街がスペースゴジラシティと化したけど今日もわたしは学校に行く   作:よよよーよ・だーだだ

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6、終局

5月7日(火)曇り

 

 朝、外に出たら、街が変わってた。

 何が変わったのか、最初はわからなかった。

 建物は同じ。道路も同じ。空も同じ。

 でも、何かが違う。

 

 しばらく立ってて、わかった。

 

 ああ、音だ。

 

 ヘリの音がしない。

 いつもあった、遠くの機械音がしない。

 スペースゴジラの、低い唸り声もしない。聞こえないくらい微かだったけど、確かにあった音。それも、ない。

 静かだ。

 こんなに静かだったっけ、この街。

 

 スズメの声が聞こえる。チュンチュンって。

 風の音も聞こえる。木の葉が擦れる音。

 車の音。遠くで誰かが話してる声。

 普通の音。

 でも、わたしには新鮮に聞こえた。

 

 

5月8日(水)晴れ

 

 学校は再開。

 教室に入ったら、みんな興奮してた。

「スペースゴジラ、本当に死んだんだって!」

「すごいよね、機龍隊」

「これで普通に戻れる!」

「もう避難しなくていいんだよね?」

「アラートも鳴らないんだよね?」

 でも、誰も「嬉しい」とは言わなかった。

「良かった」とも言わなかった。

 ただ、「すごい」「やばい」「信じられない」って言ってた。

 みんなの顔を見た。

 笑ってる子もいる。でも、目が泳いでる。

 喋ってる子もいる。でも、言葉が上滑りしてる。

 なんか、みんな、どうしていいかわからない感じ。

 

 アオイは学校に来なかった。

 アオイの席は、空いたまま。

 ユイが、休み時間にわたしの席に来た。

「アオイ、大丈夫かな」

「わかんない」

 リンは、相変わらず窓の外を見てた。

 でも、今日は何を見てるんだろう。

 スペースゴジラは、もういない。

 

 窓の外、立入禁止区域の方を見た。

 煙は、もう上がってない。

 フェンスだけが見える。

 その向こうに、何があるのか、もう見えない。

 

 長谷川先生は、来なかった。

 代わりに、教頭先生が授業をした。

「長谷川先生は、体調不良でお休みです」

 体調不良。

 本当かな。

 

 

5月9日(木)晴れ

 

 朝、大掛かりな重機が街に入ってきた。

 大きなクレーン車やブルドーザー、ダンプにショベルカー。オレンジ色のバカでかいやつが何台も。

 

「特殊建機小隊、前へ!」

 

 そう言ってGフォースが、スペースゴジラの結晶の撤去を始めた。

 学校の校庭の結晶も、撤去された。

 休み時間、みんなで窓から見てた。

 クレーンのアームが伸びる。ゆっくりと。

 先端の爪が、結晶を掴む。

 油圧の音がする。シューって。

 結晶が持ち上がる。

 ゆっくりと。

 地面から離れる。

 根っこの部分が見える。地面に食い込んでた部分。土がぼろぼろ落ちる。

 結晶は、もう光ってなかった。

 透明だけど、光ってない。ただの石みたいになってた。

 死んでるんだろうか。だけど結晶の死ってなんだろう、と思った。

 トラックに積まれる。ガシャンって音。

 そして、運ばれていく。Gフォースの研究所に運ばれてゆくらしい。

 校庭に穴が残った。結晶があった場所にぽっかりと、穴が開いてる。

 

「なんか、寂しいね」って誰かが言った。

 教室の後ろの方から。誰の声かわからない。

「え、なんで?」って誰かが聞いた。

「わかんない。でも、なんか」

 わたしも、同じこと思った。

 寂しい。

 なんでだろう。

 あんなに怖かったのに。

 あんなに邪魔だったのに。

 人が死んだのに。

 でも、なくなると、寂しい。

 変だ。

 

 放課後、ユイが「アオイんち行ってみない?」って言った。

「うん」

 アオイの家は、B区画にある。

 自転車で15分。

 道路の結晶も、いくつか撤去されてた。穴が開いてる。アスファルトに、丸い穴。

 アオイの家に着いた。

 インターホンを押した。

 しばらくして、お母さんが出てきた。

 ドアを少しだけ開けて。チェーンがかかったまま。

 アオイのお母さん、前に会ったときより痩せてた。目の下にクマがある。髪もぼさぼさ。

「アオイは……今、部屋にいるけど、誰とも会いたくないって」

 アオイのお母さんの声は、小さい。かすれてる。

「そうですか」

 ユイが「でも、心配で」って言った。

 ユイの声も、小さい。

 アオイのお母さんは、困った顔をした。

 眉間に、深いしわが寄ってる。

「ありがとう。でも、今は、そっとしておいてあげて」

 お母さんは、それだけ言って、ドアを閉めた。

 わたしたちは、 閉ざされたドアの前でしばらくそこに立っていた。

 何も言えなかった。

 帰り道、ユイが言った。

 

