助が「大丈夫だよ」と元気づけるように力強く握り締めている姿が、ひどく印象的に俺の目に焼き付いた。
時空の狭間——激しい光が渦巻くワームホールを通過するキャラバンの車内は、信長や一夜城といった、戦国時代での大冒険の思い出話で大いに盛り上がっていた。
天馬や信助がはしゃぐ声をBGM代わりに聞きながら、俺はふと、静かにシートに腰掛けていた神童先輩の方へと視線を向けた。
神童先輩は、膝の上でそっと、お勝さんから受け取った最後の贈り物……ピンク色の風呂敷を紐解いていた。
中から現れたのは、いつも特訓で傷つき、悩んでいた神童先輩の心を優しく励まし続けた、お勝さん特製の「豆腐弁当」だった。ぎっしりと詰まった白く美しい豆腐料理。言葉ではなく、それに込められた彼女の不器用で、まっすぐな心づくしが、神童先輩の胸を激しく、強く打ち鳴らす。
「お勝さん……」
ぽつりと、先輩の口から切ない呟きが漏れた。
次の瞬間、神童先輩の瞳から溢れ出た大粒の涙が、堪えきれずにポロポロと弁当箱へとこぼれ落ちる。
その涙に合わせるように——どこに紛れ込んでいたのだろう、風呂敷の包みにでも付着していたのか、一片の淡い桜の花びらが、ひらりと車内の空気に舞い、豆腐の上に静かに落ちた。
それはまるで、もう二度と逢うことの叶わない時代へと旅立った大切な人へ向けて、お勝さんが最後にこぼした、涙の最後の一雫のようにも見えた。
キャラバンは光の速度を上げ、切なくも美しい桜の記憶を乗せて、激動の戦国時代をあとにしたのだった。
*
時空を超えた激闘を終え、戦国の世で築いたかけがえのない友情に後ろ髪を引かれながら、俺たちはついに現代へと帰還した。
プロトコル・オメガ2.0を打ち破ったことで、ベータが施したあの忌まわしいマインドコントロールも解けているはず——。期待と、万が一という不安が入り混じった複雑な表情のまま、俺たちはゆっくりと、サッカー部の部室へと続く扉を押し開けた。
「お!来たな」
「遅いぞ。後輩が先輩より遅れてどうするんだ」
「そうだド!」
扉の向こうに広がっていたのは、ここ数日間戦ってきた俺たちにとって、涙が出るほど懐かしく、愛おしい光景だった。
そこには、雷門サッカー部の黄色と青のユニフォームに身を包んだ三国先輩、車田先輩、天城先輩ら3年生たちの姿があった。いつもの口調、いつもの笑顔、いつもの部室の匂い。ベータの洗脳が解除され、彼らは本当に俺たちの元へと戻ってきてくれたのだ。
「戻ってる~!」
「よっしゃあ!!」
「みんな思い出したんですね!」
喜びを爆発させた天馬と信助、そして俺は、弾かれたように先輩たちへと駆け寄った。
「ああ、胸に引っかかってたものが取れたって感じだ」
「ほんと、なんであんな暗い気分になってたんだろうな」
「ちゅーか、早く練習したいっしょ!」
「ですね!」
のメンバーたちも同様に、サッカーへの熱い想いを取り戻して部室に舞い戻ってきたのだ。
「まあ、これでひとまず元通りってわけだな」
水鳥先輩が腕を組んで、ホッとしたような満面の笑顔を浮かべる。だが、その喜びのムードに冷水を浴びせるように、静かに壁に背を預けていた剣城が鋭い声を放った。
「だが円堂監督も大介さんも元に戻ってはいない……」
その一言に、部室がハッとして静まり返る。
「それに、エルドラドがこのまま黙って引き下がるとも考えにくいわ」
紫が冷静に懸念を口にする。ベータの後に現れたあの男——ガンマの不気味な笑みが、俺の脳裏にも蘇った。
「奴らの所に乗り込んで全てを取り戻すにはやはり時空最強の力が必要不可欠だ!」
ワンダバが青い体毛を逆立て、拳を振り上げて一同を叱咤する。
だがそんな先々の大きな懸案よりも、今は何より、目の前の久々の旧友との再会が嬉しくて堪らない男が一人いた。
