ヒント・アナグラム
そもそもの昔、この世界には古き神々がいた。
その神々はウセツ=ショットネと言われる集団であったという。それらの神々は多数の派閥に分かれ、興亡を繰り返していたが。
その中に、やがて邪神が生じた。
その邪神達の一柱が、ソク=ウロナだった。
ウロナという神々の集団そのものは決して邪悪なものばかりではなかったのだが、ソクだけは違った。
このものは自分の全てが正しいと考え、自分だけの思想で世界の全てが覆われるべきだと考えた。
神々は団結して、ソクと戦った。
やがてソクは神々に破れた。
「そのような恐ろしい神が存在しているのですね」
「人間の中にはまだこれを信仰する集団がいるそうだ。 ただ、ソクが記した規約を絶対に守り、それから少しでも外れたら攻撃するし、理解もできないという進歩も何もかも投げ捨てた集団だそうだがな」
「そんなことをしていて何が楽しいんだろう……」
連れてきた一人が言うが、まあバルハラントにもわからない。
ナーフェはそのまま説明してくれる。
「ソクは神々に破れた後は、この世界を全て支配するのを諦めた。 だがソクは力が極めて強大だったため、他の世界にも干渉することができた。 ソクは思いついたのだ。 自分の力を与えた者をこの世界に呼び込んで、めちゃくちゃにさせて楽しもうとな。 古くには独善的ではあったが、それなりに考えもしていたらしいソクも、すでに今では自分のみを正義と考える外法の神と落ちていた。 そうして、転生者が現れ始めたのだ」
「なんと……」
「転生者の前に、ソクは転生者達の知っている神の姿で現れた。 あるときは老人であったり、女であったり、子供であったり。 夢魔という存在がいるが、相手にとって都合が良い姿で夢の中に現れ、精気を吸い取る邪悪なものだ。 ソクの眷属には夢魔がいる。 それくらいはたやすかったのだろう。 ソクはそうして、自分と同じ。 テンプレと言われる、決まり事しか理解できない者達を世界から勧誘して、善行の見返りだと言って望むままの力……実際は虚構だが。 それを与え。 そうして気にくわない神々が作った世界を、荒らさせたのだ」
「そんなことのために……」
全身に激痛が走っているらしく、痛い痛いとわめいているレットを見やる。
見ると体がむくんできている。
無駄な肉だらけだ。
オークの体は、飢餓に耐えるために脂肪を蓄える。此奴のは違う。おそらく、これが本来のレットの姿なのだろう。
「転生者は世界をめちゃくちゃにした。 ある者は自分が信じる「民主主義」なる思想を無理矢理信じさせ、それを信じようとしない者を皆殺しにした。 ある者は性欲の赴くままに異性をかき集め、ハーレムなるものを作り、異性をむさぼり尽くした。 ある者は戦いたいというだけで、あちこちで殺戮を繰り返し、自分が悪と設定した存在をひたすら殺して回った。 それらの中には、確かに伝承にあるように、世界の何割かを焼き払った輩もいた」
「神々は何をしていたのですか!」
「神々は世界に不干渉を決めていた。 だから、ソクの人間を連れてきて悪事を働かせるというやり方に対処が後手に回った。 だが、神々も無能ではない。 大きな被害を出しながら転生者を捕獲して調べた結果、いくつかわかってきたことがあったのだ」
「そ、それは」
ふっとナーフェは笑う。
レットはいたいいたいと呻いているが、それはどうでもいい。
バルハラントも、此奴にはもはや怒りを通り越して、呆れしかないし。
むしろ犠牲者なのではないかと思い始めていた。
「転生者に選ばれた存在は、自分を善人と信じ込んでいる者。 そしてそうでありながら、思考的に抑制が利かない者。 欲望や自分が正義と信じることのために何でもできること。 そして、何よりも、考えが違う他人の思考を理解しなくてもいいと考えている者」
「……身勝手な話でありますな」
「そうだな。 だが転生者がいた地球という世界では、それは別に珍しいことではなかったらしい。 転生者に選ばれる人間は、基本的に同一の性質を持つ娯楽を好んだ。 それがこのものが言うテンプレという奴だ。 特定の用語が当たり前のように通用して、それがあることが前提になっている世界。 彼らが所属していた集団……コミュニティというそうだが。 コミュニティでは、それが共通言語として作用していた。 逆に言うと、彼らはそのコミュニティ内部での常識しか理解できなかったし、理解したくもなかった。 世間がその常識に合わせるべきだと考えていたわけだな」
