街がスペースゴジラシティと化したけど今日もわたしは学校に行く 作:よよよーよ・だーだだ
5月7日(火)曇り
朝、外に出たら、街が変わってた。
何が変わったのか、最初はわからなかった。
建物は同じ。道路も同じ。空も同じ。
でも、何かが違う。
しばらく立ってて、わかった。
ああ、音だ。
ヘリの音がしない。
いつもあった、遠くの機械音がしない。
スペースゴジラの、低い唸り声もしない。聞こえないくらい微かだったけど、確かにあった音。それも、ない。
静かだ。
こんなに静かだったっけ、この街。
スズメの声が聞こえる。チュンチュンって。
風の音も聞こえる。木の葉が擦れる音。
車の音。遠くで誰かが話してる声。
普通の音。
でも、わたしには新鮮に聞こえた。
5月8日(水)晴れ
学校は再開。
教室に入ったら、みんな興奮してた。
「スペースゴジラ、本当に死んだんだって!」
「すごいよね、機龍隊」
「これで普通に戻れる!」
「もう避難しなくていいんだよね?」
「アラートも鳴らないんだよね?」
でも、誰も「嬉しい」とは言わなかった。
「良かった」とも言わなかった。
ただ、「すごい」「やばい」「信じられない」って言ってた。
みんなの顔を見た。
笑ってる子もいる。でも、目が泳いでる。
喋ってる子もいる。でも、言葉が上滑りしてる。
なんか、みんな、どうしていいかわからない感じ。
アオイは学校に来なかった。
アオイの席は、空いたまま。
ユイが、休み時間にわたしの席に来た。
「アオイ、大丈夫かな」
「わかんない」
リンは、相変わらず窓の外を見てた。
でも、今日は何を見てるんだろう。
スペースゴジラは、もういない。
窓の外、立入禁止区域の方を見た。
煙は、もう上がってない。
フェンスだけが見える。
その向こうに、何があるのか、もう見えない。
長谷川先生は、来なかった。
代わりに、教頭先生が授業をした。
「長谷川先生は、体調不良でお休みです」
体調不良。
本当かな。
5月9日(木)晴れ
朝、大掛かりな重機が街に入ってきた。
大きなクレーン車やブルドーザー、ダンプにショベルカー。オレンジ色のバカでかいやつが何台も。
「特殊建機小隊、前へ!」
そう言ってGフォースが、スペースゴジラの結晶の撤去を始めた。
学校の校庭の結晶も、撤去された。
休み時間、みんなで窓から見てた。
クレーンのアームが伸びる。ゆっくりと。
先端の爪が、結晶を掴む。
油圧の音がする。シューって。
結晶が持ち上がる。
ゆっくりと。
地面から離れる。
根っこの部分が見える。地面に食い込んでた部分。土がぼろぼろ落ちる。
結晶は、もう光ってなかった。
透明だけど、光ってない。ただの石みたいになってた。
死んでるんだろうか。だけど結晶の死ってなんだろう、と思った。
トラックに積まれる。ガシャンって音。
そして、運ばれていく。Gフォースの研究所に運ばれてゆくらしい。
校庭に穴が残った。結晶があった場所にぽっかりと、穴が開いてる。
「なんか、寂しいね」って誰かが言った。
教室の後ろの方から。誰の声かわからない。
「え、なんで?」って誰かが聞いた。
「わかんない。でも、なんか」
わたしも、同じこと思った。
寂しい。
なんでだろう。
あんなに怖かったのに。
あんなに邪魔だったのに。
人が死んだのに。
でも、なくなると、寂しい。
変だ。
放課後、ユイが「アオイんち行ってみない?」って言った。
「うん」
アオイの家は、B区画にある。
自転車で15分。
道路の結晶も、いくつか撤去されてた。穴が開いてる。アスファルトに、丸い穴。
アオイの家に着いた。
インターホンを押した。
しばらくして、お母さんが出てきた。
ドアを少しだけ開けて。チェーンがかかったまま。
アオイのお母さん、前に会ったときより痩せてた。目の下にクマがある。髪もぼさぼさ。
