TMキャラバンが時空の狭間を抜け、激動の幕末へと到着した。
しかし、着いたはいいものの最初に立ちはだかるのは「目的の人物がどこにいるのか」という問題だった。
「沖田総司は新撰組の屯所にいるはずだ」
自信満々に腕を組み、胸を張る水鳥先輩。
「2人一緒ってことはないよね……」
信助が呑気にそんな希望的観測を口にした瞬間、水鳥先輩の目の色が変わった。
「とんでもねぇ!そんなことになったら斬り合いになるぞ!」
すごい剣幕で詰め寄る水鳥先輩に「ひえっ」と縮み上がる信助。そこへ、龍馬ファンの錦先輩がニヤリと不敵な笑みを浮かべながら割って入った。
「まっ!龍馬は沖田に負けんぜよ!!」
「何ぃ——!!」
完全に火がついた二人は、額を突き合わせて火花を散らし始めた。またしても険悪なムードに包まれる一同。
「時間は限られている!二手に分かれて捜索と行こう」
見かねたワンダバが間に入り、両手を広げて提案する。
その提案を聞くやいなや、錦先輩と水鳥先輩は示し合わせたかのように声を張り上げた。
「もちろん!わしは坂本龍馬じゃき!」
「私は沖田総司!」
動機はただの歴史オタクの意地とはいえ、これ以上二人を同じ行動班にしておけば捜索どころではなくなるのは目に見えている。別々に行動するのは間違いなく理にかなっていた。
ワンダバとフェイは二人の迫力に若干気圧されつつも、胸を張って班分けを発表した。
「よし、なら坂本龍馬組は私、天馬、信助、神童、錦、影山、葵、茜で探そう」
「それじゃあ沖田総司の方は僕、コウ、紫、霧野さん、黄名子、狩屋、剣城、水鳥さんでいいかな」
二手に分かれた俺たちはそれぞれの目的人物との出会いを求め、激動の幕末の街へと踏み出した。
*
沖田班のメンバーは、京都の街並みを歩きながら新撰組の屯所を探していた。
しかし、右も左も分からない異国の時代。屯所の場所を示すような手がかりは何もなかった。
「う〜ん、どこにあるんかなぁ……」
思案顔で歩いていた黄名子だったが、何を思い立ったのかポンと手を打った。
「分からんかったら、聞けばええやんね!」
「あ、ちょっと黄名子!?」
フェイの制止を聞く耳も持たず、黄名子はそのままの勢いで近くを歩いていた新撰組の隊士たちに向かって一気に駆け出してしまう。
「ちょっと待ちなさいッ!!」
異変に気づいた紫が素早く追いかけ、黄名子が声を上げるより早く後ろからガバッとその口を塞いだ。
息を切らしながら、紫が黄名子の耳元で焦ったように低く囁く。
「ダメよ黄名子。今の新撰組は下手をすれば何をされるか分からない、無頼の集団とみなして警戒しなきゃいけないんだから」
幕末の京の街において、不審な動きを見せれば即座に刀を抜かれかねない危険な時代なのだ。
だが、黄名子は「むぐむぐ」と紫の手を強引に振りほどくと、悪びれもせずに笑顔で口走ってしまった。
「うち、沖田総司さんに会いたいやんね!」
「なっ……!?」
その言葉を聞いた瞬間、隊士たちの目つきがガラリと変わった。
「何?沖田さんに?怪しいやつらめ!」
刀の柄に手をかけ、鋭い殺気を剥き出しにして迫ってくる隊士たち。当時、幕府と敵対していた薩摩や長州の回し者だと疑われれば、問答無用で切り捨てられてもおかしくはない状況だった。
「しまっ……! くっ……!」
剣城と俺は咄嗟に身構え、紫や黄名子を背中に庇おうと前に出る。緊迫した空気が張り詰め、隊士が刀を抜こうとした——その時だった。
「待たんかッ!!」
雷のようなダミ声が街道に響き渡った。
驚いて視線を向けると、そこには威風堂々とした体躯の、ものすごい強面の男がこちらに向かって歩いてくるところだった。
「女子供に刀を向けるなど武士の名折れだ!屯所に戻って頭を冷やせ」
「「は、はい!」」
隊士たちは慌てて頭を下げ、逃げるように去っていった。
すると男は一転して、和やかな優しい笑顔を浮かべると、水鳥先輩たちに向かって丁寧にお辞儀をした。