「それを、我々の世界に押しつけていたと」
「そうなる。 だから神々は考えた。 転生者の解析を進めながら、その被害を減らす方法をだ」
神々は転生者を捕獲し。
頭の中身を解析して、地球とやらについても探り当てた。
邪神ソクがいけるのだ。
当然神々もいける。
そこで神々はそこの「ネット」なるコミュニティに監視の目を張り巡らせて、同時にテンプレとやらを解析したという。
その結果。
生み出されたものの一つが、エルフ族だった。
「テンプレとやらの中に、エルフ族というのがあった。 どうもそもそも地球とやらでも架空の存在であるそうなのだがな。 それが耳長く長命で美しく、それでひ弱だという設定であるそうだ」
「ひ弱でございますか」
「そういうことだ。 だから我々は転生者をおびき寄せる撒き餌として作られたのだ」
そういえば。
神代の時代には、そもそもオークやゴブリンどころか、エルフ族だって存在していなかったとバルハラントは聞いたことがある。
人間にしても文明を与えたのはソクだという話があるくらいだ。
まさか。
この世界を荒らすために、わざわざソクは人間による覇権を、時間をかけて作り上げていったのか。
そして、転生者を其所に放って。
荒らし回る様子を、見て楽しんだというのか。
だが、それは。
「ま、まさか我々も」
「そうだ。 神々は転生者による被害を押さえ込むために、テンプレを解析して、餌を多数用意した。 我々だけではない。 転生者がテンプレとして知っている種族にオークやゴブリン、コボルトなどがいた。 それらは転生者が面白がって殺戮する相手によく含まれるのだが……あえて作ることで、撒き餌として機能するようにしたのだ。 転生者は基本的に自己顕示欲の塊だ。 見ていてそれはわかっただろう」
「そういえばこのものは、ひたすら自分だけしかわからない言葉を使って喜んでおりましたな」
「お前達には伝承を伝えてあるはずだ。 転生者を倒すにはどうすれば良いか……。 エルフ族は、ソクの力を中和し、解析し、分解する力を持っている。 すでにこのものはソクにも飽きられ、我らの力を受け、転生前と同じ力しか持たない状態だ。 ソクが適当に与えた能力は全て消え果てた」
バルハラントは気づく。
そうか、そういうことだったのか。
エルフ族が転生者をどうにかできるのは、そもそもそう作られたから。対転生者特攻の種族なのだ。
そしてエルフ族へ誘導させるのは、効率よく転生者を始末するため。
ソクの力を使っている以上、ソクの力を中和できるエルフ族は文字通り天敵。どれだけ偉そうな設定の能力やらを持っていても、それが全部無力化されるのでは意味がない。ましてや実戦経験もなく、力を得て驕り高ぶっている輩ならなおさらだ。
うなだれる。
転生者とやらの脅威はよくわかった。
世界をめちゃくちゃにするほどの力を持っていることも、見ていて理解できた。
だが、他に方法はなかったのか。
世界に繁殖する生物は、基本的に余程世界のバランスを崩さない限り、神々は干渉しない方針だとナーフェは言う。
だとすると、本当に最小限の力で転生者を屠る必要がある。
それで、わざわざ森に住んでいるエルフ族が用意されたのか。
つまりオーク族もそれに併せて作られた種族であり。
世界を守るための盾と言うわけなのか。
話していて、悲しくなってくる。
そんなことのためにオーク族は生まれてきたのか。今まで父祖の一族を受け継いできたのは、そんなことのためだったのか。
だが、ナーフェは言う。
「元々この世界に、神々は様々な種族を繁栄させる予定だったそうだ。 たまたまソクが人間を先に繁栄させたから、敢えて他の知恵ある種族はいらないと考えていた節もある。 だが、神々も腹をくくって我らを作り上げたのだ。 それは自然とともに暮らす種族としてだ。 我々は人間が驕り高ぶったときは、結束して戦う。 神々はそれを見越していたのだ。 だから、神々を恨むのではない。 神々は我らに世界を託したのだ」
