Little Gold, Little Light   作:のらもこ

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第8話 ギルド・テゾーロ/真夜中の密告

 

 

 

 

 暗闇の中、階段を下りていく。足裏に伝わる感触は、冷たい石から柔らかな絨毯へと変わった

 明かりの消え去った部屋は、窓からの光でぼんやりとした輪郭だけを浮かび上がらせていた。飾られた絵画が片目を開けて、そこにいるのがテゾーロだと気づくとまた目を瞑った。

 

「ふう……」

 

 ソファに腰掛けて息を吐いた。どうにも眠れずベッドを抜け出した。独りに慣れていた分、静まり返った中では人の吐息が耳についた。それでも、入学当初よりは夜に階段を下ってくる回数は減ったのだ。

 カチッカチッと、時計の音が聞こえる。薄暗い部屋は全てを受け入れるようで、肩の力が抜ける。

 火の消えた暖炉を見つめながら、小さく口を開いた。

 

 

「Sleep, little one, the stars will keep,

《眠れ、小さな君 星たちが見守る》

Their gentle glow as you drift to sleep――

《そのやさしい光とともに眠りに落ちて――》」

 

 

 目を瞑ったままの絵画達は、静かに耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 ……しばらくして、背後からコツコツと階段を下る音が耳に入った。

 

 テゾーロは舌打ちしそうになる。グリフィンドールでは、夜間に抜け出す生徒が珍しくない。たいていは、くすくすと忍び笑う声が先に聞こえてくる。そのたびに、面倒事はごめんだとテゾーロはさっと身を隠す。

 しかし、聞こえた足音は一人分で、もうすぐそこまで来ている。急いでソファから立ち上がった。

 

「テゾーロ……!?何でここに!?」

 

 間に合わなかった……肩を落として振り返った。

 寮室に繋がる入口に、ローブをすっぽりと被った生徒が立っていた。テゾーロより頭一つ半は大きい。上級生だろうが、さっぱり名前はわからない。

 

「寝付けなかっただけだ。ここを使うってんなら部屋に戻る」

 

 視線を外して、顔を見ないように足早に階段を目指す。

 脇を抜けようとした瞬間、相手の足が横に出た。床から顔を持ち上げると、ローブの影が目に入り、その奥で光を含んだ目が細められていた。

 

「……そんなこと言って、先生にチクる気じゃないのか」

「はあ?」

「俺が今日抜け出すと知って、ここで見張ってたんだろ」

 

 ――何をいっているんだ、こいつは。

 眉間に皺が寄るのを止められなかった。

 

「んな、面倒なことしねえよ。見たことを黙っていれば良いんだろ?」

「それが嘘じゃないっていう証明は?」

「あるわけないだろ。どうやって証明しろってんだ」

 

 テゾーロは鼻でせせら笑った。ローブの下で、白い頬と耳元が赤く染まっていく。

 相手の肩が強張り、一歩踏み出してきた。

 

「ならついて来いよ」

「ぁあ?なんでそんなことしなきゃならねえんだよ」

「そうすれば信じてやる」

「断る」

「っ!やっぱりお前!」

「やってられるか」

 

 頭上から、長い腕がぐっと伸びてきた。テゾーロは体を引き、身を躱した。そのまま脇をするりとすり抜ける。

 

「おい!」

 

 振り向かないまま階段を上った。中腹まで進むと、夜の静けさに戻っていた。

 寮室の扉を開き、身を滑り込ませる。薄闇に目をこらすと、フレッド達のベッドが小さく上下していた。

 

「はあ」

 

 ベッドに入り込み、目を瞑る。全身の力を抜くと、シーツへ沈み込んだ。

 少し気を紛らわせるだけのつもりだったのに――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、テゾーロが食堂に向かうと、寮の得点が掲示されている前で生徒達が集まっていた。

 どうやら、グリフィンドールから一晩で三十点失われたようだ。

 

 得点表を一瞥して、食堂への扉を潜った。シリアルとスープ、果物がどっさりと並ぶ食卓へと着く。

 

 ふと、強い視線を感じて顔を上げる。いくつもの皿を挟んだ向こうから、昨晩見かけた生徒がテゾーロを睨んでいた。

 目が合うと、相手は顔を逸らした。

 

