試合終了を告げるラッパの音が止むと、勝利に歓喜する俺たちに対し相手側には重苦しい沈黙が降り積もった。
敗れ去ったプロトコル・オメガ3.0の面々は、膝をついたまま言葉もなく項垂れている。ザナークから貰い受けた圧倒的なパワーをもってしても、覚醒した霧野先輩とジャンヌの強い絆を打ち破ることは出来なかったのだ。
「チッ……役立たずどもが。やはりパワーを与えても、ザコは雑魚か」
ザナークが、冷たい眼差しでガンマたちを見下ろし、吐き捨てるように呟いた。
ガンマが何かを言いかけようと顔を上げるが、ザナークは一切の釈明の機会すら与えない。手元のスフィアデバイスを無感情に操作すると、怪しい光がプロトコル・オメガのメンバーを包み込みそのままザナークと共にどこかへと消えてしまった。
彼らが去ったことで、これまで橋の上に立ちはだかっていた結界が消失した。
それまで橋の手前で足止めを喰らっていたフランス軍の目の前の道が完全に開けた。
陣頭に立つジル・ド・レが、待ちかねたように腹の底からの大音声を響かせる。
「続け!!皆の者!!」
「「「オォォォォォォッ!!」」」
地響きのような大歓声とともに、満を持していたフランス軍の本隊が大挙して橋を渡り、イングランド軍の陣地へと雪崩込んでいく。
その激動の渦中、ジャンヌはずっと高台に立ち、両手で固く握りしめた軍旗を力強く振り続けていた。
「進め!フランスのために!神は我らを救いたもうた!神に感謝するのだ!この勝利を!」
汗を流し、喉を枯らしながらも、仲間たちを鼓舞し続けるジャンヌ。
先ほどまでの弱気で不安げな少女の面影はもうどこにもない。そこにいたのは、フランスの歴史にその名を永遠に刻む『聖女』の神々しい姿だった。
「すごい勢いだな……!完全にフランス軍が押してるぞ!」
「ええ、もはやオルレアンの包囲戦の勝敗も決したようなものね」
汗を拭いながら並んで戦況を見つめる俺と紫。
圧倒的なフランス軍の士気に呑まれ、イングランド軍の防衛線は次々と崩壊し、潰走を始めていた。
ふと見やると、自分たちの戦いを終えた霧野先輩が、旗を振り続けるジャンヌの横顔を穏やかな眼差しで見つめていた。
誰かを支え、導くことの本当の意味を知った二人——その間に流れる温かな空気は、過酷な戦場の中でもどこか誇らしく、美しく輝いていた。
*
戦いを終え、俺たちは再びシノン城へと戻ってきた。
謁見の間で迎えてくれたシャルル王太子は、どこか威厳と誇らしさに満ちた表情で俺たちを見渡した。
「此度の活躍見事であった」
「お褒めに預かり光栄です」
「シャルル王子もありがとうございました」
天馬がまっすぐな瞳でシャルルを見つめ、感謝を込めて頭を下げた。
「うむ、余の采配あってこそだからな。えっへん!」
胸を張り、大威張りで誇らしげにするシャルル王太子。
相変わらずの調子だったが、そんな王太子の姿に、仲間たちの間からも自然と温かい笑みがこぼれ落ちた。なんだかんだ言っても、彼の采配がこの勝利を手繰り寄せたのは紛れもない事実だったからだ。
「時に、また旅立つと聞いたが」
「はい」
「そなたたちとの出会い、一生忘れぬぞ。次に会うときは余が率いるチームとサッカー対決だ。度肝を抜く作戦を用意しておくからな」
「はい!俺たちも負けません!」
天馬の元気な声が響き渡り、シャルルと俺たちの別れは、終始なごやかで晴れやかな空気のまま締めくくられた。
*
その後オルレアンの歓喜が街を包み込む中、もうひとつの別れの時が迫っていた。
静かな木漏れ日が差し込む中で、霧野先輩とジャンヌは二人きりで向かい合っていた。
「行ってしまうのですね」
