学マス世界にTS転生した一般人のアイドル奮闘記 作:おすとろもふ
『歌ってみた投稿1』
インターネットには様々な固有の文化が存在している。例えば、ネットミームや掲示板。他にも、そういった類のものは最近になって増え続けているのだ。
そんなインターネットの文化の一つに、"歌ってみた"というものがある。
この"歌ってみた"だが、今となっては様々なところで見かけるが、元々は一つのコミュニティで始まった文化なのだ。その歴史は長いが、そのノリはインターネット江戸時代と呼んでもいいくらい前のことだ。
そんな歌ってみたという文化だが、最近は歌い手の増加やVtuberという新しいスタイルの出現によって需要が激増した。
既存の曲をcoverすることによって、自身のファンを喜ばせる以外にも、その曲のファン層を取り込むこともできるのだ。そんな一石二鳥とも呼べる戦略は、インターネット資本主義の現在では、中々に戦略といえるだろう。
……しかし、なにも歌ってみたを出す理由はそれだけじゃない。
当然、「注目されたい!有名になりたい!」といった理由はあるだろうが、「この曲を自分なりに歌ってみたい!」や、「自分の好きなこの曲をもっと知ってほしい!」という理由も存在している。
俺の気持ちは、どっちかというと後者によっているかもしれない。
自分の好きな曲を歌ってネット上に上げるというのは、アイドルになる上で大事なことを学べると思う。少なくとも、俺はそう考えている。
そんな俺はというと、現在は初星学園の寮の自室で頭を抱えていた。俺の部屋は防音加工がされており、外に音が漏れないようになっている。
そんなわけで、寮の自室で歌ってみたの録音をしようとしていた俺だが、何を歌おうか迷っていると、自身のアカウントに新しくコメントが付いていることに気が付いた。
これには流石の俺も内心ウキウキである。
基本的に、俺の歌ってみたの再生回数は数百回で止まることが多い。しかし、この膨大なネットの海では数百回の再生数が取れただけでもいい方だ。少なければ、数十回なんて時もあった。
しかし、俺には固定ファンと呼ばれる人達が一定層いるのだ。その人達が、毎回のように動画にコメントを付けてくれるので、凄く助かっている。
そんな理由から、コメントが来る度にワクワクしながら開くのだが、今回はワクワクがドキドキに切り替わった。
@HanamiSaki
わたしの妹に似てるわね!すっごく上手いわ!!
@名探偵佑芽です!
あたしの妹に似てますね!というか、声が本人ですよ!
……人は多大なストレスが溜まると、心臓がドキドキし始めるらしい。
こんな再生数の歌ってみたに何故花海姉妹が来訪するんだ!おかげでバレそうになってるじゃないか!
「……だけど、歌ってみたは上げたい」
本当にどうすればいいんだ。
俺は下がりまくったテンションのままに、他の人がcoverしている曲を聴きながら考える。やっぱり凄い人はMIXも上手いし、その人独自の世界観を感じて聴くのが楽しい。
そんな事を小一時間して過ごしていると、ふと一つの曲が目に止まった。
「……『サムライハート』か」
前世から好きだった曲だが、今世では一切歌っていない曲だ。というのも、今の俺は間違いなく可愛い。そんな可愛い俺が、可愛い路線を歌わなくてどうするって話だ。
しかし、今思えばそれは凝り固まった思考なのではないかと思う。もちろん、歌には適性もあるだろうし、合う合わないは当然のようにあるだろう。
だが、俺がかっこいいロック調の曲を歌ってもいいじゃないか。可愛いがかっこいいを歌うっていう、ギャップ萌えを狙えるかもしれない。
思いついたら即行動だ。早速喉を慣らしてから歌ってみよう。
それから三日後に投稿された歌ってみたは、凄まじい反響と共にこれまでで一番の再生数と高評価を獲得した。
そんななか、コメント欄には見知っている名前も散見された。
@HanamiSaki
あなたのお姉ちゃんよ!!すっごく良かったわ!次も楽しみにしてるわね!あと、今夜はわたしの布団に来てもいいのよ?一緒に寝たい気分だわ!
@名探偵佑芽です!
かっこよかったです!!またあたしが抱きしめてあげるので、部屋に来てくれてもいいですよー?
