Little Gold, Little Light   作:のらもこ

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第6話 ギルド・テゾーロ/緑と赤の季節

 

 

 

 

 緑広がる敷地に、薄っすらと雪が積もり始める季節となった。

 

 外とは違い、温室の中は少し蒸し暑い。テゾーロは円錐形の蓋がついた瓶を片手に机を見下ろした。うねうねと動く蔦を適当に払いながら、栄養剤の入った瓶を土に突き刺す。隣に並んだ鉢植えにも同様にずぼりと刺す。

 テゾーロはただ無心に、作業を続けた。

 

 授業が終わり、冴えるような寒さの外へと出る。肺から深く息を吐くと、視界が一瞬白くなり、すぐに散っていった。

 

「何で草にあんな手間暇かけなきゃいけないんだよ……」

 

 校舎への道を辿りながら、もう一度白い息を吐いた。

 

「ん?」

 

 ふと、視界の端に人影が映った。何気なく顔を向けると、湖の畔にサイラスが一人立っていた。周りには誰もいない。

 テゾーロは眉を寄せた。湖から少し離れたここでも、風が冷たく頬を撫でていき、肩を縮める程の寒さだ。

 

「おい、サイラス」

「! テゾーロ⁉︎」

 

 テゾーロが声を掛けると、サイラスは大袈裟なほど肩を揺らした。

 

「こんなとこで何やってんだよ」

「テゾーロこそ、なんでここに?」

「薬草学の帰り。そこでお前を見つけたから」

 

 畔で横に並ぶ。湖の表面には薄く氷の膜が張っていた。サイラスは何か迷っているように、視線を彷徨かせた。

 

「あまり……僕に近づかない方がいい」

「? なんでだ?」

「何でって、君はグリフィンドールで僕はスリザリンだろう」

「ああ、それか」

「……気にならないの?」

「特には」

 

 寮同士仲が悪いのは知っている。だが、それが何だというのだろう。

 そう思って返事をしたのだが、サイラスには信じられないらしく目を見張っている。

 

「も、もし僕たちがこうして会話しているところを見られたら、何て言われるか! 寮でも、孤立してしまうかも……」

 

 口を閉ざしたサイラスは、小さく唇を噛んで下を向いた。

 

「なら尚更関係ねえな。もう避けられてる」

「え」

 

 弾かれるようにサイラスが顔を上げた。テゾーロは苦笑して肩を竦めた。

 

「俺は陰気で暗いからとっつきにくいらしい。会話に混ざることもなく過ごしてたら、いつの間にかほとんど誰も近寄らなくなってた」

「リアムは……?」

「あいつは輪に馴染むのがうまいだろ?グリフィンドール内では沢山の人に囲まれていて、わざわざ俺の所まで来ねえよ」

「……辛くないのかい?」

「いや? むしろ下手に話しかけられることが減って過ごしやすい」

 

 まあ歌をうたえないのは悩みどころだが、という本心は言わずにおく。

 

 サイラスは、また視線を落として手を握りしめている。テゾーロは何度か口を開きかけて……なるべく、何てことのないように目線を湖の方へと向けたまま口を開いた。

 

「……でも、魔法薬学の授業とかは困るんだよな」

「魔法薬学?」

「ほら、あの授業ってペアでやるだろ?俺のペアになるやつ毎回変わるんだけど、やたら気まずそうにしてたり嫌々やってるのわかったり……とにかくやりづらくて仕方ねえ」

「そう、なのか」

 

 横からサイラスの視線が頬に当たっているのを感じる。それでも何かを口にすることはなかった。

 

 スリザリン生の言葉が脳裏を過ぎる。

 「呪いのペニントン」……だから、サイラスは一人なのだ。「呪われる」とも言っていた。あいつらは、サイラスが“何かをする”と信じて疑っていないらしい。

 

 ――くだらねえ。

 

  誰かを呪う力があったとしても、使われなければ身構える必要などない。俺はこうして、サイラスの直ぐ側に居る。

 

