TMキャラバンの扉が開き、外の空気が流れ込んでくる。
眼前に広がっていたのは、見渡す限りの見慣れぬ大自然——およそ6805万年前の「白亜紀」の世界だった。
空を仰げば巨大な翼竜が悠々と風を捉えて羽ばたき、遠くの湖畔ではトリケラトプスの群れが静かに水を飲んでいる。教科書や図鑑でしか見たことのない本物の恐竜たちの姿に、恐竜好きの信助は大興奮で声を上げた。
「うわあぁぁぁっ!本物の恐竜だぁぁっ!!」
大喜びで跳ね回る信助を横目に、大介さんが豪快に号令をかける。
「よし。では早速強い恐竜を探しに行くぞッ!」
「ちょっと待ってください! 肉食恐竜もうようよしている只中に、何の準備もなく丸腰で行くのは危険すぎますよ!」
「む、それもそうか。ならば、ワンダバスイッチ——オン!!」
ワンダバが手元のスイッチを押すといつものようにみんなの服が変化し今回はいわゆる原始人のような服装に変化した。
「……ねぇワンダバ。これ、服が変わっただけで何の意味も解決になってないんじゃないかしら?」
紫が呆れたように自分の衣装を見下ろしながら冷ややかに突っ込む。
「郷に入っては郷に従えと言うだろう! 気分の問題だ!」
「そもそも、この時代に人間はいないはずだが……」
「まあ良いやんね! なんかカワイイし!」
神童先輩の極めて冷静で的確なツッコミが刺さるが、適当な性格の黄名子の一言であっさりとウヤムヤになってしまった。
ともあれ、一歩足を踏み出すと、古代の世界の雰囲気に圧倒される。恐竜そのものが目の前にいなくとも、見上げるほど巨大に生い茂ったシダ植物や巨大なゼンマイが、太古の生命力を感じさせて威圧感満点だ。
そんな中俺は歩きながら、ふと気になっていた疑問を投げかけた。
「なぁ大介さん。時空最強イレブンの7の力……『自由自在に空間を活かす、空を制するフライングディフェンダー』って、結局ターゲットは何なんだ?」
「ふむ!それはもちろん、空を統べる最強の翼竜じゃよ!」
「こっちも相変わらずふわっとしてんのな……大丈夫かよ」
俺が不安そうに肩をすくめると、信助が待ってましたとばかりに割り込んできた。
「空を制する最強の翼竜といえば……やっぱりケツァルコアトルスだよ、コウ!」
「けつぁる……何だって? そんなにすごい奴なのか?」
「ケツァルコアトルスだよ! 翼を広げると10メートル以上もあって、史上最大級の大きさを誇る翼竜なんだ! 立ち上がるとキリンと同じくらいの高さがあって、空の絶対王者なんだよ!」
目を輝かせて説明する信助。ふと彼が空を指差した。
「あっ!見てコウ!ちょうど今、空を飛んでるあの大きな翼竜……あれがケツァルコアトルスだよ!」
「へー、あれが……ん? なんだかどんどん近づいてきてないか?」
「えー? 気のせいでしょ、コウ……って、うわあああっ!? こっちに向かって急降下してきてるーっ!?」
天馬の呑気な返しを打ち消すように、巨大な影が猛スピードで迫ってくる! 俺たちを獲物と認識したケツァルコアトルスが、鋭いクチバシを剥き出して突進してきたのだ!
「逃げろーーーーッ!!」
「ひぃぃぃっ! 食べられるやんねぇぇーっ!」
大パニックになりながら、巨大なシダ植物の茂みの中を無我夢中で駆け抜ける雷門イレブン。入り組んだ岩場へとなだれ込み、なんとかケツァルコアトルスの追撃を振り切ることに成功した。
*
「ハァ……ハァ……っ、なんとか逃げ切れたか……」
「あ、危なかったぜよ……」
岩陰で荒い息を吐き出しながら、一同は胸を撫で下ろし安堵の息を漏らす。
……だが。
「……あれ? みんな、一人足りなくない……?」
フェイが周囲を見渡し、首をかしげた。
天馬、剣城、信助、神童先輩、霧野先輩、錦先輩、黄名子、紫、速水先輩……そしてフェイとワンダバ。
「……あ」
姿が見当たらないのは——コウだった。
*
「痛い痛い痛い! 爪食い込んでるって! 離せぇぇぇッ!!」
一方その頃——遥か上空。
急降下してきたケツァルコアトルスの鋭い鉤爪に、見事にガッチリと腰を掴まれた俺は、雲の下をものすごいスピードで運ばれていた。
下を見下ろせば、遠く小さく見える巨大なシダ植物の森。落ちたらひとたまりもない高さだ。
「くそっ、ジタバタしても全然ビクともしねぇ……!」
冷や汗が全身から吹き出す。じわじわと迫る死の恐怖に焦りを募らせる俺だったが、ただ連れ去られるのを待つような柄じゃない。
手足は拘束され、武器もない。万事休すかと思われたその時、俺の目の前にあったのは——俺の腰をガッチリと掴んでいるケツァルコアトルスの太い足首だった。
「……一か八かだッ!!」
俺は目一杯口を開けると、ケツァルコアトルスの足首に向かって思いっきり噛みついた!
