テイトクとの遭遇の後、ヤマト艦隊はポートモレスビーを目指し今日も海をゆく…はずだったのだが…
ヤマトの傷は本人が思っているよりも深く、鈴谷の進言で一旦傷を癒すことにしたのだ。
寄港したのは沖縄…既に予定からは大幅な遅れが発生している。
『なぁ鈴谷、こんな所で油を売ってる場合では…』
『うるさいし…今は黙って包帯巻かれてて』
『しかし、こうしている間にも深海棲艦の魔の手は…仮称"テイトク"の件もある…俺が行かなきゃ前線の艦娘たちがどうなるか』
『俺がって…それでヤマトが沈んだら意味ないじゃん!』
『大体ヤマトはいつも………今日なんて一人で勝手に傷だらけになってさぁ、心配するこっちの身にもなってほしいじゃん?』
『俺は必ず生きて帰る…だから』
『そう言って死んでいった人を私は何人も見てきたし…コウジ君だって…何度も助けてもらってる身でこんなこと言うのは筋違いかもだけど無茶のしすぎはよくないよ』
"ほらね"と言わんばかりにヤマトのまだ完全に癒えていない傷に触れ、鈴谷は言う。
『艤装は簡単に直せても、体はそうじゃない…一度でも沈んだらそれで終わりなんだよ?』
"艦と艦娘は違う"と…そう語る鈴谷の横顔はどこか悲しげに夕日に照らされていた。
『はい、これで応急処置はおしまい、傷に障るとよくないからもう無理はしないでね?』
鈴谷は念を押す。
その瞳は動揺を隠しきれていない。
『そうだな…手当てありがとう、明日は一日安静にするよ…だが明後日にはここを出航する』
ヤマトも念を押した。
その瞳にはテイトクという存在しか写っていない。
それから2日後、ヤマト艦隊は出航した。
フィリピンを越えても何事もなく、赤道を越えてもなお深海棲艦のしの字も見えない。
こうして安全圏のみを航行していると私たちがかなり勝っているということがわかる。
それでも鈴谷の胸中には不安が募っていた。
南方からの資源輸送を安全に行うためにはオーストラリアの深海棲艦の拠点が邪魔だ。
だが逆に言えば、オーストラリアさえとれば南方で資源を採り放題というわけなのだ。
だからこそ南二号作戦の終着点はオーストラリアにある。
そこに現れた"テイトク"という存在…ヤマトが焦るのも無理はない。
わかってはいても認めたくはない。
そのリスクマネジメントに、ヤマト自身は含まれていないように見えるし、そういう人は死んでいく…鈴谷の経験則だ。
それでも…ヤマトは行ってしまう。
誰かのためにと。
『敵艦隊、発見!』
鈴谷の思考はそこで切り替わる。
『はぁ、休まる暇もないじゃん』
『全艦、対深海棲艦戦闘用意!』
艦隊はヤマトの号令と共に素早く単縦陣へと移行する。
『撃ち方始め!』
砲声がこだまする。
統制の取れた一斉射撃は恐ろしいもので、敵艦隊は次々と落伍していく。
『さて、俺も撃ち始めるとしようかな…』
ショックカノンを敵艦隊へと向ける
が
『ダメだよ、まだ傷が治りきってないんだし…本当はまだ安静にしてもらわなきゃなんだからさ』
鈴谷に止められる。
『それにこの程度の敵、ヤマトの力を借りるまでもないじゃん?』
それを証明するかのように彼女たちは砲弾を命中させ続ける。
砲弾の雨を浴びて怯んだのか深海棲艦は退いていく。
『ほら、楽勝だったでしょ?』
ヤマトはショックカノンの照準を止める。
戦闘の結果に、ヤマトも納得せざるを得なかった。
『そうだな…しばらくはみんなに任せるよ』
ヤマト艦隊はその後も敵を退け続け、進撃を続ける。
そして何度目かわからない朝日に照らされ、ついにポートモレスビーに到着した。
『龍驤、本当に何も見えないのか?』
『ほんまに誰もいないで…少なくとも空からじゃわからんわ』
『おかしい…ここには守備隊として天龍と龍田が配属されていたはず』
しかしそこに天龍や龍田の姿はなく…
広がるのは廃墟ばかりだ。
『もしかしたらもう…』
最悪な予感が鈴谷の頭をよぎる。
『そう悲観するな…大丈夫、艦娘がそう簡単にやられるか』
『そうやで!天龍はんと龍田はんは艦娘の中でも最古参の部類や…だからこそ最前線を任されているんとちゃうんか?』
矢矧と龍驤は鈴谷を元気づける。
『ひとまずは休まない?レディに休息は必要不可欠よ!』
『そうだな…休むか』
ヤマトが腰を下ろしたその瞬間、発砲音が耳をつんざく。
ヤマトがライフル程度でやられる筈がない。
だがその銃弾はヤマトの艤装や体を傷つけられなくても包帯を解くくらいならできた。
『くっ…傷口が開いたか』
『ヤマト!血が…』
『こんなの大したこと…』
『鈴谷が処置し直す!みんなは周囲を警戒して!』
艦隊は砂浜の上に輪形陣で展開する。
『どこから撃ってきたの?』
『空からみてもわからんなぁ…瓦礫が多すぎるわ』
これは深海棲艦の攻撃なのか?