 テゾーロはじっと見つめた後、テーブルへと視線を戻した。

 

 

 

 

 

 朝食を終え、テゾーロは授業で使うものを頭の中で指折り数えながら、談話室を抜けようとした。

 

「っ!?」

 

 横合いから胸ぐらを掴まれた。足が縺れかけて、どうにか身体の向きを変える。目の前に、中心に皺を寄せた顔が迫っていた――あのグリフィンドール生だ。

 

「お前がチクったんだろう!!」

「っ、何の話だ!」

「昨晩の!俺が抜け出したことを先生に言ったな!?そのせいで三十点も引かれちゃったじゃないか!!」

「知らねえよ!!」

 

 怒声が響いた。ざわりと談話室の空気が変わったのを肌で感じた。

 

 誰かが「……アイツのせいで減点されたのか?」と一言漏らした。

 それは波紋のように周囲へと広がった。ひそひそと顔を寄せ合う声が増え、向けられる視線が冷たくなるのを、はっきりと感じた。

 

 何かが切れたように腕が跳ね上がった。鋭い音を立てて、相手の手が弾かれる。

 

「減点されたのは、お前が間抜けにも見つかったせいだろうが!!」

「!」

 

 相手の首から頬、額までが一気に赤く染まった。

 フンと鼻を鳴らして、テゾーロは踵を返そうとして――肩を強く引かれた。

 

 ガツンという音と共に左頬が熱くなった。

 足元が揺れる。遠く、悲鳴が上がったのが聞こえた。

 

 力を込め、足の裏で地面を握る。勢いよく振り返ると、右腕を下げた相手が肩を上下させていた。

 左肘を上げて拳を握った。体を捻り、足から伸び上がって、相手の顎を狙って振り抜いた。

 

「がっ!!」

 

 相手の顔が横にぶれた。そのまま両足が震えて、腰が落ちかけた。

 テゾーロは崩れる相手の肩を両手で掴み、膝を腹へとめり込ませた。

 

「ぐ!? げぇっ!!」

「きゃああ!」「うわ!?」

 

 くの字に体を折った相手は、口から胃液と朝食を撒き散らした。談話室の至るところから大きな悲鳴が上がった。テゾーロには、地面に蹲る相手しか見えていなかった。

 左足を踏み込んで、右足を大きく振り上げる。

 

「おい!やめろ!」

「マクゴナガル先生!マクゴナガル先生を呼べ!!」

「!」

 

 伸びてきた腕に胴体を抑え込まれ、たたらを踏んだ。

 

 三人がかりで押し戻される。身を捩らせたが、振りほどくことはできず、肩を上下させたまま足を引いた。

 抑えつけてくる生徒の間から、テゾーロは床で体を丸めている相手を見下ろした。その周りに、生徒が数人駆け寄っていた。

 

「一体何事ですか!?」

「テゾーロがアイツを殴ったんだ!」

「な」

 

 談話室に駆け込んできたマクゴナガルが、目を見張った。その顔を見ていられず、目を逸らした。

 

「こんなこと、許されることではありません!監督生はすぐに倒れている彼を医務室に!そして、騒ぎを起こしたことに、グリフィンドール二十点減点!」

「え!二十点!?」

「そんな、昨日と合わせて五十点も……!」

「静かになさい!Mr.ギルドには話があります。ついていらっしゃい!」

 

 マクゴナガルの厳しい声が談話室に響いた。呼ばれた名前に、遅れて意識が引き戻される。

 多くの生徒がざわめく中、フレッドとジョージは顔を見合わせ、リアムは青ざめていた。

 

 

 

 

 

「何があったというのです」

「……」

 

 空き教室で、マクゴナガルと机を挟んで向かい合わせに座った。テゾーロは口を噤んだまま、教室の隅に視線を逸らした。

 

「黙っていても、何もわかりません。騒ぎを起こしたのならば、しっかりと反省し罰を受けてもらう必要があります」

「……なら、さっさと罰則を言えばいいだろ」

「貴方は……!その態度を問題だと言っているのです!」

 

 身を乗り出したマクゴナガルは言い切ると、落ち着かせるように息を吐いて腰を下ろした。

 

