街がスペースゴジラシティと化したけど今日もわたしは学校に行く   作:よよよーよ・だーだだ

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3、毎日のこと

4月12日(金)曇り

 

 ユイにLINEしようとしたけど、送信エラー。

 この辺り、電波が悪い。スペースゴジラのせいらしい。30分後にもう一回送ったら届いたっぽい。

 

 駅前に、また新しい看板ができてた。

「宇宙エネルギー科学会 入会相談受付中」

 前は銀行があった場所。銀行は去年の10月に閉鎖された。「資産価値が維持できない」とかなんとか。お父さんが「貯金がパーだ」って言ってた時の顔を思い出す。真っ青だった。

 今は『会』の本部になってる。立派な建物。スペースゴジラの結晶をモチーフにしたデザインらしい。本物の結晶より、なんかピカピカしてる。成金趣味って感じ。

 

 アオイが「明日、佐上(さがみ)様の講演会があるんだけど来ない?」って誘ってきた。

 アオイの顔は、最近いつもキラキラしてる。でも、昔のアオイが笑った時のキラキラとは違う。何が違うのか、うまく言えない。

「遠慮しとく」って答えた。

「もったいないなあ。わたしの人生、変わったんだよ?」

 変わったって、どういうことだろう。アオイは前はがり勉だったけどたしかに明るくなった。でも人生の何が変わったんだろう。聞けなかった。

 ユイが「宗教ってさ、お金かかるんでしょ?」って聞いた。

「献金は自由だよ。わたしのお母さん、毎月3万円納めてる」

「3万!」

 ユイが驚いた声を出した。わたしも心の中で驚いた。3万円って、うちの食費より高い。うちは4人家族で、1ヶ月の食費が2万円くらい。配給と闇市と、お母さんが節約して、やっと2万円。

「でも、救われるんだから安いもんだよ」

 救われるって、何から? 気になったけどわたしは聞かなかった。

 アオイは満足そうに去っていった。

 

 放課後、図書室に行った。図書室は相変わらず開いてる。司書の石原先生が一人で頑張ってる。石原先生は、スペースゴジラが来る前から図書室にいた。変わらない人。

「今日は誰もいないね」って石原先生が言った。

「そうですね」

 本当に、誰もいない。本棚には本がいっぱいあるのに。わたしは適当に本を取った。『星の王子さま』。小学校の時に読んだ。

「みんな、本を読まなくなったわ」

 そう言いながら、先生は本を並べてた。几帳面に、背表紙を揃えて。

 窓の外に、結晶が見える。図書室は3階だから、街のあちこちに生えた結晶が見渡せる。白く光ってる。きれいだけど、異様だ。

「先生は、スペースゴジラのこと、どう思いますか」って聞いてみた。自分でも、なんで聞いたのかわからない。

 先生は少し考えてから答えた。先生はいつも、少し考えてから答える。

「……わからないわ。でもね、人間って不思議ね。怪獣が来ても、本を読む人は読むし、読まない人は読まない」

「はあ」

 わたしは相槌を打った。よくわからなかったけど、なんとなく納得した。

「あなたは、どう思う?」

「わたしも、わかんないです」

 先生は笑った。優しい笑い方だった。

「それでいいのよ」

 わたしは『星の王子さま』のページをめくった。「大切なものは、目に見えない」って書いてあった。

 そうだろうか。窓の外のスペースゴジラと結晶は、すごく目に見える。

 

 

4月14日(日)晴れ

 

 日曜日、お父さんは仕事。復旧作業は休みなし。お父さん、最近ずっと疲れた顔してる。

 お母さんが「買い物行くわよ」って言った。買い物って言っても、配給じゃない方の買い物。闇市。正式には「新市場」って呼ばれてるけど、みんな闇市って言ってる。闇市の方が、なんか実態に合ってる気がする。

 B区画の空き地に、テントがいっぱい並んでる。色とりどりで、お祭りみたい。でもお祭りじゃない。みんな必死に買い物してる。

 野菜、肉、魚、服、電化製品、なんでもある。スペースゴジラのグッズまである。キーホルダーとか、Tシャツとか。「I ♥ スペースゴジラ」って書いてある。誰が買うんだろう。

 値段はどれも高い。でも配給だけじゃ足りないから、みんなここで買う。お金で買えるものもあるし、物々交換もできる。お母さんは配給センターで貰った缶詰を何個か持ってきてた。カバンに詰めて、重そうに持ってた。