「……わたしたち、どうすればいいんだろう」

 

 本当に、どうしたらいいんだろうね。

 夕日が、街を照らしてた。

 オレンジ色の光。

 結晶の撤去跡が、影になってる。

 穴だらけの街。

 

 

5月10日(金)晴れ

 

 『会』が解散するって、ニュースで言ってた。

 朝のニュース。お父さんが見てた。

 

 リーダーの佐上さんは行方不明らしい。「昨日から連絡が取れない」って『会』の幹部が会見してた。幹部の人も、疲れた顔してた。

 学校の帰りに通りかかったけど、駅前の建物はもう誰もいなくなってた。

 シャッターが閉まってた。銀色のシャッターで、落書きがしてあった。「ペテン師」って、赤いスプレーで。

 看板も外されてた。跡だけが残ってる。壁がその部分だけ色が違う。

 

 それから街から、少しずつ結晶が消えていた。

 Gフォースが毎日除去作業をしてるらしい。

 朝から夕方までずっと、クレーンの音が街中に響く。

 油圧の音。トラックのエンジン音。作業員の声。

 お父さんが感慨深げに言っていた。

 

「街が、元に戻るんだ」

 

 でも、「元に戻る」って何だろう。

 スペースゴジラが来る前の街?

 わたし、どんな街だったかもうあんまり覚えてない。

 

 覚えてるのは、お父さんが笑ってたこと。

 お母さんが歌ってたこと。

 ケンジがうるさかったこと。

 でも、それがいつのことだったのか、もう曖昧だ。

 

 夜、窓から外を見た。

 スペースゴジラの光がない。

 真っ暗。

 街灯の光だけ。オレンジ色の、人工的な光。

 月明かりだけ。白く、冷たい光。

 

 空を見上げた。

 星が見える。

 こんなに星が見えるの、久しぶりな気がする。

 スペースゴジラの電磁波がなくなったから?

 それとも、わたしが見上げてなかっただけ?

 

 静かだった。

 本当に、静かだった。

 この静けさが、新しい日常になるんだ。

 

 わたしは、窓を閉めた。

 

 

5月15日(水)晴れ

 

 街が、変わり始めてる。

 

 朝、学校に行く途中、B区画の闇市があった場所を通った。

 テントがなくなってた。1週間前までは、色とりどりのテントが並んでたのに。赤、青、緑、黄色。まるでお祭りみたいに賑やかだったのに。

 今はただの空き地。何もない。

 地面に、四角い跡だけが残ってる。テントの設置跡。草が踏み固められて、茶色く変色した跡だ。

 ゴミが少し散らばってる。ビニール袋、段ボールの切れ端、誰かが落としたらしいチラシ。

 風が吹いて、ゴミが転がっていく。カサカサって音を立てて。

 

 誰もいない。

 

 朝日が、空き地を照らしてる。影が長く伸びてる。

 静かだ。

 1週間前のあの喧騒が、嘘みたいだ。

 

 ケンジが「闇市、なくなったんだ」って言った。

「うん」

 わたしは短く答えた。答えながら、自転車のペダルを漕ぎ続けた。

 

 そういえば、お母さんが言ってたっけ。

「もう闇市には行かなくていいのよ」って。声が明るかった。「スーパーが再開するから」って。

 スーパー。

 スペースゴジラが来る前にあった、普通のスーパー。

 自動ドアがあって、冷房が効いてて、商品がきちんと並んでて、レジでピッて音がするスーパー。

 2年9ヶ月ぶりに、営業を再開するらしい。

 元に、戻るんだ。

 

 学校に着いたら、朝礼があった。

 校庭に全校生徒が並ぶ。

 まだ朝早いから、空気が冷たい。でも日差しは暖かい。

 校長先生が、壇上に立った。マイクを握って、咳払いをした。

「皆さんにお知らせがあります」

 校庭が、少し静かになった。

「長谷川先生が、一身上の都合により、退職されました」

 ざわめきが起きた。

 でも、驚いてる感じじゃなかった。

 むしろ、「やっと発表されたか」という感じ。

「やっぱりね」って声が聞こえた。後ろの方から。

「当然だよね」って別の声。

「遅いくらいだよ」

 校長先生は、何も言わずに話を続けた。

「後任の先生については、追って連絡します」

 それだけ。

 