「まあまあ、今はサッカー部が復活したことを喜ぶぜよ!」
錦先輩だ。先輩はワンダバの説教などどこ吹く風で、一乃先輩と青山先輩の二人の肩を左右からガシッと力任せに抱き寄せ、満面の笑みを浮かべていた。
「そうだよ。天馬!キャプテンとして一言!」
隣から信助が、天馬の背中をポンポンと小突いて急かす。
「え……ええっ?……いきなり言われてもな。うーん」
みんなの視線が、キャプテンである天馬へと集まる。
少しだけ緊張したように唾を飲み込んだ天馬だったが、やがて意を決したように胸を張り、部室全体に響き渡る最高の笑顔と、特大の檄を飛ばした。
「よしっ!じゃあサッカー部のみんなに聞きますよーっ!サッカーは好きか——っ!!」
その直球すぎる、だけどこれ以上ない天馬らしい問いかけに、部室にいる全員が一瞬だけ目を丸くし……次の瞬間、地を揺るがすような大歓声が沸き起こった。
「「「「オオっ!!」」」」
三国先輩も、車田先輩も、一乃たちも、そして俺たちも。
そこには、サッカーが大好きで大好きで堪らないという、最高の笑顔がどこまでも眩しく輝いていた。
*
「よし!それじゃあみんな、久しぶりに練習しましょう!」
部室の熱気に乗せて、天馬が拳を握りしめて気炎を上げる。
「おう!久しぶりの雷門での特訓!気合い入るぜ!」
だが、その盛り上がりに冷や水を浴びせるように、影山が「え……!?」と顔を強張らせて声を上げた。
「サッカー禁止令が出てるのに?」
「まあサッカー棟の中なら簡単には見つからんぜよ」
錦先輩がガハハと笑いながら影山の肩を叩くが、今度は窓辺に寄りかかっていた浜野先輩が、気だるげに頭を掻きながら口を挟んだ。
「ちゅーかさ、それが出来るのも、今のうちけどね〜」
「えっ……? どういうことですか、浜野先輩」
天馬が首を傾げると、今度は倉間先輩が腕を組んで、重い口調で真実を告げた。
「……サッカー棟の取り壊し自体は、豪炎寺さんが裏で手を回してくれたおかげで、なんとか中止になったんだ。だがな……一ヶ月以内に、俺たちはこのサッカー棟から立ち退かなきゃダメらしい」
「そんな……っ!」
天馬の顔から一気に血の気が引いていく。一乃先輩も沈痛な面持ちで「このままじゃ、サッカー部は終わりだ……」と呟き、青山先輩がすがるような目で天馬を見つめた。
「キャプテン、どうするんだ?」
「そうだ……どうすればいいんだ。俺はキャプテンなのに」
突きつけられた残酷な現実に、天馬は頭を抱えて激しく悩み込んでしまった。せっかくみんなの洗脳が解けたというのに、学校から居場所を奪われようとしている。
部室に重苦しい沈黙が流れかけた、その時だった。
サロンへと通じる扉が、勢いよく開いた。
そこに立っていたのは、俺たち現代帰還組にとっては、全く見覚えのない女の子だった。茶髪のロングヘアで小柄だが、全身からエネルギーが満ち溢れているような、いかにも元気そうな少女だ。
しかし、その女の子の方は、俺たちのことをよく知っているのか、信じられないほどフレンドリーに笑顔を弾けさせた。
「あー! 天馬キャプテン、おかえりなさい! そんでもって、そのほかの皆さんも、おかえりなさい!」
「え……? あ、ええっと……ただいま?」
あまりのハイテンションに、俺やフェイ、天馬たちは完全に置いてきぼりを食らって戸惑う。だが、彼女はそんな俺たちの様子など気に留める風もなく、部室の奥へ向かって大声で挨拶を放った。
「雷門中サッカー部の皆さん、ち〜っす!」
彼女に対し、三国先輩たち現代に残っていたメンバーは、驚くどころか、それが当たり前の日常であるかのように、片手を挙げて応じた。
「「「ち〜っす!」」」
(なんだこれ……!? この子は一体誰なんだ!?)
