曰く、ホリス・モーガンの父――アデル・モーガンは、ウィリアム・マイルズと長年にわたり刃を預け合った友であったという。
教団の古参たちから、断片的にその名を聞いたことがある。
詳細は語られずとも、互いの背中を守り合った関係だったことだけは伝わってきた。
ウィリアムがホリスに目をかけていることは、彼自身も感じ取っていた。
任務の質、裁量の広さ、そして叱責よりも沈黙を選ぶ場面の多さ。
だが、その視線が自分の父への情から来るものだとしても、ウィリアムが息子――デズモンド・マイルズにどう向き合うのかは、まったく別の話だ。
ホリスは胸の奥で疼く好奇心を、表情にも声にも出さずに押し殺した。
ここで知るべきは感情ではない。
導師の決断、その理由だけだ。
静かに背筋を伸ばし、彼はウィリアムの言葉を待った。
教団の衣服に身を包んだウィリアムが、ゆっくりと視線を上げた。
年を重ねたその眼差しは、指導者としての冷静さを湛えながらも、今はどこか重い。
部屋の空気がわずかに沈み、言葉を選ぶ沈黙が落ちた。
その視線は、部下を測るものではない。ましてや、敵を見る目でもなかった。ホリスは直感する。
これは命令を下す導師の目であると同時に、答えを探している一人の人間の目だと。
ウィリアムは一度、短く息を吐いた。
「……だからこそだ、ホリス」
その言葉の続きに、何が語られるのか。ホリスは微動だにせず、ただ耳を澄ませていた。
張り詰めた空気を押し分けるように、ウィリアムは重々しく口を開いた。
「……上手く行けば、だ」
低く抑えた声が、部屋に静かに響く。
「今回の件は、テンプル騎士団を釣り上げる好機にもなり得る。奴らが動くなら、必ず痕跡を残す。デズモンドを餌にすれば、こちらが望む形で姿を現す可能性が高い」
冷静な分析。導師としての判断だった。だが、その言葉の端々に、危うさが滲む。
息子を「餌」と呼ぶ覚悟と、それでも手放しきれない躊躇。
その両方を、ホリスは聞き逃さなかった。
「だから追わない。表に出さず、だが見失うな」
ウィリアムの視線が、まっすぐホリスを射抜く。
「ホリス。お前に任せよう」
命令は簡潔だった。だが、その裏に預けられたものの重さを、ホリスは理解していた。
これは監視任務ではない。
教団の未来と、導師の覚悟、その両方を背負う役目だった。
その答えを聞き、ホリスは一切の感情を表に出さず、静かに頭を下げた。
声は硬く、揺らぎはない。従順であり、忠実であり、そしてそれ以上でも以下でもない。任務として与えられた以上、彼は迷わず遂行する。
教団の廊下を進む中で、ホリスはデズモンド・マイルズ――或いは親子の情について思考を巡らせる。
教団の廊下を進みながら、ホリスは足音を殺したまま思考を巡らせていた。石壁に反響する自分の呼吸は一定で、歩幅も変わらない。だが、意識の奥では先ほどの光景が何度も反芻されていた。
ウィリアム・マイルズが見せた、息子への情。合理と覚悟の裏に、確かに滲んでいた迷いと躊躇。追わぬという判断、餌にするという選択、そのどちらにも含まれていた、切り捨てきれない何か。――あれが、親子の情というものなのだろうか。
ホリスがデズモンド・マイルズへの指導を命じられたのは、つい二年ほど前のことだった。
父の死を齎した大粛清の日から、まだ一年しか経っていない頃だ。
血と混乱の記憶が教団に色濃く残る中、ホリスは感情を乱すことなく、順調に任務をこなしていた。若年ながらも成果は確かで、彼の名は静かに、しかし確実に評価を集めていた。
その彼のもとに下されたのが、ある指令だった。
――次世代候補生を直接指導せよ。
特別な任務ではない。だが、指名された名を見た瞬間、ホリスは一瞬だけ視線を止めた。
デズモンド・マイルズ。
導師の息子であり、同時に、将来を見据えた重要な血統。
その少年を、自らの手で鍛えよという命令だった。
理由は明示されていない。だが、その裏にある意図を、ホリスが察せぬはずもなかった。