「わかりました。 今すぐ納得はいきませんが、納得する努力をしてみます」
「ナーフェ様!」
一族の一人が立ち上がった。
怒りに燃えて、鉈を抜いている。
ナーフェに対しての怒りではない。
レットに対するものだ。
「其処の人非人を処刑する権利をいただきたく!」
「今解析した。 そのものは死刑にするほどの罪は犯していない。 お前達の里を荒らし、森を焼き払い、傷つけた。 それらは死刑にするほどの罪ではない」
「我らにとって貴重な冬場の食料を、この人非人めは!」
「わかっている。 肉なら蓄えがある。 持って行け。 ただし、我らが寛大な行動をとったことは絶対に知らせるな。 人が我らを侮ると、それだけ無駄な死者が出ることになるからな」
見事な鹿が、ナーフェが指を鳴らすだけで、その場に現れていた。毛皮も角も高く売れるだろう。
これならあの干し肉の代わりになる。
おおと、一族の者達は喜んでいた。
嘆息をいくつもした。
だが、バルハラントは、頭をもう一度下げていた。
「これにてこのたびの転生者を引き渡す役割は終わりとさせていただきます。 以降も伝承を引き継いで生きまする」
「ご苦労。 今回の件、被害が小さく済んだのはそなたの判断が早く正しかったからだ。 ならば、そなたの里にはしばし幸運が続くだろう。 神々は我らを介してそなたの的確な判断を見ていた。 ただし、それはそなたらがうかつにエルフ族の秘密をしゃべらないかどうかの監視も兼ねている。 それを理解したら戻るが良い。 帰路については、光を照らしてやろう」
森の中に、光が連なる。
あれが帰路と言うことか。
バルハラントは、一族の者達と鹿を抱えて戻る。
今倒したばかりなのか、鹿はまだ温かかった。
「素晴らしい鹿にございますな」
「ああ。 高く売れるだろう。 戻ったら女子供達を安心させてやらねばならないな」
「それにしても邪神ソクめ。 許しがたい……」
「神々と戦ったほどの強力な邪神だ。 これからも様々なテンプレ?にそった転生者を送り込んでくるのだろう。 我らだけではなく、それらを対処できる種族が、今後用意されるのか。 あるいは、もう用意されているのかもしれんな」
森の中を歩く。
おそらくだが、途中にあったトラップは、レットの行く先を完全に把握しつつ。ナーフェが先に配置していたものなのだろう。
あれぞ、本当の魔法。
レットが使っていたようないかにも底が浅い代物とは、根本的に違う。そうバルハラントは思った。
話を全て聞かされて震え上がっているレットとかいう転生者に、ナーフェは声をかける。さっきまでバルハラントと話していたのとは声色が違う。
当たり前だ。
此奴がエルフ族に何をしようとしていたのかは、全て把握している。
神々がエルフ族を転生者殺しに仕上げていなければ。
森は焼かれ皆殺しにされ。
挙げ句の果てにわずかな生き残りも強姦され陵辱の限りを尽くされ、それも飽きたら殺されていただろう。
このものは実際にそれを実行しなかった。
だから死刑には値しない。
ただし、森をめちゃくちゃにした罪は償ってもらう。
「さて、お前に与える罰だが」
「ま、待ってくれ! 俺はただ、転生させてくれると聞いただけなんだ! 転生特典とかやるし、好き勝手に振る舞って良いって言われたんだ! だ、だから! 俺は悪くなくて、そのなんとか言う邪神が悪いんだよ!」
「お前の世界、地球というのは知っている。 お前達が転生と言っているのは六道輪廻思想というものの影響を受けているものだそうだな。 それは善行を積めば死後それだけましな世界にいけるというものだったはずだ。 お前は、そんないい世界にいけるような人生を送ったのか? 誰かを助けたのか?」
「お、俺はブラック企業でひどい目にあって」
ナーフェは、それは転生で良い思いができる理由にはならないとはっきり言い切った。
ナーフェから言わせてもらえば、不幸なのはそれはあるだろう。
それに関しては同情に値する。
だが、不幸だったからといって、無制限の力を手に入れて、抵抗もできない弱者に暴力を振るって回って良いわけがない。
転生者の理屈は神々から聞かされて知っているが。
何百人も助けただとか。
