学マス世界にTS転生した一般人のアイドル奮闘記 作:おすとろもふ
学園のあちこちに咲いていた
俺達は、ダンスレッスンの準備運動という名の地獄のランニングを行っていた。ちなみに、走る距離は5000mだ。
そしてそれを聞いた千奈は、半狂乱になった。たしか、「死にますわ〜ッ!?」って感じに叫んでいた気がする。
……ついでに、広も「……今日が……わたしの命日だね」と儚げな表情をしていた。
そんなわけで始まったランニングだが、正直俺は困っている。
走り始めたのはいいが、真っ先に先頭争いで加速していった咲季ねえと佑芽ねえに置いて行かれた。
まあこの二人はいいのだ。昔から勝負していたし、この程度の距離なんて朝飯前だろう。問題は俺が寂しいことくらいだ。
しかし、俺と仲のいいメンバーは軒並み先に行ってしまった。いや、後ろには千奈がいるがまだ仲がいいとは言い難い。
なので困っていたのだが、二週目に入ってすぐに道端で倒れている広を発見した。
……最近は、だんだんと暖かくなってきたとはいえ、このまま放置すると風邪をひいてしまう温度でもある。
そう考えると、ここに放置しておくという考えは俺の中から消えていた。
そうして、結局広をおんぶしながら歩いていると、広が目を覚ました。
「……ごめん。迷惑かけた」
「いや、大丈夫だよ。それに、放置していくのも忍びなかったからね」
「そう。……重くない?」
「……重くないよ。むしろ、痩せすぎ」
「ふふ。昔から身体が弱いからね」
「それはドヤ顔することじゃないねぇ」
どうやら、広の身体は限界らしく指先一つも動かせないらしい。現に、全体重をこちらに預け、大人しく背負われている。
それにしても、広の体重はあまりにも軽すぎないか?もしかして、天使の羽でも背負っているのか?と思うくらいには軽い。
……たしか、公式設定では41kgなんだっけ。俺より身長が高いのに、俺と1kgしか違わないのおかしいでしょ。
そんなことを考えつつも、広と何気ない会話をしていると、向こうから千奈の叫び声と先頭集団でひたすら競争していた、咲季ねえと佑芽ねえの二人が走ってきた。
「……なんで莉種が篠澤さんを背負ってるのよ」
「……理由によっては広ちゃんにお仕置きしなきゃだよ?」
「謎の悪寒。こわい。助けて莉種」
こちらを見てランニングを一旦中断した咲季ねえと佑芽ねえが、二人でこちらに詰め寄ってくる。そして、そんな二人に怖気付いた広が身体をぶるっと震わせながら、こちらに助けを求めてきた。
……というか、そもそも今はダンスレッスンの最中だ。こんな人数でランニングを中断して話しているところをトレーナーに見られたら、サボっていると勘違いされてしまう。
「ごめん……広を保健室に届けたら説明する」
「うん!りょーかい!……というか、あたしがお姉ちゃんに説明しておく!」
「ありがとー」
「……?佑芽は状況を分かってたの?」
「トーゼンだよ!名探偵佑芽だからね!」
「じ、状況は分かってた……?なら、なんでお仕置き……?」
「……?早く戻ってきなさいよ!」
俺は二人に「またあとで〜」と言って再び校舎に向かって歩き出した。
しかし、背中にずっと背負われていた広が、何やらブツブツと独り言を言い始めた。
……疲れすぎて本格的に壊れてしまったのだろうか?少し心配なので早歩きをしよう。
……⭐︎
「わん!つー!すりー!ふぉー!」
広を保健室に届けた後、トレーナーに事情を説明してからレッスンに戻ると、千奈以外の全員が揃って休憩していた。ちなみに、千奈は走っている途中に気絶して運ばれていったらしい。
……あの二人は特に体力がないからな。まあ最初のレッスンだし、これからだろう。
そんなわけで、本格的にダンスレッスンが始まったのだが、やはり上手い人が多い。アイドルなのだから踊れるのが当然なのだが、まだ入学したてである。なのに、周囲の人間がここまで踊れるのは、正直悔しい。
中学校からの内部進学組は当然のように踊れる。しかし、外部進学組の咲季ねえや清夏が踊れるのは悔しい。
同じステージ、同じ土俵なのに負けているのだ。
しかし、そんな中でも一際目を引くのはやはり彼女だ。
「……驚いたな藤田。お前そんなに踊れたのか」
「えっへへぇ〜///♡」
