デズモンド・マイルズは、ハナタレ小僧――率直に言えば、クソガキと呼ぶに相応しい存在だった。
教団の規律を前にしても落ち着きがなく、口を開けば疑問か反論、時には軽口まで叩く。集中力はあるが持続しない。
才能は見えるのに、それを自覚しきれていない厄介さがあった。
いくら若手とはいえ、すでに実戦を潜り抜けてきたホリスにとって、その態度は目に余った。
敬意が足りないとか、恐れを知らないとか、そういう次元ですらない。
ただ単純に、扱いづらい。
だからこそ、ホリスは内心で遠慮なく「クソガキ」と分類していたし、その呼称に対して良心が痛むこともなかった。
もっとも、その評価は軽蔑とは少し違っていた。
刃の握り方、足運び、危機察知の勘――粗削りながらも、確かな芽はある。
だからホリスは手を抜かない。
容赦もしない。
クソガキはクソガキなりに、叩き直す価値がある。
そう判断した時点で、彼はすでに師としての役目を引き受けていたのだ。
だが、当の本人は現代っ子らしい利発さ――生意気さとも言う――を遠慮なく振りかざしていた。
教団の訓練、信条、暗殺という行為そのものを、彼は直感的に「おかしい」と切り捨てる。
理解は早い。状況把握も的確だ。
だからこそ、拒絶もまた鮮やかだった。
デズモンドにとって、この環境は明らかにイカれていた。
隠し刃だの信条だのを真顔で語る大人たちは、どう見ても正気とは思えない。
彼の目には、教団は武装したヒッピー集団か、時代錯誤のカルトに映ったらしい。
そうした認識を、彼は悪びれもせず口にする。
その物言いに、周囲の教団員は眉をひそめたが、ホリスは叱責しなかった。
ただ冷めた目で観察する。
逃げる理由を、恐怖ではなく理解から選んだ――それは、アサシンとしては致命的だが、人間としては健全だ。
ホリスは思う。このクソガキは、やはりここに馴染むべき人間ではないのかもしれない、と。
大粛清が起きたあの日、ホリスはデズモンド・マイルズの未来を予知していた。
ホリスは、その姿を認識した瞬間、本能的に悟った。
――これは揺るがぬ未来だ、と。
避けようとしても、形を変えて必ず辿り着く、そういう類の結末。
映像は断片的だった。
まず、異様な光。太陽フレアの膨張。空が焼け落ちるような白と金の奔流が、世界を包み込む。
次に、場違いなほど絢爛な衣装を纏った二人の“幽霊”。人の形をしていながら、確かに人ではない存在。
彼らは言葉を発さず、ただそこに立っていた。観測者のように、裁定者のように。
そして、デズモンド。
彼は何かを選び、何かを決断する。
その瞬間、全身から力が抜けたように崩れ落ちる。
叫びもなく、抵抗もなく。
ただ静かに膝を折り、地に伏す。
微塵も動かないその姿を見た時、ホリスは理解した。
――息絶えている、と。
デズモンドが、いずれどのような経緯で“あの選択”に辿り着くのか――それは、今のホリスには見えなかった。
未来予知は万能ではない。
映るのは結果の断片だけで、そこへ至る理由や感情の揺らぎまでは教えてくれない。
現時点のデズモンドは、どう贔屓目に見ても、ただのクソガキだ。
反抗的で、口が減らず、信条よりも自分の感覚を信じている。
だが、運命というものは、追いかける必要がない。
望むか否かに関わらず、逃げ道を塞ぐようにして、人の前に姿を現す。それをホリスは嫌というほど知っていた。
だから今は、先のことを考えない。ただ、与えられた役割を果たすだけだ。
「よそ見をするな」
低く告げた直後、ホリスの足が動いた。
無駄のない踏み込みからの足払い。
力は抑えられているが、容赦はない。
バランスを崩したデズモンドは短い悲鳴を上げる間もなく、背中から地面に叩きつけられた。
藁を敷き詰めた場所に転ぶよう技をかけたので、痛みは軽減されているはずだ。
「――っ、なにすんだよ!」
抗議の声を上げるデズモンドを見下ろしながら、ホリスは眉一つ動かさない。
「今のは警告だ。敵は、お前が理解するまで待たない」
差し出された手はない。自力で立てという無言の命令だ。
デズモンドは歯を食いしばり、苛立ちを隠そうともせずに身体を起こす。
その様子を、ホリスはただ観察する。
転ばされた理由を怒りで終わらせるのか、それとも学びとして飲み込むのか――その違いが、いずれ運命の分岐点になる。
未来は、必ず来る。
それまでホリスは、刃を振るい、教え、そして見届けるだけだ。
……と言っていたのも、今となっては懐かしい記憶だ。
あのクソガキが、あのデズモンド・マイルズが、教団を脱走するなどとは――少なくとも、その時のホリスは本気で想像していなかった。
反抗的ではあったが、完全に拒絶していたわけではない。
理解しようとし、理解できないと判断しただけの少年だと、そう思っていた。
あと数週間。
ほんの数週間あれば、体術訓練の基礎を叩き込み終えられた。
重心の置き方、受け身、最低限の近接戦闘への耐性。
逃げるにしても、生き延びるための技術を残せたはずだった。
だが、デズモンドはその前に消えた。
恐怖に駆られてではない。
理解した末に、「ここに居てはいけない」と判断して。
ホリスは責める気にはなれなかった。
それは弱さではない。選択だ。
その後、新たに見た未来予知は、今よりも成長し、二十代半ばほどになったデズモンドの姿だった。
顔立ちは大人になり、かつての面影を残しながらも、どこか疲れた目をしている。
舞台は夜の街。
ネオンが滲むバーの裏手で、仕事着を脱ぎ、私服に着替え終えた直後――背後から伸びる影。
次の瞬間、視界が暗転する。
テンプル騎士団のフロント企業。
アブスターゴの名が、はっきりと焼き付いていた。
抵抗はほとんどない。いや、できなかったのだろう。
麻酔、スタンガン、あるいはそれに類する手段。
手慣れた動きから見て、計画的な拉致だった。
だが同時に、ホリスは別のことにも気づく。
バーのカウンターに立つ姿は板についており、仕事着を着替える手つきにも迷いがない。
少なくとも、表の世界では、それなりに上手くやっているようだった。
皮肉だ、とホリスは思う。
教団では馴染めなかった少年が、何も知らぬ一般社会では、普通の人間として生き延びている。
その未来が、結果的にテンプル騎士団の目に留まるのだとしても。
未来予知は断片的だ。
なぜその場に居たのか。なぜ逃げられなかったのか。
そこから先で、デズモンドがどうなるのか――すべては見えない。
だが一つだけ確かなことがある。
運命は、こちらが望まなくとも向こうから転がり落ちてくる。