世界を破滅させかねない計画を身を挺して止めただとか。
そういったことをしている者は一人も来ていない。
実際に転生があったとしたら。
そういったことをした者達は、このような世界になど連れてこられていないのだろう。
だいたいそういった人生を送り、世界に寄与した聖人達は。
転生特典だとかなんとかなんぞ必要としないだろうし。
そもそも笑って、新しい人生をそのまま送るだろう。
「ゆ、許してくれよ! この世界でもオークをいじめたくらいしかやってねえよ!」
「お前が焼き払おうとした森は、多数の生物が暮らす貴重な生態系の場だ。 しかもお前は、見かけで住んでいる生物を判断し、殺戮を繰り返していたな」
「だって気色悪いじゃねえかよ!」
「気色悪いかどうかで相手の生き死にを決める。 そういう傲慢さが、邪神ソク=ウロナにつけ込まれた理由だったのだろうよ」
悲鳴を上げるレット。
もうどうでもいい。
指を鳴らすと、木の人形が数体来る。暴れようとするレットをいとも簡単に木の人形は捕まえると、そのまま連れて行く。
ウッドゴーレムという存在だ。
ちなみにゴーレムとやらの言葉の語源は伝わっていない。
これもテンプレを解析した神々が、地球とやらから持ち帰った概念だ。
他のエルフ族が見ていたが。
咳払いして、それぞれの仕事に戻ってもらう。
今から森を復旧しなければならない。
普段は百年二百年とかけて森を育てる。今回は緊急措置なので、魔法を用いる。それでも数年はかかるが、撒き餌としての森を作り直すには十分だ。
転生者で厄介なのは、人間社会に潜伏して、それを乗っ取る輩だったのだが。そちらも今は対策がされている。
メイドと言われるものを転生者は好むとわかってから、対転生者殺しの能力と技術を磨いたメイドの一族が人間社会に潜り込んで活動している。
彼女らは(女性転生者対策に男性もいるが、それはメイドではなく別の名前で呼ばれるようだ)各国の影で活動しており、転生者が現れたら即座に接近。
邪神ソクの力を存分に中和してから、抹殺するという。
エルフ族とも情報を共有しており、どのような転生者が現れたか、定期的に教えてくれる。
この森の族長であるナーフェも、時々定期会合に出ていた。
後始末をいくつかしてから、レットのところに出向く。
暴れても無駄だとわかったからか。
すっかり諦めきった目をレットはしていた。
ナーフェが姿を見せると、レットは小さく悲鳴を漏らしていた。もはや能力など一切使えない、ただの人に戻ったことを悟ったのだろう。
森の奥に畑がある。
それを耕すように指示を出す。
一緒にウッドゴーレムが働いて見本を示す。逃げられないように監視もする。
ちなみに刑期は五十年だ。
「ご、五十年だって!」
「お前はそもそも死んだところを邪神ソク=ウロナに拾われた存在だ。 それが五十年、世界のために尽くすことができる。 それで何の不満がある」
「そ、それは……」
「魔法がかかった畑だ。 とれる作物はうまいぞ。 肉などもきちんと与えてやるし、病気になったら我らが魔法で直してやる。 今度はここで、真面目に生きて天寿を全うするんだな」
目を素早く泳がせるレット。
そうか、こいつわかっていないな。
咳払いして、現実を教えてやる。
「この森には熊やオオカミ、イノシシが多数住んでいる。 もし逃げ出したところで、お前なんか半日ももたずに彼らの餌だ。 ああ、毒蛇や毒虫もたくさんいるし、底なし沼もあるぞ」
「そ、そんな!」
「ちなみに集落のエルフ達は、皆お前など思考するだけでねじり切るほどの使い手だ。 火をつけて逃げるようなことを考えても無駄だ。 この集落は火に対する魔法を徹底的にかけていてな。 お前達の世界で言う石油をかけて燃やしても、全く火が通ることはないそうだ。 神々のお墨付きだぞ」
「か、勘弁してくれよ! い、いや、か、勘弁してください! 俺が悪かったです! だ、だから、だから!」
とうとう哀訴し始めるレット。
エルフ族を強姦して殺戮して遊ぼうと思っていた奴とはとても思えない有様だ。
こういうのを地球の理屈で自業自得と言うはずだが。
まあ、どうでもいいか。
