イナズマイレブンGO 紅蓮の翼   作:シキDX

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第五十五話 孔明要塞

 時空を超えたイナズマTMキャラバンは、光の中を抜けて西暦207年、後漢末期の中国へと降り立った。

 キャラバンの扉が開くと、視界一面に青々とした竹林が広がっている。

 風が竹葉を揺らすサラサラという音だけが響き、周囲には人っ子一人見当たらない。

 

「どうやって劉備さんを探せばいいんだろう?」

 

 天馬が首をひねる。

 行き詰まる俺たちの耳に、ふと竹林の奥から妙な歌声が風に乗って聴こえてきた。

 

「〜〜♪〜〜〜♪」

 

「……なんだこの変な歌?」

 

「とにかく、誰かいることだけは確かね。行ってみましょう」

 

 紫の提案で俺たちは声のする方へと向かった。

 

 *

 

 竹林の切れ目、ぬかるんだ街道に出ると、ヒゲの男が妙な歌を口ずさみながら、何か重そうなものを必死に引っ張っていた。

 

「あ、すみませーん!ちょっと聞きたいことが——」

 

 俺たちが声をかけようと男の前に出た、その瞬間だった。

 

「あぶなーーーい!!」

 

 男が目を見開いて絶叫した。

 びっくりして男の手元をよく見てみると、彼が力任せに引っ張っていたのは、武骨で巨大な『大砲』だった。しかも俺たちは今、その真っ黒な砲口の真ん前に立っている。

 

「「「うわああぁぁぁっ!?」」」

 

 俺と信助、天馬は思わず抱き合って地面に飛び退いた。

 

「ハハハ、びっくりしたか?」

 

「い、いきなりびっくりするだろ!!」

 

 恐怖心を煽っておきながら、ヒゲの男は腹を抱えて大笑いしている。

俺は引きつった顔で立ち上がった。

 

(なんだこの調子のいいオッサンは……!)

 

 話を聞くと、大砲の車輪がぬかるみにハマって動かなくなってしまい困っていたらしい。男は天馬たちに押し出すのを手伝ってくれと要請してきた。

 

「こんな大きな大砲、一体何に使うんですか?」

 

「これで亀を捕まえるのだ!」

 

 神童先輩が尋ねると、男は大真面目な顔で答えた。

 

「亀ぇ!?」

 

「ハハハ!またまた冗談だ!」

 

「もうっ、紛らわしい冗談ばっかり!」

 

 再び大爆笑する男に、葵が思わず呆れ顔で突っ込む。

 

「本当はな、龍を捕まえるためのものなのだ」

 

「……また冗談ですか?」

 

「今度は本当だ!」

 

 絶対冗談だろ……と思いながらも、俺たちは話を聞き流し、とにかくぬかるみから大砲を押し出す作業に協力することにした。

 

「せーのっ!押せーっ!」

 

 みんなで全力で押すが、泥に深くハマった大砲はビクともしない。

 見かねた神童先輩が汗を拭いながら提案する。

 

「すいません。こっちの車輪は引っかかってないみたいなので押すのではなく一度引いてみてはどうでしょうか?」

 

 言われてみれば最もな解決策だ。

 

「いや、儂はこいつを押すと決めた。決めたからには必ず押し出す!!」

 

「頑固すぎるだろ……!」

 

 俺は苦笑いしたが、押し続ける男の横顔を見て、少し見直す部分もあった。愚直すぎるきらいはあるが、一度決めた信念を絶対に曲げないという、男としての強い矜持のようなものが感じられたからだ。

 

「ぬぁぁぁぁッ……抜けたぁぁぁ!」

 

 ズボッという音とともに、ついに大砲がぬかるみを脱出した。

 子供のように「やったぞー!」と跳ね回って喜ぶ男を見て、錦先輩がぽつりと呟く。

 

「……このオッサンが、あの劉備のことを知っちょるとは到底思えんぜよ」

 

「同感だな……」

 

 俺も錦先輩と共に溜め息をつく。

 

 その時だった!

 

「兄者ーーーっ!!」

 

 凄まじい威圧感を纏った二人のヒゲの大男が駆け込んできた!二人は俺たちを見るなり、目をつり上げて矛を突きつけてきた!

 

「兄者、こやつらは!」

 

「怪しい奴らめ、叩き切ってくれる!」

 

「待て待て張飛!」

 

 ヒゲの男が慌てて割って入り、弟たちを宥める。

 神童先輩が一歩前に出ると、怪しい者ではないと証明するために、ここに来た目的を伝えた。

 

「俺たちは劉玄徳と諸葛孔明を探しているんです」

 

 それを聞いたヒゲの男は、一瞬キョトンとした表情を浮かべると、親指で自分の胸を指さした。

 

「劉玄徳は儂だが」

 

「「「ええぇぇぇぇぇッ!?」」」

 

 ということは……後ろで矛を構える恐ろしい二人の弟分の正体は、言わずもがな『関羽』と『張飛』だ。

 劉備はハハハと笑い、改めて俺たちに尋ねてきた。

 

「で、未来から来たというお前たちは、一体何の用で儂と孔明に会いたいのだ?」

 

 神童先輩が誤魔化さず未来のサッカーと世界を救うため、劉備様と孔明様の力を貸してほしいと正直に打ち明けた。

 

「ハハハ、なるほどな未来から来たとはな!これまで聞いた中で一番面白い冗談だ。」

 

「そんなことが信じられるか!叩き切ってくれる!」

 

 荒唐無稽な話に張飛と関羽の2人はまたもや矛を構えるが。

 