「キャベツ2個と交換して」ってお母さんが言った。

「缶詰3個ね」って店の人が言った。

「2個でどうにか」

「じゃあキャベツ1個」

 交渉してる。お母さん、昔は値切ったりしない人だったのに。スペースゴジラが来てから、変わった。

 結局、缶詰2個でキャベツ1個になった。結局割高だ。お母さんは少し悲しそうな顔をした。でもすぐに普通の顔に戻った。

 ケンジが「お母さん、ゲームソフトほしい」って言った。

「ダメ」

「なんで?」

「食べ物が先」

 ケンジはしょんぼりしてた。ケンジは、まだ小学生だから、わかってないんだろうな。食べ物が一番大事だってことが。

 

 市場を歩いてたら、見覚えのある顔があった。松尾(まつお)さんだ。

 松尾さんは不動産屋で、わたし、一回だけ見たことある。お父さんが家を探してる時、一緒についていった。松尾さんは、その時すごく丁寧だった。低姿勢で、「ありがとうございます」って何回も言ってた。

 今は、市場で一番大きな店を経営してる。「松尾総合商店」って看板がある。看板も新品で、ピカピカしてる。

 松尾さんは、金のネックレスをしてた。腕時計も金色。服も派手。昔とは全然違う。

 

「おお、市川の奥さん! 元気?」って松尾さんが声をかけてきた。声も大きくなった気がする。

 お母さんは「ええ、なんとか」って答えた。お母さんの声は小さい。

「うちに良い豚肉入ってるよ! どう?」

「いくらですか」

「まあまあ、見てって!」

 松尾さんの店は、他の店と比べて大きい。肉も野菜も米も、なんでもあった。品揃えが良すぎる。どうやって仕入れてるんだろう。

「どうやってこんなに仕入れるんですか」って聞いたら、松尾さんは笑った。自信満々の笑い方。

「企業秘密! でもね、今はコネが全てだよ。誰を知ってるかが大事なの」

 コネって何だろう。よくわからないけど、松尾さんは得意そうに言ってた。

 結局、お母さんは豚肉の小さいパックを買った。値段は聞かなかったけど、多分高い。お母さんが財布からお札を何枚も出してた。

 

 闇市の奥の方で、見慣れない店があった。

 テントじゃなくて、ちゃんとしたブース。白い布で覆われてて、看板が立ってる。

「ゲマトロン演算ピラミッド スペースゴジラ対策の決定版」

 近づいてみた。テーブルの上に、ピラミッド型の置物が並んでる。

 高さ20センチくらい。鮮やかな緑色で、表面がキラキラしてる。プラスチックっぽいけど、安っぽくない感じ。底面には、複雑な回路図みたいな模様が描かれていた。

 白い服を着た30代くらいの女性が、笑顔で店番してた。

「いらっしゃいませ。スペースゴジラの放射能と電磁波、気になりませんか?」

 優しい声。押し売りじゃない感じ。

「これは、ゲマトロン数学の研究に基づいた画期的な製品です。ピラミッドの形が持つエネルギー増幅効果と、内部のゲマトロン演算結晶の宇宙エネルギー波動が、有害な放射能と電磁波を中和します……」

 テーブルの上に、説明書きが置いてある。

 専門用語がいっぱい。「黄金比」「スカラー波」「ガルビトリウムパワー」「ゼロポイントエネルギー」「エジソンコイル」

 図解もある。ピラミッドの内部構造が描いてある。でも、わたしには何のことかわからない。

 女性は言った。

「お値段は、一つ42,000円です。大きいサイズは68,000円になります」

 42,000円。

 うちの家族の2ヶ月分の食費より高い。

 でも、買ってる人がいた。

 50代くらいの女性。きれいな服を着てて、バッグも高そう。

「これを寝室に置けば、家族を守れるのね」って言ってた。

 大きいサイズを選んでた。68,000円の方。

 現金で払ってた。お札を何枚も。

 店番の女性が、わたしたちに気づいた。

「学生さんには、携帯用もありますよ。こちらは3,800円」

 小さいピラミッドを見せてくれた。手のひらサイズ。キーホルダーになってる。

「ランドセルやカバンにつけるだけで、脳を電磁波から守れます」

 3,800円でも高い。

 ケンジが「帰ろう」って言った。

 わたしたちは、その場を離れた。

 振り返ったら、また別の人が大きいピラミッドを買ってた。

 68,000円を、迷わず払ってた。

 両手で大事そうに抱えて、店を出ていった。

 