「それにこの世界のことをほぼ何もしらないお前が、森から出て暮らしていけるとでも思っているのか? 人間の街までは走っても十日はかかる。 それまでにオーク族などに出会ったら、貴様のことはとっくに周知されている。 その場で撃ち殺されるだけだ。 それに仮に人間の街にたどり着いたところで、得体が知れない人間で、特に芸があるわけでもないお前など誰が雇うと思うか。 この世界の人間が地球よりも先進的な文明を持ち、開放的な文化があるとでも思っているのか? それに地球の知識など、ここでは何の役にも立たない。 そもそもお前の知識は自分で試しもせずに聞きかじった程度のものだ。 それが通用しないことは、お前も知っているのではないのか」
とうとうレットは泣き出した。
なぜか事実を突きつけるとこの手の輩はロジハラとか言って嫌がるらしいが、知るか。
ウッドゴーレムに指示を出して、働かせる。
最初は農具の持ち方からだな。
今はいっていないが、別に娯楽くらいは用意してある。真面目に農業をするようだったら、魔法経由で少しくらいだったら地球のネットとやらにつなぐことも許してやる。
実際、三十年ほど前にここで暴れて取り押さえられた転生者は、真面目に償い続けた結果、最終的には地球の娯楽をある程度解放されて。それでネットとやらにも触れていた。
地球とこの世界の時間の流れは違っているので、おそらく今から二十年後でも、ネットは別に何も変わっていないだろう。
後はウッドゴーレムに任せる。
人間とウッドゴーレムの力の差は一兆倍ほどあるので、逃げられる可能性は皆無だ。
ある程度諦めて働くようになったら、少しずつ娯楽を解放してやる。
ただし、ナーフェに限らず、エルフ族は単純すぎる人間の思考くらい、その場で読み取ることが可能だ。
くだらないことを考えているようだったら、刑期を追加して、甘やかすのも一切なしだが。
作業に戻る。
森の修復は大変だ。
本来百年はかかる木を急速に成長させ、森の環境を修復しなければならないからである。
一瞬で破壊できる木も、そこまで成長するまでに途方もない時間を必要とする。それが、自然だ。
それをひっくり返せる。
だから魔法だ。
しかしそれは無理がある。だから、使うのは細心の注意を払わなければならないのだ。
黙々と仕事をする。
転生者は世界のあちこちに分散して現れるように、神々も調整している。邪神ソク=ウロナに、好き勝手やられた反省だ。
それに。
邪神ソク=ウロナは、レットの末路を見て大笑いしているだろう。
そういう邪神だ。
力を失ってべそを泣いているのを見て、それだけで大満足するようなゲスである。力を失うことまで全て計算済みで遊んでいるのだ。
神々が対策したのさえ計算して遊ぶ。
決して世界を壊し尽くすような転生者が出ないようにも調整している。
そういう意味では、恐ろしい邪神だ。
それからレットは、なんだかんだ文句を言って泣き言を言いつつも。
ウッドゴーレムに見張られながら、畑仕事をやった。
確か地球の言葉でルーチンというのか。
単純作業は別に苦にしていないらしい。
二十年ほどでまっとうに更生したので、地球のネットにアクセスできるようにしてやった。
いずれちょうど良い転生者の女のなれの果てがいたら、見合いをしてやっても良いかもしれない。
ともかく、解放するわけにもいかないけれど。
それでも人を殺さなかった(運良く、だが)から。
罰はこの程度で済んだのだといえた。
バルハラントは立派な鹿を担いで、赤牙族の集落に戻った。随分とやられてしまったが、まずは生還の報告をし。
転生者はエルフ族が倒してくれたことを皆に告げて。
それから、鹿を解体し。
換金できるものを売り払う。
ゴブリン族やコボルト族にも、転生者がいなくなったことを告げ。
それでやっと一段落した。
肉も、失ったもの以上にいいものができた。
集落の修復も終わる。
こういうときは、族長も動かなければならない。
当たり前の話だ。
オーク族は死ぬまで成長を続ける。
バルハラントは一番力が強い個体であり、こういうときは力仕事を積極的にするのである。
そうでなければ、誰が族長と認めようか。
オーク族は一番働く者が偉いとされている。
たまに暴力だけで一族を従えようとする者もいるが。
だいたい寝首をかかれてすぐに死ぬことになる。