「うちの者が怖がらせて悪かったな。儂は近藤勇、新選組局長だ」
「「「近藤勇!?」」」
なんとゴリラのようなコワモテの男は近藤勇だった。
「あ、あの!あたし新選組のファンなんです!握手してもらってもいいですか?」
「その、ふぁん?とやらが何かは分からんがいいぞ」
ものすごい勢いで詰め寄り、大興奮で握手を求めてくる水鳥先輩の熱量に、さしもの近藤勇も思わず引き気味にたじろいでしまう。
その後、落ち着きを取り戻した水鳥先輩が恐縮する近藤勇から丁寧に屯所の場所を聞き出すことに成功。
手を振って見送ってくれた近藤勇に深々と礼をし、俺たちは目指す新撰組の屯所へと向かって再び歩き出したのだった。
*
新撰組の屯所の門前に到着した沖田班一同だったが、誰からともなく足が止まってしまっていた。
先ほど街道で隊士たちに刀を突きつけられ、一触即発になった記憶がまだ生々しく残っている。重厚な門構えを前に、どうしても足がすくんでしまうのだ。
「うーん……入るのはいいけど、またあんな風に刀を抜かれたら堪まったもんじゃないわね」
紫が腕を組みながら、慎重に門の奥の様子を窺う。水鳥先輩も屯所の雰囲気に呑まれたのか、珍しく生唾を飲み込んで躊躇していた。
そんな重苦しい空気を打ち破ったのは、やはり黄名子だった。
「近藤さんも良い人だったしきっと大丈夫やんね!」
なんの根拠もない能天気な一言。だが、その屈託のない笑顔と明るい声に背中を押されたのか、水鳥先輩は「よしっ」と自分の両頬をパチンと叩いた。
「そうだな!当たって砕けろだ!」
意を決して水鳥先輩が門を潜ろうとした——まさにその時だった。
「……ッ!? 誰か来る!」
俺は咄嗟に気配を察知し、全員を引いて近くの物陰へと滑り込む。息を殺して様子を窺っていると、屯所の奥からゆっくりとした足音が近づいてきた。
砂利を踏みしめる音とともに、門の前に姿を現したのは——
「……は!?」
思わず目を疑い、同時に声を漏らしそうになった。
新撰組の羽織を羽織り、胸を堂々と張って立っていたのは——あろうことか、あのザナーク・アバロニクだった。
(な、なんでザナークが新撰組の格好をしてここにいるんだ……!?)
物陰から覗く俺達は、あまりにも予想外すぎる男の登場に、開いた口が塞がらなくなっていた。
*
ザナークがやってきた後も屯所の前で物陰に潜んだまま、俺達は息を殺していた。
ザナークが新撰組の格好をして屯所の中へ入っていった以上、何の策もなく突入するのはあまりにも危険だ。やつが何を目論んでいるのか分からない現状、まずは沖田が一人で外出する瞬間を待つのが一番賢明な判断だろう。
「……でも水鳥先輩、沖田総司が出てきたとして、俺たちに顔で見分けがつくか?」
俺がボソッと疑問を口にすると、水鳥先輩は待ってましたと言わんばかりにニヤリと鼻を鳴らした。
「ふふん、甘いなコウ!沖田総司を見分けるなんて簡単だぜ! 要は超イケメンかどうかだ!」
「はあ……? イケメン……?」
そのあまりにも主観的でアバウトすぎる識別方法に、隣の紫が不安げに眉をひそめた。
「ちょっと水鳥先輩、いくらなんでも雑すぎませ
ん……?」
「大丈夫だって!幕末屈指の美剣士と言ったら沖田総司に決まってんだろ!」
水鳥先輩は根拠のない自信に胸を張るが、紫の表情は晴れない。
そんな中、じっとしているのが苦手な黄名子がつまらなさそうに身を乗り出してきた。
「ねぇねぇ、沖田さんはいつ出てくるん? ずっとここで待つの、退屈やんね〜」
「焦るな黄名子。新選組には『市中見回り』の時間がある。京の街の治安維持が奴らの仕事だからな。定時になれば必ず出てくるはずだぜ」
水鳥先輩の答えを聞きながら、フェイが屯所の重々しい門を見つめ、ぽつりと静かな声を漏らした。
「『市中見回り』か……いくら浪士を取り締まっても動き出した時間の波は止められないのに……」
フェイのしみじみとした言葉が、一瞬その場の空気を重くした。