「待て、面白いではないか。儂は信じる。こいつを押し出してもらった恩もあるしな」

 

「おお!俺もそう言おうと思ってたんだ!」

 

 兄貴一筋の2人はともかく劉備はどうやら俺たちのことを信じてくれるらしい。

 

「それじゃあ、すぐに孔明に会いに行こう。儂たちもこれから孔明に会いに行くところだったんだ」

 

「これから、孔明に?」

 

「ああ。この国を良くするためには孔明の力が必要だ。孔明の力を借りると決めたら借りるんだ!」

 

 不敵に笑う劉備。

 

「かっこいい~」

 

 その言葉を聞いていた信助の瞳が、パッとキラキラとした光を帯びて輝き出した。

 

「よし、出発だ!」

 

 大砲を再び引っ張り出す劉備たちに、俺は思わず突っ込んだ。

 

「なぁ劉備、孔明に会いに行くのに、なんでその大砲を持っていくんだよ?まさか……」

 

「いかにも!孔明は龍に化けられると言われておる!もし龍に化けて空へ逃げようとしたら、この大砲で引っ捕まえてやるのだ!」

 

「本気で言ってるのかこの人……」

 

 そして、移動を開始した劉備たちの背中を見て、様子を窺っていたワンダバがと跳び出してきた。

 ミキシマックスガンを構え、劉備と信助に狙いを定める!

 

「今だ!」

 

 放たれた光線が二人を包み込む……が、光が収まっても信助の姿には何の変化も起きなかった。

 

「ぬぐぁぁぁっ!?失敗だと!?」

 

 ガクッと膝をつくワンダバ。

 どうやら信助側の器が、まだ足りていないらしい。

 

「やっぱり、僕の力がまだ足りてないから……」

 

 目に見えて落ち込み、地面を見つめて肩を落とす信助。

 そんな信助の左右から、天馬と俺がポンと肩を叩いた。

 

「大丈夫さ信助!まだ駄目ならこれから力を身につければいいじゃないか!」

 

「そうそう!最初から上手くいかないなんて、いつもの流れじゃんか!」

 

 俺と天馬のいつもの軽口と明るい励ましに、信助はハッと顔を上げた。

 

「天馬……コウ……!うん……僕、頑張るよ!」

 

 パッと元気を取戻した信助の笑顔を見て、俺はニッと笑い返した。

絶対に諦めない豪放磊落な英雄・劉備玄徳と、まだ未熟な雷門の守護神・西園信助。

この二人の出会いが、新たな時空最強の力を生み出す鍵になる——俺はそんな予感を抱きながら、孔明へと続く道を歩き始めるのだった。

 

 *

 

 竹林を抜け、俺たちはついに諸葛孔明の屋敷へとたどり着いた。

 だが、俺たちの目の前に立ちはだかったのは、重々しく固く閉ざされた巨大な門だった。

 

「ぬんっ……!ぬおおおぉぉぉッ!!」

 

 並外れた怪力を誇る張飛が、全身の筋肉を隆起させて扉を押し込む。しかし、ピクリとも動く気配すらない。

 

「兄者、少しいいか。孔明ほどの天才軍師がこのような分かりやすい所から出入りするだろうか?」

 

 大人たちが上や奥へと視線を巡らせ、開け方の策を思案しているその時だった。

 ふと、みんなの足元で下を向いていた信助が声をあげた。

 

「あれ?あのくぼみなんだろう?」

 

「なに!?」

 

 信助の言葉に、張飛が半信半疑で門の最下部に極太の指を滑り込ませた。そしてそのまま、ぐっと上方へと持ち上げる——

 

「「「開いたぁぁぁッ!???」」」

 

 拍子抜けするほどあっさりと、門は上へスライドして持ち上がった。

まさかの現代でいう『シャッター方式』の門だったのだ。

 

「なるほど……押しても開かんわけだ! ハハハ、お手柄だぞ!名はなんというのだ?」

 

「西園信助です!」

 

「信助か!良い名前だな!」

 

 信助は照れくさそうに笑った。

 目線が他の誰よりも低い信助だからこそ、大人が見落としていた足元の小さな隙間に気づくことができたのだ。

 

「よし!いざ、孔明の元へ!!」

 

 劉備が先陣を切り、例の巨大な大砲をガラガラと引っ張りながら威勢よく屋敷の敷地内へと踏み込んだ——その、直後だった。

 

ガコンッ!!

 

「ぬ……!?」

 

頭上から不穏な重金属音が響いたかと思うと、次の瞬間、巨大な鉄球がドスンと垂直落下し劉備の大砲をペシャンコに潰してしまう。

 

「ワシの大砲があぁぁッ!?」

 

静まり返る庭園に、劉備の悲痛な叫び声が虚しく響き渡るのだった。

 

 

 ペッシャンコに潰れた大砲に涙する劉備をなだめつつ、俺たちはからくり仕掛けの廊下を突っ切って、奥にある広大な部屋状の広間へと躍り出た。

 

「みんな、気をつけるんだ!ここは孔明の屋敷、どんな罠が仕掛けられているか分からないぞ!」

 

 慎重に足を打ち進める神童先輩たち。すると、先頭を歩いていた劉備が急に棒立ちになり、目を見開いて叫んだ。

 

「あ、あぶな〜〜〜いッ!!」

 

「「うわあぁぁぁっ!?」」

 

 俺と信助は思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。……が、周囲には何の変化も起きない。

 

「ハハハハ!引っかかったな、冗談だ!」

 

「「こんな時にやめてください!」」

 

 葵ちゃんと水鳥先輩が般若のような顔で詰め寄り、猛抗議を浴びせる。

 