「言うまでもありませんが、あなたの保護責任は現在私にあります。その立場でも、今回の行動は見過ごせません」

「……」

 

 黙り込むテゾーロにマクゴナガルは少しだけ眉を下げた。

 

「テゾーロ、貴方が無意味にこのようなことをするとは思えません。何かあったのではないのですか?」

「っ……」

 

 真剣な表情で耳を傾けようとするマクゴナガルに、テゾーロは狼狽えた。机の上に視線が落ちる。

 何度か口を開きかけて……結局声にでたのは件の生徒についてだった。

 

「……アイツ、昨晩は何をしてたんだ?」

「それを今日聞く予定でした。私はアーガスに夜間外出している生徒がいると呼ばれて彼を見つけたのです」

「……」

 

 テゾーロは口をもごつかせた。昨晩のことから、何があったのか伝えるべきだろうか。

 顔を上げようとした――瞬間、過去の記憶が脳裏に蘇った。

 

 

 ――この盗人が!お前が取ったんだろう!

 ――知らない!俺じゃない!

 

 

 膝の上の拳をぎゅっと握りしめ、目を再び教室の隅へと逸らす。言って何になる。

 

「先に手を出してきたのは、アイツだ」

「テゾーロ……」

 

 それ以上は貝のように、ぴったりと口を閉じた。

 マクゴナガルは暫くテゾーロを見つめたが、やがて緩く首を振った。

 

「彼は、前歯が欠けていました。いくらなんでもやりすぎです。貴方には厳重な処罰を行います。処罰は決まり次第お伝えしますので、大人しく待っていなさい」

 

 マクゴナガルの言葉を聞くと、テゾーロは立ち上がった。

 

「お待ちなさい」

「まだ、何か」

「顔を此方に向けて……そう、そのまま」

 

 マクゴナガルはテゾーロの顔を固定すると、杖を出して「エピスキー」と唱えた。途端、ジンジンとした熱が引いた。

 

「もう大丈夫ですよ」

「……どうも」

 

 ぼそりと小さく動かした口で呟くと、逃げるようにテゾーロは背を向けた。

 教室を出ていく背中を見送って、マクゴナガルは深く息を吐いた。

 

 

 

 

 

 テゾーロが寮に戻ると、一斉に視線が集まった。

 顔を寄せてひそひそと話し出す彼らは、嫌な目つきをしていた。

 

「あいつのせいで、五十点も……」

「チクリ魔」

「あんな怪我させておいて、よく戻ってこれたな」

「しっ! 目を合わせないほうが良い。何をされるかわかったもんじゃない」

 

 頭に血が上る。向けられる視線が、俺が悪いと言う。

 

 あの時だってそうだ。俺は何も盗んでなかった。なのに俺が犯人だと決めつけられて、殴られて、石を投げつけられて――。

 

 テゾーロは周囲を睨みつけた。ざわついていた奴らがビクリと震えて口を噤んだ。

 

「ま、まって!落ち着いてよ!また喧嘩なんてしたらもっと減点されちゃうよ!?」

「リアム……」

 

 転がるように間に入ってきたリアムのブラウンの髪に、怒りが引く。

 

「何だよ、お前そいつの味方するのか?」

「だって……テゾーロが先生に言ったって証拠でもあるの?」

「そいつは裏切り者だぞ!」

「そうだ、俺達じゃなくてスリザリンとばかり一緒にいる。グリフィンドールがいくら減点されようと気にもしないんだろ」

「それは……」

 

 庇ったリアムを責めるように生徒達が言い寄った。リアムは眉を下げたまま、ちらりと振り返った。

 その瞳に疑念の色を見て、テゾーロはすっと冷めた。

 

「テゾーロは……やってないよね?」

「……知るかよ」

「ほら、やっぱり!」

 

 周囲は勝ち誇ったように騒ぎ立てた。

 驚いたリアムが目を見張ってテゾーロを見た。

 

「……どうせ、何言ったって信じねえんだろ」

「っ」

 

 小さく溢すように呟き、顔を逸らした。

 一人になりたくて、寝室へと繋がる階段に向かっていく。

 

「――待って!」

 

 背後からリアムの声が聞こえたが、振り返らなかった。

 

 

 