現在、ダンストレーナーからお褒めの言葉を貰い、満更でもなさそうな顔をしながら溶けていることね。
たしか、原作でも言及されていることなのだが、藤田ことねというキャラはダンスが上手い。そして、同レベルでビジュアルもずば抜けている。
……曰く、『
そんな彼女の踊りは、とにかく目立つ。これは、率直な意見なのだが美少女が超絶可愛いファンサをしてきたら、もちろん惚れる。
そして、それが高いレベルでできることねは、まさしくアイドルだ。
だからこそ、とにかく目立つ。キレのあるダンスに加え、生来の愛嬌の良さを全面に出した仕草やファンサ。
「……すごいなぁ」
思わず言葉にしてしまう。
だがしかし、この言葉が俺の心情の全てだ。同じくアイドルを目指す自分にとって、このことねという少女はお手本のような存在だ。
しかし、それを無意識にしているのなら話は違ってくる。
……そんなの、まさしく『
俺がことねを見て戦慄していると、隣で見ていたてまりんが俺の服を引っ張りそのまま声を掛けてきた。
「……莉種はことねを参考にするべきじゃない」
「……え?」
「でも、間違いなくダンスの才能があるのはことねの方」
「……それは、わかってるよ」
そんなこと、言われなくても分かっている。
でも、面と向かって言われると傷つくな。自分にはない才能が、ことねにはある。その事実は、俺の心を鉛のように重くさせる。
「……はぁ。違うよ。莉種が向き合うべきなのは才能じゃないって言ってるの」
「私が向き合うべきもの……?」
「もうこれ以上は教えないから。自分で考えなよ」
それだけ言うと、てまりんはドリンクを飲みに離れていった。しかし、言われた言葉は俺の脳に絡まったまま残っている。
向き合うべきなのは、ことねの才能ではない……?だとすれば、俺は今ことねの才能に嫉妬した?
いや、もしくはまた別な意味があるのか……?
「……いや、切り替えよ。今はダンスに集中」
今聞きに行っても、答えはきっと教えてくれないだろう。てまりんは、俺に自分で考えろと言った。ならば、俺が今後の時間でてまりんの真意を探っていくしかないのだ。
俺が考えを一旦切り離し、ダンスに集中し始めるとダンストレーナーがこちらに歩いてきた。
「ふむ。花海は課題だらけだな」
「……莉種でいいですよ?」
「ん?そうか。なら莉種はまず、止めを意識しろ」
「止め?」
俺がダンストレーナーの言った言葉におうむ返しをすると、大きく頷いた後に少し遠くにいる咲季ねえを指差す。
「……とりあえず、あそこにいる花海姉のダンスを見てみろ」
「……おー。上手いです」
「まあな。外部進学とは思えん上手さだ。だが、私が求めてるのはそんな大雑把な回答じゃないな。もう一度見て考えろ……なんで上手いと感じる?」
俺はトレーナーに言われたままに、もう一度咲季ねえのダンスを観察する。
……上手い。何度見ても上手いと感じるだろう。華やかさがあり、それでいてキレがある。
……キレ?何故、キレがある?力があるから?それもあるだろうな。
でも強いて言うのなら、緩急や動作の止めか?無駄のない動作に、時間を止めたかのような一瞬の静止。
そして、そこから次の動作に流れるように持っていく迷いのない動き……。
「……あっ」
「気付いたみたいだな?そうだ。上手いやつは、止めるべきところで止める。反対に、今の莉種は止めるべきとこで流れてるんだよ」
「……全然意識してなかった」
「だろうな。まあ、慣れてきたらでいい。指先から髪のてっぺんまで意識して踊れ」
「……はい!」
そのまま、ダンストレーナーに言われたことを意識しながら、時折周囲のみんなのダンスを見て観察する。
そんなことをしながら、2時間に及ぶダンスレッスンが終了した。
それにしても、今日は痛いほど痛感した日だったな。自分が今まで疎かにしてきたものが、今になって押し寄せてきているみたいだ。
……それに、ダンスレッスンが終わってからも、てまりんの言葉が身体に矢のように刺さっている。
「……向き合うべきもの、か」
俺は茜色になった空を見て、思わず目を細める。俺はアイドルになると決めてここに来た。でも、だとしたら何が見えていないんだ?
漠然とした不安を抱えながら、俺はバッグを手に取り溜め息を吐いた。