 それに、人を傷つけるのに呪いなど必要はない。ただ、相手を傷つける意思さえあればいい。

 

 腕と足があれば十分だ。子供だって、石でもあれば殴り殺せる。

 杖を持っている魔法使いなら、なおさらだ。サイラスだけじゃない。

 

 なんと言うべきか、言葉を探しているうちに――校舎で鐘が鳴った。

 

「やべ、次の授業に遅れる! お前も遅れる前に戻れよ!」

 

 校舎へと足を向けながら声をかける。

 サイラスから返答を聞くこともなく背を向けた。

 

 何と声を掛ければよかったのか、次があるならどうするか――テゾーロは頭の中で考えを巡らせながら、薄い雪の絨毯を踏み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、あの時の答えは見つからないまま、特別な出来事も起こらず冬休みを迎えた。

 

 多くの生徒がホグワーツを離れ帰宅していく中、テゾーロは残ることにした。ノクターン横丁の拠点としている小屋に戻る理由がなかった。

 グリフィンドールで残る生徒は、テゾーロ以外にはウィーズリー家だけだ。リー・ジョーダンがいないためベッド一つ分の空間は空いたが、やかましさは大して変わらないだろう。

 

 

 

 朝、目が覚めてベッドから足を下ろすと、がさりと何かが当たった。足元を見下ろすと、緑の小箱とオレンジ色の大きな袋が置いてあった。

 

「なんだこれ……」

 

 テゾーロは小箱と袋を手に取った。添えられていたカードの宛名には「Mr. Tesoro Guild」と書かれている。差出人はサイラスとリアムだ。

 

「テゾーロはプレゼントに何が送られてきたんだ?」

「うちは毎年、ママから手作りセーターが送られてくるんだぜ」

 

 覗き込むように、寄ってきた双子に顔を上げる。

 二人は青いセーターを身に纏っていて、中央に黄色い大きな文字で「F」と「G」とそれぞれついていた。テゾーロは初めて双子を見分けられた。

 

「プレゼント?」

「クリスマスプレゼント!」「今、君が手にしているものさ!」

 

 ぽかんと口を開いた。自分に?

 目線を落として、手元のプレゼントをもう一度まじまじと見つめた。

 

 一旦、緑の小箱を一度サイドテーブルへと置いて、オレンジ色の大きな袋を見回す。中にいくつか物が入っているのか、少し動かすだけでガサガサと音が鳴った。

 袋の口を縛っている薄黄色のリボンに手を伸ばした。だいぶキツく閉められているのか、どうにか指を差し込む。解けたリボンから開いた口を大きく広げると、中にはカラフルな小箱や袋が沢山詰まっていた。

 

「それ、マグルのお菓子じゃないかい!?」

「いいなあ!一緒に食べさせてくれよ!」

 

 一緒に袋の中を覗いたフレッドとジョージが羨ましげな声を上げる。よく見るとグミやチョコレートとパッケージに書かれてた。

 クリーム色のカードには『メリークリスマス!美味しいからぜひ食べてみてね!』と踊るような文字で書かれていた。

 

 オレンジ色の袋をベッドへと置くと、次に緑の小箱へと手を伸ばした。

 

 手のひら大の箱には、両角にぴしりと綺麗に銀色のリボンが通されていた。慎重にリボンを外していく。蓋を持ち上げるように開くと、重厚な黒い台座にインク瓶が鎮座していた。

 

 台形型の瓶を持ち上げ、窓からの光に当たるよう掲げる。光の当たる部分は黒く見えたが、指の影に隠れるとほんのりと紺青色になる、不思議なインクだった。

 白いカードには『メリークリスマス。 このインクで書くと、昼は黒く見え、夜は蒼く浮かび上がる。よければ使ってみてほしい』と細く滑らかな文字で綴られていた。

 

 ――自分のために、二人がプレゼントを送ってきてくれた。

 