 バタンと乱暴に扉を閉めてベッドに飛び込む。真っ白なシーツを強く掴んだ。

 

「どいつもこいつも好き勝手言いやがって……」

 

 枕に向かって吐いた言葉は、誰にも聞かれず埋もれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツでの生活は、居心地の悪いものになった。

 

 元々人が寄り付かなかったが、今はテゾーロが通ると潮が引くように人が避けていき、こそこそと何かを言い始める。

 テゾーロは常に眉間に皺を刻むようになった。

 

 罰則は2週間の居残りと、ホグワーツ全ての男子トイレ掃除となった。掃除用具を壊すなよと言い渡したフィルチは、愉快で堪らない様子で、ニヤけた顔を隠しもしなかった。

 掃除している間は他の寮生からも指を指された。何より最悪だったのが、ピーブスにせっかく綺麗にしたトイレを一度台無しにされたことだった。

 

 

 

 

 

 バチンッと音を立てて机の上を、虹色の虫が跳ねていく。テゾーロは舌打ちをして、もう一度杖を振った。

 

 前の席や向かいでは、生徒たちが次々とコガネムシをカフスボタンに変えていた。

 テゾーロも、何度も魔法をかけているが一向に姿が変わらない。またコガネムシが音を立てて飛ばされた。

 

 眉を吊り上げ、大きく杖を振りかぶろうとして――腕を掴まれる。

 

「そんなに振っても、カフスボタンにはならないよ」

 

 サイラスの落ち着いた目に、思わず固まる。

 

 ……そうだった。今日は珍しく、変身術の授業がスリザリンと合同だった。

 

 テゾーロはバツが悪く、視線を逸らした。

 そっと腕を離したサイラスが、顔を覗き込ませた。

 

「どうしたんだい、何をそんなに苛ついているの?」

「苛ついてなんかねえ!」

「!」

 

 目を見開いたサイラスに、はっと口を噤む。

 

「何を騒いでいるのです? 授業に集中しなさい。グリフィンドール一点減点」

 

 教壇に立つマクゴナガルの鋭い声が割って入った。

 

「また減点かよ」

「アイツのせいで……」

 

 グリフィンドール生の視線がテゾーロに突き刺さる。

 机を睨みつけながら、ぎりと奥歯を噛み鳴らした。

 

 サイラスは横からその様子をみていた。

 

 

 

 

 

 授業が終わり、逃げるように一人になった。

 禁じられた森に続く道へと出た。特に行き先もないが頭を冷やしたかった。

 

「はあ…」

 

 ぐしゃりと髪をかき混ぜる。

 ――あれではただの八つ当たりだ。

 

 かさりと草を踏みつける。

 当て所もなく肩を落として歩いていると、突然上空から声が落ちてきた。

 

「テゾーロ!」

「! サイラス!?」

 

 見上げると箒に跨ったサイラスがいた。何故かその手にはもう一本箒がある。

 

「ほら!」

「えっ、うわ!?」

 

 投げ落とされた箒を慌てて手を伸ばして受け止めた。

 

「いきなりなに、」

「テゾーロ、勝負だ!」

「はあ!?」

「ここからあそこにある塔をぐるっと回って、先に湖へついたほうが勝ち!負けた方は魔法薬学のレポートを二人分書く!」

「なっ」

「よーい、スタート!!」

 

 サイラスは一方的に喋ると、箒をぐるっと旋回させた。慌ててテゾーロも箒に跨る。

 

「くそ……!」

 

 先行しているサイラスの背中は既に小さい。

 前のめりになるように箒に伏せると、テゾーロは一気にスピードをかけた。ごおっと風が耳元を通り過ぎていく。

 

 高度を上げた頃、サイラスは目印とした塔を大きく回り込み、折り返そうとしていた。

 

 テゾーロも後を追おうとして……ふと、片手で杖を引き抜いた。

 視線の先、塔の天辺には上空を突くように、鉄のポールが伸びていた。ポールに向かって杖を向ける。

 

「インカーセラス!」

 

 縄がポールに向かって飛び出した。その一方をテゾーロは手で掴んだ。

 蛇のように曲がりくねって飛んでいった縄は、かなり危うい軌道でどうにかポールに引っかかった。

 縄を引いて、ポールを基点にぐんと円を描くように箒が旋回する。小回りできたことに、唇の端を持ち上げた。

 

