Little Gold, Little Light 作:のらもこ
テゾーロは不味いことになったと、一枚の用紙を手に冷や汗をかいた。細かな数字の羅列は、テストの半分以上が平均点を下回っていることを示していた。
一年のうちにどうにかできるのでは、と楽観的に考えていたツケがここにきた。
「Mr.ギルド」
「!」
「……この後教員室にいらっしゃい」
マクゴナガルから通達に項垂れる。気持ちは死刑執行を待つ囚人だ。
大人しく教員室へと赴いたテゾーロをマクゴナガルが迎え入れる。教員室には先生が揃っていて、入ってきたテゾーロに視線を向けた。
「Mr.ギルド、何故ここに呼ばれたかわかっていますね?」
「……はい」
「学期末テストの結果はどういうことですか!」
マクゴナガルの叱責に、肩を縮めて視線を床に落とす。
「すみません……」
「謝罪をしてもらいたいのではありません。この点数では支給金が打ち切られてしまうというのです……!」
眉間に皺を寄せるマクゴナガルがこちらを気にかけていることはわかる。だからこそ、胸に重たいものがのしかかる。
悄然と肩を落とすテゾーロに、マクゴナガルは一度深く息を吐いた。
「貴方の授業態度は悪くなく、きちんと理解出来ていると感じていました。現に、実技試験の方は合格ラインを軽く超えています。しかし、筆記テストだけが低迷した結果となっています」
「はい……」
すぐ隣の椅子に腰掛けていたフリットウィックが首を伸ばした。
「Mr.ギルドの呪文は問題なく発動していたし、授業中での挙手率も高かったよ。まあ、テストだけはあれだったけど……」
「それが問題なのです……!Mr.ギルド、このままではいけないことは貴方もわかっているでしょう?原因に心当たりは?」
「う……」
心当たり。大いにある。しかし言い出しづらい。
ちらりとマクゴナガルの顔を覗き見て、眉間に皺を寄せた表情にさっと視線を床に落とした。
「……簡易皮膚保護薬を作るのに必要な材料は、サラマンダーの血を一滴とあとは何だ」
「え?」
「答えろ」
ぼそりと落とされた声に振り返る。椅子に座ったスネイプが、うねった髪の奥からじとりとした視線を向けていた。慌てて口を開く。
「水仙の根と、アロエに似たマンドレイクの若芽の絞り汁です」
「精製の際に気をつけるべきことは?また、誤った場合どのようなリスクがある」
「順番が重要で血を最後に入れないといけない。失敗すると、膜が厚くなりすぎて皮膚感覚が鈍ります。手の感覚がなくなって、物を掴んでいられず落としたりします。軽い失敗だと、膜が不均一でところどころヒリヒリする」
「正解だ」
しかし、いきなりなんだったのだろう。
テゾーロの目を覗き込んでいたスネイプが口を開いた。
「今のはテストに出された問題だ。……お前が間違えた、な」
「!」
「Mr.ギルド、貴様文字が読めていないな?」
「「えっ」」
マクゴナガルとフリットウィックが揃えて声を上げた。一斉に教員室中の視線が集まったのを感じた。手元に視線を落としていたスプラウトやクロウフォードなど、他の教師陣も顔を上げていた。顔中からぶわりと汗が吹き出た。
「ま、全く読めないってわけじゃないくて!ゆ、ゆっくりとなら読めます!短い文章とか、なら行けますし!教科書に良く出る単語、なら……」
慌てて両手を振った。わたわた言い出した言葉が、もごもごと消えていき、完全に途切れる。
マクゴナガルとフリットウィックのぽかんと口を開ききった顔に、全身が熱くなる。
はっとしたフリットウィックが口を挟んだ。
「ま、待った!Mr.ギルドはレポートもしっかり提出してますよ!?」
「なら、小テストは如何です?」
「それは……たまたま答えがわからなかったのかな、と」
フリットウィックが答えづらそうに言い淀むのに、膝の上で拳を握りしめる。ことさら肩を小さくした。
「なら、レポートはどうしていたというのです」
「何らかのズルをしていたのでしょうな」
スネイプの冷たい視線に、がっくりと項垂れる。
ロープの内ポケットから1つの羽ペンを取り出した。スネイプの大きな手にばしりと取り上げられて、じろじろと見回す。
「……自動速記羽根ペンか」
「はい……」
「Mr.ギルド、貴方って人は!どこでこんな物入手したのです!?」
「ノクターン横丁の、ジャンクショップで……」
ぼそぼそと喋るテゾーロに、マクゴナガルが額に手を当てて天を仰いだ。
「はーなるほど、これを使って口頭でレポートを書いていたのか!いやあ上手いことやったねえ」
「何を関心しているのです!これは重大な問題で……」
