Little Gold, Little Light 作:のらもこ
「クソっ」
テゾーロは一人悪態をついた。目の前には書き途中のレポートと、羽ペンが倒れている。
「なんで動かねえんだよ。やっぱり、ジャンク品じゃあ長持ちしねえのか……?」
羽ペン――自動速記羽ペンを手に取り、ぼやく。何度杖を向けようと、振ってみても、放り投げても、うんともすんとも言わない。
ため息を吐いて、ドサリと地面に倒れ込んだ。
「ため息」
「あ?」
「今のでもう五回目だよ」
紙をめくる音とヒソヒソとした小声が聞こえる図書室で、向かいに座るサイラスが本から顔を上げていた。
「あーちょっとな」
「疲れているなら、ちょっと休憩するかい?」
「いや……」
ふう、とまた一つ息を吐いて開いていたページの縁をなぞる。
「実は入学してから使ってた魔法道具が、壊れちまってな……古いもんだから修理にも出せねえし、どうしたもんかと」
「魔法道具?」
サイラスはページを捲る手を止めて、腕を組んだ。
「……それは、込められた魔法で動くタイプ?」
「ん、ああそうだな」
「壊れたっていうのは物自体が?それとも突然動かなくなった?」
「後の方だな。全く動かなくなった」
サイラスは机に視線を落として何かをぶつぶつ呟いたかと思うと、また顔を上げた。
「それなら、直せるかもしれない」
「本当か?」
「少し待って」
サイラスは席を立つと本棚の間へと姿を消した。そう経たずに、一冊の分厚い本を手に戻ってきた。
「あった。この本に、魔法道具に使える魔法薬が載っている。込められた魔法の威力をあげて循環させるんだ。ただ、材料が……」
「何でもいい!教えてくれ!」
「――ゴホン!」
身を乗り出したテゾーロに、マダム・ピンズからの鋭い視線が刺さった。
あの後、サイラスから魔法道具を修理する魔法薬の作り方を教えてもらった。
ただし、使用する魔法薬素材の一つが生徒では手に入らない。サイラスは「もしかしたら、スネイプ先生なら……」と溢していた。
スネイプが魔法薬素材の専用部屋を持っていることは、聞いたことがある。しかし侵入者対策は厳しく、無断で入ればただでは済まない、という噂だ。
スネイプに直接頼んだ所で、何に使うのかと詰問されて終わる可能性が高い。だからといって、あの人をかいくぐって盗み出すのも難しい。どうしたものか。
頭を唸らせながら、太ったレディに「ホグウォッシュ」と伝える。開いた絵画の裏から現れた通路をくぐった。
談話室に入ると、フレッドとジョージがテーブルを挟んで何かを話し込んでいるのが見えた。あの顔は碌なことを考えていない時だ。
巻き込まれないうちに通り過ぎようとしたが、視界の端で双子が立ち上がったのが映った。テゾーロがなにか言う前に、腕を掴まれて前後で挟み込まれてしまった。そのまま、寮室に続く階段へと引っ張られる。
「ちょうどいい所に来た」「今から作戦会議の時間だ」
「不参加は?」
「「駄目に決まってる」」
部屋に入ると、意味もなくしゃがみ込まされ声を潜めた。
「僕らの次の目標が決まった」「聞きたいか?」
「聞かなきゃ離してくれねえだろ。んで、その可哀そうな悪戯ターゲットは?」
「よくぞ聞いてくれました!」
「しかし甘い!今回はただの悪戯じゃあないぜ」
「? 何をする気なんだ?」
テゾーロが首を傾げると、双子がニヤリと同じ笑顔を同時に浮かべた。
「今回のターゲットは」「なんと」
「「スネイプだ」」
「……どんな目に合っても知らねえぞ」
「勝算がないわけじゃない」
「それに直接スネイプを狙うわけでもないからな」
「僕らが今回狙うのは」「魔法薬素材の部屋だ!」
「!」
頭を悩ませていた言葉に目を見張りそうになる。しかし気づかれないように、眉間に皺を寄せて顰めっ面を作った。
「スネイプ個人で所有しているというあの?」
「そう!」「今回はそこに忍び込んでやるつもりだ!」
「へえ」
心の中で舌なめずりした。こんな都合のいいことがあるのか。
「だが、あの部屋には呪いがかかってるだの、不幸に見舞われるだの色々と言われてんだろ?」
「ああ。けど、確認した限りあの部屋に魔法はかかっていない」
「つまり、スネイプの監視さえくぐり抜けてしまえば部屋に入れる」
「……本当にできんのかよ?魔法薬素材を入れている瓶の方に、何かトラップがあるかもしれねえぞ」
「「む、僕らならそんなものどうにかしてみるさ!」」
