Little Gold, Little Light 作:のらもこ
番外編のようなものなので、読まなくても本編に影響はありません。
僕に勇敢さなどあるのだろうか――。
魔法を使った生活は全てが新鮮だった。授業で杖を振っては、頬を紅潮させて声を上げた。談話室では、友人達とお菓子をつまみながら、机を囲んで宿題に頭を突き合わせた。消灯時間を過ぎて、ベッドから頭を覗かせて会話した夜は、少しだけ特別だった。
リアムは多くの友人と楽しく過ごしていた――初めてできた、二人の友人を除いて。
サイラスとは、寮が別れてから一度も話していない。
ある日、その背を見つけて駆け寄ろうとして、リアムは近くに居た他のスリザリン生に睨まれた。更に、一緒にいたグリフィンドールの友人が相手を睨み返したのを見て、慌ててその場を離れた。
グリフィンドールとスリザリンがこんなにも仲が悪いなんて知らなかった。スリザリンは此方を小馬鹿にして見下し、グリフィンドールは向こうを悪として扱い毛嫌いしている。しかも、この対立は自分たちの代から始まったものではなく、昔からずっと続いてきたらしい。
寮が別れても、合同授業や休み時間なら話せるはずだと考えていた淡い期待は、しゅるしゅると萎んでしまった。
テゾーロは――。
同じグリフィンドールのテゾーロは、授業でも寮の談話室でもいつでも見かける。だから、「やあ!テゾーロ機嫌はどう?」と声をかければいい。なのに、リアムにはそれが出来なかった。
始業式後、寮室のベッドに飛び込んだリアムは、すぐに同室の子たちと仲良くなった。ホグワーツに来てからの興奮で消灯時間ギリギリまで話し込んだ。おかげで騒がしさに気付いた上級生に、通路から早く寝るよう鋭く注意された。リアムは肩を縮め、他の子達は不満そうに返答していた。
翌朝、皆と一緒に談話室に降りると、数人がくつろいでいた。リアムは朝食はなんだろうと予想したり、初めての授業に少し怯えてみたり、話題は尽きなかった。
そんな時、テゾーロが階段から一人降りてきた。
リアムが「おはよう!」と声をかけようと口を開いた。だが、タイミングよく食堂いくぞ!と上級生の声が被さった。皆がぞろぞろと談話室を出ていくのに、慌てて後を追った。リアムは上級生の後ろを同室の子たちと歩いていたが、テゾーロは最後尾あたりについていた。
そのときは後で食堂で話しかければいいか、そう考えただけだった。結局、友人に囲まれていたリアムは、離れた位置に座るテゾーロに話しかけることなど叶わなかったが。
初めての授業に必死に食いつき、複雑怪奇な校舎に翻弄されながら、同室の子と並んで歩き、食事を一緒に取った。
気づけばテゾーロと一言も話さないまま、半月以上経っていた。
その事に気づいたリアムは、慌ててテゾーロの元に向かおうとした。
まず、これまでのことを謝って、それから授業や学校での面白かったことを話して――足を進めていたリアムの腕が、突然後ろから掴まれた。
「え?」
「リアム、あいつに何か用でもあるのか?」
振り向いた先に居たのは同室の友人だ。眉を寄せて、嫌そうな顔をしている。
「うん。ちょっと」
「やめとけって。あの偏屈に話しかけないほうがいい」
「偏屈?」
「知らないのか?アイツ入学してから誰とも喋らずにずーっとむっつり不機嫌そうな顔してるんだ。だから「偏屈テゾーロ」って呼ばれてる」
知らなかった。確かにテゾーロは余り笑わない。
でも、サイラスの事情を聞いて心配したり、呆れながらも話を聞いてくれた。帽子の歌に喜んで、頬を膨らませて料理を食べることを、リアムは知っている。
「いや、テゾーロは……」
「いくらリアムでも、アイツは無理だって。ウィーズリー双子が話しかけてるの見たけど、ずっと無視してたんだぜ? 何様のつもりだよ」
そういって腕を組んで唇を尖らせる。リアムの腕は既に離されていて、引き止めるものはいない。なのに足は根が生えたように持ち上がらなかった。
自然と目線が下がる。ちらりとテゾーロが居た方向を見た。そこには既に誰も居なかった。
「それより、クィディッチの練習見に行こう!今度、スリザリンと試合があるからすげー気合入ってるんだよ!」
「うん……」
断る理由が見つからなくて、小さく頷いた。