「あ、いや……すまんすまん、悪気はなかったのだ……」

 

 さすがの劉備も頭を掻いてタジタジになっていた。

 そんなやり取りに溜め息をつきつつ、先を急ごうと神童先輩が一歩踏み出した、その時だった。

 

「……待て」

 

 ぬっと前に立ちはだかったのは、関羽と張飛だった。

 二人は手に武器を握りしめ、うつむいたままぴくりとも動かない。

 

「何をしている二人とも」

 

「そうですよ。関羽さんも張飛さんも悪ふざけはやめてください」

 

「待ってこの感じもしかして……」

 

 ゆかりが何かを察したその時——

 関羽と張飛の背後の空間が歪み、見慣れぬ衣装を纏った3人の者たちがぬっと現れた。そのあまりにも不自然で不気味な登場の仕方に、俺たちは一瞬で緊張感を走らせる。

 

「あの感じ……未来人!?」

 

「プロトコル・オメガの手先かッ!?」

 

 霧野先輩が鋭く問い正すと、中央に立つ長髪の男はクックッと低く笑い、嘲笑うように首を振った。

 

「あんな軟弱な連中と一緒にするな。俺たちはザナーク様率いる『ザナーク・ドメイン』だ」

 

 男は懐から禍々しい赤いスフィアデバイスを取り出し、掲げた。

 

『フィールドメイクモード』

 

 デバイスから放たれた光が広がると、石造りの広間の床に瞬時にサッカーグラウンドの白線が描かれ、どこからともなく2つのゴールが現れる。

 

「おいおい、こんな場所でサッカー勝負かよ……!」

 

 俺が身構えると、霧野先輩が劉備の前に立ち、優しく促した。

 

 「劉備さん、あなたはサッカーを知らないでしょう。ここは俺たちに任せて、後ろへ下がっていてください」

 

 だが、劉備はその申し出を突っぱねるように、力強く首を横に振った。

 

「断る!あ奴らは俺の大切な義弟だ!儂が助け出すと決めたからには、絶対に引き下がらん!!」

 

 一度決めた信念は、どんなことがあっても絶対に曲げない男。その頑固さと揺るぎない覚悟を目の当たりにしてきた神童先輩は、深く息を吐くと、やむを得ず決断を下した。

 

 *

 

「準備は出来たか?それじゃあ1点取ったほうが勝ちだ。行くぜ!」

 

 ザナーク・ドメインを名乗る3人組のリーダー格、長髪の男ラセツが冷ややかに言い放つ。

 相手はラセツ、エンギル、ヤシャの3人に、洗脳された関羽と張飛を加えた5人。

 対する雷門側は天馬、神童先輩、剣城、俺、そしてキーパーに入った劉備の5人だ。

 重苦しい空気の中、張飛のキックオフで変則マッチの火蓋が切られた。

 

 パスを受けたラセツが、凄まじいスピードで中央をドリブル突破してくる。

 

「させるか!」

 

「ここで止める!」

 

 天馬と神童先輩が二人がかりで挟み込もうとコースを消しにかかるが——ラセツは嘲笑うかのような鋭い切り返し一発で、二人をいとも簡単に抜き去ってみせた。

 前衛を突破したラセツの前に、次なる壁として俺が立ちはだかる。

 

「これ以上行かせるかよッ!」

 

「ハッ、失せな!」

 

 俺が足を出した瞬間、ラセツの足元から凶暴なオーラが弾けた。

 

「『マッドジャグラー』!!」

 

「ぐあぁぁぁっ!?」

 

 ボール越しに叩き込まれた強烈な蹴りに弾かれ、俺の体は地面を転がった。

 俺すらも蹴散らし、ラセツの目の前に広がるのは無人のスペース——そして、ゴールの前でただポカンと棒立ちになっているサッカー素人の劉備だけだ。

 ラセツが溜めを作り、シュート体勢に入る。万事休すかと思われたその一瞬の隙を、横から突風のように滑り込んできた影があった。

 

「甘い!」

 

 剣城だ!完璧なタイイングでボールを掠め取ると、素早く前線の天馬へ鋭いパスを出す!

 

「ナイス、剣城!」

 

ボールを収めた天馬が反撃に出ようとしたが、すぐさまエンギルが立ち塞がり、強引にボールを奪い返されてしまう。激しい目まぐるしい攻防。

 

「決めろ!」

 

 エンギルから張飛へと渡ろうとする浮き球のパス。

 

(させるかよっ……!さっきのお返しだ!)

 

 俺は痛む体に鞭打ちパスの軌道へ割り込みインターセプト。そのまま前線の天馬へダイレクトでボールを繋いだ。

 

「天馬、行けぇッ!!」

 

「任せて!」

 

 敵陣へ持ち込もうとする天馬。しかし、その正面に巨漢の関羽が仁王立ちで立ちはだかった。あまりの威圧感に足止めを喰らう天馬。だがその時——右方の前線から場違いな声が響いた。

 

「天馬、こっちだ!」

 

「えっ……!?」

 

 声を頼りに右目線を遣った天馬が、絶句した。

 なんと、キーパーであるはずの劉備が、嬉々とした顔で前線まで駆け上がってきていたのだ。

 劉備が上がっているということは、雷門のゴールは今、完全にガラ空きということ。

 

「ダメですよ、元に戻ってください!劉備さんはキーパーなんですから!」

 

「何を言う!守ってばかりで勝てるか!」

 

 まさかの試合中のピッチ中央で、天馬と劉備の押し問答が始まってしまう。

 

(バカ、今は試合中だぞ……!)

