街がスペースゴジラシティと化したけど今日もわたしは学校に行く   作:よよよーよ・だーだだ

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1、わたしの街のこと

『生には何の意味も無い』という事実は、生きる理由の一つになる。唯一の理由にだってなる。

――エミール=シオラン(思想家)

 

 

4月8日(月)晴れ

 

 今日から中2。新学期。

 朝5時半にスペゴジアラートで起きた。

 

 でも誤報だった。最近多い。お母さんは「もう鳴らないでほしい」って言ってたけど、鳴らなくなったら困るし。

 朝ごはんは冷たいご飯と昨日の味噌汁。電気の時間が6時からだから、温められなかった。弟のケンジが「スペースゴジラってやっぱりかっこいいよな、宇宙から来たんだよ?」って言って、お父さんが「黙れ」って怒鳴った。お母さんは何も言わずに弁当を詰めてた。

 配給の列に並ぶのはお母さんの仕事。わたしは学校に行けばいいだけだから楽。

 学校までは自転車で20分。B区画を通る。C区画は先週スペースゴジラが動いたから、まだ瓦礫が片付いてない。C区画に住んでたクラスメイトの何人かは、まだ学校に戻ってきてない。

 途中、いつもの場所で撤去作業のおじさんたちが働いてる。うちのお父さんもあそこにいる。手を振ったけど、気づいてくれなかった。

 学校は相変わらず。体育館が避難所になってるから、体育の授業はない。というか体育の先生が辞めちゃったから、元々ないんだけど。

 

 新しいクラス発表。

 掲示板に、名前が並んでる。

 わたしの名前を探した。

 2年3組。新しいクラス。担任は長谷川(はせがわ)先生。去年と同じ。

 長谷川先生、始業式で「君たちは真実を知る必要がある」って演説してた。「スペースゴジラの襲来は偶然じゃない」「政府は何かを隠している」「宇宙からの警告なんだ」って。

 隣のユイが「また始まった」って小声で言った。リンは無表情。アオイはメモ取ってた。

 昼は各自持参の弁当。わたしのは卵焼きとご飯だけ。ユイのは豪華。お肉とか入ってる。ユイの家は闇市で商売してるから。「交換する?」ってユイが聞いてくれたけど、「いい」って言った。別に悪いわけじゃないけど。

 リンは弁当をすごく早く食べ終わる。いつも一人で食べてる感じ。わたしたちと一緒にいるけど、どこか遠い。リンのお兄ちゃん、まだ見つかってない。多分もう、って思うけど、言わない。

 アオイは午後から『会』の「集会」があるって早退した。アオイは週に3回は行ってる。「一緒に来なよ!」って誘われるけど、「いいや」って断ってる。

 

 放課後、ユイとリンと3人で旧市街の映画館跡に行った。スペースゴジラのせいで屋根が半分ないけど、座席はまだある。そこに座って、何をするでもなく喋る。

「スペースゴジラがいなかったら、わたしたち何してたかな」ってユイが聞いた。

「わかんない」ってわたしは答えた。

 リンは何も言わなかった。

 帰り道、駄菓子屋のおばあちゃんの店に寄った。店は半分壊れてるけど、毎日開いてる。飴を1個20円で買った。昔は10円だったらしい。

「元気にしてるかい」っておばあちゃんが聞いた。

「元気です」って答えた。

 本当は元気かどうかよくわからない。でも、生きてるから元気ってことにしてる。

 

 家に帰ったら、お父さんが居間で座ってた。仕事はどうしたんだろう。聞かなかった。

 お父さんの目が赤かった。泣いてたのかもしれない。

 お母さんは夕飯を作ってた。音がしないくらい静かに。

 ケンジは自分の部屋でゲームしてた。

 

 今日も皆元気。明日も学校。

 

 

4月9日(火)曇り

 

 今日は普通の日だった。普通って何かよくわからないけど。

 朝のアラートはなし。でも念のため5時半に起きた。もう癖になってる。

 

