ν名探偵コナン Returns   作:アサシン・零

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名探偵コナンの裏事情第2話「ヒロイン合戦は宮野 志保が優勢」

コナンは隣の灰原に顔を寄せ、声を潜めて囁いた。

「……これマズイぞ、灰原。このままだと、正真正銘『本物』の姿をしているあいつらが正義になって、子供の姿のオレたちが偽物扱いされる。それに、あいつらがあの組織に狙われたら……一巻の終わりだぞ」

 

灰原もまた、震える手で自身の腕を抱きしめながら、別の「矛盾」を指摘した。

「……ええ。それに、もっとおかしいことがあるわ。私はガス室に繋がれて、死を覚悟して薬を飲んだはずよ。彼女……あの大人の私は、一体どうやってあの製薬会社から脱走したのかしら?」

 

その疑問は、地獄耳の志保に筒抜けだった。志保はこともなげに答える。

「普通にパワーで何とかいけたけど……? ダクトとか、扉の隙間とか、力技で」

「「え……」」

 

((パワーって何よ!? 私、科学者なのよ!?))

 

灰原の心のツッコミを置き去りにして、隣で事態を静観していた赤井(沖矢)が、ついに限界を迎えたように肉じゃがの鍋を机に置いた。

 

「……すまない。少し、整理させてくれ……」

 

あの冷静沈着な赤井秀一が、ふらつく足取りで工藤邸へと帰っていく。

 

その背中は、かつてないほど困惑に満ちていた。

 

しかし、入れ替わるように玄関を突き破らんばかりの勢いで入ってきたのは、毛利蘭だった。

「新一!! 帰ってるなら、どうして真っ先に私に連絡してくれないのよ!!」

 

凄まじい気迫。阿笠邸の空気が凍りつく。コナンが正体を隠してでも守りたかった、日常の象徴。

 だが、大人の新一は逃げも隠れもしなかった。それどころか、真っ直ぐに蘭の目を見つめ、静かに斬り込んだ。

 

「蘭……別れよう」

「へ……?」

 蘭の動きが止まる。新一は残酷なまでに冷静なトーンで続けた。

 

「悪いのは全部オレだ。オレが推理オタクで……事件が起きればお前を置いて走り出し、危険な目に遭わせ、ずっと待たせてきた。その時点でお前とオレでは、最初から反りが合わなかったんだ」

 

「な、何を……」

 

「お前をここまで追い詰め、待たせ続けるのが『愛』だなんて、オレは思わない。……すまなかった」

 

新一の言葉は、謝罪でありながら、絶対的な拒絶だった。

 

蘭は絶句し、その場に立ち尽くす。

 

その言葉を一番近くで聞いていたコナンは、心臓を直接掴まれたような衝撃を受けていた。

 

(……確かに、そうだ。オレは推理オタクで、蘭の気持ちを知りながら……それでも謎を解くことを優先して、結局、今のこの『コナン』という状況を招いたんだ……)

 

自分自身の「身勝手さ」を、別世界の自分から突きつけられたコナンの瞳に、深い影が落ちる。

 

「それでも……! それでも私は、新一がいいのよ!!」

 

蘭の叫びは、阿笠邸の窓ガラスを震わせるほど切実だった。

 

しかし、新一の表情はピクリとも動かない。それどころか、憐れみさえ含んだ冷たい瞳で彼女を見返した。

 

「……だからだよ、蘭」

 

「へ……?」

 

 新一は一歩、蘭の方へ歩み寄る。その威圧感に、蘭は思わず後退りした。

 

「オレがこれから志保と一緒に、推理のためにシアトルに行ってもお前は泣くのか? ドバイに行っても、パリに行っても、シギショアラの古城に行っても、お前はただ電話の前で泣いて帰りを待つのかよ……! そんなお前を、読者はもう100巻以上も見せられて飽き飽きしてんだよ!」

 

「メ、メタすぎる……」

 

「ちょっと、今の発言は完全にアウトじゃない……?」

 

コナンと灰原が顔を青くして戦慄するが、新一の舌鋒は止まらない。

 

「いいか、蘭。お前が泣くたびに、物語のテンポが止まるんだ。それに……『新一がいなくて寂しい』だと? 笑わせんな。オレはずっと日本にいたんだよ! この1巻からずっとな!!」

 

その言葉が放たれた瞬間、コナンは全身の血が逆流するような感覚に陥った。

 

1巻から、ずっと。

 

自分がトロピカルランドで薬を飲まされ、必死に正体を隠して、命がけで蘭を守ろうとしていたその裏で、この男は「工藤新一」として日本を謳歌していたというのか。

 

「お、おい……待てよ。お前がずっと日本にいたなら、目暮警部や……他の奴らはどうしてたんだよ!? 街に新一が二人いたら、大騒ぎになるだろ!」

 コナンの震える問いに対し、新一はニヤリと口角を上げた。

 

「……気づかなかったのか? お前が『コナン』として事件を解いている間、警察がなぜか不自然に納得したり、捜査がスムーズに進んだりしたことがあっただろ? ……あれ、全部裏でオレが指示を出して、整合性を合わせておいてやったんだよ。お前が『眠りの小五郎』なんていう滑稽な操り人形を躍らせている裏でな」

 

コナンと灰原は、文字通り戦慄した。

自分たちが必死に積み上げてきた「真実」は、この男が裏で辻褄を合わせていたおかげで成立していた「箱庭」に過ぎなかったのか。

 

絶望するコナンたちの前で、新一は志保の肩を抱き寄せ、蘭にトドメを刺した。

 