「――なら、わしが判決を下して良いな?」
その場に居たものが全員振り返った。教員室の入口から、白い髭を揺らしてダンブルドアが入ってきていた。
「ダンブルドア校長!」
「ふぉっふぉっふぉっみな一人の生徒にこれだけ熱心に頭を悩ませているとは、教師として見習いたいの」
「我輩は別に……」
「それで、テゾーロや」
「は、はい」
半月眼鏡の奥から煌めいた目に、背筋を伸ばした。
「校則で認められていない方法でレポートを書いたこと、またテストの点数で基準点を満たしていないこと、これらは厳重に処罰せねばならんことだ」
「……はい」
「しかし、わしらの配慮が足りなかったのも事実。そこで、今学期のテストは特例で口頭問答に変更するのはどうじゃ?」
「え」
目を見開く。横から、眉間に皺を寄せたスネイプが身を割り込ませた。
「この子だけを特別扱いするのですか?」
「しかしセブルス。テゾーロの事情はここに居る全員が知っておった。読み書きに関して、普段の授業やレポートで見抜けなかったのじゃろう?今回の件は、双方に問題があった。わしは思っておる」
「……」
「それに、教えたことはちゃんと覚えているようだしの」
ダンブルドアはテゾーロをみてウィンクした。マクゴナガルが、強張らせていた肩から力を抜いた。
「ええ。確かにMr.ギルドは授業態度も悪くなく、変身術もよくできています」
「ちょっとズルはしていたけど、ちゃんとレポートも提出していたし内容も問題なかったよ。本もちゃんと読めなかったんだろう?どうやってたんだい?」
「えっと、ゆっくり時間をかければ何とか読めたので、いつも寝る時間に……あと、食堂や談話室で漏れ聞いた内容を結論のように語って修正を……」
「……お前がたまに、質問で明後日の方向に行っていたのはそのせいか」
「……」
スネイプの視線から逃れるように顔を逸らす。
「あら、じゃあ先生方に質問にも来る熱心な生徒じゃない。薬草学ではいつもつまらなそうに作業しているけど」
顔を向けた先にいたスプラウトからも目を逸らした。
「うむ、やはり学ぶ意思に問題があるとは思えんの。それをホグワーツ入学前からの問題で切り捨てるというのも、おかしな話じゃろう」
「ダンブルドア校長……」
「ただし、特例措置は今回だけじゃ。ミネルバ、読み書きの教材を渡すよう手配を」
「はい」
「これは罰則も兼ねておる。夏休みの課題として必ず取り組むように」
「わ、わかりました」
果たして、自分に出来るだろうか。不安が滲む。だが、特例措置以上の期待は出来ない。
夏休みが始まる前、重大な課題がテゾーロにのしかかった。
「……よし、以上で終わりだ」
「はい」
椅子に座ったまま、ぺこりと頭を下げる。
教員室での決定後、時間も余りないということで早速各教科の教授室へと呼び出された。
「しかし、まさか口頭問答をやることになるとは」
「う……」
「ああ、いや責めているわけではない。寧ろよくその状態で、成績をキープしていたと思ってな」
感心するように息を吐いて、クロウフォードは手元の紙を畳むと魔法でどこかへとしまった。
クロウフォードはいつもの鋭い視線をテゾーロへと向けた。
「お前は「耳」がいい。生きてきた環境のせいか、生まれ持ったものかはわからんが、これは大きな武器となる。大切にしろ」
「はい。……先生、先生は元闇祓いと聞きました。なのに、授業では一度も敵を倒す魔法を教えなかった。それは何でですか?」
クロウフォードは眉を上げた。その表情に怯みそうになるが、ぐっと唇を引き結んだ。
この先生の教えはとてもタメになった。しかし、回避や離脱、相手を一時的に拘束する方法ばかりの授業だった。それだけがずっと不満だった。
「来年は、もう先生の授業を受けることはできません。なら、俺はもっと……」
「色々と理由はあるが……一点目は、一年生は攻撃魔法を教えられるほど熟していない。今のお前たちに教えた所で自分が火傷するだけだ」
「でも」
「そして二点目。お前も言っていただろう、「生き延びる」ことが大切だと」
「!」
「……戦いってのは、できるだけ避けて、手を回して、どうしようもなくなったときの最後の手段だ。攻撃せずに済むのであれば、攻撃しない選択をする勇気も必要だと私は考える」
「攻撃を、しない勇気……」
ゆっくりとクロウフォードは頷いた。
クロウフォードは肘掛けに両手を立てると、力を入れて椅子から立ち上がった。そのまま、テゾーロに背を向けて、窓辺へと歩いていく。