 ――と、縄がテゾーロを巻き込むように引きずり始めた。

 

 ヒヤリとした予感に慌てて手を離す。びゅんっという鋭い音に頭を下げた。髪の毛を掠って、頭上を縄が通り過ぎていった。

 テゾーロの手元から離れた縄は、バシン!と激しい音が響かせてポールへと巻き付いた。

 

 その勢いに心臓がドッと鳴った。

 

 額には生ぬるい汗が浮かんだ。もう二度とやらないようにしよう……テゾーロが一つ決意していると、前方のサイラスが振り返っているのが見えた。

 ポールが立てた大きな音に驚いたようで、目を見開いていた――表情の見える距離まで近づいた。テゾーロは唇を舐めた。

 

 箒を握り込むと、湖に向かってスピードをあげる。サイラスも慌てて前を向いた。

 

 再び箒に伏せるよう姿勢を低くしたテゾーロは、徐々に距離を縮めていく。五メートル、三メートル、一メートル……ついに並んだ。

 

 光を反射させて煌めく湖に近づいていく――ほぼ横並びで湖の上空へと滑り込んだ。

 

 体を起こして、徐々にスピードを落としていく。口からは荒い息が漏れた。

 

「は、は……」

「テゾーロ!怪我はない!?」

「あ、ああ」

「なんて無茶するんだ!」

 

 眉を吊り上げて怒鳴るサイラスに、テゾーロはむっとした。

 

「元はと言えば、お前が勝負をふっかけてきたんだろ」

「だからといってね……」

 

 サイラスは額に手を当て、はあ、と溜息をついた。

 

「結局、この競争は何だったんだよ」

「こんな、危険なことをさせるつもりじゃなかったんだけど……」

 

 苦笑を浮かべた顔が向けられる。

 

「すっきりした?」

「!」

 

 目を見張る。さっきまで頭を占めていたものが、きれいに消えていた。

 じわじわこみあげてくる感情に、テゾーロは空を仰いだ。

 

「あーー!やってらんねえーー!!」

「!」

 

 今度はサイラスが目を見張った。

 

「はは、すっきりした」

「! なら、何よりだよ」

 

 サイラスの声は、さっきより少し柔らいでいた。テゾーロは口の端を持ち上げた。

 ふわりと、湖の畔へと箒を降ろすと、二人は並んで立った。

 

「勝負は俺の勝ちだよな」

「いや、僕のほうが早かった!」

「何言ってるんだよ、そもそもお前はフライングして……」

 

 二人は肩を並べて、校舎へと歩き始める。

 その足取りは、先程よりもずっと軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝手を言う声は、放っておけばいい。テゾーロは普段通りに振る舞った。

 

 食堂に入るとグリフィンドール生からの視線が集まった。中には件の生徒も混じっている。気にせず席についた。

 

 ――と、両隣に双子がどかりと座った。

 

「なあなあ!テゾーロは知ってるんだろ?」

「あの日、夜に彼が寮を抜け出して何をしてたのか!」

「「教えてくれよ!」」

 

 相変わらずきらきらと好奇心に満ちた瞳で、両側から覗き込んでくる。

 

「はあ?んなもん知らねえよ」

「おいおい、出し惜しみはよくないぞ」

「こっそりでいいからさ、こう耳元で」

「だから、知らねーって。夜遊びにでも行ってたんじゃねえのか? つーか本人に聞けよ」

 

 テゾーロは遠くに座っている噂の本人を見た。相手はたじろいだように身を引かせた。

 

「それが彼はシャイなのか何も言ってくれないんだ」

「だから色んな人に聞いて回ってるのさ!」

「暇人だなお前ら……俺は知らねーから他を当たれ」

「「ちぇ、残念」」

 

 双子はそう言うと席を離れて、また別の生徒へと近づいていった。

 相変わらずだな、あいつら……その背中を見送りながら、あの嫌な目を向けてこないことに、今さら気づいた。

 

 食堂にスプラウトの甲高い声が響き渡った。

 

「まあ!それは本当なの!?」

 

 目を向けるとスプラウトと、一人の女子生徒を連れたスネイプが教員達のテーブル前に立っている。

 