だが、それを受けた霧野先輩が、まっすぐな目で静かに首を振った。
「そうかな……無駄なことなんてないと思うよ」
「霧野先輩……?」
「もしかしたら、新撰組は幕府の侍が無くしてしまった武士道を真っ直ぐに貫こうとしたんじゃないかな。俺たちがサッカーを守ろうとしているように」
霧野先輩の言葉が、胸の奥にストンと落ちてきた。歴史の結果を知っているからといって、その時代を必死に生きた人たちの熱意まで否定していい理由にはならない。俺はその言葉に深く感銘を受け、静かに頷いた。
そんな会話を交わしていた、まさにその時——屯所の門から一人の隊士が歩み出てきた。
顔を見ると、かなりの男前だ。
「あっ! イケメンやんね!」
黄名子は目ざとく見つけるやいなや、制止する間もなく物陰から飛び出し、その隊士の着物の裾をグイッと引っ張った。
「ちーっす! お兄さんが沖田さんですか?」
「うわっ!? な、なんだ君は……?」
突然現れた奇抜な格好の子供たちに一瞬戸惑いつつも、その隊士は困ったように苦笑いを浮かべた。
「すまないが人違いだ。沖田さんなら容態が良くないみたいで安静にしてるよ」
そう言い残し、隊士は去っていった。
貴重な情報を得られたとはいえ、黄名子のあまりの軽挙妄動に水鳥先輩のお説教が飛ぶ。
だが、問題はそこだ。沖田が病床に伏せていて外出できないとなると、街中で待ち伏せる作戦は破綻する。危険を承知で屯所に忍び込むしかないのか……。
「コウ、ちょっと肩車して!中の様子を見てみるわ」
「おう、任せろ!」
俺は紫を肩車し、屯所の高い塀越しに中庭の様子を窺わせた。
塀の上から中を覗き込んだ紫だったが、次の瞬間、「うっ!?」と小さく声を上げて大慌てで頭を引っ込めた。
「どうした紫! 沖田か!?」
水鳥先輩が食い気味に尋ねるが、下りてきた紫は首を横に振る。
「うーん……中庭で一人、剣士が素振りをして鍛錬してたんだけど……時空最強イレブンに選ばれるほどの剣技には見えなかったわ」
「そうか……じゃあ別の所か……」
全員で思案に暮れていた、その時だった。
屯所の奥から、もう一人の男が姿を現した。褐色肌で精悍な顔つきをした、いかにも切れ者といった佇まいの男だ。
すると、近くを通りかかった別の隊士がその男に向かって「沖田さん!」と声をかけた。
「……えっ!? あの人が沖田総司!?」
一同に衝撃が走る。水鳥先輩の「イケメン識別法」はあながち間違いではなかったが、それ以上に驚くべきことがあった。
病で動けないはずの沖田が、あまりにもピンピンしているのだ。
そこへ駆け寄ってきた隊士が「沖田さん! 坂本龍馬の潜伏先が分かりました!」と報せを持ち込むと、沖田の目が鋭く光った。
「なんだと……!? 場所はどこだ!」
居場所を聞き出すやいなや、沖田は風のような速さで屯所を飛び出し、指定された場所へと一気に走り出した。
「おい、待て! 速すぎるぞ!?」
俺たち沖田班は慌ててその背中を追う。だが、石畳を猛スピードで駆け抜けていく沖田のその圧倒的な足腰とスピードは——どこからどう見ても、病人のそれなどではなかった。
*
一度は見失いかけたものの、俺たちは猛スピードで走り抜けていく沖田さんの背中をなんとか追いたどり着いた。
だが、追いついた先で目に飛び込んできたのは、あまりにも異様な光景だった。
そこには龍馬を探していたはずの天馬たち坂本班と、なぜか雷門のユニフォームを着た太った男の人の姿。そして今まさに、沖田がその太った人を庇うように立ちはだかった錦先輩へ目掛けて、容赦なく刀を振り下ろそうとしていたのだ。
「させるかッ!!」
剣城が咄嗟に判断し、足元——おそらく天馬たちが使っていたであろう転がっていたサッカーボール——を猛然と蹴り飛ばす! 弾丸のようなパスが沖田さんの手元を正確に捉え、刀を寸前で落とさせた。
「天馬! 一体何があったんだ!?」