「ああ。君からもらった力、未来でも必ず役立ててみせるよ。だから、君もこれからもみんなを導いてフランスの英雄になるんだ」
「私の力は蘭丸に貰ったようなものですから。蘭丸は自分のことを信じることの大切さを教えてくれた。蘭丸がいたから私は自分の力を活かすことが出来た。だから、蘭丸は私にとってに英雄です」
お互いがお互いと出会わなければ、決して得られなかったはずの力。二人はそれぞれの胸に宿ったその強い想いを、これから始まるそれぞれの戦いに活かしていくのだと、固く誓い合った。
「あなたにこれを」
そう言ってジャンヌが差し出したのは、彼女が肌身離さず大事に身につけていたお守りのペンダントだった。胸元で輝くそれは、彼女にとって大切な心の拠り所であることは誰の目にも明らかだった。
「そんな!それは受け取れないよ。君にとって大切なものなんだろ?」
「でも……」
辞退する霧野先輩に対し、どうしても気が済まない様子のジャンヌは少し困ったように眉を下げた。
そんな彼女の気持ちを汲み取るように、霧野先輩はふっと穏やかに目を細め、優しく提案した。
「そうだ、あれをくれないか」
「あれ?ああ!」
「あれ」とはジャンヌが持っている小さな「飴」だった。初対面の時、俺たちにそっと手渡してくれた、あの思い出の品だ。
「これには君の優しさが、心が詰まってる。」
「蘭丸……」
「これからの戦い、君がくれた力を使うたびに君のことを思い出すよ。君がそばにいれば、どんな敵が相手でも戦い続けられる」
「蘭丸…うん!私も、これから迷うことがあるかもしれない。その度にあなたとの、あなたたちとの出会いを思い出す。それが私を奮い立たせてくれる。前を向いて進み続ける!」
「ああ!……それじゃあ、またね。今度会ったときは一緒にサッカーをしよう。」
「はい。絶対にまた会いましょう。」
歴史の波に刻まれた一筋の出会い。
確かな絆を結んだ二人の笑顔は、透き通るような青空の下でどこまでも眩しく輝いていたのだった。
*
歴史の大きな渦を駆け抜け、俺たちは再びタイムジャンプで元の時代へと戻っていた。
空間を進むイナズマTMキャラバンの車内。緊張の糸が切れた一同は、それぞれ座席に深く体を預け、長かったフランスでの戦いに思いを馳せている。
「お前たち、本当によくやった。これでまた一歩、時空最強イレブンに近づいたぞ!」
クロノ・ストーン状態の大介さんの力強い声が響き渡り車内には自然と温かい空気が広がっていく。
ふと、俺は少し離れた座席に視線を向けた。
窓際に座る霧野先輩が、自分の手元を静かに見つめている。
その手のひらに乗っていたのは、小さな贈り物——あの戦いの終わり、ジャンヌから手渡された、紙に包まれた一粒のキャンディだった。
過酷な包囲戦の中、震えていた少女。
そんな彼女の背中を押し、共に歩んだ日々。
小さく折りたたまれた包み紙を見つめる霧野先輩の瞳には、どこか愛おしそうに、そして彼女との絆を確かめるような温かな光が宿っていた。
指先でそっと包み紙をほどく。
カサリと小さな音を立てて現れたキャンディを、霧野先輩はゆっくりと口の中へと放り込んだ。
「……甘いな」
ぽつりと呟いた言葉とともに、霧野先輩の口元にほんのりと優しい笑みがこぼれ落ちる。
その横顔には、自分の役割に悩み抜いた以前の迷いはもうどこにもなかった。一人のサッカープレイヤーとして、そして『仲間の勇気を奮い立たせ、鉄壁の守りに変えるカリスマディフェンダー』として、確固たる成長を遂げた一人の男の顔がそこにあった。
*
フランスでの激闘を終え、元の時代へと戻ってきた俺たち。
放課後の雷門サッカー棟では、静かでありながらも熱の入った特訓が繰り広げられていた。
