Little Gold, Little Light 作:のらもこ
アーネスト・クロウフォード
闇の魔術に対する防衛術の先生。元闇祓いで目つきは鋭く、顔に古い傷跡がある。
2026/8/9改稿しました。
第5話 ギルド・テゾーロ/魔法学校の日々
ホグワーツでの学生生活は順調な滑り出しを見せた――わけでもなかった。
授業に関しては問題ない……いや、ひとつだけあるがどうにか対処している。全てが目新しく、学ぶこと自体が楽しかった。
複雑怪奇なホグワーツ校内で目的地にたどり着けない……というわけでもない。動く階段は面倒だったが、道を覚えるのはそれほど苦手じゃない。ノクターン横丁の細い路地裏の方がよっぽど厄介だ。
では何が問題かというと、とにかくテゾーロは寮で浮いていて居場所がなかった。しかし、それも仕方がないのかも知れない。
ノクターン横丁で1人暮らしていたテゾーロは、常に危険とも隣り合わせだった。
家を出て間もない頃、金と仕事を探していたテゾーロはあちこちを歩き回っていた。ノクターン横丁で1人うろつく子供は目立つ。だからだろう、ある日優しげに笑みを浮かべた男に話しかけられたのは。
男は、テゾーロに「仕事を探しているのかい? なら紹介してあげよう」と言った。少し悩んだが、お腹と背中がくっつきそうなほど腹を減らしていたテゾーロはすぐに頷いた。そうして、先導する男の背を追って細い路地裏へと入ってしまった。
こんなところに仕事などあるのだろうか、と首を傾げながら後をついて行き、路地の中程まで進んだときだった。突然男がテゾーロの細い腕を掴みかかったのだ。
驚いて見上げると、ぞっとするほど冷たい無表情で見下ろしていた。男は、目があったことに気がついて笑顔を貼り付けた。
一瞬見せたあの顔の後では、もうその笑みに信頼を寄せることなどできない。
テゾーロは手を振り払おうとしたが、びくともしない。
焦って、視界が狭くなっていく中で、男が注射器を取り出した。思わず「ヒッ」と悲鳴を上げたのに、男はねっとりとした声で「痛くない」「すぐに終わる」などと言い出した。勿論信じられるわけがない。
何をされるのかはわからなかったが、とにかく恐ろしかった。
我武者羅に暴れ出したテゾーロは、何がどうなったのか覚えていないが、とにかく男の手から逃れることができた。男に背を向けて走り出した。
後ろから足音がついてきているのがわかった。必死に足を動かして、細い路地を駆け抜けた。子供の小さな体を活かして、狭い建物と建物の間をくぐり抜けて逃げ惑い、どうにか振り切ることができた。
走り回った後のバクバクと鳴る心臓と、額からじっとりと流れる汗は、今でも思い出せるほど気持ち悪く体に残った。
その後も、ノクターン横丁で小さなテゾーロが舐められないように過ごすには、沢山の苦労があった。生きるためには、狡猾に、警戒心高く立ち回らなければならない。
だが、ホグワーツでは両親に庇護されて暖かな家で育った子供が大半だ。テゾーロの警戒心を持った立ち振る舞いは、ただ人を敬遠させるだけだった。加えて、常に眉を吊り上げ、口を引き結んだ表情は無愛想すぎて、「気難しそう」「怒ってる?」「暗い」などという評価しか受けなかった。
グリフィンドール内では誰もが距離を置いている中、ウィーズリー家の双子だけは頻繁にテゾーロに絡んでいった。
この頃には、既に2人は悪戯っ子でお調子者の地位を確立していて、突拍子のないことをしても別段不思議に思われなかった。”偏屈テゾーロ”に積極的に関わりにいくのも、その一環として捉えられた。
ただ双子に関しては、逆にテゾーロの方が未だ苦手意識を持っていた。
純粋に好奇心を煌めかせた瞳で近寄られると、どう対応すればいいのかわからなかった。ぐいぐいと来る押しの強さに、突っぱねたり避けたりする日々が続いていた。
正直独りでいることはそれほど苦ではなかった。元々、家を11歳で飛び出したのだ。これぐらいは大したことではない。
テゾーロを悩ませていたのは、歌う場所がないことだった。
寮内で歌うことはできるかもしれない。でも、歌おうかと口を開きかける度「くだらない」「そのくだらない歌を止めて」と母にぶつけられた言葉が頭をよぎった。
路上で歌っていた頃は、そんなこと考えもしなかった。それはある種の無関心さがあったからかもしれない。殆どの通行人は、道端で歌うテゾーロを一瞥もせずに通り過ぎていく。それでも、時折興味を持って足を止めてくれる人も居た。だから、何度も歌った。
しかし、今の寮内でテゾーロに向けられる視線は、決していいものではない。そんな中、歌ったらどんな風に捉えられ、なんと言われるのだろうか。興味を失って目を離すならまだいい。
――もし鬱陶しがられ、歌うなと言われたら?