胸の奥がちくりと痛んだ。でも、半月一度も喋らなかったのだから、友人なんて言えないじゃないか。
初めての箒の授業で、リアムはそれはもう苦戦した。
まず、「上がれ!」と叫んでも箒は地面でバタバタするだけだった。ようやく跳ね上がったと思ったら顔面で受け止めた。箒に跨って地面を蹴っても、ジャンプして終わった。
その後、どうにか空中で留まれるようになったが、小さいリアムが膝を曲げて地面をかすめそうな高さだった。
運動は苦手じゃない。寧ろ体を動かすことは得意だし、好きだ。だが、マグルの村では、箒で飛ぶことなどできない。
ホグワーツに来てから始めて箒に乗ったのだから、上手く行かなくてもしょうがない。そう自分を慰めていたのに、友人からの「意外と箒乗れないんだな」という言葉が、ぐっさりと刺さった。
今日も、古い箒を片手に深いため息を吐いた。
飛行訓練の授業が突然の猛吹雪で中止にならないかと、晴れ渡った空を睨む。
グラウンドを一周するのが本日の課題だったが、リアムにはいつ周り切ることができるのか見当もつかなかった。友人達は颯爽と空を駆け、リアムを置いていった。
周りよりも低い位置で、リアムは箒を股で挟んで、どうにか前進する。穂先はフラフラと揺れ続け、操縦は上下左右に言うことを聞かない。
次々と皆が追い越していき、見下ろす視線と笑い声が落ちてくる。リアムは顔を上げられないまま、耳まで真っ赤になるのを感じていた。
「グリフィンドールは随分と器用なようだ」
「くく、確かに器用だな。あんな飛行誰にも真似できない」
馬鹿にする声にむっと顔をあげると、緑の裏地が覗くローブを羽織ったスリザリン生達が、嘲笑を浮かべて見下ろしていた。
目が合ったことに気付いたスリザリン生は顔を寄せて何かを呟きあったと思うと、突然目の前まで下りてきた。そして、旋回して穂先をリアムに向けた。
「うわぁ!?」
「ハハハッ!」
目をキツく閉じた。風が巻き起こり、すぐ傍を通り過ぎた笑い声が小さくなっていく。
箒は言うことを聞かず、穂先をほぼ真上に跳ね上げた。リアムは滑り落ちそうになり、箒にしがみついた。
――もう駄目だ。目に涙が滲む。
その時、何か引かれるように、箒の穂先が下ろされて平行になった。
恐る恐る瞼を持ち上げると、誰かが直ぐ隣を飛んでいる。
「膝、緩めた方がいい。あと背筋を伸ばせ」
聞き覚えのある声にはっと目を開く。箒に跨ったテゾーロがリアムの箒を抑えていた。
リアムが口を開こうとしたとき、テゾーロは手を離した。慌てて、柄を握りしめる。
箒がまた左右に揺れ始めて、咄嗟に膝を締めかけて、
――「膝、緩めた方がいい」……膝を緩める。
――「背筋を伸ばせ」、体を起こして、背筋を伸ばした。
息を飲みながら、ふるふる震える柄の先を睨みつける。
ぶれていた箒は、徐々に真っ直ぐと飛ぶようになり……やがて安定した。
「できた……!」
持ち上がった口角のまま、ばっと顔を上げた。そこで、周囲に誰もいないことに気づいた。
慌てて辺りを見回し、先の方で緑髪の頭を見つけた。
「あ」
小さくなっていく背中に、唇を尖らせる。
「何で先に行っちゃうんだよ……」
お礼も言えなかったじゃないか。
リアムはグラウンドを無事一周することができた。友人達はからかいながらも、リアムを囲んで背中を叩いた。
テゾーロはもう箒を降りていて、誰と話すわけでもなく、少し離れた場所に立っていた。
飛行訓練での出来事の後、すぐにハロウィーンとなった。
リアムは同室の友人達に囲まれて、甘い匂いのお菓子を頬いっぱい口に運んだ。
パンプキンケーキを齧りながら、テーブルの端へと視線を向ける。
皆と距離を置いてひとり、テゾーロは座っている。次々に料理に手を伸ばしていく様子は、初日を思い出させた。
――先日のお礼を言いに行く。
テゾーロの周りは空いている。立ち上がって向かいに座ろうか。食べる途中で立ち上がるのは、みっともないといつもママに叱られた。このケーキを食べ終わったら行こう。
ちらちらと目線を動かしながら、タイミングを図る。最後の一口を押し込むと、リアムはフォークを置いた。
「おい、リアムはどう思う!?」
「へ?」
「絶対、僕が正しいって!」
「ふざけんなよ!じゃあ俺が間違ってるっていうのか!?」
