静寂がグラウンドを支配していた。
結果を待つ俺たちの前に、久遠監督がゆっくりと歩み寄る。その鋭い眼光は、まるで俺たちの魂の奥底を覗き込んでいるかのようだった。俺は固唾を飲んで、次に出る言葉を待った。
「それでは結果を発表する。合格者は……松風天馬、不知火 恒陽そして西園信助。以上3名だ」
「……えっ?」
「……やったぁ!!」
天馬と信助が飛び上がって喜びを爆発させる。俺も、心の底から熱いものが込み上げてくるのを感じた。合格だ。これでやっと、本当の意味でピッチに立てる。
一方で、不合格を突きつけられた金成と古手川の二人は、肩を落として力なくグラウンドを去っていった。
*
正式に合格が決まった翌日。俺と天馬、信助の3人は、期待と少しの緊張を胸に、サッカー棟のサロンへと足を運んだ。
中に入ると、そこには神童先輩たちレギュラーメンバーが揃っていた。昨日の今日ということもあり、室内にはまだピリついた空気が漂っている。
「……おはようございます!」
天馬が元気よく挨拶するが、返ってくる声はまばらだ。
「それでは新入部員。改めて自己紹介をしてもらおうか」
神童先輩の促しに、俺たちは背筋を伸ばした。
「はい!西園信助。1年です!小学校の時はディフェンスをやってました。頑張りますのでよろしくお願いします!」
「え、え―と……松風天馬。一年です。とにかくサッカー大好きなんでよろしくお願いします!」
二人の真っ直ぐな言葉が響く。最後に俺が前に出た。
「不知火 恒陽だ。学年は一年。ポジションはDF。……あんたらに認められるまで、何度でもぶつかってやる。よろしく」
不遜とも取れる俺の挨拶に、数人の先輩が眉をひそめた。だが、その気まずい沈黙を破るように、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「ほら恥ずかしがってないで早く行くわよ」
「ちょ、ちょっと待って……」
振り返ると、そこには4人の女子生徒が立っていた。そのうちの2人には見覚えがある。1人はよく天馬と一緒にいる女の子ともう1人は先日俺に必殺技を見せてくれたサッカーマニア?である藤原紫だった。
「私たち、マネージャーを志望している一年生です!」
先頭に立つ、よく天馬と一緒にいる明るそうな少女空野葵。
おっとりとした雰囲気でカメラを構える、山菜茜。
勝ち気な表情で腕を組む、瀬戸水鳥。
そして、
「藤原紫です。今日から、皆さんの力になれるよう努めます」
紫は昨日までの面影を完全に消し去り、清楚で完璧な優等生の微笑みを浮かべていた。
「えっ本当?」
「やってくれるの?」
前までいたマネージャーは黒の騎士団の件で逃げてしまったようで先輩達もマネージャーを希望する子が来て喜んでいる。
「つーわけで、4人まとめて」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
*
新入生と新たなマネージャーの自己紹介が終わった後俺たちは音無先生からユニフォームを渡されていた。
「……これが、雷門のユニフォーム……」
音無先生から手渡された黄色と青のユニフォーム。ずっしりとしたその重みに、俺たちは思わず顔を見合わせた。
「全員、グラウンドへ集まれ。練習を始める!」
神童キャプテンの号令。その言葉に、天馬の目が輝いた。
「やった!ついにチーム練習ができる!」
期待に胸を膨らませてグラウンドに駆け出そうとした俺たちを、車田先輩が手で制した。
「おいおまえら何やってんだ。一年生は別メニューだぞ」
「えっ、そうなんですか……?」
「一年がいきなりファーストチームのレベルについてこれないだろ。お前らはまず基礎特訓からだ」
車田先輩の言葉に、天馬は少し残念そうだったがすぐに前を向いた。
「ねぇ、練習の前に、少しだけ先輩たちの様子を見に行かない?」
信助の提案で、ファーストチームの練習を覗き見ることにした。
*
流石は名門のファーストチームの練習。厳しくもよく考えられたトレーニングメニューだった。
「これがファーストチームのサッカーか。ボク、ジャンプには自信だったけどなんか圧倒されちゃうなあ……」
「いずれは俺たちもあの中に入るんだ気合い入れないとな」
「うん、俺たちも頑張って早く先輩達と練習したいよね」
3人で先輩達の練習に興奮していると入り口から予想だにしないやつが現れた。
「ふうんこんな練習やってんのか」
振り返ると、剣城京介と、いかにも権威主義的な笑みを浮かべた金山理事長が立っていた。
「剣城くんは今日からサッカー部に入ることになりました」
「な、何だと!」
「クク……よろしくお願いします。キャプテン」
金山理事長の言葉に、練習していた先輩たちの手が止まる。グラウンドに緊張が走った。
「……これもフィフスセクターの指示ですか」
「君が知るところではありません。ほら、剣城くんに新しいユニフォームを持ってきてください」
金山理事長は久遠監督の言葉に適当に返し、剣城のユニフォームを要求する。音無先生がユニフォームを持ってきたが剣城は受け取りを拒否した。
「わかっているのか!これは雷門のユニフォームだ」
神童先輩は剣城の行動を咎めるが剣城は気にせず背を向ける。
「オレはフィフスセクターの監視者だ。お前ら如きとは違う」
「何だと!」
