栄都学園戦から一夜明けた雷門中。昨日の「反逆」の代償は、俺たちの想像よりもずっと早く、そして残酷な形で突きつけられた。
それは久遠監督の解任。フィフスセクターの指示を破った責任を取らされる形でやめてしまったのだ。昨日の指示を無視したのは俺たち一年生だ。責任を取るなら俺たちであるはずなのに。
俺はただ、何も言えず深々と久遠監督に頭を下げる神童先輩を前に立ち尽くすことしかできなかった。
久遠監督が神童先輩に何かを告げた後、監督の視線は次に俺の方へと向けられた。鋭く、それでいてどこか未来を託すような不思議な温かさを持った瞳。
「……不知火。お前の『火』は、まだ灯ったばかりだ。吹き荒れる嵐に、簡単に消されるなよ」
「……監督……」
俺が言葉を返す前に、監督は背を向け一度も振り返ることなく、雷門を去っていった。
*
久遠監督が去ってから数日。雷門中サッカー部を包む空気は、もはや「重い」を通り越して「死んでいた」。
キャプテンの神童先輩は、あの日以来一度も練習に姿を見せていない。
「……神童先輩、今日も休みか」
天馬が力なく呟く。先輩たちの練習も、ただグラウンドを漫然と走るだけで、誰もボールを蹴ろうとはしなかった。指針を失い、フィフスセクターの報復に怯える彼らにとって、サッカーはただの苦痛でしかないようだった。
「……これじゃ、昨日までのしごきの方がまだマシだったぜ」
俺は、誰もいないゴールネットを睨みつけながら毒づいた。
「そんなにやりたいのならやらせてあげたいけど今日は休みよ。毎日やってたら体に悪いし、それに……もうそろそろかしら」
紫は俺の肩を叩いた後、グラウンドの外に視線を向けた。
紫の目線の先を見てみると妙に見覚えのある人影が見えてきた。
どうやら先輩達も気づいたようで全員の視線が一点に集まる。そこに立っていたのは、オレンジ色のバンダナを頭に巻いたあの男だった。
「円堂……守……!」
かつて雷門を、そして日本を世界一へと導いた伝説の男。
円堂はニカッと白い歯を見せて笑うと、迷いのない足取りでグラウンドの中央まで歩いてきた。
「みんな俺が新しい監督の円堂守だ。よろしくなっ!」
「えええええええっ!!」
グラウンドにいる全員ががひっくり返らんばかりの声を上げる。
「よし!それじゃあ本日の予定を伝える。練習場所は河川敷のグラウンドだ」
円堂監督の明るい声に、部員たちの間に困惑が広がる。霧野先輩が眉をひそめて問い返した。
「河川敷?何でそんな所で……」
「学校のグラウンドじゃ見えない物が見えるかもしれないだろ」
監督はそう言って、少年のように不敵に笑った。その瞳には、昨日の敗北やフィフスセクターの影なんて微塵も感じられない。
「いいか皆んな。今日から試合に勝つためのサッカーをやる!みんなで特訓すれば雷門は必ず強くなる。河川敷で待ってるぞ」
それだけ言い残すと、円堂監督は風のようにグラウンドを去っていった。
だが、先輩たちの反応は冷ややかだった。
「勝つためのサッカーて……。そんなのできるなら言われなくてもやってるっつーの」
「監督の命令だから河川敷には行くが特訓には参加しないぞ」
先輩たちの冷めた言葉に、天馬の表情が曇る。
「……甘いわね」
俺の隣で、紫が低く吐き捨てた。彼女は手元の手帳に、過去の雷門中の記録……円堂守がかつて歩んだ軌跡を表示させていた。
「あの男は、理屈や管理で動く人じゃない。……でも、コウ。先輩たちが動かないなら、あなたたちだけでやるしかないわよ」
「わかってるよ。……天馬、信助! 行こうぜ。監督が何を『見せたい』のか、確かめにさ」
「うん、そうだね、コウ!」
俺たちは、沈黙する先輩たちの後を追うようにして、放課後の河川敷へと向かった。
*
河川敷に到着すると、風に揺れる芝生のグラウンドが広がっていた。
だが、期待に胸を膨らませる俺たちとは裏腹に、先輩たちのやる気はなさげだった。
「……やっぱり、やらないんだな」
俺が苦々しく呟くと、円堂監督は
「ははっ、まあいいさ。やりたくなった奴から入ってくればな」
と、気負う様子もなく笑った。
「まずは得意技に磨きをかけるんだ。天馬は俺がいいというまでドリブルの特訓!信助はヘディングの練習だ!」
そして、俺に与えられた課題は――。
「コウ、お前はあそこにある木に吊るしたタイヤを蹴り続けろ。いいか、ただ蹴るんじゃない。相手の全力のシュートを真っ正面から弾き返して、そのままゴールまでぶち込むようなキックをイメージするんだ」
「相手のシュートを……弾き返す?」
「ああ。鉄壁のディフェンスってのは、守るだけじゃない。奪った瞬間に、相手の心を折るような攻撃の起点になることだ。それができれば、大きな力になるぞ!」