せっかくここまで来たのに、息苦しい生活に戻される。それだけは耐えられなかった。
ホグワーツでは、教授陣の少なさをカバーするためか、2つの寮を合同で授業することがある。
今、鍋を混ぜている魔法薬学の授業が正にそれだ。
グリフィンドール寮で普段ほとんど喋らないテゾーロにも、こういう魔法薬学の授業ではパートナーがつく。理由には察しがつく。グリフィンドールはスリザリンと一緒にされるのだが、どうにも寮同士の仲が悪い。廊下だろうが、教室だろうが顔を合わせる度に小競り合いや陰湿な嫌がらせの応戦となる。
もし、テゾーロがスリザリン生と組めば、必然的にもう1人、スリザリンと組むしかなくなる。それが嫌なのだろう。
今日のパートナーも、1度も話したことがない。手順通りに、2人で1つの鍋に材料を放り込んでいく。次にビリーウィッグのトゲを一本入れるのだが――。
「おい」
「なに?」
「火をもう少し抑えろ。沸騰させたら駄目だ」
「あ」
鍋を見ていたはずのパートナーに、鋭く声を飛ばした。
「あ、ありがとう」
「沸騰したら効き目がなくなる。注意ぐらいちゃんと聞けよ」
「っ何だよ、その言い方!」
噛みついてくる相手に、眉を上げる。俺が止めなければ、失敗していたはずなのに。
テゾーロが口を開くよりも先に、背後からねっとりとした声が響いた。
「火加減が重要で、沸騰させてはいけない。水面が震えるタイミングでトゲを入れなければ、完成品と見た目が変わらない不良品となる……我輩の注意を聞いてなかったようですな? グリフィンドール2点減点」
「ス、スネイプ先生……」
(ほら見ろ)
顔を覗き込ませた黒い教授に、腰が引けているパートナーを白けた目を向ける。
誤魔化すように羊皮紙をめくり始めたパートナーを放って、テゾーロは鍋の火を弱めた。
慎重にビリーウィッグのトゲを入れて、すかさず大きな匙で鍋をかき混ぜる。刻んだスカラベの羽根をそっと滑り込ませると、液体はもったりと緑色に変化した。
出来上がった薬液を掬い上げて、少量ずつ瓶へと移していく。ここでせっかちに注ぎ込めば、溢れて無駄になってしまう。きゅっと瓶の蓋を閉めて、ラベルを貼る。
「よしっ」
鍋の底には、まだ薬液が残っている。パートナーが勝手に使うだろう。
「スネイプ先生」
「なんだ」
「”軽度打撲治療薬”が出来上がりました」
差し出した瓶をスネイプがじっくりと眺め、次いでテゾーロを見下ろした。
……なぜか何も言わない。この人独特の間があるよな、と思っているとようやくスネイプが口を開いた。
「……よろしい。前の机に提出しなさい」
「はい」
「しかし、パートナーを放置して1人で成果を出すとはなんとも浅ましい。グリフィンドール1点減点」
「はあ」
どうやら1人で完成させるのは駄目だったらしい。
放置していたパートナーに目を向けると、得意げにニヤニヤとした顔を向けられた。減点されたのが自分だけじゃないと知って、いい気になっているようだ。
減点されたのはお前のせいなのだが。「いいからさっさと作業しろ」と思いながらも、口に出すのはやめた。
流石にこういう態度が良くないのだとは学び始めた。でも、言いたいことを我慢してまで取り繕うべきなのだろうか。
鍋は置いたまま、他の器材と材料の切れ端を片付けていく。黙々と動くテゾーロが面白くないのか、視線が背中から刺さる。
手を動かすことが遅いパートナーにより、テゾーロは早々にやることがなくなった。机に肘をついてぼんやりと周囲を眺める。
グリフィンドール生は魔法薬学のような慎重さを求められる学問を苦手とする者が多いのか、しばしばやらかす。今も、2つ前のテーブルで鍋の中から煙が上がった。靴音を鳴らして急行したスネイプが杖を振って対応し、グリフィンドールが減点される。
(スネイプのグリフィンドール嫌いは有名だけど、実際に一番手間をかけているのもうちの寮じゃないか?)