俺が駆け寄って尋ねると、天馬は息を荒らしながら焦ったように状況を説明してくれた。
「コウ!坂本龍馬さんと中岡さんの二人と一緒にサッカーをしてたら、突然沖田さんが現れて、坂本龍馬さんに斬りかかろうとしたんだ!」
「……え? 坂本龍馬……?」
俺が思わず聞き返すと、天馬は困惑した表情のまま、その雷門ユニフォームを着た太った男の人を指差した。
「あの人だよ……」
「「「えぇぇぇッ!?」」」
写真の凛々しい姿とは似ても似つかないその容姿に、追いついた沖田班の全員から驚愕の声が上がる。
そんな俺たちの困惑を余所に、体制を立て直した沖田さんは再びギラギラとした殺気を宿して刀を構え直した。だが——
「約束を忘れてもらっちゃ困るぜ、沖田総司」
静止の声が、広場に低く響き渡った。
声のした方へ一斉に目を向けると、そこには新選組の羽織を身に纏ったザナークと、その背後に控えるザナーク・ドメインの面々の姿があった。
「お前にはサッカーで坂本龍馬を始末してもらう約束だ。そのために『力』を与えてやったんだからな」
ニヤリと不敵に笑うザナーク。やはり、沖田さんが病気どころか凄まじい脚力で走り回っていたのもこの男の仕業だったのだ。
「なんで新撰組の格好なんてしとるんじゃ!?」
錦先輩が怒りを露わに問いただすと、ザナークは自分の羽織を自慢気に見せつけながら言い放った。
「ハッ、似合っているだろ~? 面白そうだと思ったから乗っ取ったのさ!」
相変わらずの傍若無人ぶりに俺たちが毒気を抜かれかける。
「聞きたいことがある!!」
フェイが逃さず畳みかけるように鋭い質問を投げかけた。
「あの時のあの力は・・・あれは一体何があったんだ!」
前回の孔明の園で、ザナークの身体からオーラが溢れ出して大爆発を起こした件についての説明を求めたのだ。
「ふん、そう言うと思ったぜ。・・・お前らに教えることなんて無ぇよ!」
しかしザナークは答える気がないようだ。
そして俺は隣のフェイにそっと耳打ちする。
「……フェイ、やっぱりザナークのあの暴走……俺と同じ力なのか?」
「うん……多分、そうだと思う」
フェイの重い返答に、俺は手首のリストバンドを強く握りしめた。
ザナークは即座に腕のスフィアデバイスを操作し、「フィールドメイクモード」を起動。あっという間に殺風景な広場をサッカーフィールドへと変貌させた。
「さぁ、サッカーバトルだ」
「勝負に勝てば……龍馬を斬る権利を俺に渡せ」
沖田はザナークの駒として扱われることを嫌うように、鋭い眼光で念押しする。
「ふむ、そういうことなら出んわけにはいかんぜよ」
龍馬は沖田の言葉を聞いてやる気満々のようだ。
「よっしゃあ! ダブル龍馬の力、見せてやるぜよ!!」
錦先輩も意気揚々とピッチへ向かう。
今回のバトルは5対5のミニゲーム形式で行われるらしい。俺は今回は不参加に回り、因縁のある龍馬さんに枠を譲る形となった。
ベンチ際で様子を見守っていた輝が、ふと疑問に思ってワンダバに声をかける。
「ワンダバさん、沖田さんが来たなら、剣城くんとミキシマックスさせないんですか?」
「こんな状況でできるわけがないだろうッ!!」
ワンダバは毛を逆立て、語気荒く叫び返した。下手にミキシマックスガンを向けたら、その瞬間に沖田さんに刀で一刀両断されかねない——本気でそれが怖くて撃てないようだった。
ピッチ上では、不敵な笑みを浮かべるザナークと、殺気を込めた瞳の沖田さん、そして異色の「ダブル龍馬」を擁する雷門の5人が、激しい熱を孕んで対峙していた。
*
試合はザナーク・ドメインのキックオフで試合が開始された。
エンギルからバックパスを受けた沖田は、鬼気迫る表情で奮然とドリブルで駆け出す。その足の速さは凄まじく、 正面から前を塞ごうとした天馬を一瞬にして抜き去ってしまった。
「なっ……速いっ!?」
驚く天馬だったが、実はその驚きは当の沖田さん本人も同じだった
(……なぜだ、意とも易々と身体が動く……!)
