Little Gold, Little Light 作:のらもこ
2026/8/20改稿しました。
暗闇の中、階段を下りていく。談話室に出ると、足裏に伝わる感触は冷たい石から柔らかな絨毯へと変わった。
蝋燭が消え去った部屋の中は、窓からの月明かりでぼんやりとした輪郭だけを浮かび上がらせている。飾られた絵画が、片目を薄く開いて、そこにいるのがテゾーロだと気づくとまた目を瞑った。
「ふう……」
テゾーロは暖炉近くのソファへと腰掛けた。そのまま、ぼんやりと天井を眺める。
どうにも眠れずベッドを抜け出した。今日のように眠れず、真夜中に談話室で過ごすのは初めてではない。
独りに慣れていた分、静まり返った部屋では人の吐息が耳につく。そんな日は、そっと寝室を出ていく。それでも、入学当初よりは夜階段を下ってくる回数は減ったのだ。
火の消えた暖炉に視線を落として、小さく口を開く。
「
眠ったふりをしている絵画達は、静かに耳を傾けた。
……そうして、何分、何十分か背もたれに身を任せて過ごしていると、不意に背後からコツコツと階段を下る音が耳に入った。
テゾーロは顔を顰める。グリフィンドールでは時折、夜間に抜け出す校則違反者が現れる。何がそんなに楽しいのか、くすくすと忍び笑い声が先に聞こえてくるから、そのたびに、面倒事はごめんだとテゾーロはさっと身を隠す。
しかし、聞こえてきた足音は1人分で、もう談話室近くまで来ている。
(気づくのが遅れた)
小さく舌打ちしながら、急いでソファから立ち上がった。
「テゾーロ……!? 何でここに!?」
(間に合わなかった……)
つきそうになる溜息を堪えて、振り返る。
寮室へと続く入口に、ローブをすっぽりと被った生徒が立っていた。テゾーロより頭1つ半は大きい。上級生だろうが、さっぱり名前はわからない。
「寝付けなかっただけだ。ここを使うってんなら部屋に戻る」
なんてことないように言いきって、足早に階段を目指す。余計なものを見ないよう、視線は床へと向けた。
談話室を抜け出そうとした瞬間、横から出た足が先を塞いだ。顔をあげると、ローブの下の瞳が見定めるように光っていた。
「……そんなこと言って、先生にチクる気じゃないのか」
「はあ?」
「俺が今日抜け出すと知って、ここで見張ってたんだろ」
――何をいっているんだこいつは。
(そんなこと知るわけがないだろ)
眉間に皺が寄るのを止められなかった。
「んな、面倒なことしねえよ。今見たことを黙っていれば良いんだろ?」
「それが嘘じゃないっていう証明は?」
「あるわけない。どうやって証明しろってんだ」
テゾーロは鼻でせせら笑った。ローブの下で、白い頬と耳元が赤く染まっていくのが見えた。
相手の肩が強張り、一歩踏み出してきた。
「ならついて来いよ」
「ぁあ?」
「そうすれば信じてやる」
「断る」
「っ! やっぱりお前!」
「やってられるか」
生徒の脇をすり抜けて階段に足をかける。頭上から長い腕がぐっと伸びてきたが、テゾーロは体を引き、身を躱した。
「おい!」
背後から呼び止める声が響いたが、振り向かないまま階段を上った。中腹まで進むと、夜の静けさに戻っていた。
寮室の扉を開き、身を滑り込ませる。薄闇に目をこらすと、フレッド達のベッドが小さく上下していた。
「はあ」
ベッドに入り込み、目を瞑る。全身の力を抜くと、シーツへ沈み込んだ。
少し気を紛らわせるだけのつもりだったのに。
(面倒事にならなきゃいい……)
翌朝、テゾーロが食堂に向かうと、寮の得点が掲示されている前が騒がしくなっていた。
どうやら、グリフィンドールから一晩で30点失われたようだ。
それほど興味もなかったテゾーロは、得点表を一瞥して、食堂への扉を潜った。シリアルとスープ、果物がどっさりと並ぶ食卓へと着く。
スプーンを取って、目の前のコーンスープをとろりと掬って口に運ぶ。温かな甘さが広がるのを味わいながら、こくりと飲み込んだ。
――ふと、強い視線を感じて顔を上げる。
いくつもの皿を挟んだ向こう、グリフィンドール席の中央辺りから、昨晩見かけた生徒がテゾーロを睨んでいた。
……人が大勢いる場で何かをする気はないのか、相手は目があったことに気づくと顔を逸らした。
テゾーロから何かすることもなく、もう1度スープを掬い取った。
事は談話室に戻ってから起こった。
朝食を終え、テゾーロは授業で使うものを頭の中で指折り数えながら、談話室を抜けようとした。
「ぐっ!?」
――突然、横合いから胸ぐらを掴まれた。