グラウンドでは、信助のキーパー練習が行われている。
だが——信助の動きはどこか冴えず、迷いが見られた。俺が放ったシュートに対してすら一歩の踏み込みが遅れ、ボールは無情にもネットを揺らす。
「どうした信助!勢いが足りないぞ!」
先輩キーパーの三国先輩が、思い切りの足りない信助へ苦言を呈した。
信助はグローブをはめた両手をジッと見つめ、ぽつりと弱音を漏らした。
「三国先輩……僕にキーパーが務まるんでしょうか……敵はドンドン強くなってるのに、それについていけるほど強くなれてない気がして……」
「たしかに、今のままでは厳しいだろう」
三国先輩は誤魔化すことなく厳しい現実を口にした。だが、その瞳には温かい信頼が宿っていた。
「けど、それでも雷門の守護神は信助、お前なんだ。俺は今年で卒業だ。来年以降はお前しかいない」
信助の表情は浮かない。重圧に押し潰されそうな後輩に対し、三国先輩はポンと力強くその肩を叩いた。
「大丈夫だ。何も全て一人で背負う必要はない。失敗してもいい。俺が居るうちは後ろから見ててやる。みんなもそうだ。だから顔を上げろ。さぁ特訓の続きだ!」
「……はいっ!」
三国先輩の真っ直ぐな叱咤を受け、信助の瞳に再びパッと熱いやる気が漲った。
そんな二人の師弟関係を見ながら、俺は自分の手元を見つめて呟いた。
「俺も……セカンドステージチルドレンの力ばかりに頼ってちゃダメだな。もっと純粋なプレイヤーとして、新しい必殺技とか覚えないと……」
「そんなことないわ」
隣にいた紫が、タオルを渡しながら静かに微笑む。
「その力だって立派なあなたの力よ。そんなに深く考え込む必要はないわ」
「紫……」
励ましに感謝しようとしたその時——
「なら、私と連携技覚えるやんねー!」
ひょっこりと割り込んできたのは黄名子だった。
「え、お前と?」
「そうやんね!コウとウチならポジションも同じだし、連携技があったら絶対に使いやすいと思うやんね!」
俺は顎に手を当てて少し考えた。
「……確かにそうだな。お互いの動きも噛み合いそうだし、試してみる価値はあるかも!」
俺と黄名子がノリノリで話し込んでいる様子を、紫がどこかソワソワとした様子で見つめていた。何か言いたげに口を小さく開けては閉じている。
それに気づいた黄名子が、ふと思い出したように手をポンと叩いた。
「そういえば紫!2人ってすっごく仲良いいけど、何か連携技とかないん?」
「えっ!?」
まさか急に振られると思っていなかったのか、紫は肩を跳ねさせて盛大に狼狽えた。
「な、ない……ないけどっ!!私とコウなら連携技くらい練習しなくてもいつでもできるからっ!!」
今まで聞いたこともないような大きな声と早口で言い切った紫。
ハッと我に返ると、自分の叫び声に驚いたように両手で口を覆い、瞬時に耳まで真っ赤に染め上げた。
「あ、私……ちょっとお水取ってくるわっ!」
捨て台詞のように言い残すと、紫さんはバタバタと勢いよくその場から走り去ってしまった。
「えっ、紫!? ちょっと待って——」
驚いた俺が慌てて追いかけようと一歩踏み出すと、黄名子がそっと袖を引っ張って止めてきた。
「コウ、ああいう時はそっとしておいた方がいいやんね」
「う……そうなのか?」
「そうやんね。乙女心は複雑なんやんねー」
理由はいまいちピンとこなかったが、黄名子がそう言うならと一旦頭を切り替えることにした。
「よし……それじゃ黄名子、連携技の練習するか!実は一つやってみたい技があってな。かなり難しい技なんだけど、いけるか?」
「もちろん望むところやんね!」
気持ちを新たに、俺と黄名子はグラウンドへと駆け出し、新たな技に向けた特訓を開始するのだった。