「ギャァァァァァァーーーッ!?」
古代の空に、ケツァルコアトルスの凄まじい悲鳴が響き渡る。想像以上の激痛に驚いた翼竜は、思わず脚の力を緩めてしまった。
「よっしゃ、離した——って、うわあああああああッ!?!?」
自由になったのも束の間。
重力にしたがって、俺の身体は遥か上空からまっさかさまに急降下し、猛スピードで広大な森林地帯の緑の海へと叩きつけられるように落ちていった。
*
「……ッてぇ……」
全身に走る鈍い痛みとともに目を覚ますと、目の前には視界を埋め尽くすほどの鬱蒼とした巨木の葉が生い茂っていた。
身体を起こし、痛む頭を押さえながら周囲を見渡す。見たこともない巨大なシダ植物や異様な太さの幹。仲間たちの姿はどこにもない。あの高さから落とされたというのに命があったのは、運良く鬱蒼とした木々がクッションになってくれたからだろう。
だが、その安心感も束の間——ふと手首に覚えた強烈な違和感に、血の気が引いた。
「なっ……リストバンドが……ない!?」
いつも手首にはめ込まれていた、セカンドステージチルドレンの力を抑制するためのリストバンドが綺麗さっぱり消えていた。落下する最中、木の枝か何かに引っかかって弾き飛んでしまったのだろう。
今はもう能力の反動に苦しむことはなくなったとはいえ、枷が外れたことで、今は出すことができない化身『獄炎鳥ダークフェニックス』が意図せず飛び出し、暴走してしまうかもしれない。
「くそっ……こんな時に……!」
胸を突く激しい不安と焦り。だが、ここでパニックになれば一瞬で古代の肉食竜の餌食だ。俺は自分の両頬を強めに叩き、無理やり思考を切り替えた。昔、本やテレビで見たサバイバル知識を頭の引き出しから全力で絞り出す。
(遭難した時、何より優先すべきは『水』の確保だ。水場を探せば、皆んなと落ち合える可能性も上がる……はず!)
意を決して草を掻き分け、足場の悪い森を歩き始める。だが、進むにつれて足元を覆うゼンマイやシダはますます巨大化し、自分がちっぽけな存在に思えてくる。
「うわっ……!?」
足をとられ、盛大に派手に躓いてしまった。痛む膝を押さえながら足元をよく見ると、地面が大きく抉れている。ただの窪みではない。爪の跡がはっきりと残る、人間など容易に踏み潰せるほど巨大な恐竜の足跡だった。
「マジかよ……こんなサイズの奴がうろついてんのか……」
ゾッと背筋が凍りついた、その瞬間——
ゴゴン……ゴゴン……
地響きだ。足の裏から小刻みな振動が伝わってくる。周囲の樹木が不自然に揺れ、落ち葉がパラパラと降ってきた。
(なにか来る……っ!)
直感が警報を鳴らす。俺は瞬時に身をかがめ、近くにあった一番太い大木の影へと滑り込んだ。
ズシン……ズシン……
木々をなぎ倒す音とともに、巨大な影が姿を現す。見上げるような巨躯、太く丸い足、地面を引きずる太い尾。本物の恐竜が、俺の隠れている木の真横を悠然と通り過ぎていく。喉を鳴らす重低音の息遣いまでハッキリと聞こえた。
俺は口を手で覆い、心臓の鼓動すら押し殺す勢いで息を止めた。幸いにも、その恐竜はちっぽけな俺にまるで興味を示さず、そのまま森の奥へと去っていった。
「ハぁぁ……っ……!」
気配が完全に消えたのを確認し、脱力しながら木の影から這い出る。遠くから眺めるのとは訳が違う。死と隣り合わせの圧倒的な迫力を目の当たりにし、俺の全身の警戒度は限界まで引き上げられた。
*
それから、どれくらい歩き続けたろうか。
陽射しは容赦なく照りつけ、体力は削られ、喉はカラカラで焼き切れそうだった。足取りが重くなり、視界がかすみかけたその時——
木々の隙間から、パーッと眩い光が差し込んできた。
「光……? 開けた場所か!?」
最後の力を振り絞って藪を突き抜けると、そこには太陽の光を反射して輝く、巨大な湖が広がっていた。
「水だ……! 水があった!!」
俺は歓喜の声を上げ、湖畔へと駆け寄った。水面に顔を突っ込む勢いで手で水を含み、勢いよく喉へと流し込む。冷たい水が身体中に染みわたり、生き返るような感覚に吐息が漏れた。
「ふぅ……美味ぇ……助かった……」
ほんの一瞬、死線から脱した安堵感に気が緩んだ——まさにその時だった。
俺の足元、そして湖面に、急速に広がる巨大な影。
(……え……?)