足が縺れかけて、どうにか身体の向きを変える。目の前に、鼻に皺を寄せた顔があった――あのグリフィンドール生だ。
「お前がチクったんだろう!!」
「っ何の話だ」
「昨晩の! 俺が抜け出したことを先生に言ったな!? そのせいで30点も引かれちゃったじゃないか!!」
「知らねえよ!!」
怒声が響いた。談話室に居た生徒たちの視線が集まった。
内容を聞き取った誰かが「……アイツのせいで減点されたのか?」と一言漏らした。
途端、それは波紋のように周囲へと広がった。ひそひそと顔を寄せ合う声が増え、テゾーロに向けられる視線が冷たくなる。
何かが切れたように勢いよく腕を振り払う。鋭い音を立てて、相手の手が弾かれた。
「減点されたのは、お前が間抜けにも見つかったせいだろうが!!」
「!」
相手の首から頬、額までが見事なまでに一気に赤く染まった。
フンと鼻を鳴らして、テゾーロは踵を返そうとして――肩を強く引かれた。
次の瞬間、ガツンという音と共に左頬が熱くなった。
足元が揺れる。遠く、悲鳴が上がったのが聞こえた。
力を込め、足の裏で地面を握る。勢いよく振り返ると、右腕を振り下げた相手が肩を上下させていた。
左の拳を握りしめる。体を捻り、足から伸び上がって、相手の顎を狙って振り抜いた。
「がっ!!」
相手の顔が横にぶれた。そのまま、両足を揺らして崩れ落ちようとした。
テゾーロは相手の肩を両手で掴み、膝を腹へとめり込ませた。
「ふっ!」
「ぐ!? げぇっ!!」
「きゃああ!」「うわ!?」
くの字に体を折った相手は、口から胃液と朝食を撒き散らして床に倒れ込んだ。談話室の至るところから大きな悲鳴が上がった。
テゾーロには、地面に蹲る相手しか見えていなかった。左足を踏み込んで、右足を大きく振り上げる。
「おい! やめろ!」
「マクゴナガル先生! マクゴナガル先生を呼べ!!」
「!」
伸びてきた腕に胴体を抑え込まれ、たたらを踏んだ。近くに居た生徒3人がかりで押し戻される。
無理矢理引き離してくるのに、身を捩らせたが、振りほどくことはできなかった。
抑えつけてくる生徒の間から、肩を上下させたままテゾーロは床で体を丸めている相手を見下ろした。その周りに、生徒が数人駆け寄っていた。
「一体何事ですか!?」
「テゾーロが、アイツを殴ったんだ!」
「な」
談話室に駆け込んできたマクゴナガルが、信じられないと目を見張った。その顔を見ていられず、顔を逸らした。
「こんなこと、許されることではありません! 監督生はすぐに彼を医務室に! そして騒ぎを起こしたことに、グリフィンドール20点減点!」
「え!?」
「20点!?」
「そんな、昨日と合わせて50点も……!」
「静かになさい! Mr.ギルドには話があります。ついてらっしゃい!」
マクゴナガルの厳しい声が談話室に響いた。
多くの生徒がざわめく中、フレッドとジョージはお互いの顔を見合わせ、リアムは青ざめていた。
「何があったというのです」
「……」
空き教室で、マクゴナガルと机を挟んで向かい合わせに座った。テゾーロは口を噤んだまま、教室の隅に視線を逸らした。
「黙っていても、何もわかりません。騒ぎを起こしたのならば、しっかりと反省し罰を受けてもらう必要があります」
「……なら、さっさと罰則をいえばいいだろ」
「貴方はっ……! その態度を問題だと言っているのです!」
身を乗り出したマクゴナガルは言い切ると、落ち着かせるように息を吐いて腰を下ろした。
「あなたが軽率な行動を取れば、問題になるのはあなた1人だけではありません。寮の皆の問題となります。勿論、寮監である私にとっても」
「……」
「言うまでもありませんが、あなたの保護責任は現在私にあります。その立場でも、今回の行動は見過ごせません」
黙り込むテゾーロにマクゴナガルは少しだけ眉を下げた。
「テゾーロ、貴方が無意味にこのようなことをするとは思えません。何かあったのではないのですか?」
「っ……」
真剣な表情で耳を傾けようとするマクゴナガルに、テゾーロは狼狽えた。机の上に視線が落ちる。何度か口を開きかけて、結局声にでたのは件の生徒についてだった。
「……アイツ、昨晩は何をしてたんだ?」
「それを今日聞く予定でした。私はアーガスに夜間外出している生徒がいると呼ばれて彼を見つけたのです」
「……」
テゾーロは口をもごつかせた。昨晩のことから、何があったのか伝えるべきだろうか。
顔を上げようとした――瞬間、過去の記憶が脳裏に蘇った。
――この盗人が!お前が取ったんだろう!