「アオイは……今、部屋にいるけど、誰とも会いたくないって」
アオイのお母さんの声は、小さい。かすれてる。
「そうですか」
ユイが「でも、心配で」って言った。
ユイの声も、小さい。
アオイのお母さんは、困った顔をした。
眉間に、深いしわが寄ってる。
「ありがとう。でも、今は、そっとしておいてあげて」
お母さんは、それだけ言って、ドアを閉めた。
わたしたちは、 閉ざされたドアの前でしばらくそこに立っていた。
何も言えなかった。
帰り道、ユイが言った。
「……わたしたち、どうすればいいんだろう」
本当に、どうしたらいいんだろうね。
夕日が、街を照らしてた。
オレンジ色の光。
結晶の撤去跡が、影になってる。
穴だらけの街。
5月10日(金)晴れ
『会』が解散するって、ニュースで言ってた。
朝のニュース。お父さんが見てた。
リーダーの佐上さんは行方不明らしい。「昨日から連絡が取れない」って『会』の幹部が会見してた。幹部の人も、疲れた顔してた。
学校の帰りに通りかかったけど、駅前の建物はもう誰もいなくなってた。
シャッターが閉まってた。銀色のシャッターで、落書きがしてあった。「ペテン師」って、赤いスプレーで。
看板も外されてた。跡だけが残ってる。壁がその部分だけ色が違う。
それから街から、少しずつ結晶が消えていた。
Gフォースが毎日除去作業をしてるらしい。
朝から夕方までずっと、クレーンの音が街中に響く。
油圧の音。トラックのエンジン音。作業員の声。
お父さんが感慨深げに言っていた。
「街が、元に戻るんだ」
でも、「元に戻る」って何だろう。
スペースゴジラが来る前の街?
わたし、どんな街だったかもうあんまり覚えてない。
覚えてるのは、お父さんが笑ってたこと。
お母さんが歌ってたこと。
ケンジがうるさかったこと。
でも、それがいつのことだったのか、もう曖昧だ。
夜、窓から外を見た。
スペースゴジラの光がない。
真っ暗。
街灯の光だけ。オレンジ色の、人工的な光。
月明かりだけ。白く、冷たい光。
空を見上げた。
星が見える。
こんなに星が見えるの、久しぶりな気がする。
スペースゴジラの電磁波がなくなったから?
それとも、わたしが見上げてなかっただけ?
静かだった。
本当に、静かだった。
この静けさが、新しい日常になるんだ。
わたしは、窓を閉めた。
5月15日(水)晴れ
街が、変わり始めてる。
朝、学校に行く途中、B区画の闇市があった場所を通った。
テントがなくなってた。1週間前までは、色とりどりのテントが並んでたのに。赤、青、緑、黄色。まるでお祭りみたいに賑やかだったのに。
今はただの空き地。何もない。
地面に、四角い跡だけが残ってる。テントの設置跡。草が踏み固められて、茶色く変色した跡だ。
ゴミが少し散らばってる。ビニール袋、段ボールの切れ端、誰かが落としたらしいチラシ。
風が吹いて、ゴミが転がっていく。カサカサって音を立てて。
誰もいない。
朝日が、空き地を照らしてる。影が長く伸びてる。
静かだ。
1週間前のあの喧騒が、嘘みたいだ。
ケンジが「闇市、なくなったんだ」って言った。
「うん」
わたしは短く答えた。答えながら、自転車のペダルを漕ぎ続けた。
そういえば、お母さんが言ってたっけ。
「もう闇市には行かなくていいのよ」って。声が明るかった。「スーパーが再開するから」って。
スーパー。
スペースゴジラが来る前にあった、普通のスーパー。
自動ドアがあって、冷房が効いてて、商品がきちんと並んでて、レジでピッて音がするスーパー。
2年9ヶ月ぶりに、営業を再開するらしい。
元に、戻るんだ。
学校に着いたら、朝礼があった。
校庭に全校生徒が並ぶ。
まだ朝早いから、空気が冷たい。でも日差しは暖かい。
校長先生が、壇上に立った。マイクを握って、咳払いをした。
「皆さんにお知らせがあります」