スネイプが寮監を務めるスリザリンでは、特に何の問題もなく静かに進められている。その中に、鍋を覗き込むサイラスを見つけた。
サイラスとは、寮が分かれてから全く会話することがない。
刻んだスカラベの羽根を鍋の中にいれ、匙を回し、杖を取り出して一振り。手順は正しく、教科書通りだ。
その様子に眉を寄せる。
(なんで、サイラスは1人で全部やっているんだ?)
この魔法薬学は2人1組で作業を行う。手順が煩雑で、材料を入れた後にすぐかき混ぜるなど素早さも求められるためだ。
よく見ると、隣の鍋に3人が寄っている。サイラスのパートナーはそちらに紛れ込んでいるようだ。スネイプはこの状態に特に何かを言う様子はない。サイラスも黙々と手を動かすだけだ。
授業が終わり、地下牢とも呼ばれる魔法薬学の教室から生徒達が一斉に出ていく。テゾーロも教科書を纏めて立ち上がった。
スリザリン生が後ろを通り過ぎていく。
「まさかアイツとペアになるなんて」
「ペニントンとペアになるとか、ついてないね」
「もし、次に僕がペアにされちゃったときは助けてよ。どんな呪いがかけられるか、わかったものじゃない」
「わかった。それより……もう呪っているって聞いたよ」
「本当に?流石は呪いのペニントン家」
「関わりたくないね」
皮肉げに笑ったのは、鍋を3人で混ぜていた連中だ。テゾーロは、地下教室から出ていく背中を見送った。
――また「呪いのペニントン」だ。
テゾーロに純血貴族のことなどわからない。"ペニントン"という名が何を指すのかも。だが、呪いという響きが不穏さを含んでいることは分かる。
汽車で話した様子からは、サイラス自身に問題があるようには感じなかった。
……それか、サイラスがマグルを受け入れていることが純血貴族連中にバレた?
いや、それなら「呪いのペニントン」などとは呼ばれないだろう。
テゾーロは自分の中で考えを整理しながら、闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かった。
初回の授業以来、テゾーロはこの日を心待ちにしていた。
アーネスト・クロウフォードという、目つきが鷹のように鋭い男が担当している。元闇祓いらしく、顔の右頬から顎にかけては古い裂傷の痕が走っている。体格もいい。その恐ろしい雰囲気から、生徒たちからは距離を置かれていた。
今日も教室に入ると、肩幅の広い姿が仁王立ちしていた。いつもローブは雑に着崩され、前はきちんと留められていない。
初回からずっと、机は使われず教室の端に追いやられたままだ。
「戦いには戦闘方法以外にも大事なことがある。それが何かわかるか」
鋭い視線でクロウフォードは生徒一人ひとりをなぞる。ほとんどの生徒は身を縮め、うつむき加減で足元を見つめた。
テゾーロだけは、背筋を伸ばして前を向いた。クロウフォードはテゾーロを見つめ、目を細めた。
「Mr.ギルド、戦うことで一番大切なことはなんだと思う?」
(戦うことで一番大切なこと……)
「生き延びること。……でも、勝てたほうがいい」
「……正直だな」
クロウフォードは視線を外して、ゴツゴツと教室を歩き始めた。
「生き延びることを最初に置けるのは、臆病だからじゃない。自分が壊れることを、ちゃんと想像できている人間の答えだ。勝ちたい理由なんてものは、いくらでも増える。名誉、怒り、守りたいもの……」
足を止めると、クロウフォードは生徒達に向き直った。
「だが、生き延びる理由は失いやすい。1つでも持っていないと、勝っても戻ってこられない。……とはいえ、すぐ見つかるものでもない。だから、今日はそれまで生き延びられるよう、攻撃を避ける練習をする。これから、私と1人ずつ対峙してもらおう」