「あーもう、こんなとこで喧嘩すんなよ」
「ちょっとリアム、コイツらどうにかしてくれよ」
「な、なんで言い争いになってるの?」
いつの間にか向かいに座っていた二人が立ち上がって、今にも胸ぐらを掴みかかりそうになっている。リアムは咄嗟に立ち上がって、間へと入った。
「なんだよ、話聞いてなかったのかよ!コイツが――」
一人が振り返り、眉を吊り上げてまくしたてる。うん、うん、と何度も頷いて耳を傾けた。
どうにか、二人を落ち着かせて席に戻した頃、今度は大きな破裂音が響いた。
肩を揺らして振り向くと、色とりどりの光が舞っていた。小さなジャック・オー・ランタンが駆け巡り、火花があちこちで弾け飛ぶ。
どうやらウィーズリー双子の悪戯グッズのようで、食堂中で歓声が上がった。リアムも目を輝かせ、夢中で光に手を伸ばした。
その後は酷い騒ぎとなり、リアムのローブは、二匹のジャック・オー・ランタンに持ち上げられて、頭上で裏返って広げられた。
ダンブルドアが杖を一振りすると、悪戯グッズは全て消えた。リアムは椅子へと尻もちをつくように落ちた。お尻がジンジンするのをさすりながら、就寝の挨拶に耳を向ける。
そこで、当初の目的を忘れていたことを思い出した。
慌てて身を乗り出そうとして――ガタンッと隣から鳴った音に体が跳ねる。
「はー食った食った!」
「甘い物は暫くいいかな……」
「えー?」
「リアム?行かないのか?」
「あ、うん。行くよ」
見下ろす友人に、リアムも立ち上がる。
食堂の入口へ視線を向けたが、テゾーロの姿は人の合間に紛れて見失ってしまった。
「フレッドとジョージの奴、ヤバかったな」
「あいつら、いつの間にあんなもの作ってたんだよ」
「俺達にもくれねえかな。そんでスネイプに投げる!」
「減点じゃすまないぞ!」
「……」
高いトーンで笑う友人の背中をリアムはとぼとぼとついていった。
リアムの思いとは裏腹に、望んでいた機会はついに訪れないまま、冬休みは終わろうとしていた。
クリスマスが近づく頃、ウィーズリー双子とテーブルを囲んで何かを話している姿を見かけるようになった。
こっそりと、テゾーロと同室のリー・ジョーダンに様子を聞いてみたが、返事は芳しくなかった。
リーは「だってアイツ、僕が近づくと睨みつけてくるんだもの」と唇を尖らせていた。怒らせるくらいなら距離を取った方がいい、という判断らしい。
クリスマスにはプレゼントを送ろうと準備した。しかしメッセージカードになんて書くのか、ペンを持ったまま時計の長針が一周するまで悩み続けた。結局、無難にプレゼントの中身についてしか触れなかった。
クリスマスの翌日、テゾーロからメッセージカードが届いた。何が書いてあるのかと、リアムは中を見るのが怖かった。
恐る恐る開くと、プレゼントを受け取ったということと、カードだけしか送れなかったことの謝罪だった。よそよそしい態度を取っていたリアムに対する文句は、一つも書かれていなかった。
そうこうしているうちに、テゾーロはサイラスとも平然と話すようになった。
魔法薬学でテゾーロがスリザリンの固まっている方へと歩き出した時、教室中が注目しざわめいた。でも、テゾーロは気にする様子もなく、サイラスの隣へと座った。
翌朝、サイラスは食堂でテゾーロのもとに向かい、そのまま食堂を出ていった。リアムは手に持ったパンを掴んだまま、口に含むこともできず目で追った。
スリザリン生と共にいるテゾーロは、グリフィンドール生の間で「裏切り者」と囁かれるようになった。
――そしてあの事件が起きた。
リアムが食堂に向かうと、得点票の前が騒がしかった。覗いてみると、何とグリフィンドールから三十点も減点されていた。
原因は、夜間に出歩きをした生徒がいたせいだという。席についたリアムが件の生徒を見ると、彼はある一点を睨みつけていた。視線の先にはテゾーロがいた。何だか嫌な予感がした。
その予感は、談話室に戻ってすぐに当たった。
テゾーロと男子生徒が殴り合いになった。リアムは咄嗟に止めようと一歩踏み出したが、足が竦んで動けなかった。談話室の隅で、声も出せずに立ち尽くすことしかできなかった。
暴力に慣れていないリアムには、倒れた生徒を蹴ろうとするテゾーロが、ただ恐ろしかった。