――知らない!俺じゃない!
膝の上の拳をぎゅっと握りしめ、目を再び教室の隅へと逸らす。
(言って何になる)
「先に手を出してきたのは、アイツだ」
「テゾーロ……」
それ以上は貝のように、ぴったりと口を閉じた。
マクゴナガルは暫くテゾーロを見つめたが、やがて緩く首を振った。
「彼は、前歯が欠けていました。いくらなんでもやりすぎです。貴方には厳重な処罰を行います。処罰が決まり次第お伝えしますので、大人しく待っていなさい」
マクゴナガルの言葉を聞くと、テゾーロは立ち上がった。
「お待ちなさい」
「まだ、何か」
「顔を此方に向けて……そう、そのまま」
マクゴナガルはテゾーロの顔を固定すると、杖を出して「エピスキー」と唱えた。途端、ジンジンとした熱が引いた。
「もう大丈夫ですよ」
「……どうも」
ぼそりと小さく動かした口で呟くと、逃げるようにテゾーロは背を向けた。
教室を出ていく背中を見送って、マクゴナガルは深く息を吐いた。
テゾーロが寮に戻ると、一斉に視線が集まった。顔を寄せて話し出す彼らは、嫌な目つきをしていた。
「あいつのせいで、50点も……」
「チクリ魔」
「あんな怪我させておいて、よく戻ってこれたな」
「しっ! 目を合わせないほうが良い。何をされるかわかったもんじゃない」
頭に血が上る。向けられる視線が、どいつもこいつも俺が悪いと指さす。
あの時だってそうだ。俺は何も盗んでなかった。なのに俺が犯人だと決めつけられて、殴られて、石を投げつけられて――。
テゾーロは周囲を睨みつけた。ざわついていた奴らがビクリと震えて口を閉ざした。
「ま、待って! 落ち着いてよ! また喧嘩なんてしたらもっと減点されちゃうよ!?」
「リアム……」
転がるように間に入ってきたブラウン色の頭に、怒りが引いた。
「何だよ、お前そいつの味方するのか?」
「だって……テゾーロが先生に言ったって証拠でもあるの?」
「そいつは裏切り者だぞ!」
「そうだ、俺達じゃなくてスリザリンとばかり一緒にいる。グリフィンドールがいくら減点されようと気にもしないだろ」
「それは……」
庇ったリアムを責めるように生徒達が言い寄る。勢いに圧されて、リアムがたじろいだ。
リアムは眉を下げたまま、ちらりと振り返った。
その瞳に疑念の色を見て、テゾーロはすっと冷めた。
「テゾーロは……やってないよね?」
「……知るかよ」
「ほら、やっぱり!」
周囲は勝ち誇ったように騒ぎ立てた。
驚いたリアムが目を見張ってテゾーロを見た。
「……どうせ、何言ったって信じねえんだろ」
「っ」
小さく溢すように呟き、顔を逸らした。
1人になりたくて、寝室へと繋がる階段に向かう。
「――待って!」
背後からリアムの声が聞こえたが、振り返らなかった。
バタンと乱暴に扉を開けてベッドに飛び込む。真っ白なシーツを強く掴んだ。
「どいつもこいつも好き勝手言いやがって……」
枕に向かって吐いた言葉は、誰にも聞かれず埋もれていった。
ホグワーツでの生活は、針の筵になった。
元々人が寄り付かなかったが、今はテゾーロが通ると潮が引くように人が避けていき、こそこそと何かを言い始める。
テゾーロは常に眉間に皺を刻んで、無愛想な表情が更に恐ろしいことになった。
罰則は2週間の居残りと、ホグワーツ全ての男子トイレ掃除となった。掃除用具を壊すなよと言い渡したフィルチは、愉快で堪らない様子で、ニヤけた顔を隠しもしなかった。