足元に吸い付くボールの感覚と、己の意志以上に跳躍する肉体。驚愕を隠しきれない沖田は、思わずベンチ手前のザナークへと視線を向けた。これがザナークの言っていた「与えた力」の正体なのか。
視線に気づいたザナークは、腕を組みながらニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
試合は一気にザナーク・ドメインのペースで展開し、オーグからの鋭いパスを受けた沖田さんが一気に雷門のゴール前に達する。
「うおおおっ!!」
雄叫びを上げて一撃必殺のシュート態勢に入る沖田さん。
だが、その目前に巨体を滑り込ませ、死力で身体を投げ出したのは坂本龍馬さんだった。
重い音を立ててボールはサイドラインへと押し出され、雷門は危機を脱する。
土煙の中から立ち上がった龍馬さんは、呼吸を乱しながらも沖田さんに向かってニッと笑ってみせた。
「へっ……そう簡単にはやらせんぜよ!」
沖田に譲れない大義があるように、龍馬にもまた、絶対に誰にも負けられない大義があるのだ。
「チッ……!」
そして今度は雷門の反撃。龍馬から素早いパスを受けた錦先輩が豪快なシュートを放つが、GKのシュテンが横っ飛びで見事にキャッチ。
そこからも試合は激しい一進一退の攻防が続く。
サイドを疾風のように駆け上がった錦先輩が、中央へ絶好のグラウンダーのパスを送る。だが、そこへ猛スピードで滑り込み、間一髪でカットしてみせたのは沖田だった。先ほどとは完全に逆の形で、今度は沖田がその意地と執念を示してみせる。
ボールを奪い取ったその激しくも美しいプレーに、龍馬さんは思わず声を上げた。
「おめえなかなかやるな」
「貴様に負けるわけには行かないんだ」
素気なく突っぱね、龍馬に背を向ける沖田さん。ベンチのザナークは、その二人の衝突を実に面白そうに眺めていた。
だが——そこからは沖田の凄まじい執念が上回りはじめた。
病を抑え込んでいるかのような鬼迫のプレーで、龍馬さんはボールキープやパスのたびにことごとく沖田に競り負けてしまう。運動量の激しさに、龍馬は辛そうに肩で息をし、その場に膝をつきかけた。
「龍馬さん!」
天馬たちが慌てて駆け寄る。龍馬は「すまん……わしのミスぜよ……」と汗を拭いながら皆に詫びたが、龍馬が下手なわけではない。沖田が凄まじい執念で、龍馬一人を完全に徹底マークしているからだった。
ベンチの外からその死闘を静かに見つめていたフェイが、ふっと目を細めた。
「……天馬、龍馬さん! 沖田さんのあのマークを利用しよう!」
ピッチ脇から声をかけるフェイの元へ、天馬と龍馬が視線を向ける。フェイはひとつの作戦を提案した。
*
フェイの作戦を聞いた一同は、天馬を先頭にすぐさま動き出した。
天馬が前線へ切り込み、中央の龍馬へ絶妙なパスを送る! 当然のように、待ち構えていた沖田が殺気を滾らせて龍馬の前に立ちはだかった。
だが——龍馬はニヤリと笑うと、保持していたボールをなんと沖田へ差し出すようにパスしてしまったのだ。
「見せてもらおうか。新撰組一番隊隊長のお手並み、いや足並みかな?」
「何!?」
煽るような龍馬の言葉に、沖田はその意図を訝しみつつも、目の前に転がってきた絶好のチャンスを逃すまいと雷門ゴールへ向けて猛然と走り出す。
しかし、龍馬が、驚異的な粘りでぴったりと横に並び追いついてくる。
「くっ……なぜ追いついてくる……!?」
頭に血が昇る沖田、横を並走していたエンギルがボールを回すよう叫ぶが、頭に血が昇った沖田さんは聞く耳を持たない。
「これは俺と坂本龍馬の勝負だ!手出し無用!」
周囲が見えなくなり、龍馬との一騎打ちだけに執着する沖田。まさにその一瞬の隙を突き——龍馬の影から勢いよく飛び出してきた影があった。
「龍馬は一人じゃないぜよ!」
錦先輩だ。あくまで一人で決着をつけることにこだわり、周りが見えなくなっていた沖田。龍馬さんという圧倒的な存在感、そしてフェイの張り巡らせた作戦に見事にはまってしまった瞬間だった。