 しばらく何も考えられず固まった。

 ……初めて人から貰った。じわじわと実感が湧いてきて、テゾーロは口元が緩みそうになるのを必死に耐えた。

 

「――っあ!」

「急にどうしたんだ?」「そんな大声だして」

「プレゼント!何も送ってない!!」

 

 慌ててインク瓶と、ベッドの上に置いてある袋を交互に見る。

 狼狽えるテゾーロに、フレッドとジョージはお互いの顔を見合わせた。

 

「それならマクゴナガル先生のところにいったらどうだ?」

「マクゴナガル先生ならクリスマスカードの余りを持っているかも」

「! それだ!」

 

 金に余裕はないから、碌なプレゼントは送れない。せめてメッセージカードぐらい返そう。

 テゾーロはインク瓶をサイドテーブルに置くと、談話室を飛び出そうとした。

 

「「ちょっと待った!」」

 

 双子の突然の呼びかけに、足を止めた。だが意識はもう教員室へと向かっていて、もどかしげに爪先が床を叩いた。

 ニヤリと笑った双子が、テゾーロに手を出させる。どこから取り出したのか、掌の上に小さな袋を乗せた。

 

「そして」「これは」

「「僕らからのプレゼント!」」

「!」

「僕ら傑作の最新悪戯アイテム!」

「その名も《ぴょんぴょんガエル》!」

「こいつを放つと、色とりどりのカエルが一斉にぴょんぴょん!」

「教室で使えば机や椅子に、あの子に、先生に、カエルがぴょんぴょん!」

 

 目を見張っていたテゾーロが、双子の説明を聞いて呆れた目になった。

 

「なんて、くだらねーもん作ってるんだ……」

「何言っているんだ、最高の間違いだろ!」

「悪戯アイテムこそ至高じゃないか!」

「まあ、くれるっていうんなら貰っておく」

「「ぜひ使ってくれ!」」

 

 今度こそ足を進める。寮の入口でフレッド達からのプレゼントを持ったままだと気付いたが、ローブのポケットにしまって談話室の扉を押し開いた。

 

 

 

 

 

 早速テゾーロは教員室にいたマクゴナガルのところへ赴き、クリスマスカードを譲ってもらえないか尋ねた。

 一度目を瞬かせたあと、マクゴナガルは嬉しそうに残っているカードを取りだした。

 

 慌てて、後でお金を返すと言うと「これは今年しか使えないデザインなのですよ。廃品処理に協力してくれるのであればお金などいりません」と返された。すると、横に居たフリットウィックが「ああーこの封筒はもういらなかったんだ。Mr.ギルド持っていってくれないか?」とわざとらしく話して赤い封筒を重ねた。更にスプラウトが「このリボン、中途半端な長さだから使い道がないのよねえ。捨てるなりなんなりしていいからあげるわ」と封筒の上に白いレースのリボンを乗せた。

 

 テゾーロは掌に次々と差し出されるものに、目を白黒させた。「ふくろう便の出し方はわかりますか?」とマクゴナガルに尋ねられ、まごつきながら首を縦に振った。

 落とさないようにしっかりとカードやリボンを握りしめて、テゾーロは教員室を後にした。

 

 

 

 ――テゾーロが退出して扉が閉まると、教授陣はクリスマスにいいことをしたと満足気に頷いた。

 隣で黙っていたスネイプにマクゴナガルが「セブルスも誰かにカードを送らないの?」訊ねたが、鼻で笑って「我輩にそのような相手はいませんので」と返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事、梟にメッセージカードを託した後、テゾーロはクリスマスパーティが催される食堂へと向かった。

 食堂には、天井近くまで届くツリーがいくつも置かれていた。モールが枝をつなぎ、オーナメントが光り輝いていた。

 