校庭が、少し静かになった。
「長谷川先生が、一身上の都合により、退職されました」
ざわめきが起きた。
でも、驚いてる感じじゃなかった。
むしろ、「やっと発表されたか」という感じ。
「やっぱりね」って声が聞こえた。後ろの方から。
「当然だよね」って別の声。
「遅いくらいだよ」
校長先生は、何も言わずに話を続けた。
「後任の先生については、追って連絡します」
それだけ。
長谷川先生は、スペースゴジラが倒されてからずっと一度も学校に来なかった。
わたしは、長谷川先生の顔を思い出そうとした。
でも、もう曖昧になってる。どんな顔だったか。どんな声だったか。
覚えてるのは、あの「これが真実だ!」って叫んでた声だけ。
教室に戻ったら、みんなざわざわしてた。
長谷川先生のことじゃなくて、隣のクラスの男子たちが廊下で話してた。
「イオリさんのチャンネル、規約違反で削除されたらしいぞ」
「マジで?」
「デマ流してたって通報されたんだって」
「うわー」
「再生数100万超えてたのに」
「もう見れないの?」
「全部消えたらしい」
イオリさん。
あの、スペースゴジラの“真実”を語ってたジャーナリスト。
もう、いないんだ。
わたしは、窓の外を見た。
校庭に作業車が止まってる。結晶の撤去跡を土で埋めてる。
作業員が、スコップを持って働いてる。
全部、消えていく。宇宙怪獣スペースゴジラがいた痕跡が。
昼休み、ユイがお弁当を持って席に来た。
「駅前、すごいことになってるらしいよ」って言った。
「何が?」
わたしは自分のお弁当を開けながら聞いた。卵焼きと、ご飯と、少しの野菜。最近、お母さんの弁当が豪華になってきた。
「松尾さんの店、閉まったって」
「えっ」
松尾さん。闇市で一番大きな店をやってた、金のネックレスをして派手な服を着てた人。
ユイは箸を持ちながら続けた。
「今朝、シャッター下りてたって。近所の子が言ってた」
「そうなんだ」
放課後、ユイと一緒に見に行った。
自転車で10分。駅前の「松尾総合商店」。
あの、一番大きかった店。いつも人で賑わってた店。
行ってみるとたしかに言われた通り、シャッターが下りていた。
ところどころ錆びた灰色のシャッターに、張り紙がしてある。
手書きの文字で「閉店しました」。
それだけ。理由も、説明も、何もない。
店の前に5つ、6つ、段ボール箱が積まれてた。
中身が見える。商品の在庫らしい。缶詰、レトルト食品、調味料。ラベルが日に焼けてる。
誰かが持っていくのを待ってるみたい。
でも誰も持っていかない。
道行く人は皆見て見ぬふりで通り過ぎてゆく。
ユイが「松尾さん、どうしたのかな」って言った。
「わかんない」
わたしは、シャッターを見つめた。
閉店。
スペースゴジラがいなくなって、闇市がなくなって、松尾さんの店もなくなった。
当然の流れだけれど、でも、なんかあっけないな。
帰り道、元の不動産屋の事務所の前を通った。
スペースゴジラが来る前に、松尾さんがやってた小さな事務所。1階建ての、壁が剥げてる古いビル。
窓に、明かりがついてた。
中を覗いた。
松尾さんがいた。
デスクに座って、パソコンを見てた。
金のネックレスはしてない。腕時計も普通のやつ。
派手な服も着てない。ごく普通な、グレーの地味なシャツ。
背中が丸まってる。
元に、戻ったんだ。
松尾さんは何かを感じたのか、不意に窓の外を見た。
外のわたしたちと目が合った。
松尾さんは、少し笑った。
でもなんだか疲れた笑い方だった。目が笑ってない。口だけが少し上がっただけ。
わたしたちは会釈して、そのまま通り過ぎた。
自転車を漕ぎながら、ユイが言った。
「……なんか、可哀想だね」
「そう?」
「だって、あんなに儲けてたのに」
「そうだね」
でも、可哀想なのかな。元に戻っただけじゃない?
