なんと今度は記念すべき五十話目でランキング30位に!!
これも読んでくれている皆様のおかげ!本当にありがとうございます!!
とても嬉しいです。
今回は幕間的なやつです
結局あの後、ジャンヌ・ダルクのオーラを受け取る候補は黄名子に決まり、中世フランスへ行くために必要なアーティファクトも明日には手元に届くということで、今日のところは一旦解散の流れになった。
俺は自分の家である孤児院「お日様園」へと帰宅した。
自室のベッドにドサリと横たわり、天井を見つめながら、俺は今日の練習の後に見た光景を思い出していた。あの紫が放っていた、周囲の空気を凍らせるほどの不機嫌なオーラと冷たいジト目。
(……何だったんだ、一体)
考えても理由はさっぱり分からない。分からないが、あのまま放っておくのもなんだか胸のあたりがモヤモヤする。こういう時は、理屈抜きでとりあえず謝っておくに限る。
俺はポケットからガラケーを取り出すと、液晶画面を開いて紫さんの番号を呼び出した。
コール音は二回もしないうちに途切れ、すぐに繋がった。
『……何?』
電話の向こうから聞こえてきたのは、いつもより明らかにトーンの低い、冷ややかな声だった。
「あ、紫?ちょっと今いいか?」
『いいけれど。何か用?』
「いや、その……さっきは、なんか悪かったなと思って」
とりあえず頭を下げてみる。だが、紫さんは小さくため息をつくような気配のあと、そっけなく返してきた。
『別に。怒ってなんかいないわよ』
怒ってない、と言う割には声が完全に怒っている時のそれだ。
俺は少しの間、電話を握ったまま考え込んだ。女の子の機嫌を直す方法なんてこれっぽっちも持ち合わせていないけれど、誠意を見せることくらいはできるはずだ。
「……とにかくさ、埋め合わせってわけでもないんだけど、なんかして欲しいことがあったら何でも言ってくれ。俺に出来ることなら、なんでもするから」
我ながら大雑把な提案だとは思ったが、少しの沈黙のあと、紫の声がわずかに和らいだように聞こえた。
『……本当に、何でも言うことを聞いてくれるの?』
「おう、約束する。何がいい?」
『そうね……だったら、もう一度お日様園に行きたいわ』
「え?お日様園に?そんなんでいいのか?」
もっと無理難題を言われるかと思っていた俺は、拍子抜けして聞き返した。
『そんなんでいいのよ。この前のホーリーロードの祝勝会の時は、人も多かったし……ゆっくり見ることが出来なかったから』
「そっか。分かった、じゃあいつ来る? 明日、出発する前とかにするか?」
カレンダーを確認しようとした、その時だった。
『今よ』
「は?」
紫さんの短い言葉と完全に同時に、静かなお日様園の玄関から、ピンポーンと小気味いいインターホンの音が鳴り響いた。
「え、ちょっと待て……」
耳から離したガラケーからはまだ通話が続いている。俺は混乱したまま部屋を飛び出し、階段を駆け下りて玄関へと向かった。
ガチャリと音を立てて扉を開けると、そこには、街灯の光に照らされながら、ガラケーの画面を見つめたまま佇む紫さんの姿があった。
「……っ、早すぎじゃねえか!?っていうか、どうやってここまで来たんだよ!?」
つい数秒前まで電話で話していた相手が目の前にいる恐怖に、俺は思わず声を張り上げた。
すると紫さんは、ふっと口元にイタズラっぽい、だけどどこか満足げな笑みを浮かべ、自身の腕時計型の特殊デバイスを俺の目の前に突き出してみせた。
「私のデバイスには、空間転移機能があるの、忘れたの?……お邪魔するわね、コウ」
パタン、と自分で扉を閉めて、紫さんは当たり前のように俺の横を通り過ぎ、お日様園の中へと足を踏み入れていく。突然の夜の訪問者に、俺はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