確か先々代の族長がその手の輩で、それについては教訓として一族に語り継がれていた。
集落の修復が終わってから。
エルフ族の詳細には触れず。
ただ、エルフの賢人……ナーフェのことだが。出会ったことを話す。ただ、バルハラントにはナーフェが男性か女性かすらもわからなかったが。
ともかく今大事なのは。
エルフ族が転生者を倒すために特化した存在であること。転生者をこの世界に呼んでいるのは邪神であること。
転生者の力は邪神由来だから凄まじく。
逆らっても絶対勝てないこと。
だからエルフ族を餌にして、連れて行くこと。
そのときには、とにかく褒めること。
相手にへりくだって、それで良い気分にさせること。
それらを周知した。
この説明には、ゴブリン族とコボルト族も呼ぶ。
転生者を引きつけるための撒き餌。
そうして作られたことはわかっているが。それは話さない。いずれにしても、彼らにも必要な話だからだ。
「そのような誇りを捨てた行動……」
「家族どころか一族まで殺し尽くされるぞ。 転生者の力は、世界の何割も焼き尽くしたりすることがあるほどなのだ」
「……っ」
「実際にエルフ族の賢人と出会ってわかったが、エルフ族は転生者を倒すことができる種族だ。 それに、的確に森に誘導して転生者を倒すことができれば、エルフ族は喜んでくれる。 ただし、くれぐれも失礼がないようにな」
何度も丁寧に言い聞かせる。
若い血の気が多い者は、反発を覚えているようだが。
それでも言い聞かせる。
ここで理解させておかなければ、後が大変なことになるからだ。
時々転生者にめちゃくちゃにされる地方があるらしいが。そういうのは、初期消火に失敗した場合なのだろう。
語り部がいる。
力は弱いが、記憶力がいいオーク族だ。
オーク族は基本的に力強さがもてはやされるのだが、たまに頭の方がいいものも生まれてくる。
そういう者は語り部や、商売の交渉をする。
語り部に、今回の一件と、対応策について、歌にでもするように指示をしておく。
ゴブリン族は頭が良いので、それについては念を押すまでもない。
コボルト族はどちらかというと首長を中心に従順な者が多く、彼らの方は今来ている首長に任せるしかない。
それで皆を解散。
後は、エルフ族の森を、遠目に見に行った。
あのレットとかいう転生者。
邪神ソクの力が抜けてからは、弱々しい者へと落ちていた。
力を振るうのは心底楽しそうだったが。
力を抜けてしまってからは、いつもの本来の姿に戻ったようだった。
地球とやらがどういう世界なのかは知らないし、知りたくもない。
ただ、レットもやはり被害者だったのではないかと、バルハラントは思う。
凄まじい勢いで森が修復されていく。近づいてはいけない。あそこは聖域として機能する場所だからだ。
レットには、結局人は殺されなかった。
それだけでも、今回は転生者の対処としては大成功だった。
一歩間違えれば、レットも躊躇なく人を殺すような精神状態だったし、とんでもない惨劇になっていた。
それを思うと冷や汗が出る。
いずれにしても、敬意を示して、森に礼をする。
オーク族の神にも、戻った後祭壇に礼を言う。
レットはめちゃくちゃな偏見を抱いていたが、オーク族の神はごく温厚な性格とされていて、生け贄など要求しない。
ただ祈りだけがオーク族の神への感謝になる。
祈り、それから日常に戻る。
日常に戻った後は。
毎日を静かに生きながら。
またいつ現れてもおかしくない転生者に備えなければならなかった。
はいというわけで種明かしです。
たいした善行も積んでいないような奴が、転生特典なんかもらって異世界でウハウハとか、世の中舐めてるのかという話です。
そもそも転生があったとして、善行を積んだ善人だったら、そんな転生特典なんぞいらないと、笑って次の人生を送ることでしょう。
不幸な人生だったのは同情に値するかもしれませんが、だからといってそれで弱者に好き勝手な暴力と思想の押しつけをして良いはずがありません。
善人でもない奴が都合よく力をもらって都合が良い場所に案内してもらえる。
それそのものが、罠なのです。
詐欺は甘い言葉と誘惑から始まる。
それはどこの世界でも同じと言うことですね。