今日、呉鎮守府には誰もいない。
1人で何もすることがないと人間は過去の記憶を引っ張り出してノスタルジーに浸り出すものだが、私とてその内の一人ある。
艦娘が出払って1人残されると、私は必ず思い出す記憶がある。
時は遡り1951年の初め、深海棲艦が登場してすぐにシーレーンは破壊し尽くされた。艦娘の登場までの輸送船団の護衛…その役目を担ったのが第二次世界大戦時代の軍艦だ。そして日本においてはわかば型警備艦がそれにあたる。しかし深海棲艦を前に軍艦も民間船も関係なくその多くが犠牲になった。
船団護衛任務…はっきり言ってほとんど死にに行くようなものだったがそれでも祖国で待つ家族のためと戦う男たちがいた…。
私の弟…渚コウジ少佐もそのうちの1人だった。
あいつは昔から真面目で、成績はいつもトップ。
誰かのために…と頑張れる優しい男で、私から見ても良くできた弟だった。
私ができたばかりの日本国海軍、その士官学校に通い始めると弟もそれに続いて士官学校を目指した。
私は『お前は母さんの世話をしてやってくれ』と確かに言ったのだがな…。
互いに士官学校を卒業し私が呉鎮守府に、コウジが舞鶴鎮守府に配属されると次第に疎遠になった。
兄弟の久々の再会…その日は冬の、とてもよく晴れた日だった。
『コウジ…久しいな』
『兄さん、こっちに来るなんて珍しい…人類史上初の艦娘艦隊の育成で忙しいんじゃないか、"提督"?』
『丁度こっちで用事があってな、お前の顔が見たくなった』
『それじゃあ飯でも食べに行こう…久々に兄弟水入らずでさ』
『時間もあるし別に構わないが…珍しいなコウジ、お前から誘ってくるなんて』
『たまにはいいだろ?近くにいいところがあるんだ…それにまだ酒がある』
提督はコウジに連れられ飲み屋へ向かった。
酒も入り2人は久しぶりの再会を大いに楽しんだ。
『何!お前がわかばの艦長か…まだ若いのに』
『深海棲艦が現れてからは常に人手不足だろ?そういうことさ』
コウジは続ける
『実は明日出航するんだ…輸送船団の護衛で』
その言葉に提督は動揺した。今でこそ艦娘の存在により船団護衛は安全な任務になったが開戦間もない当時、外洋に出て深海棲艦と遭遇する可能性の高いこの任務は生還率の最も低い任務だったのだ。
『船団護衛だと…?』
しばらく沈黙が場を支配する。
無理もない…船団護衛の任務を受けるということは死にに行けと言われることと同義なのだから。
するとコウジの方が先に口を開く。
『大丈夫、士官学校での成績はトップだったしきっと上手く出来るさ!』
その言葉は明らかに虚勢だった。
『コウジ…お前のような優秀な若者が、私の大切な弟がなぜそんなことでむざむざ死にに行かなければならないんだ!』
『兄さん!まだ俺が死ぬと決まった訳ではないだろう、十死零生の特攻とは違うんだ…父さんとは違う』
『俺がやらなきゃ…俺とわかばがやらなきゃいけないんだ』
そう語るコウジの真っ直ぐな眼差しからは少しも迷いを感じられなかった。
『そうか…そうだな…すまん、少し熱くなりすぎたよ』
『ほんとだよ、兄さんらしくない』
そのあとは2人はいつも通りに飲み、いつも通りに笑い合った。
目の前の現実から目を背けるように。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけば帰りの列車の時間になっていた。
『そろそろ帰らなければならない…コウジ、今日はありがとう』
『そっか…提督の仕事は忙しいよな…』
少し寂しげにコウジは言うと何かを悟ったように真っ直ぐな眼差しで提督を見つめるた。
『行ってくる、今は兄さんと艦娘だけが人類の希望だ…託したよ』
『あぁ…託された!必ず、必ず生きて帰ってくるんだぞ』
『大丈夫だよ兄さん、きっと帰ってくるさ』
『またな、"提督"』
そう言ってはにかんだあいつの顔を、私は今でも鮮明に覚えている。
出撃から一週間ほどすると輸送船団はその多くが呉に到着した。
しかしその中にわかばの姿はなく…
『わかばはどうしたんだ?』
提督が聞くと輸送船の船長の1人が答えた
『わかばは自ら囮になったんだ…おかげでこんなにも多くの物資を本土に届けることができた…本当にありがたいよ…わかばの艦長さん、なかなかの傑物だったね…失うには惜しい若者だったよ』
その言葉を聞き、提督はやるせない思いでいっぱいになった。
自らの無力さに反吐が出た。
だからそれを忘れようと持っていた最後の一升瓶を片手に酔い潰れるまで飲んだ。
翌日は仕事も手に付かずただ茫然と喪失感に打ちひしがれていた。
艦娘たちに心配をかけまいとすぐにその感情を表に出さないように隠し通したが、喪失感は消えなかった。
それを忘れるために私は戦いに明け暮れた。
深海棲艦を沈めるたびに弟の仇を取った気がしたのだ。
思えば復讐のことばかり頭にあって無茶ばかりしていた気がする。
そんな私に艦隊がついて来られるわけがなく、比叡と阿武隈を失うまで私はそれに気が付かなかった。
運良く艦隊が帰還できたのは彼…ヤマト君のおかげだろう。
彼は強い…その気になれば深海棲艦なんてあっという間に滅ぼせてしまうほどに。
それでも…そんな彼でも無事に帰ってくるまでは不安になる。
"私はまた失うのか"と。
『"提督"、思い詰めた顔してどうしたんだ?』
おまえは!
『コ…』
『こ?』
『なんでもない、ヤマト君…もう帰っていたのか』
『ああ、これから入渠するところだ…』
『珍しいな、いつもなら自己修復機能があるとかでドック入りはしなかったのに』
『まぁ、大破したしな…とにかくもう行くよ、早く傷ついた体を癒したい』
『そうか…』
後から聞いた話だが、ヤマト君は大本営のデータ収集を強制的に手伝わされていたらしい。
彼らのメンツを保つためにも『ヤマト』に頼らざるを得ない状況を早く脱したいのだろうが、それで傷つくのは前線のものたち…艦娘だ。
上層部の人間には嫌気がさす。彼らの都合で艦娘を危険に晒すなど、許してはならない。
だからこそ私は自分自身が許せない。
許してはいけないのだ。
大切な人を、もう二度と失わないためにも。