*
空間転移で文字通り「一瞬」でやってきた紫さんを、俺はお日様園の中へと案内することになった。
祝勝会の時の喧騒とは打って変わって、園内は驚くほど静かだった。廊下を歩きながら、紫さんは不思議そうにあたりを見回し、ふと足を止めた。
「ねえ、コウ。ここの小さい子たちの姿が見当たらないけれど……」
「多分、みんな庭で遊んでるんじゃねえかな。……行ってみるか?」
俺が尋ねると、紫さんは少し考えるように視線を落としたあと、小さく頷いた。
「ええ、行ってみたいわ」
案内がてら、俺が勝手口の扉を開けて広い庭へと出ると、そこには予想通りの賑やかな光景が広がっていた。夕闇が迫る芝生の上で、小さな子供たちがキャッキャと声を上げてボールを追いかけている。そして、その中心で子供たちの相手をしてやっているのは——。
「ほらほら、そっち行ったぞー! ちゃんと足元見て蹴れよ!」
「あ、狩屋だ」
マインドコントロールから解けたばかりの狩屋が、面倒くさそうに口では文句を言いながらも、器用にボールをコントロールして子供たちの遊び相手になっていたのだ。
「あ!コウ兄ちゃんだー!」
「お姉ちゃんも一緒だ!」
俺たちの姿に気づいた子供たちが、一斉にサッカーボールを放り出してタタタッと駆け寄ってきた。わらわらと俺たちの服の裾を掴んで大喜びする子供たちの姿に、紫さんの表情がふっと柔らかくなる。
「よう、コウ。……と、紫さんじゃん」
遅れて、ボールを小脇に抱えた狩屋がトコトコと近づいてきた。そして、俺と紫さんの顔を交互に見比べると、その目がすっと悪ガキ特有のいやらしい形に細められた。
「へえ〜、『お家デート』ってやつ?ヒューヒュー、お熱いねえ!」
「ぶっ……!ば、バカ言え!狩屋、お前そんなんじゃねえって——」
俺が慌てて腕を振って否定しようとした、その瞬間だった。
隣にいた紫さんが、一瞬にして耳の付け根まで顔を真っ赤に染め上げ、思いっきりフイッとそっぽを向いてしまったのだ。
「……っ、バ、バカバカしいわ!私はただ、この間の埋め合わせに……っ」
「あはは、紫さん顔真っ赤。ま、邪魔者は退散しますかね。ごゆっくり〜!」
狩屋はニヤニヤと心底楽しそうな笑みを浮かべ、俺の肩をポンと叩くと、そのまま「じゃあなー」と手を振って自室の方へと戻っていってしまった。あいつ、後で絶対にグラウンドで一発お見舞いしてやる。
「紫、あいつの言うことは気にするなよ?いつもあんな感じでからかってくる奴だから……」
「分かってるわよ……」
まだ少し顔を赤くしたままの紫さんが、消え入りそうな声で呟く。
気まずい空気が流れかけたその時、俺たちの足を引っ張る小さな手があった。
「ねえねえ、コウ兄ちゃん!お姉ちゃん!一緒にサッカーしよう!」
「あ、ずるーい!お姉ちゃんは私とチーム組むの!」
子供たちの純粋で元気な声が、庭の空気を一気に塗り替えていく。
「よし、分かった!じゃあ俺と紫で、お前たちの相手をしてやるよ。紫いいか?」
「……ええ。負けないんだから」
紫さんはようやくこちらを向くと、照れ隠しのように少しだけツンとした表情で微笑んだ。
それから、夜の帳が完全に下りるまでの短い間、俺たちは子供たちと一緒に夢中になってボールを追いかけた。フランスへ行く前の、ひとときの穏やかな時間が、お日様園の庭に優しく流れていた。
*
すっかり日が落ち、園庭のあたりが夕闇に包まれる頃、俺はそろそろ夕飯の支度をする時間だと気づいた。
「ほら、みんな!そろそろおしまいだ!手を洗ったら、中に干してある洗濯物をみんなで片付けてくれよな!」
子供たちにそう言い残すと、俺は急いで台所へと向かった。すると、俺のすぐ後ろをトトトッとついてくる足音がある。振り返ると、紫だった。