掃除している間は他の寮生からも指をさされた。何より最悪だったのが、ピーブスにせっかく綺麗にしたトイレを一度台無しにされたことだった。
テゾーロは苛立ちを募らせていった。
バチンッと音を立てて机の上を、虹色の虫が跳ねていく。テゾーロは舌打ちをして、もう一度杖を振った。
横の席や向かいでは、生徒たちが次々とコガネムシをカフスボタンに変えていた。成功させた生徒の喜ぶ姿が目に付く。
テゾーロも、何度も魔法をかけているが一向に姿が変わらない。またコガネムシが音を立てて飛ばされた。
眉を吊り上げ、大きく杖を振りかぶろうとして――腕を掴まれる。
「そんなに振っても、カフスボタンにはならないよ」
サイラスの落ち着いた目に、思わず固まる。
(……そうだった。今日は珍しく、変身術の授業がスリザリンと合同だった)
テゾーロはバツが悪く、視線を逸らした。
そっと腕を離したサイラスが、顔を覗き込ませた。
「今日はどうしたんだ? 何をそんなに苛ついている?」
「苛ついてなんかねえ!」
「!」
目を見開いたサイラスに、はっと口を噤む。
「何を騒いでいるのです? 授業に集中しなさい。グリフィンドール1点減点」
教壇に立つマクゴナガルの鋭い声が割って入った。
「また減点かよ」
「アイツのせいで……」
グリフィンドール生の視線がテゾーロに突き刺さる。机を睨みつけながら、ぎりと奥歯を噛み鳴らした。
サイラスは横からその様子をみていた。
授業が終わり、逃げるように1人になった。
校内では人の目が気になると、禁じられた森に続く道へと出た。特に行き先もないが頭を冷やしたかった。
「はあ……」
ぐしゃりと髪をかき混ぜる。
――あれではただの八つ当たりだ。
かさりと草を踏みつける。
当て所もなく肩を落として歩いていると、突然上空から声が落ちてきた。
「テゾーロ!」
「! サイラス!?」
見上げると箒に跨ったサイラスがいた。何故かその手にはもう1本箒がある。
「ほら!」
「えっ、うわ!?」
投げ落とされた箒を慌てて手を伸ばして受け止めた。
「いきなりなに、」
「テゾーロ、勝負だ!」
「はあ!?」
「ここからあそこにある塔をぐるっと回って、先に湖へついたほうが勝ち! 負けた方は魔法薬学のレポートを2人分書く!」
「なっ!?」
「よーい、スタート!!」
サイラスは一方的に喋ると、箒をぐるっと旋回させた。慌ててテゾーロも箒に跨って、地面を強く蹴る。
「くそ……!」
先行しているサイラスの背中は既に小さい。
前のめりになるように箒に伏せると、テゾーロは一気にスピードをかけた。ごおっと風が耳元を通り過ぎていく。
高度を上げた頃、サイラスは目印とした塔を大きく回り込み、折り返そうとしていた。
テゾーロも後を追おうとして、ふと考えついたことに片手で杖を引き抜いた。
視線の先、塔の天辺には上空を突くように、鉄のポールが伸びていた。ポールに向かって杖を向ける。
「インカーセラス!」
縄がポールに向かって飛び出した。その一方をテゾーロは手で掴んだ。
蛇のように曲がりくねって飛んでいった縄は、かなり危うい軌道でどうにかポールに引っかかった。
縄を引いて、ポールを基点にぐんと円を描くように箒が旋回する。小回りできたことに、唇の端を持ち上げた。
――と、縄がテゾーロを巻き込むように引きずり始めた。
(やばっ!)