@世界一可愛いことねちゃん
へぇ〜……咲季に言われて来たけど、やばい鼻血が止まんない。カッコ良すぎてやっべ。
@月村手毬
ふ、ふん!上手いじゃん。特別に認めてあげる。でも、あなたならまだ行けるでしょ?精々頑張ってね。
俺は再び頭を抱えることとなった。
『黒い猫』
最近は、春の日差しが暖かい。それに、晴れが続いていることもあってか、道中に猫が寝転んでいることもある。
そんな道を歩くのが最近の日課になっていたのだが、今日は生憎の雨であった。
一応、天気予報では雨と出ていたので傘を持っては来ていたが、正解だったようだ。ちなみに、俺が普段から愛用しているのは折り畳み傘だ。
持ちやすく、持ち運びやすい。さらに、可愛いデザインも豊富。
これだけの要素を持っていて使わないのは、損である。……難点といえば小さいことくらいだろうか?
大人の人が入った場合、大抵の場合は荷物が入りきらずびしょ濡れだ。実際、前世では普通の長傘を使っていた。理由は、折り畳み傘が小さいから。
しかし、今世の俺は小さいのだ。それはもう、折り畳み傘に余裕で入りきるサイズ感だ。
まさか、こういう場面で自分の身体の利便性を知ることになるとは……。
俺は自身の身体を見て、たまにはこの身長も役に立つな。と考えていたところに、ふと目の前からニャ〜と声が聞こえてきた。
反射的に自分の前を見ると、そこにはびしょ濡れになった小さい黒猫が座っていた。
その瞳は、金色に光っていて、まるで強い意志を感じるような妖しい輝きを秘めている。そんな瞳と相反して、その身体はどこまでも黒く美しい毛並みだ。
こんな道端に、雨に降られながら座っている様はなんとも言い難い。
俺は、黒猫の元にしゃがみ込むと、濡れた黒猫を抱き上げる。意外なことに、これといった抵抗感を見せず素直に抱き上げられた。
……人慣れしているのかもしれない。
「……雨宿りしないと、風邪引くよ?」
「にゃ〜」
腕の中に収まった黒猫に、なんとなく話しかけてみるとこちらを向きながら返事をしてくる。
その鳴き声は、「分かってる」とでも言いたげな感じだ。
「とりあえず、濡れないところまで行こう」
「にゃー」
そうして、黒猫を抱えたまま歩き出したのだが、黒猫は何故か道を示すように顔を一定方向に向け続けるのだ。
そうして歩いていくと、どんどん人通りの無い道になっていく。いや、雨だから通行人は少ないのだが、目に見えるように減っていく。
現在の時刻は夕方の17時だ。ちょうど学生達が歩いていてもいい時間なのだが、一人また一人とすれ違う人が減っていった。
「黒猫ー。どこに向かってるのー?」
「にゃー」
伝わらないこと前提で、黒猫に話しかけてみるが帰って来るのは猫の空返事だけである。
当然のように言葉は通じていないが、何かを話しかけると鳴き声で返してくれるのかもしれない。そう考えると、律儀な猫だ。
しばらく黒猫の案内の元に道を歩いていくと、いつの間にか目の前には小さな神社の鳥居があった。その鳥居は、寂れたように土色に変色していてこの神社の名前の文字でさえ、掠れて見えない。
しかし、その鳥居よりも驚いたのは、目の前に広がる猫の集団である。
見渡す限りに猫が広がり、大小様々な猫達がいつの間にか雨が上がった地面に寝転んでいる。そんなことをすれば、体は一瞬で泥だらけになる。
だが、それを気にすることもなく猫達がはしゃぎ回っていた。
「……ここが家?」
「にゃぁ〜」
俺がそんな光景を見ながら黒猫に話しかけると、柔らかい鳴き声を上げながら俺の腕から飛び降りた。
そのまま群れの中に入っていくと、こちらをチラッと振り返り笑うように瞳を細める。
その瞬間、眼前にいた全ての猫達がこちらを向き、一斉に「にゃー!」と大合唱を奏でた。まさに、不思議で幻想的な光景だ。
「おー……それじゃ迷子の子猫は届けたし、私は帰るよ」
「にゃー」
そして俺は、猫の神社に背中を向けてもと来た道を帰り始めた。
現在の時刻は17時。
秒針は、前に見た時間から1ミリも動いていなかった。
……ちなみに、服が泥だらけのまま帰ったら咲季ねえに心配された。