 

 俺が叫ぼうとした、まさにその瞬間だった。

 

「隙だらけだ!」

 

 注意が完全に逸れていた天馬の足元から、ラセツが鮮やかにボールを奪い去る!

 ラセツは間髪入れず、前線でフリーになっていた張飛へロングパスを供給した。

 

「ぬぁぁぁぁッ!!」

 

 張飛が放った豪快なシュートが、無人の雷門ゴールへ向かって一直線に突き進む!

 

「させねえッ!!」

 

 俺は全速力でゴール前へと滑り込み、体を捻りながら必死のカウンターを叩き込んだ!

 

「『流星ブレードV3』!!」

 

 星の軌跡を描く強烈なシュートが、張飛のシュートを真っ向から跳ね返す。

 そして前線の神童先輩はこのカウンターを最初から予測し、動き出していた。

 

「ミキシマックス!『信長』!!」

 

 俺が跳ね返したカウンターに、神童先輩の脚が重なる!

 

「これで終わりだ……『刹那ブースト』!!」

 

 光速のシュートが敵ゴールへ向けて炸裂。あまりの速度に、相手ゴールキーパーは反応することすらできず、ボールごとゴールネットへと叩きつけられた。

 

 サドンデスルールにより、この一撃で雷門の勝利が確定した!

 

「チッ……覚えていろ!」

 

 不服そうに吐き捨て、ラセツたちザナーク・ドメインは影の中へと撤退していった。

 彼らの姿が消えると同時に、関羽と張飛の二人は正気を取り戻したようにハッと目を見開いた。

 

「ぬ……ここは?」

 

 操られていた間の記憶が一切なく、困惑して首をひねる関羽と張飛。

 そんな二人に向かって、劉備はハハハといつもの豪快な大爆笑を響かせながら走り寄り、その太い腕で二人の首を力強く抱きしめた。

 

「関羽!張飛!無事だったか!よかった、本当によかったぞ!!」

 

「ぎ、兄者!? 苦しいですぞ!」

 

 苦しそうにしながらも、兄貴分の温かい抱擁にどこか嬉しそうな表情を浮かべる弟たち。

 一度決めたら絶対に諦めない頑固者だが、誰よりも弟思いの温かい兄貴分——劉備玄徳の真の魅力が、そこには溢れ出ていた。

 

 *

 

 サドンデス勝負を制した部屋を後にし、俺たちは孔明の屋敷のさらに奥へと足を進めていた。

 

「なるほどな……未来から来たというお前たちは、その『エルドラド』という恐ろしい敵と戦っておるのだな」

 

 道すがら、天馬たちの話を聞いた劉備が深く頷く。

 一方、正気を取り戻した関羽と張飛は、自分が操られて兄者やその仲間たちに刃を向けた事実を知り、苦々しい表情で頭を下げた。

 

「すまなかった。兄者、それにお前たちも」

 

「義兄弟の契りを結んでおきながら、兄者に牙を剥いてしまうとは!」

 

「何、気にするな。もう済んだことだ。」

 

 過ちを責めず、どこまでもあっけらかんと笑い飛ばす器の大きさ。この豪放磊落さと温かさがあるからこそ、関羽たちみたいな凄腕の豪傑が命がけで惚れ込んでついていくのだろう。

 

「劉備さん、ちょっといいですか」

 

「ん?どうした信助。」

 

 そう思っていると信助が、真剣そのものの厳しい表情で劉備に話しかけていた。

 

「さっきの劉備さんはキーパー失格です!」

 

 いつもは大人しくて遠慮がちな信助の口から飛び出した強い叱責に、周囲の空気があっと言う間に静まり返った。

 

「失格?」

 

「はい。サッカーはそれぞれの役目を守ることが大事なんです!特にキーパーは。キーパーはちゃんとゴールを守らないといけないんです!」

 

 信助の声には、今まで三国先輩から受け継ぎ、重圧と戦いながら培ってきた『雷門の守護神』としての強いプライドと想いが籠もっていた。

 劉備玄徳に対して一歩も引かない強いダメ出しに、俺たちも息を飲んで見守る。

 怒られるかもしれない——そんな緊張感が漂う中、劉備は腕を組み、少しの間考え込んでいたが……次の瞬間、ポンと手を打った。

 

「よし分かった、任せろ!」

 

 威張ることもなく、年下の信助からの厳しい意見をあっさりと、そして爽やかに受け入れた劉備。

 信助はどこか言い足りないような、あるいは自分の胸の奥にある「何か」に引っかかっているような表情を浮かべ、言葉を途中で口ごもらせてしまう。

 

(信助のやつ……キーパーの役割を教えながら、自分自身の『迷い』とも向き合ってるんだな……)

 

 信助が抱える葛藤の深さを察した俺は、黙ってその小さな背中を静かに見守るのだった。

 

 

 次なる部屋へ足を踏み入れた途端、背後の扉が重々しい音を立てて塞がれた。振り向くと、入ってきた足場すら消え去り、引き返す道は完全に断たれている。

 

「閉じ込められたか……!この部屋の仕掛けを解くしかなさそうだな」

 

 神童先輩が周囲を見渡す。床はいくつもの細かい足場に分割され、中央には勢いよく炎を上げる台座。その奥には火のついていない燭台があり、俺たちの足元には、なぜか縄で編まれた不思議なボールがひとつ転がっていた。

 

「炎と、火のついてない燭台……それにこの縄のボール。一体どういうことだ?」

 

 全員が頭をひねる中、ただひとり腕を組んでドシッと構えていた劉備が、迷いなく口を開いた。

 

「火が点っているなら、消せばいいだけのことだ」

 

「俺も消すんだと思ってたんだ」

 

 単純明快で兄貴一途な張飛が、すぐさま同意する。

 

「待ってください!」

 

 神童先輩が慌てて制止する。

 

「もし手順を間違えれば、どんな罠が発動するか分かりません。あのボールと燭台の意味は……」

 

「さあな!分からん!」

 

 劉備はあっけらかんと笑い飛ばした。

 

「そんな適当な……!」

 

 信助が呆れ果てるが、一度決めたら絶対に曲げないのが劉備という男だ。

 

「試してみれば分かる!張飛!」

 

「ははっ!」

 

 張飛が豪快に矛を振るい、凄まじい風圧で中央の炎を一瞬で吹き消した。

 

「「よっしゃあ!!」」

 

ガコンッ!!