 長谷川先生は、スペースゴジラが倒されてからずっと一度も学校に来なかった。

 わたしは、長谷川先生の顔を思い出そうとした。

 でも、もう曖昧になってる。どんな顔だったか。どんな声だったか。

 覚えてるのは、あの「これが真実だ!」って叫んでた声だけ。

 教室に戻ったら、みんなざわざわしてた。

 長谷川先生のことじゃなくて、隣のクラスの男子たちが廊下で話してた。

「イオリさんのチャンネル、規約違反で削除されたらしいぞ」

「マジで?」

「デマ流してたって通報されたんだって」

「うわー」

「再生数100万超えてたのに」

「もう見れないの?」

「全部消えたらしい」

 イオリさん。

 あの、スペースゴジラの“真実”を語ってたジャーナリスト。

 もう、いないんだ。

 

 わたしは、窓の外を見た。

 校庭に作業車が止まってる。結晶の撤去跡を土で埋めてる。

 作業員が、スコップを持って働いてる。

 全部、消えていく。宇宙怪獣スペースゴジラがいた痕跡が。

 

 昼休み、ユイがお弁当を持って席に来た。

「駅前、すごいことになってるらしいよ」って言った。

「何が?」

 わたしは自分のお弁当を開けながら聞いた。卵焼きと、ご飯と、少しの野菜。最近、お母さんの弁当が豪華になってきた。

「松尾さんの店、閉まったって」

「えっ」

 松尾さん。闇市で一番大きな店をやってた、金のネックレスをして派手な服を着てた人。

 ユイは箸を持ちながら続けた。

「今朝、シャッター下りてたって。近所の子が言ってた」

「そうなんだ」

 放課後、ユイと一緒に見に行った。

 自転車で10分。駅前の「松尾総合商店」。

 あの、一番大きかった店。いつも人で賑わってた店。

 行ってみるとたしかに言われた通り、シャッターが下りていた。

 ところどころ錆びた灰色のシャッターに、張り紙がしてある。

 手書きの文字で「閉店しました」。

 それだけ。理由も、説明も、何もない。

 

 店の前に5つ、6つ、段ボール箱が積まれてた。

 中身が見える。商品の在庫らしい。缶詰、レトルト食品、調味料。ラベルが日に焼けてる。

 誰かが持っていくのを待ってるみたい。

 でも誰も持っていかない。

 道行く人は皆見て見ぬふりで通り過ぎてゆく。

 

 ユイが「松尾さん、どうしたのかな」って言った。

「わかんない」

 わたしは、シャッターを見つめた。

 閉店。

 スペースゴジラがいなくなって、闇市がなくなって、松尾さんの店もなくなった。

 当然の流れだけれど、でも、なんかあっけないな。

 

 帰り道、元の不動産屋の事務所の前を通った。

 スペースゴジラが来る前に、松尾さんがやってた小さな事務所。1階建ての、壁が剥げてる古いビル。

 窓に、明かりがついてた。

 中を覗いた。

 

 松尾さんがいた。

 デスクに座って、パソコンを見てた。

 

 金のネックレスはしてない。腕時計も普通のやつ。

 派手な服も着てない。ごく普通な、グレーの地味なシャツ。

 背中が丸まってる。

 

 元に、戻ったんだ。

 

 松尾さんは何かを感じたのか、不意に窓の外を見た。

 外のわたしたちと目が合った。

 松尾さんは、少し笑った。

 でもなんだか疲れた笑い方だった。目が笑ってない。口だけが少し上がっただけ。

 わたしたちは会釈して、そのまま通り過ぎた。

 

 自転車を漕ぎながら、ユイが言った。

「……なんか、可哀想だね」

「そう?」

「だって、あんなに儲けてたのに」

「そうだね」

 でも、可哀想なのかな。元に戻っただけじゃない?