生徒たちは互いに顔を見合わせ、身を引いた。クロウフォード先生と1対1でなんて……と泣き出しそうな者さえいた。だが、クロウフォードは構うことなく生徒の名前を呼んだ。
すぐに前へ出る者はいなかった。やがて、一人の生徒がおずおずと出てきた。足は震え、目に涙をためている。周囲は、同情的な視線を送った。
「私が使うのはインセンディオの魔法だ。威力は落とす。火傷はしない」
「は、はい」
「杖を構えろ」
震える手で生徒が杖を構えた。向かい合ったクロウフォードも杖を構える。
「インセンディオ!」
「ひぃ!」
生徒は頭を抱えるようにしてしゃがみ込む。
「しゃがむな! 杖の構えをとくな! 敵から目を離すな!!」
クロウフォードの叱責に打たれ、生徒はガタガタと震えながら立ち上がった。
結局、その生徒は一度も避けることは叶わず、這々の体で教室の隅へと戻っていった。
その後も、何人かの生徒が順番に前へ出て、クロウフォードと対峙した。
だが、誰もが腰が引けて反応が遅れる。中には避けようとした者もいたが、クロウフォードの魔法速度についていけず攻撃が掠っていった。
テゾーロはそれらを見ながら、手順や魔法の構え方を頭の中で想定する。自分が前に出たら、どんな攻撃が来てどう避けるか。
「Mr.ギルド!」
「はい」
向き合って、目を合わせる。
クロウフォードは、ノクターン横丁にいた乱暴者達とは比べ物にならない。隙のない佇まいに、半身を引いて自然と身構えた。深く息を吐き、強く杖を握りしめる。
「インセンディオ!」
テゾーロは前に踏み込んで身を屈めた。鋭い閃光が頭上を通り過ぎていく。くぐり抜けた先で、杖を持った腕を相手に向けて突き出す。
「インセンディオ!」
「!」
再び唱えられた魔法はテゾーロの足元に着弾した。咄嗟に横へ転がって避ける。
体勢を整えて起き上がろうとした瞬間、ぎくりと固まる。
目の前に杖先が突きつけられていた。
「反応は悪くない。杖の構えを解かなかったことも良かった。だが、避けた後を考慮しなければ直ぐにやられる。全ての魔法は杖先が起点だ。動きを注視しろ」
「っはい」
「グリフィンドールに2点」
テゾーロは立ち上がりローブの埃を払った。
(反応しきれなかった……)
クロウフォードの言う通り、あれではすぐにやられてしまう。生徒達が固まる端の列へ戻りながら、唇を噛んだ。
1対1の対峙が終わった後、クロウフォードは生徒を5人ずつ並べてインセンディオを唱えるよう指導した。
身を持って魔法の恐ろしさを実感した生徒達はふざける様子もなく、真剣な表情で杖を構えていた。
授業が終わり、テゾーロが寮に戻ると、一瞬視線が集まりすぐに離れていった。中には、グループの輪に馴染んでいるリアムの視線もあったが、隣の子に話しかけられて外された。
暖炉の直ぐ側で、甲高い声ではしゃぐ女の子たちの横を通り過ぎる。慣れたように階段へと進んでいき、賑やかな談話室を後にした。
パタンと扉を閉めて、1つ息を吐く。
テゾーロは自分から彼らに話しかけようと思ったことはなかった。必要最低限の会話だけで終わらせるようにしていた。
入学してから、どうにも雑談が苦手だと気づいた。同年代と会話した経験も、ほとんどなかった。そう思うと、初日にテゾーロを会話に参加させたリアムは相当凄かったのだろう。
だが、そのリアムも今はテゾーロと距離を置いている。
孤立し始めた当初、リアムはテゾーロに話しかけようとしていた。だが、初日から寮内の輪に馴染んでいたリアムは、近づくたびに他の友人に呼び止められ、その場を去らざるを得なかった。