 

「「「うわああぁぁぁっ!?」」」

 

 俺たちが立っていた足場が一斉に消滅し、全員まとめて奈落の底へと真っ逆さまに落ちていった!

 

 *

 

「いっててて……」

 

 俺たちは入り口に戻されていた。

 またしても劉備の考えなしの行動に巻き込まれ、遠回りさせられた一同。当の劉備はいつものように豪快に笑っている。その呑気な姿に、ついに信助の堪忍袋の緒が切れた。

 

「笑い事じゃありません!遠回りすることになったじゃないですか!」

 

「だからどうした?またやり直せばいいだけのことだろう?」

 

「キーパーはそれじゃダメなんです!!」

 

 劉備は「む……またその話か?」と首をかしげる。

 

「……キーパーは最後の砦なんです。だから、慎重にならないといけないんです」

 

 先ほどの厳しい口調とは違い、必死にキーパーとしての『責任』と『覚悟』を伝えようとする信助。だが、劉備は腕を組み、譲らない瞳で真っ直ぐ信助を見つめ返した。

 

「慎重になりすぎるあまり行動を起こせないのでは意味がない」

 

「僕が言いたいのはそういうことじゃなくて……!」

 

「分かった分かった!」

 

 劉備があっさりと話を遮ってしまう。

慎重に絶対の安全を期してゴールを守るべきだと考える信助と、失敗を恐れず前に踏み出すことこそが道を切り拓くと信じる劉備。どちらも『守る者』としての強い信念があるからこそ、二人の溝は平行線をたどっていた。

 

 

 気を取り直し、再び仕掛けの部屋へと戻ってきた俺たち。

 

「劉備さんは手をださないでください! 僕たちだけで解きますから!」

 

 信助がピシッと言い放ち、仕掛けの解読に取りかかる。

 フェイが縄でできたボールを拾い上げ、じっと見つめた。

 

「やっぱり、この縄のボールが怪しいよね……」

 

 フェイの手にあるボール、中央で激しく燃えさかる炎の台座、そしてその直線上にある空の燭台。

 それらが一直線に並ぶ位置関係を見た瞬間、紫がハッと目を見開いた。

 

「……なるほど、そういうことね」

 

 紫はフェイから素早くボールを受け取ると、迷いのない綺麗なフォームでボールを蹴り出した。

 放たれた縄のボールは、中央の炎の中を一直線に通過し、縄に一瞬で火が燃え移り、そのまま真っ赤な火の玉となって奥の燭台へと見事に飛び込んだ。

 

ガコンッ!!

 

燭台に鮮やかな火が灯ると同時に、部屋の足場が繋がり、固く閉ざされていた出口の扉が静かに開いた。

 

「へぇ、あの縄は火を移すための物だったってわけか!」

 

 俺は納得したように呟く。

 

「ふふん、これくらい私にとっては朝飯前よ!」

 

 腰に手を当て、自慢げに胸を張る紫。

 俺は思わず口元を緩める。

 

「流石だな紫!一瞬で見抜くなんて本当すごいぜ!」

 

「えっ……?あ、ありがと……」

 

 ストレートに褒めると、さっきまでの自信満々な顔はどこへやら、紫は急に耳まで真っ赤にして視線を泳がせた。

 

「さ、さあ!先を急ぎましょう!」

 

「可愛いやんね!」

 

「なっ!?」

 

 黄名子の言葉から逃げるようにバタバタと歩き出す紫の後ろ姿を追いかけながら、俺はふと信助と劉備を見やった。

 仕掛けは解けた。だが、信助の表情はまだ晴れないままだ。

噛み合わない二人の信念が交わる時は、果たして訪れるのだろうか——。

 

 

 からくり部屋を抜けた俺たちは、中国風の険しく尖った山肌にへばりつくように組まれた、高所の回廊を進んでいた。眼下に広がる断崖絶壁に肝を冷やしながら先へ進むと、次なる部屋の重々しい扉が行き手を阻む。

 意を決して足を踏み入れると、そこは薄暗く静まり返り、人間サイズの土人形が無数に居並ぶ不気味な空間だった。

 

「これは……『兵馬俑(へいばよう)』だな」

 

 この時代の人間である関羽が、暗闇の中に並ぶ人形を見つめて呟く。

 

「兵馬俑……? なんですかそれ?」

 

 天馬が首をひねると、紫がすかさず解説を加えてくれた。

 

「兵馬俑っていうのは、高貴な人物が亡くなった時、死後の世界でお世話をさせるために一緒に埋められた土人形のことよ。日本でいう『埴輪』みたいなものね」

 

「埴輪か……へぇ」

 

 なぜそんなものがこんな場所に置かれているのかは分からないが、これまでのからくり仕掛けに散々痛い目を見せられてきた俺たちは、自ずと警戒感を強める。

 