 わたしには、よくわからなかった。

 

 

5月18日(土)曇り

 

 スーパーが再開した。

 朝10時の開店時間。

 お母さんと一緒に行った。ケンジも。

 家族3人で、自転車で。お父さんは仕事だった。

 

 駐車場に着いたら、もう車がいっぱい止まってた。30台くらい? もっとあったかも。駐車場の白線が、新しく引き直されてる。真っ白。

 人も、いっぱいいた。家族連れ、お年寄り、若いカップル。みんな、買い物カゴを持って、店に入っていく。笑顔の人が多い。

 久しぶりの、普通の買い物。

 入口には、店員さんが立ってた。制服を着て「いらっしゃいませ」って言ってる。声が明るい。

 自動ドアが開いた。ピンポーンって音がした。

 店内に入った瞬間、お母さんが「ああ……」って声を出した。小さく、でもはっきりと。

 商品が並んでた。野菜、肉、魚、パン、牛乳、お菓子。全部。普通に。当たり前に。

 

 蛍光灯の白い光が、商品を照らしてる。

 冷蔵ケースが、ブーンって音を立ててる。

 BGMが流れてる。呼び込み君っていうんだっけ、ポポーポポポポ、ポポーポポポポっていうよく聴くけど知らない、やけに賑やかな曲が楽しげに流れている。

 お母さんは、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 動かずに、店内を見渡してた。目が潤んでる。

「お母さん?」ってケンジが聞いた。

「……大丈夫」ってお母さんは答えた。でも、声が震えてた。

 

 お母さんは、買い物カゴを手に取った。

 深呼吸してから、野菜売り場に向かった。

 キャベツが並んでる。

 緑色の、新鮮なキャベツ。

 値札を見た。「キャベツ、1個198円」

 お母さんが、値札をじっと見てた。

 闇市では、缶詰2個と交換だった。

 缶詰1個が配給で貰えるのは、週に1回。つまり、キャベツ1個は2週間分の配給。

 それが、198円。

 安い。

 すごく安い。

 信じられないくらい。

 

 お母さんが、カゴにキャベツを入れた。

 それから、人参、玉ねぎ、じゃがいも、豚肉。どんどん入れていく。

 お母さんの動きが、早くなってる。次々と商品を手に取って、カゴに入れていく。

 まるで、なくなってしまう前に買わなきゃ、とでも思ってるみたいだ。

 お母さんの顔が、明るくなってた。

 頬が上気してる。目が輝いてる。久しぶりに見る表情だった。

 ケンジが「お菓子買っていい?」って聞いた。

「いいわよ」ってお母さんは即答した。

 ケンジが「やった!」って叫んだ。

 

 レジに並んだ。

 5台あるレジのうち、3台が稼働してる。前に、7、8人並んでる。

 前のおばさんが、レジの人と話してた。レジの人は、若い女性。20代くらい。笑顔で応対してる。

「本当に、良かったわねえ」っておばさん。

「ええ、やっと再開できました」ってレジの人。

「スペースゴジラがいなくなって」

「ええ、電気も安定しましたし、流通も回復して」

「本当に。これで普通の生活に戻れるわ」

「ありがとうございます」

 ピッ、ピッって音。

 バーコードを読み取る音。

 機械的で、でも心地いい音。

 みんな、同じことを思ってるんだ。やっと、普通に戻れるんだって。

 

 わたしたちの番が来た。お母さんが、商品をレジ台に置いていく。

 レジの人が笑顔で「いらっしゃいませ」って言った。

 ピッ、ピッ、ピッ。

「2,847円になります」

 お母さんが、財布から3,000円出した。お釣りを受け取った。

 袋を3つ持ってる。重い。ずっしりとした重さ。

 でもお母さんは嬉しそうだった。顔が緩んでる。

 

 外に出た。太陽の光がまぶしい。雲が流れてる。

「今日は、カレーにしましょう」ってお母さんが言った。声が弾んでる。

「やったー!」ってケンジが叫んだ。

 カレー。久しぶりだ。本格的な、お肉が入ったカレーだろう。

 帰り道、自転車を押しながら、ケンジが「お母さん、元気になったね」って言った。

「うん」

 本当に、元気になった。

 

 スペースゴジラがいなくなって、1週間と少し。

 街は、確実に変わってる。

 

 空を見上げた。

 青空が広がってる。

 雲が、ゆっくり流れてる。

 

 平和だ。

 

 

5月20日(月)晴れ

 

 アオイが2週間ぶりに学校に来た。

 教室のドアが開いて、アオイが入ってきた時、みんなの視線が集まった。

 一瞬、教室が静かになった。

 

