「うーん……だが景子さんと決めつけるには、まだ『一手』足りない。せめて、もう一つ決定的な証拠があれば……」
コナンが顎に手を当て、思考の迷宮を彷徨っていたその時。
「江戸川君……『アレ』を見て」
マージェリーがピンセットで指し示したのは、管理デスクの脚の隙間に転がっていた、細長い金属製の器具だった。
「これは……『鉗子(かんし)』か……? 確か、妹の景子さんは医者じゃない。なぜ、こんな専門的な医療器具が管理事務所にあるんだ……?」
「このビル、テナントに『内科』も『外科』もあったわよね?」
コナンの脳裏に、一昨日の16:00から18:00という空白の2時間が蘇る。
(死因は頭部殴打による出血。だが、バットや鉄パイプのような大物じゃない。もっと一点に力が集中する、金属製の重量物……。そしてこの鉗子……)
コナンは、現場の隅で力なく座り込んでいた被害者の妻、西宮亜輝子に歩み寄った。
「ねえ……亜輝子さん。実は西宮さんってさ……昔、外科医だったりしない?」
亜輝子は弾かれたように顔を上げ、震える声で答えた。
「なぜ……主人の前の『職業』が分かったの……!? 主人は十年前、ある事故をきっかけにメスを置いて、このビルの管理人に……」
(読めたな……この事件の全貌が。犯人は、妹の景子さんじゃない。……いや、景子さんは『共犯』か、あるいは『身代わり』だ)
(今回は『黒の組織』は無関係だ……。完全なる私怨。しかも、骨の髄まで染み込んだ深い怨恨の匂いがする……)
コナンは眼鏡の奥で思考を研ぎ澄ます。
(だが、『鉗子』が見つかっただけで織谷さんを犯人と断定するのは早計だ。プロの外科医なら、証拠を残さず殺す術をいくらでも知っているはず。……ならば、この現場にはまだ『隠された真実』がある)
「千葉刑事……この『鉗子』、大至急『指紋鑑定』をお願いします」
「了解。コナン君がそこまで言うなら、調べてみる価値はありそうだね」
千葉刑事が証拠袋を手に鑑識へと向かう。
「僕も今、一つずつ矛盾を消していっているところなんだ。決定的な『証拠』さえ見つかれば、バラバラのピースの整合性は必ず取れる」
コナンは次に、隣に立つ相棒へと視線を向けた。
「日比谷、お前はあっちの寝室を、亜輝子さんと共に調べておいてくれ。……高木刑事は、織谷さんの当日のアリバイがあるかどうか、直接当たってみてください」
「ああ、分かった!」
「ええ……こっちは寝室を洗ってみるわ。生活臭の中に、死角が隠れているかもしれないしね」
マージェリー(志保)は亜輝子を伴い、静かに寝室へと消えていった。
「僕はもう少し『書斎』を調べてみるよ。……直感だけど、『まだ何かお宝が眠っていそうな気がする』んだ」
一人残った書斎。コナンは壁一面に並んだ医学書ではなく、デスクの下、西宮さんの「足元」が不自然に擦れていることに注目した。
椅子に座ったまま、何かを必死に蹴ったような、あるいは踏ん張ったような跡。
(死の間際、西宮さんは何かを『押した』のか? あるいは、死体を動かした犯人が気づかなかった『スイッチ』が……?)
隠しスイッチは何も動かさなかった。
「……何も起こらない。ただの装飾かよ。……チッ、空振りか」
コナンは毒づきながら、書斎の隅にあるクローゼットへ視線を移した。
「『クローゼット』は……ビンゴみてーだな。えーと……『白衣』、こっちは『ラフな服』。そして『スーツ』か。……安物だけど、几帳面な西宮さんらしく手入れはされてる」
小さな手でスーツのポケットをまさぐると、指先に硬い紙の感触があった。
「あった……! これは……? アイスクリームの当たりくじか。……フッ、94年じゃまだ珍しくもねーが、大人が持ってるにしちゃあ妙だな」
「江戸川君、何かあったの?」
寝室の調査を終えたマージェリーが、不可解そうに覗き込む。
「ああ、アイスクリームの当たりくじ、一本。……日比谷、これと『凧糸』、そしてこのデスクにある『考える人の置き時計』を使えば、ある面白いトリックが完成するんだぜ」
「……作品、間違えてないわよね? それ、どこの青いスーツの弁護士が戦う法廷の話?」
マージェリーの鋭いツッコミに、コナンは不敵な笑みを返した。
「ああ、間違えちゃいねえよ。だが、真実を暴くための『論理の飛躍』は、時にジャンルを越えるのさ。……いいか、よく見てろ。これは犯人が『自分がその場にいなかった』と見せかけるための、時間差の罠だ」
コナンは実演してみせた。
『考える人の置き時計』の重みを利用し、凧糸で吊るした凶器――例の重い『鉗子』をクローゼットの隙間に固定する。そして、当たりくじの「撥水性」と、アイスが溶ける際の「結露」を利用して、一定時間が経過すると固定が外れ、凶器が特定の位置へ落下し、被害者の頭部を直撃するように仕向けるのだ。