嫌な予感に背中を冷や汗が伝う。恐る恐る空を見上げた俺の目に飛び込んできたのは——
鮮やかな紅蓮の翼を広げ、旋回する巨大な影。
先ほど俺を足で掴んで空へ拐った、あのケツァルコアトルスだった。
「嘘だろ……追いかけてきやがったのか!?」
開けた湖畔に出たことで、空からの視界に完全に捉えられてしまったのだ。激怒したケツァルコアトルスは、長いくちばしをこちらに向け、鋭い甲声を上げて急降下してくる!
「ギャアァァァァッ!!」
「くそっ、執念深い奴だなッ!!」
湖畔の開けた場所ではひとたまりもない! 俺は水飛沫を上げて反転し、今出てきたばかりの森の中へ向かって全力でダッシュした。
背後でドカンッ!と地響きがし、空を切る鋭い鉤爪が俺の髪かすめていく。
「うわあああッ! 喰われてまるかよ!!」
なりふり構わず木々の隙間へ滑り込む!
追撃しようと森へ突っ込んできたケツァルコアトルスだったが、十数メートルを超える巨大な紅蓮の翼が密生した大木に引っかかり派手にバランスを崩した。
空中を自在に飛ぶ最強の翼竜も、障害物だらけの鬱蒼とした森の中ではその巨体を満足に動かせない。暴れて木々をなぎ倒す翼竜の隙を突き、俺はさらに森の深部へと身を隠した。
やがて、頭上から悔しそうな鳴き声が響き、羽ばたきの音が遠ざかっていく。
「ハァ……ハァ……っ! なんとか……撒いたか!?」
大木の根元に背中を預け、荒い息を吐き出す。水は確保できたものの、紅蓮の翼竜に目をつけられ、仲間ともはぐれたまま。この危険すぎる太古の森で、俺のサバイバルはまだ始まったばかりだった。
*
冷たい水で人心地がついたものの、次に襲ってきたのは激しい空腹感だった。
「次は食べ物か……」
お腹をキュウと鳴らしながら周囲を見渡すが、生い茂っているのは見たこともないような巨大な植物や、怪しげな色をした巨大な木の実ばかり。毒があるかもしれないと思うと、軽々しく口にするわけにはいかず疑心暗鬼になってしまう。
そんな中、少し離れた茂みの向こうで、体長1メートルほどの小型の草食恐竜が懸命に木の実を啄んでいるのが目に入った。
(……あいつ、さっきからあの赤い木の実をバクバク食べてるな)
俺は少し離れた草むらに身を潜め、じっと観察する。あいつが普通に食べて生きていられるなら、少なくとも人間にとっても毒ではないはずだ……多分。
やがてお腹いっぱいになったのか、小型恐竜がテクテクと立ち去っていく。俺はその隙を見計らって木に近づき、赤い木の実をひとつ摘み取った。
念のためクンクンと匂いを嗅いでみる。ほのかに甘い香りが漂ってきた。意を決して、恐る恐る小さな一口をかじってみる。
「……あ、美味い。普通にいけるな」
爽やかな甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。安全だと分かればこっちのものだ。俺は限界を迎えていた空腹を満たすため、夢中で木の実を貪り食った。その時——
カサッ、とすぐ近くの草むらが揺れ、先ほどの小型恐竜がひょっこりと顔を出した。
小型恐竜は、俺が食べている木の実をじーっと見る。
次に、俺の顔をじーっと見る。
そしてまた、俺の手元にある木の実へと視線を戻す。
分かりやすすぎる視線の往復に、俺は思わず苦笑した。どうやら自分が食べていた大好物を俺に横取りされたと思っているらしい。
「……何だよ。お前もこれが欲しいのか?」
俺が手のひらに乗せた木の実を見せながら優しく問いかけると、小型恐竜は警戒しつつも、トコトコと少しずつこちらへ近づいてきた。
俺は刺激しないようゆっくりとした動作で、木の実をひとつ、ポーンと優しく放り投げてやった。小型恐竜はそれを素早くくわえると、嬉しそうにパクリ! 美味しそうにモグモグと喉を鳴らした。
「ハハッ、可愛いとこあるじゃねえか」
孤独で過酷なサバイバルの中、ほんの少しだけ心が和む温かい時間。俺が微笑ましくその様子を見守っていた、まさにその瞬間だった。
ガサガサガサガサッ!!