 帰り道、お母さんがぼそっと言った。

「……あんなに儲けて」

 お母さんの声は、なんか複雑だった。

「ずるいの?」

「ずるいわけじゃないけど」

 お母さんは黙った。しばらく歩いてから、また話し始めた。

「昔は、地道に働いてる人が偉かったのに」

「今は違うの?」

「……わからないわ」

 お母さんは、また黙った。わたしも黙った。

 空を見上げたら、ビルの隙間からスペースゴジラのシルエットが見えた。遠くて小さいけど、確かにいた。

 

 

4月15日(月)晴れ

 

 長谷川先生が、授業中にYouTubeを見せた。国語の授業のはずなのに。

 

 「これが真実だ」って先生の声は、いつもより大きかった。興奮してる感じ。

 画面には、眼鏡をかけた女の人が映ってた。「独立系ジャーナリストYoutuber:イオリ」って書いてある。背景は、本棚。いっぱい本が並んでる。インテリっぽい。

 「スペースゴジラの襲来は、政府の実験だった可能性が高い」とイオリさんは言っていた。落ち着いた口調で、説得力がある感じ。

 イオリさんはこう言った。

 

「宇宙に持ち込まれたゴジラ細胞が、極秘裏に政府が実験中だった対ゴジラ用マイクロブラックホール砲:ディメンションタイドに誤って吸い込まれて変異を起こした」

「それがホワイトホールから吐き出されるときに結晶生物を吸収し、さらに恒星の爆発による宇宙エネルギーを受けて異常進化して、スペースゴジラになった」

「事故の真実を政府は隠蔽している」

 

 クラスの何人かは「へー」って感心してた。真剣な顔で見てる。

 ユイは「嘘くさ」って小声で言った。

 わたしは「でも証明できないよね」って答えた。

「だってスペースゴジラって宇宙から来たって言われてるじゃん。政府の実験だなんて」

「でも、それも証明できないよね」

「…………。」

 ユイは黙った。困った顔をしてた。

 本当のことって、何だろう。スペースゴジラが宇宙から来たのか、人間が作ったのか、わたしにはわからない。誰にもわからないんじゃないかな。

 

 休み時間、隣のクラスの男子が騒いでた。廊下で。

「イオリさん、めっちゃ再生数多いらしいぞ」

「マジで?」

「100万回超えてる」

「すげー」

「うち親も見てる」

「俺の親も。イオリさんが正しいって」

 長谷川先生も、その輪に入って話してた。生徒と同じテンション。

「イオリさんはね、昔から真実を追求してきた人なんだ」

「マジっすか」

「ああ。マスコミが報じないことを、ずっと発信してきたんだ……」

 わたしは、少し離れたところから、その光景を見てた。先生が生徒と一緒になって、楽しそうに陰謀の話をしてる。変だなって思った。

 でも、何が変なのか、うまく説明できない。みんな楽しそうだし、悪いことしてるわけじゃない。

 ただ、なんか、変だと思った。

 

 

4月18日(木)曇り

 

 放課後、頭にアルミホイルを巻いたおばさんが校門の前に立っていた。

 

 50代くらい、エプロンの上にカーディガンを羽織って、買い物袋を肩にかけてる。近所のおばさんって感じだった。

 でも、頭にはアルミホイル。帽子の上から、何重にもぐるぐる巻きにしていた。

 手にはチラシを持ってた。チラシを配りながらおばさんは言った。

「お願い、読んで! 家族を守ってあげて!」

 声が切実だった。叫んでるんじゃない。お願いしてる感じ。

「スペースゴジラの電磁波は本当に危ないの! うちの子、毎日頭痛がひどくて! 学校も休みがちで……!」

 チラシを受け取る生徒もいたけど、ほとんどの生徒は避けて通ってた。

 クスクス笑ってる子もいた。

「頭にアルミホイルって……」

「やばいよね……」

 わたしもおばさんの前を通り過ぎようとしたら、チラシを差し出された。

 おばさんは言った。

「お願い、読んで。あなたのお母さんに見せて」

「政府の言うことはあてにならない、自己防衛しなくちゃ」

「あなたのためを思って言っているのよ」

 おばさんの目を見た。真剣な目だった。怖がらせようとしてるんじゃない。本気で心配してる目だった。

 受け取った。

 A4サイズの紙。コピー用紙で、手書きのグラフと数字がいっぱい書いてある。「電磁波測定値の推移」「頭痛・めまいの発生率」「子供への影響」「アルミニウムによる遮蔽効果」……細かい字で、びっしりと。