 長谷川先生の国語の授業。教科書を読むはずだったけど、途中から「言葉の力」について話し始めた。「マスコミは嘘をつく」「本当の情報は隠されている」「スペースゴジラについて政府が発表していることの半分は嘘だ」とか。

 クラスの半分くらいは真面目に聞いてる。もう半分は寝てるか内職してる。わたしは窓の外を見てた。

 窓から、立入禁止区域が見える。フェンスの向こうに、宇宙からやってきたスペースゴジラが見える。今日は動いてない。ずっと座ってる。

 たまに、スペースゴジラが動くと光る。結晶の光。きれいだと思う。でも、それで人が死ぬから、きれいとか思っちゃいけないのかもしれない。

 

 昼休み、アオイが『会』の本を配ってた。『ニューノーマル 怪獣と共に生きる』ってタイトル。

「読んでみて!目から鱗だから!」ってアオイが言う。受け取ったけど、多分読まない。

 ユイが「アオイ、変わったよね」って言った。

「うん」ってわたしは答えた。

「戻ってくるかな」

「わかんない」

「……。」

 リンは何も言わなかった。

 

 放課後、配給センターに寄った。お母さんが働いてるから。

 お母さんは黙々と荷物を運んでた。わたしに気づいたけど、手を振るとかはしなかった。仕事中だから当たり前だけど。なんか、お母さんがロボットみたいに見えた。

 

 帰り道、スペゴジアラートが鳴った。

 みんな慣れてるから、すぐに避難行動。わたしも近くのビルに入った。

 15分後、解除。誤報じゃなくて、スペースゴジラが少し動いただけ。D区画の方。「またか」って誰かが言った。

 

 家に帰ったら、お父さんがお酒を飲んでた。昼間から。

 お母さんが「ご飯できてるわよ」って言ったけど、お父さんは動かなかった。

 ケンジと2人で先に食べた。

「お父さん、なんか変だよね」ってケンジが言った。「昔からじゃない?」ってわたしは答えたけど嘘。昔は違った。でも、ケンジは昔のお父さんをあんまり覚えてないかもしれない。

 

 夜、窓からスペースゴジラが見える。今日は月が明るいから、シルエットがはっきり見える。肩の結晶みたいなのがキラキラしてる。

 スペースゴジラがいなかったら、わたしは何してたんだろう。

 塾とか、部活とか、そういうのかな。

 でも想像できない。

 

 明日も学校。

 

 

4月10日(水)晴れ

 

 学校の帰り、一人になった。 

 ユイは用事があるって言ってた。家の手伝いらしい。リンは無言で先に帰った。アオイは『会』の集会に行っちゃった。

 わたしはなんとなく、展望台に行きたくなった。理由はわからない。

 ただ、わたしの街を上から見てみたくなった。

 

 展望台は街の北側にある小さな丘。自転車で15分くらいで、坂道がきつい。

 最初は平坦な道。住宅街を抜けて、田んぼの横を通って。

 やがて、坂が始まった。

 ペダルが重い。漕いでも、漕いでも、進まない。足に力を込める。太ももが痛い。

 途中、何度か止まった。自転車を降りて、押して歩いた。汗が出てくる。

 でも、頑張って(のぼ)った。

 

 周りの景色が、少しずつ開けてくる。木が増えてくる。杉の木、檜の木。空気が変わる。木の匂いがする。土の匂いがする。

 鳥の声が聞こえる。何の鳥かわからないけど、澄んだ良い声だった。

 坂の終わりが見えてきた。最後の力を振り絞って、ペダルを漕いだ。

 

 着いた。

 高台の平らな場所に、砂利が敷いてある。

 自転車を止めた。スタンドを立てて深呼吸した。

 大きく息を吸って、吐いて。

 胸が痛い。心臓がドキドキしてる。

 でも、風が吹いてて気持ちがいい。

 