錦先輩の鮮やかなスライディングがボールを奪い取る。弾かれたボールは、ゴール前でじっと機を窺っていた剣城の足元へと吸い込まれるように転がった。
「——ここだッ!」
ここまで息を潜めていた剣城が、溜め込んだ闘志を一気に爆発させる。背後に雄々しく姿を現す化身『剣聖ランスロット』。
「化身アームド!!」
白銀の鎧を身に纏った剣城は、迷いなく絶大な威力のシュートを叩き込んだ。
ゴールキーパーのシュテンは一歩も動けぬまま、ボールはネットを突き破る。
5対5のミニゲームは1点先取のサドンデスルール。雷門の勝利が決まった瞬間、ザナーク・ドメインのメンバーは舌打ちを残して霧のように姿を消し、周囲のフィールドも元の静かな広場へと戻っていった。
取り残された沖田の姿も、元の新選組の浅葱色の着物姿へと戻る。
「ガハッ……!ゲホッ……!ゲホッ……!」
次の瞬間、沖田は強烈な激痛に襲われたように胸を押さえ、激しく咳き込みながらその場に膝をついた。
「どうだ、少しはサッカーってもんが分かっただろ?」
いつの間にか逃走用の赤い大型バイクに跨がっていたザナークが、見下ろすように嘲笑を浮かべる。
「貴様、俺を試したのか……ぐっ!」
「ま、そんなとこだ。楽しかったぜ」
冷酷に言い捨て、エンジン音を響かせて走り去っていくザナーク。都合よく利用された挙句、病から解放されたという希望まで無残に打ち砕かれた沖田の姿に、錦先輩は拳を強く握りしめた。
「ふざけちょる!サッカーを何だと思っとるぜよ!!」
そんなさなか、龍馬も静かにその場を去ろうとしていた。
「じゃあ、俺もここらで失礼するぜよ」
「ま……待て……龍馬……っ!」
沖田さんは必死に刀に手をかけ、龍馬を討とうと立ち上がろうとするが、止まらない咳の発作がそれを許さない。龍馬はそんな沖田さんをどこか哀しげな視線で見つめると、静かに口を開いた。
「……わしには、まだやらなきゃならん大事な用があるぜよ」
そう残し、龍馬さんは去っていった。
「沖田……!」
俺は慌てて咳き込む沖田さんの元へ駆け寄った。紫が隣にしゃがみ込み、背中を優しくさする。
「大丈夫ですか……? 息を深呼吸してください……」
しばらくして発作が収まり、少しだけ呼吸を取り戻した沖田が弱々しく息を吐いた。
「……すまない。助かった……」
「……沖田さん、あなた……そんな今にも倒れてしまいそうな身体でサッカーをしていたんですか……!?」
神童先輩が驚愕と痛ましさの混ざった声を漏らす。
そう、本来動けるはずのない身体をザナークの力によって無理やり動かされていたのだ。そして急激に激しい運動を強いられたことで、沖田の病状は以前よりも遥かに悪化してしまっていた。
「ザナークの奴……!」
一同の怒りの矛先が、非人道的に人を弄んだザナークへと向けられる。
そんな中、剣城が一歩前へ踏み出し、立ち上がろうとする沖田の前に立った。その瞳には、強い疑問と葛藤が宿っていた。
「……どうしてそこまでして戦うんですか。命を縮めてまで、なぜ……」
沖田は武士の命である刀を床に突き立て、それを杖代わりにしてゆっくりと身体を起こした。
そして、寂しげな表情で遠くを見つめる。折しも吹き抜けた木枯らしに、枯れ木の枝から一枚の葉が儚く舞い落ちていく。
「.……俺は、もう長くは生きられない。」
沖田さんは落ち葉を見つめたまま、静かに己の胸中を語り始めた。
「坂本龍馬の企てが実現すれば幕府は消滅する。……幕府を守ることこそが我ら新選組の使命。ならばこの命尽きる前に、坂本龍馬を討つ!」
命の灯火が消えゆく直前の剣士が漏らした切実な悲願。その重い言葉に、剣城も、そして俺たちも、ただ静まり返るしかなかった。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=344650&uid=404295
知り合いに頼んでいたリクエストのイラストの全体バージョンが完成したので活動報告の方で出しています。