昨日の全身をバラバラにされるような痛みは、朝起きると嘘のように消えていた。それどころか、体の芯から熱い力がみなぎっているのを感じる。
「おーい、コウ!」
校門へと続く並木道。後ろから元気な声がして、松風天馬が駆け寄ってきた。
「天馬か。おはよう」
「おはよう! 昨日は大丈夫だった? 倒れたから心配してたんだよ。……もうピンピンしてる!?」
「ああ、一晩寝たら治っちまった。俺、昔から治りだけは早いんだよ」
俺が笑って脚を叩いて見せると、天馬はホッとしたように表情を緩めた。だが、すぐに引き締まった顔をして俺の顔を覗き込む。
「コウ、聞いた? 今日の放課後、入部を希望する一年生のテストがあるんだって!」
「テスト?」
「うん。昨日はイレギュラーな試合だったから、改めてちゃんと実力を判定するって。……俺、絶対合格したいんだ。憧れの雷門サッカー部で、サッカーをやりたいから!」
天馬の真っ直ぐな瞳を見て、俺も拳を握りしめる。
「……ああ、分かってる。昨日の1点だけで終わらせるつもりはねーよ」
*
放課後、俺と天馬は期待と緊張を胸にサッカー部棟へと足を運んでいた。
昨日、あんな惨劇の舞台になった場所だっていうのに、不思議と足取りは軽い。
「コウ、待ってよー!」
後ろから追いかけてくる天馬の隣に、見慣れない顔がもう一つあった。
天馬よりもさらに背が低く、頭にバンダナを巻いた小柄な少年だ。
「……誰だ? その、ちょこまかしてるのは」
「ひどいなぁ、ちょこまかだなんて! ボクは西園信助。昨日、帰宅途中の天馬と知り合ったんだ」
信助と名乗った少年は、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして俺の前に立った。体のサイズからは想像できないほど、バネの強さを感じる。
「信助もサッカーが大好きなんだって。今日は一緒に入部テストを受けることになったんだよ!」
「へぇ……。いいじゃん、仲間が多いのは大歓迎だ。俺は不知火恒陽。コウって呼んでくれ。よろしくな、信助」
俺が手を差し出すと
「よろしく、コウ!」
と力強く握り返してきた。
こいつからも感じる。天馬と同じ、サッカーを心底楽しもうとする「熱」だ。
「よし! この3人で、ファーストランクを目指して頑張ろう!」
天馬の掛け声に、俺と信助が応える。
重苦しい「管理サッカー」の空気を、俺たちの無邪気な熱気が少しだけ塗り替えていくような気がした。
*
サッカー部棟に足を踏み入れた瞬間に聞こえてきたのは、希望に満ちた声ではなく、激しい罵声と絶望の言葉だった。
「もう限界だ! もうサッカーなんてやってられねぇ。退部させてもらうぜ!」
セカンドチームのメンバーたちが、三国先輩に詰め寄っていた。彼らの目には、昨日の試合で植え付けられた「フィフスセクター」への恐怖がべったりと張り付いている。
「それじゃあオレたちは行くぜ」
そう言うとセカンドチームのメンバー達はサッカー棟を出ようと歩き出した。だが天馬はメンバー達の前に立ち塞がる。
「待ってください!お願いします辞めないでください。俺、雷門に入って雷門の先輩とサッカーやるの凄く楽しみにしてたんです。雷門サッカー部は、俺の憧れなんです!」
天馬は必死に訴えるが先輩達には何も響かないようだ。
「サッカーは怖くありません。 それに俺達が楽しいって思わなかったら、サッカーが可哀想ですよ!」
途端に先輩達は天馬の言葉を馬鹿にするように笑い出す。俺は耐えかねて天馬に声を掛けた。
「天馬、やる気がないのに無理にサッカーをやったらそれはそれでサッカーが悲しむだろ。ほっとけ」
俺がそう言うと、残っていた先輩の一人がカッとなって俺の胸ぐらを掴んできた。
「おい一年……何もわかってねぇくせによ。いい加減にしやがれ!」
「やめろ!」
神童先輩の鋭い声が割って入った。
「……こいつの言う通りだ。心が折れた者を繋ぎ止めても、今の雷門は救えない。……拳を収めてくれ」
神童先輩に宥められ、先輩は舌打ちして手を離しサッカー棟から出て行った。
そして、神童先輩は俺たちの方へゆっくりと向き直った。その瞳には、深い絶望と、それを必死に抑え込もうとする激情が混ざり合っている。
「……お前達は、もう来るな」
「え?」
突き放すような言葉に俺たちは戸惑うも、神童先輩はハッとしたような顔をする
「……いや。すぐに、入部テストの準備を始めよう」
そう言うと残る先輩達は準備のためにグラウンドへと向かってしまった。
*
夕日に照らされたグラウンドに、五人の入部希望者が集まった。
天馬、信助、そして俺。あとの二人は、金成と古手川というらしい。
かつての名門・雷門なら、入部希望者は40人ほどいたはずだ。それが、たったのこれだけ。昨日の試合は新入生にもかなり影響したらしい。
そして、肝心のテストだが内容は5vs5のミニサッカー。勝敗での判断ではなくプレイを見て判断するようだ。
「――キックオフだ。始めろ!」
久遠監督の号令と共に、ホイッスルの音が鳴り響く。
ピィィィィッ!!