フレッドとジョージが口を尖らせて胸を張る。
「じゃあ、スネイプしか持ってないレアな素材を持って帰ってこいよ。そしたら、信じてやる」
「言うじゃないか」「その挑戦受けるよ」
「丁度、一つ珍しい魔法薬素材をスネイプに譲ってくれって頼んだら断られちまったんだ。それ取ってきてくれねえか? ああ、もしやってくれるってんなら、今回のこと俺も手伝うぜ」
「「本当かい!?」」
目を輝かせた双子がお互いの掌を打ち合わせた。
いい感じに焚き付けられた……最悪、コイツらを差し出そう。
「で、どうするつもりなんだ?」
「魔法薬学の授業でトラブルを起こす」
「その間に抜け出して、魔法薬素材の部屋に向かうって寸法だ」
「シンプルだな。ちょっとしたトラブルじゃスネイプがすぐに対応しちまうぞ?」
「勿論わかっているさ」「だからここで利用するのが」
「「パーシーだ」」
「パーシー?お前らの兄貴の?」
あの四角四角した真面目な男が協力するだろうか。今度は、本当に訝しげに眉を寄せた。
「正確には、パーシーが飼っているネズミを使う」
「ネズミ?」
「ああ、スキャバーズっていう年老いたネズミをパーシーは飼っているんだ」
「だからまず、パーシーからスキャバーズを奪ってこないといけない。パーシーはいつも週末に――」
双子は熱心に作戦会議を続けている。テゾーロは耳を傾けながら、静かに笑った。
パーシー・ウィーズリーが太ったレディの裏から出てきた。柱に隠れているテゾーロの方へと向かってくる。
パーシーの背後から作戦通りフレッドとジョージが、早足で追いかけてきている。二人の表情は「なにか企んでいます」と言わんばかりにニヤけている。
――ドンッと双子がぶつかって、パーシーの横を追い抜く。
「うわっ!?」
「おっと悪いパーシー!」
「わざとじゃないんだ!」
振り返りながら謝る双子がそのまま廊下の先に行こうとする。
「フレッド!ジョージ!ちょっと待て!!」
「僕らに何かようかい?」
「先を急いでいるから短くね!」
眉を吊り上げたパーシーが二人をじろじろと見つめた。
「……何を企んでる?」
「いきなり何だい?」「一体何のことだい?」
「お前達がそういう顔をしている時は、碌な事を考えていない」
「「チャーミングな顔?」」
「違う!」
柱の影から出たテゾーロは、廊下で騒ぎ立てるウィーズリー達に近づいていった。
パーシーが双子に向かってまくし立てている背後を、すっと通り過ぎる。双子は一瞬だけ目で追って、すぐ詰め寄るパーシーに視線を戻した。
テゾーロはそのまま、グリフィンドールの談話室に続く扉をくぐった。談話室も通り過ぎて、石畳の階段を昇っていき寝室へと身を滑らせた。
「さて……上手いこといったか」
「キー!キー!」
「おい暴れるなよ」
ローブのポケットから尻尾を掴んで引っ張り出したのは、一匹のデブネズミ――スキャバーズだ。スキャバーズはテゾーロの手から逃れようと、身を捩らせている。
テゾーロはスキャバーズを手早く鳥かごに入れてケースを閉じた。
「俺が掴んだ時はぐっすり寝てたくせに、今更抗議か?つーか、パーシーは寝たままのネズミを外に連れ出してどうする気だったんだよ」
鳥かごに捕まって立ち上がるスキャバーズに1人ぼやく。すると、背後で扉の開く音がした。
「よくあんなに沢山の小言を言えるな、パーシーは」
「パーシーの奴、小言のバリエーションが増えたんじゃないか?」
振り返ると、双子が入ってくるところだった。テゾーロが持っている鳥かごに、スキャバーズが入っていることを目にすると音を立てずに、さっと扉を閉じた。
「ちゃんと捕まえられていたのか!」
「余りにもすぐに通り過ぎてしまったから、失敗したのかと思ってたよ」
「このぐらい大したことねえっての」
「凄いな」「どこでそんな技術を手に入れたんだ?」
「ゴホン、そんなことどうでもいいだろ。それよりもコイツをどうするんだ?」
突かれたくない話題をそれとなく逸らす。まさか、実践で鍛えたなどと言えるわけがない。
幸い、双子の興味もすぐに移ったようでそれ以上の追求はなかった。
「こいつがいれば魔法薬学で騒ぎを起こせる」
「あとは僕らに任せておきな」
不敵に笑うフレッドとジョージに、テゾーロも笑った。
早速、次の魔法薬学の授業で双子はこっそりとスキャバーズを持ち込んだ。
それまでの間、寮ではパーシーが「スキャバーズがいない!」と騒いでいた。チャーリーを巻き込んで必死に部屋中をひっくり返すのに、テゾーロは流石に罪悪感が湧いてきた。これが終わったらさっさとあのネズミは返してやろう。