「……え?」
草むらが激しく揺れたかと思うと、その背後からまったく同じ姿をした小型恐竜たちが、ワラワラと十数匹もぞろぞろ現れたのだ!
「ちょっと待て待て待て全部食うななーッ!?」
群れをなして押し寄せてきた小型恐竜たちに揉みくちゃにされ、俺が必死に確保した木の実の山は、一瞬にして綺麗さっぱり全て食べ尽くされてしまったのだった。
*
小型恐竜たちに木の実を全滅させられた時はどうなることかと思ったが、諦めずに近場を探し回った結果、幸いにも似たような安全な木の実をいくつか発見でき、なんとか飢えをしのぐことができた。
だが、安堵したのも束の間、空を見上げるとゆっくりと茜色が失われ、辺りに暗闇が立ち込め始めていた。古代の夜がやってくる。
(次は……寝床か。夜の雨風や、肉食竜の視線を少しでも遮れる場所を作らないと……)
俺は急いで周囲を捜索し、使えそうな太めの枝や、大人の背丈ほどもある巨大な葉っぱ、そして引っぱっても切れない丈夫で長いツルを集め始めた。
まずは土台作りだ。地面に太めの枝を何本か力任せに突き立て、柱を作る。
そこに斜めに枝を渡し、長くてしなやかなツルを何度も巻きつけてがっちりと固定。全体の骨組みを組み上げた。
仕上げに、集めてきた巨大な葉を何重にも重ね合わせて屋根と壁を作り、雨風を防げるように隙間を埋めていく。
最後に、冷たい地面からの冷気を和らげるため、床全面にもふかふかの葉を敷き詰めた。
「ふぅ……まあ、こんなもんだろ」
手は泥とツルのアクでドロドロだが、出来上がった簡易的なシェルターを目にして、俺は大きな達成感と安堵の息を漏らした。
「どれ、住み心地はどうだ……?」
試しに身をかがめて中に入ってみる。
「うぐっ……狭っ!?」
思った以上に天井が低く、足も満足に伸ばせないキツキツの空間だった。だが、今の俺にはこの狭さこそが、不思議と外界の脅威から守られているような小さな安心感を与えてくれた。
手首のリストバンドを失った不安、仲間たちと離れ離れになった焦り、そして化身の暴走に対する恐怖——。抱える問題は何一つ解決していない。
けれど、漆黒の闇に包まれ、遠くで恐竜たちの不気味な咆哮が響く白亜紀の森の中、俺は小さく身を丸めた。
こうして、俺の過酷で果てしない遭難生活の1日目が、静かに過ぎ去っていったのだった。
*
翌朝、小さな簡易シェルターの中で目を覚ました。
葉っぱの隙間から差し込む光で目をこすりながら体を起こすと、昨日の疲労と慣れない地面の痛みが体に残っていた。だが、ぐずぐずしている暇はない。
残しておいた木の実を軽く口に放り込み、適当に朝食を済ませた俺は、今後の行動について思考を巡らせた。
(このままここでずっと待ちぼうけしてても、天馬たちが俺を見つけてくれる保証はない……。それに、こんな見通しの悪い鬱鬱とした森の中じゃ、探しようがないはずだ)
俺は腹を括った。待つのではなく、自ら動き出す。
作り上げた簡易寝床をテキパキとばらし、使えそうな頑丈なツルや予備の木の実をまとめると、大きめの葉っぱで丁寧に包んでコンパクトな荷物を作った。それを背負うように固定し、森の外を目指して歩き始める。
もっと時間がかかるかと思いきや、鬱蒼とした木々の合間を抜け出すのにそれほど時間はかからなかった。視界が一気に開け、広大な大地と空が目の前に広がる。
「よしっ、まずは森を抜け出せたぞ……!」
脱出できたことに喜びかけた、まさにその瞬間だった。
頭上から巨大な黒い影が、スッと俺の全身を覆い隠す。
「……やっぱりな」
空を見上げると、あのケツァルコアトルスが、またしても俺を獲物と定めて旋回していた。だが、もう慌てない。開けた場所に出れば狙われることくらい、百も承知だったからだ。
グワァァァッと風を切り、一直線に急降下してくるケツァルコアトルス。
「一回見た攻撃に、そう何度もかかってまるかよッ!」
俺は直前で横へと跳躍し、鋭い爪の強襲を紙一重で回避。地面に着地すると同時に、一気にダッシュを開始した。
リストバンドのない今の俺の身体にはセカンドステージチルドレンとしての超人的な身体能力がある。凄まじいスピードで目の前に立ちはだかる巨大な岩を軽々と跳び越え、急な坂道を風のように駆け下りて逃げ続ける。
だが——相手も伊達に『空を制する最強の翼竜』と呼ばれているわけじゃなかった。人間離れした俺のスピードにもぴったりと上空から追従し、しつこく何度も低空飛行で襲いかかってくる。
(クソッ、いくら脚力があっても、平地じゃ空からの追撃を完全に振り切るのは無理がある……っ!)