「……っ、速い……!」
ホイッスルが鳴った直後、俺は雷門のファーストチームという壁を、文字通り全身で感じることになった。
昨日も戦ったはずなのに、テストとなった今日の先輩たちの動きには一切の迷いがない。ボールは魔法のように繋がれ、あっという間にパスを受け取った南沢先輩は俺の守る最終ラインまでやってきた。
「そう簡単に抜かせるかっ!」
紫が使って見せた、あの技――『クイックドロウ』。
俺は一瞬だけ意識を集中し、相手がボールを動かす瞬間に向けて踏み込んだ。だが――。
「甘いな」
南沢先輩は冷静に、ひらりと避けて抜き去る。
「……っ、クソが!!」
そのまま放たれた強烈なシュートが、俺たちのゴールネットを無慈悲に揺らした。
一点。一瞬の出来事だった。
「はあはあ……ボク全然付いて行けてない。やっぱり合格するなんてムリだったかな」
信助が肩を落とし、弱音を吐く。あまりのレベルの差に、心が折れかかっている。
だが、そんな信助の肩を、天馬が笑顔でポンと叩いた。
「大丈夫!まだテストは終わってないよ。俺はまだ諦めない。諦めずに頑張ればなんとかなるさ!」
天馬のその言葉を聞いた瞬間、神童先輩の纏う空気が一変した。それは昨日の絶望とは違う、激しい「怒り」だった。
「……諦めなければ願いが叶うと思っているのか!」
神童先輩が、これまでにない殺気を孕んだ動きで天馬へと突っ込んでいく。テクニックなんて度外視した、剥き出しの力任せなプレイ。
「わあああっ!?」
天馬の体が大きく弾き飛ばされ、地面を転がる。だが、それでも天馬は諦めない。
「さすが神童キャプテンだ。でも諦めません!」
「できるものならやってみろ!」
神童先輩の猛攻は止まらない。再びゴール前。至近距離からのシュートが俺を襲う。
今度は反応が遅れた。俺は力任せにボールに向かって右足を振り抜いた。
「止まれぇぇぇ!!」
ガッという鈍い衝撃。ボールは俺の爪先をかすめ、真上へと高く跳ね上がった。
「ああっ、浮いた!」
ボールは空中で弧を描き、また先輩たちの元へ落ちようとしている。
だが、そこに小さな影が飛び込んだ。
「させない!!」
信助だ!
あいつ、いつの間にあんな高さまで。信助は小柄な体からは信じられないほどの驚異的なジャンプを見せ、空中のボールを頭一つ分高い位置で競り勝った。
「天馬、行ってーっ!!」
「ナイスパス!信助!」
信助からのパスを受けた天馬が、疾風のごときスピードでドリブルを開始する。
右へ、左へ。回転するようなステップで、天馬は次々と先輩たちを抜き去っていく。その背中には、昨日よりもずっと強い「風」が吹いているように見えた。
「行け!! 天馬!!」
「これで……決めるっ!!」
天馬がゴール前で思い切り左足を振り抜いた。
鋭い弾道。入った――
「……雷門のゴールは、そんなに甘くないぞ」
三国先輩だ。
天馬の渾身のシュートは、その大きな両手にがっちりと受け止められていた。
ピィィィィッ!!
非情なホイッスルが、夕暮れのグラウンドに鳴り響いた。
15分間。俺たちが成し遂げたことは、何一つなかった。
ホーリーロード編までの設定集とか欲しいですか?
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