慌てて手を離す。びゅんっという鋭い音に頭を下げた。髪の毛を掠って、頭上をうねった縄が通り過ぎていった。
テゾーロの手元から離れた縄は、バシン!と激しい音が響かせてポールへと巻き付いた。
その勢いに心臓がドッと鳴った。額には冷や汗が浮かんだ。
(もう2度とやらないようにしよう……)
テゾーロが1つ決意していると、前方のサイラスが振り返っているのが見えた。
ポールが立てた音に驚いたようで、目を見開いていた――表情の見える距離まで近づいた。テゾーロは唇を舐めた。
箒を握り込むと、湖に向かってスピードをあげる。サイラスも慌てて前を向いた。
箒に伏せるよう姿勢を低くしたテゾーロは、徐々に距離を縮めていく。5メートル、3メートル、1メートル……ついに並んだ。
2人は弾丸のように通り過ぎていく。木々が風に煽られて揺れた。光を反射させて煌めく湖に近づいていく。
――ほぼ横並びで湖の上空へと滑り込んだ。
湖が波打つ真上で、体を起こして徐々にスピードを落としていく。口からは荒い息が漏れた。
「は、は……」
「テゾーロ! 怪我はない!?」
「あ、ああ」
「なんて無茶するんだ!」
眉を吊り上げて怒鳴るサイラスに、テゾーロはむっとした。
「元はと言えば、お前が勝負をふっかけてきたんだろ」
「だからといってね……」
サイラスは額に手を当て、はあ、と溜息をついた。
「結局、この競争は何だったんだよ」
「こんな、危険なことをさせるつもりじゃなかったんだけど……」
苦笑を浮かべた顔が向けられる。
「すっきりした?」
「!」
目を見張る。あれだけ頭を悩ませていたものが、きれいに消えていた。
じわじわこみあげてくる感情に、テゾーロは空を仰いだ。
「あーー! やってらんねえーー!!」
「!」
今度はサイラスが目を見張った。
「はは、すっきりした」
「! なら、何よりだよ」
サイラスの声は、さっきより少し柔らいでいた。テゾーロは口の端を持ち上げた。
ふわりと、湖の畔へと箒を降ろすと、2人は並んで立った。
「勝負は俺の勝ちだよな」
「いや、僕のほうが早かった!」
「何言ってるんだよ、そもそもお前はフライングして……」
2人は肩を並べて、校舎へと歩き始める。
その足取りは、先程よりもずっと軽かった。
テゾーロは普段通りの生活に戻った。勝手なことを言う奴らは何時だって居る。いちいち気にするだけ無駄だ。
食堂に入るとグリフィンドール生からの視線が集まった。中には件の生徒も混じっている。気にせず席へついた。
――と、両隣に双子がどかりと座った。
「なあなあ! テゾーロは知ってるんだろ?」
「あの日、夜に彼が寮を抜け出して何をしてたのか!」
「「教えてくれよ!」」
相変わらずきらきらと好奇心に満ちた瞳で、テゾーロを覗き込んだ。
「はあ? んなもん知らねえよ」
「おいおい、出し惜しみはよくないぞ」
「こっそりでいいからさ、こう耳元で」
「だから、知らねーって。夜遊びにでも行ってたんじゃねえのか? つーか本人に聞けよ」
テゾーロは遠くに座っている噂の本人を見た。相手はたじろいだように身を引かせた。
「それが、彼はシャイなのか何も言ってくれないんだ」
「だから知っている人に聞いて回っているのさ!」
「暇人だなお前ら……俺は知らねーから他を当たれ」
「「ちぇ、残念」」
双子はそう言うと席を離れて、また別の生徒へと近づいていった。
(相変わらずだな、あいつら……)
その背中を見送りながら、あの嫌な目を向けてこないことに、今さら気づいた。
食堂にスプラウトの甲高い声が響き渡った。
「まあ! それは本当なの⁉」
目を向けるとスプラウトと、1人の女子生徒を連れたスネイプが教員達のテーブル前に立っている。
「ええ、確かにあの夜見たのは彼女だ。どうやら我輩が人を呼んでいるうちに逃げ出したようでね。あの時はローブの色を確認できませんでしたから、顔を一人ひとり確認する羽目になりましたよ」