どう切り抜けるか思考を巡らせたその時、前方の視界に巨大な影が飛び込んできた。凄まじい威圧感を放つ、一頭の巨大な肉食恐竜だ。
(……一か八か、賭けてみるかッ!)
俺は走りながら足元に落ちていた手頃な大きさの石コロをサッカーボールよろしく鋭く蹴り飛ばした!
「すまんっ!!」
「グオッ!?」
鋭く放たれた石が、肉食恐竜の鼻頭にクリーンヒット! 激怒した肉食恐竜が「なんだお前はぁッ!」と言わんばかりに猛然と振り返る!
俺はそのまま肉食恐竜に向かって全速力で突進! その直後、背後から俺を仕留めようと絶好のタイミングで急降下してきたケツァルコアトルスの気配を察知した。
「いっけぇぇぇーーーっ!!」
肉食恐竜の目の前ギリギリで、俺は地面をスライディングするように姿勢を低くして滑り込む!
直後——ターゲットを失ったケツァルコアトルスが止まりきれず、正面から振り返った肉食恐竜の顔面にド派手激突した!
「ギャアアアッ!?」
「グオオオオオッ!?」
突如顔面に飛び込んできた巨大な翼竜に怒り爆発の肉食恐竜と、思わぬ巨体に衝突してパニックになるケツァルコアトルス。古代の暴君同士による凄まじい大喧嘩がその場で勃発する!
「ふぅ……間一髪だったな!」
二頭が凄まじい噛み合いと咆哮を繰り広げている隙を見逃さず、俺は泥を払いながら立ち上がると、一目散にその場を走り去ったのだった。
*
肉食恐竜とケツァルコアトルスの大喧嘩を後目にひた走り、俺はひたすら足を動かし続けた。
空が徐々に茜色から群青色へと変わり、辺りがすっかり暗くなり始めた頃——俺の耳に、心地よい水のせせらぎが聞こえてきた。
「……水だ!」
運良く辿り着いたのは、清らかな水が湧き出る小さな水辺だった。しかも驚いたことに、そのすぐ目と鼻の先には雨風を完全に凌げそうな手頃な大きさの洞窟が口を開けていた。
「嘘だろ……水の確保と安全な寝床が、同時に手に入ったのか……!?」
昨日の手作り簡易シェルターとは比べものにならない安心感だ。思わず顔がほころぶ。俺は水辺で喉を潤すと、洞窟の中に身を寄せ、持ってきた葉っぱの包みから最後の木の実を取り出して全て口へ放り込んだ。
腹を満たし、冷たい岩肌に背中を預けると、一気に疲労が押し寄せてくる。
(……天馬たち、今頃どうしてるかな。俺を探してくれてるんだろうか……)
静まり返った暗闇の中、ふと頭をよぎるのは仲間たちの顔だった。
もし誰とも巡り会えず、このまま何ヶ月も、何年も、白亜紀でたった一人のサバイバル生活が続いたら——? 抑え込んでいた不安と孤独感が、じわじわと胸の奥を締め付けてくる。
(……いや、考えすぎるな。落ち込んでても状況は変わらない)
俺は大きく息を吐き出し、強引に思考を未来へと切り替えた。
(……手持ちの木の実もこれで全部食べ尽くしちゃったな。明日は朝一番で食糧を探さないとまずいぞ。最悪、木の実が見つからなかったら……小型の恐竜でも狩って肉を食う羽目になるかもしれないな……)
古代でのサバイバルも2日目にして段々と様になってきた自分に苦笑しつつ、俺は重くなった瞼を閉じた。
遠くで響く恐竜たちの咆哮を子守唄代わりに、こうして過酷な遭難生活の2日目が静かに暮れていった。
*
ヒュン、と風を切る強烈な浮遊感で目覚めた。
「……う、うおっ!?」
ハッと目を覚まして上を見上げると、そこにあったのは見覚えがありすぎるあのケツァルコアトルスの顔だった。洞窟でぐっすり寝ている隙を突かれ、またしても足で掴まれて連れ去られたらしい。
(くそっ、油断した! 前と同じように足を噛んで——)
焦りながらも、デジャヴのように足首へ噛みつこうとした……その瞬間。
「うわあああぁぁッ!?」
噛みつく間もなく、あっけなく上空から放り出された。
ドサッと叩きつけられたのは、絶壁の頂上に作られた巨大なケツァルコアトルスの巣の中だった。そして俺の目の前には、チィチィと甲高い鳴き声をあげるケツァルコアトルスの子供たちが数匹。
上空から親のケツァルコアトルスが着地し、獰猛な瞳で俺を見下ろす。……どうやら俺は、子供たちの餌として巣に連れてこられたらしい。
「っ……冗談じゃねぇ……!」
リアルな死の恐怖が全身を駆け巡り、俺はジリジリと後ろへ後ずさる。だが背後は絶壁、前には親と雛たち。完全に逃げ場を失った俺は、死中に活を求めるようにファイティングポーズを構えた。
——まさに、その時だった。
どくんと胸の奥が激しく脈打った。
(な……なんだ……!?)