いつしか、テゾーロが距離を置く空気が生まれ、協調性を重んじるリアムには話しかけづらくなっていた。
1人寮室に佇むテゾーロは窓辺へと近づいていく。
窓からは広大な緑の敷地が見え、降り注ぐ太陽の光に目を細めた。テゾーロは空の向こうをじっと見つめる。
「……
囁くような歌声が部屋に満ちていく。
今ならば、誰にも邪魔されない。大きく息を吸って――バタンと騒々しく開かれた扉に、口を閉ざす。
「だから、クィディッチには女性選手をもっと登用すべきなんだ!」
「それはお前が可愛い子見たいからだろ?」
「当たり前じゃないか!」
リー・ジョーダンが後ろに連れたウィーズリー双子を振り返りながら、ずかずかと部屋の中央へと進んできた。
「可愛い女の子は幾らいたって、」
「……」
「喜びが倍になるだけ…………何か、邪魔しちゃったか?」
無言で見つめるテゾーロを見て、リーは声を徐々に小さくし、頭を掻いた。
テゾーロは返答せず、窓辺から離れると床に置いていた教科書を手にとってベッドへと腰掛けた。
「む、何だよ。なんか一言くらい……」
「まーいいじゃないか」「僕らが邪魔しちゃったみたいだし」
へらりと笑った双子がリーの肩を軽く叩いた。
テゾーロへと視線を突きつけていたリーは、溜息を吐くと何かを拾い上げて踵を返していった。
「「邪魔して悪かったね」」
双子はそういうと、パタンと扉を閉めて出ていった。
教科書に視線を落としたまま、テゾーロはまた1つ溜息を吐いた。
その日は朝から、何処に居てもほんのりと甘い匂いが漂ってきていた。
テゾーロは生徒が浮ついた様子を見せていることに首を傾げていたが、夜、大広間にやってきてようやく何の日かわかった。
今日はハロウィーンだ。
扉を潜ると、空にはくり抜かれたかぼちゃが浮いていて、直ぐ側を黒雲のようになった蝙蝠が駆け巡る。歓声を上げる生徒達と同様に、これにはテゾーロも感嘆の声を上げた。
席につき、蝙蝠の動きを目で追いながら、始まるのを待った。
斜め向かいに、ウィーズリー双子が顔を寄せ合い何かを話しながら座った。普段、双子はテーブル中央辺りに座っていて、端の方にいるテゾーロの所には来ない。
少し気を取られたが、すぐにダンブルドアが立ち上がったことに意識が向いた。
ダンブルドアが合図を送ると、テーブルの上に色鮮やかな料理が現れた。
テゾーロは早速、かぼちゃのパイに手を伸ばした。サクサクとしたパイ生地にもったりと甘いかぼちゃのクリームが口の中で溶ける。一人テーブルの下で足をバタバタと動かした。
自分は余り食には興味がないと思っていたが、単に美味しい料理を知らなかっただけだった。知らずにいた生活には、もう戻れないだろう。
気になっていた皮付きポテトにも手を伸ばす。塩っ気とほくほくの芋の味に、はふはふと熱さを逃しながらかき込んでいく。
テゾーロが次々に手を動かして料理を口にしていると、双子がテーブルに身を隠すように頭を屈めたのが目に入った。
「もうそろそろ、いいんじゃないか?」
「ああ、今こそチャンスだ」
怪しい呟きにテゾーロが口を開く暇も無く、双子の片割れが勢いよく手のひら大のボールを頭上に放った。
くるりと回りながら投げられたボールは、大広間の中央真上に届くと、突然弾けた。
その瞬間、空間は彩りに包まれた。
テゾーロは目を見張り、思わず息をのんだ。
色とりどりの花火が、食堂の天井から降り注ぎ、壁やテーブルに反射して煌めく。
小さなジャック・オー・ランタンや白いシーツのお化けが、生徒やテーブルの間を縫うように飛び回った。
ゆっくりと降りてくるバルーンは、途中で弾け、中に閉じ込められていた光の粒が飛び散った。さらに、ハートや星の形をした小さなマークが、光り輝きながら宙を漂い、時折くるりと回転して鮮やかな軌跡を描いていた。