わたしには、よくわからなかった。
5月18日(土)曇り
スーパーが再開した。
朝10時の開店時間。
お母さんと一緒に行った。ケンジも。
家族3人で、自転車で。お父さんは仕事だった。
駐車場に着いたら、もう車がいっぱい止まってた。30台くらい? もっとあったかも。駐車場の白線が、新しく引き直されてる。真っ白。
人も、いっぱいいた。家族連れ、お年寄り、若いカップル。みんな、買い物カゴを持って、店に入っていく。笑顔の人が多い。
久しぶりの、普通の買い物。
入口には、店員さんが立ってた。制服を着て「いらっしゃいませ」って言ってる。声が明るい。
自動ドアが開いた。ピンポーンって音がした。
店内に入った瞬間、お母さんが「ああ……」って声を出した。小さく、でもはっきりと。
商品が並んでた。野菜、肉、魚、パン、牛乳、お菓子。全部。普通に。当たり前に。
蛍光灯の白い光が、商品を照らしてる。
冷蔵ケースが、ブーンって音を立ててる。
BGMが流れてる。呼び込み君っていうんだっけ、ポポーポポポポ、ポポーポポポポっていうよく聴くけど知らない、やけに賑やかな曲が楽しげに流れている。
お母さんは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
動かずに、店内を見渡してた。目が潤んでる。
「お母さん?」ってケンジが聞いた。
「……大丈夫」ってお母さんは答えた。でも、声が震えてた。
お母さんは、買い物カゴを手に取った。
深呼吸してから、野菜売り場に向かった。
キャベツが並んでる。
緑色の、新鮮なキャベツ。
値札を見た。「キャベツ、1個198円」
お母さんが、値札をじっと見てた。
闇市では、缶詰2個と交換だった。
缶詰1個が配給で貰えるのは、週に1回。つまり、キャベツ1個は2週間分の配給。
それが、198円。
安い。
すごく安い。
信じられないくらい。
お母さんが、カゴにキャベツを入れた。
それから、人参、玉ねぎ、じゃがいも、豚肉。どんどん入れていく。
お母さんの動きが、早くなってる。次々と商品を手に取って、カゴに入れていく。
まるで、なくなってしまう前に買わなきゃ、とでも思ってるみたいだ。
お母さんの顔が、明るくなってた。
頬が上気してる。目が輝いてる。久しぶりに見る表情だった。
ケンジが「お菓子買っていい?」って聞いた。
「いいわよ」ってお母さんは即答した。
ケンジが「やった!」って叫んだ。
レジに並んだ。
5台あるレジのうち、3台が稼働してる。前に、7、8人並んでる。
前のおばさんが、レジの人と話してた。レジの人は、若い女性。20代くらい。笑顔で応対してる。
「本当に、良かったわねえ」っておばさん。
「ええ、やっと再開できました」ってレジの人。
「スペースゴジラがいなくなって」
「ええ、電気も安定しましたし、流通も回復して」
「本当に。これで普通の生活に戻れるわ」
「ありがとうございます」
ピッ、ピッって音。
バーコードを読み取る音。
機械的で、でも心地いい音。
みんな、同じことを思ってるんだ。やっと、普通に戻れるんだって。
わたしたちの番が来た。お母さんが、商品をレジ台に置いていく。
レジの人が笑顔で「いらっしゃいませ」って言った。
ピッ、ピッ、ピッ。
「2,847円になります」
お母さんが、財布から3,000円出した。お釣りを受け取った。
袋を3つ持ってる。重い。ずっしりとした重さ。
でもお母さんは嬉しそうだった。顔が緩んでる。
外に出た。太陽の光がまぶしい。雲が流れてる。
「今日は、カレーにしましょう」ってお母さんが言った。声が弾んでる。
「やったー!」ってケンジが叫んだ。
カレー。久しぶりだ。本格的な、お肉が入ったカレーだろう。
帰り道、自転車を押しながら、ケンジが「お母さん、元気になったね」って言った。
「うん」
本当に、元気になった。
スペースゴジラがいなくなって、1週間と少し。
街は、確実に変わってる。
空を見上げた。
青空が広がってる。
雲が、ゆっくり流れてる。
平和だ。
5月20日(月)晴れ
アオイが2週間ぶりに学校に来た。