 クリスマスにも双子は色々と画策していた――が、そんなことは先生方にお見通しなのか、わざわざ専用の席が用意されていた。マクゴナガルとスネイプの間だ。厳格な沈黙と冷たい視線に挟まれた双子は、まるで尋問を受けているかのように姿勢を正していた。残っていた生徒は憐れみの視線を送った。

 今日は全員参加なのか、普段あまり姿を見ない先生の顔まで揃っている。スネイプが双子のお目付け役として連れ出されたのか、自分から参加したのかは謎だった。

 

 テゾーロは無愛想ながらにうきうきと席についた。早く料理を出してほしいと空っぽの皿を見つめる。

 ハロウィーンパーティも良かったが、肉ももっと食べたかった。クリスマスといえば、あのデカいチキンも出てくるのだろう。どの部分から齧り付こうかと、考え始めると涎が口内に溢れた。

 

 

 

 宴が始まり、少しした頃、突然ドーン!と重い音が響き渡った。丁度、スープにスプーンを浸していたテゾーロは危うく頭から被るところだった。

 

 跳ね上がった勢いのまま、音の鳴った方に顔を向けた。すると、色鮮やかな紙吹雪に飴玉や帽子、おもちゃにジンジャークッキー、沢山の物が飛んでいた。

 ぽかんと口を開いていると、またしてもドーン!と音が鳴る。スプラウトとフリットウィックが筒のようなものを両端から引っ張っていた。

 

 テゾーロが座っている近くにも、同様の緑の筒が置いてある。どうやら、至るところに置いてあった筒はクラッカーだったようだ。二人で両端を持って引っ張ると弾ける仕組みらしい。

 今日だけは一人で座ったことを後悔した。こんな派手な物だと知っていたのなら、普段禄に会話しない相手の話でも付き合ったのに。

 

 

 

 

 

 大人たちがグラスを何杯も空けて、顔を赤く染め上げ始めた頃。テゾーロはポケットに入っているボールに触れた。確かめるように、つるりとした表面を指でなぞる。じんわりと掌には汗が滲んでいた。

 先生に挟まれて座っているフレッドとジョージがちらりと視線を向けてきた。応えるようにこくりと頷く。

 

 テゾーロは、取り出したボールを勢いよく宙へと放り投げた。

 

 いつかのように、破裂音が食堂に響き渡った――瞬間に、マクゴナガルとスネイプが顔色を変えて杖を抜き放った。

 ……想像以上の厳戒態勢に頬が引きつった。なるべく考えないようにして、うまくいったかと上を見上げた。

 

 破裂音はクリスマスソングと、鐘の音と移り変わった。

 

 白い光とともにいくつもの飴玉が振ってくる。金色の半透明なソリとトナカイが、光のベールを引きながらあちこちを走り抜けた。

 

 わぁっと生徒達の歓声が上がった。教師陣も杖から手を離さないが、浮かしかけていた腰を落ち着けた。ハグリットが大きな手で拍手する音が、破裂するように響き渡った。

 

 よし、と小さくテーブルの下で拳を握る。

 

 5分ほどもすれば、飴玉を残して全て光の粒となって消えた。

 

「素晴らしいサプライズに、Mr.ギルド、それからMr.ウィーズリー兄弟に拍手を!」

 

 ダンブルドアが大きく声を張り上げると、食堂中に盛大な拍手が鳴り響いた。

 フレッドとジョージは手を上げて笑っている。歓声への応え方がわからなかったテゾーロは、顔を赤くして伏せた。

 

 そろそろと顔を上げると、フレッドとジョージが揃って親指を上げた。テゾーロは不器用ながらに笑い返した。

 

 ――そんな双子の隣から飛んでくる視線にぎくりとする。

 

 おそるおそる顔を向けると、マクゴナガルが刺すような眼光でテゾーロを凝視していた。びくっと背筋を伸ばす。視線は"貴方もなのですか"と雄弁に語っていた。

 反対側にいるスネイプの、今にも舌打ちしそうな顔まで見えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮に戻り、やりきったとほんのり頬を赤らめたまま息を吐いた。そんな余韻をぶち壊すようにパーシーがずかずかと近づいてきた。