 高台の上には展望台がある。

 木造の、古い建物。二階建て。壁が剥げてる。ペンキが剥がれて、木の色が見えてる。

 昔はデートスポットで、カップルが夜景を見に来てたらしい。

 でも今は、誰もいない。お土産屋さんは、シャッターが閉まってる。自動販売機は、1台だけ残ってる。でも、電気がついてない。商品も入ってない。

 看板が立ってる。

「立入注意 老朽化のため」

 でも、立ち入り禁止じゃない。注意、なだけだ。

 わたしは展望台に向かった。

 

 階段を上って、二階に上がった。

 床がきしむ。誰もいない。窓ガラスが割れてる。ガラスの破片が床に落ちてる。わたしは、ガラスを踏まないようにそっと歩いた。

 展望台の端まで来た。柵がある。木の柵。これも古い。

 ……息を整えた。心臓の音が、少し落ち着いてきた。

 そして柵に手をかけ、身を乗り出して街を見下ろした。 街が全部見えた。

 

 わたしの街。

 生まれ育った街は結晶に覆われていた。

 

 道路に、結晶。細いのも、太いのも、タケノコみたいにニョキニョキ生えてる。

 ビルの間に、結晶。ビルより高いのもある。

 学校の校庭にも、結晶。

 住宅街にも、結晶。

 川沿いにも、結晶。

 街全体が、結晶だらけだった。

 ……きれい、と思った。圧倒されるくらい、きれい。まるで街全体が宝石箱の中みたいだ。

 

 そしてその中心に怪獣、スペースゴジラが立っている。

 

 遠くから見ても、その巨大さがわかる。

 周りのビルと比べると、その大きさが際立つ。身長は50メートル以上あるらしい。

 青い皮膚は、岩みたいにゴツゴツしてる。背中に大小様々のいくつもの結晶が生えていて、肩にも巨大な結晶、左右に一本ずつ。まるで角みたいだ。

 この肩の結晶が、一番目立つ。街のどこからでも見える。きっとスペースゴジラの、象徴みたいな存在なんだろう。

 スペースゴジラは動かない。

 じっと立ってる。

 でも、生きてる。

 確かに、生きてる。

 

 スペースゴジラは、街を見下ろしていた。いや、見下ろしてるわけじゃないのかもしれない。ただ、そこにいるだけかもしれない。

 でも、わたしには見下ろしてるように見えた。この街を、わたしたち人間を支配してるみたいに。

 

 太陽が、少し傾いてきた。

 西日が、結晶を照らす。結晶がオレンジ色に光る。白からオレンジへ、街全体が燃えてるみたいに見える。

 展望台を降りて、自転車に乗って、ブレーキをかけながら坂を下りた。

 家に帰る途中、スペースゴジラの方を見た。

 もうビルに隠れて全体は見えないけど、背中の結晶が見える。オレンジ色に光ってる。

 今日もスペースゴジラは動いてなかった。

 

 家に帰ったら、お母さんが玄関に出てきた。

「遅かったわね」

 少し心配そうな顔。眉をひそめてる。

「ちょっと寄り道した」

 わたしは靴を脱ぎながら答えた。

「どこに?」

「高台の展望台」

 お母さんは、少し驚いた顔をした。

「一人で?」

「うん」

「……そう」

 お母さんは、それ以上何も聞かなかった。

 でも、わたしの顔をじっと見た。何か言いたそうだった。

 でも、言わなかった。

「……手、洗ってきなさい。もうすぐご飯よ」

「うん」

 

 夕飯は、味噌汁とご飯と漬物。

 お父さんは黙って食べてた。箸を動かす音だけ。

 ケンジは「おかわり」って言った。大きな声で。

 お母さんが「はいはい」って答えた。

 いつも通り。

 普通の夜。

 テレビがついてる。ニュースをやってる。

 「配給の量が、来月から少し増えます」って。

 お母さんが「良かったわね」って言った。

 でも、わたしの頭の中には、あの光景が残ってた。

 

 結晶に覆われた街。

 その中心に立つ、スペースゴジラ。

 オレンジ色に光る、夕暮れの結晶。

 きれいで、異様な光景。

 わたしは、それを一生忘れないと思う。

 

【挿絵表示】

 




毎年始めはスペースゴジラを書いてる気がする。続きます。

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