Little Gold, Little Light 作:のらもこ
ノクターン横丁の店名など、設定は全て捏造です。
第1話 ギルド・テゾーロ/始まりの手紙
『君はどれほど強大な相手でも立ち向かえる勇気と、目的のためならどんな手段を使ってでも成し遂げる執念を持っている。君にはグリフィンドールかスリザリンが合っているだろう』
「どっちでもいい。歌をうたえるなら」
『ふーむ、なるほどなるほど……では』
『グリフィンドール!!』
その声が響き渡った途端、左端の長テーブルから大きな拍手を上がった。
椅子から立ち上がり、襤褸布の縁を掴んで帽子を椅子へと下ろした。テーブルへと足を運ぶと、ローブの布地が後ろでさらりと靡いた。慣れない感覚が、少し面映ゆかった。
テゾーロが暮らしているのは、ノクターン横丁という後ろ暗い人ばかりが集まる影のような町だ。物心つく頃には、町外れの薄汚れた酒場で生活していた。
こじんまりとした酒場は、カウンター席とテーブル席を二つだけでいっぱいになるような狭い店だ。二階にある物置部屋が、テゾーロに与えられた居場所だった。掃除用具やよくわからないガラクタと一緒に押し込められ、天井からは頼りない光のランプが吊り下がっていた。
父は、気づけば病気にかかり、そのままベッドから起き上がることはなかった。それから、母は一日中酒を飲んで過ごすようになった。
幼い頃、何故か一度だけ父にマグルの街に連れて行かれた。病気になる少し前のことだ。街は明るい光に彩られ、耳が痛くなるような音楽と喧騒で溢れかえっていた。
父は喧騒に満ちた街には似つかわしくない、物音も遠い薄暗い路地へと向かった。腕を引かれ、テゾーロは辺りをきょろきょろ見回しながら、震えそうになる足で必死に父の背中を追った。
どこかの家屋へと入り、そのまま一室の中に連れて行かれた。握られていた手が離れ、「部屋から勝手に出るな」と言い渡されたかと思うと、振り返る前に扉はバタンと閉められた。
部屋にはベッドと小さなサイドラックが置かれていた。あとはやたらと大きな、格子の嵌められた窓だけがそびえていた。
窓から覗く景色は相変わらずギラギラとしていて、薄暗い路地ばかりを見てきたテゾーロにとっては目新しかった。しかし、数分も経てば見飽きてしまい、ベッドに腰掛けてただ父の帰りを待った。
窓から差し込む光がテゾーロの足元に落ちていた。
床に落ちる光の先は暗闇に沈んでいた……恐ろしい怪物が這い出てくる姿を、テゾーロは思い浮かべた。少しでも距離を取りたくて、窓の方へ身を寄せる。光は、ちっとも暖かくなんてなかった。
父さんはいつ戻ってくるんだろう。あの人はたまに帰ってきても、怒鳴ったり殴ったりで最悪だった。それでも今は、すぐにでも顔を見せてほしかった。
そんな時だった。窓の外から爆発するように音楽が鳴り響いた。
テゾーロはベッドの上で跳ね上がった。
目を白黒させながら、窓際へと近づき、格子をぎゅっと握った。
「わあ……!」
くすんだガラスの向こうでは、色とりどりの明るい光が溢れるように広がっていた。
一際明るい、スポットライトの中心に小さな人影が見える。片手で天を指さしていた。
ドンッ――と響いた音が心臓を揺らした。
音に合わせて人影が動いた。低く響く声が、弾けるように歌を紡ぎ出した。赤、青、緑と点滅するように色が交錯する。
人影はリズムに合わせて腕を、足を、振り上げた。
テゾーロはその動きから目が離せなかった。音が鳴る、人影が動く。人影が動く、音が鳴る。歌声に合わせ、くるりと回る。
これは何だろう――もっとよく見えないかと、テゾーロは格子の隙間に目を寄せ、窓の前を右左と行き来した。
パーンッと弾ける音、シャンシャンとなる鈴のような音、滑らかに紡ぎ出されるメロディー……テゾーロにはどんな楽器が鳴らしているのかさっぱりわからなかった。
それでも、テゾーロは音楽に合わせて身を揺らした。同じフレーズの歌詞が流れると、後を追うように口ずさんだ。
やがて音楽が小さくなっていき、溢れていた光が消えて、人影が去ってしまうまでじっと見つめ続けた。