 でも、アオイは違って見えた。

 すごく、痩せてた。顔が、頬がこけてる。骨が浮き出てる。目の下にクマがある。深い、黒いクマ。紫色にも見える。

 髪もぼさぼさ。いつもは綺麗に結んでたのに、今日は結んでない。毛先がパサパサしてる。

 制服も、しわくちゃだ。アイロンをかけてない感じ。襟が曲がってる。

 アオイは、うつむいたまま、自分の席に向かった。誰とも目を合わせない。

 朝のホームルームの時、アオイは自分の席に座ってた。

 でも、じっと机を見てるだけ。教科書も出さない。筆箱も出さない。鞄も、床に置いたまま。

 先生が「おはようございます」って言ったけど、アオイは反応しなかった。先生が、少し心配そうな顔でアオイを見た。

 でも、何も言わなかった。

 一時間目の授業。アオイは、ずっと同じ姿勢で座ってた。

 教科書を開くこともなく、ノートを取ることもなく、ただ机を見てた。

 

 休み時間、わたしとユイが、アオイの席に行った。

 アオイの周りには、誰もいなかった。

 みんな、距離を置いてる。気を使ってるのか、避けてるのか。

 

「アオイ」ってユイが声をかけた。優しい声で。

 アオイがゆっくりと顔を上げた。

 目が、虚ろだった。焦点が合ってない感じ。わたしたちを見てるけど見てない。そんな目。

「大丈夫?」

「……うん」

 アオイの声は、小さかった。かすれてた。喉が渇いてる人みたいな声。

「久しぶりだね」

「うん」

 それ以上、何も言わなかった。

 わたしたちも、何を言えばいいかわからなかった。

 変な沈黙。

 気まずい沈黙。

 ユイが何か言おうとして、でも言葉が出てこなくて、口を閉じた。

 わたしはアオイの手を見た。机の上に置かれた手が細い。骨と皮だけみたい。爪が伸びてる。手入れしてない。

 

 昼休み、アオイは弁当を食べなかった。

 机の上に置いたまま。開けもしない。触りもしない。

 ユイが「食べなよ」って言ったけど、アオイは首を振った。

「お腹空いてない」

「でも……朝も食べてないでしょ?」

「いい」

 アオイの声は、平坦だった。感情がない。

 わたしは、自分の弁当を食べながらアオイを横目で見てた。

 アオイは窓の外を見てた。何を見てるのかわからない。ただ、ぼんやりと。

 リンも隣の席で同じようにアオイを見てた。リンの顔に珍しく、心配そうな表情があった。

 

 放課後、アオイが突然立ち上がった。

 椅子がガタッて音を立てて、みんなが振り返った。

 でもアオイは、何も言わずに教室を出ていった。

 鞄も持たずに。

 教科書も机の上に置いたまま。

 

 わたしとユイは、顔を見合わせた。

 ユイの目が「追いかける?」って聞いてる。

 わたしは頷いた。リンも立ち上がった。3人で、後を追った。

 

 廊下を走った。

 アオイは、階段を上っていた。

 屋上へ。

 屋上のドアを開けて、外に出た。

 強い風が吹いてきた。髪が乱れる。制服がはためく。

 

 アオイは、フェンスのところまで歩いて、そこに立っていた。

 フェンスに手をかけて。

 遠くを見てる。

 

 まさか、と思って、わたしたちも外に出た。

 ドアが、バタンって音を立てて閉まった。

 風が強い。5月の風。暖かいけど、強い。

 空は青い。雲が流れてる。白い雲。形を変えながら、流れていく。

 

 アオイは、遠くを見てた。立入禁止区域の方を。

 もう、そこには何もない。

 スペースゴジラの死体も、もう片付けられていた。

 結晶も、ほとんどGフォースに撤去された。

 あとは、瓦礫の山だけだ。

 

「……ねえ」

 