「貴方っ、何でこんなことをしたの!?」
「ご、ごめんなさい……」
ハッフルパフ生なのだろう。俯いて、スプラウトに泣きそう声を返した。
ガタンと音を立ててグリフィンドール生が立ち上がった。あいつだ。
「待って下さい! 彼女は悪くないんです! 俺が無理言って連れ出したから……!」
「Mr.?」
「ああ、彼が逢引の相手ですよ。熱に浮かれて愚かにも夜出歩いていたものだから、アーガスに対応させたんです。我輩は、その時手が離せなかったのでね」
「信じられません! 2人共30点減点!」
叫んだスプラウトに、マクゴナガルは慌てて、すでにグリフィンドールの減点は済んでいると説明した。
「逢引だったのか!」
「ヒューヒュー! お熱いねえ!!」
双子は何処から取り出したのか、スプラウト達が居る場所に花火を投げ込んだ。弾けた火花はハート型を型取り、周囲にはハートマークが散った。
巻き込まれたスネイプがピンク色のハートに照らされて物凄い表情をしている。怒られても知らねえぞ。
(……というかあいつ、俺をデート現場に連れて行こうとしていたのか?)
あの夜に言い張っていたことを思い出して、テゾーロは呆れた視線を向けた。
「えっスネイプが見つけてたってこと?」
「アイツがチクったんじゃねえのか……?」
「さっき、テゾーロは何してたか知らないって」
グリフィンドールのテーブルはざわついた。
朝食を終え、テゾーロが談話室に戻ると人が集まっていた。いつもの嫌そうな顔ではなく、気まずげな表情を浮かべている。
(何だ……?)
奥から、ここ数日何度も顔を合わせた生徒が出てきた。眉を寄せて睨みつけてくるのに、テゾーロも睨み返して、暫しの沈黙が落ちた。
突然相手が、がばっと頭を下げた。思わず目を見開く。
「悪かった! お前のことを疑って、おかしないちゃもんをつけた」
「!」
旋毛を見下ろして、目を瞬いた。
固まって動かないテゾーロに、何を勘違いしたのか必死な形相を浮かべた。
「……まだ怒っているのか? なら、一発殴ってくれ!」
「は、はあ!? んなことしたらまた減点されるだろうが!」
「いやマクゴナガル先生には言わない。皆も言わないでくれ!」
周囲に声を張り上げたと思うと、直立して目を瞑り、歯を食いしばりはじめた。
テゾーロはその光景に固まる。周囲を見ても、目を逸らすか半笑いを浮かべるだけだった。
(どうしろってんだ⁉)
事態が硬直しかけたとき、人垣から双子が割って出てきた。
「まー、待て待て!」「お前の男気は見た!」
「「流石は愛の男だな!」」
「あ、愛の男……?」
相手は、入ってきた双子を見て目を丸くした。テゾーロも訝しげに眉を寄せた。
「お前が覚悟を決めているのはわかった」
「でも、一方的に殴るってのは誰だって余り気分がよくないだろ?」
「それは……」
「「ってことで、殴り合いバトルでどうだ!」」
「はあ!?」
手を広げた双子に、テゾーロは思わず声を荒げた。
「お互い杖も魔法もなし!」
「己の肉体のみのガチンコバトル!」
「えっえっ?」
向かい合った相手も目を白黒させて、双子の顔とテゾーロの顔を何度も見た。
テゾーロは何だそりゃ、と息を吐きかけて――それもいいかもしれないと思い直した。
「……いいぜ。俺は乗った」
「え!?」
「流石テゾーロ!」
ローブを勢いよく脱いで、床へと放り投げる。対峙するように、生徒の前へと立った。
「降りてもいいぜ?」
顎を上げて笑う。むっと唇を曲げた生徒が、同じようにローブを脱ぎ去った。
「勝負がついたらそこで試合終了!」
「お二方準備はいいか?」
テゾーロは拳を構える。鏡合わせのように、相手も構えを取った。
双子が杖を振ると、テーブルや椅子、紅茶の入ったカップ達が浮かんで部屋の隅へと移動した。生徒達は壁際へと寄った。