俺が内心で激しく混乱していると、天馬がおそるおそる、困惑を隠せない様子で少女に問いかけた。
「えっと……君、誰だっけ?」
「ええ〜っ!? キャプテン、うちのこと忘れるなんてひどいやんね!」
女の子はぷくーっと大げさに頬を膨らませると、誇らしげに胸を張って、自分の親指で自分を指さした。
「雷門のエースストライカー! 菜花 黄名子やんねっ!」
「「ええええーーーーっっっ!?」」
天馬と俺の声がハモった。
「雷門のエースストライカー!? 君が!?」
天馬が目を見開く。俺も思わず、黙って腕を組んでいる一匹狼を指さした。
「おいおい待てよ! 雷門のエースストライカーっつったら、どう考えても剣城だろ!?」
「ふふん、エースストライカーやんね! ほら、これを見るやんね!」
黄名子はそう言うと、くるりと後ろを振り向き、長い後ろ髪をよいしょっと両手でかき上げて、ユニフォームの背中を俺たちに見せてきた。
そこには、クッキリと【10】の数字がプリントされていた。……そう、本来なら剣城京介が背負うはずの、エースストライカーのナンバーだ。
「あ、でもこれね、この間、剣城に『エースストライカー対決』でうちが勝たせてもらったから、現時点ではうちがエースってことにさせてもらってるやんね!」
「また……タイムパラドックスが起こっているんだね」
フェイが深刻そうな表情で、顎に手を当てて呟いた。
「ええ。ベータを倒して歴史が修正されたはずなのに、今度は私たち雷門サッカー部と全く関係のない人物が、最初から部員だったことになって入部している……もう何が起きるか分からないわね」
珍しく紫も困惑している。
当の本人である黄名子は、そんな小難しい時空の話など一切気にしていない様子で、「あ、でもやっぱ、エースナンバーはまずかったやんね?」と首を傾げた。
「じゃあ、すぐに脱ぎます!」
次の瞬間、彼女はなんの躊躇もなく、屈託のない笑顔のままユニフォームの裾を両手で掴み、一気に上へまくり上げようとした。
「「「「ええええっ!!」」」
葵、水鳥先輩、茜先輩、紫の女性陣が、顔を真っ赤にして大慌てで黄名子ちゃんの手を掴み、全力で制止に入る。部室は一瞬にして、大パニックに陥ったのだった。
(菜花黄名子……一体、何者なんだ……?)
ドタバタと騒がしい女性陣の向こうで、俺とフェイは、新しく現れた謎の人物を、驚きと深い疑惑の目で見つめざるを得なかった。
*
ユニフォームを脱ぎかけた黄名子ちゃんのパニックがようやく収まったあと、俺たちはサッカー棟内にある室内グラウンドへと移動していた。
信長の力のお披露目と、その力を正確に測るための練習が目的だ。対峙するのは、マインドコントロールの影響で戦国時代に行けなかった天城先輩、霧野先輩、狩屋のディフェンダー三人。鉄壁のディフェンス陣が、神童先輩の前に立ちはだかる。
「いくぞ、神童!」
「ああ、ミキシトランス!『信長』!」
霧野先輩の声を合図に、三人が一斉に鋭いプレッシャーをかけにいく。しかし、信長のオーラと融合した神童先輩の動きは、次元が違っていた。
「——はぁっ!」
神童先輩はしなやか、かつ圧倒的な威圧感を持つステップで、向かってくる三人との距離を絶妙にコントロールする。天城先輩の巨体も、狩屋の意表を突くスライディングも、霧野先輩の粘り強いアプローチも、その身体に触れることさえできないまま、一瞬にして抜き去られてしまった。
驚愕する霧野先輩たちを置き去りにし、神童先輩はゴール前へと一気に侵入する。
「『刹那ブースト』!!!」
空中で目にも留まらぬ三連続の加速動作を繰り返し、放たれた超高速のシュート!