教室のドアが開いて、アオイが入ってきた時、みんなの視線が集まった。
一瞬、教室が静かになった。
でも、アオイは違って見えた。
すごく、痩せてた。顔が、頬がこけてる。骨が浮き出てる。目の下にクマがある。深い、黒いクマ。紫色にも見える。
髪もぼさぼさ。いつもは綺麗に結んでたのに、今日は結んでない。毛先がパサパサしてる。
制服も、しわくちゃだ。アイロンをかけてない感じ。襟が曲がってる。
アオイは、うつむいたまま、自分の席に向かった。誰とも目を合わせない。
朝のホームルームの時、アオイは自分の席に座ってた。
でも、じっと机を見てるだけ。教科書も出さない。筆箱も出さない。鞄も、床に置いたまま。
先生が「おはようございます」って言ったけど、アオイは反応しなかった。先生が、少し心配そうな顔でアオイを見た。
でも、何も言わなかった。
一時間目の授業。アオイは、ずっと同じ姿勢で座ってた。
教科書を開くこともなく、ノートを取ることもなく、ただ机を見てた。
休み時間、わたしとユイが、アオイの席に行った。
アオイの周りには、誰もいなかった。
みんな、距離を置いてる。気を使ってるのか、避けてるのか。
「アオイ」ってユイが声をかけた。優しい声で。
アオイがゆっくりと顔を上げた。
目が、虚ろだった。焦点が合ってない感じ。わたしたちを見てるけど見てない。そんな目。
「大丈夫?」
「……うん」
アオイの声は、小さかった。かすれてた。喉が渇いてる人みたいな声。
「久しぶりだね」
「うん」
それ以上、何も言わなかった。
わたしたちも、何を言えばいいかわからなかった。
変な沈黙。
気まずい沈黙。
ユイが何か言おうとして、でも言葉が出てこなくて、口を閉じた。
わたしはアオイの手を見た。机の上に置かれた手が細い。骨と皮だけみたい。爪が伸びてる。手入れしてない。
昼休み、アオイは弁当を食べなかった。
机の上に置いたまま。開けもしない。触りもしない。
ユイが「食べなよ」って言ったけど、アオイは首を振った。
「お腹空いてない」
「でも……朝も食べてないでしょ?」
「いい」
アオイの声は、平坦だった。感情がない。
わたしは、自分の弁当を食べながらアオイを横目で見てた。
アオイは窓の外を見てた。何を見てるのかわからない。ただ、ぼんやりと。
リンも隣の席で同じようにアオイを見てた。リンの顔に珍しく、心配そうな表情があった。
放課後、アオイが突然立ち上がった。
椅子がガタッて音を立てて、みんなが振り返った。
でもアオイは、何も言わずに教室を出ていった。
鞄も持たずに。
教科書も机の上に置いたまま。
わたしとユイは、顔を見合わせた。
ユイの目が「追いかける?」って聞いてる。
わたしは頷いた。リンも立ち上がった。3人で、後を追った。
廊下を走った。
アオイは、階段を上っていた。
屋上へ。
屋上のドアを開けて、外に出た。
強い風が吹いてきた。髪が乱れる。制服がはためく。
アオイは、フェンスのところまで歩いて、そこに立っていた。
フェンスに手をかけて。
遠くを見てる。
まさか、と思って、わたしたちも外に出た。
ドアが、バタンって音を立てて閉まった。
風が強い。5月の風。暖かいけど、強い。
空は青い。雲が流れてる。白い雲。形を変えながら、流れていく。
アオイは、遠くを見てた。立入禁止区域の方を。
もう、そこには何もない。
スペースゴジラの死体も、もう片付けられていた。
結晶も、ほとんどGフォースに撤去された。
あとは、瓦礫の山だけだ。
「……ねえ」
アオイが口を開いた。風に声が飛ばされそうになる。
「わたし、どうすればいいの」
アオイの声が、震えてた。
「『会』も、なくなった。佐上様も、スペースゴジラもいなくなった。わたしの居場所が、なくなった」
アオイの肩が震え始めた。
「わたし、信じてたのに。生きる意味を、やっと見つけたと思ったのに、全部、なくなった」
涙が、頬を伝っていた。
「もう、何を信じていいか、わかんないよ」
ユイが、アオイの肩に手を置いた。
「アオイ……」
でも、アオイは振り払った。
「違う! ユイにはわかんないよ!」
アオイの声が、大きくなった。