「なんか……気味が悪い部屋だな……」

 

 倉間先輩が腕を抱えて不吉そうに呟いた。俺は少し軽口を叩いて場を和ませようと、倉間先輩の隣で耳打ちする。

 

「勝手に動き出したりして……」

 

「へ、変なこと言うなよ!冗談でも笑えないぞ!」

 

 顔をひきつらせる倉間先輩——その直後だった。

 

カサッ……カツン……

 

「「っ!?」」

 

 背後から響いた微かな音に、俺と倉間先輩は跳ね上がるように勢いよく振り返った。

 ……が、そこにはただ無表情に並ぶ土人形があるだけだ。何一つ変わった様子はない。

 

「……き、気のせいだよな?」

 

「そうそう!多分ネズミでもいたんじゃねえかな!」

 

 お互いに言い聞かせるように顔を見合わせ、再び歩き出す。

 しかし、背後からの音は一向に止まない。それどころか、振り返るたびに人形たちとの距離が少しずつ縮まっている気がするのだ。

 

「なぁコウ……さっきより人形の位置、近くないか……?」

 

「影の加減でそう見えるだけ……!」

 

 あくまで現実を受け入れまいと必死に現実逃避を決め込む俺たち。

だが、ついに『その時』が訪れた。

 

ガバッ!!

 

 不意に勢いよく振り返った俺たちの視界に跳び込んできたのは——カサカサと関節を鳴らしながら、明確にこちらへ向かって歩み寄ってくる兵馬俑の姿だった!

見られたことで吹っ切れたのか、人形たちは一斉に不気味な声を上げ、恐ろしい躍動感で飛びかからんばかりに襲いかかってきた!

 

「「ギャァァァァァァァッッッ!!???」」

 

 俺たちの悲鳴が、部屋中に響き渡る。

 

「な、なんだ!?」

 

 あまりの悲鳴に異常事態を察知した天馬たちが振り向く。襲い来る土人形の群れを見た劉備が、即座に大声を張り上げた!

 

「こんな狭い場所で戦っては分が悪い!全員、走れぇぇッ!」

 

 劉備の指示で、俺たちは一目散に廊下を駆け抜けた。しかし、からくり兵馬俑の足は予想以上に速い! 逃げ込んだ先の広い部屋でついに追いつかれ、あっという間に無数の兵馬俑によって完全に取り囲まれてしまった。

 

「くそっ、退路がない……!」

 

 剣城が構え、全員が背中を合わせて身構える。完全に行き場を失い、身動きが取れなくなったその時——。

 

シュッ……ドカッ!!

 

「ぐあぁぁぁっ!?」

 

 暗闇の奥から何かが猛スピードで飛来し、よりによってワンダバの顔面にクリティカルヒットした!

 転がるワンダバをよそに、足元に落ちた物体を見て天馬が目を見開く。

 

「これ……サッカーボール!?」

 

 次の瞬間、部屋の壁に設置された松明が一斉に燃え上がり、暗闇だった室内の全貌が露わになった。

 そこは——広大な『サッカーフィールド』だった。

 白線が引かれ、両端にはゴール。周囲を囲む兵馬俑たち。

 

「さては孔明の奴、さっきの儂たちのサッカーをどこかで見物しておったな!?」

 

「だとしたら準備いいな……何者だよ孔明」

 

 呆れ混じりの俺の叫びをよそに、からくり兵馬俑チームとの、孔明の手による新たなる試練のピッチが開かれようとしていた。

 

 *

 

 俺たちは覚悟を決め、ユニフォームに着替える。対する兵馬俑軍団はすでにピッチ上に整列し、不気味なほど微動だにせず佇んでいる。

 そこへ、グ劉備が自信満々の笑みを浮かべてやってきた。

 

「よし!儂もキーパーで出場するぞ!」

 

「ダメです!!」

 

 真っ先に噛みついたのは、やはり信助だった。

 慎重さとゴールを守り切る責任感を何より重視する信助にとって、前回の試合で見せた劉備の無鉄砲な飛び出しプレーは、キーパーとして言語道断で許せるものではなかったのだ。

 

「劉備さんは見ていてください!キーパーは僕がやります!」

 

「何を言うか!孔明に用があるのはこの俺だぞ?自分抜きで勝利しても、孔明に会う資格を得られたとは言えんではないか!」

 

 堂々と胸を張る劉備のぐうの音も出ない正論に、信助はぐぬぬと息を詰まらせる。だが、頑なになっている信助はそれでも引こうとしない。

 

「信助、少し落ち着こうよ……」

 

 一度決めた信念を曲げない劉備の心情を一番理解している天馬が、信助の肩を優しく押さえて自重を促す。さらにフェイも穏やかに声をかけた。

 

「そうだよ信助くん。今回の戦いはエルドラドとの命がけの勝負じゃないんだ」

 

「でも……!だけど……!」

 

 それでも納得がいかず譲らない信助だったが——ここで痺れを切らした二人の豪傑が動き出した。

 

「ここは兄者に従ってもらうぞ!」

 

 関羽と張飛がぬっと前に出ると、両脇から信助の体を軽々と持ち上げてしまった!

 

「うわぁぁぁ!?」

 

 足をパタパタとバタつかせる信助だったが、二人の圧倒的な力には叶わず、そのまま力ずくでベンチへと連行されてしまった。

 

 *

 

 やむなく信助をベンチに残したまま、俺たちはそれぞれのポジションへつく。

 中央に立った審判役の兵馬俑が、手に持ったオカリナを吹き鳴らし、独特の甲高い音色で試合開始を告げた。

 

ピーーーーーッ!!