「それが正しいとは言わない。あくまで私の自論だ。だが、これまで手を出してしまったから、後戻り出来なくなった人を多く見た……生徒達に、そんな道を進んでほしいとは思わない」
クロウフォードは窓の向こうに目をやり、動かない。
見つめる先に何が見えているのかは、テゾーロにはわからなかった。ただ、この先生は本当に生徒達のことを思ってくれていたのだろう。
一分か、数分か、クロウフォードは窓から振り返ると、真っ直ぐとテゾーロを見つめた。
「戦う理由じゃなくて、戦い抜く理由を見つけろ」
「え」
「俺のことは忘れてもいいが、このことは考え続けろ。いいな」
クロウフォードはテゾーロの答えを聞くこともなく、窓から離れて道具の片付けを始めてしまった。
意味を飲み込めず、口を開きかけたが言葉が出なかった。しばらくクロウフォードの背中を見つめ続けたが、それ以上の言葉は続かなかった。
テゾーロは、やがてその背にひとつ礼をして退出した。
教員室の扉の前で、少しだけ頭を下げて退出する。テゾーロの手元には、新しく渡されたテスト結果の用紙が握られている。
廊下を歩きながら用紙に視線を落とす。内容をひとつひとつなぞるように目で追って、ほっと肩の力を抜いた。
「「テストどうだった?」」
後ろからドンっと衝撃が走り、たたらを踏みそうになるのをぐっと堪える。両側から同じ内容で話しかけられるのも、慣れてきてしまった。
フレッドとジョージは、両脇からテゾーロの肩に腕を回して、手元の用紙を覗き見た。
「ほー!全体的に優秀じゃないか!」
「凄いな、スネイプの魔法薬学も九十点いってる。グリフィンドール生の点数は下げているって聞いたのに」
「それは流石にダンブルドアにバレるだろ。というか重い、腕どかせ」
テゾーロは投げ捨てるように双子の腕を外す。
軽快にくるりと体を回したフレッドとジョージは、器用にも、離れるときに用紙をするりと抜き取った。頭を突き合わせて、テゾーロのテスト結果を端から端まで目で追った。
「闇の魔術に対する防衛術、変身術、呪文学は軒並み点数高いな」
「薬草学はまあまあで……魔法史だけやたら低いな?」
「……あの授業、起きていられる奴の方がやべえだろ」
「「確かに!!」」
むっとしながら答えたテゾーロに、双子はどっと声を上げて笑った。
魔法史は一番の鬼門だった。なんせ、気づけば眠りの世界に旅立たされている。
なんだか悔しくなってきて、テゾーロは双子に矛先を向けた。
「そういうお前らはどうなんだよ」
「「ふふん、これが僕らの成績だ!」」
誇るように二人が揃って紙を突き出した。
二枚の用紙をじっと見つめて、テゾーロは苦々しい顔をした。
「おかしいだろ……何で授業中、悪戯してる奴らが点数高いんだよ」
「「それは僕らだからさ!」」
「納得できねえ。先生たちも納得出来なかっただろうな……」
なんだかどっと疲れたような気がして、肩を落としてグリフィンドール寮へと向かう。
テゾーロを挟んだ双子は、来年からのクィディッチの話題で盛り上がっていた。適当に相槌を打ちながら廊下を進む。テゾーロ達は目立つのか、進む先で自然と人並みが割れていった。
「ん?」
廊下の床に一冊の手帳が落ちていた。テゾーロは近くでしゃがみ込んで手に取った。
手帳は黄色いカバーで白い花が描かれている。汚れ一つなく、丁寧に扱われていることがわかった。
「落とし物か?」
「随分可愛らしいカバーだ」
「きっと女の子だぞ」
ニヤニヤとした顔でフレッドとジョージが覗き込んでくる。テゾーロは呆れた視線を向けた。
無視して手帳を表、裏と見回すが名前などは書かれていない。仕方なく表紙を開いた。最初のページは真っ白な紙に、Diaryと中央に書かれていた。そして、端に小さく細い字で「Stella」とサインされていた。
「ステラ……?」
「ハッフルパフのマドンナじゃないか」
「マドンナ?」
手帳から顔を上げる。有名な女子なのだろうか。
双子は顎に手をあてて、片方の口端をあげていた。
「優しくて美人で」「それでいて謙虚な女の子!」
「ふーん」
もう一度手帳へと視線を落とす。確かに、この手帳を持っているのに似合うのかもしれない。
「なら、これからハッフルパフ寮に向かうか?」
「そして、落とし物を届けるついでにお近づきに!?」
双子は両脇から、大げさにハッフルパフ寮へと続く道に腕を広げる。
手帳をぱたりと閉じて、テゾーロはじとりとした視線を向けた。
「馬鹿なこと言うな、スプラウト先生に渡すだけだ」
何故か愕然として双子がテゾーロに詰め寄った。
「テゾーロは素敵な出会いに興味ないのか?」
