一見すれば、ホリス・モーガンは疑いようのない才人だった。未来を垣間見る力、常人を凌駕する身体能力、判断の速さと冷静さ。
だがその才は、同時に傲慢さを育てた。未来を知っているという慢心が、決定的な一瞬の遅れを生み、父を死地へ追いやった。
そして、息絶える間際に語られた愛――それは、ホリスが生きてきた中で一度も実感したことのないものだった。
理解できなかったからこそ、その言葉は胸に深く刺さり、抜け落ちることはなかった。
それ以降、ホリスは選択を迫られ続けた。
未来予知に映る破滅を回避するためか、あるいは父から叩き込まれた「アサシンとして生きる」という在り方に縋るためか。
理由は曖昧なまま、彼は鍛錬に身を投じた。
感情を削ぎ落とし、遊びを捨て、刃と教義だけを信じる日々。
結果として、彼は二十代前半という異例の若さで教団のマスターアサシンとなる。
理想的、模範的、非の打ち所がない――周囲はそう評した。
だが、その評価が彼自身を救うことはなかった。
理想のアサシンと呼ばれる仮面の下で、ホリスは今も問い続けている。
見えた未来に従って生きているのか、それとも抗っているのか。
父が命と引き換えに示した「生きろ」という言葉に、応えられているのか。
その答えを知る者は、他ならぬホリス自身だけだった。
父の死は、ホリスにとって今もなお、言葉に置き換えられない感情を呼び起こす。
悲しみとも、怒りとも、後悔とも違う。
名付けようとすれば零れ落ち、無視しようとすれば胸の奥で疼く。
過去として整理するには、あまりにも生々しく、近すぎた。
だが、決めたことはひとつだけだ。
――父を。
――教団の人々を。
――同胞を傷つけ、混乱へと突き落とした元凶を。
ダニエル・クロス。
その名は、もはや標的以上の意味を持っていた。
復讐でも、正義でもない。
ホリスにとってそれは、必ず遂行されるべき結果だ。
ダニエル・クロスは、必ず俺が殺す。
その誓いは声に出されることなく、静かに胸の奥に沈んだ。
怒りを燃やすでもなく、感情に溺れるでもない。
ただ冷え切った確信として、刃と共に在り続ける。
ホリス・モーガンは、そうやって今日も立ち上がる。
過去を背負い、未来を選び取るために。
アニムスとの同期が終了し、記憶の奔流から意識が引き戻される。
耳鳴りのような残響が薄れ、現代の光が視界に滲んだ。
ホリスはゆっくりと上体を起こし、深く息を整える。
過去の感情がまだ皮膚の裏に張り付いている感覚があった。
彼は無言のまま、指先を動かす。
一本ずつ、確かめるように屈伸させ、感覚の遅延や痺れがないかを確認する。アニムス同期後の僅かな違和感――それは、アサシンにとって致命的になり得る。
刃を抜く瞬間に狂いが生じれば、それだけで命取りだ。
異常はない。判断を下すと、ホリスは立ち上がった。
過去は過去だ。だが、そこから持ち帰ったものは、確かに今も彼の内側にある。
アニムスとの同期は、現実の身体と意識の剥離を齎す。
感覚は引き裂かれ、時間軸は曖昧になり、時に自分がどこに立っているのかさえ見失いかける。
だがその代償として、ホリスは戦うことを学んだ。
刃を交え、死線を越え、勝ち残った記憶――それを、何十年分も一気に積み上げることができる。
過去の達人たちが重ねてきた判断と失敗、そのすべてが、今の彼の血肉となる。
剥離は危険だ。人を壊す。
だが、ホリスはそれを恐れない。
失うものはすでに失った。
残ったのは、刃を振るう理由と、必ず果たすべき復讐だけだ。
アニムスの残響が消えた後、彼の目に宿るのは迷いではない。
長い記憶の果てに研ぎ澄まされた、静かな殺意だった。
父の死も、誓いも、すべてが刃の重さとなって、静かに身体に馴染んでいた。