「私も手伝うわ、コウ」
「え?いや、でも……」
「さっき、何でも言うことを聞いてくれるって約束したじゃない。それに、私もただ見てるだけじゃ退屈だもの」
そう言われてしまっては断る理由もない。俺たちは二人並んでお日様園の広い台所に立った。
エプロンを引っ張り出して身につけながら、紫が少し意外そうな目でこちらを見てくる。
「ねえ、コウって料理ができるの?」
「まあな。ここじゃ年上の奴が下の子たちの面倒を見るのが普通だからさ、これくらいは自然と身につくんだよ」
冷蔵庫を開け、ぎっしりと詰まった食材を眺める。この大人数の胃袋を一気に満たせて、なおかつ作りやすい料理といえば、やはりあれしかない。
「よし、今夜はカレーにするか。紫、手伝ってくれるなら……人参とリンゴをすりおろして置いてくれないか?」
「すりおろすのね?分かったわ、任せて」
紫がおろし金を手に取って作業を始めるのを確認し、俺は次に玉ねぎ、生姜、にんにくを調理台に並べた。包丁を握る前に、俺はポケットから市販のガムを取り出して口に放り込む。
クチャクチャと噛み始めた俺を見て、紫がすりおろす手を止めて不思議そうに首を傾げた。
「……ねえ、なんで料理を始める前にガムなんて食べてるの?」
「あ、これか?こうやってガムを噛みながら玉ねぎを切るとさ、なぜか涙が出にくくなるんだよ。生活の知恵ってやつだな」
「へえ……意外ね」
紫が感心したようにクスリと笑う。
俺はガムを噛みながら、大量の玉ねぎを流れるような手つきでみじん切りにしていった。それを大きな深鍋に投入し、火にかけてじっくりと炒めていく。木べらで混ぜ続け、玉ねぎが綺麗な飴色に変わってきた頃、ちょうど紫が「コウ、こっちが終わったわよ」と、すりおろした人参とリンゴをボウルに入れて持ってきてくれた。
「サンキュ、助かる。じゃあ、仕上げにサラダもお願いしていいか?キャベツとトマトはそこにあるから」
「ええ、お安い御用よ」
とりあえず次の仕事に移った紫を見送り、俺は鍋の仕上げにかかる。
飴色の玉ねぎの中に、紫がすりおろしてくれたリンゴと人参、そして俺が細かく刻んだ生姜とにんにくを投入してさらに炒める。香ばしい匂いが一気に台所中に広がっていく。そこにドボドボと水を加え、一度強火で沸騰させた。
ここからが、俺流……いや、お日様園流のこだわりだ。
火を少し弱め、市販のカレールウを割り入れる。それだけじゃつまらない。俺は台所の棚から、様々な「隠し味」を引っ張り出してきた。
塩を少々、ビターチョコレートを二欠片、インスタントコーヒーをひとつまみ、コンソメ、ウスターソース、そしてハチミツ——。
「……ちょっと、コウ?あなた一体何を入れてるの?」
サラダの野菜をちぎっていた紫が、俺の怪しい手つきを見て不安そうに声を上げる。
「まぁ見てろって。これが美味くなるんだよ」
お玉でゆっくりと混ぜ合わせ、小皿に少しすくって味見をする。コクと深みが足りないときはソースを足し、辛すぎるときはハチミツで調整する。よし、バッチリだ。
味が決まったところで、あらかじめ一口サイズに切っておいた肉を投入。ここから弱火でじっくりと本煮込みに入る。
最後に火を完全に止め、仕上げとしてプレーンヨーグルトを少し回し入れて全体を滑らかに混ぜ合わせれば、お日様園特製こだわりカレーの完成だ。
「こっちのサラダも出来上がったわよ」
紫が綺麗に盛り付けられたトマトサラダをテーブルに並べた、まさにそのタイミングだった。
ガチャリ、と玄関の鍵が開く音がして、聞き馴染みのある足音が近づいてきた。
「ただいま。みんな、お行儀よくお留守番できていたかしら……あら?」
入ってきたのは、仕事から帰ってきた瞳子さんだった。台所に立つ俺と紫の姿を見て、瞳子さんは少し目を見開いた。