 

 おばさんから離れたあと、ユイが「もらったの?」って聞いた。

「うん」

「読むの?」

「わかんない」

 チラシを鞄に入れた。

 振り返ったら、おばさんはまだ立ってた。「お願いします、お願いします」って何度も言って、チラシを配り続けていた。

 頭のアルミホイルが、夕日を反射して光ってた。

 

 家に帰ったら、お母さんが台所に立ってた。

 わたしは鞄からチラシを出して、テーブルに置いた。

 お母さんが、気づいた。

「それ、何?」

「学校で知らないおばさんが配ってた。スペースゴジラの電磁波だって」

 お母さんは、手を拭いてチラシを読んだ。眉間にしわが寄ってる。

 しばらく黙って読んでから、チラシを置いた。

「……どう思う?」ってお母さんが聞いた。

「わかんない」

「そう」

 お母さんは、また料理に戻った。

 でも、チラシは捨てなかった。テーブルの端に、置いたままだった。

 

 夜、ケンジが頭痛いって言った。

 お母さんは、すぐに体温計を持ってきた。熱はなかった。

 お母さんの目が一瞬、テーブルの端のチラシを見た。でも何も言わなかった。

「……ゲームのやりすぎよ」ってお母さんは言った。

「早く寝なさい」

 ケンジは「はーい」って言って、自分の部屋に行った。

 

 お母さんは、チラシをもう一度見た。

 それから引き出しにしまった。

 捨てなかった。

 

 

4月19日(金)雨

 

 珍しく雨が降った。スペースゴジラが来てから、雨の日が減った気がする。データとか見たわけじゃないから、本当かどうかわからない。でも、そんな気がする。

 雨の日は、結晶が濡れて、もっとキラキラする。水滴が光を反射して、虹みたいに見える。きれいだけど、不気味。

 学校の帰り、雨宿りしてたら、リンが話しかけてきた。リンは、最近あんまり喋らない。でも今日は、自分から話しかけてきた。

「……ねえ」

「ん?」

「わたし、お兄ちゃんのこと、忘れかけてる」

 リンの声は、いつもより小さかった。消え入りそうな声だ。リンのお兄ちゃんは、スペースゴジラがやってきたときに行方が分からなくなった。

 わたしは、何て答えたらいいかわからなかった。でも、黙ってるのも変だから、思ったことをそのまま言った。

「忘れていいんじゃない?」

 リンは驚いたような顔をした。わたしは「だって、辛いでしょ」って続けた。

「うん」

 リンは小さく頷いた。

「忘れた方が楽だよ」

 リンは少し考えてから、「でも、忘れたら、お兄ちゃんが可哀想」って言った。

「そっか」

 わたしは、それ以上何も言えなかった。正しい答えなんてないんだと思う。

 わたしたちは、しばらく黙って雨を見てた。雨は、静かに降ってた。結晶に当たる音がする。カランカランって、風鈴みたいな音。

 しばらくしてリンが言った。

「わたしのお母さん、変わっちゃった」

「どう変わったの?」

「毎日、お兄ちゃんの部屋で泣いてる。ご飯も作らない。仕事も辞めた」

「そうなんだ」

 リンの家、大変なんだ。わたしは何も知らなかった。

「わたし、どうしたらいいかわかんない」

 わたしも、わからなかった。お母さんがおかしくなっちゃったら、どうすればいいんだろう。想像できない。

 とりあえず月並みなことを言った。

「普通にしてればいいんじゃない?」

「普通って?」

「学校行って、ご飯食べて、寝る」

 そう言いながら、これって答えになってるのかなって思った。でも、他に言えることがない。

「それだけ?」

「うん」

 リンは、少し笑った。悲しそうな笑い方だった。

「変だよ、それって」

「そう?」

「でも、それがいいのかも」

 雨が弱くなってきた。わたしたちは、それぞれの家に帰った。

 家に着いたら、服がびしょ濡れだった。着替えながら、リンのことを考えた。リンは、これからどうなるんだろう。

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