 

「テゾーロ!あれはフレッドとジョージの悪戯グッズだな!?君まで二人に染まるなんて!」

 

 パーシーは大げさに頭を抱えて天を仰いだ。

 チャーリーが隣へとやってきて、なだめるようにパーシーの肩を叩いた。

 

「まあまあ。あいつらと違って、とんでもない問題にならなかったんだからいいだろう?」

「同じ発想に至っているということが問題なんだ!ああ、やっぱり同室だからいつか影響を受けるんじゃないかと心配していたのに……!」

 

 パーシーが双子の悪戯を嘆いているのはわかるが、あいつらと一緒にされるのは心外だ。テゾーロは鼻に皺を寄せた。

 

「……俺は、あいつらがフルーツ爆弾と動くジンジャークッキー人形を入れるのは止めたぞ」

「そんなものを入れようとしていたのか!?ハロウィンパーティの二の舞いじゃないか!!」

 

 目眩を起こしたのか、パーシーがふらつく。

 しかし、倒れることはなく両側から腕を支えられた。

 

「何を言っているんだい」「もっと派手にしようと思うのは自然だろ?」

「お、お前達……!」

 

 パーシーは腕を振り払うと、双子に向き直って声を張り上げ始めた。双子は楽しそうに、パーシーの説教を聞いている。……先生方に目を付けられると思ったから、止めただけなのは黙っておこう。

 

 テゾーロが少し離れた位置でパーシー達のやり取りを眺めていると、チャーリーが隣へとやってきた。

 

「安心したよ」

「?」

「君と、フレッドとジョージが仲良くやっているようで。これからもあの子達をよろしく頼むよ」

 

 チャーリーが優しげに緩めた瞳でテゾーロを見つめた。その柔らかい色に驚いて、咄嗟に顔をそらした。チャーリーの視線が未だ自分に向いていることに、どうにか頷いた。

 

 騒ぐパーシーと双子たち、その様子を見守るチャーリー。

 そこには、テゾーロの知らない家族の形があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬休み明け、テゾーロは談話室でリアムを見かけた。リアムからクリスマスプレゼントを貰ったのだ。一言伝えるべきだろうか。だが、何と言えばいいのか。

 テゾーロが思いあぐねているうちに、リアムは他の生徒に話しかけられて人の輪へと入ってしまった。割って入る気にはなれず、テゾーロは断念した。

 

 

 

 

 

 直前の授業で別の先生に引き止められたテゾーロは、遅れて教室に滑り込んだ。幸いスネイプが来るまでもう少しある。

 後から入ったテゾーロは視線を集めた。しかし、それがテゾーロだとわかるとグリフィンドール生は顔を背けた。フレッドとジョージだけは楽しそうに手を振ってきた。

 ぐるりと教室の中を見回すが、余っている生徒がいない。誰か欠席でもしているのだろうか。

 

 先生に言って一人でやるか……?と、考え始めていたテゾーロは、スリザリン席に一人で座っているサイラスを見つけた。丁度いい。

 テゾーロがスリザリンの方へ向かうと、ざわめきが起こり始めた。やがて、テゾーロが通り過ぎた場所から静まり返っていった。気にすることなく、テゾーロはサイラスの隣の空いた席に教科書をドサリと放った。

 

 はっと顔を上げたサイラスと目があった。

 

「隣、座るぞ」

 

 テゾーロが席につく。サイラスが何かを口にしかけた時、バンっと扉が開いてスネイプが入ってきた。

 教壇に立ったスネイプは、赤と緑のローブが一つの机に座っていることに眉間の皺を濃くした。だが、特に何も言わずに授業を始めた。

 

「俺が鍋を用意しておくから、材料取ってきてくれ」

「あ、ああ」

 