 

 兵馬俑軍団のキックオフ。

 

「人形ごときに後手は踏まんぜよ!」

 

 龍の如く果敢に飛び出した錦先輩だったが、向かってきた兵馬俑の硬質なボディから繰り出された強烈なタックルを受け、ドカッと豪快にはじき飛ばされてしまう。

 こぼれ球に素早く反応したのは黄名子だ。だが、ボールを奪った兵馬俑は一切の躊躇なく、その場で右脚を振り抜いた。

 

「『ギアドライブ』」

 

 激しく回転する幾重ものギアがボールを包み込み、予測不能なジグザグの弾道を描きながら超加速。

 意表を突かれた黄名子のすぐ脇をすり抜け、凶悪なシュートは一直線に雷門ゴールへと向かって突き進む。

 

「ヌオォォォッ!来いッ!!」

 

 正面で身構えていた劉備が、逃げ出すこともせず豪快に両腕を広げ、迫るボールへガッチリと掴みかかった!

 ズズズと力任せに押し込まれながらも、持ち前の強靭な腕力でなんとかボールの勢いを殺し、死守することに成功する。

 

「ハハハ!行けぇッ!」

 

 劉備が前線の霧野先輩へアンダーハンドで素早くフィード。

 

「ナイスキャッチです、劉備さん!」

 

 霧野先輩は迫る兵馬俑を華麗なステップで交わすと、前線で呼び込む剣城へ絶妙なパスを供給した。

 剣城の周囲を二体の兵馬俑がガッチリとマークしにかかる。だが、剣城は不敵に口元を歪めると、引きつけられるだけ引きつけてから逆サイドへロングスルーパスを蹴り出した!

 

「頼んだぞ!」

 

「ええ、任せて!!」

 

 右サイドを駆け上がっていた紫が、滑らかなトラップでボールを収める。兵馬俑たちが一斉に間合いを詰めてくるが、紫の瞳に宿るのは絶対の自信だ。

 

「私を止めるつもり?甘いわ!」

 

 紫の全身から、吹雪のような蒼白のオーラが爆発的に吹き荒れる。背後に君臨したのは、美しくも冷徹な氷の女神。

 

「出でよ……『氷雪の女神スカジ』!!」

 

 周囲の空気が一瞬で凍りつき、紫はそのまま化身を身体に引き寄せる!

 

「——アームド!!」

 

 白銀の鎧を身に纏った紫はボールを凍り付かせてシュートを放つ。

 

「『氷の矢』!!」

 

 キーパーの兵馬俑が両手を赤く発光させ、「ビームこぶし」で迎え撃つ。

 しかし、アームドされた紫の必殺シュートの威力は桁違いだった。赤いビーム光線を真っ向から粉砕し、キーパーごと激しくゴールネットへ叩きつけた。

1-0

 

 

試合は先制を許した兵馬俑軍団のキックオフで再開された。

 

「次こそは絶対に止めるぜよ!」

 

 気合十分で挑みかかる錦先輩。しかし、兵馬俑たちは機械のような精緻かつ絶妙なパス回しで、あっさりと錦先輩のチェックをかわしていく。

 そして前線へ繋ぐと、またしてもあの必殺シュートを繰り出してきた!

 

「『ギアドライブ』」

 

「ヌゥゥゥッ……!!」

 

 一度は正面からキャッチした劉備が、今度も力任せに止めにかかる。

だが——劉備の顔が苦痛に歪み、ジリジリと後方へ押し込まれ始めた。ボールの回転に手首が負けかけている!

 

「ぐあぁぁぁッ……逃がすかぁぁッ!!」

 

 劉備は死力で腕を振り払い、ギリギリのところでボールをサイドラインの外へ弾き出した。

なんとか失点は免れたものの、膝に手をつく劉備の手元を見て、ベンチの信助が声を上げる。

 

「劉備さん……右手、痛めてるんじゃないですか!?」

 

「ハハッ、何を言うか! まだ左手があるぞ!」

 

 強がる劉備だったが、必殺技も持たない素人が、敵の強力なシュートを片手一本で防ぎ続けられるはずがない。

 そんな窮状など知る由もない兵馬俑軍団は、容赦のない怒涛のシュートラッシュを仕掛けてきた。

キャッチを諦めた劉備は、両腕を交差させて泥臭く体に当たって跳ね返る衝撃に耐え続ける。

 そして、三度目の『ギアドライブ』が雷門ゴールを襲う。

 

「ぬぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 ジリジリとゴールライン際まで後ずさる劉備。すでに両腕の感覚は痺れ切っているはずだ。

 ボールを受けきれないと悟った次の瞬間——劉備は全身の力を首に込め、豪快な「頭突き」で凶弾を弾き飛ばした。

 満身創痍の劉備が、ついにその場に膝をついた。

呼吸を荒らげながらも、彼は努めて明るい笑みを浮かべ、ベンチの信助へ視線を向ける。

 

「信助……キーパー交代だ」

 

「えっ……!?」

 

「一度決めたことを投げ出したわけではないぞ? 『守れる者が守る』……ただそれだけのことだ! 後を任せたぞ、信助!」

 

 一度決めた初志を曲げたのではない。チームの勝利とゴールを守るため、今最も信頼できるキーパーに命運を託す——その壮絶な覚悟と奮闘をまざまざと見せつけられた信助は、胸を強く打たれたように固く頷いた。

 

「……はい! 任せてください!」

 

 信助がピッチへ走り込む。

フィールドの外で氷桶に手を突っ込んで治療を受ける劉備の期待に応えるため、信助の全身に熱い気合が漲っていた。

 