テゾーロは抑え込まれ、倒れた生徒が監督生に医務室へと連れて行かれる。
そして、テゾーロとマクゴナガルがいなくなると、わっと今起こったことで持ちきりになった。
「アイツ、いつか何かをやらかすと思ってた」
「いつも誰彼構わず睨んでたんだ。この機会を狙ってたんだろ」
「どうすんだよ、アイツのせいでグリフィンドールが五十点も減点された!寮杯が取れなくなっちゃう!」
「また、スリザリンに負けるのか……ちくしょう、テゾーロの奴め」
談話室の誰もがテゾーロを責め立てるのに、リアムは顔を左右に向けた。
「え、え?そもそもは夜間外出していたのは彼じゃないの?それで減点されたんじゃ……」
「お前見てなかったのかよ!アイツが容赦なく殴って蹴飛ばすところを!」
「あれは、チクったことをバラされた腹いせに違いない」
「それに、俺達のことなんてどうでもいいんだろ!!」
言い返そうと開いた口が閉じる。
――テゾーロにとって、僕らはどうでもいい存在なのかも知れない。
どんどんとテゾーロの悪口を話す輪が広がっていく。十一歳の少年であるリアムには、どうすればいいのかわからなかった。
寮内は嫌な空気が漂うようになった。
これまでテゾーロは避けられていたが、今は指を指して、本人の近くでこれみよがしにひそひそと顔を寄せ合う。罰則でトイレ掃除している姿を見ては、せせら笑った。テゾーロも苛立ちを募らせているようだった。
原因の一人である生徒は、何故か皆の同情を集めた。
悪いのは校則を破った彼のはずだった。なのに、まるでテゾーロが諸悪の根源のように扱われ、五十点減点されたのもテゾーロのせいとなっていた。リアムは納得できなかった。
もやもやとしたものを抱えながら過ごしていたある日、談話室でテゾーロと周囲の生徒が一触即発で睨み合っている場面に遭遇した。慌ててリアムは「まって!」と声を上げながら間へと入った。
「そいつは裏切り者だぞ!」
「そうだ、俺達じゃなくてスリザリンとばかり一緒にいる。グリフィンドールがいくら減点されようと気にもしないだろ」
間を取り持とうとしたリアムへ言い放たれた言葉に、一瞬息が止まる。
テゾーロがチクったかどうかなんて、リアムは重要視していなかった。でも、心に残った気持ちは眼差しに現れてしまった。
「テゾーロは……やってないよね?」
――僕らをどうでもいいなんて……思ってないよね?
目を見張ったテゾーロの瞳がすっと温度を失くした。リアムはぎくりと体を強張らせた。
テゾーロは「知るかよ」とぞんざいに言い捨てて顔を逸らした。周囲の生徒がやっぱり!と囃し立てる。
「……どうせ、何言ったって信じねえんだろ」
「っ」
目が合わないまま呟かれた言葉に、体が動かなくなる。
背を向けて階段へと去っていく背中に、引き止めようと声を掛けても、足を止める素振りも見せなかった。
違う、そんなつもりじゃない。なんて言葉はテゾーロに届けることもできなかった。
「僕は……」
リアムは呆然とテゾーロが去っていった階段を見つめた。
結局、先生に密告したのはテゾーロじゃなかった。
スプラウトの甲高い声が響いた。続いてスネイプが説明した。
「ええ、確かにあの夜見たのは彼女だ。どうやら我輩が目を離した隙に逃げ出したようでね。ローブの色を確認できませんでしたから、顔を一人ひとり確認する羽目になりましたよ」
例の上級生が立ち上がるのも、双子がふざけて花火を放り込むのも、リアムはただ見ていた。グリフィンドール席が、スネイプの言葉にざわつき始めるのもどこか遠くに聞こえていた。
あの上級生は、テゾーロに皆の前で謝罪した――リアムに出来なかったことを軽々とやり遂げた。
その後、何故かテゾーロと彼の殴り合いのタイマン勝負になり、見事勝ち取ったテゾーロの腕が上げられた。
周囲の生徒達はこれまでのことなど忘れたように、口笛を鳴らしたり、歓声を上げたりしていた。距離を取っていると言っていたはずのリーも、テゾーロの背中を笑顔でバシバシと叩いている。
リアムはそんな気分になれず、一人談話室の隅で立ち尽くした。
……僕はグリフィンドール生として相応しいのだろうか?
組分け帽子「だから、ハッフルパフにしとけと言ったのに」