監督の言葉に、俺の腹の底が熱くなった。剣城のデスソードを蹴り返したあのの感覚。あれをもっと鋭く、もっと重く……。
「……やってやる!」
俺が大きなタイヤに向かって全力のキックを叩き込み始めると、少し離れた場所で、紫がストップウォッチを手にしながらこちらを観察していた。彼女は円堂監督の「精神論」をデータとして処理しながらも、俺にだけ聞こえる声でアドバイスを投げかける。
「……コウ、インパクトの瞬間に足首を固定しなさい。円堂監督の言う『弾き返す力』を物理的に最大化するのよ」
「わかってる……っ! せりゃあああ!!」
鈍い音と共に、巨大なタイヤが大きく跳ね上がる。
*
個別特訓で身体を温めた後、円堂監督は俺たちをゴール前に集めた。
「よし、次は仕上げだ! 三人いっぺんにかかってこい! 俺が全部止めてやる!」
そう言って監督は、グローブもはめずに素手でゴールマウスの前に立った。伝説のキーパーを相手にシュート練習ができる――その事実に、天馬と信助の顔がパッと輝く。
「行きますよ、監督!」
天馬が勢いよく踏み込み、鋭いシュートを放つ。続いて信助がジャンプ一番、ボレーシュート。そして俺は、特訓で高めたキック力を乗せ、地を這うような重い一撃を叩き込んだ。
だが、俺たちの放った渾身のシュートは、円堂監督の掌に吸い込まれるように、すべて完璧に受け止められた。
「いいシュートだ! 」
監督はボールを脇に抱え、太陽のような笑顔で俺たちを褒めちぎった。俺たちが息を切らしながら悔しがっていると、後ろから冷ややかな声が飛んでくる。
「……ふん。私がしごく前は、ゴール枠に飛ばすことすら怪しかった連中なのにね。随分と成長したじゃない」
紫だった。彼女は相変わらずクリップボードを抱え、皮肉混じりの笑みを浮かべていたが、その瞳にはどこか満足げな色が混じっていた。
「ははは! 藤原もいいサポートをしてるってことだな。サンキューな!」
ふと、円堂監督が土手の上で冷めた目をしてこちらを見ている先輩たちに視線を向けた。
「おい!お前達もそんな所にいないで来いよ。一緒に特訓しようぜ!」
意外にも素直に先輩達は練習に加わった。俺たちの特訓を見て感化されたのか、円堂監督の言葉に惹かれたのかはわからないがやはり特訓は人が多い方が楽しい。
河川敷が活気づき始めたその時、円堂監督が不意に視線をグラウンドの外へと向けた。
「よし、それじゃ次のシュートは――剣城の番だ!」
「何……?」
グラウンドの外で退屈そうに様子を窺っていた剣城が、驚きに目を見開く。監視者として、ただ冷めた目でこの「お遊び」を眺めていたはずの彼にとって、自分の名前を呼ばれるのは予想外だったようだ。
「ずっと見てるだけじゃつまんないだろ?サッカーやろうぜ!」
「……!虫唾が走るぜ。あんたの『サッカーやろうぜ』には」
「そうか」
剣城は忌々しそうに鼻を鳴らすと、ゆっくりとグラウンドへと足を踏み入れた。
「いいだろうやってやるよ」
剣城がボールをセットした瞬間、空気の温度が急激に下がった。ボールを蹴ると禍々しい黒い炎にボールが包みこまれる。
「『デスソード』!!」
放たれたシュートは、空間を切り裂く漆黒の刃となってゴールへと突き進む。俺や天馬たちが放ったものとは次元が違う、殺意すら感じる重低音。
だが、ゴール前で構えていた円堂監督は、シュートが届く直前、まるで風を避けるようにふわりと体を横にずらした。
漆黒の刃は、無人のゴールネットに突き刺さった。
「何っ!」
俺は言葉を失った。あの円堂監督が、止めるどころか、触れもしなかった。
「すごいシュートだ!やるじゃないか剣城!」
監督は避けたことなど気にも留めない様子で、屈託なく笑いながら親指を立てた。
だが、剣城の屈辱は頂点に達していた。全力の必殺技を、受け止められるどころか、戦う価値すらないと言わんばかりに避けられたのだから。
「ふざけやがって……」
剣城は吐き捨てるように言うと、不貞腐れたように背を向けて去っていった。
その様子を、紫が冷ややかな目で見守っていた。
彼女は俺にだけ聞こえる声で呟いた。
「……今の、ただ避けたんじゃないわね。円堂監督は『受け止める必要がない』と判断した。……シュートに込められた、剣城の迷いを見抜いたのよ」
「迷い……? あんなエグいシュート打っててかよ」
俺が聞き返すと、紫は薄く笑った。
「コウ……純粋な技術よりも、真っ直ぐな意志。円堂守という男は、そういうものを測っているのよ」
去っていく剣城の背中と、笑っている監督。
この河川敷での特訓は、バラバラだった俺たちの心を、少しずつ、けれど確実に揺らし始めていた。
ホーリーロード編までの設定集とか欲しいですか?
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