 アオイが口を開いた。風に声が飛ばされそうになる。

「わたし、どうすればいいの」

 アオイの声が、震えてた。

「『会』も、なくなった。佐上様も、スペースゴジラもいなくなった。わたしの居場所が、なくなった」

 アオイの肩が震え始めた。

「わたし、信じてたのに。生きる意味を、やっと見つけたと思ったのに、全部、なくなった」

 涙が、頬を伝っていた。

「もう、何を信じていいか、わかんないよ」

 ユイが、アオイの肩に手を置いた。

「アオイ……」

 でも、アオイは振り払った。

「違う! ユイにはわかんないよ!」

 アオイの声が、大きくなった。

「ユイは、何も変わってない! スペースゴジラが来ても、いなくなっても、ずっと同じ!」

「でもわたしは違う! わたしは、変わったのに! 変われたのに! それが、全部、なくなったの!」

 アオイは、泣き崩れた。

 その場にしゃがみこんで。

 両手で顔を覆って、声を上げて泣いていた。

 ユイは、困った顔でわたしを見た。

 わたしは、アオイの隣にしゃがんだ。

「……アオイ」

 アオイは、顔を上げた。

 目が真っ赤だった。涙と鼻水で、顔がぐちゃぐちゃになってる。

「わたし、どうすればいいの?」

 アオイの声は、子供みたいだった。助けを求める子供の声だ。

 わたしは、少し考えてから答えた。

「……普通にしてればいいんじゃない?」

 アオイは、目を見開いた。

「え?」

「普通にしてればいいんだよ」

 わたしは、繰り返した。

「普通って……何?」

「学校行って、ご飯食べて、寝る」

 アオイは、呆然とした顔でわたしを見た。

「それだけ?」

「うん」

「でも……それじゃ、意味がない」

「意味なんて、なくていい」

 わたしは、空を見上げた。

 青い空。白い雲。

「意味とか、理由とか、そういうのなくていいんだと思う。ただ普通に生きてればいい」

 風が吹いた。

 強い風。

 でも、心地いい。

「…………。」

 アオイは、しばらく黙ってた。

 そして、小さく笑った。

 泣きながら笑った。

「変だよ、それ」

「よく言われる」

 ユイも笑った。

「本当、変だよね」

 わたしたちは、しばらくそこにいた。

 屋上で、風に吹かれながら。

 アオイは、もう泣いてなかった。

 ただ、ぼんやりと空を見てた。

 

「……ねえ」

 やがてアオイが言った。

「何?」

「わたし、戻れるかな」

「どこに?」

「普通に」

 わたしは、頷いた。

「戻れるよ」

 本当にそうかどうかは、わからない。

 でも、そう答えた。

 

 アオイは、小さく「ありがとう」って言っていた。

 

 

5月25日(土)晴れ

 

 今日、Gフォースが街を去った。

 

 朝9時。

 

 サイレンが鳴った。

 でも、警報じゃない。

 お知らせのサイレン。

 

 防災無線から、アナウンスが流れた。

「まもなく、Gフォース輸送機が上空を通過します」

 

 わたしは、ケンジと一緒に外に出た。

 

 近所の人たちも、出てきてた。

 みんな、空を見上げてる。

 

 音が聞こえた。

 ゴオオオオって音。

 遠くから。

 だんだん近づいてくる。

 

 雲の向こうから、輸送機が現れた。

 

 あの時と同じように巨大な輸送機が5機飛んできて、その下にメカゴジラ機龍が、吊るされてた。

 太いワイヤーで、何本も。

 機龍の全身を支えるように、張り巡らされてる。

 機龍は、まるで空を飛んでるみたいだった。

 銀色の装甲が、朝日を反射して輝いてる。

 

 ……綺麗だ。

 誰かが、拍手を始めた。

 それが広がった。

 わたしたちも、拍手した。

 パチパチパチパチ。

 拍手の音が、街中に響く。

 輸送機は、ゆっくりと街の上空を通過していく。

 低空飛行。

 エンジン音が響く。

 風が吹いてくる。

 

 わたしは、首を上げて、ずっと見てた。

 メカゴジラ機龍と輸送機は、遠ざかっていった。

 音が、小さくなっていった。

 そして、雲の中に消えた。

 

 拍手が止んだ。

 静かになった。

 みんな、空を見上げたまましばらくその場に立ち尽くしたあと、ゆっくりと家に戻っていった。

 

 お昼前、立入禁止区域の近くに行くと、Gフォースの車両が全部撤収してた。

 トラックも、装甲車も、クレーンも、全部いなくなっていた。あとは街に入った作業会社がやるらしい。

 フェンスも、一部が撤去されてた。もう、立入禁止区域じゃなくなるそうだ。

 

 でも、まだ完全には開放されてない。

 復旧作業が完全に終わるまで。

 

 わたしは、フェンスの前に立った。

 

 中を見た。

 

 瓦礫の山。

 でも、整理されてる。

 重機が何台か、止まってる。

 作業員が、何人か働いてる。

 でも、もうGフォースの制服を着た人は、いない。

 スペースゴジラも、いない。

 結晶も、ない。

 ただの、工事現場。

 

 わたしの街は、わたしの街に戻った。

 スペースゴジラシティじゃない。

 わたしの街だ。

次に読みたい話

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