「被害者は一昨日、16時から18時の間、ずっとこの椅子に座って作業をしていた。犯人はそれよりずっと前、午前中にここを訪れ、この仕掛けをセットした。……アイスが溶け、当たりくじが滑り落ちたその瞬間、死神のメスが振り下ろされたってわけだ」
「……だから、その時間に完璧なアリバイがある人物こそが、真犯人」
マージェリーの瞳が細まる。
「そう。織谷先生……。アンタが『手術中だった』という揺るぎないアリバイこそが、このトリックを仕掛けた動かぬ証拠なんだよ!」
「な、何を証拠に……! 妄想もいい加減にしたまえ!」
織谷が声を荒らげるが、コナンは揺るがない。ちょうどその時、千葉刑事と鑑識の登米(トメ)が息を切らせて戻ってきた。
「確かに、現時点で物理的な証拠はないかもしれない……。だが織谷さん、貴方は二つの決定的なミスを犯した」
コナンはマージェリーと視線を交わし、一歩前へ出る。
「一つ目のミスは、最初から殺すつもりはなかったこと。……衝動的にセットされたトリックだからこそ、綻びが出た。そして二つ目のミス……慌てて凶器に選んだのが、西宮さんの『鉗子』だったことだ」
目暮警部が身を乗り出す。
「だが、景子さんはどうなんだ? 北海道からなら……」
「警部、景子さんはシロですよ。東北新幹線の終点、盛岡駅(当時)から在来線で四時間半以上かかる。空路も東都空港発の便は一昨日全て欠航……。彼女に犯行は不可能です」
コナンは登米の方を向き、不敵に微笑んだ。
「千葉刑事、登米さん……結果はどうでした?」
「おう、ボウズの思った通りだ。鑑識の結果、あの『鉗子』には織谷さんの指紋がはっきりと残っていた。もちろん、被害者の指紋もな」
登米の言葉に、織谷の顔から血の気が引いていく。
「目暮警部、このアイスの当たりくじも調べてください。これには、トリックを仕掛ける時に触れた貴方の指紋が……」
「……もういい、ボウヤ。君の言う通りだ」
織谷は力なく膝をつき、自白を始めた。
「最初は、謝るつもりだった。……三年前の医療ミスで彼の手首を傷つけ、外科医の生命を奪ってしまったことを……。だが、あいつは忘れていやがった! 『外科医の真実』……あの光り輝くメスの誇りをな! だから……私は……!」
「1994年 3月19日16:52、逮捕だ。……詳しくは本庁で聞かせてもらう」
目暮警部の厳格な声が響き、織谷に手錠がかけられた。
嵐のような現場が落ち着きを取り戻すと、目暮警部はコナンの前に屈み込み、その小さな肩を叩いた。
「江戸川コナン君……。これからも工藤君の代わりに、よろしく頼むぞ」
「こちらこそ……よろしくお願いします!」
パトカーが去り、夕闇に包まれる西宮ビル。
コナンとマージェリーは、家路につくバス停へと歩き出した。
「お疲れ様、江戸川君。……でも、10万円の報酬から、今日のバス代とアイス代は引かせてもらうわよ?」
「へいへい……。相変わらず厳しいね、日比谷さんは」
事件解決の余韻が残る帰り道。夕焼けに染まる米花町のバス停で、少女は自身の偽名にどこか違和感を覚えていた。
「でも……やっぱり私の名前、しっくりこないのよ。マージェリーなんて、私には少し華やかすぎるわ」
コナンは歩みを止め、夕日に目を細めて考え込んだ。
「じゃあ……『コーデリア・グレイ』の『灰』と、『V・I・ウォーショースキー』の『愛』……いや、一文字変えて『哀』なんてどうだろうか? 帰化したことにしてさ。……名字は、そうだな……**灰原哀(はいばら あい)**だ」
少女はその響きを口の中で転がす。
「灰原……哀。冷たい灰の中に、哀しみを秘めた名前……。ふふ、皮肉な私にはぴったりね。気に入ったわ、工藤君」
「よし、決まりだ。無戸籍のままじゃ、警察の協力者としても学校に通うにしても限界があるからな。まずは役所に行って登録しなきゃ……。輪舞(ろんど)区役所に行くぞ、灰原!」
阿笠博士の根回しと、目暮警部という「後ろ盾」を得た今、二人の公的な身分を捏造(クリエイト)することは不可能ではない。
「ええ……分かったわ……工藤君♪」
灰原は、初めて微かな、しかし年相応の少女のような明るい笑みを浮かべた。
1994年、春。
江戸川コナンと灰原哀。
運命を共にする二人の小さな賢者が、ついにその名を揃えた。
番外編:名探偵コナンキャラクター図鑑①
工藤 新一編
黒色のウルフレイドの髪型に黒色の瞳、純血日本人...それが高校生探偵工藤新一だ...幼馴染の毛利 蘭と遊園地に遊びに行って黒の組織と邂逅を果たす。その後は何やかんやあって毎回戻っているが完全に元の姿には戻れていない...父工藤 優作と母工藤 有希子を持つ1977年5月4日、血液型B型P2Kで...冴えないなんとも可哀想なキャラだ...
私のオススメは原作の『ジェットコースター殺人事件』