女子は「やめなさいよ」と顔を顰めていたが、男子は面白がって観戦を始めた。
テゾーロと相手の間に、リー・ジョーダンがどこからともなく現れて、手を上げた。
「――始め!」
掛け声とともに腕を下げたのに、テゾーロは身を低くして足を踏み出した。相手の懐に飛び込む。
右フックを浴びせようとして、下から膝が迫っていることに気づいて身を引く。テゾーロの顔の横を通り過ぎていった。
体勢を崩したテゾーロに、拳が頭上から降ってきた。テゾーロは腕で流すように受け止めた。そして、そのまま伸び切った腕を掴んで引っ張った。
つんのめった相手の額に向けて、勢いよく頭を突き出す。
ガツンといい音がした。
「決まったー! テゾーロの頭突きが突き刺さる!」
「さあどっちが勝つか、賭けて!」
「勝負はすぐ決まっちゃうよ!」
リーが逆さに持った杖をマイクのように構え、双子が箱を手に生徒の間を歩き回る。壁際に居る生徒達が「やれー!」「そこだ!」と拳を突き上げている。
ニヤリと笑ったテゾーロに、左からの衝撃が襲った。
「おおっと! 今度は鋭い反撃がテゾーロを襲う!」
「くっそ……! またそっちかよ!」
左頬に走った痛みに、舌打ちをする。
ふらついたまま見上げると、相手は顔を手のひらで押さていた――指の間からは鼻血が流れている。その反対の腕が振り上がっている。
拳が落ちてくる前に、テゾーロは全身で飛びかかり相手を引き倒した。
「ぅぐっ」
呻く相手を気にせず、その胸の上に乗りあげる。はっとテゾーロを見上げた顔に、右腕を振り下ろした。
「がっ!」
もう一発、と左腕を振り上げた時、背後から腕を掴まれた。何かと思って振り返る前に声が響いた。
「勝負あり!」「テゾーロの勝ちだ!」
わー!っと周囲の生徒から歓声があがる。テゾーロはぱちりと瞬きをした。
「まいったよ……」
跨った下で、相手が眉を下げて笑った。双子に引っ張られるままテゾーロは立ち上がった。
双子はテゾーロの腕を上げさせて、談話室を見回すように動かした。テゾーロを見つめるグリフィンドール生は口笛を鳴らしたり、腕を振って笑っていた。
そこには、あの嫌な視線はもうどこにもなかった。
あの出来事以来、テゾーロはグリフィンドールに馴染めた……ということもなかった。
2、3日は声を掛けてくる生徒もいたが、テゾーロが普段通りに返すと、次第に近づいてくる人数は減っていった。今は以前と同じく、フレッドとジョージぐらいしか話しかけてこない。
いや、リー・ジョーダンはテゾーロになれたのか、雑に話しかけてくるようになった。元々双子に似て図太かったのだろう。
廊下でばったりと出会ったサイラスが、目を丸くした。
「テゾーロ、それは?」
「あー……」
テゾーロは左頬に貼られた回復用の小さな傷あてを指でかいた。
「ちょっとな」
「医務室には?」
「いや」
医務室に行くわけにはいけない。はっきり拳の跡が残ってしまっている。だからといって、魔法で治す気にもならなかった。
心配そうな顔をしたサイラスに肩を竦めた。
「なんてことねえよ」
じっとサイラスがテゾーロの顔を覗き込んだ。
「テゾーロが納得しているんだったらいいんだ」
「おう、もう大丈夫だ」
笑いかけると、サイラスは息を吐いて同じように笑った。
授業まで時間があるから中庭にでも行こうかと、提案するサイラスに頷いて廊下を歩き始める。
向かいから、グリフィンドール生が1人やってきた。相手は、テゾーロと一瞬だけ目を合わせた。
そして、そのままふっと視線を外して、立ち止まることもなく通り過ぎていった。
その左頬には、同じように小さな傷あてが貼られていた。
サイラスが通り過ぎた相手を見送ってから、テゾーロに振り返った。
「……流行ってるの?」
「違えよ」
リー・ジョーダンと仲良くなった!
喧嘩する時は容赦なくが身に染み付いているテゾーロです。
次回はリアム視点の話になります。