いつも通り、サイラスと一緒に並んで席につく。今日の魔法薬はそれほど難易度が高いわけではなさそうだ。
サイラスと共に調合を進める中、それとなく前方にいるウィーズリー双子を盗み見る。
ここからだと普通に進めているように見えるが、その裏でタイミングを見計らっているのだろう。視線を外して材料を刻む手を再開する。
……授業時間が三分の二ほどまで進んだ頃、前方の机から異常なほどの煙が立ち昇った。余った者同士、グリフィンドールとスリザリンで組まされていたペアの鍋だ。
紫色の煙は部屋中に立ちこめて、手元が見えなくなるほどだ。テゾーロとサイラスがローブで口と鼻を塞いでいる間に、スネイプが直行した。「エバネスコ!」と唱える低い声が聞こえたと思うと、辺りに風が巻き起こり、咄嗟に目を瞑る。
暫くして瞼を開くと、スネイプが杖を振り上げていて紫色の煙が流れて出ていく所だった。ついでのように、教科書や羽ペンが巻き上がっていた。
「なぜ、彼が間違えた時、注意を促さなかった? グリフィンドール、5点――」
スネイプの言葉は最後まで発せられなかった。
突然、教室の壁際からガチャン!と激しい音が鳴り響いた。何かと全員が振り向いた先で、更に物の落ちる音と悲鳴が連鎖的に起こった。
――ガシャン!ドタン!!
「きゃあ!?」「うわあ!!」「棚が!」
「ええい、そこをどけ!!」
壁に取り付けられた棚から、並べられた瓶がいくつも落ちてきた。瓶が割れて液体が床に広がったと思うと、シューシューと音を立てて煙が上がった。
生徒達が椅子を蹴倒して逃げ出す。突然、机が揺れて机上の器具が床に落ちて割れた。驚いて、身を引いたスリザリン生が鍋にぶつかった。鍋は中身を撒き散らしながら、教室の前方へと転がっていった。
予想以上の大惨事に、テゾーロは頬を引きつらせた。サイラスと身を低くして避難する。辺りを見回しても、フレッドとジョージの姿は既に見当たらなかった。
スネイプが全てのハプニングに対処し終えた頃には、授業時間が終わっていた。
授業が中止となったことに肩を落とすサイラスに申し訳なくなりつつ、テゾーロは一人、誰も来ない廊下へと向かった。
そう大して待つこともなく、双子が笑顔で廊下の先から走ってきた。
「よう、テゾーロ!」「僕らはやったぞ!」
「いいから、見せてみろよ」
テゾーロが手を差し出すと、フレッドかジョージどちらかがローブから一つの瓶を取り出して掌に乗せた。
「……まじでやったのかよ」
「どうやって魔法薬素材の部屋に入ったか聞きたいだろう?」
「僕らはスキャバーズの尻尾に花火をくくりつけて――」
双子が武勇伝を話し出すのに「すげえな」と相槌を打ちつつ、瓶を四方からじっくり眺める。
サイラスが言っていた魔法薬素材で間違いない。これが、あれば……廊下の向こうから真っ黒い姿が目に入ったのに、咄嗟に瓶をローブの袖口に滑り込ませた
スネイプはテゾーロと目が合ったと思うと、ずんずんと此方へと向かってきた。フレッドとジョージは得意げに喋り続けている。
「――それで、見事僕らは魔法薬素材が並んでいる部屋に入ったのさ!」
「部屋はびっしり瓶が並んでて、薄暗い中、生き物の目玉なんかが浮かんでるのは正しくスネイプって感じで、」
「我輩らしい、とは一体どういうことを指しているのかね?」
びしり、と二人の体が硬直した。錆びついた人形のように、ゆっくりと振り返っていく。
背後に佇むスネイプを見上げて飛び上がった。
「「逃げろ!!」」
「インカーセラス。逃がすと思うのか」
示し合わせたように、反対方向に走り出そうとしたフレッドとジョージの体に縄が巻き付いた。「「うわあ!」」と悲鳴を上げた二人が床へと転がる。
「全く、度し難い。これほどまでの愚か者を見るのは、何時以来か。お前達が魔法薬素材の部屋に入って、ネズミのごとくこそ泥を働いたことは既にわかっている。グリフィンドール十点減点。ああ、勿論一人十点だ」
「「そんな!」」
「反論は結構」
「「むー!?!?」」
床でイモムシのように倒れた双子が上げた悲鳴に、スネイプが杖を向けると口元に布が巻き付いた。
一連の流れを見ていたテゾーロは、ゆっくりと足を引く。
「Mr.ギルド!」
「っ」
「手を開け」
「……」
「聞こえなかったのか?両手を今すぐに開いてみせろ」