「ええ、確かにあの夜見たのは彼女だ。どうやら我輩が目を離した隙に逃げ出したようでね。ローブの色を確認できませんでしたから、顔を一人ひとり確認する羽目になりましたよ」

「貴方っ、何でこんなことをしたの!?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 ハッフルパフ生なのだろう。俯いて、スプラウトに泣きそう声を返した。

 ガタンと音を立ててグリフィンドール生が立ち上がった。あいつだ。

 

「待って下さい!彼女は悪くないんです!俺が無理言って連れ出したから……!」

「Mr?」

「ああ、彼が逢引の相手ですよ。夜出歩いていたのを見つけて、その時は手が離せなかったのでね。アーガスに対応させたんです」

「信じられません!二人共三十点減点!」

 

 叫んだスプラウトに、マクゴナガルは慌てて、すでにグリフィンドールの減点は済んでいると説明した。

 

「逢引だったのか!」

「ヒューヒュー!お熱いねえ!!」

 

 双子は何処から取り出したのか、スプラウト達が居る場所に花火を投げ込んだ。弾けた火花はハート型を型取り、周囲にはハートマークが散った。

 巻き込まれたスネイプがピンク色のハートに照らされて物凄い表情をしている。怒られても知らねえぞ。

 

 ……というかあいつ、俺をデート現場に連れて行こうとしていたのか?

 

 あの夜のやり取りを思い返して、テゾーロは呆れた視線を向けた。

 

 

 

「え、スネイプが見つけてたってこと?」

「アイツがチクったんじゃねえのか……?」

「さっきテゾーロは、何してたか知らないって」

 

 グリフィンドールのテーブルはざわついた。

 

 

 

 

 

 朝食を終え、テゾーロが談話室に戻ると人が集まっていた。

 いつもの嫌そうな顔ではなく、気まずげな表情を浮かべている。何だろうか。

 

 奥から、ここ数日何度も顔を合わせた生徒が出てきた。

 

 眉を寄せて睨みつけてくるのに、テゾーロも睨み返した。

 突然、相手ががばっと頭を下げた。思わず目を見開く。

 

「悪かった!お前のことを疑って、おかしないちゃもんをつけた」

「!」

 

 旋毛を見下ろして、目を瞬いた。

 

「……まだ怒っているのか?なら、一発殴ってくれ!」

「は、はあ!?んなことしたらまた減点されるだろうが!」

「いやマクゴナガル先生には言わない。皆も言わないでくれ!」

 

 生徒が周囲に声を張り上げたと思うと、直立して目を瞑り、歯を食いしばりはじめた。

 テゾーロはその光景に固まる。周囲を見ても、目を逸らすか半笑いを浮かべるだけだった。

 硬直した空気を破るように、双子が飛び込んできた。

 

「まー、待て待て!」「お前の男気は見た!」

「「流石は愛の男!」」

「あ、愛の男……?」

 

 相手は、入ってきた双子を見て目を丸くした。テゾーロも訝しげに眉を寄せた。

 

「お前が覚悟を決めているのはわかった」

「でも、一方的に殴るってのは誰だって余り気分がよくないだろ?」

「それは……」

「「ってことで、殴り合いバトルでどうだ!」」

「はあ!?」

 

 手を広げた双子に、思わず声を荒げた。

 

「お互い杖も魔法もなし!」

「己の肉体のみのガチンコバトル!」

「えっえっ?」

 

 向かい合った相手も目を白黒させて、双子の顔とテゾーロの顔を何度も見た。

 テゾーロは何だそりゃ、と息を吐きかけて――それもいいかもしれないと思い直した。

 

「……いいぜ。俺は乗った」

「え!?」

「流石テゾーロ!」

 

 ローブを勢いよく脱いで、床へと放り投げる。対峙するように、生徒の前へと立った。

 

「降りてもいいぞ?」

 

 顎を上げて笑う。むっと唇を曲げた生徒が、同じようにローブを脱ぎ去った。

 

「勝負がついたらそこで試合終了!」

「お二方準備はいいか?」

 

 テゾーロは拳を構える。鏡合わせのように、相手も構えを取った。

 双子が杖を振ると、テーブルや椅子、紅茶の入ったカップ達が浮かんで部屋の隅へと移動した。生徒達は壁際へと寄った。

 