*
グラウンドで黄名子との連携技の練習をしていると、何事もなかったかのような澄ました顔で紫さんが戻ってきた。
……が、まだ耳のあたりが少し赤い気がする。下手に突っ込むとまた何処かに行きそうなので、俺もおとなしく何事もなかったフリをして受け流すことにした。
そんな中、サッカー棟の入口が慌ただしくなり、一人の男が姿を現した——豪炎寺さんだ。
「みんな元気そうだな。大介さんから頼まれたアーティファクト『孔明の書』を届けに来たぞ」
豪炎寺さんが取り出したのは、年月を感じさせる古びた一本の巻物だった。
「孔明の書?」
「うむ。今回は三国志の時代に飛ぶ!」
クロノ・ストーン状態の大介さんの声が響き渡ると、後ろで控えていた速水先輩が眼鏡の奥の目を見開いて叫んだ。
「三国志!!僕、三国志大好きなんですよ!!」
いつもの後ろ向きな速水先輩からは想像もつかないハイテンションぶりに、俺たちは思わず圧倒される。
大介さんは構わず、新たな時空最強の力を解説し始めた。
「3の力『未来をも見通す状況推理能力で敵の急所を突く正確無比のミッドフィールダー』には天才軍師『諸葛孔明』が、そして4の力『大国を治める力、強靭な行動力と実行力を持つ鉄壁のキーパー』には劉備こと『劉玄徳』がふさわしい!」
「劉玄徳——っ!!俺、大ファンなんですよ!」
速水先輩は大興奮だ。
一方で、首をかしげたのは黄名子だった。
「リュウゲントクって誰やんね?」
「えっ?誰って……『三国志』知らないんですか!?『三国志』と言うのはですね……」
速水先輩は眼鏡の位置をクイッと直すと、生き生きとした表情で解説を始めた。
「今から約1800年前の中国で、魏・呉・蜀という三つの国ができるまでの歴史を描いたお話です!『劉備』というのはその中に出てくる英雄の一人で『関羽』と『張飛』という義兄弟の契りを交わした二人と共に軍を率い、圧倒的な兵力を誇る『曹操』の軍と戦ったんですよ。その時に軍師として劉備に仕えたのが、3の力で出てきた『諸葛孔明』なんです!」
「へぇ~!速水先輩、詳しいんだな!」
俺が感心すると、信助も目を輝かせて身を乗り出した。
「『劉備』は?『劉備』はどんな人なんですか!」
「『劉備』はとても義理堅い『義の人』です。人望も厚く、『曹操』の軍に攻められた時、逃げる彼を慕って十万もの民がついてきたんです。それじゃ早く逃げられないから民を捨てるべきだと言う部下もいましたが、『劉備』は最後まで全員を連れて逃げ切ったんですよ!」
「すごい……!」
十万の民を見捨てなかった英雄の逸話に、信助は深く感銘を受けた様子だった。
「うむ!では解説も済んだところで、今回の探索メンバーを発表するぞ!」
大介さんがそう宣言すると、速水先輩は「劉玄徳」に会えるということが嬉しくてたまらないといった態度を隠しきれない様子だ。しかし——
「松風、剣城、神童、霧野、フェイ、菜花、不知火、藤原、錦、倉間、西園!以上の十一人じゃ!」
「ええええ!?僕、居残りですか~!?」
「アイドルに会いにいくわけじゃないんじゃ。ミキシマックスの成功率と戦力を考慮した結果じゃ」
「そんな~~」
ガックリと肩を落とす速水先輩に苦笑しつつ、俺たちは準備を整えた。
手に入れた『孔明の書』をイナズマTMキャラバンへとセットする。
「よし、みんな!『三国志』の時代へ出発だ!」
天馬の号令とともに、キャラバンは時空の歪みへと飛び込み、群雄割拠の古代中国に向けて一気に発進するのだった。
以前に活動報告で告知した通り太陽と白竜の仲間入りは今作ではなしになります。
しかし、終盤にて太陽か白竜のどちらかに出番を作る予定ですのでそれまでお待ちください!