スネイプが見下ろしてくるのに、諦めて両手を前に突き出す。
掌を上に向けて、指をゆっくりと開いた――そこには、何も無い。
「……」
「もう、行っていいですか?」
「フン……まあいい。このこそ泥ネズミどもと、コイツにはきっちり罰を受けてもらおう」
そう言って、スネイプはローブの内側からネズミを引っ張り出してきた。不味い、スキャバーズはパーシーに返さなければ。
いま思い至ったというふうに、テゾーロは口を挟んだ。
「そのネズミはパーシーが飼っていたはずです。この間、いなくなったと言っていたので」
「パーシー・ウィーズリーか。ウィーズリーは兄弟揃って我輩に迷惑をかけるのがお好きなようで」
スネイプは舌打ちをして、床に転がる双子を見下ろした。
「ネズミ、俺から返しておきましょうか?」
「……貴重な魔法薬が割れた原因をただで返すとでも?」
「パーシーのネズミの尻尾に花火をつけたのは、そこに転がっている2人ですよ」
「何?」
「「んー!!」」
床で二人がうめき声を上げた。
スネイプは考え込むようにじっとネズミを見つめ、それからテゾーロに押し付けた。
「二度と管理を怠らないようにと伝えろ。もしこのネズミがまた自由に歩いていたら、魔法薬の実験台にするともな」
「はい」
スキャバーズをしっかりと受け取り、テゾーロはうごうごと蠢いている双子を置き去りにした。
ふつりと泡が弾ける。水面を揺らさないように胆汁をそろりと加える。
「そう、それでいい。次はゆっくりと匙で鍋を二回転半。波を立てないよう慎重に」
サイラスの指示に従って匙をゆっくりと動かしていく。黄土色をしていた液体は、色が抜け落ちるように薄くなっていく。山吹色、薄黄色、やがて透明に変化した。
「よし、成功だ!あとはこれに魔法道具をつけるだけで大丈夫だよ」
「ふう」
テゾーロは鍋から匙を取り出して一息ついた。
必要な材料を揃えたテゾーロは、サイラスの簡易魔法薬調合道具を借りて、空き教室の一室に籠もっていた。
「それにしても、よく材料が集まったね」
「まあ、たまたまな」
「? そうなのか」
間違ってはいない。運が少しばかり味方しただけだ。
テゾーロは薬液を瓶へと移し替えることに集中して、目を逸らした。サイラスは少し首を傾げていたが、一応納得したのか頷いた。
瓶に移し替えた薬液を覗き込む。液体を通して、机の並んだ景色が少しだけ歪んで見えた。
「……完全に無色透明だな」
「うん。この魔法薬は色がないから、水と間違えられやすい。でも、含まれる魔力量が全く違う」
「へえ、だから魔法道具に魔力を通せるのか。ちなみに人には使えないのか?」
「魔力の底上げをできないか考えた人はいたけど、人体とは相性が悪かったんだ。人の肌で触れるだけでも影響はでるから、扱いには十分に気をつけて」
「ん」
テゾーロは頷いた。
これさえあれば、どうにかなるかもしれない。縋る気持ちで瓶をローブへとしまった。
「ちゃんと動いてくれよ」
テゾーロはそっと羽ペンを平皿にあけた魔法薬へと浸していく。透明な色の液体は何かが変化したようには見えない。
息を詰めて見つめる先で、液体が揺れた――と思うと、飛びあがるように羽ペンが浮かび上がった。
ほっと息を吐いた瞬間、バンッと乱暴に扉が叩かれた。テゾーロは急いで羽ペンを掴み取り、ローブへと押し込んだ。
「テゾーロ!」「僕らのことを売ったな!」
「別に、嘘はついちゃいねえだろ」
「「この野郎!」」
寮室の扉を殴るように開いた双子は、懐から取り出した何かを投げつけてきた。
咄嗟にテゾーロはベッドの影に隠れた――が、直撃は避けても撒き散った匂いまでは防げなかった。
「くっっっせえ!!」
「「どうだ!『糞爆弾』の威力は!」」
「寝室でなんつーモン投げてやがる!」
立ち上がったテゾーロは杖を振った。双子の片方の鼻が広がるように大きくなっていき、やがて豚の鼻となった。変えられた鼻を見て、もう一方が吹き出した。
「やったな!」「フゴフゴ!」
「うるせえ!元々言い出しっぺはお前らだろ!」
ニヤッと笑った二人が杖を抜く。テゾーロも杖を再び構えた。その顔には笑みが浮かんでいた。
三人の呪い合戦は、部屋の外まで騒ぎが漏れてパーシーが叱りに来るまで続いた。
???「何でこんな目に!?」
自動速記羽ペン(ジャンク品):テゾーロがノクターン横丁のジャンクショップで購入したもの。よく動きが鈍くなったり、突然と変な方向に飛んでいこうとする。