テゾーロの心臓は高鳴り、目を離せなかった。
光溢れる光景は、いつか憧れたショーを思い起こさせた。
歓声が食堂に広がり、生徒達は降ってくる光に手を伸ばした。
「見事じゃ! グリフィンドールに5点!」
「誰がこんな素晴らしいもんを作ったんだ!」
「ウィーズリーの双子ですよ! いつもは騒ぎばかり起こすというのに!!」
ダンブルドアやハグリットは大きく拍手して、マクゴナガルが楽しそうに肩を揺らした。
――そんな喜びの歓声は、そう経たず悲鳴にとってかわった。
「きゃああ!!」「うわあっ」
バルーンが料理の上で弾け、四方八方に食材が飛んだ。
生徒達が椅子から転げ落ちる。ジャック・オー・ランタンとシーツのお化けが、生徒のローブを下から勢いよく持ち上げた。ローブを纏う生徒は、まるでひっくり返った傘のようになった。
すぐ隣で、別のジャック・オー・ランタンが飾られていたかぼちゃに体当たりした。かぼちゃはテーブルをレーンのようにごろごろと転がり――生徒の頭に直撃して、漸く止まった。
「ウィーズリー!! ウィーズリー!! これは、一体どういうことです!?」
「ああっ! そ、それは私のケーキですよ!?」
マクゴナガルが立ち上がり、スプラウトがシーツのお化けに奪われたケーキの最後の一口を追った。テゾーロは咄嗟に手を伸ばし、皿を抱え込んだ。
パーシー・ウィーズリーが泣きそうになりながらジャック・オー・ランタンを捕まえている。兄のチャーリー・ウィーズリーは腹を抱えて笑っていた。スネイプがここぞとばかりに「グリフィンドール10点減点!」と叫んだ。
双子のはしゃぐ声が混ざり、混乱は食堂全体に広がった。
結局、ダンブルドアがすべてを消し去り、事態は収束した。双子はマクゴナガルに引きずられるように連行されていった。
談話室の前で、テゾーロは先程の光景を思い返して立っていた。
あれはどうやっていたんだろう。光がこぼれ落ちるように広がって、誰もが目を奪われるような――自分もあんなふうに、誰かを驚かせたり楽しませたりできるだろうか。
廊下の向こうから、楽しげな会話が聞こえてきた。此方に歩いてくる双子に反省している様子はなく、何が失敗だったか、次はどうするかなどと会話している。
テゾーロはローブの裾を握って、彼らが近づいてくるのを待った。
寮の前で佇むテゾーロに気づくと、双子は立ち止まってぱちりと目を瞬いて足を止めた。
テゾーロは、小さく息を吸って口を開いた。
「なあ、さっきのあれ……パーティで使った悪戯。どうやったんだ?」
「「!」」
途端、目を見開いた双子の顔色が明るくなった。
ずいっと近寄ってくるのを、テゾーロは初めて避けなかった。
「あれが気になる?」「なら僕らが教えようか?」
「……おう」
テゾーロは少し視線を逸らしたまま答えると、ウィーズリー双子――フレッドとジョージはにやりと笑った。
「「なら、さっさと入ろうぜ!」」
「うわっ」
両側からテゾーロの腕を掴むと、引きずるように寮の入口をくぐった。そのまま、寮室へと繋がる階段を駆け上がっていく。
あまりの強引さにテゾーロは呆気に取られたが、楽しげに笑う2人の表情を見て、何だかおかしくなってきて笑みを溢した。
リー・ジョーダンはその日、ベッドの上に羊皮紙を散乱させて頭を突き合わせている三人に首を傾げた。
軽度打撲治療薬:効き目は弱いが、包帯の下に塗ると内出血が引く。
双子なら入学したてでもこれぐらいやってくれる、という謎の信頼を向けています。
何気に母親の言葉がトラウマになっているテゾーロです。
次はサイラスの話です。