「悪いな、蘭。オレにはもう、事件の謎を解くよりも、志保と『就職氷河期』を生き抜くっていう、もっと過酷なミステリーが待ってるんだ」

 

「私も……私も『就職氷河期世代』よ! 新一だけじゃないわ!」

 

蘭が涙ながらに叫んだ。しかし、新一はその言葉を鼻で笑い飛ばした。

 

「じゃあ聞くがな蘭……なんで『名探偵コナン』は30年も続いてるんだよ! おかしいだろうが! 連載開始から数えたら、オレたちは※¹今ごろ40代になってなきゃいけない時代なんだぞ! なのに何だ、この『終わらない半年間』は! 半年で何百件殺人事件が起きてると思ってんだ!」

(ぐうの音も出ない……)

 

コナンと灰原は、もはや反論する気力も失っていた。漫画界最大の謎「サザエさん時空」の矛盾を、当事者から突きつけられた衝撃は計り知れない。

 

「しかもな……」

 

新一は冷徹に言葉を重ねる。

 

「なんでオレと志保と明美さんがずっと近くにいたことに、誰も、お前らですら気づかなかったのか……その答えは一つだ。お前らが『メインキャラ』という役割に溺れて、背景(モブ)に紛れた本物を見る目を失っていたからだよ」

 

新一はそこで一旦言葉を切ると、隣に立つ志保の腰を抱き寄せた。志保は冷めた目でコナンたちを見つめ、追い打ちをかける。

 

「それよりも……聞きたいことがあるわ。なんで私が、公式の人気投票で1位になった結果を知っているのかしら?」

 

「「知らない……」」

 コナンと灰原は力なく首を振った。メタ情報が溢れすぎて、頭がパンク寸前だ。すると新一が、誇らしげに志保を指差した。

 

「※²簡単に言うとな……志保の方がヒロインとして完璧すぎたんだよ! 料理はプロ級、科学捜査に薬学の知識、探偵の相棒としての判断力……それだけじゃない。家事全般、清掃、洗濯、さらには免許持ちだから車まで出せる! 蘭、お前にできるのは空手で電柱を壊すことと、新一を待つことだけだろ?」

 

((そりゃあ……完璧すぎましたね……))

 

コナンと灰原の心の声が完全に一致した。

ハイスペックすぎる「志保」という存在の前に、メインヒロインであるはずの蘭のアイデンティティが音を立てて崩れていく。

 

「それに引き換え、こっちの志保はどうだ? 1巻からオレを支え、一緒に就職氷河期の荒波を越えようと誓い合った仲だ。……悪いな蘭。オレは『物語のヒロイン』じゃなくて、

『人生のパートナー』を選んだんだよ」

 

新一の言葉は、もはや推理ではなく、残酷なまでの「現実」の宣告だった。

 

「しかも……だ。蘭、お前はコナン(自分)を守るために、屈強な大人の男と互角以上に渡り合ったり、至近距離から放たれた銃弾を避けたりしたこともあっただろう?」

 

新一の冷徹な指摘に、蘭は「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」と涙を拭いながら聞き返した。しかし、新一は首を振る。

 

「……空手は普通『混合試合』、つまり男女の試合はしないんだよ! 体格差や筋力を無視して男をなぎ倒すなんて、もはやスポーツじゃなくて超能力だ! なのに銃弾まで避ける……。そんなことが許されるのは、マトリックスの世界か、連載が長すぎて感覚が麻痺したこのマンガの中だけだ!」

 

「!!」

 

コナンと灰原は、これ以上ないほど「そもそも論」を突きつけられ、言葉を失った。

 

「あれ……? じゃあ……私って一体……」

 

蘭が呆然と呟くと、新一は無慈悲に宣告した。

 

「※³ただの、原作者自身が執筆に疲れて……蘭、お前のアイデンティティを制御できなくなっただけだ! その結果、お前はただの『物理的に最強の壁』に成り下がっちまったんだよ!」

 

((ついに、最もメタすぎる……というか禁忌(タブー)な理由が来たーーー!!))

 

コナンと灰原の脳内には、締切に追われる原作者の幻影すら浮かんでいた。そこに、追い打ちをかけるように有希子が優しく、しかし残酷なアドバイスを投げかける。

 

「蘭ちゃん……残念だけど、新ちゃんの言う通りなの。貴女が空手じゃなくて、お母さんの英理から法学や法律を学んだり、小五郎さんの刑事時代の経験を継承して『知的な助手』として成長していたら……読者もきっと、今の志保ちゃんみたいに、貴女のことをもっと一人の女性として評価してくれたはずなのに……」

 

((母さん(有希子さん)まで……!?))

 これまでの30年間のキャラクター運営に対する「公式からのダメ出し」のような正論に、蘭の精神はついに限界を迎えた。

 

「いやーーーん……もう、お家帰るーーー!!」

 

蘭は両手で顔を覆い、女子高生らしい(しかし物理的には地面を揺らすような)足取りで、泣きながら阿笠邸を飛び出していった。

 

静まり返ったリビング。残されたのは、完璧超人の志保を抱いた大人新一と、精神的にボロボロになったコナン、灰原、そして泡を吹いたままの博士だけだった。




注釈

※¹1994年に17歳だった人は49歳、18歳だった人は50歳です。

※²コ・哀や新・志派が増えたのは個人的にこれが要因とされている。蘭よりも志保が目立ってしまったことでどっちが正統派ヒロインか分からなくなってしまい、『黒鉄の魚影』以降も論争が続いている。

※³当初、原作者はアクションシーンも描きたかったそうで...蘭が空手が得意分野になったのはこれも影響しているが個人的には違和感が満載にある。
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