背後から、禍々しくドス黒い炎が津波のように溢れ出す。凄まじい熱量と圧力が空間を支配し、漆黒の炎を全身に纏った不死鳥——化身『獄炎鳥ダークフェニックス』が、俺の意志を無視して強制的に解き放たれたのだ!
化身が出現した瞬間の凄まじい衝撃波と漆黒の炎が爆発し、親のケツァルコアトルスもろとも巨大な巣が一瞬で吹き飛ばされた。
「カッ……ヒュー……っ! な、なんで……出せるはずのない化身が……!?」
死に直面した極限の生存本能のせいなのか。二度と出ないと思っていたダークフェニックスの顕現に困惑する俺だったが——直後、胸を万力で押し潰されるような激痛が襲いかかった!
「ガハッ……!? ぐあぁぁぁぁぁッ!!」
胸を締め付ける強烈な激痛に激しく咳き込む。それに同調するように、頭上のダークフェニックスも苦しげに絶叫し、漆黒の炎を撒き散らしながら暴走を始めた。
(くそっ……身体が……意識が……持ってかれる……ッ!!)
視界が真っ赤に染まり、暴走する炎に飲み込まれかけた——その瞬間だった!
「『ハンティングランス』ーーーーッ!!」
風を切り裂く威勢の良い叫び声とともに、空から一本の巨大で原始的な槍が飛来した! 投擲された槍は一直線にダークフェニックスの胸元を撃ち抜き、暴走する漆黒の炎を一気に討ち払うように霧散させた。
「ハァ……ハァ……っ!」
胸の締め付けがスッと消え、苦しみから解放された俺は、膝をついたまま荒い息を吐きながら振り向いた。
(天馬……たち……なのか……?)
救ってくれた仲間の姿を期待して振り返った俺の視界に入ってきたのは——恐竜の骨で作られた髑髏のような帽子を被り、皮の服を纏った原始的な一人の少年だった。
そして、その少年の背後には……先ほどダークフェニックスを貫いた巨大な槍を手に持つ、ヒョウのような姿をした化身が立ち聳えていた。
化身がスーッと光となって消えていくと、少年はトコトコと俺の方へ歩み寄ってきた。腰に手を当て、俺の顔を覗き込んでニシシと笑う。
「オメーがトンマの言ってた『ホウ』って奴だな!」
「……は? トンマ……?」
頭の上にハテナを浮かべる俺だったが、すぐピンときた。『トンマ』じゃなくて『天馬』のことか?
「天馬たちの知り合いなのか!? ていうか、なんで俺の場所が分かったんだよ……!」
「トーチャンに頼んで、オメーのことを探してもらったんだぞ!」
少年がそう言って空を指さすと、ばさりと大きな羽音を立てて一頭のケツァルコアトルスが降り立ってきた。俺を襲っていた個体とは明らかに違う、どこか凛とした佇まいの翼竜だ。
「こいつが……そのトーチャンって奴なのか?」
「そうだぞ!」
少年は胸を張って答えた。どうやらこの翼竜に育てられた少年らしい。
「そっか……助かった、ありがとう。俺はコウだ。お前の名前は?」
「オイラはトーブだ!」
少年——トーブは元気いっぱいに名乗ると、くるりと辺りを見回した。そして、さっきのダークフェニックスの暴走に巻き込まれ、傷負って地面に伏せているケツァルコアトルスを見て顔を曇らせた。
「早く治してやんねえと、コルトが死んじまうぞ」
「コルト……? コルトって誰だ?」
「こいつの事だぞ! こいつはトーチャンと同じくらい強い奴だけど……オメーの力、すげえな」
トーブは何気なく言ったが、その言葉は俺の胸に鋭く突き刺さった。
己の暴走の巻き添えにして怪我をさせてしまったことへの強い罪悪感。そして、消えていたはずの力がなぜ今になって突如暴走したのかという疑問が口をついて出た。
「……なんで今になって、急にあんな暴走なんてしたんだろ……」
ポツリと呟いた俺に、トーブは首を傾げながら、子供特有のまっすぐで飾らない瞳で俺を見つめた。
「よくわかんねえけど……オメー、あの力を怖がってるように見えるぞ」
「……っ!? んなバカな……怖がってるわけねぇだろ……!」
俺はとっさに否定した。だが、言葉とは裏腹に、胸の奥底で忘れていた記憶が嫌な音を立てて蘇ってくる。
(俺が……ダークフェニックスの力を……怖がってる……?)