 テゾーロと相手の間に、リー・ジョーダンがどこからともなく現れて、手を上げた。

 

「――始め!」

 

 掛け声とともに腕を下げたのに、テゾーロは身を低くして足を踏み出した。相手の懐に飛び込む。

 右フックを浴びせようとして、下から膝が迫っていることに気づいて身を引く。テゾーロの顔の横を通り過ぎていった。

 

 体勢を崩したテゾーロに、拳が頭上から降ってきた。テゾーロは腕で流すように受け止めた。

 そして、そのまま伸び切った腕を掴んで引っ張った。つんのめった相手の額に向けて、勢いよく頭を突き出す。

 ガツンといい音がした。

 

「決まったー! テゾーロの頭突きが突き刺さる!」

「さあどっちが勝つか、賭けて!」

「勝負はすぐ決まっちゃうよ!」

 

 リーが逆さに持った杖をマイクのように構え、双子が箱を手に生徒の間を歩き回る。壁際の生徒から「やれー!」「そこだ!」と声を上がった。

 ニヤリと笑ったテゾーロに、左からの衝撃が襲った。

 

「おおっと!今度は鋭い反撃がテゾーロを襲う!」

「くっそ……!またそっちかよ!」

 

 左頬に走った痛みに、舌打ちをする。

 ふらついたまま見上げると、相手は顔を手のひらで押さていた。その反対の腕が振り上がっている。

 拳が落ちてくる前に、テゾーロは全身で飛びかかり相手を引き倒した。

 

「ぅぐっ」

 

 呻く相手を気にせず、その胸の上に乗りあげる。

 はっとテゾーロを見上げた顔に、右腕を振り下ろした。

 

「がっ!」

 

 もう一発、と左腕を振り上げた時、背後から腕を掴まれた。

 

「勝負あり!」「テゾーロの勝ちだ!」

 

 わー!っと周囲の生徒から歓声があがる。テゾーロはぱちりと瞬きをした。

 

「まいったよ……」

 

 跨った下で、相手が眉を下げて笑った。

 双子に引っ張られるままテゾーロは立ち上がった。

 

 双子はテゾーロの腕を上げさせて、談話室を見回すように動かした。テゾーロを見つめるグリフィンドール生は口笛を鳴らしたり、腕を振って笑っていた。

 

 見渡しても、あの嫌な視線はもうどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの出来事以来、テゾーロはグリフィンドールに馴染めた……ということもなかった。

 二、三日は声を掛けてくる生徒もいたが、テゾーロが普段通りに返すと、次第に近づいてくる人数は減っていった。今は以前と同じく、フレッドとジョージぐらいしか話しかけてこない。

 

 いや、リー・ジョーダンはテゾーロになれたのか、雑に話しかけてくるようになった。元々双子に似て図太かったのだろう。

 

 

 

 

 廊下でばったりと出会ったサイラスが、目を丸くした。

 

「テゾーロ、それどうしたの?」

「あー……」

 

 テゾーロは左頬に貼られた回復用の小さな傷あてを指でかいた。

 

「ちょっとな」

「医務室には?」

「いや」

 

 はっきり拳の跡が残ってしまっている。医務室にはいけない。

 だからといって、魔法で治す気にもならなかった。

 心配そうな顔をしたサイラスに肩を竦めた。

 

「なんてことねーよ」

 

 じっとサイラスがテゾーロの顔を覗き込んだ。

 

「テゾーロが納得しているんだったらいいんだ」

「おう、もう大丈夫だ」

 

 笑いかけると、サイラスは息を吐いて同じように笑った。

 

 授業まで時間があるから中庭にでも行こうかと、提案するサイラスに頷いて廊下を歩き始める。

 向かいから、グリフィンドール生が一人やってきた。テゾーロと、一瞬目が合った。

 ふっと視線を外して、立ち止まることもなく通り過ぎていった。

 

 その左頬には、同じように小さな傷あてが貼られていた。

 

 サイラスが通り過ぎた相手を見送ってから、テゾーロに振り返った。

 

「……流行ってるの?」

「違えよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リー・ジョーダンと仲良くなった!
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