神童先輩は剣城の失礼な態度に熱くなりそうになるがすぐに気を取り直し、練習を再開させた。
*
「……よし、俺たちも基礎練開始だ!」
天馬の掛け声で、俺たちはやる気を入れ直して外へ出ようとした。剣城の態度は腹立たしいが、まずは自分たちの実力を上げなきゃ始まらない。
だが、部室の出口を塞ぐようにして、一人の少女が立ちはだかった。
「……待ちなさい、一年生達」
藤原紫だった。
彼女はクリップボードを小脇に抱え、相変わらずの無表情で俺たちを見据えている。というかお前も一年だろ。
「え、藤原さん? 練習なら今から外に……」
戸惑う信助を無視して、紫は手元の資料を俺たちの前に突きつけた。
「あんなお遊びの『基礎練』なんて必要ないわ。……今日から一年生は、私が作成したこの『特別メニュー』をこなしてもらうわ」
「特別メニュー……?」
天馬が覗き込んだその資料には、およそ中学生の練習とは思えない過酷な数字が並んでいた。
高強度のインターバル走、砂袋を脚に巻いてのステップ、さらには物理法則を無視したような体幹トレーニングの数々。
「ちょ、ちょっと待てよ! これ、普通に死ぬだろ!? 先輩たちがやってるやつの何倍だよ!」
俺が思わず叫ぶと、紫は冷たく口角を上げた。
「……コウ、あなたは特に、あのザマを忘れたの? 圧倒的な実力差がある相手に、並の練習で追いつけると思っているなら、今すぐそのユニフォームを返してきなさい。……これは『管理』される側の練習じゃない。……管理を『壊す』ための特訓よ」
「……っ」
俺が何もできずに神童先輩に抜かれた屈辱。それを引き合いに出され、俺は言葉を呑み込んだ。
「ボク……やるよ! 藤原さんが言うなら、きっと意味があるんだと思う!」
信助が真っ先に志願し、天馬も
「そうだね、強くなるためなら何だってやるよ!」
と目を輝かせる。
「……ったく。わかったよ。やればいいんだろ!」
俺たちが紫に連れられて向かったのは、グラウンドのさらに端にある、人目に付かない荒地のような場所だった。
「さあ、始めなさい。……まずはタイヤを背負って、全力のダッシュ100本」
「百本……!?」
紫のマネージャーという名の「鬼コーチ」ぶりが炸裂した。
彼女は完璧な猫かぶりを捨てたわけではないが、一年生に対してだけは、あの『サッカーマニア』としての、いや、もっと冷徹な『指導者』としての本性を剥き出しにしていた。
基礎練が終わるまで、俺たちの悲鳴と紫の冷たい怒号が、雷門の片隅で響き続けた。
*
「……はぁ、はぁ……死ぬ、マジで死ぬ……」
紫の課した地獄のような特訓がようやく終わり、俺たちは地面に這いつくばっていた。信助はもはや言葉も出ず、天馬も大の字になって夜空を仰いでいる。
「……お疲れ様。明日も同じ時間にここへ来なさい。遅れたら倍にするわ」
紫は汗一つかいていない涼しい顔でそう言い残し、さっさと部室の方へ戻っていった。あいつ、本当に人間かよ。
「コウ……天馬……。あ、葵ちゃんがこっちに来るよ……」
信助が指差す先、葵が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「みんな! 大変だよ、練習試合が決まったんだって!」
「練習試合!?」
天馬が弾かれたように飛び起きた。その瞳には、特訓の疲れを吹き飛ばすような輝きが宿っている。
「詳しくはわからないけど音無先生なら知ってるんじゃないかな」
「よし、聞きに行こうぜ!」
俺たちは重い体にムチを打ち、音無先生を探してサッカー棟へと走った。ミーティング室の前で先生を見つけたが
「あらもう知ってるの?今神童くん達が話してるところよ」
俺は試しにミーティング室に聞き耳を立ててみる。
「……なんか揉めてるような声が聞こえるんだが大丈夫か?」
「え!?ちょっと中に入って確かめよう!」
俺たちはミーティング室の扉を開けた。
室内ら重い空気が溜まっており、壁には剣城が退屈そうにもたれかかっている。
「あのーどうしたんですか?」
天馬がそう聞くと意外にもその問いには剣城が答えた。
「栄都学園との練習試合が決まったってよ。クク……」
栄都学園……俺は聞いたことがない名前だった。
「聞いたことあるよ! 元々はそんなに強くなかったけど、最近は快進撃を続けてて5連勝中なんだって。すごく力をつけてる学校だよ!」
信助がどこからか仕入れてきた情報を口にする。
「へーそうなんだ。先輩、頑張ってくださいね。俺応援してます」
天馬は無邪気に応援の言葉を口にするが先輩達はそれを無視して外へ出てしまった。その背中には、昨日よりもさらに重い「影」が張り付いていた。
「……何だよ、あの態度は」
俺は去っていく先輩たちの背中を睨みつけた。
栄都学園。最近急激に力をつけたというその学校と、この死んだ目をした先輩たち。
何か、嫌な予感がする。
「……コウ」
いつの間にか後ろに立っていた紫が、俺の肩を軽く叩いた。彼女の瞳は、まるでこれから起こるすべて知っているかのように、冷たく澄んでいた。
「……しっかり体を休めておきなさい。……どんなに醜い試合になっても、立っていられるようにね」
ホーリーロード編までの設定集とか欲しいですか?
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