 

 試合は兵馬俑軍団のコーナーキックで再開。

 

「三度目の正直ぜよーッ!」

 

猛然と立ち向かう錦先輩だったが、相手の巧妙なドリブル技「トランスムーブ」に翻弄され、またしても抜き去られてしまう。

 そして、放たれる四度目の『ギアドライブ』

 

「来いッ……!」

 

 気合を入れて構えた信助。だが——高速でギアが回転し、不規則に屈折する凶悪な球道に、信助の反応は完全に遅れてしまった。

 

「させるかぁぁぁッ!!」

 

 死角から飛び込んできた俺が、滑り込みながら渾身の足伸ばしでシュートラインをギリギリでカット! 弾かれたボールを霧野先輩が胸でしっかりと受け止めた。

 

「ご、ごめん!コウ!」

 

「気にすんな!」

 

 せっかく劉備が命がけで死守してきたゴールを、自分の反応の遅さであっさりと割られそうになり、信助は激しく落ち込んでしまう。どっちへ飛べば止められたのか、頭で考えすぎて軌道が見極められなくなっていたのだ。

 霧野先輩からパスを受けた錦先輩が、リベンジとばかりに必殺技を叩き込む!

 

「『伝来宝刀』ッ!!」

 

 しかし、敵キーパーのわざ「ビームこぶし」によって、シュートは無情にも弾き返されてしまった。

 こぼれ球を拾った兵馬俑軍団が、素早いカウンターから五度目の『ギアドライブ』を放ってくる。

 

「今度こそ……絶対に止める!!」

 

 信助が必死に飛びつくが、またしても軌道を見誤り、伸ばした手はボールの勢いにはじかれてゴールへ吸い込まれそうになる。

 

「『もちもちきなこ餅』!!」

 

 ゴール前へカバーに入っていた黄名子が、すんでのところできなこ餅を発生させ、ボールを絡め取ってクリアした!

 

「ふぅ〜! 危なかったやんね!」

 

「ナイス黄名子!助かった!」

 

 天馬たちが手放しで黄名子を褒める。

 信助は身を縮こまらせ、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ごめんなさい……カバーしてくれてありがとう……」

 

「なに言ってるやんね!信助が最初に手に触れて勢いを殺してくれたから、ウチが止められたんやんね!」

 

 黄名子は屈託のない笑顔で信助の健闘を称えるが、自分の力で完璧に止められなかった信助の表情は暗いままだ。

 そんな信助の不調と焦りを察したディフェンス陣が動き出す。兵馬俑軍団が放ってくるつるべ打ちのシュートに対し、信助に負担をかけまいと、霧野先輩と神童先輩が体を張ってゴール前で壁となりシュートコースを塞いでいく。

 そんな先輩たちの姿に、信助の心は一層焦り、追い詰められていった。

 カバーに奔走したことで、俺を含めたディフェンス陣の体力は限界に近づいていた。

 スタミナの切れない兵馬俑が、疲弊した俺たちの隙を突いてゴール前へと雪崩込んでくる。

 目の前に迫る絶体絶命の危機。頭が真っ白になった信助は、思考を放棄するように思わず強く目を閉じてしまった。その時——

 

「迷ったら……飛べぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 ベンチから、劉備の雷のような声援が響き渡った!

 

「り、劉備さん……!?」

 

「お前には……守りたいものがあるのだろう!!」

 

 頭で正解を探そうとして身動きが取れなくなっていた信助の脳裏に、劉備の言葉が雷撃となって突き刺さる。

 

 頭を覆っていた迷いの霧が一瞬で吹き飛び、信助の瞳に覚醒の光が宿る!

襲い来る六度目の『ギアドライブ』!

ジグザグに揺れる凶悪な弾道に対し、信助は考えるのをやめ、野生の直感のままに左サイドへと勢いよく身体を跳ね上げた!

 

「うおぉぉぉぉッ! 『ぶっ飛びパンチ』ッ!!」

 

 空中で炸裂した拳がボールを捉え、見事に『ギアドライブ』を吹き飛ばした。

 

「ナイスセーブだ、信助ッ!」

 

 俺が叫ぶと、完全な自分を取り戻した信助が、勇躍として前線の天馬へ絶妙なロングスローを送る!

 

「信助が繋いでくれたボールだ!決めるぞ、剣城!」

 

「ああ、いくぞ!天馬!」

 

 迫る兵馬俑軍団を天馬が鮮やかに抜き去ると、すれ違いざまに剣城と目が合う。二人は同時に空へと跳び上がり、炎の旋風を纏った脚を振り抜いた!

 

「『ファイアトルネードDD』ッ!!」

 

 二重の炎の竜巻が兵馬俑キーパーごとゴールネットに激しく叩きつける、けたたましい破壊音とともに豪快な追加点を奪い去った!

 

2-0

 

ピーーーーーッ!!

 

 その瞬間、審判の兵馬俑が鳴らす試合終了のオカリナが響き渡り、雷門の勝利が確定したのだった。

 激闘を終え、呼吸を整える信助のもとへ、手を冷やし終えた劉備が歩み寄ってきた。

 

「守れたみたいだな」

 

 信助は申し訳なさそうに、そして心からの深い感謝を込めて、劉備に向かって深く頭を下げた。

 

「はい!ありがとうございました!」

 

「ハハハハ!良い顔になったではないか、信助!」

 

 劉備はガハハと大爆笑しながら、信助の小さな背中をバシッと力強く叩いた。

 頑固者同士。衝突し、泥臭く戦い抜いた末に、二人の間には『絆』がしっかりと芽生えていたのだった。

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