「ユイは、何も変わってない! スペースゴジラが来ても、いなくなっても、ずっと同じ!」
「でもわたしは違う! わたしは、変わったのに! 変われたのに! それが、全部、なくなったの!」
アオイは、泣き崩れた。
その場にしゃがみこんで。
両手で顔を覆って、声を上げて泣いていた。
ユイは、困った顔でわたしを見た。
わたしは、アオイの隣にしゃがんだ。
「……アオイ」
アオイは、顔を上げた。
目が真っ赤だった。涙と鼻水で、顔がぐちゃぐちゃになってる。
「わたし、どうすればいいの?」
アオイの声は、子供みたいだった。助けを求める子供の声だ。
わたしは、少し考えてから答えた。
「……普通にしてればいいんじゃない?」
アオイは、目を見開いた。
「え?」
「普通にしてればいいんだよ」
わたしは、繰り返した。
「普通って……何?」
「学校行って、ご飯食べて、寝る」
アオイは、呆然とした顔でわたしを見た。
「それだけ?」
「うん」
「でも……それじゃ、意味がない」
「意味なんて、なくていい」
わたしは、空を見上げた。
青い空。白い雲。
「意味とか、理由とか、そういうのなくていいんだと思う。ただ普通に生きてればいい」
風が吹いた。
強い風。
でも、心地いい。
「…………。」
アオイは、しばらく黙ってた。
そして、小さく笑った。
泣きながら笑った。
「変だよ、それ」
「よく言われる」
ユイも笑った。
「本当、変だよね」
わたしたちは、しばらくそこにいた。
屋上で、風に吹かれながら。
アオイは、もう泣いてなかった。
ただ、ぼんやりと空を見てた。
「……ねえ」
やがてアオイが言った。
「何?」
「わたし、戻れるかな」
「どこに?」
「普通に」
わたしは、頷いた。
「戻れるよ」
本当にそうかどうかは、わからない。
でも、そう答えた。
アオイは、小さく「ありがとう」って言っていた。
5月25日(土)晴れ
今日、Gフォースが街を去った。
朝9時。
サイレンが鳴った。
でも、警報じゃない。
お知らせのサイレン。
防災無線から、アナウンスが流れた。
「まもなく、Gフォース輸送機が上空を通過します」
わたしは、ケンジと一緒に外に出た。
近所の人たちも、出てきてた。
みんな、空を見上げてる。
音が聞こえた。
ゴオオオオって音。
遠くから。
だんだん近づいてくる。
雲の向こうから、輸送機が現れた。
あの時と同じように巨大な輸送機が5機飛んできて、その下にメカゴジラ機龍が、吊るされてた。
太いワイヤーで、何本も。
機龍の全身を支えるように、張り巡らされてる。
機龍は、まるで空を飛んでるみたいだった。
銀色の装甲が、朝日を反射して輝いてる。
……綺麗だ。
誰かが、拍手を始めた。
それが広がった。
わたしたちも、拍手した。
パチパチパチパチ。
拍手の音が、街中に響く。
輸送機は、ゆっくりと街の上空を通過していく。
低空飛行。
エンジン音が響く。
風が吹いてくる。
わたしは、首を上げて、ずっと見てた。
メカゴジラ機龍と輸送機は、遠ざかっていった。
音が、小さくなっていった。
そして、雲の中に消えた。
拍手が止んだ。
静かになった。
みんな、空を見上げたまましばらくその場に立ち尽くしたあと、ゆっくりと家に戻っていった。
お昼前、立入禁止区域の近くに行くと、Gフォースの車両が全部撤収してた。
トラックも、装甲車も、クレーンも、全部いなくなっていた。あとは街に入った作業会社がやるらしい。
フェンスも、一部が撤去されてた。もう、立入禁止区域じゃなくなるそうだ。
でも、まだ完全には開放されてない。
復旧作業が完全に終わるまで。
わたしは、フェンスの前に立った。
中を見た。
瓦礫の山。
でも、整理されてる。
重機が何台か、止まってる。
作業員が、何人か働いてる。
でも、もうGフォースの制服を着た人は、いない。
スペースゴジラも、いない。
結晶も、ない。
ただの、工事現場。
わたしの街は、わたしの街に戻った。
スペースゴジラシティじゃない。
わたしの街だ。
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