「紫さん、いらっしゃい。……あら、この素晴らしい匂いは……もしかして、二人で夕飯を作ってくれたの?」
「あ、はい。お邪魔しています、瞳子さん。コウの手際が良かったので、私は少しお手伝いをしただけですけれど」
紫が少し照れくさそうに微笑む。瞳子さんは鍋の中と、紫の作ったサラダを交互に見て、嬉しそうに目を細めた。
「まぁ、本当に美味しそう。普段はコウに任せきりだから、こうして誰かと一緒に作ってくれるなんて、なんだか新鮮で嬉しいわね。二人とも、ありがとう」
「さあ、みんな!ご飯だぞー!」
俺の声が響くと、廊下からドタドタと元気な足音が近づいてくる。
その日の夜は、大きなテーブルをみんなで囲み、俺と紫が作った特製カレーを賑やかに突いた。子供たちも「今日のカレー、いつもより美味しい!」とおかわりを連発し、紫も「本当に……コクがあって美味しいわね」と、嬉しそうに何度もスプーンを口に運んでいた。
明日から始まる中世フランスへの過酷な旅を前に、俺たちの心と身体は、温かいお日様園の家庭の味でいっぱいに満たされていくのだった。
*
賑やかな夕飯が終わり、子供たちが次々と眠りについた後。瞳子さんの「せっかく夜遅くまで手伝ってもらったのだし、今夜はここに泊まっていきなさい」という強い勧めもあり、紫はお日様園に一泊していくことになった。
夜も更けたお日様園の静かな居間。
窓の外から聞こえる虫の声をBGMに、俺と紫は、温かいお茶の入った湯呑みを手に並んで座っていた。昼間の賑やかさが嘘のように、心地よい静寂が部屋を包み込んでいる。
湯呑みから立ち上る湯気を見つめながら、俺はふと、ずっと胸に引っかかっていた疑問を思い出し、口を開いた。
「なあ、紫。……結局なんであんなに不機嫌だったんだ?」
ストレートな問いかけに、紫はお茶をすすろうとした手をピタリと止めた。そして、少しバツが悪そうに視線を彷徨わせたあと、観念したように小さなため息をついた。
「……コウと黄名子ちゃんが、楽しそうに話しているのを見たからよ」
「え?あいつと?」
「ええ。あなたたちが当たり前みたいに仲良く握手しているのを見たら……なんだか胸の奥が、理由もなくモヤモヤして……。それ以上は、私にもよく分からないの」
紫は自分の胸元にそっと手を当て、心底不思議そうに眉をひそめている。
その言葉の持つ意味を、鈍感な俺なりに察してしまい、急に心臓がドクンと跳ね上がった。居間の空気が一瞬にして熱を帯びたような気がして、俺は途端に気まずくなり、慌てて残りの茶を胃の中に流し込んだ。
俺は必死に話題を変えるべく、少し声を上ずらせながら別の質問を投げかけた。
「そ、そういえばさ!今日の、その……お日様園はどうだった?」
俺の不自然な切り替えに気づいているのかいないのか、紫は湯呑みをテーブルに置くと、窓の外の月を見上げて静かに微笑んだ。
「……悪くない一日だったわ。あなたのことが、少しだけ分かった気がする」
「俺のことが?」
「ええ。ここが、あなたの『帰る場所』なのね」
その言葉は、優しく、そしてどこか深く俺の胸に染み込んできた。俺は照れくささを隠すように小さく笑い、頷いた。
「ああ、そうだな。俺たちは血が繋がっているわけじゃないけど、ここにいる奴らは全員家族だ。これからどんなに遠い時代へ行っても、どんなに過酷な戦いが待っていても……最後は絶対に、ここに帰ってきたいって思える、大切な場所なんだよ」
「……そう」
紫は、ポツリと短く、何かを噛み締めるような含みのある声で返事をした。
月光に照らされた彼女の横顔は、いつもより少し大人びて見えて、だけどどこか寂しげで。彼女が何に思いを馳せているのか、俺には分からなかったけれど、その横顔をただ静かに見つめることしかできなかった。