「めくるめく恋の予感は感じないのか?」
「興味ねえよ」
にべもなく答えると、唇を尖らせて顔を離した。
「「ちぇっ、つまんない」」
「……お前らは、それしかねえのかよ」
「「面白さは大事だろ!」」
双子は、やかましく腕を振り上げ語り始めた。「スプラウト先生に渡してくる」と言い残して、逃げるように踵を返す。
――出会いなどと言われても、そんなものよくわからない。
コンパートメントに1人入ったテゾーロは手荷物を網棚に上げた。
ふとトランクの上に置いた、ベルトで纏めた教科書が目についた。中には闇の魔術に対する防衛術の教科書がある。指で背表紙をそっとなぞる。
『戦う理由じゃなくて、戦い抜く理由を見つけろ』
どういう意味なんだろうか。ノクターン横丁で一人、自分の身だけを守ってきたテゾーロには、答えがわからなかった。
生き抜くために戦うことの何がいけないのだろう。それとも、いつかテゾーロにも「戦い抜く理由」が見つかるのだろうか。
テゾーロが本から指を離し、腕を下ろした時だった。後ろからコンコンとノック音が聞こえた。
振り返ると、扉の窓越しにサイラスと目が合った。にこりと笑みを浮かべたサイラスは、扉が静かに開いた。
「入っても良いかな?」
「ああ。俺しかいないしな」
肩を竦めて笑った。荷物を持ってコンパートメントに入ったサイラスは、ゆとりのある座席に目を留めた。
「リアムは一緒じゃないんだね」
「あいつは他の奴らと一緒に乗ってたぞ」
「そっか……」
顔には出さなかったが、声に物寂しげな色が滲んでいた。
結局、終業式が終わってもリアムに話しかける機会はなかった。ただ、テゾーロが視線を向けるとさっと顔を逸らされた。
「俺、あいつに何かしちまったかな……」
「ん?」
「いや、なんでもねえ」
小さく呟いたのが聞こえなかったのか、サイラスが首を傾げた。テゾーロは緩く首を振る。
サイラスが荷物を網棚へと上げて、向かいに座ったのを見て口を開いた。
「一緒が良かったのか?」
「……ホグワーツをでれば、寮なんて関係なく話せるんじゃないかと思っていたんだけど」
そう言ってサイラスは苦笑した。テゾーロは手元の裾を弄りながら、ゆっくりと口を開く。
「……ホグワーツは7年あるんだ」
「?」
「あと、6年も残っているんだ。いつか喋る機会だってあるだろ」
「! うん、そうだね」
また、話を聞くことはできる。そう自分に言い聞かせて、サイラスへと笑いかけた。
行きとは違い、一人少ないコンパートメントで二人は過ごした。
ホグワーツの一年が終わりを迎えた。
落とさないように荷物を両手でしっかりと握りしめて、石畳の上を通り過ぎていく。久しぶりの薄暗い通りは、どうにも目が慣れなかった。
大きな荷物を抱えるテゾーロは、ノクターン横丁では視線を集めた。建物影からくすんだローブを被った大人がじろじろと覗く。テゾーロは一顧だにせず、前だけを向いた。
店の角を曲がり、奥まった場所にぽつんと佇む寂れた小屋へと向かう。 窓はひび割れ、至る場所に隙間が空いている壁は一年前と変わらない。扉を押すと、ぎいっと建付けの悪い音がした。
テゾーロが足を踏み入れると、少し埃が舞った。短い毛のカーペットが敷かれ、木製の家具が並ぶ部屋は整然としていて、清潔感がある。ダンブルドアがかけた魔法は未だに効力を発揮しているようだ。
静かに扉を閉めた。一人で佇む部屋は、騒々しい談話室や食堂と違って無音が耳についた。
部屋の脇へと荷物を置いて、ぼふりとベッドに転がった。白いシーツはずっと放置していたにも関わらず、さらりとした感触がした。
「ふぅ……」
見上げた天井は、綺麗な木目をしている。グリフィンドール寮の赤で彩られた豪華な天井とは全く違う。ぼんやりと木の模様を目でなぞっていった。
ごろりと横を向くと、積み上げられた荷物が窓から入った光に照らされている。窓の外、ノクターン横丁は静まり返っている。ノクターン横丁は、乱暴者もいるが、息を潜めるように暮らしている者の方が多い。
また、この町に帰ってきたのだ。
去年までの、薄っぺらい襤褸布にくるまって寒さをしのいできた日々が嘘のようだ。
今、テゾーロは綺麗なローブに身を包み、柔らかなベッドに転がっている。
そして、夏休みが終われば再びホグワーツへと向かう。
これから、あと六年。同じような生活が続く。来年は一体何があるのだろう。口元に薄っすらと笑みが浮かんだ。
テゾーロは目を瞑り、ゆっくりと新たな空気を鼻から吸い込んだ。
一年が終わりました。次回は夏休み。
※次から更新が遅くなります。