頭の奥底で、忘れようとしていた情景がフラッシュバックする。三国志の世界——孔明の園。ダークフェニックスを強引にアームドし、暴走するザナークを助けに行こうとした時のことだ。あの時、全身を焼き尽くすような地獄の激痛と、己の身体が壊れていく狂気の恐怖——
(……そうか。頭では克服したつもりでいても……身体があの時の痛みを、恐怖を、強烈に覚えているのか……?)
自分の化身に怯えているという事実に、俺は思わず無言で己の手を見つめ、深く沈み込んでしまった。
そんな俺の様子に気遣ってかそうでもないのか、トーブは「よし!」とポンと手を叩いた。
「オイラはコルトの傷を治すから、オメーは崩れた巣と子供たちを集めてくれ!」
「……あぁ、分かった」
トーブの言葉に頷き、俺は深く考え込む思考を一度脇に置き、崩れた巣の枝を拾い集め始めたのだった。
*
散らばった大きな枝や葉っぱをかき集め、甲高い声で鳴くコルトの子供たちをひとつひとつ丁寧に巣の中心へと戻していく。
「……あれ? 一匹足りねえぞ……?」
さっき巣の中で見かけたはずの雛の数と比べ、一匹少ないことに気づいた俺は、コルトの傷口に薬草かなにかの葉を必死に押し当てていたトーブに声をかけた。
「トーブ! 子供の数が一匹足りねえ!」
「なにッ!?」
トーブは手を止め、パッと顔を上げた。
「……よし、オイラも一緒に探すぞ!」
二人は広い崖の上をくまなく探し回った。
「どこ行ったんだ……? 頼むから無事でいてくれよ……!」
焦りが募る中、しばらくして崖の端に立ったトーブが声を張り上げた。
「コウ! いたぞ! 崖の下の段差のところだ!」
トーブが指さす先——崖の途中に飛び出た頼りない岩の棚に、小さく丸まったコルトの子供が一匹、震えながらしがみついていた。
「よかった、あんな所にいたのか……!」
安堵の息を吐いた、まさにその瞬間だった。
ガラガラガラッ……!!
脆くなっていた崖の岩肌が重量に耐えかね、音を立てて崩れ落ちた。足場を失った小さな子供が、悲鳴のような鳴き声を上げて真っ逆さまに断崖絶壁の下へと落ちていく。
「しまっ——!?」
体が勝手に動いた。俺は子供を救い出そうと崖の端へ飛び出そうとした——だが。
ピキッ……と、全身の血が凍りつく感覚とともに、土壇場で足が完全に固まった。
(……っ!?)
脳裏に、さっきトーブが口にした言葉が、そしてコルトの痛々しい傷跡が強烈にフラッシュバックする。
「……怖くなんか……っ」
かすれた声が口から漏れ出る。恐怖で指先が激しく震える。
「……また暴走したら……っ! また……あの子を……誰かを傷つけたら……っ! 俺は……っ!!」
トラウマの鎖が足首に絡みつき、動くことを許さない。自分の中の『獄炎鳥ダークフェニックス』という破壊の力が、恐怖そのものとなって身体を縛りつける。
——ピイィィィッ!!
その時、遥か下から小さく切ない死の恐怖に怯える子供の鳴き声が、風に乗って耳に届いた。
「っ……!!」
俺はぎゅっと目を瞑り、歯が折れるほど強く噛みしめた。迷いを、躊躇を、自分への恐怖を、力ずくで振り払う。
「うおあぁぁぁぁぁぁぁーーーーッ!!!!」
俺は躊躇を投げ捨て、躊躇なく断崖絶壁の空へと飛び降りた。
風圧が顔を叩く。猛スピードで落下しながら、手を伸ばす。あと少し、あと少しで届く——!
「もう誰も……傷つけさせない……ッ!」
必死に手を伸ばし、宙を舞う小さな体を腕の中にしっかりと抱き留めた。
「助ける……!! 俺が……俺の力で!絶対に助けるんだぁぁぁぁッ!!!!」
俺の魂の叫びに呼応するように——背後からドッと漆黒の炎が爆発的に吹き荒れた!