いや、ならばなぜ…
『対人用のライフルなんだ?
…やべ…めまいが…』
『ヤマト?ヤマト!!』
『鈴…谷…』
そこでヤマトの意識は途絶えた。
ハッ
『知らない、天井だ…』
どうやら助かったみたいだ、しかし…
『ベッドの上…ここは…艦の中?』
しかもこの装備…どこかで…
横に目をやると
『鈴谷、心配させたかな…』
どうやら眠っているようだ。
『全く…こんなところで寝てたら風邪ひくぞ?』
ヤマトはパイプ椅子に腰掛け眠る彼女に毛布をかけながら優しく語りかける。
『よっ、司令官さん?それともお邪魔だったかな?』
見知らぬ男の声…
『何者だ!』
ヤマトは反射的に銃を抜き、鈴谷を庇う位置に立つ。
『おっと…命の恩人に対して、礼儀がなってないんじゃないか?』
『命の恩人…?』
『この艦…たしか若葉だったか?ここの設備であんたは命拾いしたんだ…まぁ、あんたを撃ったのも俺だけどな…』
『なぜ俺を撃った?』
『ヤマトさん…あんたは瓜二つなんだよ、テイトクに』
『どういうことだ…テイトクを知っているのか?』
『あぁ、話せば長くなるが…』
すると彼は語り始めた。
この地で起きた、悲劇を。
一年前、深海棲艦が上陸した時、俺たちはなす術がなかった。
あんたら大国とは違って海軍なんて持ち合わせちゃいないからな。
たとえ苦し紛れだとしても抵抗できたのは羨ましいぜ…。
それからというもの…あの悪魔どもの軍門に下り、捕虜として奴らの基地建設の労働力として俺たちは生かされていた。
後に深海棲艦の重要拠点となる基地だ。
労働環境は最悪で、何人もの同胞が飢えと病で死んでいった。
そんな生活が半年ほど続いたあと、外の奴がやってきた。
それが若葉の艦長…渚コウジだ。
他の乗組員はほぼ全滅…だが彼だけなんとか息があったんだ。
彼は俺たちの希望だった。
あいつはいつも言っていたよ…"必ず艦娘が助けに来てくれる"と、
こんな生活もいつかは終わるとね。
そんなコウジのおかげか、絶望的な状況の中でもみんなで笑って過ごせていた。
そしてそれから何ヶ月過ぎたか…その時はきた。
艦娘の艦隊が来たんだ。
深海棲艦はほとんど出払って、残されたのは俺たちだけ。
だが見張りが残されていて、逃げ出せる状況ではなかった。
俺たちは助けを待った。
だが待てども待てども助けは来ない。
それどころか、基地に対して艦砲射撃を始めていた。
俺たちがまだ中にいるのに。
翌日、何百人といた俺の仲間は20人ほどにまで減っていた。
残りの全員は深海棲艦の基地だった瓦礫の下で死んだんだ。
それ以来、コウジの顔から笑顔は消えた。
あいつの言葉… "必ず艦娘が助けに来てくれる"ってのが一種の呪いになっちまったからだ。
そして
『あいつはテイトクになった…俺たちを裏切ってな』
『裏切り者だから…撃つのか?』
『あぁ、友として…あいつを止めなきゃならん…これは俺のケジメだ』
『そうか、だがやつはもう人を辞めている…艦娘ですら太刀打ちできない、ただの人間にどうこうできる存在では…』
『だからケジメなんだよ…化け物を生み出してしまった俺たちのな』
『そうか…』
そう語る彼の顔は覚悟を決めた漢の顔だった。