喧騒だけが戻ってきても、テゾーロの心はふわふわと浮ついたまま、先程の光景を何度も思い返した。
部屋の中でひとり、テゾーロはうろ覚えながらも歌の一部を口ずさんだ。歌詞を覚えていない場所は鼻歌で補ってメロディーを続ける。
姿や顔をよく見ることは叶わなかった。それでも、名前もわからない人影はテゾーロの憧れとなった。
気づけばテゾーロは、時間があれば歌をうたうようになった。
しかし酒に浸かる母にはそれが鬱陶しかったらしく、テゾーロが歌う姿を見るたびに「そのくだらない歌をやめろ」「くだらない」と唾を吐き捨てた。時には、酒瓶を投げつけてきた。
とうとう我慢の限界がきたテゾーロは、持つものもなく家を飛び出した。十一歳になったばかりの冬のことだった。
子供一人町を彷徨っても、仕事など早々に見つかるはずもない。ゴミを漁り、誰かが落としたお金を拾い、店に並んだ食べ物を盗んだ。
数カ月経つ頃には、どうにか雨風に晒されない物置小屋に移り住んだ。薬草の匂いがツンと漂う、壁に穴の空いた小屋は、とある薬店舗に放棄されていた元荷置き場だ。
テゾーロは薄暗い小屋の中でボロボロの布を体に巻き付け、丸まって過ごした。
早朝、日課の水くみに行こうとバケツを持って扉を開いた。薄暗い町並みは相も変わらず、影そのもののように光を飲み込む色をしている。
店の角にピタリと背中をくっつけて、顔を少しだけ出す。石畳の通りには誰もいない。視線を動かして周囲も見渡す――人影一つない。この町で、不用意に人に出逢うことは避けたほうがいい。
ふっと詰めていた息を静かに吐く。狭い通りが静まり返っていることを確認すると、角から身を乗り出す。バケツの錆びついた取手が、ぎしりと軋んだ。足を前へと進めようとして――
バサリと羽ばたく音が、上空から聞こえた。
はっと上を向く。テゾーロの顔に翼の広げた影がかかった――梟だ。影は一直線に、こちらへ降りてくる。
梟は足で掴んでいた紙を、テゾーロに向かって投げ落とした。反射的に手を伸ばした。
「ホ……ホグ、ワーツ?」
白い封筒に赤い封蝋がされた手紙だった。上部には、ホグワーツの名と盾のような紋章が描かれている。ひっくり返すと『テゾーロ・ギルド様 ノクターン横丁 《ブラックウッド薬舗》脇 旧荷置き場』と書かれていた。
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Mr. Tesoro Guild
Side of Blackwood Apothecary
Old Storage Shed, Knockturn Alley
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梟が手紙を届けるところを初めて見た。手紙に心当たりはない。知り合いなどいないし、母がこんなきれいな手紙を自分に送ってくるとは到底思えない。
封蝋を破いて手紙を取り出す。テゾーロは文字を追い、短い文を何度か読み返しながら、途切れ途切れに読み解いていった。
手紙は、ホグワーツ魔法学校への入学について書かれているようだった。
カサリと紙を鳴らし、首を傾げる。なぜこんなものが届いたのだろうか。なぞるようにもう一度読んで、ふと母が昔言っていたことを思い出した。
珍しく機嫌のよかった母が杖を振って皿やコップを魔法で洗いながら、「魔法使いには魔法使いの通う学校があるのよ」と話していたことがあった。
しかし……ポケットの中を探る。出てきたのは薄汚れた、たった三枚のガリオン金貨。
手紙の最後には返事を送るように書いてあるが、ペンすら持っていない。返事を書くためにペンを買えば、数日は食べられなくなる。
金貨を握りしめて、深く項垂れた。それでも、手紙を放り捨てることは出来なかった。
ポケットの中に手紙を捻り込むと、バケツをもう一度握りしめた。
テゾーロの棲家:ブラックウッド薬舗脇 旧荷置き場
テゾーロの父親、かなりクズになっちゃいました。
怪しい滑り出しですがちゃんとホグワーツ入学できます。