黒い熱炎が背中で形を成し、巨大な漆黒の翼となって大きく広がっていく。化身『獄炎鳥ダークフェニックス』が、俺の背後に顕現した。
だが——もう、暴走はしない。
胸を突くあの地獄のような激痛も、自我を塗りつぶす狂気も、どこにもなかった。
闇の炎は俺の『助けたい』という強い意志に従い、優しく温かな風となって漆黒の翼を包み込む。広げられた黒き翼が猛烈な落下速度を殺し、ふわりと衝撃を殺しながら、俺たちは静かに古代の地面へと着地した。
「ハァ……ハァ……っ!」
化身が静かに霧散していく。
俺は腕を開き、胸の中で震えているコルトの子供を見つめた。怪我ひとつない、元気な姿だ。
「……よかった……本当に……よかった……っ」
俺は膝から崩れ落ちるように地面に座り込み、小さな命を抱きしめながら、心底安堵の笑みをこぼしたのだった。
*
崖を登り、トーブと一緒にコルトの巣をてきぱきと元通りに組み直した。
散らばっていた子供たちも無事に巣の中へ戻り、コルトもトーブの手当てと傷を癒やす葉っぱのおかげで、少しずつ荒い息が落ち着いてきている。
「ふぅ……よしっ! 巣はこれでバッチリだな!」
トーブは満足そうに胸を張ると、持っていた皮の袋から大量の熟した木の実と、香ばしく焼かれた肉を取り出して俺に差し出してきた。
「ほら、オメーも食え! 腹減ってんだろ?」
「うわっ、ありがたい! いただきます!」
昨日の飢えが嘘のように、ジューシーな肉と甘い木の実が身体に染み渡る。久しぶりのまともな食事に感動しながら肉を頬張っていると、トーブが思い出したように語り始めた。
「そういえばさ、オイラがトンマたちと会った後、変な奴らがきてさ! サッカーで戦いを挑んできたんだぞ!」
「えっ……!? 変な奴ら……?」
「おう! オイラもトンマたちと一緒に戦ったんだけどよ、すんげぇ強くて負けちまったんだ……。だから今は、あいつらにリベンジするためにみんなでサッカーの特訓をしてる最中なんだぞ! サッカーってのはすっごく面白いんだな!」
トーブの話を聞きながら、俺の頭の中に部棟での会話がリフレインする。
(変な奴ら……間違いない。フェイやワンダバが言っていたエルドラド最強のチーム、『パーフェクト・カスケイド』だ……! もう雷門と接触してきたのか……!)
焦りが胸を突く。今の雷門が敗北するほどの相手なら、なおさら一刻も早くみんなの元へ合流しなければならない。
「そうか……! なら、俺も早くみんなのところへ行って特訓に参加しないと……。でも……」
俺は足元で横たわるコルトの頭を優しく撫でた。
「……コルトのことが心配だな。この怪我じゃ、まだ放っておけない」
「んー?オメーがいてもいなくても、傷が治る早さは一緒だぞ?」
「まあ、そうかもしれないけど……」
そう言いかけた、まさにその瞬間だった。
コルトの傷口に触れていた俺の手のひらから、ふっと微かな温もりが溢れ出した。生暖かい、穏やかな光の波動。
「……ん?」
手元を凝視すると、なんとコルトの痛々しかった傷口が、俺の手から発せられる温かな光に包まれ、ほんの少しずつだが確かに塞がり、癒やされていくのが見えた。
「うおっ!?すげぇぇぇッ!傷が治っていってるぞ!?」
トーブが目を丸くして叫ぶ。俺自身も驚きで自分の手を見つめた。
「これ……もしかして、セカンドステージチルドレンの力なのか……!?」
これなら、コルトを完全に治療できる!
俺はトーブに向かって力強く頷いた。
「トーブ!俺はここに残って、この力でコルトの傷を完全に治す!その間、トーブは天馬たちのところへ戻っててくれ!」
「えっ、オイラだけで戻るのか?」
「あぁ! コルトの傷を治したら、すぐに俺もみんなの元へ追いかけるから! 天馬たちに『俺は無事だ』って伝えておいてくれ!」
「分かったぞ! ぜったいスグ来いよな、ホウ!」
トーブはニシシと笑うと、トーチャンの背中に跳び乗り、空へと威勢よく飛び立っていった。
遠ざかるトーブを見送った後、俺はコルトの傷口へ再びそっと両手を当てた。手のひらから満ちていく温かな光を感じながら、俺は仲間の待つ場所へと心を向けたのだった。