 調合が始まり、教科書を開きながらサイラスに声を掛ける。

 サイラスは戸惑った様子を見せながらも、言われた通り教壇近くのテーブルへと材料を取りに行った。

 

 鍋に水を張り、火にかける。今日の調合は先に沸騰させる必要がある。

 テゾーロが火加減を見ている頃、戻ってきたサイラスは材料を机の上に置いた。

 

「? なんでこの草、葉っぱを全部取ってるんだ?」

「草って……ゴホン、このカランティスは茎と葉で向いている魔法薬が違うんだ。茎は液体魔法を安定化、葉は感情や気分の調整向き。今回の調合では液体魔法の安定化を目的にカランティスを入れるから、葉はなくていい」

「へえ……ん?じゃあなんで葉がついたまま置いてあったんだ?」

 

 サイラスは視線を巡らせて、スネイプが離れた場所にいることを確認した。目立たないようにテゾーロの耳元へと、顔を近づける。

 

「スネイプ先生がわざと置いているんだ。きちんと教科書を読み込んで、使う材料の性質まで調べる生徒を選別するために」

「それは、性格が悪いな……」

 

 テゾーロが顔を顰めると、サイラスは小さく吹き出すように笑った。

 

 

 

 二人は順調に調合を終わらせた。一番乗りでさらに品質がいいものを提出したと加点された。グリフィンドールに加点する時だけ、まるで毒薬でも飲み下したような顔だった。そこまで嫌なら加点しなければいいのに……。

 ちなみに、スネイプがグリフィンドールに加点した際、今日一番のどよめきが起こった。

 

 授業後、双子から質問攻めにされたがどうにか逃げ切った。

 

 

 

 

 

 翌朝の食堂で、テゾーロはいつも通りグリフィンドール席の端っこへと腰を下ろした。魔法生物を象ったパンが並んでいる。今日はパンがメインのようだ。

 無心でパンを食いちぎる。口に広がる甘さと白いふわふわの食感は何度味わっても飽きない。

 

 サラダをつついていると、ふと視線を感じて顔を上げる。スリザリンのテーブルからサイラスがこちらを見ていた。

 ばっちりと目が合い、サイラスは狼狽えたように身動ぎした。そして、なにやら逡巡を見せたかと思うと、徐ろに立ち上がった。

 

 ぐるりとテーブルを回って、近づいてくる――カチャカチャと鳴っていたカトラリーの音が、サイラスの歩みに合わせて波のように引いていった。

 サイラスは足を止めることなく、テーブルの端の方に座るテゾーロの元にやってきた。テゾーロはフォークを口に入れたまま、サイラスを見上げた。

 

「……来週の魔法薬学、材料の下準備が変わるそうだよ」

「んぐ、そうなのか?」

「ああ。だから、一時間目が始まる前に図書館でちょっと調べないか?」

「わかった」

 

 わざわざこのことを知らせに来てくれたらしい。

 コップに残っていたリンゴジュースを一気に飲み干すと、テゾーロは立ち上がった。

 

 サイラスを連れて食堂の扉を潜った途端、背後でどっと声が上がった。

 

「?」

「……まあ、目立ったから騒がれるのもしょうがないか」

 

 不思議そうに振り返ったテゾーロの横でサイラスが苦笑した。

 

 

 

 その日から、サイラスは時々テゾーロの隣に立ち、話しかけてくるようになった。自然と、テゾーロもサイラスを見かければ声をかけるようになった。

 緑と赤のローブが並んで歩く姿は、周囲からの視線を集めたが、テゾーロもサイラスも気にすることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




魔法のインク瓶:台形の瓶に繊細なカットがされた蓋。紙に書くと、通常の黒いインクのように見える。しかし、暗い場所で見ると薄ぼんやりと蒼く浮かび上がる。
ぴょんぴょんガエル:フレッドとジョージが作り出した悪戯アイテム。衝撃を与えるとカラフルなカエルが数匹一斉に飛び出す。

次回はドタバタ回です。
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