ゴールを守る三国先輩は、その凄まじい弾道に反応することすらできず、ただ目を開いたまま一歩も動けないうちに、ボールは豪快にゴールネットを揺らしていた。
「す、すっげえーっ!!」
見違えるような神童先輩のパワーアップに、雷門のメンバーは大喜びで駆け寄り、口々にその実力を称える。天馬や信助も興奮を隠せない様子だ。
しかし、俺は気づいていた。誰よりも神童先輩と仲が良く、その背中をずっと支えてきた霧野先輩だけが、輪の少し後ろで、どこか浮かない顔をして自分の手を見つめているのを。
「いや、まだまだだ」
みんなに囲まれた神童先輩は、決しておごることなく、謙虚に自らを戒めた。
「これからもっと特訓が必要なんだ」
その時、葵のポケットの中から、コロコロと転がり出るようにして、クロノ・ストーン状態の大介さんが姿を現した。
『よ~しお前ら。そろそろ次の時空最強イレブンの力を発表するぞ~!』
「「「おおお!!!」」」
大介さんの言葉に皆んなが期待を膨らませる。
『そう、二の力!仲間の勇気を奮い立たせ、鉄壁の守りに変えるカリスマディフェンダーじゃ!』
熱弁を振るっていた大介さんだったが、そこで急に、ピタリと口を閉ざして黙り込んでしまった。
「……? 大介さん?」
『なんじゃ?ワシか?』
発言の順番が自分のターンであることを理解していなかった大介さんのあまりに強烈な天然ボケに、その場にいた全員が綺麗にずっこけた。
「だから!例えるなら誰~みたいなのないんですか!?」
『ああ〜すまんすまん』
気を取り直してコホンと咳払いをした大介さんは、威厳を取り戻してその特性に最も相応しい英雄の名を挙げた。
『そうじゃな二の力、例えるならそう……ジャンヌ・ダルクじゃ!』
「ジャンヌ・ダルク……!」
天馬たちがその名に目を見張る中、紫が流暢に解説を付け足した。
「ジャンヌ・ダルクは英仏百年戦争の末期、領土の過半を侵略されていたフランス軍の救世主として現れた少女よ。彼女が戦場に立つだけで兵士たちの士気は跳ね上がり、瞬く間に勝利を重ねて、フランスに、そして主君シャルル7世に大逆転勝利をもたらした、実在の英雄ね」
『うむ! その通りじゃ。仲間の勇気を奮い立たせるそのカリスマ性、まさに儂の考える二の力に相応しい!』
すると、大介さんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、黄名子ちゃんがパッと元気に手を挙げた。
「はいは~い!女の子ならここはやっぱウチが適任やんね~」
『うむ。では、菜花に任せる』
大介さんは実にあっさりと、二つ返事で黄名子ちゃんを指名した。
「そんなんでいいのですが!?」
あまりのスピード決定に、神童先輩が驚いて声を裏返すが、大介さんは「まあ、大丈夫じゃろう!』と、相変わらずの大雑把な判断で笑っている。
そして、俺は一歩前に出て、腕を組んで黄名子を見つめた。
「なあ黄名子。お前、さっき自分で『雷門のエースストライカー』って言ってただろ。てことはポジションはFWじゃねえのか? 急にポジション変えて大丈夫かよ?」
すると黄名子は、悪戯っぽく笑って、俺の胸にビシッと指を突き出してきた。
「なーに言ってるやんね、コウくんだってDFなのに、バンバンシュート打ってたやんね!だからうちがDFをやっても、全然大丈夫やんね!」
「……!ハハッ、それもそうだな」
俺は苦笑いしながら頭を掻いた。確かにポジションの枠に囚われる必要なんてない。彼女のその物怖じしない度胸は、見ていてどこか気持ちが良かった。
「じゃあ、同じポジションってことで、よろしくな、黄名子!」
「よろしくやんね、コウくん!」
俺が右手を差し出すと、黄名子ちゃんは元気いっぱいにその手を握り返し、ブンブンと握手を交わした。
「よし、それじゃあ……」
そう言って俺が何気なく後ろを振り向いた、その時だった。
少し離れたところで、紫が、ひどく不機嫌そうな、ジト目という言葉がこれ以上ないほど冷たい視線で、じーっとこちらを睨みつけていた。その周囲だけ心なしか気温が数度下がっているような気がする。
「うおっ……。な、なんだよ紫。どうした? なんか気に食わないことでもあったか?」
「……別に。何でもないわよ」
それだけ冷淡に言い残すと、彼女はぷいっとそっぽを向いて、俺たちの視界から消えるように足早にどこかへ行ってしまった。
「な、なんだあいつ……? 」
俺が首を傾げていると、黄名子が隣でクスクスと意味深に笑っていたが、その理由は俺にはさっぱり分からなかった。